君たちは完璧で究極のアイドル
金輪際現れない一番星の生まれ変わり
星をなくした子も傷で成る子も
「絆を映画に出す!?」
「お願いあなた。いいでしょ?誰でもいいって言ったじゃない」
「リスキー過ぎる。他のキャストに会った時と、オレとお前で絆の態度が変わったらどうする。勘繰られる可能性は否定できない」
一歳を目前にして、落ち着きはじめたとはいえ、まだまだ理由不明で泣くことだってあるし、それをあやす時、白河さんとオレたちではやはり反応は違う。もちろんフリルやオレとの親子関係にまで想像が飛躍することなどまず無いと言っていい。それはわかってる。しかしゼロではない。
「0.1%でも危険の芽を作るわけにはいかない。これはオレの親としての責任だ」
アクアの言っていることは至極正しい。完璧な正論だ。理で崩すことはほぼ不可能。そもそもこの男と理で争うのは愚かだと内縁の妻は誰よりも知っていた。
「絆はあなたのこと、人前で父さんとは呼べないの」
故に夫の最も脆い部分も妻はよく知っていた。
「絆には父親のことはちゃんと教える。あなたは愛されて生まれて、愛を受けて育っていることをちゃんと知ってもらう」
知っていた。聞いていた。話し合った。戸籍上、絆は不知火家の人間となるが、実際にはオレとフリルの2人で育てること。いつか絆に両親の事情を教えること。それまでは精一杯愛を注ぐこと。2人で話し合った。2人で決めた。
「けどそれでも普通の子と比べて父親に甘えられる機会は少ないと思う」
そう。オレもフリルも絆の親として振る舞えるのは家の中だけ。外では他人であらねばならない。体育祭も、文化祭も、発表会などのイベント等も、衆人環視の前で絆を両親に甘えさせることはできない。
「あなたが芸能界を引退した後にどんな仕事に就くつもりかは知らないけれど、あなたが最も輝く瞬間を。私が夢中になった瞬間を、絆は知らずに育ってしまうかもしれない。それは嫌なの。あなたの父さんは凄かったんだって。あなたはこの父と一緒に仕事をしたのよって、いつか見せてあげたいの。我儘なのはわかってる。危険性だって理解してる。でも、これが最初で最後の機会だから。我儘を通させて。お願い」
夫を見つめるまっすぐな目。瞳の中の星の光には、我が子を想う純粋な愛が込められている。
───この目をしたフリルには逆らえない
元々絆の教育に関してオレはフリルの言いなりだ。希望があれば全部言ってもらうようにしているし、今のところ全部言う通りにしている。逆らったことは一度もない。フリルがそうしたいと言うならオレは従うまでだ。力を尽くすのはそれからの話。
2人で話し合い、絆の人前での扱いを決める。
一、絆は事務所社員の娘で通すこと
子役のキャスティングで、オレとフリルのバーターで選ばれたタレントの卵という設定で映画に参加させる。親はマネージャーで通す。
二、人前でオレとフリルは絆に触らないこと
絆ももう一歳。歳の割には人見知りしない子で、赤の他人に抱かれても理由なく泣き喚いたりはしないが、それでもやはりオレとフリル(特にオレ)が抱くのと他人とではやはり反応が違う。ヘタに接触して、態度が急変されたら勘繰られる可能性はゼロじゃない。
この二つの約束が大原則。他にも繋がりが疑われるようなことは絶対しないという取り決めのもと、絆の映画出演を許諾。社長にも許可を取った。少し渋ってはいたが、よほどアクアとフリルが墓穴を掘ることをしなければ、2人の親子関係が疑われるほど飛躍した発想に至る人間はいないだろうと考えてのことだった。
絆にも一通りの訓練を施す。大勢の人間に囲まれることになるのだ。絆が生まれてから約一年。オレとフリルのマネージャー。社長。不知火家の祖父母。不知火ころもなど、オレとフリル以外の人間と接することはあったが、ごく少数。絆の存在を知る人間だけだった。人前に出ることに慣れる練習は必要だ。
