【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

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天使の祝福 悪魔の呪縛
星をなくした子は犯した罪の罰を求めるだろう
断罪と安楽を欲するなら深い眠りを求めなさい
幸福と煉獄を欲するなら幻想を演じ続けなさい



114th take 責任

 

 

 

 

 

 

アクアがハル達を連行していった後。残された待機組はアルバムを見ながらあの3名に思いを馳せていた。

 

旧B小町メンバー達がスタジオに来て以来、時折見学にあの3名も顔を出すようになった。アクアから紹介され、今回の映画で楽曲制作の協力をしてもらった人達と聞いてはいた。かつてのバンドメンバーで、レンはアクアのダンスや楽器の師出会ったことも聞いている。

 

あのアクアが師事し、そして対等の仲間と認めるほどの才能。そして三者三様でタイプの違う美貌の持ち主。どう見ても3人ともアクアの好みだった。

 

そしてその答えはアルバムの中にあった。

 

ミヤコが撮影した写真の中にはアクアがバーでウエイターとして働いている姿もあったし、ステージの上でドラムを叩いているものもあった。一緒に働いているメンツの中にレンはいたし、three-pieceバンドの残りメンバー2名にハルとナナもいた。

 

あの3人は自分たちが出会う遥か前にアクアと出会っていた。かつて仲間で、今は友人以上の関係だと知るのに説明は必要なかった。

 

「あの人達が、アクアにダンスを。バンドを。歌を。教えた人達。アクアが才能を認めた人達」

 

その事実をミヤコが口にする。ドクンと心臓が一つ大きく鳴った。あのアクアが才能を認めた人。あかねやルビー。有馬やフリルに匹敵する才気。100人いれば100人が美人と評する容姿。才能があって、美女が好みであるアクアの見事なストライクゾーン。仲間以上の関係があったことを察する事ができないほど、この場にいるメンツ(ルビーを除く)は鈍くなかった。

 

「でも当時アクアくんって中学生だよね」

「バーでウェイターやってた時は小学校卒業したてくらいだったと思うわ」

「バンドをグループでやってたのも中学2年生くらいまでだったんだよね。あの2人は当時高校生で……だったら、その…」

 

もしそういう関係があったとすればアクアはどちらかと言えば襲われた側だった。写真から見てわかるように、その時のアクアは小柄だし華奢だ。少女の変装が通用するくらい。そしてあの2人は当時のアクアより体格もあり、トレーニングも積んでいる。力尽くでアクアがどうこうできたとは思えない。性的搾取をされたとすれば、それはアクアだったのだろう。

 

「あってはいけない事だよ。絶対」

「…………アクたんは、あの3人のこと、恨んでるのかな」

 

台本を読んでいる……姫川愛莉の過去を知るメムはアクアの内面に思いを馳せる。彼女はかつて被害者であり、成長し、力をつけた時、加害者へと転じた。そういうケースは残念ながら多い。アクアは女遊びが激しい、という程ではないけれど、同年代の男子に比べて、性交渉の経験回数はかなり多い方だろう。そういう部分がなかったのか、少し不安になった。

 

「恨んでないわよ。全く。哀れなほど」

 

しかし、それを否定したのは彼のことをずっと見守ってきた母親だった。

 

「あの子は被害を受けた、なんて思えるほど、自分のことを大切にしてないから」

 

その事実に、全員が痛ましそうに眉を歪める。そう、アクアは自分の優先順位はめちゃくちゃ低い。彼と親しい人間ならば誰もが知っていることだった。犯罪とは被害者側に被害者意識がなければ立件できない。

 

「あの子は3歳から芸能界にいるわ。この手の話を聞いたことだって何度もあるでしょう。それもまだ子供の頃。何が善で何が悪か、まるでわかってない歳の頃から。コレが正しいことだと。こんなこと普通にあることだと言い聞かされて。正しいことだと植え付けられてきた。『抱かれる』ことさえ正しいことだと」

 

彼が受けた性被害など、アクアにとっては落とした100円玉を拾われた程度にしか思っていないのだろう。落とした自分が悪いとさえ考えているかもしれない。恨みになど思っているはずがない。

 

「あーくんは……アイツは、正しくあれた、のかな」

 

性的搾取を受けた人間が、力をつけてから加害者に回る。コレは絶対に間違っていることだ。

 

だけど被害を受けた人間が、被害を受けた意識もなく。それが正しいことだと洗脳され、傷つけられることに慣れ、痛みに鈍感になってしまう。罪のない人間が理不尽な目にあったのに、恨みや憎しみを全く持たないことも、また間違っている。

