【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

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15年の嘘を演じる星に貴方は悪魔の証明を強いられる
12時を過ぎたシンデレラは星をなくした子に想いを告げる
彼もまた証明を求める者
半身は天使で半身は悪魔


104th take 愛の証明

 

 

 

 

 

「ねえ、アクア。貴方って私のこと好き?」

「ああ、もちろん」

 

女からコレを聞かれた時、間を置かず即答できるようになったのはいつからだっただろうか。

 

レン先輩に喰われてから、オレの女性関係は主にレン先輩、ハルさんとナナさんの3人だけだった。あの頃オレはマリンとしての活動が主だったし、オレの正体知ってる人はあの3人しかいなかったから。

 

メジャーの話が来て、カントルを辞めたオレだったけど、すぐにバンドの世界から足を洗ったわけではなかった。むしろ当初の目的だった人間観察においては辞めてからのほうが長く時間が取れていたかもしれない。ハルさん達とバンドやってた時は結構マジで。あまりよそ見してる余裕もなかったから。

 

カントル時代に築いた人脈を元に、ロックの世界で生きる様々な人たちと交流を持った。ヘルプでバンドに入ったこともあったし、ソロで活動してライブハウスのプログラムに入れてもらうことも多かった。同じプログラムに入ったバンドマン達と打ち上げに行ったことも何度もあった。

 

その中で、身体を使ったコミュニケーションは普通にあった。あの頃のオレは15歳くらいで、身体もそこそこ成長していて。オレも相手になる女も、そういう事をするハードルが低くなる時期でもあった。

 

バンドマン。観に来てくれたファン。相手は時によって様々だったし、繋がりの深さもバラバラだった。ワンナイ限りで二度と会わなかった人もいる。相手が誰だったかについて、オレも全て記憶はしてない。

 

けれどその中でも印象に残る人はいたし、そこそこ長く繋がった人もいた。一番記憶に残っているのは画家の女で、同じ中学だった。彼女に習ったスキルが、アビ子先生との付き合いにとても役に立った。

 

記憶に残っている女にも、そうでない女にも、一度は聞かれたこの言葉はよく覚えている。

 

「ねえ、アクア。貴方って私のこと好き?」

「ああ、もちろん」

 

大抵はこの答えを即答すれば満足してくれる。けれどそうでないヤツも勿論いた。

 

「じゃあ証明して」

 

これを言ってくる女は一定数いた。

 

その答えに求められることは様々だった。より尽くした言葉だったり、身体だったり、スマホの履歴等の物的証拠だったり。その全てに応えてきた。基本的に複数同時攻略はしないオレはこの手のデータは見られても特に問題なかった。

 

しかし、だからこそ未だ得られた気はしない。

 

『愛の証明』の完璧な答えは、いったい何なのかを。

 

 

 

 

 

 

「いや、良くないわよ」

 

不知火フリルの宣言に否を発したのはボブカットにベレー帽が特徴的な赤い髪の少女。かつて10秒で泣ける天才子役と呼ばれた女優。

 

名前は有馬かなと言った。

 

「唐突に呼び出しくらって、いきなり個人間オーディションとか。しかもなんの役かすら私は知らないし。諸々ちゃんと説明しなさいよ」

「五反田監督の新作に、私たちがヒロイン候補で上がってるんだよ、かなちゃん」

 

フリルからされるはずだった説明を青みがかった黒髪の少女が引き継ぐ。恋愛リアリティショーで世間の話題を攫ったのを皮切りに、期待の女優枠として様々な作品に出演。日本映画賞新人賞の受賞はまだ世間の記憶にも新しい。今現在、天才と呼ばれている新進気鋭の女優、黒川あかね。

 

星野アクアの公式彼女としても有名な美少女で、2人のカップリングは批判されることもあるが、人気を集めている。

 

「そんなの、ほっとけば不知火フリルが主演になるじゃない。なんでこんな危ない橋渡るような真似すんのよ」

「そこまでは私にもわからないけど、まあ私は別に全然構わないよ。裏があってもなくても。映画のヒロインを実力で勝ち取れるなら文句ない。まして──」

 

視線がパイプ椅子に腰掛ける星の瞳の少年へと向かう。

 

星野アクア。

 

日本映画賞では主演男優賞を受賞するほどの活躍を見せた。今や不知火フリルに並ぶ国民的マルチタレント。今、あかねたちが話題にしている映画は彼が主演を務めることはもう決定している。しかし二役のため、どうしても1人だけではできないこともある。その不足を埋めるために彼女たちは集まっていた。