「この子、物怖じしないわね」
訓練を全て見ていた社長が一度オレに訓練結果を言いにきた。普通あの年頃の幼児は自分が知らない場所に連れてこられるだけでも相当のストレス。泣いてなんら不思議ないそうだが、最初に少しぐずったぐらいであっという間に慣れたらしい。
───ダメか
この訓練次第でやっぱり参加は無理となる可能性に一縷の望みを託していたのだが、やっぱりダメだった。流石は不知火フリルの血を継ぐ娘。タレント適性が高過ぎる。
「私よりあなたの血の力の方が大きいと思うよ」
絆の訓練風景を2人で見ていた時、耳元でフリルが囁いた。
一通りの訓練が終わり、そしてついに顔合わせの日を迎えることとなる。
たった一つ。
絆の血縁者が両親以外にもう1人いる事を見落としながら。
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「わーーっ!この子が私とおにいちゃんの子供時代やる子!?かわーっ!」
映画の撮影に向けてついに動きはじめた当日。顔合わせのためキャスト全員が一堂に介する。アクアが選抜した才能と実力あるタレント達なので基本多忙だ。こんな形で全員が集まるのは最初で最後の機会かもしれない。勿論アクア達も例外ではなく、その事を誰もがよく知っている。
だからこそ、今日この日に現れた幼児に、ルビー達は積極的に触れたがっていた。あかねもメムも有馬も一斉に赤ん坊の周りに集まる。可愛いを連呼しながら見つめていた。もうすっかり共演者達のアイドルである。
「女の子ですか?名前は?」
「ええ、女の子ですよ。名前は絆」
「絆ちゃん!素敵な名前!」
「幼いけど生まれたてって感じじゃないわね。何歳ですか?」
「もうすぐ一歳になります」
「抱っこしていいですかー?」
「ええ、もちろん」
白河さんの許可を得て、あかねが絆を抱き上げる。少しぐずったが、特に抵抗する事なく、あかねの腕の中におさまった。
「わあっ!やわらかーい!いい匂い!可愛い!」
「ちょっと黒川あかね!独り占めしないで!私にも触らせてよ!」
「かなちゃん、あまり赤ちゃんの周りで騒がないで。びっくりしちゃうでしょ」
抱っこするあかねを中心に、女性陣が赤子の可愛さにメロメロになっていく。その様子を少し離れたところから見ているのは、星野アクアと、不知火フリル。
「アクアくん!絆ちゃん抱っこしない?すっごく可愛いよ!」
「遠慮しとく。ヘタに扱って傷つけたらシャレにならん」
「フリたんもしない?こんな機会、滅多にないよぉ?」
「ごめん、私子供苦手なんだ」
「大丈夫だよ。抱っこの仕方さえ間違えなければ。絆ちゃんすっごく大人しくて良い子だし……って、うわわ」
あかねの腕の中にいた絆が本格的にぐずり出す。人見知りはあまりしない子だが、流石にまだ慣れていないのか。それとも別の理由か。赤子は泣くのが仕事のため、特定はできなかった。
あかねが白河さんに絆を返す。背中を摩ったりして、懸命にあやすが、なかなか大人しくなってはくれなかった。
「キズナー。大丈夫だよー。怖くないからねー」
「白河さん」
ゆっくりと近づき、手を差し出す。慈愛の溢れる瞳で涙する赤ん坊を抱き止めたのは、紅玉の瞳の少女。
星野ルビーだった。
白河は本来、ルビーに絆を触らせる気はなかった。彼女は絆にとって、両親以外で唯一の血縁者。何か反応を見せる可能性はゼロじゃない。
なのに逆らえなかった。気がついたら、彼女の差し出した手に絆を渡してしまっていた。
「よしよし。良い子だね。絆」
ルビーが絆を抱き締め、優しく背中を撫でる。ぐずっていた絆は少しずつ落ち着き、最後には笑顔すら見せ始めた。
「おにいちゃん。凄いね絆。可愛くて、賢くて、魅力的。なんかママとおにいちゃんに似てる気がする」
