【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

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星をなくした子は半身は天使で半身は悪魔
天使にも悪魔にもなりきれず一番星に生まれ変わる
一等星に辿り着くまでの15年
その嘘の対価はきっと


113rd take 半神半魔の成れの果て

 

 

 

 

綺麗な子

 

幼くて、美しくて、可愛くて

 

才能に溢れている。

 

まるで特別な宝石みたいに。

 

誰もが手にしたくなる。

 

ルッキズムの源だった。

 

ルッキズムの魔力は人を怪物に生まれ変わらせる。

 

レンも。ハルも。ナナも。例外ではなかった。

 

 

 

 

 

 

「…………大丈夫?」

 

マンションの自宅。台本を読み込んでいると背中から声が掛かる。寄り添うように肩を支えてくれたのは泣きぼくろの美少女。

 

不知火フリル。同じマンションの違う階に居を構える星野アクアの内縁の妻。

 

絆は今事務所で人に慣れる特訓中。夫婦2人きりの時間は少し珍しかった。

 

「大丈夫ってなにが」

「私の前で強がらないで。私があなたの心配をせずにいられないことぐらいわかってるでしょ?母親を演じてた時もキツそうだったけど、多分これからはもっと……」

「アイを演じるよりは9000倍楽だよ。マジで」

 

強がりでなく、これは本音だった。カミキヒカルに関してはトレースを始めて日は浅い。アイと比べればほぼ皆無と言ってもいい。勿論調査はしたし、どういう人間か、ある程度把握している。けれど今のところ他人事というか、そこまで深く憑依りこむような要素はなかった。

 

───残念ながら似ていると思うところはある。趣味趣向。性癖なんかはかなり近い。

 

才能がある人間が好きで、その光を自分のものにしたくなる。そういう共通点は確かに存在する。けれどそんなの、血縁がなくても共通する事は普通にあるし、オレの趣味趣向、性癖もそこまで一般の常識から逸脱したようなものでもない。共通点があったとしてもとても表面的だ。そういう事もあるよねレベル。

 

───カミキヒカルと、オレは違う

 

恵まれた容姿を武器に、人に接し、心に入り込み、言葉で操る。自分の手はできるだけ汚さず、汚したとしても二重三重に安全策を取る。人を操る言葉も、嘘だけではない。嘘は言わない。事実を語る。聞いていると彼が本当に正しく聞こえる。実際正しい部分もあるだろう。

 

そこが厄介だ。

 

有馬かなはよく知っているだろう。この芸能界、基本的に愚か者は生き残れない。他者の言葉に耳を傾けられる人間だけが生き残れる。彼の毒牙に掛かる人間に愚か者は基本いない。だからこそ誘導されてしまう。

 

たとえ賢者であっても、この芸能界で心に傷を負っていない人間など存在しないから。

 

心が弱っている人間ほど、扱いやすい。美しい者。耳障りのいい言葉を話す者。都合のいい真実を見せてくれる者に支配され、操られる。

 

同じ手口で人を操った事が無いかと言われれば嘘になる。オレも嘘はつかず、かといって真実も言わず、都合の良い事実だけを口にして、人を誘導することをしてきた。時に鼓舞のため。時に利益のため。

 

正しさに絶対などない。立ち位置や見方によって変わる。そんな気持ちの揺れに付け入ったことは確かにある。

 

けれど危険を冒す時、オレは真っ先に身体を張った。皆が迷ったり躊躇している時、先陣を切り、その後もずっと先頭に立ち、実際にやってみせ、出来るということをアピールした。『今日あま』の時も。『今ガチ』の時も。まずは自分がやってみせる事で人を引っ張ってきた。

 

───オレとは、違う

 

オレも彼と似たような罪は犯してきた。けど犯した罪による罰から逃げたことは一度もないつもりだ。罪の甘さも罰の痛みも、全て受けてきた。罪に対する贖罪をしてきた。償えているかはわからないが、罰から逃げはしなかった。

 

安全圏で他人を操り、罪を犯しても高みの見物を決め込み、罰の刃から逃げ続けてきたあの男とオレは違う。自分の欲しか考えていない彼とオレは違う。自分が一番大事なあの人とオレは違う。オレはオレのことがそこまで大事じゃない。オレにはオレより大事な人たちがいる。愛している(うそをつける)人たちがいる。その人たちのためなら、オレのことなどどうでもいい。

 

───だからってこの人を破滅させるためにオレ自身も破滅していいとは思わないけど

 

