星をなくした子の魔法が貴方を優しく照らす
差し伸べられた手を取ることはあまり勧めない
その魔薬の虜になってしまうから
カチンコの音が鳴る。
カメラが回り始める。
ずしりとした空気が肺を満たし
一年の時を凝縮したかのような
重く強い時間が流れる
人生そのものを問われるかのような
永遠より長く、刹那より短い一瞬に
役者たちは命を懸ける
そう思っていたのは私だけだった。
私はかつて光り輝いていた。
誰もが私を天才と呼び、大人も子供も私をちやほやしてくれた。
でも輝きにはリミットがある。
小学生辺りで私は終わってしまった。あっという間に人はいなくなった。
何もしなくても舞い込んでいた仕事はピタリとなくなり、オーディションを受けなければならなくなった。
そして今やもうオーディションを受けても仕事はもらえなくなった。
魔法が解けてしまったかのようだった。
卵を産まなくなった鶏は経営者にとって荷物以外の何者でもない。居場所がなくなった私は事務所を抜け、セルフプロデュースで業界にしがみつき、ようやく待望の主役級の仕事を掴んだ。
何がなんでも良い作品にしたい。このドラマをきっかけに私はまた芸能界を駆け上がる。そう思っていたのに。
直面する現実。落ち目の役者に与えられた、当たり前の試練。
喜び勇んで挑んだ現場に待ち構えていたのは基礎もできていないモデル達。私以外で役者と呼べる人間は一人もいない。案の定グダグダの撮影。そして当然のように殺到する罵倒。誰もが最初の1話で失敗作の烙印を押し、原作者は失望した、駄作。それが今の私が参加を許されるドラマだった。
───そりゃそうよね
落ち目の役者に与えられる現場なんてこんなものだ。何かしらの欠陥があって当然。私と同じ志を持ってるような人と仕事なんてできるわけがない。
魔法が解けた。夢を見ていられる時間は終わった。
なら現実の中で足掻く。まだ手遅れじゃない。最後の一話に、チャンスは残っている。その為にできる事を。
そう思っていた時、あの写真に出会った。
女装をしてまで出演したPV。やりたくてやったことのはずがない(多分)。あいつも魔法が解けた現実の中で戦っていた。できる事をやっていた。私一人じゃ無理でも、アイツとならきっと。
この時点で、私はまだ夢を見ていた。
現状を改善する現実的な手段の一つとしてだけでなく、子供の頃の夢想そのままに、アイツのことを見ていた。
人生で初めて無様に負けた。自分は天才じゃないと本物の天才に思い知らされた。それ以来ずっと探し、リベンジの機会を待ち望んでいた。はっきり言って憎んでたとすら言ってよかったと思う。
でも、いつまで経ってもアイツと出会う機会は訪れなかった。
何やってるんだとイラついた時期もあった。あれ程の才能、どこで腐らせているのかと腹立たしかった。今度は私がアイツに敗北を味合わせてやる。絶対泣かす。そればかり考えていた時期もあったのに。
ある日、クルッと裏返った。
アイツに何かあったんじゃないか。ケガ?病気?若くても命に関わる重病に罹ることなんていくらでもある。怪我なんか、幼い方がしやすいだろう。
それとも精神的なもの?子役が鬱病になっていたとしてもまったく驚かない。子供がこの世界にしがみつき続ける事がどれだけ大変かは誰よりもわかっているつもりだったし、もしかしたらそれ以外の理由もあったのかもしれない。家族になにかあったか。怒りは心配に入れ替わり、復讐心は消え、会いたいという願望に変わった。
他人のことをこんなに心配したのは、多分生まれて初めてだった。
そしてついに、夢にまで見た、星野アクアとの共演の時。
写真を見て、期待はしていた。子供の頃に見たあの不気味なオーラが遥かにレベルアップしていたから。コイツなら何かを変えられるんじゃないかって。
けれど現実は厳しいものだ。
優等生、及第点、上手いが上手いだけ。それが今のアクアの演技だった。勿論台本を渡した次の日に迎えた本番と考えれば充分高いクオリティだ。台詞の読み込み、キャラクターの理解、監督の意図、物語の意図、全てよくわかっている。たった一晩の完成度とは思えないほど。
周りと軋轢を生まない、イメージ通りの演技。しかし、それだけだ。大人になったという見方もできるが、媚びた演出と言えなくもない。
───ああ、コイツもならされてしまった
この業界で役者として生きていく方法は大きく分けて二つ。替えの聞かない存在に成るか、使い勝手のいい役者に馴らされるか。かつての天才アイドル『アイ』や劇団ララライの若きエース『黒川あかね』は前者。そして私やアクアは後者だった。周りと歩幅を合わせ、息を合わせ、求められる仕事をこなす。あの演技は特に無茶をやっても迷惑のかからないモブだからこそ出来たんだろう。女装までして身バレしないようにしてたし、私にバレた時は動揺していた。この推測は間違いないはずだ。
才能を抑える道を選んだ。
───無理もないわよね
芸能界という大人しかいない世界で、子供がつっぱり続ける事が、どれほど難しいか。私は身をもって知っている。10年前、五反田監督が言ってくれたあの言葉がなければ私なんてとっくに消し飛んでいた。アクアはその五反田監督に役者として育てられた。なら成長方向が私と似通っているのは当たり前だ。
私たちに出来るのは、現実の中で少しでも良い作品にする為に身を粉にする。それだけだ。
───そう、まだ終わったわけじゃない
最終回。このドラマ最大の見せ場が残っている。名作と言われる原作、『今日は甘口で』最高の名場面。ヒーローとストーカーの対決。漫画でここを読む時はいつも泣くし、何度も何度も読み返した大好きなシーン。
ここで相方と呼吸を合わせ、上手くフォローしつつ、アクアの作品に貢献する演技で盛り上げる。私たち二人であの最高のシーンを再現できれば、きっとまだ…!
