【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

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一番星の愛し方は人それぞれ
敬う者、ひれ伏す者、対抗する者、憎悪を併せ持つ者
そのどれもを一番星達は愛していた
星を飲み込もうと牙を向ける蛇でさえも


106th take きっといる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時計の針は少し先に進む。そう、映画『15年の嘘』。限られた人間だけ観ることのできる試写が公開された翌日。

 

東京の救急病院に運び込まれ、手術を受けた青年が、ベッドの上で目覚める時間まで。

 

───生きてる、か。

 

人生で三度目。清潔で殺風景な天井が視界に入り、自分がどこにいるかを知る。身体を起こそうとしたが、全身に奔る激痛がそれを許さなかった。

 

「………起きたのね」

 

人が座っていた事にようやく気がつく。化粧でも誤魔化せないクマと泣き腫らした真っ赤な腫れを目元に作った妙齢の美女が、星の瞳の青年の隣に佇んでいた。

 

「ミヤコ……」

「そのままでいいわ。一命は取り留めたけど、重傷よ。しばらく絶対安静。いいわね」

「言われなくても動けねーよ」

 

身体に力が入らない。入れたところで激痛で力が抜ける。血が足りないのが、なんとなくわかった。

 

「………あの人は?」

「その場で取り押さえられたわ。その後のことは私もまだ知らない。貴方のことで精一杯だったから」

「アイツらに、心配かけたかな」

「私にも、心配かけたのよ」

「ごめんて」

「謝らなくていいわ……いえ、謝らなきゃいけないのは私の方。ごめんなさい。また私は、貴方を守れなかった」

「あんなの止められる奴がいたならそいつは千里眼の持ち主だ。どうしようもなかったさ。ミヤコに罪はないよ」

 

コレはアクアの本音だった。しかし横たわったままの義息子の左手を握り締め、身体を震わせる義母にとっては、そうもいかない事だった。なぜなら……

 

「貴方は気づいたじゃない」

 

そう、アクアは気づいた。だから咄嗟に身体が動いた。だから一命は取り留める程度の負傷で済んだ。もし何も気づかなかったなら、きっと───

 

「オレはちょっと違うんだよ。事前に情報も手に入れてた。あの人に対して、オレは全くの無警戒じゃなかった。それに…」

「それに?」

「オレは、あの目を見た事があったから」

 

あの目と凄く似ている目を見た事があった。美しさと醜さ。煌びやかな恋慕と薄汚い憎悪。

 

それら全てが入り混じっているからこその、真っ暗な光。

 

あのオーディションであかねがオレに見せた目だった───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は一体、どんな人に恋をするんだろう。

 

女の子であれば、一度は必ず考えたことがあるはずだ。少なくとも私は考えた。

 

恋愛というものに関して、人並み以上に触れてきたし、勉強もしてきたと思う。

 

どんな作品にも恋愛の要素はある。演じた事だって一度や二度じゃない。勉強はせざるを得なかったし、それなりに理解もしていると自負してる。

 

お芝居じゃない恋愛もたくさん見てきた。芸能界に入って13年。美の集まるこの世界において、スキャンダルなんて日常茶飯事。男女関係で身を持ち崩した人も、引退に追い込まれた人も、いっぱい見てきた。

 

自分がその立場になる事なんて、想像もつかなかった。

 

かっこいい人はいた。九分九厘テレビなどには出ず、知名度など得られないまま消えていく舞台俳優といえど、基本的にはみんな美形だ。

 

けれど、恋をしたことは一度もなかった。

 

「黒川さんは、悪い人に引っかかりそうだよね」

 

中学の頃、友達にそんな事を言われた。生真面目でウブな女の子ほど、悪い蜜の味に弱い、と。

 

最初は何を言ってるのかわからなかった。ウチは比較的裕福な家で、私も頭は悪くなくて、勉強も嫌いじゃなかった。偏差値に見合った学校を進学先に選んでいると、交友関係は自然と同じような家の子が主になってくる。

 

不良という人種に関わることなど、まるでない人生だった。だが知識はある。どういう人がそう呼ばれるのか。知っている。物語の中でなら、幾度となく出会ったことはあったから。

 

だからこそ、現実にこんな人がいても、私は全く魅力など感じないだろうと思っていた。関わることはおろか、近寄りたくもないと思っていた。いや、それは恐らく今も変わらない。

 

ただ、悪い男とは不良と呼ばれる人たちとは限らないと、あの時は知らなかったのだ。

 