だからあんなに回りくどい手を打った。あの人を逮捕する時も殺人既遂ではなく、未遂で逮捕した。この人のためにオレが死んでやる気にはなれない。ルビーとミヤコ。フリルとあかね。マリアと絆。オレが大切な人たちを守るためなら命ぐらい張るが、カミキヒカルを心中相手にはとても選べなかった。好みじゃなさすぎる。

 

アイとは比べ物にならない。大切な人たちを守るために、アイとなら死んでも構わない。本気でそう思ったことがあるからこそ、カミキヒカルを相手に自分を犠牲にする気にはならなかった。

 

あの背中から抱きしめられ、纏わりつき、身体の中に入り込み、オレの体を操られているかのようなあの感覚に比べれば。カミキヒカルはオレからかなり遠い位置にいる。

 

だからオレはカミキヒカルを演じる事に、何の抵抗も不快感もない。記憶にない他者を演じる。いつもやってる事だ。

 

「オレは、アイツとは──」

「違うよ。あなたとカミキヒカルは、全然違う」

 

静かな、そして穏やかな声だった。なのによく通る。力尽くで遮られたわけでもないのに、沈黙せざるを得なかった。その声を聞いたからこそわかった。オレの声が震えていたこと。張り詰めていたこと。強張っていたこと。まるで自分に言い聞かせるような口調だった事に。ようやく気がついた。

 

「違う……のかな。本当に」

「違うよ。絶対」

 

寄り添う手は少し柔らかくなる。けれどどこか憐れむような目でオレを見つめ、内縁の妻は夫に軽く唇をつけた。

 

 

「あなたはいつだって、優しさで人の心を動かしてきた人だから」

 

 

───優しさなんかじゃ、ない

 

 

声に出そうとして、できなかった。今声を出したら。何か動作をしたら、ギリギリに堰き止めた感情の波が乱れると自覚していたから。

 

「あなたは普段頭の中で計画を立て、許せるミスと許せないミスを区分けして、周知徹底した後に、計画を実行する。けれどいざという時。誰かが傷つきそうになる時は頭より先に身体が動く。それは他者を思い遣る優しさがなければできないこと」

 

自棄を含んでいる事も否定はしない。あなたは自分はどうなってもいいと思ってる……いや、思ってた、か。私がいて、認めるのはちょっと癪だけど有馬さんやルビー、そしてあかね。他にも貴方を大切に思ってる人がいっぱいいるのをもう貴方は知っている。その人たちを残して勝手に自棄になったりしないだろう。無茶をすることはあっても、命は落とさないようにするはず。

 

それでも。貴方は自分自身の優先順位は低い。これは変わっていない。

 

カミキヒカルは自分が一番大切で、一番自分を愛してる。あなたは自分以外の大切な人たちを愛している。

 

だからあのPVで、刺された女の子に、私を夢中にさせるほどの激情を抱いた。だから今日あまで有馬かなが本気で演れるように手を打った。だから今ガチであかねの爪からゆきを守った。その後あかねを炎上から救った。東京ブレイドで鳴嶋メルトにカードの切り方を教えた。

 

私に、絆を産むことを許してくれた。

 

絆を産む時、私に手を握りつぶされる事を覚悟した上で、ずっと手を握ってくれた。

 

どれも一歩間違えればアクア自身が破滅していた。危険と隣り合わせの綱渡りだった。本当の危機において、アクアが安全圏に身を置いたまま傍観していたことなんて、一度もなかった。

 

その優しさがあるから。その愛があるから。誰も彼もがあなたの虜になる。あなたは大切な人には嘘をつくけど、行動は嘘をつけない。積み重ねてきた行動の結果こそが、あなたの愛の証であることを私たちは………いいえ、私は知っている。

 

だから、何度でも言う。何度でも言える。

 

あなたはカミキヒカルとは違う、と。

 

「私以外があなたを何と評しようとそんなモノに価値ないよ。あなた自身を含めてね。あなたの優しさに触れたことのない人に、本当のあなたを知ることなんてできないから」

 

顔も名前も知らない大衆はもちろん。星野アクアすら星野アクアを評価するには値しない。それが許されるのは、彼の愛に守られたことのある人間だけだ。

 

「今日は一緒に寝ない?」

「絆を迎えに行ってからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダメ、やり直し」

 

