悪魔の呪縛は鎖の魔力を嫌うだろう
天使の祝福が消えたシンデレラ
12時の魔法を求める先はきっと
「………誰もいないの?」
苺プロ事務所。所属タレントなどの身内だけが入ることができる関係者用居室。学校帰りの有馬かながここに訪れるのはとっくに日常になっていた。
そして、この部屋に誰もいないのが当たり前になったのも。
少し前までここに来ればたくさんの人がいた。ミヤコさんがいて、ルビーが遊んでて、アクアが休息を取っていた。思い思いに過ごし、時に一緒に遊び、時に喧嘩し、時に議論になる。そんな時間が好きだと有馬かなが自覚したのはいつの頃だっただろうか。
かつてありふれていた日常はとっくに取り払われてしまっていた。
真っ先にいなくなったのは星野アクア。元々留守にすることも多かったが、約一年前に苺プロから最大手へ移籍し、この建物から完全に消えた。
当然と言えば当然だった。苺プロは星野家の自宅も兼ねている。すでに他のプロダクション所属になった男がいつまでも苺プロに出入りしていては余計な噂も立つし、外聞も良くない。引越しの理由はよくわかる。逆の立場なら自分も間違いなく同じことをしただろう。
理屈はわかるけど……わかるけど。
───私は、何のために苺プロに。
そう、思わずにはいられなかった。
それから半年も経たないうちに今度はルビーがいなくなった。
アクアがレギュラーを務めているゴールデンにゲストとして呼ばれ、見事テコ入れに成功。アクアの冷徹正論マシーン。クールで毒舌というキャラクターが浸透し始めた頃に、意外と身内には甘いという新たな一面を引き出したルビーは一気に仕事が増えた。
無論アクアのバーター的仕事がほとんどだったが、あの兄と瓜二つのルックスと、兄と真逆な天真爛漫なキャラクターは世間に刺さり、美男美女双子がテレビに出ずっぱりになるまで時間はかからなかった。
その後は私もそのおこぼれに預かり、仕事も増えたが、あの二人に比べれば、すずめの涙。今もこうしてフリーの時間がある。
あの二人と違って。
ルビーの仕事が増えたことで、必然的にミヤコさんの仕事も増えて、事務所にいる時間は短くなった。メムは露出が増えたわけではないけど、あいつの仕事は主にネットマーケティング。彼女のネット活動は多岐に渡り、多忙を極める。それにわざわざ事務所に来なくても出来る仕事だ。苺プロにいちいち顔を出す必要もない。
故に、この場所に顔を出すのが、私一人になってしまうのも必然と言えた。
「…………やめちゃおっかな」
この半年で何度も頭の中によぎった言葉をついに口に出してしまう。客観的に見て、今や私はB小町の中で最も人気がない。収入は安定してきたけど、お金にそこまで興味ないし、なによりお金が欲しくてこの仕事をやってるわけではない。このグループは私が何とかする、なんて言ってきたけど、私の貢献など、ルビーに比べれば微々たるもの。その証拠に私個人宛の役者としての仕事はほとんどなく、アイドルとしての仕事すらルビーのバーター。ただのおまけ。
私は、何のためにアイドルを…
脳裏に過ぎる、ファーストステージ。私たち3人のためにドラムを叩いてくれたアクア。今の私を見つめ、寄り添い、3色のドラムスティックを持って躍動し、汗を流すあの姿。あれを見て、私はアイツに惚れ直して、そして……
───アンタの星になってやる、なんて思ってたけど…
アイツはあっという間に私の手が届かない高みにまで登ったスターになってしまった。今も昔も、見上げるのは私ばっかりで、アクアに見上げてもらったことなんて一度もない。対等に接してくれることすら、最近は気後れするくらいだ。
───嫌われてはないと思うけど、私は所詮、アイツにガチ恋してる今や日本中に溢れかえってるその他大勢の一人でしかなくて…
テレン
通知音が鳴る。ルビーからだった。メッセージの一部が表示され、落ちかけていた気分が吹き飛んだ。
『せんぱい、おにいちゃん倒れて入院した。命に別状───』
慌ててLINKを開く。内容はアイツが過労で倒れたということ。命に別状はないということ。そして搬送された病院の名前と病室が書かれていた。
───タクシーだとここからなら大体20分くらいか!
