【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

10 / 132
貴方を見守る星が獣道の羅針盤
愛の真実に近づくほど星の声は鮮明になっていくだろう
星の言葉に耳を傾けすぎてはいけない
道の先に死神が佇む限り


9th take 魔法の時間

 

 

 

 

 

やってきた撮影当日。一晩かけて台本と演出とその意図を頭に叩き込み、与えられた衣装を纏って現場に入る。舞台は使われなくなった廃倉庫で、そこかしこから雨漏りがしている。今日はあいにくの悪天候。陽の光も届かず、ジメジメした空気はどんより重い。だが…

 

「いい感じだな」

「そうね。原作の不気味感が上手く再現されてる。舞台としては申し分ないわ」

 

有馬かなと星野アクア、このドラマの中で数少ないまともな役者2人の意見が一致する。そう、今日の悪天候はドラマとしては都合が良い。今回撮るのは原作の名シーン。ヒーローとストーカーの対決。おどろおどろしい不気味な舞台で、愛を知らない少女が初めて誰かに守られ、流す一筋の涙が輝く場面。辺りが薄暗く、空気が重苦しいのは好都合だ。

 

「よう、かなちゃん。今日雨ヤバない?撮影延期にして欲しかったわー」

 

…………素人はわかっていないようだが。主役を演じるモデルの少年は悪天候に不満を漏らしていた。

 

「星野アクアです。よろしくおね───」

「よろー」

 

挨拶の途中で切られる。少しキレそうになるが、大きく息を吐いて飲み込んだ。ロック界隈の連中はもっと行儀悪かったし、アレに比べたらまだ我慢できる。

 

「…………ま、まあ向こうも若いから」

「気にしてねーよ。態度悪い若者には慣れてる。昔のお前よりは遥かにマシさ」

「ぐふっ」

 

言葉のナイフが的確に有馬の心を抉る。なんだろう、コイツ虐めるの、ちょっと楽しい。

 

「で?今日のスケジュールは?」

「…………本来ならドライやカメリハ、ランスルー踏んでから本番だけど、このロケ地1日しか確保できてないらしいから、ドライ、ランスルー、全部纏めてリハ扱い。練習は一回きりよ」

 

溜息が出そうになるのをなんとか堪える。ただでさえ大根だらけだというのに、練習時間もないのでは上手くなりようがない。雑がすぎる。

 

「どうしてこんなになるまで放っておいたんだ」

「予算も時間もないのよ…」

「言い訳にならねーよ」

 

予算はともかく、時間は正しいスケジュール管理ができていればある程度確保できたはずだ。予算も時間も求め始めればキリがない。それでも必要最低限の順序くらいは守ってから企画を立ち上げてほしい。

 

「ちなみに主演の名前は?」

「鳴嶋メルト。あのPVに出てたモデルの知り合い。例の写真は彼から流れてきたのよ」

「…………拡散されてねーだろーな」

「されててもアンタだと分かる奴はいないわよ。アレは私だから気づけたんだから」

 

童顔の少女が自慢げにフフンと鼻を鳴らす。なるほど、確かに素人モデルが気づけるほどヤワなクオリティではなかったはずだ。

 

「しかし……なるほど、モデルか。態度悪い訳だな」

「あまり決めつけない方がいいわよ。ジャ○ーズとかの大手事務所は教育しっかりしてるから若手でも礼儀正しいし、現場の好感度も高い。多く使われるのは使われるだけの理由があるの。昔の私みたいになりたくなかったら貴方はちゃんと仕事する。ホラ」

 

トンと背中を押される。押し出された先には初老の男性。このドラマの責任者、鏑木プロデューサー。監督やディレクターに意見を伝え、キャスティングもほぼプロデューサーが決める。まさに現場の最高責任者だ。

 

「初めまして。苺プロ所属、星野アクアと申します。本日はよろしくお願いいたします」

「ああ、よろしくね」

 

一応返事はしてくれたが、流石にそっけない。まあ本来のキャストがゴネてリスケになったところにコネで捩じ込まれた無名の役者。当たり前と言えば当たり前だ。

 

「アレが諸悪の根源か」

「ちょっと!小声でもそんなこと言わない!たとえ本当のことでも!」

「本当のことって認めてるじゃん」

「…………モデル事務所とかと繋がりが強い人で、ちょっと顔面至上主義なの。アクアを使ってもらえたのも多分その辺よ。私もだけど!」

「…顔面至上主義、か」

 

