大人にならざるを得なかった少女は童の心を取り戻すだろう
月に引き裂かれたかぐや姫は運命の愛を諦める
彼から授かった傷で成る絆をその胸に抱えて
『フリルちゃん、足早いねー』
運動神経には子供の頃から恵まれていた。かけっこをすればいつも一番だったし、運動会では常にリレーのアンカーだった。
『フリルちゃん、きれー』
七五三とかで特別な衣装を着ると、その場にいた子供たちの中で私が一番可愛かった。コレは客観的事実だ。
『お姫様の役は不知火さんね』
学校行事の演劇ではいつも主人公か、メインヒロインか。どちらにしても主役級以外の役には割り振られなかった。
最初は、嬉しかったと思う。足が速いって褒められたり。運動会で一等賞を獲ったり。特別な衣装を着て、可愛いと褒められたり。主役を演じて凄いと言ってもらえたら、素直に喜んでいたと思う。
一番を獲るのが、楽しかった。
そんな感情が遠い昔になってしまったのは、いつからだっただろうか?
『その実力!胆力!16歳とは思えない!』
『なんて聡明な。大人顔負けです』
『大人ですね。フリルさん』
『ありがとうございます。でも私なんて、まだまだです』
褒められても何の感情も芽生えなくなったのは。愛想笑いを浮かべ、何の感情もなく謙遜のセリフを口にするのが当たり前になったのは、いつからだっただろう。
子供の頃から今に至るまで、数えきれないほどされてきた賞賛の数々。その中には私の美貌や実力を褒め称えるものの他に、私の内面を賞するモノもあった。
中学生くらいの頃、ふと脳裏によぎった。
大人と子供の違いはなんだろう。
あの嵐の夜、私から彼に聞いた言葉。彼はそんなモノ人によって変わると言った。赤の他人が自分達を大人と褒めてくれるのは成功を収めている間だけだ、と。
正しいと思った。彼らしい。現実的で冷淡な意見だった。けれど私は違う。
成功を収めた数ではなく、失敗を犯した数の方が大きく影響すると思った。
人間関係、学校、仕事、そして恋愛。それら以外にも積み重ねてきた失敗の数が人を大人にするんだと。
芸能界で失敗して失脚する人を、うんざりするほど散々見てきて。たくさんの大人に囲まれて育った私は、そう思った。
▼
「二番。不知火フリル。行きます」
大きく息を吸って、吐く。目を開いた先には、彼がいる。私の親友。私の憧憬。私の夫。
私の、カムパネルラ。
───見ててね
私の愛の形を。私の愛の証明を。
『あーもう!うるさいうるさい!『君は美しい』も『貴女を愛してる』も、もううんざり!』
眉間に皺を寄せ、辟易したような声が響く。なんの即興劇なのか。この場にいる全員が、すぐにはわからなかった。
『私ってそんなに綺麗なのかしら。帝様までトリコにしちゃうなんて。ああ。私の美しさって罪だわ。でも!そんなに私が欲しいならそれなりの知恵と行動力を見せてもらわなくてわね!』
ここまで聞いて、なんの役を演じているのか、気付いたのはアクアとあかねの2人のみ。
───かぐや姫
竹から生まれ、たった3ヶ月で赤ん坊から美女へと成長した、月の姫君。
世間一般のイメージではかぐや姫はもっと奥ゆかしいお姫様。高貴で清楚なご令嬢。大衆に寄り添うなら、フリルの演じ方。内面の理解は間違っている。
しかし月の姫であるかぐや姫は生まれてから美女に育つまで、たった3ヶ月しか経ってない。本来ならまだ子供とすら言えない精神年齢。まさに大人の姿をした子供。
───精神的に幼い部分があっても、なんらおかしく無いし、生まれてから爺さん婆さんに大切に育てられてきた箱入り娘。そして貴族から帝まで、高貴な身分の男達にずっとチヤホヤされていたなら、我儘でも解釈不一致とまではならない。
そして、オレならここまで考察することを、信じているからこその演技。
『火鼠の皮衣がいいかな?それとも蓬莱の玉の枝?ちゃんと私への愛を示して貰わなきゃ!』
───大衆の目じゃない。完全に、オレの目になってきやがった。
▼
【フリルさんに憧れてます!】
【あなたのようになりたいです!】
スポットライトの下で輝く私に、たくさんの人がこのセリフを言った。たくさんの人が、私を求めた。まだ小娘の私に、たくさんの大人が擦り寄ってきた。まるでかぐや姫みたいに。
───私になりたいってなんだろう。憧れって、なんだろう。