ハンドバッグを引っ掴んで大通りへと走る。今からなら面会時間ギリギリに間に合うかもしれない。間に合わなかったとしても、それが諦める理由にはならない。かつての天才子役はタクシーアプリを立ち上げた。
そこで凄惨な真実が待っているとも知らずに。
▼
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
マンションを飛び出して、息が続く限り走り続けた。特に当ても見境もなく足を動かし続けたため、今自分がどこにいるのかもわからない。
きっかけは役者仲間からの呼び出しだった。
アザミマコ。自分より少し先輩の女優で、ここ最近交流なかったのだが、ちょっと話さないか、と誘われた。嫌なことがあったばかりだし、少し息抜きがしたかったから応じたのだけど、行ってみた先は会員制のバーだった。
「有馬も飲もーよ!」
グラスが勧められる。彼女も自分の一個上で、まだ二十歳ではないはずだが、平気な顔して飲んでいた。まあ、芸能界に限らず良くある光景だ。私すら酒を口にしたことは未経験ではない。場の空気を悪くしたくないショートボブの美少女は、息を吐きながらもグラスを手に取ろうとした。
「まあまあ。この子の分は俺が飲むって事で」
助け舟を出してくれたのは壮年の男性。モラル壊れてるアザミの呼び出しに応じたのもこの人が理由。
島政則監督。通称シマカン。今年映画賞も受賞した今一番勢いのある映画監督。
そう、アクアと黒川あかねと同じ……あのレッドカーペットの上の住人
この人と繋がりを作るために来た。そしてその目論見は一応成功した。連絡先の交換までこぎつけたのだから。
───この時から、少し危ないことをしている自覚はあった。
苺プロは異性関係について、アイドルを抱えてるプロダクションにしては結構緩い事務所で。連絡先の交換に一々事務所を挟む必要もないし、SNSもDMも監視などされてはいない(ちなみにアクアはガッツリされてる。信用ゼロだから)。
何かあったら、その時に言えばいい。そんなスタンスでいた。
何かあってからでは、遅いのに。
シマカンさんと食事に行った。芸能界、俳優業界のディスカッションやグチの言い合いになり、結構楽しい時間を過ごせた。久々に役者の世界にいると思わせてもらえた。
そんな浮き足だった気分を掬われたのか、それともワンチャン狙える機会がようやく巡ってきたからか。
アイドルをやっていて、得られたのは虚しさと虚無感だけ。
アクアに恋をして、得られたのは哀しさと絶望だけ。
───私には、もう
「今の話の続きをしましょう!!」
そうして、連れ込まれたのはシマカンの仕事場……という名の妾宅だった。
仕事場という割にはしっかりベッドがあって、生活感がある。奥さんに内緒で女を連れ込む部屋だった。
正直、経験がないわけではなかった。そして今まで全て切り抜けてきた。だからこその油断。
「君の、代表作と言えるくらいの、最高の役を用意してみせる」
そして島政則という男の、言葉に魅せられてしまう。
「私の、代表作…」
「女優として舞い戻りたいんだろう?」
戻りたい。そのためにこんなわかり切ったヤバい橋にノコノコ踏み込んだ。
「有馬かな。君は魂からの女優だ」
そう、あの世界に戻るためなら、私はなんだって……
『───フリルも、炎上も、中途半端なピアノの腕も。なんだって利用してやるさ』
アクアの言葉が蘇る。今ガチで自身が炎上した時に言っていた言葉。そう、あいつだって何でも利用してきた。炎上も、自身の才能も、不知火フリルも、全部利用して今の立場にのし上がった。
───そりゃ切り捨てられないはずよね
アクアは貸し借りに厳しい責任オバケ。あの時、フリルに貸しも作っただろうが、借りもめちゃくちゃ作ったはず。弱みすら握られてるかもしれない。
ましてフリルは明らかなアクアガチ恋勢。諦めていないことだって大衆すら知っている。そう簡単にアクアも別れられるはずもない。
あかねと交際を続けながらも、ズルズル関係を続けていたのだろう。芸能界では良くある話。
───そう、良くある…
シマカンの手が有馬かなの頬に触れる。まるで壊れ物を扱うかのような、繊細な触り方だった。