「………………なんだそりゃ」
「白河さん」
兄に向けていた星の瞳を白河へと向ける。アクアは真っ向からその光を受け止めたが、白河は思わず目を逸らしてしまった。
「赤ちゃんを産むのってどんな感じでしたか?」
なんとなく緊張が奔る。世間話の部類に入る会話ではあるが、アイドルがするには少しセンシティブな話題だ。
「そうですね……」
白河は思い出す。あの病室。扉越しに聞き、ガラス越しに見たフリルの様子。あの出産に直接立ち会ったのはアクアだけだったが、自分と社長も最後まで見守っていた。
「最中はやっぱり凄く痛かったですよ。早く終わって〜ってずっと思ってましたし」
「あぁ、やっぱり」
「でも生まれた時は本当に嬉しくて、幸せでした」
「へぇ〜〜」
あの時の涙。笑顔。全て昨日のことのように想い出せる。泣きぼくろの少女は目を閉じ、星をなくした子は天を仰いだ。
「子供ができるって、やっぱり幸せですか?」
「………そうね。辛いこともきついこともあったけど、幸せだったと思います」
「そっか……そっかぁ」
子供を抱く手にほんの少し力が籠る。すべすべの頬にルビーの顔が僅かに触れた。
「………いいなぁ」
誰1人声を上げることが出来なかった。
赤子を抱く姿が。慈しみの目が。空いた手で下腹部を撫でる様子が。あまりに儚く、そして美しかった。
「お揃いですかね。それでは『15年の嘘』の本読み。及び衣装合わせの方、よろしくお願いします」
扉を開く音が沈黙を破り、鏑木Pの一言で全員が仕事の顔になる。『15年の嘘』が、遂に形になるべく動きはじめた。
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心臓の鼓動の音が鳴り止まない。ルビーちゃんが絆ちゃんを抱いてから。ぐずっていた幼児がピタリと泣き止む姿を見てから、私の中の何かがざわついて仕方がなかった。
まだ一歳になるかどうかという少女。顔立ちもまだまだ不安定だし、これからいくらでも変化する歳の頃。誰に似てるとか、誰に似てないとか、まだ誰にも言うことはできない。
それでも、絆ちゃんは大きくなったら相当の美人になるのは間違い無いだろう。パッチリとした目。筋の通った鼻。すべすべの頬。美女となるために必要な要素が全て揃っている。両親はきっと相当の美形に違いない。
白河さんは綺麗な人だ。マネージャーには元タレントも多い。比較的顔立ちが整っている人がなるケースはザラにある。
だから、絆ちゃんが白河さんの子供だと言われてもなんら違和感は抱かなかった。
アクアくんが子供を抱くのを遠慮したのも、彼らしいと思った。首も据わってきて、比較的安定し出した歳の頃だが、些細なことで大怪我するなんてザラにあるし、少し目を離せば比喩でなく命を落とす生命体だ。彼の美しさや賢さが通じる人間でもない。一年前、養護園の子供達とは上手くやれていたけど、あのあたりの子供は会話は成り立つ。絆ちゃんは会話すらまだ出来ない。接するのが苦手だとしても不思議はない。解釈一致だ。
少し「おや?」と思ったのはフリルちゃんまで断ったことだった。彼女は子供とか好きそうに見えたのに。けどまあ奥底のところはわからない。フリルちゃんに関して、私はトレースしてないし考察もしてない。理解が及ばないところがあっても当然だと思った。
決定的にざわついたのは、ぐずりだしていた絆ちゃんが。白河さんに……母親に抱かれても泣き止まなかった彼女が、ルビーちゃんの元へ行くと、ピタリと泣き止んだ時だ。
一瞬、ルビーちゃんを疑った。
だけどあり得ないと気づく。彼女はこの2年、精力的にアイドルをやっていた。バラエティなどの芸能活動もやっていた。そんな暇も時間もなかったはずだ。