『あーもう!うるさいうるさい!『君は美しい』も『貴女を愛してる』も、もううんざり!』
私より成功体験を収めている人も、芸能界にはいるのに。少なくとも幼少期は。けれど昔からそういう人たちに憧れることはなかった。あの人達みたいになりたいとは思わなかった。いずれなれるという自信があったからかもしれない。先駆者として尊敬はしても憧れはしなかった。
───あっ。
長く芸能界にいて。達観的な思考をする事も多くなって。大人になれたかはわからないけど、子供らしくないことばかり考えるのが当たり前になった日常の中。
彼に出会った。
星野アクア。否の打ちようがない美貌。明晰な頭脳。生まれ持った豊かな才能。磨き上げてきた努力。実力と結果を積み上げても驕らない心。
褒め称えられ続けてきたはずだ。見上げられ続けてきたはずだ。貴方は素晴らしいと。貴方は大人だと。貴方が欲しいと、求められ続けてきた人。
およそ欠点というものが見当たらない(強いて言えば女好きのタラシ)。完全無欠という言葉がコレほど相応しい人に、私は自分以外で初めて出会った。
彼のことを、もっと知りたい。
『私ってそんなに綺麗なのかしら。帝までトリコにしちゃうなんて。ああ。私の美しさって罪だわ。でも!そんなに私が欲しいならそれなりの知恵と行動力と才能を見せてもらわなくてわね♫』
外見。肩書き。能力。私が求められ続け、心中で辟易していた人達と、私も同じになった。彼の能力を求めて。初めて抱いた感情の正体を知りたくて。
私が成長するための『参考資料』として、彼を親友に選んだ。
見せてくれた。知恵も、行動力も、才能も。私の期待を遥かに超えるモノを見せてくれた。
───あっ。
彼を見てると、時々心の中で上がるこの言葉。最初は一体なんなのか、全然わからなかった。
同じ高校だと知った時は思わず手を握ってしまった。運命だなんてくだらない事を本気で思った。入学式もそこそこに、真っ先に彼の元へと向かった。
出会い、知り合い、交流を重ね、彼のことを少しずつ知っていった。
性格はちょっと捻くれてるけど、悪人じゃなかった。私の無茶振りにも応えてくれたし、ほっとけば怪我はしないあかねの炎上も助けた。なんだかんだいい人だった。
能力はやっぱりすごかった。私より秀でていると思う事もあった。
けれど、決して完全無欠じゃなかった。
あの嵐の夜、優等生だと煽って。挑発した。いつもの彼なら柳に風で流してもおかしくないのに、あの日は私に乗ってきた。優等生と呼ばれたことに苛立っていた。多分私が初めてではないんだろう。あの時から、この人にも可愛いところはあるんだな、と知った。
舞台稽古で倒れたあの時。過去に忘却したはずのPTSDが呼び起こされて、昏倒してしまった姿を見て。自分の最も柔らかいところを私達に話してくれて。彼も弱さを抱えている普通の人間なのだ、と教えられた。
だからだろうか。
貴方を支えたいと思ってしまったのは。
貴方の成長が、自分のことのように嬉しかった。
貴方が苦しむ姿は、自分のことより苦しかった。
貴方の涙を見て、貴方を泣かせる何かに妬みを感じた。
貴方と一緒に、一つの作品を作る事が楽しかった。
───あっ。
心の中で時々上がる、この言葉の意味が、ようやくわかる。
彼を見ていると、心が昔に戻るんだ。
芸能界なんて知らなかった。純粋に目の前の事象を楽しんでいた、遠い日に。
歌うのが。踊るのが。演じるのが。ただ楽しかったあの頃に。
───童の心と書いて、憧れ
無意識のうちに、アクアの真似をしていたことに気付いた時、ようやくわかった。
コレが、憧れなのだと。
───やっぱり貴方は、私のカムパネルラだった
『火鼠の衣がいいかな?それとも龍神の宝玉?ちゃんと私への愛を示して貰わなきゃ!』
最初は、アクアに尽くしてもらってたと思う。けれどいつの間にか、貢いでいるのは私だった。外見、能力、才能、身体。心。いつの間にか私が用意できる私の全てを彼に差し出していた。私の愛を示すために、なんでもやった。
『帝さま。私のために財も、地位も、命をも投げ出してくれたお方。心のこもったお手紙を毎日渡してくれた。美醜だけじゃない。本当の私を見てくれた』
力を尽くした帝の真心で、かぐや姫の心は溶かされ、少女は愛を知り、大人になる。
───そして、私も大人になった。なってしまった。
人生最大の失敗。星野アクアの子を。絆を授かってしまったこと。