普通容姿を誉められたのなら喜ぶものだが、アクアはあまり容姿を誉められても嬉しくはなかった。自分にある明確な長所が容姿しかないようで。自分が才能がないと思い込んでいるアクアには尚更だ。

この事について、本人はいろいろ誤解している。10年間才能の塊であるアイを見続けていたからか、自分の力量をアイと比べることが多かった。アイは芸能界に入ってたった数年でスターダムを駆け上がった。それに比べ、自分は10年をかけてようやく芸能界の最底辺。

だからこそ自分の明確な長所について、胸を張って言えるものは少なかった。頭も、運動神経も、音楽もそこそこ。低くはないが、トップに行けるほど高くもない。中の上から上の下を行ったり来たり。演技に関しても10年努力してきたからそこそこ形になってきただけだ。そして今絶賛スランプ中。自分が役者に向いていないとは思ってなかったが、それでもアイに比べたら凡人だと思ってしまうのは無理のないことかもしれない。

 

───結局、目に見えるようなオレの長所は、顔しかねーのかな

 

贅沢言っているのかもしれないが、心の内で思うくらいは許してほしい。美形には美形の苦しみがあるのだ。

 

「アクア?どうしたの?怒ってる?」

 

黙り込んでしまったのを不審に、というか心配した有馬がこちらを覗き込んでくる。流石は座長。こちらのケアも考えている。子供の頃とは本当に違う。

 

「その、顔だけで選ばれるなんて不服かもしれないけど、最初のきっかけなんてそんなものよ!実力はコレから見せていけばいいんだし!」

「わかってるよ、一回こっきりの端役なんて、それこそ誰でもいいんだろうしな」

 

───バカ。自分が凡人なんてとっくにわかっていた事だろう。オレより上手いやつも、才能ある奴もこの世界には幾らでもいる。

 

それでも、星野アクアを演じることができる人間はオレしかいない。オレはオレを証明していればいい。後は結果が示してくれるはずだ。

 

「それでは、リハ始めます」

 

キャストに集合がかかる。一度大きく息を吸って吐く。今からオレは自分でない何かに成らなければならない。それはいつもオレがやっている事であり、しかし少し違うことでもある。緊張が胸に走ると同時に己を鼓舞する。この瞬間は嫌いじゃなかった。

 

「行くか」

「ええ」

 

 

 

 

 

 

水滴に頬が濡れる。廃倉庫の屋根から滴る雨漏りの量が増えていた。外を見てみると音が鳴るほどの本降りになってきており、撮影の続行は困難になり始めていた。リハーサルの大部分はもう終わっていたので、撮影のスケジュール上問題ないが、本番は少し雨が弱くなるのを待つ必要がありそうだ。

 

「一旦休憩です」

 

カメラが止まったのを確認し、キャストから緊張感が解ける。フードを被った少年もその1人で、息を吐くと同時に適当に腰掛けた。

 

───あれが、今のアクアの演技…

 

短い時間だったが、彼の一挙手一投足は全て見ていた。役の内面の理解、台詞回し、立ち回り、全てよくできている。随所に見える丁寧な細かいテク。若手特有の俺が俺がと前に出たがる感じもなし。自分が何を求められているか、何をすべきか、よくわかっている。あの手の心配りや観察力は一朝一夕では身につかない。なるほど、10年下積みを積んできたのは伊達ではない。

 

───私と同じ、ずっと努力してきた人の演技

 

前も後ろも真っ暗な世界。努力することはできる。だが努力し続けることがどれほど難しいことか。有馬は誰よりもよく知っている。この演技が見られただけでも、アクアをここに呼んでよかったと心から思っている。

 

───でも、PVの時や10年前みたいな凄みはないわね

 

上手いが上手いだけ。今アクアがやってみせたパフォーマンスはそう分類されるものだった。

勿論今回みたいな端役の悪役であんなオーラ出されては困る。場の全部を食い殺すような事をしてしまっては、今更クビにはできないが、カメラ構成的にアクアの出番を無理矢理カットさせられてしまうだろう。そして今後二度と呼んでもらえなくなる。それは駆け出し役者にとって致命傷になりかねない。だから抑える。エゴを殺し、監督の意志を尊重し、作品に寄り添う。アクアは何一つとして間違ってはいない。