「ヒトリニサセネーヨ!」
───何度目だろう…
まだいける。そう思って挑んで、現実に打ちのめされる。
声が鼻にかかっている。身振り手振りが声とあっていない。変に存在をアピールしようとしてるから、発音もイントネーションもバラバラ。感情の込め方が不自然。リハーサルの時と何一つ変わっていない。緊迫感もクソもあったもんじゃない。フォローしきれるはずがない。
───演技って、そんなにどうでもいいものなの?
私が人生を賭けるほど夢中になった芸術は、この世界ではここまでどうでもいいものなのか。夢の中に居続けてはいけないモノなのか。現実で戦うというのはこういう事なのか?
───無駄ね、こんな事考えても。
いくら私がダメだと思っても、監督や演出がOKを出すならOKなんだ。
───わかってるよ
この作品が結構なクソだってことくらい、わかってる。監督やプロデューサーだってわかってるはずだ。でもこのドラマはクソでいいと私以外のみんなが思っているんだ。このドラマの最大の目的はこの素人大根モデル達の宣材。作品の評価なんてどうでもいいんだ。勿論ワザとクソにしてるわけじゃないけど、クソが前提のドラマなんだ。
『オレ達も、もう大人だ』
『子供が言い訳になる時間は過ぎたわ』
アクアに向けて、私が言ったセリフだ。その言葉に嘘はない。本気でそう思っている。そうだ、夢を見ていられる時間は終わった。トップがクソでいいと思っているならせいぜいクソなドラマで完結させるのが彼らの意図に沿った行動なんだ。
───もう、終わらせよう
このドラマも、演技も、私の夢も。子供の時間は終わった。夢中とは夢の中。夢中でいられる時間は終わったんだ。
『夢を見ろよ、有馬かな』
諦めの帷が降りようとする中、有馬かなの脳裏に声が響く。思わず振り返ってしまった。鼓膜が震えたわけではない。しかし耳ではない何かがその音を拾った。
ピチャッ
廃屋の角、薄暗い空間の中で、さらに暗い影がある。そこかしこから落ちる雨漏りのお陰で床は至る所が濡れている。人の形をした闇が、雨を踏み締めていた。
───やっと、諦められそうだったのに
嘆きつつも、喜んでしまう。アイツだ。アイツが帰ってきた。身に纏う不気味な雰囲気。立ち上る異質な空気。目が引き摺り込まれる、オーラ。
ああ、思えば子供の頃からそうだった。
───コイツはいつも私に……
夢を見せる
▼
オレは、ずっと間違っていた。
感情の使い方を。感情の動かし方を。感情を向けるべき相手を。
オレは今までオレの中の感情を自分か、自分の大切な人にしか向けてこなかった。オレはオレのためにしか演技をしていなかった。
それではダメなんだ。主役ならそれでいいが、脇役が自分しか愛せないなんて論外。脇役とは引き立て役。誰かを引き立てるには、その誰か達を愛さなければいけない。
勿論それは人だけではない。雨、風、暗闇、照明。世界全てに意識を払わなければいけない。人も、モノも、カメラに映る全てに愛を捧げる。
それこそが、世界を愛するということ。
『アクアくん、調和っていうのは思いやりよ?今のアクアくんじゃピアノが可哀想だわ』
ああ、オレは思いやりが足りなかった。ピアノにも、カメラにも、現象にも。
『人の動き全てが心の動きなのよ』
そうだ。愛を原動力にして動いているのはオレだけじゃなかった。あのモデルの大根演技も、心の動きの結果だった。
───馬鹿だな、オレは。ヒントはいろんな人が沢山くれていたのに。
人間とは見たいものしか見ず、聞きたいものしか聞こえない生き物だ。オレはナナさんやミヤコの言葉をただの言葉としてしか聞いていなかった。
見方を変えたら、聞き方を変えたら、こんなにも当たり前のことだったのに。
だって、愛は真心なのだから。
人は鏡。物も鏡。恩を受けた人の大多数は恩を返そうとするし、大切に扱った道具は手に馴染む。相手の心の真の部分を動かそうと思えば、こちらも真心をぶつけなければいけない。自分にしか向き合っていない者に、一体誰が心を開いてくれるだろう。そんな事も分かってなかった。
あははっ
笑い声が聞こえる。この本番が始まる直前に再び聞こえ始めた、あの『声』。鼓膜は震えないけど、心のどこかが震え、心臓が鳴き、血が叫んだ。
ヘタねー、アクア。へたっぴだよ〜?