カメラの前に立つ前に、アクアはルビーに稽古をつける事にしていた。基礎も知らないど素人のままカメラの前に立たせるわけにはいかない。まして監督はあの五反田だ。本物しか撮りたがらないあの人に今のルビーでやらせては撮影が終わらなくなる。

 

故に事前の稽古をつける事になり、ルビーもそれを了承したのだが───

 

「私まだセリフ一言すら喋ってないのに!」

「セリフ一言すら喋る前から撮影は始まってんだよ」

 

いきなりNG出した兄に不平不満をぶつける。勿論想定内であり、説明の用意もしていた。

 

「たとえセリフを一言も喋ってなくても、カメラは、観客は主人公に常に視線を向けている。扉に手を掛けた瞬間から、お前はアイでなくてはならない」

 

15年の月日をかけて。何より不知火フリルから学んだスタンス。自分が常に見られる存在であることを自覚する。日常の中でさえ気を張り、背筋を伸ばし、姿勢を正す。頭のてっぺんからつま先まで、貶すところ一つなく、意識する。歩く姿も、ただ立っている姿さえも美しくあるように。

 

ただ、オレが15年かけて掴んだマインドを。あの不知火フリルの荒稽古の末に身につけたスタンスを実行させるのは、あまりに酷だから。

 

「カチンコの音が鳴ってからスイッチを入れてたんじゃ遅い。カメラが動き出す前から役を作れ。自分が今は星野アイであることを、スタジオに一歩立ち入った瞬間から意識しろ」

「厳しい……」

「厳しくない。フリルに比べればお子様ランチもいいとこだよ」

「ぶーっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

撮影も進み、中盤。いよいよカミキヒカルの出番がやってくる。ここからはアクアはカミキを演じる事が主となり、2人が同時に映る時、アイを演じるのはルビーになる。

 

できるだけアクアが二役を務める予定にはなっているが、同時に映る時はルビーが必要になってくる。そのための工夫が今日のスタジオでは行われていた。

 

「段差?」

「カミキヒカルの、中学時代だからな。この時はアイの方が背が高いんだよ。足元を映さないようにして、段差で身長差を出す」

「ふーん」

 

今日はまだアイの出番は先のため、ルビーも特にメイクをせず、スタジオの見学をしている。できるだけ無表情を心がけてはいるが、心中は複雑だった。

 

───私達の父親……ママを殺した張本人

 

演じるのはアクアだ。わかってる。けれど胸がざわつくのを抑えられない。この人を目の前にして、私は感情を抑えられるだろうか。

 

───いけない

 

軽く頬を叩く。カメラが動く前から撮影はすでに始まっている。ここ数ヶ月でアクアから嫌というほど叩き込まれた役者の基礎。アイにとって、今から出会うカミキヒカルは仇でもなければ兄でもない。ただの中学男子。フラットな気持ちでいなければいけない。今からそのマインドを組み立てておかなければ、間に合わない。目を閉じて、心のざわめきを抑える事に集中する。持ってきていた小道具を開いた。

 

「おはようございます」

 

少し遅れてアクアがスタジオ入りする。もう撮影準備は始まっていて、あとはキャスト陣の衣装とメイクを待つのみの状態。

 

そんな中、キャスト達が塊になっている光景が酷く目についた。時折きゃあきゃあ言ってる。

 

「なんか見てるのか」

 

上から覗き込む。すると一気に背筋が寒くなった。

 

冊子の中には中学時代のアクアで埋め尽くされていた。

 

「ちうがくせいのおにいちゃんかわよー!!」

「あーくん、このころはまだ天使の面影残してるじゃない」

「成長期遅かったタイプだったんだね。学ランの袖とか余っててかわいい」

「あざとい。自分が可愛いのわかっててその上で更に庇護欲掻き立てるように振る舞ってるのが写真からですらわかる。あざとい」

「何見とるんだお前らは」

 

ルビーから冊子を取り上げる。が、失敗。オレの片手に対して阻んだのは4人の両手。流石に力で取り上げるのは不可能だった。

 

「アルバムか?」

 

ルビーと共に現場入りしていたミヤコに問いかける。無言で一度頷いた。

 

「ウチにそんなのあったとは知らなかったな」

「別に隠してなかったけど、見せてもいなかったわね。あなた過去に基本拘らないから」

「なんで持ってきた?」

「ちうがくせいのおにいちゃんに慣れておくため」

「3年前にとっくに慣れてるはずだろうが」

「あの時と今とじゃ全然違うし!」

「この頃のあーくんは、まだ天使の面影残してるしね」

「綺麗なアクアくん」

「この子バンド辞めたあたりから一気に変わってったから」

「バッドエンドだね」

「誰がバッドエンドだ」

 