それなのに、全身に寒気が走った。
背筋がブルリと震えた。触られた左頬から腕にかけて鳥肌が立つ。顔から血の気が引き、まるで断崖絶壁に立っているかのような不安感が押し寄せる。
全身が、心と身体の全てが、全力で拒否反応を示していた。
───まるで違う
アクアに触れられた時と。あいつと触れ合ったことはこの一年半で何度もあった。
こんなに優しく、甘くアクアに触れられたことなど一度もなかった。
頭をぐしゃぐしゃされたり。私の肩に肘をもたれ掛けさせたり。私もあいつの背中を叩いたり。反撃されたり。アクアとの接触はもっと雑で。遠慮がなくて。女扱いなどまるでしていない接触ばかりだった。
それなのに、どれも嬉しかった。
遠慮のない触れ方が。私を天才子役としてなどまるで見ていない、ただの有馬かなとして触れてくれるのが嬉しかった。楽しかった。気持ちよかった。不快感も嫌悪感もカケラすら感じたことはなかった。
こんな気持ち悪さを感じたことなど、一度もなかった。
「───っ!!ごめんなさい!」
手を弾く。ソファから立ち上がり、バッグを手に取り、一目散に逃げ出した。マンションを飛び出し、夜の街を走る。少しでもあの場から離れたかった。身体の中の寒気と気持ち悪さを、少しでも忘れたかった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
マンションを飛び出して、息が続く限り走り続けた。特に当ても見境もなく足を動かし続けたため、今自分がどこにいるのかもわからない。
適当な縁石の上に座り込む。ググルマップで現在位置を割り出し、その場所にタクシーを呼んだ。
「どちらまで?」
タクシーの運転手に尋ねられる。自宅へ帰る気にはなれなかった。頬に触れられた感触がまだ残っている。まるでかぶれたみたいに痒く、ゾワゾワして、気持ち悪かった。この感覚を持ったまま1人で一晩過ごすことなど、できない。
この、気持ち悪さを消せるのは……
「…………会って、くれるかな」
スマホにメモっている、ルビーから教えられた住所を、運転手に告げた。
▼
検査入院が終わり、自宅へ帰ることが許される。事務所に連絡を入れると、1週間は休んで良いと言われた。
「良いんですか?」
『色々整理する時間が必要でしょう。それにカミキヒカルは芸能プロダクションの社長だった。そんな男が逮捕された。あなたが関わっていることがバレるのも時間の問題。時期に記者会見を開かなきゃいけない時が来るわ。その時に備えていなさい』
言われてみて初めて気づく。確かに調べた限り、カミキプロダクションはそこそこ成功を収めている芸能事務所だった。そこの社長の不祥事ともなれば、多少のニュースにはなる。まして暴いたのはあの星野アクア。人目の少ない山の中だったとはいえ、山歩きとして人気のスポットで行われた逮捕劇。あのあとパトカーも救急車も駆けつけた。カミキも山の麓にまで降りてからパトカーに乗せられたし、オレもその場で倒れた。目撃者は何人もいた。写真や動画も当然アップされている。オレの関わりが知られないはずはなかった。
検査も無事終わり、健康体である事を確認し、退院したオレはいつもの高層マンションではなく、避難場所の一つに身を寄せている。その方が人目につきにくく、潜伏生活をするには適していたからだ。一応ルビー達にはここに住んでいることと、生存報告だけはしていた。流石に身内に隠してまで、完全に雲隠れするわけにはいかなかった。
───退屈だな
タワマンと違って、防音しっかりされてる部屋でもないから、ギターやドラム鳴らすわけにもいかないし。フリルから借りたゲームは2日で飽きた。ここ最近はずっと作詞作曲ばかりやってる。他にやることもないので仕方がないが、どうもノらない。義務感でやる創作活動は結構しんどい。
───コーヒーでも淹れるか。
デスクから立ち上がった動きが中断される。エントランスのインターホンが鳴っていた。画面にいたのは赤い髪の少女。
「有馬……」
ルビーが教えたのなら、知っていてもおかしくはないが、流石に少し躊躇する。一体何の用で来たのか。1人で?こんな時間に?何で来た?尾行は?その辺全部わかってきてるのか?
