【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

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好意の反対は無関心
幼き日に壁に描いたクレヨンの落書き
消えた星を覚えている者はいないだろう
消された星は決して忘れることはないのに


107th take 星を消された子

 

 

 

 

 

 

 

 

「は?迎え?」

 

仕事用の携帯に唐突に電話がかかってくる。液晶に表示されていた名前は鏑木P。かかってきたのは深夜よりの時間帯。どう考えても面倒そうなコールだったが、無視するわけにもいかない。一度大きくため息を吐いた後、コールを取った。

 

『ちょっとコレ、引き取ってくれない?』

 

いきなり結論から切り出され、少しずつ内容の補完が入る。広告代理店の人達との打ち合わせが入ったこと。流れで呑みに行くことになったこと。友達と称する女優やモデルを連れ込んで隠れ家系のバーにいること。

 

そこであのこどおじが酒に呑まれたこと。

 

この業界にいれば、こういうコミュニケーションを築くことが出来る場は結構重要だったりする。芸能界は貸し借りで動く世界。義理人情はバカにできない。飲みの場が仕事につながるという事は往々にしてあることだ。

 

───だからこそ、酒に呑まれないことが重要になってくるわけなのだが……

 

ため息を吐くのを必死で堪える。あのこどおじ、こどおじとはいえ芸能界にいる時間はオレなどより遥かに長いくせに、いったい何をやっているのか。

 

正直無視したいところだが、そうもいかない。映画監督が外で醜態晒す姿は映画に影響を与えかねない。変な事故を起こす勇気はあのでっかい子供にはないとは思うが、泥酔してる姿だけでも今時充分炎上の火種になりうる。

 

───あのおっさん、交友関係狭いとまでは言わねーが、自宅まで送ってあげるような人、オレくらいしかいねーし。関係の薄い人にやらせてネタにされても困る。

 

「わかりました。すぐに伺います」

 

通話を切る。同時にリビングのドアが開いた。

 

「仕事?呼び出し?」

「呼び出し。五反田監督が酒で潰れたらしい。醜態晒す前に回収してくれって。潰れた時点で既に手遅れな気もするけど」

「あはは。映画の評判に関わりかねないものね」

「接待込みで少し広告代理店の人と話もすると思う。今日はもう鍵閉めて寝ててくれ」

「何時でも待ってる」

「………鍵は閉めろよ」

 

絆を寝かしつけた泣きぼくろの美少女は、静かに目を閉じる。薄い唇に軽く触れた。

 

「いってきます、フリル」

「いってらっしゃい、あなた」

 

フリルが持ってきてくれたコートを纏い、呼び出したタクシーの元へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

私がこんなにせんせーのことを好きになったのは、一体いつからだっただろう。

 

私は4歳の頃に病気が見つかった。

 

後になって聞いた話だったけど、10年生きるのも難しいと言われる難病だったらしい。

 

入院した病院は地元で一番大きな病院だった。家は結構裕福で、お父さんもお母さんも仕事のできる人だった。

 

最初の頃は、お母さんもお見舞いに来てくれていた、と思う。

 

だんだんあるのが当たり前になっていった頭痛。それに伴う吐き気。頭の病気だったからだろう。まっすぐ歩くことも難しくなり始めた。

 

何度か手術も受けた。オデコにでっかい縫い目が付いてることを確認した日の夜は、流石にちょっと凹んだ。

 

容体が悪くなるのに反比例するように、お母さんは病院に来なくなった。

 

寂しいとかは思わなかったし、お母さんに怒りや憎しみを抱くこともなかった。その頃には私の頭はだいぶネジが飛んじゃってて、脳みそずっとモヤがかかったみたいになってて。昨日何したかとか、このボールペンは何に使うのかとか、そういうのも曖昧になってたから。

 

そんな生きてるのか死んでるのか、わからない生活の中で。灰色になったかのような世界で、出会ったのがアイだった。

 

キラキラしてて。いつでも笑ってて。楽しそうで。こんな人がこの世にいるんだって本気で思った。これが私の最初の恋。私は焦がれるほどテレビの中の一番星に憧れた。

 

アイを見ている時だけ、灰色な世界が鮮やかに色付く。推しを推している時だけ、自分の命に意義があると思えた。

 

でもそれはやっぱり一瞬しか見れない儚い夢で。テレビを切れば現実が襲いかかり。耳に痛い無音の喧騒が、私を責めた。

 