───うるせーな。ハンチョウかてめーは
だがその通りだ。スランプじゃない。オレが未熟なだけだった。愛の使い方がヘタクソだった。
オレは今回引き立て役。だが原作屈指の名シーンに欠かせない存在。オレが存在感を出しつつも、目立ってはいけない。オレの存在を主張しつつも、オレが一番輝いてはいけない。
なら、どうするか。簡単だ。オレ以上にオレ以外を輝かせればいい。
無音で流れる雨水を踏み締める。水の音が目立つことでオレの存在が認識される。しかし、ここで輝くのはオレでなく、雨水。オレはその付属品であればいい。
照明の位置を意識し、立ち位置を変える。カメラから映る逆光はオレの存在を主張すると同時に朧げにもする。
───次は、コイツ。
ヒロインを守るこの男を輝かせる。大根モデルに手の打ちようはないと侮っていた。オレは差し出した手をとってくれる人しか救えないと思っていた。それも間違いではないが、真実ではない。こちらが手を出しても掴まないのであれば、相手からこちらに手を出させてやればいい。
「哀れだな、お前。悪いこと言わねーから役者はやめとけ」
マイクが拾わない小声で鳴嶋に耳打ちする。他人に感情を持たせるにはどうするか。手段はいろいろあるが、最も手っ取り早いのは愛する者を侮辱すること。
───コイツが最も愛しているのは自分自身
真心は己のプライドの中にある。なら、そこを揺り動かせば、感情は湧いてくる。
「PC加工まみれのメッキモデルが通用する世界じゃねーから」
「…………は?なんつったオメエ!」
激昂してオレの肩を掴みかかってくる。脚本には無い動きとセリフだが、問題ない。求めていたのは生の感情の発露。それさえしてくれるなら、あとはこちらでフォローできる。
『聞こえなかったか?そんな女に守る価値なんて無いって言ったんだ!』
台本も立ち位置も無視。今のセリフもアドリブ。即カット食らって、叱責されても無理はない行為だが、それは無いと踏んでいた。
───裏方は優秀だ。オレの意図に気づかないはずがない。ココでカットはまず掛けない。
相手の意図に応えることばかり考えていた。監督や演出を信じる。これも今までやってこなかったこと。期待に応えることも愛ならば、たとえ期待を裏切る事でも、信じて最善を尽くすこともまた愛なんだ。
照明が強くなる。そうすれば闇が濃くなる。そう、此処は『闇』を演出するシーン。薄暗い舞台の中で、人の闇が周囲を覆う。だからこそ一筋の光が輝く。わかっている。やっぱり裏方は優秀だ。信じてよかった。
オレのオーラ。周囲の目線を集め、引き摺り込む引力を、オレにのみ使うのではなく、オレを含めた世界全てに使う。オレの中から溢れる
今度は有馬に、オレの真心を届ける。『本気でやれ』と。
───こういうことだろ、『声』
世界を愛するってことは。
▼
魔法を魅せられているかのようだった。
アイツが現れた途端、何もかもが変わった。暗闇から現れた闇より暗い人影。跳ねる水音。逆光により、塗り潰された表情。その全てがズシリと空気を重くした。
闇を作り出した張本人が誰かは誰でもわかる。注目も集めている。けれどその目線は個人にのみ向けられたものではなかった。闇の中心が暗すぎるおかげか、その周囲は明るく見える。故に注意は水音や取り出されたナイフなどの小道具に向き、その所有者の存在感は寧ろ希薄になるくらいだった。
───周り全部を引き摺り込むオーラ。それを今度は周囲を目立たせるために使っている
「…………は?なんつったオメエ!」
『聞こえなかったか?そんな女に守る価値なんて無いって言ったんだ!』
この収録で……いや、過去全てを含めて、初めて鳴嶋から出た、本気の感情が篭ったセリフ。台本にない完全な
───あ、いい
強くなる照明。影が濃くなる演出。原作の名シーンが、再現されている。
「この子は俺の大事な友達だ!」
鳴嶋のセリフも悪くない。鼻にかかった薄っぺらい言の葉に、感情という芯が篭る。私から見ればまだまだだし、下手だけど、フォローが届くレベルにまで引き上げられている。