色々考えた末、出ることにする。マスコミ連中がオレを張っていたとしても、入ってくるのと出るのが有馬1人だったら言い訳は立つ。
「どうした?」
『…………やった。出てくれた』
声が聞こえてきたことに、童顔の少女は心底ホッとした顔をする。アクアの中に有馬かなを心配する気持ちが湧いた。
「何かあったか?」
『…………入っていい?』
一瞬悩む。けれどここであまり躊躇すると名前が出かねない。音源取られるほど近寄られてるとまでは流石に思わないが、それでもゼロではない。答えの代わりに解錠のボタンを押した。
1分経たない内に部屋のインターホンが鳴る。顔を出さないよう気をつけながら、鍵を開け、ロックを外した。
「……お邪魔します」
おっかなびっくり。できるだけ音を立てないように気をつけながら、有馬かなが扉を開き、閉じる。すぐに鍵をかけてくれたのは流石のプロ意識だと思った。
「どうした?こんな時間に」
「……………………」
「コーヒー飲む?」
「…………紅茶がいい」
「はいはい」
沸かしていたケトルから湯をカップに注ぐ。ティーバックを一つ開き、色と味を抽出させた。
「…………ありがと」
「おう」
飲み物を啜る音だけがしばらく部屋を支配する。沈黙に耐えきれなくなったのか、口を開いたのはやはり有馬かなだった。
「何も、聞かないの?」
「聞いていいなら聞くが……」
オレから何か聞く気はなかった。話したくなるまで待つつもりだったし、隣にいて欲しいだけなら、ずっとそうしているつもりだった。
「…………私、さっきまでシマカン……島政則さんの家にいたの」
島政則。聞き覚えはある。確か映画監督だったはずだ。映画賞の時、見かけた。
「ちょっと飲みに誘われて。適度に話しもあって、愚痴も言い合えて。久々に役者の世界にいるって思わせてもらえた時間だった」
「……………………」
「役者としての仕事が貰えそうな話しになった」
そこまで聞いて、話の流れは大体わかった。恐らく自宅に連れ込まれたのだろう。
「正直楽しかった。アイドルの世界にいた時の居心地の悪さはなかったし、やっぱりここが私の居場所なんだって思えて。嬉しかった」
───やっぱりこうなったか
アイドル枠で跳ねなかった有馬が、『自分はやっぱりアイドルなんて向いてない』と考え出すのは余裕でアクアの想定内だった。芸能人とは自分が中心でなければ気が済まない生き物だ。少し前まで格下だと思っていたルビーのバーターを半年以上やっていれば、こうなる事は必然だったのだろう。
───ミヤコも緩い、てか甘い……まあ仕方ないか。どんだけ縛っても、大抵慣れた頃の二、三年でやらかすもんだ
少し気にはなった。マンションには監督と一緒に入ったのか。ずっと止まってる車はなかったか。問いただしてみたかったが、流石に今の有馬はそんなことが聞ける雰囲気ではなかった。
「私にとって最高の役を。代表作と言えるくらいの役を用意するって言ってくれた」
それは有馬かながこの10年以上、待ち望んでいた言葉だったのだろう。役者としてこの世界に戻りたい思い。カメラに映る時の自分の心情。激情。熱望。全てを理解してくれる人だった。
この人になら。許せるかもしれない。
アイツだって、同じことをやってた。
自分が売れるために不知火フリルを抱き込んで、黒川あかねとビジネスで交際して。自分の感情や身体を犠牲にして、スターダムにのし上がった。
───そうよ、アイツだって
不知火フリルは否定した。あの病院でのやり取りを、ただの遊びの延長だと言い切った。
そんなはずはない。
だって見た。アクアのあの顔を。ヤバいって顔。そしてヤバいって顔した自分がヤバいって顔。あの顔をしたやつが、ただの遊びだけで終わってるとはとても思えなかった。
───あの世界に戻るためなら、私だって、なんだって───
「出来なかった」
独白が止まる。震える手で、有馬かなは真実を語った。
「監督の手が私の頬に添えられた瞬間、ゾッとした。寒気が走った。気持ち悪かった。アクアに触れられた時とは、まるで違った」
あの優しく温かく、けれど少し硬い手に触れられた時とは、何もかもが違った。全身で心と身体が拒否反応を示した。
「そのまま部屋飛び出しちゃった。走って走って。逃げて逃げて。どこにいけばいいかわかんなくて。気がついたら、タクシーの中で、ルビーに教えてもらったマンションの住所を、運転手さんに伝えてた」
それを聞いて、少しホッとする。監督の家にマスコミが張り付いていたとしても、流石にタクシーを追いかけることは出来なかったはずだ。尾行がバレたらそれこそ警察沙汰に発展しかねない。
「あーあ。完璧にポシャっちゃったなぁ。せっかく掴みかけた女優としての仕事だったのに。シマカンさん、絶対今後私のこと使ってくれないだろうなぁ」