 

「アクアくんが主演張る映画のヒロインになれるんならね」

 

両目に輝く眩い星は、少女の暗い光を真っ向から受け止めた。

 

「───ま、オレも少し気になってた。フリル、なんで個人間オーディションやろうなんて話、受けたんだ?」

 

隣に立つ泣きぼくろの少女へ問いかける。

 

不知火フリル。

 

言わずと知れた国民的タレント。歌って踊って演技もできる。マルチな才能は星野アクアに勝るとも劣らず、この一年半で2人が並び称されたことは数えきれない。間違いなく若手の頂点にいる芸能人。

 

そして星野アクアの内縁の妻であり、彼との子を産んでいる。名前は絆。傷で成る絆。最近ではもう歯が生え始め、掴まり立ちもできるようになった。あと数ヶ月で一歳になる愛娘だ。

 

「疑り深いなぁ、アクアは。知ってたけど」

「思慮が深いと言ってくれ」

 

このオーディション、発端があかねであることを知っているのはあかね本人を除けばアクアとフリルだけだ。そしてフリルはこの話突っぱねることも出来たはず。なのに乗った。やりたいと言っていた役を、オーディションで決めることに許可を出した。アクアにとっても少し不思議だった。

 

「ホントに特別な裏はないよ。ただ単純に、私が気持ちよく仕事したいからが9割9分」

「気持ちよく?」

「そう。【やっぱりこの役に一番相応しいのは、私だったなぁ】って思いながらやりたいの。今回の仕事は特にね」

 

その言葉に、アクアは何も言えなくなる。この場にいる全員、何気ない当たり前の役者のプライドに聞こえているだろうが、全てを知る人間が聞けば、この言葉の意味は重すぎる。星の瞳の少年は生まれて初めてストレス性の胃痛というものを味わっていた。

 

「残りの一分は?」

「ないしょ」

「………………」

「ま、仕事のチャンスがもらえるなら私は構わないわよ。ルビーは?」

 

手持ち無沙汰にウロウロしていた少女へ有馬かなが意見を求める。背中まで伸ばした黄金を溶かしたような美しい蜂蜜色の髪に、紅玉の瞳。特に左眼の輝きが特徴的。星野ルビーは双子の兄であるアクアと瓜二つの美少女だ。

 

「鉄骨渡りとか虎と一緒の檻に入るとか、身体張る内容じゃないならやる」

「そんな命懸けのことしないよ」

「普通に役の演技でいいだろ」

「私達は台本まだ貰ってないから役の演技とか言われてもわからない」

「あ、私もまだだ」

「私なんて候補に上がってる話すら初耳よ」

「言われてみればそっか」

 

まだ正式にオファーが来ていない相手に台本など渡せるはずがない。この場であの台本を持っているのは正式にオファーを受けたアクアと打診が来ているフリルだけだった。

 

「んー……じゃあ私がなんとなくテーマ決めるから、それに応じてアドリブ──『即興劇』をする感じでどう?」

「審査員はアクアくん?」

「そ」

「ひいきするんじゃないわよ、シスコン」

「かなちゃんはアクアくんのこと、全然わかってないね。するわけないじゃん。アクアくんがそんなこと」

「はあっ!?」

「そこは私もあかねと同意見。私が知る限り仕事には誰よりも厳しくて公平で妥協を許さない人。贔屓なんて、あり得ない」

「知ってるわよ私だってそれくらい!アイツとつき合い一番長いの私なのよ!念の為言ってみただけ!」

「そういう言葉が念の為でも出てくることが信じられない」

「なんですって?」

「どうでもいいところで喧嘩すんなお前ら。で?テーマ何にすんだよ。決められないならオレが──」

 

決めようか、と言おうとして口を噤む。テーマはもう決まってる、とフリルの目が語っていた。

 

 

「テーマは、『愛の証明』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───また抽象的なので来たわね

 

テーマを聞かされた有馬かなは、意図を読み取ろうとする。課題に込められた意図。このテーマで表現すべき意図。台本をすでに貰っているからこそ出たテーマに込められた意図について、考える。

 

───愛とか恋とか、そういう要素はどんな作品にもある。このテーマは特にその傾向が強いんだろう。だからって作中の愛について考察するのはノーヒントの現状じゃ不可能。なら今問われているのは……

 

貴方にとって、愛とはなにか。

 

貴方が人を愛する理由は?動機は?愛のために貴方なら何ができるか?