 

───だけど、それでも。アイツなら。

 

全部に応えた上で、特別な何かをもたらしてくれるのではないか。星野アクアという触媒が劇的な化学反応を起こし、このドラマを救ってくれるのではないか。そんな期待をせずにはいられなかった。私に初めて敗北を思い知らせた、アイツなら、と。

 

一度首を振って余計な思考を追い出す。何を無茶な期待をしているんだ、私は。そんな事、私でも出来るか分からないのに。とゆーか出来てないからこの現状なんだろうに。演技力なんて及第点で充分と言ったのは私じゃないか。今のアクアの演技は充分に及第点だ。このド下手集団の中でなくとも、決して悪い評価がされるようなものではない。たとえあの実力派劇団ララライだったとしても、アクアはちゃんと舞台に立てるだけの実力と才能を持っている。

場を乱さず、キャラクターを理解し、監督を納得させる演技だった。それ以上を求めるのは求めすぎだ。いくら素質があるとはいえ、アクアはまだ駆け出しなのだから。

 

フードを外して空を見上げる彼の元に駆け寄る。上手くなったのを褒めようと思った。

 

 

 

 

 

───つまんねーな

 

リハが終わり、一旦休憩に入った後、今までを振り返ってアクアはそう評した。

 

現場が、ではない。現場はむしろ面白いとさえ言える。ここまでクソが振り切っている中にぶち込まれて、真顔を貫くのは大変だったくらいだ。特に主演のなんとか言うモデルの、『ヒトリニサセネーヨ!』は噴き出す寸前だった。エセ外国人タレントのエセ日本語を酷くしたらあんな感じだろう。

 

つまらないのは、自分自身だ。

 

まさに可もなく不可もないという表現がふさわしい演技。オレの今回の役はヒロインをツケ狙うストーカー。良くも悪くも彼女のことを知っており、綺麗事ばかり言うヒーロー気取りの主人公にムカついている。お前はこいつを何も知らない。オレの方がよく知っている。お前みたいに何もかも持ってるキラキラした男にこの子を渡したくない。ストーカー君の心情はこんなところだろう。

今回は原作の名シーン。オレに求められるのは主役達の引き立て役。あまり目立たず、カッコ悪く振る舞うことで、彼らを輝かせるのが、監督がオレに求める役割。

役の内面も、監督の意志も理解している。その上で演じた。及第点はもらえる演技だったとは思う。

 

けれど、つまらない。

 

ストーカー最大の行動原理に蓋をしたままやったこのシーンは原作の良さがカケラも出ていない。勿論このモデルがフォローしきれないド下手が最大原因だが、それでもオレすらこんなに何も出来ないとは思わなかった。『愛』を封じたオレはこんなにつまらない役者だったのか。オレは10年よくこんなつまらない役者のままで満足していたなと思ってしまう。

 

───ああ、やっぱりアイは凄かったんだな

 

分かってたことだが、再認識する。アイの演技力はめちゃくちゃ高いと言うわけではなかった。特に最初の方は。けれど不思議と目を引く存在で、気がついたら誰もが彼女を目で追っていた。あの人は知っていたのだろうか?オーラの源は『愛』だということを。知ってたとしても充分凄いが、知らなかったのならもっと凄い。知らずにあれだけのオーラとカリスマを持っていたということなのだから。

 

───やっぱり、オレは凡人だ

 

この10年、思い知らされ続けていた。そして現場に立って改めて思い知らされる。アレだけのオーラ、アレだけのカリスマを持っていながら、アイは脇役も主役も両方できていた。自分が活きる事で他人を活かし、他人が活きる事で自分が更に活きる。意識的にやっても普通できる事ではないが、無意識でやっていたのならもう天才の一言で済ませられるレベルじゃない。上手くなったからこそ、理解したからこそ分かる凄さというのは確かにあるのだ。上手くなればなるほどヘタになってるように思うことだって珍しくない。一般的には停滞期と呼ばれる状況。

 

アクアにとっては多分あのPVが分岐点だった。芸能界という果てしなく高く遠い山。あの『声』に誘われて、緩やかに続いていた坂道から、断崖絶壁だらけの獣道へと足を踏み外した。その選択によって起こった成長幅はコツコツ積み上げた10年分を超えるモノだった。確かにあの『声』に、誘われて選んだのは上へと駆け上がる早道だったのだろう。