きっと後にも先にもこれ以上は無いと思う。これ以上なく致命的に、決定的に、私は失敗した。
悩んだ。悔やんだ。涙した。あの病院でわかった時、人生終わったと心から思った。
けれど、命がある限り、生きなければいけないのが人生で。
私にも、選択の時はきた。
『帝さま。私は、月に帰らなければいけません』
貴方と離れる道を選んだことは、まるで身を引き裂かれるような痛みだった。けれど仕方なかった。今までみたいに近くにいては、私の変化に気づかれるかもしれない。どんなに上手く仮面を着けても、私の不安や焦燥を貴方はきっと見抜く。その事を私は誰よりもよく知っている。
『なぜ、私は帝さまを愛してしまったんだろう』
貴方を好きにならなければよかった。恋なんてしなければよかった。あの温もりを知らずにいれば、1人の夜があんなに寒いなんてこと、知らなくて済んだのに。
今年の冬があんなに寒いなんて、思わなくて済んだのに。
『いつか離さなければいけない手なら……最初から繋がなければよかった──』
───有馬さん。貴方の愛は憧憬と現実。
それは年相応な。非常にわかりやすい愛の証明だろう。純真無垢で羨ましささえ感じる。
けれど、それは所詮、愛の一側面に過ぎない。
私だって、確かにアクアに憧れは持っている。そして現実の私を見てくれる事が、嬉しいと感じている。マルチタレント不知火フリルじゃない。ただの女の子として私と喧嘩してくれるアクアが、大好きだ。
けれどそれは所詮願望の押し付けに過ぎない。もし、自分のイメージとアクアが異なる事をすれば一気に冷めてしまいかねない。同棲したカップルが、「貴方は変わってしまった」と破局する事は多い。けれどそれは、決して相手が変わってしまっただけでは無い。何よりも貴方の見る目と場所が変わったから。
共にいる時間が増えて、カッコつけてデートする姿だけではなく、家の中で油断する姿を見るようになってしまったから。
童の心で見る景色だけでは、愛とは呼べない。
───美しさも、醜さも、受け入れられてこそ、本物の愛。強さも、弱さも、愛しく思えてこそ、真実の愛。
ポロポロと涙がこぼれ落ちる。あの時の感情を思い出せば。アクアと離れ、彼はあかねと2人で距離を縮め合い、私はそれを見ているしかできなかった事を思い出せば、涙は簡単に溢れ出た。
───アクア。貴方が好き
顔が好き。
声が好き。
何気ない仕草が好き。
捻くれてても、なんだかんだ根っこは優しいところが好き。
私が一番あなたを必要としていた時、私の全てを受け止めてくれた度量が好き。
あなたの全てを、愛している。
けれど、私の初恋は、やっぱり片想いで終わった。終わるはずだった。
【その子の名前は、絆】
私の失敗が。私が求めたこの子の名前が、貴方を無理矢理繋ぎ止めてしまった。
『共に月で生きることはできない。けれどあなた様と此処で共に死ぬことはできるかしら』
いっそぶちまけてしまえたら。そんな事、一体何度考えただろう。
あかねの手を弾き、目の前で彼とキスをして。何もかもを告白してしまって。共に地獄へ堕ちる事ができれば、どんなに楽だっただろうか。
『───いいえ。そんな事は出来ないわ。私もそんな事、望みはしない』
かぐや姫になりきった不知火フリルは涙を流しながらも、穏やかに首を振った。
───愛と欲はほぼ同じ。求めたら、キリがない。もうアクアは十分応えてくれた。
『あの方には生きて欲しい。帝さまの人生を、生ききって、幸せになってほしい。そのためなら、あの方の隣に侍るのは、私でなくてもいい』
───私にとって、愛は献身と敬意。その人のために何をどれだけできるか。
自分より大切なその人に、何を捧げられるか。
『あの方から頂いた
涙を拭う。真っ直ぐに見据えた先には、やはり彼がいる。星の輝きを両目に宿した、プロの目でありのままの私を見つめる彼が。
私が生まれて初めて心から欲し、私が傷つけ、私が傷つけられた、私の最初で最後のカムパネルラ。
『さようなら、帝さま。貴方を愛しています』
▼
───素晴らしい
さっきの有馬は心情優先の演技だったが、今のフリルの演技は外的表現も心象表現も両立させた演技だった。演技は上手い。技術もある。だが、それはこのレベルなら当たり前に備わっている事。