 

それを問われている。それを演技で表現しろと言っている。

 

貴方がその人を愛していると証明してみせろと言っている。

 

「誰から行く?言い出しっぺの私からでもいいけど」

「ダメ。私からやるわ。いいでしょ?」

 

フリルの言葉を遮り、周囲から同意を得ようとする。理由はいくつかあった。一つは解釈の被りを防ぐため。愛の形は人それぞれだが、演技で表現するには限りがある。パターンとでもいうべき定型もある。もし後からの発表になってそれが被ったら真似していると思われかねない。

 

もう一つの理由は不知火フリルと星野アクアはすでに台本をもらっているということ。

 

つまり、2人はすでに台本を読み込んでおり、作品の中で語られる愛の形をすでに知っているという事。フリルがどういう演じ方をするかは知らないが、もし台本に沿った演技をされたなら、後々に影響が出る可能性がある。このオーディションに勝って、主演をやるとなった時、不知火フリルのイメージに引っ張られてしまう可能性がある。彼女の影響力や支配力、作品への理解の高さを知っているからこそ、1番にやらせたくはなかった。

 

「わかった。いいよ。じゃあ有馬さんからね」

 

同意を得るためか、アクアへ視線を向ける。パイプ椅子に座った星の瞳の少年は一度頷き、目を閉じた。

 

───きた

 

プロの眼。良いところも悪いところも、全てを見逃さない。厳しくも優しく、冷たくも熱い眼。誰かに何かを期待する眼。才能を見つめる眼。私が一番好きな、星野アクアの眼。この眼で見られたくて、私は芸能界を諦めることを諦めた。この眼で見られ続けるため、私は芸能界に骨を埋める覚悟を決めた。

 

「一番、有馬かな。行きます」

 

目を閉じる。映画で求められる愛の形はわからない。だけど今、私の胸の中で熱く燃える心の形はわかる。なら変に捻ることも、作品に寄り添うこともしない。ただ、私の心を。あの衝動を。表現する。

 

私が一番好きな人へ向けて。

 

「私は、人を好きになった事がなかった」

 

母は、かつて芸能界を志し、けれど夢破れ、そしてその夢を娘に託した。よくある話。甲子園に行けなかった元高校球児が、息子に野球をやらせるように。宝塚に行けなかった母親が、娘に幼少から英才訓練させるように。よくある話だ。

 

───お母さんは、売れてる有馬かなが好きだった。

 

売れなくなった有馬かなはあの人にとって価値はなくて。だからちょっと大変になった。あれを見て私は好きということがよくわからなくなった。私は私のままなのに、売れなくなったというだけでお母さんは私のことが嫌いになったから。

 

「結局人は自分に都合のいい人間だけを愛する。自分に優しい人。自分に利益をもたらす人。自分の夢を叶えてくれる人。そんな人しか愛は貰えない」

 

そう思っていた。

 

「あの日、貴方と出会うまでは」

 

真っ直ぐに審査員を見つめる。あの時と同じ眼をしている星野アクアを。

 

地獄のドラマ『今日あま』で見たあの目。もうダメだ、と思った時に見せられる光。本気でやってみろ、と。夢を見ろよ、と言ってきたあの目。期待する目。才能を見つめる目。初めてだった。私に夢を見るのではなく、私に夢を見せた人は。この人が初めてだった。

 

「あなたに光を見た。前も後ろも真っ暗な世界で。かつて見た輝きを探し続けてた。10年間出会えなかったけど、10年間探し続けた輝きが、確かにそこにあった」

 

そして、生まれて初めて、演技をせずにカメラに映ってしまった。

 

あの時、ハッキリと自覚した。

 

人生で初めて私を負かした男。完璧で無敵だったあの頃に、完膚なきまでに私を打ちのめした男。憎んでいたとすら言ってよかった男。そんな男に恋に落ちた。

 

また教えられた。愛と憎悪は紙一重なのだと。

 

「すれ違うたびに。どこかで貴方を見かけるたびに私の胸の奥で何かが疼いた」

 

いつもあなたを目で追いかけた。学校の廊下を歩いている時。苺プロの事務所にいる時。いつもあなたがどこかにいないか、探していた。

 

「その瞳に、私は意識を忘れるほど吸い込まれてしまった」

 

生まれて初めて演技をせずにカメラに映った。あの時の屈辱と快感は、多分一生忘れない。

 

「何をしていても頭の中で貴方がよぎる。何をしていても私の心の中に貴方がいる」

 

14年前からずっと。ずっと脳裏にあなたがいた。天使みたいに可愛かった幼少期。憎たらしく育ちはしたが、あの頃よりはるかに洗練されたオーラと才能を携えた今。ずっと心のどこかに貴方がいた。

