【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

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全てを生まれ持つと言われた一番星
光り輝く姿は常に偶像であることを望まれる
見上げられ続けた星は地上の人間を羨むだろう
星がなくした心をあなたたちが持っていることを


112nd take 星のなくしたもの

 

 

 

 

 

 

 

おにいちゃんって、なんで天才なんだろう。

 

アクアの前世がせんせーだとわかった時、私はすごく嬉しかった。

 

ずっと見ていてくれてたんだって。私のことを守ってくれていたんだって。ルビーとしての人生において、アクアにどれだけ助けられてきたか。どれだけアクアに頼ってきたか。自覚していたからこそ感激だった。ますますせんせーのことが好きになった。

 

だけど、しばらくして、ふと疑問に思うようになった。

 

───おにいちゃんって、なんで天才なんだろう

 

兄は天才だ。押しも押されもせぬ大天才だ。それはせんせーガチ恋オタクの私が胸を張って保証する。一般大衆も認めるところだろう。あの不知火フリルに並ぶ才能とこの3年間で幾度となく言われてきたのだから

 

才能も。スペックも。精神性も。ママにそっくり。一番星の生まれ変わり。それが天才・星野アクアだった。

 

だからこそ、疑問が湧き上がる。どうしてせんせーはここまでママに似ているのか。

 

遺伝も当然あるだろう、容姿はもちろん。アクアの優れた運動神経や歌唱力は自身の努力もさることながら、生まれ持った素養が大きい。それはわかる。私だって容姿はママ譲りだし、遺伝だなって思うことは結構ある。

 

でも精神は。性格は。主義は遺伝ではなく、本人の本質が宿るもの。

 

星野アクアが星野アイと酷似しているのはそんな表面的な薄っぺらいものではなかった。魂の本質。完璧主義の完全主義者。他人に弱みを見せることなど決してなく、常に完璧で究極な偶像であり続けた。その立ち振る舞い。魂が、アイそのものだった。

 

けれど、よく考えたら、それは少しおかしい。

 

せんせーはあの頃、特別完璧主義というわけではなかったし、完全主義者でもなかった。努力を隠すことはあったけど、人に弱みを見せまいとすることはなかった。そうであったなら仕事中に私の病室にサボりに来たりしなかっただろうし、私もあんなに沢山おしゃべりもしてくれなかっただろう。

 

性格は遺伝じゃない。中身はせんせーのはずなのに、なんでせんせーはあんなにママにそっくりなんだろう。

 

頭の片隅で常にあった疑問。その謎が今日。アクアの芝居を見て、ようやく解けた。

 

一番星の精神は。性格は。主義は。先天性のものではなかった。後から植え付けられたものだった。

 

貴方を。貴方たちを。完璧で究極の偶像にしてしまったのは、私たちだったのだ、と。

 

 

 

 

 

 

もちろん覚えていた。

 

ハルさんに関係ないと言われた事。ナナさんに利用価値がないと言われた事。

 

どちらも覚えていた。カントル最後の解散ライブの前にその事をハルさんとナナさんに謝られた。その時オレは「そんな事ありましたっけ」と返した。なかった事にした。

 

下手にオレがその事に言及すれば、その時オレはきっとこの二人のイメージするオレではなくなってしまうから。星野アクアらしくないと思われてしまうから。それは当時のオレにとって何よりも避けたい事だった。知らないフリをするしかなかった。覚えてないと振る舞うしかなかった。実際本当に気にしていなかった。あの言葉に対してオレは怒りも悲しみもなかったから、別に構わないと言えば構わなかった。

 

ただ一つ、感情があったとすれば。あの時、オレは初めてハルさんとナナさんのことが───

 

 

 

 

 

 

 

カントルにメジャーデビューの話が来て。新曲を作ろうって話になって。オレの詩はスケジュール通り完成したけど、曲がなかなか決まらなかった。

 