───お母さんに、会いたいな

 

症状が末期に近づくにつれ、そう思うようになり始めた。けれど末期に近づくという事は強い薬を使う頻度も増えるという事。副作用で髪は抜け、ニット帽をかぶるのが当たり前になり、私の姿は入院当初に比べたら、見る影もないほど痛々しくなってしまった。

 

それでも、私はお母さんを待ち続けた。

 

「───なんだ。せんせか」

「悪かったな、俺だよ」

 

何でせんせーが私の病室を訪ねてくれるようになったかは、わからない。

 

見舞客がいない私のことを気遣ってくれた?それともサボる場所にちょうど良かった?アイのオタトークできる相手が欲しかった?理由は幾つか考えられた。

 

そのどれもがどうでもよかった。

 

せんせーと話をする時間が好きだった。アイの話をするのも。せんせーの話を聞くのも。夢見たいなifの話をするのも。全部大好きだった。ただこの人が来てくれるだけで、あの無音の喧騒を打ち破ってくれるだけで、救われた。

 

───あ……

 

そして気づく。せんせーと話をしている時も、灰色だった世界が鮮やかに色づいていることに。

 

コレが二度目の初恋。アイのような衝撃やトキメキはなかったけど、ゆっくりと育んでいった恋。少しずつ時間を重ねて、相手を理解し、相手に理解してもらった。少しずつせんせの隣にいる時間が好きになった。せんせと話していると、心が暖かくなった。隣に座ってもらうだけでホッとした。

 

恋とは自ら能動的にするものではなく、落ちるもの。気がついた時、私は真っ逆さまに落っこちていた。

 

恋は理屈じゃないと、この人に教えてもらった。

 

大好き、せんせー。

 

この言葉を躊躇なく言えるようになるのに、時間は掛からなかった。

 

───そして私は今も、胸を張ってこの言葉が言える

 

「大好き、せんせー」

 

よく笑うあなたが好き。

クールぶってるところも可愛くて好き。

さりなちゃんって呼んでくれる声が好き。

些細なことでも褒めてくれるところが好き。

私のために頑張ってチケット取ってきてくれたのに、何でもないみたいな顔するところが好き。

私のことになると結構過保護してくれるのが好き。

捻くれてるけど、根っこはバカ優しいところが好き。

 

あなたの全てが、好き。

 

それをいけないことかもしれないと思う日もあった。

 

「私が好きになる人は、みんな私の前からいなくなっちゃう。みんな死んじゃう。人を好きになるのが怖い。そんなことを考えてた時もあった」

 

私に人を好きになる資格なんてないんじゃないかって、考えてた時もあった。

 

けれど、そんな不安を貴方が掬い取ってくれた。いなくなったりなんてしてなかった。ずっと近くで見守ってくれていた。

 

「貴方も、人を好きになる資格なんて、ないって思ってるのかもね」

 

わかるよ。私もそうだったから。でもね──

 

「資格なんて必要ないよ」

 

ただ貴方が生きているだけで、私は幸せマックスだから。私は貴方の全てを肯定する。どんな罪を背負っていても、私は貴方の全てを許す。

 

「愛することにも愛されることにも資格なんて必要ない……お互いの意思さえあればそれでいい。それ以上の幸せはないよ」

 

全てを許し、全てを受け入れる器こそが、私の愛。

 

「せんせ。愛してる」

 

 

 

 

 

 

今の演技……いや、さりなちゃんの積年の想いを、アマミヤゴロウが聞いたのなら、一体どのような感情を抱くのだろう。

 

天童寺さりなについては、結構調べた。フルネームがわかってしまえば、半生を辿るのは難しくなかった。

 

さりなの母親、天童寺まりなにも会った。酒に呑まれた五反田監督を迎えに行った時、偶然に。

 

───悪人には見えなかった。

 

家族を愛していた。家族に愛されていた。理想的な母親とさえ呼べる人だった。

 

それなのに、娘をなくす親として、信じがたいことをした……いや、正確には何もしなかった。

 

今度は正式な取材として、宮崎の病院に行ったとき、あの看護婦さんが話してくれた。

 

天童寺さりなの臨終の瞬間には、立ち会うことすらしなかったらしい。

 

「最期の瞬間、彼女に寄り添っていたのは、ゴロー先生だけでした」

 