今回『15年の嘘』でキャスティングされた女優達の中で、その時間があったのは───
そしてそのほぼ同時期に事務所を移籍したのは───
目線を彼へと送る。かなちゃんとなにやら話している自分の彼氏へと。
本読みが終わり、少しの休憩時間が取られている。相変わらず素晴らしい演技だった。まだ本読みの段階で、自身が演じる役のキャラクターが掴めていない人間も多い中で、1人だけ別格の完成度だった。
───脚本を書いたのがアクアくんだとは聞いていた
彼が文才があることは知っていた。この一年と少し。彼が作詞した曲を何度も聴いていたからだ。アクアの詞は1番から3番まで内容がつながっており、全てを聞くことで初めて一つの物語となる作詞なことが多い。今時のポップなリズムに乗せた曲でも詩でもない。曲のコードと詩がどちらも揃っていて初めて成立するのがアクアの音楽だった。
アクアの作る作品には全てに強力な念がこもっている。聞く者を、見る者を虜にする魔力がある。結局大衆の胸を打つために必要なのはクリエイターの情念だ。
───なくしてしまったはずの記憶に、どうしてここまでの情念が込められるのか。
その答えが、わかってしまう。間違っているのかもしれないけど。私の突飛な設定なのかもしれないけど。考えてしまう。
───きっと貴方は、アイさんと同じ道を歩いて、ここまで来てしまったのね
「アクアくん」
その背中へと声をかける。我ながらいつも通りの声で、何も気づいていない彼女として振る舞えた自信があった。
▼
本読みが終わり、休憩中。衣装合わせのため、ちょっと時間が必要らしい。空いた時間で台本に目を通していたのだが、有馬に声をかけられた。改めてエグい脚本だということ。それを書いたのがオレだということ。ちょっと褒められた。大筋は五反田監督が用意したものだし、アビ子先生達にも力を借りたため、オレのホンとは言い難いのだが、それでも良いホンだと褒められた。
「アクアくん」
有馬が離れたころ、手を取られる。あかねがいつのまにか隣に来ていた。
「こんなところにいていいのか。そろそろ衣装合わせの準備しなくちゃまずいだろう」
「アクアくんだってそうでしょ?呼ばれるまでは大丈夫だよ」
そう、この後アクアもしっかり着替えて、メイクもする予定になっている。何度もやっていることだが、さすがに今回は少し緊張した。
「本読み、凄かった」
「そりゃオレは誰より台本読み込む時間あったからな。多少は他よりクオリティないとただのボンクラだ。あかねこそ相変わらずだな。考察という点ではオレなんかとてもかなわねーよ」
「ありがとう。でも他の人たちも普通に上手だったよね。流石はアクアくん選抜のメンバー達」
「一部誤算ありだけどな」
「ルビーちゃん?それとも、絆ちゃん?」
その一言にドクンと心臓が大きく一つ鳴る。表情には一切出さなかったのは、流石と言えるだろう。東ブレの時より遥かに成長している。
天真爛漫な笑顔のまま、あかねは続けた。
「さっきのルビーちゃん、すっごく綺麗だったね。元々可愛い子なのは知ってたけど、さっきはそれだけじゃなかったっていうか。大人びた美しさがあったっていうか」
「………あいつももうじき18だからな」
「絆ちゃんもピタッと泣き止んで。私が抱っこしてた時はぐずってたのに。なんか悔しいなぁ」
「あの年頃のガキは理由なく泣くし、理由なく泣き止むんだよ」
「ほんとに、綺麗だった」
肩に手が添えられる。そのまま体重を預けられた。
「私もお母さんになったら、あんな風になれるかな」
「お前な、自分が何言ってるか──」
「ねえ、アクアくん」
遮られる。止まらざるを得なかった。それほどあかねがこちらを見上げる暗い星の光は鋭く、眩かった。
「なんの関係もないんだよね?絆ちゃんも。ルビーちゃんも。アクアくんも」
「あかね。お前さっきからなんの話をしてる。何が言いたい?」