その言葉を否定できる人間は誰1人いない。天使の面影を残しているのはせいぜい中学2年時辺りまで。そこからは急速に垢抜けていき、たった一年で今の星野アクアへと変貌していく過程がまざまざと残されていた。

 

「この頃の綺麗なアクアくんに会いたい!触りたい!抱きしめたい!あわよくば……付き合いたい!」

「悪かったな。今はバッドエンドの成れの果てで」

「私はめっちゃ触ったよ」

「ルビー。変な張り合いかたするな」

「私なんてその頃のアッくんと──」

「わ、私だって──」

「ジュニアを初めて喰べたのは──」

「ハルさん、ナナさん、レン先輩。今日はマジ帰ってください」

 

余計なことを言おうとする見学者3名をスタジオ外へと押し出す。3人の肩を背中から抱きしめ、そのまま引きずった。

 

「…………大きくなったね、ジュニア」

 

外に出る直前。扉の前で。肩を掴む手に優しく触れ、レンが頬を寄せた。

 

「ちょっと前まで私の腕の中に収まってた男の子が。今や私達3人を抱きしめられるくらいに、大きくなった」

「───おかげ様で」

「私ね。実はジュニアに会いに来るの。怖かった。この脚本を読んでから」

 

レン先輩が何のことを言っているのか。オレにはわかる。多分ハルさんとナナさんもわかってるだろう。明言したわけではないが、この3人とオレが肉体関係にあったことはみんな知っている。

 

中1の頃、レン先輩に喰われた。レン先輩は当時高校生だった。でも小学生を卒業したばかりのオレには、レン先輩はすごく大人に見えた。

 

───高校生のレン先輩すらそう見えたんだ。カミキヒカルにとって、姫川愛莉はもっと……

 

大人の女に襲われた。組み伏せられ、抱きしめられ、撫で回され、貪られた。抵抗なんてできなかった。する気も起きなかった。

 

合意が全くなかったわけではない。先に頼み事をしたのはオレだった。その対価を何にするかはレン先輩に任せた。オレに何か文句を言う資格はないし、実際何も言わなかった。

 

カミキヒカルはどうだったのかはわからない。けれど、彼もまた自身を代償にすることで金を得て、生活費を得て、生きていた。生かされていた。生きる対価に身体を使った人間だった。

 

その事をオレは脚本に使った。経験のある事だから、かなりリアルに描けたと自負している。だからこそレンの心に深く、今回のシーンは刺さった。

 

「ジュニアは、私のこと───」

「恨んでません」

 

振り返る。目が合う。かつて見上げていた大人の女性は、今や見下ろすことができる。その華奢な肩をオレの腕の中に収めることができる。

 

安心させるように微笑み、小さな肩を抱きしめた。

 

「本心です」

「でも、私は……あの頃のジュニアに……天使だった貴方を歪めた一因は、きっと」

「遅かれ早かれ知った事です。芸能界ですから。ああいうのは溢れかえってます。耳にする日は絶対に来た。体験する日も。オレに教えてくれたのがレン先輩で良かったと心から思ってます。貴方はちゃんと約束を守ってくれたから。貴方は貴方なりにオレのことを愛してくれたから」

 

襲われたのは事実だ。対価の形がこんなつもりじゃなかった事も。けどレンは嘘をつかなかった。ドラムもギターもベースも教えてくれた。ダンスだってレッスンしてくれた。あの対価があったから、オレは今日までやってこれた。この映画でアイを演じることができた。

 

女の抱きかたも、扱い方も貴方に教えてもらった。女の身体が楽器に似ていると気づかせてくれたのも貴方のおかげだった。

 

「レン先輩。貴方はオレに真摯だった。愛玩動物なんて言ってたけど、ちゃんと対等の人間として扱ってくれた。姫川愛莉さんとは違います。貴方は正真正銘、誠実な人です」

「──ジュニア、ごめんね。ごめんなさい」

「ありがとうレン先輩。貴方に教えてもらった技術のおかげで、オレはここまで来れました。先輩のダンスが、いつか日本中を席巻することを祈ってます」

 

一度強く抱きしめる。溢れていた雫を指で掬い取った。

 

「ハルさん」

 

抱きしめる。小さい肩だ。ダンサーのレン先輩よりもずっと。

 