 

「私だけを、見て欲しい」

 

14年間、ずっと貴方を見つめていた。

 

「ずっと貴方が好きでした。愛してます」

 

『私を見て』という眩い輝きと共に、その告白は真っ直ぐに審査員へと向けて放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

───難しい……

 

有馬かなのパフォーマンスを見て、アクアの眉間には皺が寄る。演技力。表現力。共感性。瞬発力。即興劇で観るべきはそんなところだろう。唐突に振られた課題に対して、瞬間的に、どう演じ、表現し、共感を得るか。それが役のオーディションの肝だ。

 

───だが、今のは演技と呼べるものなのか?

 

瞬発力はあった。表現力もあった。共感性も感じた。

 

だが、あまりに嘘を感じなかった。

 

演技とはどうしても嘘が混じる。虚構を表現するのだから当然だが。演技という言葉自体たいてい良い意味では使われない。その嘘をいかに真実に見せかけるかが役者の腕だ。

 

───そういう意味で、オレは今、有馬の腕前は観られなかった

 

明らかにオレに向けられた言葉だった。自身の経験に即した心情を吐露していた。表現ではあったが、演技ではなかった。

 

「───どうだった?」

 

少し頬を紅潮させた有馬が問いかけてくる。答えることができなかった。難しい。判断がつかない。果たしてこれを演技と呼んで良いものなのか。このオーディションの意義を少し考えさせられた。

 

───このオーディションでオレが観るべきは、演技力?表現力?共感性?

 

どれも違う。そんなもの、この4名はすでに備えていることはわかっている。なまじこの2年でオーディション経験も知識も積んできてしまったため、少し定型的に考えすぎていたかもしれない。このオーディションで観るべきは…

 

───愛の理解。こいつらにとって、愛とは何であるか。この抽象的で、人によって千差万別の答えを、オレに納得させてみせる。その説得力こそがこのオーディションにおける最大の判断材料。

 

有馬かなにとって、愛とは憧憬と現実。

 

憧れを体現してくれる人。自分の憧れを超えてくれる人を愛する。そしてありのままの、現実の自分を見てくれる人に恋をする。

 

典型的な思春期の恋愛。この4人の中で一番年齢相応と言って良い。愛を素直に表現するという意味では有馬がこの中で一番かもしれない。

 

───けれど、それでは……

 

「アクア?」

 

考え込むアクアに有馬かなが少し不安そうに問いかけてくる。一度頭を振ると、星の瞳の少年は童顔の少女へ向かい合った。

 

「詳しいこと言ってしまうと他の3名の演技に影響出るかもしれないから、その辺りの批評は全員のパフォーマンスを観てからにする。でもまあ流石の表現力。共感性。瞬発力だったとだけは言わせてもらおうか」

 

アクアの答えに少し不満そうにしながらも、低評価ではなかったことに少し安心し、ホールの壁へと戻る。他3名がなんとなく集まっていた場所だったのだが、いつのまにかそこがスタンバイスペースになっていたようだ。

 

「じゃ、次は私ね」

 

立ち上がり、羽織っていた上着を落としたのは、光に透かせば淡い翠を帯びる艶やかな黒髪に、蠱惑的な泣きぼくろが特徴の美女。

 

「2番、不知火フリル。行きます」

 

母となった少女の『愛の証明』が、始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───え、もしかしてオレあと3人分『愛の証明(コレ)』観なきゃいけねーの?

 

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

今回のオーディションのための筆者からフリルへのインタビュー

筆者「オーディションの即興劇だけど、原作通り『嘘つき』じゃつまらないと思うんですよね」
フリル「そだね」
筆者「なんか面白いテーマない?」
フリル「じゃあ『愛の証明』で」
筆者「…………」
フリル「映画の内容にも合ってるし、4人ともそれぞれちゃんと好きな人いるし。面白くない?」
筆者「いやフリルさん?それはね?いくらなんでもね?審査員するアクアの心労やばくない?可哀想じゃない?」
フリル「だからいーじゃん。自分で蒔いた種で四方から板挟みになって悩んでるアクアの艶かしい顔見たい」
筆者「そだね」


こんな内容の取材のもと、決まったオーディションテーマ。人の心ないのは筆者か。それとも不知火フリルか。拙作の登場人物は筆者のイメージによって作られた受け答えするAIみたいなものですので、やっぱり筆者に人の心がない可能性が一番高そう。


それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければモチベーション爆上がりです。時間がかかっても感想には必ず返信します。
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