【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

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帷が降りない晴天の夜空
貴方と星座を作りたい星達が集い始める
一番星を担う星を選びなさい
星照らす闇が広がる前に


102nd take 殺してやる

 

 

 

 

 

 

 

「アクアくん、ここにもいないんだ」

 

あの事件から数日。カミキヒカルの逮捕に自分が関わっていたと世間に公表してから、アクアくんは芸能活動を一時休止していた。何があったか、一般大衆は知らないが、私は知ってる。彼がカミキヒカルを逮捕するために無茶をしたこと。自分が殺しの囮になり、カミキを罠に嵌めたこと。そのために少なくない代償を払ったこと。知っているからこそ彼の休業は納得していたし、心配していた。会いたかった。

 

けどいつものマンションにも彼はいなかったし、LINKも未読のまま。一体どこで何をやっているのかと、心当たりを探し、苺プロに来たのだが、ここにもいなかった。

 

「あいつ、また動き回ってるみたいよ。今度は映画の撮影のために」

 

苺プロを訪れた時、出迎えたのはかなちゃんだった。普段より少し疲れた様子。だけどアクアくんの話をする時は少し嬉しそうで、浮かれていた。

 

「映画の撮影……」

 

何のことを言っているのかは知っている。アクアくん本人からどういう映画を撮るつもりなのかは聞いていたし、会見も見た。

 

『現在、その件を追った映画の企画が進行中です。完成すれば、皆さんに真実をお届けできるかと。私からは以上です』

 

あの一言は絶好の宣伝になり、カミキヒカルと星野アクア。そして星野アイに日本中の注目が集まった。彼は今、自身の14年に渡る芸能人生の集大成になる作品を作ろうとしている。そこまではあかねも知っていた。

 

───休息が休息になってない。また無茶してるんだろうなぁ

 

ただでさえ手加減というものができない星野アクアだ。今度の映画はそれはもう本気の本気。100%中の100%の力を注いでいるだろうことは容易に想像がつく。監督、プロデューサー、音響、キャスト。全てにおいて完璧な布陣を用意するに違いない。そのために今は力を尽くしている。自分との連絡を後回しにするほどに。

 

───けど……

 

「きっとまたどこかで無茶苦茶やってんのよ。でもまぁ一度やった失敗は繰り返さないヤツだから、今度は倒れるまではやんないでしょ。心配しなくていいわ」

 

かなちゃんから出たその言葉に少し驚く。全く同じことを考えていたからだ。星野アクアの非凡な才能の一つに、学習能力の高さがある。人間誰しもミスはする。だから彼はミスは恐れない。してはいけないミスと取り返しがつくミスを見極め、行動する。が、同じミスをする事は極端に恐れる。東ブレの時もそうだった。稽古中に倒れてしまい、二度と繰り返さないため、ノイローゼになるほど訓練を繰り返した。だからあかねも倒れる心配はしていなかった。

 

むしろ気にしていたのは人間関係について。

 

───かなちゃんの態度が、変わった

 

アクアの無茶に対して呆れる事はあった。けど信頼もしていて、あいつなら大丈夫と思っている事も知っていた。

 

けど、この表情は初めて見た。

 

アクアの無茶を、愛しく想っている女の顔。あの嵐の夜。神様が舞い降りた時の私と同じ。アクアが自分のために無茶をしてくれたことが、愛しくてたまらないという顔。

 

───暴露のタイミング、予想より早いな、とは思ってた

 

カミキヒカル逮捕の報道。自分が関与していたという暴露。実際に事件があってから1週間も経たずに発表された。アクアにしては少し拙速だ。本来の彼なら、もっと情報を小出しにして、自身と周囲の安全に配慮していたはずだ。それが今回はいきなり十を出した。いきなり結果から伝え、詳細を肉付けさせていく事で安全を図った。

このやり方も間違っているとは思わない。けれど紙一重だっただろう。大炎上になる可能性だってあった。それぐらいあの聡明な彼氏様なら百も承知だったはず。それでも危険を孕んだこのやり方を選んだ。

 

───なんで?