しかしこの獣道(バクチ)は一難去ってまた一難の繰り返し。壁を越えたからこそまた違う壁が立ちはだかる。そういう瓦礫の道。緩やかな道を歩いていれば出会わなかった新たな絶壁に立ち尽くしている。

 

アクアは今ちょうどそんな時期だった。

 

「アクア」

 

ぼんやりと空を見つめていると後ろから声がかかる。この現場の実質的な座長、有馬かなが立っていた。

 

「ちゃんと演れてるじゃない。何がスランプよ」

「そりゃいくらスランプって言っても地力全部無くしたわけじゃねーし。この程度、基本押さえてれば誰でも出来る」

 

その基本すらできてないのが、さっきからずっと髪いじってるクソモデルどもなワケだが。

 

「悪いな。オレが加わることで何か変えれると期待してたんなら、ちょっと無理そうだ」

 

諦めたように空を仰ぐ。実際にやってみてよく分かった。彼らはフォローするしない以前の問題だ。一応やれるだけのことはやったのだが、差し伸べた手を彼らは掴もうとしてこなかった。

 

───向上心が感じられない。現状で完全に満足してしまっている。

 

あの演技で最終話の今までOK貰ってるから、無理もないといえば無理もない。過去回とか見て、違和感を感じていたとしても、監督などの玄人が何も言わないならいいのかと思ってしまっているのだろう。

 

───アイなら違ったんだろうな

 

自分が活きる事で他人を活かし、他人が活きる事で自分が更に活きる。そんな神業を無意識にやっていた、あの人なら。

 

───オレはアイとは違う。オレにフォローできるのは、オレの手を掴もうとしてくる人間だけだ。

 

「…………そうね。貴方が此処に加わる事で何か変わるんじゃないかって期待してなかったといえば嘘になるわ」

 

その一言にグッと身体が重くなる。そこまで期待されても困るという言葉が出そうになった自分にイラついた。期待されて困るなんて事、役者は死んでも言ってはいけない。ソレなのに、言いそうになってしまった。

 

「でも、じゅーぶん。アクアの演技を見れて、私嬉しかったわ。貴方は自分を殺し、エゴを殺し、作品に、そして大衆に寄り添える人。10年前と同じだった」

 

エゴを殺す。それが役者にとってどれだけ難しいか。10年間殺し続けることがどれだけ心に負荷がかかるか、有馬は誰よりも知っている。

 

「もしかしてそれは、普通の人には分からなくて、私たちみたいに、役者を長くやっている人以外にはどうでもいいことなのかもしれないけど」

 

けど、それでも

 

「現場の人はきっと分かってくれる。貴方の価値を見つけてくれる人は必ずいるわ。私みたいにね」

 

その積み重ねが信用に繋がる。その信用が次の仕事に繋がる。結果に繋がらない努力はあるかもしれない。けど無意味な努力などきっとないのだから。

 

「私は好きよ、アクアの演技」

 

少し胸に込み上げるモノがあった。この世界にいて10年、そんな事を言われたのは初めてだった。オレの演技を好きだと言ってくれた人は多分誰もいなかった。それを当たり前だと思っていた。

 

───そうか、オレは…

 

オレの演技が好きじゃなかったんだ。

 

「アクア?」

 

黙りこくってしまったアクアに、有馬が心配そうに眉を歪ませる。ふう、と一つ息を吐くと、星の瞳の少年は笑みを浮かべた。

 

「持ち上げてくれるね、流石は座長。ブタもおだてりゃ木に登るってか」

「──ヒネてるわね。本当にそんなつもりで言ったんじゃないわよ」

「見てくれる人はいる、か。じゃあ聞くけどお前にはいたのか?」

「うぐっ」

 

厳しい現実が勝手の天才子役の心に突き刺さる。いてたらこんな落ち目ドラマには出てないだろう。

 

「確かに、私にとって闇の時代は大分長かったわ。終わった人扱い何度もされてきたし、引退って言葉だって数えきれないほどよぎった」

 