今はもう知っている。不良と呼ばれる人種とかけ離れた人であろうと、悪い人はいるということ。悪い男が与える蜜の味が、とても甘美であるということ。

 

この人となら、堕ちてもいいと思わせる人間がいるという事を、私はもう知っている。

 

星野アクア。誰もが振り返る美貌。生まれ持った豊かな才能。才能に溺れない心。才能に慢心しない努力。不屈の精神。性格だってなんだかんだ悪くない。根っこは善人であることもよく知っている。およそ欠点と呼べる物を何一つ持たない人。

 

彼氏になっても、その思いは変わらなかった。

 

優しい彼氏として振る舞ってくれた。理想の彼氏を演じてくれた。仕事で会えないことも多い私を、ドタキャンやリスケすることも多い悪い彼女な私を、いつも許してくれた。お互い様だと笑ってくれた。

 

それなのに私の事情は常に優先してくれた。

 

スケジュールも私に合わせて計画してくれたし、デートだってプランを考えるのはほとんど彼だった。流石に大手に移籍して、国民的マルチタレントになってからはそうも行かなくなったけど、優しい彼氏であることは変わらなかった。

 

それでも、この人はとても悪い人だ。

 

好きでもないのに好きだと言える人。恋してないのに彼氏になってしまった人。知っていた。アクアくんにはアクアくんの目的があって私を彼女にしたこと。目的のために私を利用したこと。知っていた。知った上で彼女になった。嘘でもいいから、彼の彼女になりたかった。

 

あの嵐の夜。神様が舞い降りたあの瞬間。私はどうしようもなく彼に魅了された。魅了という力が他者の心を奪う力を指すなら、あの時、私の心は彼に奪われた。

 

あの心臓を極大の何かで撃ち抜かれたあの感覚を、愛と呼ぶなら。

 

彼に抱きしめられた時の、頭を巨大な何かで叩かれたかのような衝撃を、恋と呼ぶなら。

 

私は多分、一生この人以外に恋ができない。

 

「黒川さんは、悪いヒトに引っかかりそうだよね」

 

今ならその言葉の意味がよくわかる。

 

身に纏う魔性の鱗粉。揺るぎない自信を秘めた眼光。こちらの心を見透かすような甘い言葉。コレら全てを混ぜ合わせて作られる甘い蜜。

 

この蜜はただ学校に通って、勉強して、友達と楽しく遊んでいるだけでは。ただ同世代の人間だけと交友関係を築いて、真面目に生きているだけの良いヒトでは決して身につけられない。

 

自分より遥かに人生経験を積んだ人間と関わり、その人たちから経験を学び取った人間しか、あの魔性の鱗粉は纏えない。

 

テストなどという成功しても失敗しても取り返しがつくぬるい試練ではなく、その一回で人生が決まってしまうような試練を乗り越えた人間しか、あの揺るぎない自信を秘めた眼光は得られない。

 

学校などという小さな括りを遥かに超えて、多種多様な人達から心理を学びとった人間しか、こちらの心を見透かす甘い言葉は囁けない。

 

一度あの蜜を自ら味わい、乗り越えた者でなければ、同じ蜜は作れない。

 

一度あの甘露を味わってしまった女は、もう離れられないんだ。まして男に免疫のない女なら尚更。

 

あの蜜の味が耐えられるはずが無い。

 

───私も、悪い女になってしまった

 

「3番、黒川あかね。行きます」

 

あの蜜を独り占めにするために。彼に寄り付く女を、全て追っ払うために。

 

私の演技で殺すために。

 

私は、死せずして生まれ変わる。

 

両目には眩いばかりの光と全てを吸い込む黒の両方の輝きが宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は戻り、現在。公民館のホールに集っているのは有馬かなと黒川あかね。星野ルビー、不知火フリル。そして星野アクア。

 

選ばれた4人の美少女が1人の天才によって審査される、『15年の嘘』の主演を決めるキャスト内オーディションが行われていた。

 

テーマは『愛の形』。4名のうち、すでに2人はパフォーマンスが終わっている。トップバッターは有馬かな。年相応な憧憬と現実をテーマに愛を表現した。

 

二番手は不知火フリル。誰もが知る童話「かぐや姫」をモチーフに、自身の感情と物語を絶妙にリンクさせ、演技した。フリルのテーマは献身と敬意だった。

 

そして今は3人目。黒川あかねのパフォーマンスが行われていた。

 

あかねが演じたのは、1人エチュード。

 