「全然ダメ!話にならない!もっとメジャーデビューの一発目なんだよ!もっと商業のこと考えて曲作ってよ!ナナ最近売れてる音楽とかちゃんと聞いてる!?」

「安易に大衆ウケ狙ったって劣化コピーにしかならないわよ!カントルの音を評価してもらったからメジャーの話が来たんでしょ!ならいつも通りでやらなきゃ意味ない!」

 

今までも曲作りで揉めることはあったけど、今回の喧嘩は今までとだいぶタイプが違った。今ある曲をより良くするための切磋琢磨的喧嘩が、完全にジャンルの方向性の違いで諍いになっている。カントルで活動していた2年間で初めてのことだった。

 

「やりたいことやった上で商業で売れたいってハルさん言ってたじゃないですか。ナナさんだって軌道修正も納得できるものならやってた。今まで通り妥協点を探り出すためにみんなで音を作りましょうよ」

 

カントルが好きだったから。何よりハルさんとナナさんが好きだったから言った言葉だった。心からの提案だった。

 

けれど、あの時の2人にとって、オレはもう異物だったのかもしれない。

 

「そんな夢発言でやっていける世界なわけないじゃない!これからの戦場はメジャーなんだよ!これだから中学生は!アッくんといえど頭お花畑だね!良いよねアッくんは!関係ないから!」

「アクア君はいいよ。もう辞めるんだもん。他人事だよね。もう興味ないでしょ?利用価値のなくなった私たちになんて」

 

これを言われた時は、正直キツかった。

 

何も言い返せなかったから。

 

ハルさんとナナさんと組んだ理由に彼女達の才能を利用するためが、なかったといえば嘘になる。2人の才能を誰よりも認めていたから、人付き合いが長く続いた試しがないこのオレが、2年も3人で活動できたのだ。

 

だからオレはこの言葉に対して──

 

「そんなことないんですけどね」

 

嘘は言わず、かと言って真実は語らず、笑って感情に蓋をする。それしかできなかった。

 

あの後、結局オレの居場所がなくて。2人もオレといるのが気まずくなって。スタジオの控え室に1人、オレだけ置いて出ていった。

 

取り残された部屋で、オレはようやく本音を呟くことができた。

 

「羨ましい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天性の才能に恵まれ、凡人の努力をあっというまに追い越してしまう姿を見た時、人の反応は大きく分けて2種類。

 

その強い光に惹きつけられてしまうか。その強すぎる光を厭うか。

 

旧B小町メンバー、ニノこと新野冬子は後者だった。

 

同じメンバーで。対等のはずで。友達にすらなりたかった人だったのに。

 

この子は特別。

 

自分とは違う。

 

本当に欲しい、自分にはないものを全て持っている。

 

羨ましくないはずがない。妬みや嫉妬なんてないはずがない。

 

けれど、それでも、強烈に憧れてしまったから。

 

苦しくて、悲しくて、悔しくて、辛くて。

 

「嫌い!大嫌い!」

 

吐き出してしまいたかった。

 

「アンタなんて死んじゃえばいいのに!!」

 

───よーく分かるわよ、ニノ

 

ニノに扮する有馬かなが、心からの同意と共にぶつけた心無い言葉。人によっては暴力を誘発しかねない暴言。

 

にも関わらず、ぶつけられた本人はただ穏やかに、慈愛に溢れ、そしてこれ以上なく美しく微笑むのみだった。

 

いっそ殴ってあげた方がニノにとって救いだったのかもしれない。その方がお互い対等に感じられただろう。ニノの劣等感も少しは解消されたはずだ。

 

───この笑みはキツイわよね

 

癇癪を起こした子供を見つめる母親のような顔。貴女と私は違うと、無言で突きつけられる顔。自分には一生できない。生涯かけても到達できないとわからされる、絶対零度の、氷結の笑顔。

 

───流石

 

わかっていたつもりだった。アクアの凄さは。黒川あかねに匹敵する洞察力。役の内面に潜り込む憑依力。不知火フリルに鍛え上げられた表現力。まして今回はカメラ演技。本来の星野アクアの得意とする舞台。その凄まじさは隣で見ていた自分が誰よりも良く知っている。

 