 

その答えは、目の前にある。

 

「無茶してるってわかってるならかなちゃんも止めてよ。絶対倒れない保証なんてないんだし。心配じゃないの?」

「止められないわよ。私もあいつの無茶に救われた女の1人だから」

 

眉間に力を入れ、唇を食いしばる代わりに、満面の笑みを浮かべ、グッと口角を引き上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

郊外のとある墓地。星野家の墓と書かれた墓前で、1組の男女が手を合わせている。太陽の光を眩く反射する蜂蜜色の髪。顔立ちは凄まじく整っており、性別差のおかげで見分けはつくが、瓜二つと言って良いほどよく似ている。彼らを全く知らない人間が見たとしても、一発で血縁だとわかる。

 

しかしもう彼らを全く知らないという人間は日本という国の中では少数派だろう。特に男の方はもう一年近く最前線で活躍しているタレントだった。

 

少年の名は星野アクア。そして傍らに侍る少女は星野ルビー。今世間を騒がしている俳優とアイドル。双子であることも、もはや世間には知れ渡っていた。

 

───母さん、ごめん

 

手を合わせながら、心の中で兄は詫びる。死者の墓を暴いてしまったこと。貴方の名誉を傷つける真似をしたこと。貴方がかつて愛したであろう人を逮捕したこと。コレから貴方を題材にした映画を撮ること。

 

そしてそのことに、オレは全く心が痛まないこと。

 

全てに謝罪した。心から申し訳なく思った。

 

───貴方を愛していなくて、ごめん

 

「ふぅっ」

 

呼吸音に近い声が、アクアの意識を現実に戻す。祈りを終えた紅い瞳の少女が、兄の手を握った。

 

「なにお祈りしてたの?」

「色々勝手に暴いてごめんって、謝ってた」

「謝るな、じゃなかったっけ?」

「コレはいいんだよ。墓参りそのものが自己満足みたいなもんなんだから」

 

死んだ後に豪華な葬式をされても、立派な墓を建てられても、本人にはなんの得にもならない。あの手の行事は全て生きている人間の自己満足のためにやること。死者を弔い、別れを告げ、その人がいない明日を生きていくための儀式。自負心を満たすためにやる事だ。なら謝ったっていいだろう。死者に謝罪する事で自負心が満たされるなら、構わないはずだ。

 

「おにいちゃんはホントスーパードライっていうか、神様信じてないっていうか。バチ当たっても知らないよ?」

「じゃあルビーはなに祈ってたんだよ」

「おにいちゃんを許してあげてねっていうのと、映画が成功しますようにって」

「後者は母さんに祈る事じゃないだろう。オレたち次第だ」

 

まだ撮影も始まっていないが、死者に頼んで成功できるなら今頃世界にはヒット作で溢れかえってるはずだ。日本の映画市場はアメリカ、中国に次いでの世界第三位。2000億もの巨大市場。年間500本もの映画が3600のスクリーンで興行収入を奪い合う。そしてそのほとんどが話題にすら上がらない。オレたちが今やろうとしていることは神頼みなどでは絶対達成できない偉業だ。

 

「私はなんの役になるのかなぁ」

「映画どころか演技すら初めてのアイドルに責任の重い役は振られねーよ多分。心配すんな」

「おにいちゃんはキャスティングもう知ってるの?」

「知らねーし知らされてねーけど、予想はつく。母さんを演じるのはおそらくオレか、フリルか、もしくは……」

 

脳裏をよぎるのは、今夜会いたいと言われている女優。この事件のために、オレが利用した女。断るわけにはいかなかった。一度は会わなければいけないと思っていた。

 

「おにいちゃん?」

 

小首をかしげる妹の頭を撫でる。もう帰ろうと告げた。今のオレとルビーが、人目のあるところであまり長居するわけにはいかなかった。

 

「映画が成功したら、また来るよ」

「その時はおにいちゃんに映画の成功はママのおかげだって言わせてみせるからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一口に映画を撮ると言ってもやらなければいけないことは山ほどある。

 

一つは映画プロデューサーの助力を得ること。これは鏑木さんに話を通した時点でクリアしている。

 