このシーン最大の見せ場へと、闇が演出されていく。怖く、キモく、痛々しく。だからこそヒロインの涙が輝くように、展開が広がっていく。
───これが、星野アクアの本気
自身の引力を周囲に伝え、相手の感情を無理やり引っ張り出し、全力以上を引き出す。自分が活きる事で、周りが活きる。そして周りを活かす事で自分がさらに活きる、最高の潤滑油。化学反応を半ば強制的に引き起こす劇薬的演技。
『私だって本気でやりたいわよ』
やりたかった。けど出来ないと諦めていた。場が壊れるから。私の本気が作品を崩壊させてしまうから。
けど目の前で見せつけられる魔法は、私の本気を許す場に変わり始めていた。
自惚れかもしれない。アクアはただ作品を良くするためにこの演技をしているのかもしれない。
けれど、本物の役者同士は動きだけで語り合える。少なくとも私の目にはアクアの一挙手一投足がこう叫んでいるようにしか見えなかった。
『夢を見ろ。小さくまとまってんな。本気でやってみせろよ、有馬かな』
そのための場はオレが作ってやる。オレがこの現場全部に魔法をかけてやる。そう語っていた。本番が始まる前に私に向けて放った言葉は大言壮語ではなかった。
視線が一瞬合う。星の輝きの瞳が、私に向けられた。
ああ、光がある
10年前、私は光り輝いていた。でも光には
そこからは前も後ろも真っ暗なこの世界で、僅かに残った自分の光と、どこかできっと戦っている、私を完璧に負かした光を頼りに歩き続け、しがみついた。
結局10年間、その光に出会うことはなかった。
けれど10年間探し続けていた輝きは、それでも今、たしかに此処に。
『それでも、光はあるから』
両頬から熱い雫が流れ落ちていることに気づいたのは、泣き演技をしようと意識した後だった。
▼
「はい、OKです」
カットが掛かる。一つ大きく息を吐き、殴り飛ばされた状態から身体を起こすと、ずきりと痛んだ。鳴嶋の拳が当たったアクアの頬にはあざが出来ていた。
「あ……!その…」
何か冷やすものないかな、と探していると後ろから声がかかる。あざを作った張本人が後ろめたそうに立ち尽くしていた。
「…………悪い、拳、当たったよな?リキっちまって」
謝ってきたことに少し驚く。オレの暴言に対して文句言ってくるかと思っていたのだが。ちゃんとオレがやったことの意図を理解していた。なんだ、コイツは思ったより伸び代あるかもしれない。
「気にするな。煽ったのはオレなんだ。このくらいは覚悟してた」
嫌味でも謙遜でもなく、本音だった。場合によってはオレから殴られにいこうとするつもりだった。思惑通りに動いてくれて良かったとすら思っている。
「感情の乗った演技、できるじゃん。今日の感覚、忘れるなよ。これからも役者としてやってくつもりならさ───もしもし?うん、撮影終わった。迎えよろしく。あとついでになんか冷やすもの持ってきて。いやちょっとヒートアップされちゃって……オレは何もしてないって。ほんとほんと──」
電話しながら奥へと引っ込む。その様子を二人の役者はただ見ていることしか出来なかった。
「かなちゃん、最後のシーンもうイケる?…………かなちゃん?」
「あっ、はい」
2回名前を呼ばれて、ようやく反応する。どうやらさっきまでの役がまだ抜けていないらしい。彼女にしては珍しいことだが、役者的にはあるあるだ。特に気にもせず、監督はカメラを回し始める。
アクアもメルトもさっきのシーンでクランクアップだが、有馬だけはまだ最後のワンカットが残っていた。
最大の見せ場が終わり、ヒロインのアップでこのネットドラマは締め括られる。台本には一言、こう書かれている。
この日、有馬かなは生まれて初めて、演技をせずにカメラに映った。
▼
ネットドラマ、「今日は甘口で」の最終回が放送された。視聴者の多くはリタイアし、コアなファンや一部関係者のみが視聴を続けていたコンテンツだった。が、だからこそ視聴者達は過去話と最終回の違いに気づき、感動し、SNSで少しだけ話題になった。
『最終回よくね?』
『今までとのギャップでめっちゃ刺さる!』
大きくバズったわけではない。トレンドランキングもトップ10にすら入っていない。狭いところで熱い支持を集めただけだ。