売れない脚本家と売り出し中の舞台女優。無名だった2人はお互いを支え合いながら、お互いの夢を追いかけていた。

 

貧しくも2人で懸命に生きる日々は幸せだった。

 

しかし、幸か不幸か。2人とも才能を持って生まれた。その事をお互い知っていた。だからこそ2人は2人の夢を否定せず、いつか花開く日が来ると信じていた。

 

そしてその日は、やってきた。

 

2人とも成功を収め、この世界で上り詰めていく。清濁を合わせ飲みながら。

 

気がついた時、2人とも無垢に夢を追いかけられた時とはまるで別人となっていた。

 

それでも女は男を一途に想い続け、男も女を愛していた。

 

芸能界の闇から、逃れられることはなく。

 

「私、ずっと知ってたの。貴方が私以外の女と関係を持ってる事……持ち続けてる事」

 

仕事もあり、付き合いであることもわかっている。けれど遂に堪えきれなくなった女が、男を問い詰めた。

 

「めちゃくちゃムカついた」

 

湿った声。震える唇。愛しさと憎しみが混ざった瞳が、星野アクアに突き刺さり続けた。

 

「今すぐ貴方の元へ押しかけて、貴方のマンションの扉を蹴破って。みんな絞め殺したいって思った。勿論、貴方も」

 

身体が震えるのを必死に耐える。眉間に皺が寄るのを抑える。ある程度はわかっていたつもりだった。あかねのことだ。オレが隠し事をしていることくらい気づいてると思っていた。

 

───しかし、ここまでとは。

 

「貴方はいつだってそう!私の心を掻き乱す!醜く歪める!貴方に救われた心だけど!貴方のせいでこんなにも歪んでしまった!貴方に出会わなければ私がこんなに汚いって知ることなんてなかったのに!!」

 

そうだ。オレのせいだ。オレと関わったせいで、あかねはただ綺麗なだけではいられなくなった。たった一年で、無垢だった黒川あかねは消えてしまった。

 

「………私、たぶん知ってた。貴方はきっと永久に私だけのものにはならないこと──多分ずっと前から、知ってたの」

 

それは恐らく、アクア以外のこの場にいる全員が知っていたことかもしれない。

 

「それでも……それでも!!」

 

そして、それでもと思っていることも。

 

「それでも信じたいの!最後には必ず私のところに帰ってきてくれるって!」

 

涙ながらのあかねのこの切実な言葉は、アクアの心を強く締め付けた。

 

「…………信じ、させてよ」

 

強い目でオレを見つめる。美しさと醜さ。煌びやかな恋慕と薄汚い憎悪。それら全てが入り混じった真っ黒な何かが、アクアを捉えて離さなかった。

 

本当に相手を大切に思うなら。幸せになって欲しいと願うなら。自分の手で叶えてみせる。私を選んでくれた事が、正解だったと信じさせてみせる。それがあかねにとっての愛。

 

愛しているからこそ憎悪があり、憎悪があるからこそ殺意があり、その殺意は更なる愛へと昇華される。彼に群がる女を殺すための殺意。お前は相応しくないと、その美しさと才能で知らしめる。

 

それが星野アクアへ向ける、黒川あかねの強烈な感情。

 

「愛してる」

 

───きっと、いるんだろうな

 

この愛と憎悪が入り混じった目をアイに向けている人間は今でもいるんだろうな、と息子はなんとなく母に思いを馳せた。

 

 

 

 

 

 

───はは……私にも刺さる演技だったなぁ。

 

あかねの演技を全て見終わった後、凄まじい居心地の悪さを感じたのはアクアだけじゃなかっただろう。彼と関係を持つ女全てに今の演技は突き刺さるものだった。チラリと横目でオーディション参加者を見る。

 

見る限りルビーには特に変わった様子は見られなかったが(当たり前か)、有馬さんは明らかに動揺が見て取れる。彼女もきっと、アクアとなんらかのやりとりはあったのだろう。私より遥かに長い付き合いと聞いてはいたから、特に驚きはなかった。

 

───確かに、見せてもらった。

 

愛しているからこそ芽生える怒り。嫉妬。憎しみ。美しいだけでは表現できない愛の側面。愛を語る上で負の感情を切り離すことはできないだろう。愛と憎悪は表裏一体だから。

 

そして、憎悪を乗り越えた先にある美しさも、最後の演技で見せてもらった。

 

まさに『綺麗は穢い。穢いは綺麗』シェイクスピアの名言を見事に体現してみせた。

 