「人との接しかた。コミュニケーション能力。貴方から学びました。喜怒哀楽の表現の仕方も。たくさんの人に愛され、たくさんの人を愛する。それは一方通行では決してできない。貴方は貴方が思っている以上に、愛に誠実な人です」

「アッくん……」

「貴方に部外者扱いされた時は、ちょっと傷つきましたけど」

「───やっぱり、忘れてなんかなかったか」

「でも、同時に嬉しかった。人に嫌われるようなことを決して言わない貴方が、遠慮なく言葉をぶつけてくれた。ハルさんがそんなことをする相手は、オレが知る限りナナさんしかいなかったから」

 

出会ってから貴方はずっと優しかった。レン先輩から紹介された後輩で。実際に妹もいた貴方は歳下の扱いに慣れていた。オレにも妹がいるけど、姉はいなかった。姉さんがいるって、こんな感じなのかなって思えた。

 

成長期を迎えて、中1から中2になった時、背も一気に伸びた。その辺りから、ハルさんのオレを見る目が少しずつ変わっていった。歳下の男の子から、対等のバンドメンバーへと。だからこそセックスもしたし、喧嘩もするようになった。

 

「カントルでいた2年間。本当に楽しかった。オレが心から笑えた最後の時間を作ってもらった。ハルさんのおかげです。心から感謝してます。ありがとう」

「───こちらこそ……ごめんなさい」

 

最後の1人に向き合おうとする。が、目を逸らされた。こういう反応をする女も初めてではない。良くいた。オレの言葉を拒絶しようとする者。けれどそれは決して悪意からでもなく、敵意からでもない。オレの言葉を聞けば揺らいでしまうから。オレに好意を持っているからこそ耳を塞ごうとした。

 

そういう女はオレが軽く頬に手を添えるだけで、抵抗しなくなる。

 

───なるほど、バッドエンドの成れの果てだ

 

ギュッと抱きしめ、耳元に唇を寄せた。

 

「ナナさん。貴方には一番面倒を見てもらったと思ってます。相談した事も一度や二度じゃなかったし、慰めてもらった事だって何度もあった。ナナさんがいたから、救われた」

「…………やめてよアクア君。私が貴方に優しくしてたのは、打算もあったし。ハルやレンが貴方にそういう事してても見て見ぬふりしてきた。注意すらしなかった。貴方が頼る先を、私以外作らなかった。貴方にとって都合の良い女であり続けるために」

「オレはそれが嬉しかった。自分で言うのもなんですけど、オレは人に弱みを見せない生き方をしてきました。妹にも、母親にさえ見せなかった。でもナナさんには見せた。見せることができた。カントルの2年間だけじゃない。再会してからも。ナナさんがオレを抱きしめてくれたから、オレは今日までオレであれた。だからこそ利用価値がないとか、関係ないって言われた時はキツかったですが」

「…………私、なんてことを」

 

抱きしめる手に力が籠る。艶っぽい吐息が耳を撫でた。

 

「ありがとうございました。貴方がいてくれたから、今のオレがいる。バッドエンドの成れの果てで恐縮ですが」

「…………素敵だよ。魅力的な男性になった。私が保証する」

 

最後に軽く唇を合わせる。レン先輩とハルさんとも。

 

───多分、最後のキスだ

 

この3人とこうして触れ合うのは、今日で最後だろうと、なんとなくわかる。こういうことは時々ある。直感的に別れを感じる時がある。楽器だったり、人だったり、その時によって様々だが、慣れ親しんだモノや好意を持っていた人が相手の場合が多い。今日からこの人たちとは違う道を歩く。出会うことはあっても、交わることは決してない。そういう岐路を感じるときがあった。

 

「───さよなら、はるか。さよなら、ななみ。さよなら、レン…………愛してる」

 

この人たちのためなら、(うそ)が言えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「んーーー!」

 

スタジオを出て、しばらく歩いてからハルが急に唸り声を上げる。レンも私も、思わず足を止めた。

 

「なによ、ハル」

「もうアッくんもいないし、正直に答えてね」

「…………内容次第ね」

「アッくんのこと、好きだった人、挙手!もちろんラブの方で!」

 

ハルが真っ先に手を挙げる。続いてレンも。この2人の前で認めるのは嫌だったけど、抵抗する意味もない。私もゆっくり手を挙げた。

 