私が初めてこいつに出会ったのは15年前。あの時から才能の片鱗は見せていた。だが荒削りどころではない。まるで研磨されてない、巨大なダイヤの原石だった。それでも僅かに垣間見える光の美しさに私は完敗し、惚れ込み、追いかけ続けた。

 

あれから15年。掘り出されたばかりの原石はあらゆる匠の手で磨きあげられ、完璧なダイヤモンドとなって、私の目の前に現れた。

 

───これが、最初で最後。

 

今のアクアと共演できるのは。夜空に眩く輝く一番星と共演できるのは、これが最初で最後だろう。

 

 

トスン

 

 

静かな部屋に響く。何かに座り込むような音。実際に座り込んでいた。ニノが出ていき、1人になった控室で、肩の力が抜けたアイが、椅子に腰掛け直したのだ。

 

───アドリブ……

 

台本にはない所作だった。と言ってももうこの光景、実は珍しくない。撮影が始まり、スケジュールが進むにつれて、アクアのアドリブの頻度はどんどん上がっていた。

 

最初は止めようとした人もいた。しかしその度に五反田監督が止めた。

そして今は誰1人彼の独断行動を止めようとする人はいない。

 

この天才が、120%以上の精度でアイを憑依させている事を、もう誰もが知っていた。

 

───この瞬間を。この幸運を、少しでも刻み込もう。

 

アクアのアドリブが始まった瞬間、有馬かなは演者から観客へと変貌する。それは有馬だけではなく、五反田監督も、不知火フリルも、黒川あかねさえも同じだった。

 

「羨ましいなぁ」

 

アイの独白が、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

羨ましい。

 

母親が軽犯罪に手を染めて。施設に預けられることになって。そこでの生活にも嫌気が差して、東京に出てきた。

 

特に不安はなかった。だってワタシは可愛いし。生きていくくらいどうにでもなると思った。

 

実際どうにでもなった。街を歩いているだけでスカウトされて。アイドル事務所で生活できることになって。身元保証人とかは結構めんどくさかったけど、その辺りの苦労は事務所の人がやってくれたし。そこからは単純にアイドルを頑張れば良いだけだった。

 

グループの中で、ワタシはすぐに一番人気になった。

 

勿論努力はした。ワタシの人生で初めてした事だと思う。可愛く見られるように頑張るなんて今まで考えたこともなかった事をした。だって何もしなくてもワタシは可愛いし。

 

けど、多分ここまで言えるほどはしなかったと思う。

 

「私だって頑張ってるよ!誰よりもレッスンして真面目にやってるよ!」

 

その通りだった。ニノは誰よりも早くスタジオに来て、誰よりも長くレッスンをやっていた。

 

ワタシは多分誰よりも帰るの早かったと思う。

 

だって出来るから。

 

新しいダンスも、歌も、出来るから。ステージの上に立てばワタシが真ん中で踊ってた。チェキの列もワタシが一番長かった。

 

誰よりも頑張らなくても、順位に執着しなくても。ワタシがずっと一番だった。

 

あそこまで言い切れるようになるためには、一体どれだけ努力しなきゃいけないんだろう。あそこまで一番に嫉妬するためには、どれだけ執着しなければいけないんだろう。

 

ワタシにはわからない。オレにはわからない。そんなに一つのことに執着したことがない。そんなに一つのことに打ち込んだことがない。別に一番でもそうでなくてもどうでも良い。オレのパフォーマンスが完璧であるなら、他のことはどうでも良い。結果も評価も所詮その後に勝手についてくるものに過ぎなかった。

 

だから、ワタシはニノのことが───

 

「羨ましいなぁ」

 

そんなに一つのことに執着できる貴女がワタシは羨ましい。友達とそんなに熱く喧嘩できるハルさんとナナさんがオレは羨ましい。他人に死ねなんて暴言吐ける事が羨ましい。

 

ワタシにはそんな事言えない。そんなこと言えるだけの執着も努力も自信もない。そんな強い感情を他人に抱けない。

 

2年間も苦楽を共にしてきたメンバーに、関係ないとか、利用価値がないとか、そんな事オレは言えない。だってオレはメンバーが……ハルさんとナナさんが好きだったから。

 