けれど芸能界は常に才能を求めている。
このネットドラマの最大の目的は駆け出し役者達の宣伝。役者の売り込みが第一である。故に視聴を続けていた一部関係者の中に映画やドラマの監督。まだ見ぬライバルを警戒する事務所が含まれているのは当然だった。アンテナを伸ばすことは芸能界の大事な業務の一つなのだから。小さな規模でも、良いという反響があればチェックするのは必然。狭い界隈とはいえ、熱烈な賞賛が上がった一話。アンテナに引っかからないはずがない。
もちろん、この事務所も例外ではなかった。
「あの有馬かなが出ているからと言うことで一応見ていたが…」
「落ち目であることを自ら吐露した、駄作に過ぎないドラマが……」
「最終話だけは良いな」
「元々の下地を作っていたのは有馬かなだけど、変化をもたらしたスパイスは彼だ。フードを被った、ストーカー役の」
一般視聴者たちは最終回の立役者が誰かわかっていなかった。しかし、見る者が見れば、最終話の良さがどこから出ているかは一目瞭然。そもそも、劇的に良くなったのはあのヒーローとストーカーの対決からだ。分からないはずがない。
「名前は…………星野アクア?聞いたことないわね。新人?ねぇ、貴方知ってる?」
隣でドラマを見ていた所属タレントにマネージャーが問いかける。同世代だし、様々な現場に引っ張りだこの彼女なら、面識くらいあるかもしれないと思ったのだ。
その推測は半分当たっている。直接会ったことはないけれど、彼女はこの男を知っていた。
「───見つけた」
「フリル?やっぱり知ってるの?」
不知火フリルは妖艶な笑みを浮かべ、エンドロールに流れるキャスト紹介の名前を指でなぞる。格好は違う。あの時は女の子だったけど、今回は男の子。女の子が男役をやる事なんて、演劇の世界じゃ珍しくはないけど、流石に今回はわかる。
───やっぱり男の子だったんだ
あのPVを見た時から、女か男か分からなかった。今回もフード被ってるし、影の濃い演出をしているから、よく見なければこの役者がどんな顔をしているか、わからない。けれどわかる。この雰囲気、周囲への影響力、このオーラ。分からないはずがない。気づかないはずがない。
「星野アクア」
覚えた。絶対に忘れない。ここからは簡単だ。たとえ芸名でも、名前がわかれば後は難しくない。
「マネージャー。彼の所属事務所、調べてもらえますか?」
「いいけど……なんで?」
言われなくても調べるつもりではあった。新しい才能のチェックは業務の一つだから。けれどフリルから頼まれるとは思わなかった。
「彼に興味があるんです」
自分を曝け出すメソッド演技。なのに顔が見えない。自分でない何かを完璧に演じている。異常なまでに自然で、異常なまでに分厚い仮面。今まで演技が上手いと思う人は何人もいたけど、こんな人は初めてだ。
自分より分厚いかもしれない仮面を纏う人間は。
「会いたい」
会って、知りたい。その画面の下に何を隠しているのか。仮面の下の素顔はどんなものなのか。どうすればそんなに凄い仮面を纏えるのか。会って知りたい。その人の技術も、素顔も、心も、全部曝け出したい。盗みたい。大衆の前に立つ彼がひた隠す全てを私だけのものにしたい。
「会いたいんです。彼の所属事務所。できれば今後、彼が出演する仕事なんかも。お願いします」
現在、芸能界の中心において旋風を巻き起こしているアイドル。
芸能界の片隅で生まれた、未だ小さな小さな台風の卵。
二つの嵐が勢いを増しながら、少しずつ近づき始めていた。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。今日あま編最大の山場が終わりました。いかがだったでしょうか?遂にフリル様に名前がバレました。今の天才とこれからの天才が出会うまで、あと少しです。不知火フリルの性格とか設定とか、原作と違う事もあると思いますが、バタフライエフェクトとということで、生暖かく見守ってください。それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。