「…………わかんねーだろう。クリエイターにとってセックスなんて、二の次三の次だし」
「アンタが言うんじゃないわよ!」
ずっと穏やかだった有馬かながついに激昂する。カップをテーブルに叩きつけ、両目に涙を湛えながら、アクアを睨みつけた。
「アンタのせいよ!全部全部アンタのせい!私が今アイドルやってるのも!そこで惨めな思いしたのも!せっかく掴みかけた仕事逃したのも!全部アンタのせいじゃない!」
「…………そうかもな」
「私なんて全然気にしてないみたいに振る舞って!実際気にしてないことの方がほとんどなんでしょうけど!けど私が凹んでる時とか目の前が真っ暗になった時とかに狙ったみたいに優しくして!光を見せて!私を勘違いさせて!忘れよう忘れようとしてるのに!全然忘れさせてくれなくて!あかねのために!何よりアンタのために!身を引こうって決めたのに!病室では不知火フリルとあんな事して!遊びの延長!?そんなわけないじゃない!女が女の顔してる時くらい私だって知ってるってのよ!不知火フリルも悪ぶってヘッタクソな演技して!わかんないわけないでしょーが!そこまでガキじゃねー!女優なめんな!」
何一つ言い返せなかった。コイツはオレが思ってるよりずっと察しが良くて、子供でもなくて、そしてちょっとヤケになってた。
「ねえ、アクア。一つだけ、正直に答えて」
涙を湛えたまま、有馬かなはまっすぐに星の瞳を睨みつけた。
「不知火フリルとアンタは、今でも関係を持ってるの?」
「答えられない」
「───っ!!」
頬に軽く衝撃が来る。先のフリルに比べれば随分遠慮が入った、可愛らしい一撃だったが、それでも殴られたことに変わりはなかった。
「最低……」
「否定はしねーよ」
「でも、私も最低だ。同じことして、仕事取ろうとしたし、それに…」
「…………?」
「どれだけ最低でも、私はアンタのこと嫌いになれないんだもの」
殴られた頬に手が添えられる。オレの手を有馬が取り、自分の頬へと持っていく。手の感触を全身で味わうように、目を閉じ、息を吐いた。
「やっぱり、全然違う。アクアとその他で、感じ方が全然違う。あんなに怖かった男の人の手が、アンタのものだと思うと心地よくてホッとする」
「有馬……」
「好きよ、アクア。多分初めて出会ったあの時から。14年前から、ずっと」
ついに、言った。ずっと受け身で。向こうから自分を好きになることをずっと待っていた少女が、ついに、14年間持ち続けていた想いを、告げた。
「お願いアクア。私のことも見て。女として見て」
見上げるその瞳には情念の炎が宿っている。何を犠牲にしても構わないという、破滅の光が有馬かなの目で燃えていた。
「お前、自分が何言ってるのか──」
「いいじゃない。別に彼女以外に女がいたって。珍しくもない話よ。芸能界じゃまるで珍しくない、どころかそこら中にありふれてる話。アンタもその1人ってだけ。シマカンさんなんて既婚者で私に手を出そうとしたんだから、アクアはまだマシだとすら思うわ」
「芸能界ってどうして常識バグったヤツしかいねーんだろうな」
「クリエイターは特にね。アンタも俳優でミュージシャンで作詞作曲もやってるクリエイター。数え役満ね。常識存在しなくても驚きはないわ」
唇が重なる。ついに、重なってしまった。しなだれかかる有馬を、星野アクアは拒めなかった。
「その他大勢の1人でもいい。あかねより、フリルより、後の優先順位でもいい。私絶対めんどくさいこと言わない。都合よく使われても構わない。だから……だから……」
アクアの服を強く握り込む。一つになろうと身を寄せてくる小柄な少女の肩を掴んだ。
「後悔、するぞ」
「もうしてる。アンタに出会ってからずっと、何度もしてきた。今更一つ増えたところで変わらない」
掴んでいた手が振り払われる。無防備になった星の瞳の少年の胸に赤い髪の少女が倒れ込んだ。
そしてアクアは、今まで気づいていながら、目を逸らし続けてきた好意に応える。
それが自らの首を絞める呪縛であると、半ばわかっていながら。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
ついに。ついに。記念すべき通算100話で、重曹ちゃんメンゴ達成。多分今までの誰より不憫な形で。一つの爆弾が片付いたと思ったら次の爆弾が爆発して。フリルが最小限の飛び火に抑えたと思ったら、また新たな爆弾が積み込まれて。無限ループって怖くね?
ホントどうなってしまうのか。ここから入れる保険はあるのでしょうか……
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければモチベーション爆上がりです。時間がかかっても感想には必ず返信します。