だからワタシ(オレ)凡人(あなたたち)が羨ましい。

 

「いちいち力いっぱい頑張れちゃって」

 

アクアのアドリブが終わってもカメラが止まることはなく、カットの声はしばらく掛からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………凄いですね」

 

監督の補助をする青年が映像を見て思わずつぶやく。星野アクアが演じるアイは完璧だ。最強で無敵というイメージを決して崩さず、それでいて人間味が溢れるように演じ続けてきた。今のアドリブだってそう。決して大衆のイメージを損なうものではない。それぞれが持つアイの虚像。自分の中にいるイメージのアイ。彼女なら言うかもしれない。言いかねない。そんな説得力がアクアの芝居には常にあった。

 

その中でも。今の演技は秀逸だった。

 

星野アイは、どこにでもいる少女だった。

 

愛が与えられず、愛を知らず、人を信じられず、人を理解できず。

 

友人とのすれ違いで毒を吐くような、そんな普通の少女だった。

 

だから彼女は嘘をついた。弱い自分を大きな嘘で丸ごと覆い隠し、弱みを見せず、ネガティブな印象を一切見せず、いつも笑顔で、綺麗で清楚で純粋で。どんな人間も深く愛し、裏切らない。

 

そんな偶像になった。そんな偶像にさせられた。

 

親も、周りの大人も、友達も、仲間でさえも。顔と頭脳と腕だけを求めて、オレたちに心がある事を忘れていた。心があるなんて誰もが忘れていた。なくしていた。

 

星野アイという個人をなくしたから、この偶像は出来上がってしまったのだと、アクアは語った。だった15秒程度のアドリブで。実体験という強烈な説得力を伴って。

 

アイの天才性も。最強で無敵というキャラクターも。今後の物語の展開も。全て完璧に繋いだ上で訴えかけた。

 

尺換算にして15秒に満たないアドリブで、アイの人物像に一層の深みを与えたのだ。

 

『アイ』の羨望と怒り。失望と諦めが絶妙のブレンドで混ざり、アイが胸に秘めていた孤独を表現してみせた。

 

───アクア、お前は凄いよ

 

お前ならできるのかもしれない。いや、きっとお前にしかできない。アイを演じるのは、同じ才能に恵まれ、同じ経験をしてきたお前にしかできない。それはきっと誰もが認めるだろう。俺のリベンジを果たせるのは。本物のアイを撮らせてもらえるのは、お前を置いて他にはいない。

 

───だからこそ、わかってんのか?

 

この後お前はカミキヒカルを演じなければいけないことに。その間、お前はアイを演じられないことに。

 

カメラの袖で、台本を読み込むルビーの顔が青ざめていることに気づいたのは、斎藤ミヤコと五反田監督だけだった。

 

 

 

 

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
アクアのアドリブ。その一端でした。いかがだったでしょうか。原作ではルビーがアイの人間らしさを表現しましたが、拙作ではアクアが人間らしさと心をなくした天才故の傲慢を両立させてきました。筆者も本当に昨日までアクアがこんなこと言い出すなんて知らなかったのでびっくりです。アドリブやって、と頼んだらこんな事に。次回でアクアが演じるアイはほとんどクランクアップです。次々回からはカミキメインとなります。どんなことをやらかすか、筆者すらわかってません。一緒に観劇しましょう!




以下、本誌ネタバレ




…………我ながら拙作のアクアは良い動きしてくれるなぁと思います。事件後、ゆらさんを口説きに行った時、アクアは自分と父親は同類だと言いました。アレはゆらさんの同情を引くための自虐こみだったのですが、本心ももちろんありました。直接的に手を染めようとしないところも父親そっくり。筆者のイメージも捨てたものじゃないと自画自賛したくなります。
自分の手を汚そうとするのが本誌のアクアと拙作のアクア、そして父親との最大の違いですね。アクア、やっちゃいけないよ。誰よりルビーのために。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければモチベーション爆上がりです。時間がかかっても感想には必ず返信します。


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