二つ目は配給会社へのプレゼン。ここで大手を引ければ上映できるスクリーンも増える。動員数に直結するため、できるだけ良い条件を引きたい。

 

アクアの万バズから、最初は大手も乗り気だったが、企画のプレゼンを受け、態度が変わる。内容がセンシティブなだけに渋るのは当然と言えば当然だった。

 

断る大手もいたが、なんとか一社、R-15も配給している大手がGOを出してくれた。しかしその代わり条件は厳しい。実制作の費用はこちらで用意しなければいけなかった。

 

三つ目、出資者集め。一本の映画を撮るのに2.3億は必要とされる。制作費はいくつかの会社から出資を募り、出資に応じた権利や収益の分配を行う。コレが製作委員会方式だ。

 

出資者集めは配給会社へのプレゼンに比べれば楽だった。公開前から既に話題になっているという、非常に珍しい既に利益率がある程度見込めている映画。アクアが所属する大手プロダクションももちろん出資者に手を挙げているし、建築会社や交通会社も星野アクアが主演なら、と喜んで出資してくれた。

 

そして四つ目、キャスティング。

 

看板役者次第で収益は何億と変わる。キャスト目当てで観に来てくれる客もごまんといるからだ。この点に関しても問題ない。今や若手の枠を越え、芸能界トップになりつつある星野アクアなら、確実に採算が取れる───

 

ハズだった。

 

「オレではアイを演じられないと?」

 

五反田スタジオに呼び出されたアクアは監督からキャストについての話をされていた。

 

アイ役に、別の役者を起用したいと。

 

「そうは言ってねぇ。むしろ逆。お前以上にアイを演じられる役者はいねえとすら思ってる」

「ならなんで?女の役も一人二役も一通り経験している。両方でそこそこ結果も出したと自負しているつもりだ。オレでは不足と言われる理由を知りたい」

「不足なんて言ってねぇだろう。もちろんお前にも演じてもらうつもりだ。ライブとか、日常シーンとか、ほとんどをお前が演じることになると思う。だけど、1人じゃどうしてもできないシーンがあるだろう」

 

そう、アイとカミキの過去を撮るドキュメントというなら、どうしてもカミキとアイが同時に映らなければいけないシーンがある。どうしても2人必要になるシーンがある。そのためにもう1人、アイを演じる人間が必要だった。

 

「そんなの今時どうとでもなるだろう。別々に撮って合成するとか」

「それだと俳優同士の掛け合いにならねーだろう。俺は一人一人がやり取りするからこその化学反応が撮りたいんだよ」

「………オレの想像力(イメージ)では、他者に虚構を現実に見せるような創造はできないと」

 

五反田の背筋に寒気が奔る。目の前に座る、孫同然に見続けてきた少年が変わる。その瞳の光が、オーラが、別人に化ける。手を差し出してくる。自分とは遥か遠い距離にあるはずの美麗な指が、まるで顎を撫でられているかのような錯覚に陥った。

 

「やってみせようか?虚構を具現化する演技(ひょうげん)

 

ごくりと生唾を飲み込んでしまう。やってみせようかではない。やっている。対面に座る天才は、五反田の喉元に指を這わせ、耳元で囁いている。実際には座っているというのに、想像力だけで虚構を創造していた。

 

沈黙が数秒その場を支配する。蛇に睨まれた蛙の如く、身動きが取れない五反田だったが、そんな姿を哀れに思ったのか、蜂蜜色の髪の少年が息を吐き、手を下ろす。空気が弛緩し、ようやく壮年の映画監督は呼吸できた。

 

「しょうがない。監督が役者同士の掛け合いを撮りたいというなら、俳優はそれに従いますよ。降りると言い出されても困る」

「………すまねえな」

 

謝りながらも正直揺らいだ。やっぱりアクア1人にやらせた方がいいのではないか、と。映像は合成すれば出来なくはないし。

 

けれどやはりそういう撮り方はできるだけしたくない。生で、リアルタイムで、嘘なくカメラが俳優を追いかけているからこそ撮れる輝きを、五反田は撮りたかった。

 