───役の内面の理解も深い。ある程度憑依させる事もできる。まあ、そこであかねやオレと争えば100回やって99回は勝つ自信が今のオレにはあるが。
だがフリルの最大の強みはそこじゃない。不知火フリルにしか出せない雰囲気。オーラ。外連味。今演じたかぐや姫はそれら全てが遺憾無く発揮されていた。
───もし、コレをアイに落とし込んだなら……
正直なところを言えば難易度はめちゃくちゃ高い。オレの理解にフリルが寄り添ってくれるとは限らないし、かと言ってオレがフリルに合わせた役作りをしてしまうのは本末転倒。2人で話し合って、落とし所を決めて、役の内面を共有しなければいけないだろう。
だからこそ、見てみたい。
星野アイと不知火フリル。あまりに多い2人の共通点。それら全てを受け入れたフリルが、一体どんな演技をするのか。一度突き放そうとしたが、踏み込んだオレを拒まなかったフリルは、突き放したアイを、どのように演じるのか。
フリルが考える星野アイは一体どんなキャラクターなのか、見てみたかった。
───けど、それは。やっぱりあまりにも……
ここでどうしても情が消し去れないところが、アクアの良いところであり、弱点でもあった。
「違うよ」
眉間に深く皺が刻まれたアクアの一方で、迷いない表情で断言した人物がいた。
黒川あかね。憑依という点では星をなくした子を超える天才女優。また、アクアの公式彼女としても有名で、美男美女のカップルは世間に広く認知され、人気を集めている。
俯いていた顔を上げた時、青みがかった黒髪の少女は満面の笑みを浮かべていた。
笑顔という名の戦闘態勢に、アクアの背筋はゾクリと震えた。
「やっぱりフリルちゃんは綺麗でしかいられないんだね」
「………どういう意味?」
「いつも綺麗で。最善で。正しいことしか言わない。正しい位置でしか物事を測れない。貴方は常に負けないところでゲームをしてる」
聞き覚えのあるセリフ。かつてオレがあかねに電話した時言われた、あまりに急所を突く言葉。あの時はオレにしか向けられなかったナイフが、今、不知火フリルは向けられていた。
「理解者ぶって。身を引いて。自分じゃ見届けることすらできない場所で、相手の幸せを願うのが、愛?」
そんなモノ、愛じゃない。とあかねは目で語る。
「そんな綺麗なモノだけで表現できるほど美しくないんだよ。この感情は。美しさと醜さ。煌びやかな恋慕と薄汚い憎悪。それら全部が入り混じって作られる真っ黒な何か」
それがこの胸に秘めた想い。あの夜、かなちゃんとの関係をもったと気付いた時に、溢れ出した感情。
「綺麗は穢い。穢いは綺麗。教えてあげる。醜さがあるからこその、尊さを」
背中まで伸ばした黒髪を一度指で梳き上げる。去年の春にはうなじほどまでしかなかったソレをこんなにも伸ばしたのは、彼のため。
今、目の前で。プロの眼で自分を見つめる彼の
ビジネスでない彼女となって、彼を手に入れる為だった。
「3番、黒川あかね。行きます」
目を開いた時、あかねの目には眩い白い星と引き込まれる黒い星の両方が宿っていた。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
フリルの即興劇、いかがだったでしょうか。原作通り童話に絡めた形にしたいな、と考えた時、かぐや姫が思いつきまして。少し躊躇ったんですけどね。外の人繋がりというか。別作品とのリンクが露骨かな、と。けどフリルの生涯と恋を照らし合わせた時、これ以上ピッタリなのは見つかりませんでした。かぐや姫の口調とかは勿論かぐや様をイメージしてます。
以下、本誌ネタバレ
やっぱりあかねが髪伸ばしたのはアイに近づく為だったか。失恋じゃなくても、訣別の証ではあるんだろうなぁ。アニメではあんなに可愛くて。本誌ではあんなに穏やかなのに。拙作ではこんなことに……。アイにも近づいてるけど、どんどんカミキにも近づいてる。
そしてやっぱり全ての黒幕はカミキだけではなかった。もちろん拙作でもあの人はアクアの姿と立ち振る舞いを見て、かなりでかいやらかしをする予定でしたが。果たしてどうなるのか。拙作とある程度シンクロしつつ、丸被りはしないよう祈ります。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければモチベーション爆上がりです。時間がかかっても感想には必ず返信します。