こんな表現はフリルにはできない。少なくとも人前では。

 

アクアと2人きりの時なら、この感情に近いものをぶつけた事はある。けれど人目があるところでは絶対にできない。常に美しい不知火フリルのイメージを損なうし、何よりも現状である程度満足しているフリルでは、もうあんな嫉妬をアクアに抱く事はできない。

 

そんな次元はもうとっくに通り過ぎている。

 

───絆を産むことを許してくれただけで、私はもう満足してしまったから

 

「どうだった?アクアくん」

 

いつのまにか、青みがかった黒髪の少女がアクアの目の前に朗らかな笑顔で迫っていた。一瞬前までまるで押し潰されるかのような威圧感を放っていた人物とはまるで別人のようだ。しかし笑顔の奥に隠れる何かに不知火フリルは気づく。

 

そして当然、星野アクアも。

 

「あかね。オレ、お前をそんなに不安にさせていたか?」

「え?なんのこと?ああ、もしかしてさっきの演技?まさか。アクアくんは私の自慢の彼氏だよ。私にこれ以上なく良くしてくれてるのもわかってる。さっきのはあくまでイメージ。もしアクアくんが浮気してたらどんな気持ちになるかなって想像して、気持ちを作って、それを膨らませただけ。あはは。ちょっとオーバーだったかな?」

 

にこやかに語っているが、その言葉の裏がアクアとフリルには聞こえてくる。同じ状況であることがハッキリ分かれば、今の演技と同じことをする、と。言葉の裏の脅迫が、確かに聞こえた。

 

───私の演技で殺してやる、か

 

その言葉になんら不足はない。言葉に相応しい才能を見せつけられた。

 

「………映画なんて、ちょっとオーバーくらいでちょうど良いだろ。良かったよ。確かに綺麗だけじゃない。美しさも醜さも籠もった、生の人間の演技だった」

「ありがとう。嬉しい。アクアくんのおかげだよ。アクアくんと一年以上付き合ってる今の私だからできた演技だと思ってる」

 

あかねの言葉に嘘は一切ない。だからこそ恐ろしかった。

 

「難しく考えすぎじゃない?」

 

ピリついた空気を少し楽天的な声が切り裂いたのは。

 

あかねの威圧に気づいているのか、そうでないのかはわからないが、少なくともプレッシャーはまるで感じていない様子のルビーだった。

 

「恋にそんな難しい、複雑な感情も、資格も必要ないんだよ。大事なのは、お互いの想い。私がどれだけその人のことが好きで。その人も私のことを好きだと心から言ってくれるなら。2人の合意さえあれば、それだけでいいの」

 

立ち上がったルビーは悠然とアクアの元へと歩く。そのまま耳元に口を寄せた。

 

「想像して」

 

アクア以外の鼓膜を震えさせない振動で、ルビーは言葉を紡いだ。

 

貴方をずっと好きだった、天童寺さりなが、奇跡的に病気が快方に向かい、元気に大きくなるの。

 

そして退院しても、何かと理由をつけて貴方に会いにきて、押しかけて。16歳の誕生日に何年も我慢してきた想いを、せんせーに告げる。

 

その時、私は貴方から返事をもらう。オレも好きだよ、と言ってもらう。

 

───ああ、なんて幸せなんだろう

 

踊るようなステップでアクアから離れ、前屈みになり、またアクアと視線を合わせた。

 

せ・ん・せ

 

喉を震わせない声が、聞こえる。唇の動きだけで、ルビーがなんと言っているのか、アクアにはよくわかった。

 

見・て・て・ね

 

正確に読み取ったアクアは一度頷き、目を瞑る。人差し指と中指でVを作り、両目に軽く当て、ルビーに投げた。I'm watching youのサイン。それを見たルビーは弾ける笑顔を見せ、何度も軽くジャンプした。

 

「4番!星野ルビー!行きます!」

 

 

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

今回は難しかった。だってあかねがあんな事言った後の演技だから。

「もっと強く!もっと攻めて!」

とあかねが何度も筆者を責めたてまして。今でもまだ足りないと怒られてますが、筆者の精一杯なのでこれで許してください。

次回はついにルビーのターンです。果たしてルビーの愛の形は。それを受けてアクアは一体何を思うのか。
ここから最終回まで、結構早足で行く予定です。人の心がない展開が待っているとは思いますが、どうか最後までお付き合いください。よろしくお願いします。

それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければモチベーション爆上がりです。時間がかかっても感想には必ず返信します。
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