「で?誰に演らせるつもりなの?」

「候補は4人。第一候補は不知火フリル。活動自粛してた彼女が、本格的な復帰第一号になる主演。話題も呼べるし、興行的にも面白い」

「………なるほど」

 

考え込むように口元に手をやる。アクアの内情を全て知る者であれば、この所作の意味はわかるが、五反田には不満そう以外の感情は読み取れなかった。

 

「2人目は黒川あかね。お前とは今でも公式カップルだし、役者とのリアルのリンクはなんだかんだ受ける。本人の実力含め、まあアリだと思う」

「………………」

 

眉間の皺がさらに深くなる。確かにセンシティブな内容になるのがわかりきってるこの映画の主演にあかねを持ってくるのはアクアからすれば複雑だろう。

 

「3人目は───」

 

3人目の名前を聞いた時、アクアは明確に拒否の意を示した。

 

 

 

 

 

 

 

 

六本木。口が固く、芸能人が良く使うバー。そこに訪れた1組の男女。1人は黒髪にサングラス。彼の腕を絡めるのはキャスケット帽を目深に被ったメガネの女性。素顔を見えにくくした男女は人目につきにくい個室の席に案内され、ようやくそれぞれ楽な格好になった。

 

黒髪のウィッグを被り、サングラスを外し、凄まじい美貌を見せた青年は星野アクア。

 

帽子をとり、上着を脱いだ美女は片寄ゆら。アクアに会いたいと連絡したのは彼女だった。

 

「ごめんね、シノくん。急に連絡しちゃって」

「いえ。オレも一度はゆらさんと話をしなければと思ってましたから」

 

今回の一連の事件の顛末。片寄ゆらは一部聞いていた。登山スケジュールを共有したし、彼女が使っているウェアを教えてもらい、同じ服を買い揃えるのに協力した。自分になりすます事も知っていた。その日は人目につかないようにしてほしいと頼まれた。その結果、どうなったかはニュースで教えられた。

自分が登るハズだった山でカミキヒカルが殺人未遂で逮捕され、その逮捕劇に星野アクアが関わっていたとなれば、それがどういう事だったのかわからないほど片寄ゆらは鈍くない。

 

「まさか、ミキさんが私を殺そうとしてたなんて……」

「普通分かりませんよ。オレだってそこまでとは思ってませんでした。せいぜいストーカーくらいのものかと」

「シノくんが無事だって聞いて安心したけど、病院に運び込まれたって話も聞いて……私のせいでシノくんが死んじゃったらどうしようって…」

「自分を責めないで。ゆらさんは何も悪くありません。殺そうとしたヤツが悪いに決まってます」

「シノくん……ごめんね。ありがとう」

 

涙を見せるゆらを優しく抱きしめる。しばらくゆらはアクアの胸元を涙で濡らした。

 

「そういう事だったんだ」

 

ゆらが落ち着きを見せた後、アクアは今回の顛末を語る。ずっと探していた事。彼が殺人犯である可能性が高い事。いずれ自分達が標的になりうる事。親子関係だけは言わなかったが、それはもう言うまでもないというか、いずれバレる事だからあえて口にはしなかった。

 

「そういう意味ではオレは今回、ゆらさんを利用しました。そのことは申し訳なく思ってます。すみません」

「そんな!シノくんが謝ることなんて──」

「結果だけ見ればオレもカミキヒカルも、やったことは大差ありません。彼は彼の欲のために貴方を利用し、そして、オレはオレの身と身内の安全のために貴方を利用した。私利私欲。生かすためか、殺すためか。違ったのはその一点だけです」

「シノくんの利とミキさん……カミキの欲は全然違う」

「同じですよ」

「違う!」

 

ずっと俯いて、震えていて、弱気になっていたゆらが初めて大きな声を出す。アクアの手を握り、胸を張ってまっすぐに星の瞳を見据える。その光は少年と同様の輝きを秘めていた。

 

「シノくんの利は人を守るためのモノ。それは自分だけじゃなく、妹さんや家族や私。大切な人を守るための行動。それは決して私利私欲なんかじゃない。カミキの身勝手な欲とはベクトルがまるで違う。勝手な人、冷たい人っていうのは、いつだって傍観者。貴方は私を守ってくれた。忘れないで。貴方は私を守ってくれたの。この事実だけは罪悪感でなくさないで。貴方は正真正銘、温かく、優しい人よ」