一度頂点を見ているから、暗闇はさらに暗く見え、出口のないトンネルの中で幾度となく、膝をついた。頂点からどん底に叩き落とされた。そういう意味ではただ這い上がるだけのアクアより有馬の10年間は辛く厳しいモノだったのかもしれない。

 

「だけど!見てくれる人はやっぱりいたのよ!10年ぶり、しかも原作は名作と言われてるドラマで、主演級の役に抜擢してもらった!実力を評価してもらった!今まで本当に辛かったけど、続けてきてよかった!」

 

薄暗い廃屋の中で、輝く少女の笑顔。その笑顔はきっと演技でも、嘘でもない。彼女の本心からの喜びの感情をオレは再開してから……いや、初めて出会った時から今日に至るまでで、初めて見たかもしれない。

 

「だからね、別にあんたがめちゃくちゃ凄い演技しなくたって、この仕事を続けてたって知れただけで、本当に嬉しかった。こんな前も後ろも真っ暗な世界で、自分の光だけを頼りにもがいてる仲間がいたんだって知ることができた。それだけで充分。それだけで私は、これからも闘っていけるから」

 

手を差し出される。やわらかく開いた手は小さく、華奢だ。この細く、柔らかく、小さな手で彼女は戦い続けてきた。

 

「これからも頑張ろう。私達の光が、きっと誰かに届くと信じて」

 

差し出された手を握る。少し力を入れれば壊れてしまうのではないかと思うほど、この手はもうボロボロだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

撮影再開の声が掛かるまでの時間。アクアは廃屋の隅で立ち尽くし、ジッと自分の手を見つめていた。

 

───小さかったな、あいつの手

 

子供の頃はほとんど変わらない大きさ。ヘタをすれば有馬の方が大きいくらいの手だったが、今は完全にオレの方が大きかった。

 

───あいつ、今は寮で一人暮らしなんだっけ

 

ラブホでお互いの近況報告をした時、そんな事を言っていた。事務所を抜けて、フリーになって、プライベートでもずっと一人。あの小さな手で、本当に一人で戦っていた。

 

───オレより遥かにキツかっただろうな

 

なんだかんだでアクアは家族に支えられていた。息子同然に育ててくれるミヤコ。心を軽くしてくれるルビー。愚痴を聞いてくれる監督。空っぽになって接することができるナナさんやハルさん。色んな人に守られてオレは此処まできた。有馬はオレのことを10年間戦い続けていた同志などと呼んでくれたが、オレは息抜きも回り道もいっぱいしてきた。有馬のように芸能一本で10年を過ごしてきたわけじゃない。後悔はしてないし、間違っていたとも思わないが、同じ10年でもあいつの方が険しい道のりだったのだろうとは思う。しかも隣に誰もいない、ずっと一人で。

 

その末が今だというなら、あまりに苦労と結果が見合っていない。有馬は実力が評価されたと言っていたが、ソレもどうなんだろうと思う。もちろん実力で選ばれたという理由もゼロではないだろう。だがこのネットドラマの第一目的は明らかに役者の宣伝材料。有馬はそのためのダシ。落ち目のフリー女優など、ギャラも所属俳優などに比べればゼロも同然のはず。仮にも全国に浸透したネームバリューを格安で使えるのなら、プロデューサーとしては丸儲けだろう。

 

その事を、今の有馬が気づいていないとは思えない。

 

───珍しい話じゃねーけど

 

この世界で実力と評価が見合っている人間が、一体どれだけいるだろう。埋もれた才能がどれだけあるだろう。具体的な数字など想像もつかない。適切な評価なんて、つけられる方が稀な世界だ。

 

『私だって本気でやりたいわよ』

 

この間、台本を渡された時、ポロッと出たあいつの本音。でもこの現場でオレもあいつも本気を出せば、全部壊れる。

 

「撮影、再開しまーす」

 

ディレクターの声が掛かる。まだ何の打開策も思いついていないのに。

 

始まる。始まってしまう。

 

『実力を評価してもらった!今まで本当に辛かったけど、続けてきてよかった!』

 

偽りを纏うのが当たり前のこの世界で、初めて見た偽りのないあの笑顔が脳裏によぎる。

 

「なんとか、してやりたいな」

 

 

わかってきたじゃない

 

 