「………関係ないならいいの。ごめんね」
圧力が消える。アクアの返答は慎重だった。関係ないと否定すれば逆にあかねは疑いを深めただろう。
人間、心当たりのない事を聞かれたら、さらに深く心当たりを探るため、詳細な情報を求めるのが通常の反応。
関係についてなんの説明もしていないのに関係ないと断言してしまうのは心当たりがあると吐露しているのも同義だ。本当に関係ない人間は潔白を証明するために前後の説明を求めることを2人ともよく知っていた。
「アクアくんも欲しい?赤ちゃん」
「……とりあえず今は考えられないよ。オレにもっと地に足がついた社会的地位を得てからだな」
「そっか。私は欲しいな。子供。星野アクアと、私の子」
星野アクアと黒川あかね。ある意味ではフリル以上に禁断の配合だ。確かに興味はそそられる。
「お父さんもお母さんもアクアくんのことすごく気に入ってるんだよ。お父さんは今時珍しいくらいしっかりした子だって。お母さんなんてほんとアクアくんが推しで。私なんかよりよっぽどファンなんだから」
「ありがたいな。オレも嬉しい。あかねの父さんも母さんも素敵な人だった」
「映画の撮影が終わったら、またウチに来てね。今度は私たちの旅行にアクアくんを招待したいから」
黒川家の年末年始に行われる家族での海外旅行。去年はアクア達の旅行にあかねが参加させてもらった。今年はアクアを招待しようと決めていた。
「私たち、ずっと一緒だよね」
「………ああ」
「アクアくんはもうすぐ芸能界から引退して、高校を卒業して、進学するんだよね」
「………ああ」
「アクアくんならどんな大学でも行けるよね。私も進学しようかなぁ。そこでアクアくんと一緒に勉強して、空いた時間にデートして。私も少し芸能界から離れて、一緒に暮らして。普通のキャンパスライフをアクアくんと送るの」
「………ああ」
「アクアくんは将来どんな仕事するつもりなの。芸能界からは離れるんでしょ?」
「………医者になりたいと思ってるよ」
母のような人を助けられる医者になりたい。そんな事を考えるようになったのはいつからだっただろうか。
「わぁっ!素敵。外科医さん?それとも研究者?どっちもすごく似合うだろうな。アクアくんならなれるよ。絶対!」
「………そうかな」
「そうだよ。うわぁ。素敵だなぁ。私もアクアくんに負けないような女の子にならないと!」
「………………」
「お父さんもお母さんもアクアくんのことが好き。勿論私は誰よりも貴方を愛してる」
「あかね…」
「開業する時は私も絶対手伝うからね。お医者さんになったアクアくんと一緒に暮らして。それから……それから──」
その先のことは口にしなかった。したくなかった。アクアに言って欲しい事だった。
全てを察している星の瞳の少年は彼女の肩を優しく抱きしめる。あかねの耳元に唇を寄せた。
「ずっと一緒にいよう。あかね。オレが引退しても。医者になっても。オレがじーさんになっても。あかねがオレを嫌いにならない限り、オレはずっとあかねと一緒にいる」
「うん……うん……」
「皆さん、衣装の準備が整いました。合わせをお願いします」
スタイリストが控え室へと入ってくる。休憩時間は終わった。
「行こう」
「うん」
一度軽く頬を叩くとあかねももうプロの顔に戻っていた。
▼
「おー。昔のB小町」
「そうそうこれこれ!謎の動物ね!」
ロングのウィッグを被り、パンダの髪留めで現れたのは旧B小町に扮した有馬かなとメム。かつてのB小町はメンバーそれぞれにイメージアニマルがあって、衣装にもあしらわれている。ニノはパンダ。──は猫。
そして、アイは───
「アクアさん、入られます!」
部屋に足を一歩踏み入れる。その瞬間、その場にいる全員の時が止まった。