 

───罪悪感なんかじゃない

 

抱きしめられながら。ゆらさんの胸の中に顔を埋めながら、冷めた頭で心の底からそう思う。オレが言ったのは単なる事実だ。カミキを捕えるためにゆらを利用した。カミキが殺すためにゆらに甘い言葉を囁いたように。オレはオレの大切な人だけを守るために嘘をついた。オレがついた嘘の中に貴方を守ることは入っていなかった。見殺しにするのはオレが嫌だったから助けただけだ。殺し以外の手段だったら傍観してた。決定的な証拠を掴むまで泳がせていた。オレは冷たく、身勝手だ。少なくともゆらにとっては。オレの身内以外にとって、オレは身勝手だ。

 

───けど、それを口にする意味もないから。

 

自分を卑下して、彼女の罪悪感につけ込み、恩を売り、貸しを作るのが今回の目的。今回もまた、オレはこの人を利用する。

 

───大元はあのこどおじのせいだから、今回はまるっきりオレが悪いってわけじゃねーけど。

 

オレと同時に映る時のアイ役に、五反田はなんとルビーを使いたいとか言い出しやがったのだ。この間、直に少し会って話したらしい。

 

『ルビーとお前の2人でアイを演じるなら役にも深みが出るし解像度も上がる。話題性だって呼び込めるだろう。作品としての意義だって──』

 

それは、撮る側のみにしか得のないエゴだ。

 

作品の質や意義。オレはめちゃくちゃ拘ってるし、最高のものに仕上げるつもりだ。妥協は一切しない。

 

だがそれはあくまでオレと監督の話。それ以外はまるで異なる。

 

映画という興行のために使われる金は全て投資。後の利益を生み出すための先行費用。監督もオレも金を預かる立場にある。そう、預かっているだけなのだ。この金は必ず返さなければならない。きっちりと利子をつけて。

 

もちろん投資とは一種のギャンブルであることは彼らも重々承知。損する可能性だって当然考慮にある。それなのに金を預けてくれている。この信頼には絶対に応えなければならない。それがプロとしての最低限の仁義だ。

 

それがわかってない人でもないはずなのだが、いざ自分の立場になると話が変わるらしい。知り合ってもはや14年の時が経つが、この人は相変わらず映画が撮れるだけのでっかい子供だ。

まあ、あの人のそういうところが結構面白くて好きなんだけど。

 

───だが現実問題、商業的に見るなら、オレ以外でアイを演れるのは、復帰を大衆から心底望まれている不知火フリル。現在天才と呼ばれる黒川あかね。そしてもはや日本を代表する女優と言っていい片寄ゆら。

 

客観的に判断して、この3名くらいだろう。この3名なら作品の質を担保しつつ、企画としての商業的成功も狙える。

 

───ここからはオレのエゴだが、アイをフリルとあかねには演じてほしくない

 

不知火フリルはもう娘を持つ母親。しかも今回出産に至った経緯はアイと酷似している。現実と虚構を重ね合わせた時、彼女にかかる負担がどれほどのものか。想像することもできない。復帰第一号の出演作としては心身ともに酷すぎる。

 

黒川あかねは天才だ。キャラへの考察。それを表現する技術。全てを兼ね備えている。あかねならアイも演じられる。ほぼ100%本物に近い精度で。

 

───それをオレが、ルビーが、アイの幻想を未だに追いかける人が見たら、一体どうなってしまうのか。

 

またオレはパニック発作を起こすかもしれない。ルビーはアイの幻影を初めて生で目の当たりにしたなら、どうなってしまうかわからない。少なくともオレは倒れた。パニックを起こし、動揺した。ルビーをあんな目に合わせたくはない。

 

そして未だアイの幻影を追いかける人がアレを見たら、どうなるか。

 