その事は知っていた。あのキーホルダーから流れ込んだ記憶の一つ。あの病室でさりなに寄り添っていたのはアマミヤゴロウだけだった。

 

天童寺さりなにとって、アマミヤゴロウの存在はどれほど救いだっただろうか。

 

その話を聞いて、ルビーがアマミヤゴロウを神格化する理由にも納得がいった。

 

そしてその一因となった、さりなの母親の理解も進む。

 

───そういう親もいる

 

看護婦さんからその話を聞いても、オレは特に驚かなかった。いろんな世界を見てきた。ロックの世界。不良の世界。どれも中流家庭出身が大多数だったけど、劣悪な家庭環境の人間も一定数いた。暴力的虐待。性的虐待。ネグレクト。いろんな傷を親から受けてきた人間の話を聞いていた。

 

親を愛さない子がいるように、子を愛さない親だっていくらでもいる。知っていた。驚かなかった。

 

それでも天童寺まりな──さりなの母親に会うと分かった時、アクアは少し躊躇した。娘の死に際に来なかった母親など、碌でもないという先入観があったのは事実だ。

 

しかし、会ってみると子供に虐待をするような人でも男遊びが激しい人でもなかった。確かに若く美形なオレに積極的に絡んではきたけど、常識の範疇。無理やり酒を飲ますなんてこともなかったし、未成年の芸能人として扱ってくれた。

 

昔ちょっと遊んでた。それでも家族を愛し、家族から愛されている。50台半ばの普通のおばちゃん。それが天童寺まりなだった。

 

しかし、一つだけ。

 

天童寺まりなの言っていた言葉で、一つだけ印象的だったものがあった。

 

「子供なんてね。健康でいてくれればなんでもいいのよ」

 

健康でいてくれればいい。それは親であれば誰もが子に望むこと。贅沢であり、かつ簡素でもある。当たり前の希望。オレだって絆に同じ想いは持っている。健康でいてほしいと。勉強ができなくても、運動ができなくても構わない。元気で、普通に、友達を作って、ゆっくり大きくなってほしいと願っている。

 

だが、この希望は言い換えることもできてしまう。

 

───健康でない子供は?

 

招かれた家に。天童寺家に、さりなの痕跡はまるでなかった。夫が1人。娘と息子が1人ずつ。ボーダーコリーのペットが一匹。それが今の天童寺家の家族。すぐに分かった。家に飾られている写真。アルバム。スマホの待ち受け。家中にある命の気配。痕跡が至る所で息づいていた。

 

それが全てだった。

 

それ以外何も存在していなかった。写真一つ。映像一本。遺影一枚。子供の落書きさえも。何も無かった。天童寺さりなの生きた痕跡が、何一つ息をしていなかった。

 

ここまで血縁者が生きた痕跡を完璧に消すのは、自然の成り行き任せでは不可能だ。

 

───好意の反対は無関心

 

天童寺さりなは消されたのだ。あの家から。存在しなかったものとして扱われ、忘れられ、なくした。天童寺家は新しく家族を作り直したのだ。

 

正直なところを言えば、アクアにまりなを責めることは出来なかった。娘をなくしたなんてことはもちろん悲劇だ。一生引きずってしまいかねない事柄だろう。

 

しかし、今を生きる人が、いつまでも死人に囚われ、今を生きることができない事も、間違っていると思う。

 

見たくないものに蓋をし、忘れるように努め、新しく幸せを掴もうとする人を責めることは、アクアには出来ない。自分も全く同じだからだ。自ら能動的に行ったことではないが、母をなくしたことで楽になった部分はきっとある。

 

───けど、忘れられた方はたまったもんじゃねーよな

 

好意の反対は無関心。天童寺まりなは娘を。少なくとも健康でなくなった、病気になった天童寺さりなを愛していなかった。

 

オレが星野アイを愛していないのと同じように。

 

母親を愛さない息子がいるように、娘を愛さない母親も、きっといる……いや、絶対いるのだ。多分、履いて捨てるほど。

 

わかってしまう。誰よりもまりなの気持ちはわかってしまう。だからこそ生前のさりなの気持ちもよくわかる。

 

家族に存在を消されることが、どれほどの地獄か、わかってしまう。

 

───愛されたかったよな…

 