誰にも聞こえない音量で呟いた声に、何かが反応した。背筋が粟立つ。ゾクリと寒気が走る。

何もされてないのに背中から圧のようなものを感じることがある。誰かに無言で背後からジッと見つめられていたら、背中に何かを感じるように。

振り返る。後ろは廃倉庫の隅だ。ただでさえ薄暗いのに、光が届きにくい隅はほとんど暗闇だ。何もないのに、気味が悪く感じるほど。

 

───…………いや、違う。

 

何かいる。何も見えないが、引力のような何かを感じる。そこに何かあるのは間違いない。けれどそれが何なのかはわからない。その暗闇だけ周囲と空気が違う。そこだけ濃い闇に覆われてるせいか、周囲の薄暗さは明るく見えるほどだった。

 

───そこに一体何が……

 

暗闇に向かって手を伸ばそうとした時、ズッと何かが動いたような気がした。見えない闇は中途半端に伸ばしたオレの手を包み込んだ。

 

 

アクア

 

 

耳元で鼓膜を震わせない『声』が響く。間違いない。あの時の『声』だ。あの時は音しか聞こえなかった。今も見えはしないけれど、その存在を感じることができた。

 

───貴女は、一体……

 

 

世界を愛して

 

 

眩い星の光を放つ瞳がオレの目線の少し下で輝く。大人になったルビーがオレに笑いかけた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

廃屋の隅、後ろを向いているあの男に疑問符が募る。ディレクターから再開の声がかかった。もうすぐカチンコが鳴る。カメラが回り、空気がズシッと重くなる。人生そのものを問われるかのような一瞬が始まろうとしているのに、あの男は背後を振り返ったまま、動かなかった。

 

「ちょっとアクア、何やってるのよ。始まる──」

 

肩に手をかける。振り返ったその顔を見て、思わず息を呑んだ。

 

星の輝きの瞳が光っている。と言っても眩い光ではない。むしろ逆。暗く深い、全てを吸い込むかのような闇の輝きが、私を捉えて離さなかった。離せなかった。

 

───コレは、この雰囲気は……10年前の…そしてあのPVの

 

恐ろしく、気味の悪い、背筋すら凍りつかせる、あの時の…

 

「───有馬」

 

ハッとなる。現実に戻ってきたと、有馬は比喩抜きで思った。一度目を閉じたアクアも先ほどのオーラは消え失せている。穏やかに笑っているのは、さっきまでの少し皮肉屋な少年だ。

 

「───ドラマって文化の主役って、誰だと思う?」

 

脚本、監督、プロデューサー、カメラマン、そしてファン。様々な人に支えられ、世界中で愛されている芸能。それがドラマ。それが演劇。

 

けれど、それでも。

 

「この文化の主役は間違いなくオレ達役者なんだよ」

 

どれだけ優秀な脚本があっても、キャストがいなければ成り立たない。どれほど有能なプロデューサーがいても、役者がいなければドラマは絶対に成立しない。こと役割という点において、監督やプロデューサーの変わりはいても、役者の代わりはいない。

 

芸能界を夢見ても、芸能界に夢を見るな。芸能界に関わるものであれば、誰もが知っている鉄則。

 

だけど、それでも、今だけは。

 

「夢を見ろよ、有馬かな」

 

自分を諦めてないで、夢を見ろ。お前はまだ何者にもなっていない。何になれるかは、コレからなんだ。

 

「演出ってのは脚本の化粧。どんなに素晴らしい脚本でも演出がクソなら駄作になる。そして演出の核は、役者だ」

「あんた、何を言って…」

「化粧ってのはルーツを辿れば、魔法に行き着く」

 

見る事は人類の最初の魔術。自分を美しく見せたい。強く見せたい。幻想に近づきたい。その願いが生み出した魔法。それが化粧。それが芸能。それがドラマ。

 

「かな。今だけはオレがお前の魔法使いになってやる」

 

お前を強く見せよう。美しく見せよう。幻想の世界に連れていこう。今だけはその為に、全力を尽くすと約束しよう。

 

「夢を見ろよ、12時を過ぎたシンデレラ。魔法はオレがかけてやる」

 

魔法の時間が、始まった。

 

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。最新話では新キャラ出ましたね。またもや衝撃の展開。一体どうなってしまうのかハラハラです。それでは励みになりますので感想、評価よろしくお願いします!面白かったの一言でもいただければ幸いです。時間がかかっても感想には必ず返信します!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。