あかねもアイの子供なんじゃないかと勘繰る人が出てくるかもしれない。そうなるといろんなところに亀裂が生まれる。あの幸せな黒川家にも。オレとあかねの付き合いにも。浮気だの禁断の関係だの批判と噂が娯楽の暇人達が好き勝手にほざきだすかもしれない。それは避けたい。オレの目的のためにオレの大切な人を危険に晒すのは嫌だ。

 

ルビーが演じるなんて論外だ。

 

アイ役は大半オレが務める。観客はほとんどがオレのアイを観ることになるのだ。そのオレの代わりを、ルビーがやる。たとえ短い時間だとしても、オレの代わりをやらなければいけない。ドラマどころか、映画すら未経験のアイドルあがりが、仮にも2年間結果を出し続け、天才と呼ばれるに相応しい評価を得続けたオレの代役。できるわけがない。やれるわけがない。たとえ短い時間の代役だとしても。いや、だからこそだ。違いが顕著に出過ぎる。良くも悪くも公開前から注目を集めている映画。もし下手の烙印を押されてしまえば、そのレッテルを外すのは簡単ではない。そんな重責をあいつに背負わせるわけにはいかない。責任が重すぎる。

 

そうなると、もうゆらさんしかいない。

 

オレのエゴ。現実的な問題。商業的採算。全て考慮した上での着地点は、オレにはゆらさんしかいなかった。

 

「ゆらさん、今回の事件。まだ終わってません」

 

縋り付くような目で抱きしめてくれる彼女を見上げる。自分の腕の中で震える少年。庇護欲を擽られた片寄ゆらは彼を抱きしめる腕の力を強くした。

 

「今のままでは最悪カミキヒカルはオレへの殺人未遂しか罪状が取れないかもしれません。警察に、そして世間に余罪を追求してもらうためにオレは映画を撮ります」

「この間シノくんが会見で言ってた、あの映画ってこういう意図があったんだ…」

「情報の裏取りを証明してもらうため、近いうちにゆらさんにも話がいくと思います。主演はオレが概ね務める予定なんですが、オレ1人では無理なんです」

 

ギュッと手を握る。縋るように。助けを求めるように。歳下の男の、目下の立場の強みを最大限に活かす。女に頼み事をする時は大きく分けて2パターン。信頼を強くアピールするか、母性に訴えかけるか。

 

弱っている男を演じている時は後者の方が成功率が高い。レン先輩やハルさん、ナナさんもそうだった。

 

「ゆらさん、オレと──」

「アクアくん?」

 

扉の外から名前が呼ばれる。コンコンとノックが響く。抱き合っていた2人は素早く身を離した。

 

───今の、声は……

 

「アクアくん?いるの?入っていい?」

 

目配せする。ちょっと焦った様子のゆらさんだったが、流石はアクアより遥かに経験を積んでいるベテラン。落ち着きを取り戻し、一度頷いた。

 

「───あかね」

「偶然だね。アクアくんもここで食事してたんだ───片寄さんもいらしてたんですね。お久しぶりです」

 

青みがかった黒髪を背中まで伸ばした美少女が、満面の笑みで立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

マンションの一室。普段住んでいる高層マンションではなく、避難所の一つに、1組の男女が明かりもつけずに重なり合っている。

ベッドの上に男を押し倒し、その上に女が覆い被さる。はだけた胸元に手を添え、肘をつく男の頬を女の手が撫でていた。

 

「片寄さんと食事は楽しかった?」

 

満面の笑みを浮かべたまま、男を問い詰める女の名前は黒川あかね。若手世代を代表する女優であり、押し倒した男の彼女でもある。

 

「今日アクアくんが着てる服、私初めて見る。素敵。中学のジャージ?野暮ったくて、病み上がりって感じ。守ってあげたくなる雰囲気よく出てる」

「片寄さんには仕事の依頼しに行っただけだよ。今度撮る映画。主演の打診しにいったの。キャスティングは興行収入に直結するから」

 

あかねの頬に手を添える。一瞬穏やかな顔つきになったが、即座に両肩を押さえられ、ベッドに沈み込んだ。

 