母さんがオレに愛されたかったように。さりなもきっと母親に愛してもらいかった。理由なんて要らなかった。どうでも良かった。ただ愛して欲しかった。

 

勉強ができなくても

 

運動ができなくても

 

スケートができなくても

 

病気でも

 

ただ、愛してほしかった。そこにいるだけで全てを受け入れて欲しかった。

 

それこそが、天童寺さりなが、星野ルビーが望む愛の形だった。

 

「ルビー」

 

パフォーマンスが終わったルビーの元へ歩み寄る。頬を紅潮させた妹は兄からの言葉を待った。

 

「良かった。正直予想をかなり上回った」

「ほんと?」

「細かいところ言えば無限にあるし、こいつらに比べれば地力は足りてねーけど、稽古次第で充分いけると思う」

「やった!」

「でもな、もっとわがままにやってもいいんじゃねーかな」

 

兄の言葉の意味がわからず、キョトンとする。妹の頭を撫でながら、兄は続けた。

 

「愛しているなら、何もかもを受け入れる。何もかもを許す。そこまでの博愛精神は持たなくていいんだよ。許すもの、許せないもの。ちゃんと線引きして、それを相手と共有して、一緒に進んでいく。大事なのは何を許せて、何を許せないか。それを相手は許してくれるのか。許してくれないのか。お互い知っていくことが、愛の一歩目だと思う」

 

オレが撮ろうとしている映画は、断罪のための映画であると同時に、赦しを与えるための映画でもある。

 

この国であの男が生きていける場所を無くすための映画。それは間違いない。

 

だがそれは言い換えれば、オレはあの男がこの国で生きていけなくする事で、生きる事を赦す映画でもある。

 

断罪と赦し。それがこの映画で求められるアイの役割。

 

オレは今回、アイをオレに憑依させる。完璧に。完全に。120%以上の精度で。今までのどんな役より深く。

 

きっと暴走する事もあるだろう。入り込み過ぎて、台本にないことを口走ったり、共演者を振り回す事も、多分ある。

 

けれど、だからこそはっきりわかる事もある。

 

アイはカミキヒカルを許しているのかどうか。

 

アイの意思は一体どちらに傾いているのか。

 

それを完璧に表現できるのは、オレしかいない。

 

フリルでもない。あかねでもない。オレにしかできないこと。

 

───だが、それをオレが口で言っても、説得力は無い

 

実を言うと、この意見は間違いだ。今の言葉をアクアが口にしたとしても、反対する者など1人もいない。この場にいる全員が、それを事実と認めるだろう。

 

しかし、それを誰よりも認められないのが、星野アクアだった。

 

今自分が思ったことに、最も自信がない人物が、星野アクアだった。

 

パイプ椅子から徐ろに立ち上がる。羽織っていたコートを脱ぎ捨て、一度髪をかき上げた。

 

「おにいちゃん?」

「オーディション、オレも参加しよう」

「え!?」

「オレだけ何もせずに主演決定ってのも不公平だろう。選ぶ権利はお前達にもある。結果はオレのパフォーマンスを見た後に。全員で話し合って決めよう」

 

唖然とする4人を差し置き、星の瞳の少年がホールの真ん中に立つ。

 

「今のオレの、『最高』を見せる」

 

一度目を閉じ、開いた時、纏う空気が明らかに変わった。

 

───アクアくんの周りが一気に光に満ちた

 

───同時に周りが暗くなったようにさえ感じた

 

───東ブレの時に見せた、周囲の環境ごと錯覚させるイメージ……ここまで瞬時にやれるようになってたなんて

 

───あの時みたい。ステージの上で、ママがスポットライトを浴びる、あの時

 

4人とも呆気に取られる。突然の急展開について来られない現状の中、見せつけられた才能に、アクア以外の全員が現実から取り残されていた。

 

「5番、星野アクア。行きます」

 

なくした星の、愛の形が始まる。

 

 

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

ルビーの愛の形でした。いかがだったでしょうか。本当は前回ここまで書きたかったのですが、長くなったので分割しました。原作ではあまりはっきりしていないルビーの愛の形ですが、そこそこ説得力あるモノに仕上げられたかなと思っています。
次回はいよいよアクアが演技をします。この4人の本気を見せられたらアクアも応えないわけにはいかないですよね。果たして今のアクアが示す愛の形とは。

それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければモチベーション爆上がりです。時間がかかっても感想には必ず返信します。
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