「レンに紹介されて。アッくんに初めて会った時は衝撃だったな。こんな可愛い男の子、いるんだって。天使みたいだって、本気で思った」

「暖かく柔らかい手。未発達な少年の身体。発展途上。羽化の途中。だからこその美しさにどうしようもなく惹かれた。ピアノもドラムもダンスもめちゃくちゃ飲み込み早かった。教えれば教えるほど上手くなった。出来の悪い子よりやっぱり出来の良い教え子の方が可愛かった」

「ハルでもレンでもなく、私に相談に来てくれた時は嬉しかったな。曲作りでディスカッションするのも楽しかった。私が作曲。アクア君が作詞。誰かと一緒にものづくりをしたのは初めてだった。彼の瑞々しい感性に触れるたびに心がときめいた」

 

彼と出会い、接するうちに3人とも惹かれていった。容姿で好印象を得て。一緒にいても楽しくて。話をしても面白かった。美貌だけじゃない。一個人としてとても魅力的だった。

 

「あの頃、たくさんの男の人と付き合ったけど。やっぱりアッくんを超えるヤツはいなかったなぁ」

「確かに貴方の男遊びが急に激しくなったのって、ジュニアと出会ってからだったわね。それまでは結構真面目に音楽やってたもの」

 

そう、ハルは今でも付き合う男を取っ替え引っ替え変える女ではあるが、複数と同時に付き合うほどではなかった。ロックの世界に来るまでは真面目に声楽に取り組んでおり、成績も残していた。男との付き合いは息抜き程度でしかなかった。

 

あそこまで色狂いだったのは。何かを振り払うように男と付き合っていたのは、一番星に狂わされていたからだった。

 

「初めて言われたね。さよならって」

「…………そうね。私も初めてだわ。ジュニアのコーチが終わった時も。セフレの関係終わらせた時も。ジュニアはさよならは言わなかった。なのに今日。初めて言われた。あの時に比べたら明確な別離の時ってわけでもないのに」

 

言われてみればその通りだった。アクア君にさよならなんて明確な別れの言葉を言われたのは初めてだった。カントルを辞めた時も。解散ライブの時にも言われなかったのに。明確に別れの言葉を言われたのは、ななみにとっても、今日が初めてだった。

 

「私たち、やっとフラれたんだ」

 

薄々わかっていたこと。けれど明確に言葉にされて、ちょっと泣きそうになる。そして泣きそうになったことに驚いた。アクア君と最後に関係を持ったのももう2年前。彼が高一の時だ。それからはたまに連絡を取ることはあっても、キスもセックスもしてこなかった。彼がどんどん芸能界の頂点に駆け上がっていくのを見て、追いかけ続けて、やっぱり私たちとは違うんだって思って。とっくにそんな関係になることは諦めていたはずなのに。

 

───まだこんなに好きだったんだ…

 

そのことに気づいて。改めて気付かされて。ちょっと泣きそうになった。

 

「今日は3人で飲みに行くか!」

「いいね!アッくんの悪口大会でもやろう!二次会はカラオケね!」

 

3人で肩を組む。こんな瞬間、もう二度とないと思っていた。袂を分かったあの時が最後だと思っていた。

 

私たち3人をバラバラにしたのも、再び結びつけたのもアクア君だった。

 

「フラれ女の未来に乾杯!」

 

まだ日も高い中、女3人で泣き笑いしながら、酔っ払いのように街を歩く。久々に心の底から笑って、心の底から泣けた気がした。

 

 

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
今回はカミキとアクアの精神的訣別回。そしてハルさんナナさんレン先輩との訣別回でした。いかがだったでしょうか。アクアはまだ無意識にカミキヒカルの呪縛に苛まれていたんですね。愛の力でようやく吹っ切れる。そしてなあなあだったハルさん達との関係も今回で精算。3人はようやく次の恋に進めそうですね。



以下、本誌ネタバレ




…本誌のアクアはアレか。潔さに美学覚えちゃうタイプか。大切だからこそ生きて守ってあげなきゃダメじゃん。第二第三のカミキが現れないとは限らないんだから。残された人の悲しみも考えなくちゃダメじゃん。でも、もう人殺しは確定なのかな。だったら戻れないかもなぁ。拙作でもカミキとの物理的訣別会はやる予定ですが、悲しむ人が1人でも少なくなるようにするつもりです。筆者血生臭いのとかグロいのとか苦手なので。

それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければモチベーション爆上がりです。時間がかかっても感想には必ず返信します。
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