「アクアくんの、真実だけの誤魔化しには、私もう気づかないふりしてあげられない」

「あかね…」

「アクアくんが目的のためならなんだってするのは知ってる。色恋だって平気で利用するし、ホスト紛いのことをしてるのだって知ってる。私だってお互い様な事もわかってる。でももうアクアくんがそういう営業してるの、私耐えられない」

 

───誤魔化すなら完璧に誤魔化してほしい。

 

GPSで辿れば誰かと食事をしていることをわかるようになんてしないでほしい。貴方は事件が片付いて、もうGPSなんて用済みになって、気にしなくなったんだろうね。利用価値がなくなったモノに興味ないよね。貴方が見ているのは常に貴方にとって価値があるモノだけ。

 

「そんなに他の女とヤりたい?」

「どうしてそうなるんだよ。オレ言っただろ。オレの彼女はお前だけだって。そのことにオレは何の不満もないって。オレは──」

「黙って。本当のことなのか、私が望む言葉を言ってるだけなのか、わからなくなる」

 

唇で口を塞ぐ。少し舌を噛んでやる。今回のスキャンダルについての話を聞いた。かなちゃんから聞かされた。詳細は話してくれなかったけど、彼があんなことをした発端は自分だって。私はアクアに助けてもらったんだって。

 

前より遥かに堕ちた顔で、私に語った。

 

「アクアくんが他の女に男利用してるの、ほんとに嫌だった。考えただけで頭どうにかなりそうだった。でも、仕事の邪魔したくなくて……何より面倒な女だって嫌われたくなくて。理解ある女のフリしてた」

 

けど、もう限界だった。突っ込まないだけでかなちゃん以外の女とも何かやってるのは知ってる。私に秘密にしてる女がいることは気づいてる。十中八九、不知火フリルだ。唐突な事務所の移籍。ほぼ同時期の活動自粛。推理の材料には充分すぎた。

 

───構わないって思ってた。私に優しい彼氏を演じてくれている間は、私も騙されてる女を演じていようと思ってた。

 

けどもうだめだ。騙されてる女を演じていてはキリがなくなる。目的のために色恋を使い、女を利用する彼のやり方を認めていては、もう理解ある女のフリをしているままでは破綻する。

 

───あと、三年

 

アクアが芸能界にいるであろう時間。父と母の映画を撮り、余罪を追求し、家族の安全が確保されたら。その後彼はタダの星野アクアに戻ってくれる。タレントでもなく、俳優でもない。一個人の幸せだけを追い求める普通の人になってくれる。

 

───たった三年。それだけの時間なら……

 

「もう、わきまえない」

 

理解ある女のフリなんてしない。近づいてくる女。彼が近づこうとする女。全部殺す。

 

「映画の役、私がやる。どんな役だってアクアくんの希望通りに演じてみせる。貴方が必要だと思う女、全部私がやる」

 

私の男にたかる女は、全員殺す。

 

「私の演技で、殺してやる」

 

暗く光る星の瞳が、星をなくした子を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
ついにあかねがキレました。フリルまでは我慢してましたが、流石に有馬かなまで加わってしまったらもう堪えきれませんでした。内縁の妻VSイマカノVSガチ恋妹VS重曹ちゃんの地獄オーディションが始まります。審査員はもちろんアクア(人のこころないんか!?)
ちなみに片寄ゆらにはアクアがあのあとフォローを入れました。多分ゆらさんはミヤコ役をやると思います。





以下、本誌ネタバレ





無事上映されたようでよかった。フリルがボロ泣きするとは思いませんでしたね。一体どんな内容なのか、マジで劇場で見てみたいです。あと何気にルビーとメルトにフラグが立ってる気がするのは気のせいでしょうか。
そして本題。ついに邂逅。カミキとゴロー。出会った瞬間血みどろかと思いましたが、意外とお互い落ち着いてて逆に怖いですね。まさかあのインタビュアーがあの人だったとは。拙作のアクアもいずれカミキとサシで対話の機会を設けるつもりでしたが。ドラマとかでよく見る面会室みたいなところで。果たしてどうなるか。震えて待ちましょう。

それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければモチベーション爆上がりです。時間がかかっても感想には必ず返信します。
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