音が鳴るのではないかと思うほど美しく艶やかな黒髪が揺れる。歩く姿は頭のてっぺんからつま先まで貶すところが一つもないほど訓練され、そして完成されたウォーキング。華やかな衣装は纏った者の美しさと共に可愛らしさも演出している。
しかし何よりも特徴的なのは、絶対の自信と才覚を秘めた、眩い星の瞳。
五反田監督は息を呑む。彼のクオリティは知っているつもりだったが、まさかここまでとは思わなかった。
斎藤ミヤコは胸を締め付けられる。まるでかつての星が、そのままの姿で甦ったかのような錯覚に陥ると同時に、強烈な罪悪感が義母の全身を襲いかかった。
有馬かなもMEMちょも声が出せなかった。この映画のオファーを受けるにあたり、アイの映像は何度も見た。だからこそわかる、本物以上の本物を目の当たりにした衝撃で、金縛りが解けなかった。
黒川あかねは唇を噛む。あの姿に近い彼の変装をあかねは知っていた。新生B小町のファーストステージ。実力が足りてなかった彼女達のためにアクアは正体を隠して臨時コーチに就いた事があった。あの時協力を求められたあかねはアクアの変装を直接見た。
けれどアレはあくまで外側だけ取り繕ったメッキだった。アクアとかけ離れた印象を持ってもらうため、そして口調でバレないように、人前では常に敬語だった。
しかし今回は違う。外側だけではない。内面まで完璧に作り込まれている。あかねの才覚をもってしても再現できないと断念した120%以上のオリジナルが、目の前にある。
美しさ。凄まじさ。オーラ。天才性。狂気。執念。残酷さ。全てが理解できるあかねにはそれら全てがアクアへの憐れみになっていた。彼の身を裂くような痛みを思うと、唇を噛まずにはいられなかった。
不知火フリルは息を吐く。彼にメイクという技術を叩き込んだのは彼女だった。アレから2年。芸能界のトップで揉まれ、一流を見続けてきた彼の現在地。それが今のあの姿だ。
───自らの破滅をも厭わない天才の末路、か。
彼の成長と破滅願望の一端に、自分も少なからず関わっていると思うと、申し訳なく感じる。
しかし、それと同時にどうしても湧き上がってしまう興奮と劣情。
「素敵よ、あなた。私の最初で最後のカムパネルラ」
氷で出来た女神のように。ダイヤモンドの粒で作られた楼閣のように。あなたは儚く、美しい。
彼の妻であること。彼の子を産んだこと。彼と共演できること。銀河鉄道の終着駅に立ち会えたこと。この映画が彼の見納めであることに。不知火フリルは感嘆と寂寥の息を吐かずにはいられなかった。
誰もが目を奪われていた。その完璧で究極のアイドルの姿に。これが最初で最後。金輪際現れることのない一番星の生まれ変わりの姿に、誰もが心に波風を立てずにはいられなかった。
あのツクヨミさえ、愛しさと痛ましさで眉を歪めていた。
唯一、金縛りに合っていなかったのは。
感情に苛まれ動けなかったのではない。今の彼に。一番星の生まれ変わりが目の前に現れたことに動じなかったのは───
星野ルビーだけだった。
「綺麗だよ、アイ。衣装似合ってる。髪留めのうさぎもいい感じ」
「ありがと。めいめいもすっごく可愛い。一緒にやれて嬉しいよ」
遺伝子の残酷さに気づかなかったのは、遺伝子を受け継いだ者達だけが、その笑顔と愛で虜になっていなかった。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
まだ何一つ研磨されていない巨大な
筆者すらどうなるかわからなかった拙作の最終回。最近やっと朧げにイメージが出来てきました。刺されてからが地獄の始まりです。人の心がありません。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければモチベーション爆上がりです。時間がかかっても感想には必ず返信します。