 

罪は犯していない。罰には問われない。潔白だ。だが、それだけが正しさなのか。痛みに鈍化し、慣れてしまい、瘡蓋だらけのまま生きていくことが、果たして本当に正しいことなのか。

 

この疑問に答えられる人間は誰もいなかった。

 

「もっとちゃんと愛してあげなきゃダメですね」

 

一度軽く頬を叩いたあかねが呟く。続いた。

 

「貴方が傷付いたら悲しむ人間がいるんだってこと。貴方がいなくなってもいいなんてバカなこと考えてるのは、貴方しかいないってこと」

 

あかねにはわかっていた。この映画が撮り終わったら、アクアは自分の役目は終わりだと思っている。この映画さえ撮れれば自分は死んでもいいと思っている。

 

そんなはずがないのに。

 

貴方がいなくなったらたくさんの人が悲しむ。貴方が死んだらたくさんの人が涙する。その事をもっと知ってもらわなければいけない。役目を果たし、潔く消えることに美学を感じるのは男だけだ。思いやりに見せかけたエゴでしかない。残される女の気持ちをまるで考えていない。

 

コレだけ人に愛される才能を持ちながら。散々その才能を利用して、駆け上がってきた男が。その責任を取らず勝手に消えるなど、絶対にさせない。

 

「それができるのは、私だけですから」

 

この一言にチリッと火がつく。熱量を感じたメムは少しその場から引く。ミヤコは静観の構えを崩さない。そして、熱に前のめりになったのはフリルと有馬。そしてルビーだった。

 

「2年以上も彼女やっててできなかった人には難しいんじゃない?始まりはビジネス彼女で、演じてないと付き合えない関係だった人の前でそう簡単に無防備にはなれないでしょ」

「…………10年以上も前から彼と知り合ってて出来てない、なんちゃってパチモン幼なじみのかなちゃんには言われたくないなぁ」

「彼を繋ぎ止める為にできる手段を一番持ってるのは私だと思うけどね」

「フリル」

「ほら、同じ事務所だし。今でも親友だし」

「…………おにいちゃんのこと、何にも知らない人達には無理だと思う」

「何も知らないってなによ。そりゃあいつのこと全部わかってるなんて言う気はないけど、それはルビーだって同じでしょ」

「私は少なくとも一つ、アクアのでっかい秘密知ってるもん」

「そんなの私だって───」

 

激しい口論ではなかったが、お互いの特権を主張し合う議論がしばらく続く。追いついたのはやたらテンションが低い姫川大輝がスタジオ入りしてからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、はようございます」

「…………ああ、アクアか。おはよう」

 

ハルさん達を見送って、スタジオに戻ってみると姫川さんが来ていた。そして何やら生きる気力が失われたかのような姿にちょっと動揺する。確かにいつもオフはダウナーなひとだが、ここまでどんよりした感じは今までなかった。

 

「なんかあったのか?姫川さん」

「あー……ちょっと不幸なことが」

「買ったばかりの新車、電柱にぶつけてオジャンにしたんだって」

 

事情を知っている可能性が高いあかねに耳打ちすると、聞こえていたのか。オブラートもへったくれもなく、フリルが暴露する。どんよりした空気がさらに重くなった気がした。

 

「姫ちゃんから遊びの連絡きてさ。まあ用事あったから私は断ったんだけど」

「有馬やお前誘おうと思ってたんだが、お前らだいぶ役にのめり込んでたから、そっとしておこうと思ってな」

「ありがとうございます」

「で、気軽に呼べる女の子誘ったらしいんだけど」

「出先でグシャか……」

「免許取り立てのくせに扱い難しい高級車に乗るからだよ」

「取り立てじゃねーし。一年前に取ってたし」

「受け取るの一年忘れてて失効しかけたんでしょ?」

「まあな」

「取り立てじゃねーか」

 

姫川さんなら事故っても問題ないくらい金はあるだろうし、保険とかちゃんと入ってれば、まあ高級車乗りたくなるのもわからなくはない。ああいうのには男のランクが出るものだし。

 

けれど流石に免許取り立てで高級車に乗ろうとアクアは思えなかった。彼のバイクも最初は壱護元社長のお下がりから始めたし。ギターやドラムも高級品ではなく、中古からスタートした。

 

「ちなみに幾らの車?」

「CM3本分」

「わーお」

 

安く見積もってウン千万。まあ 落ち込むのも無理はない。

 

「誘い断っといてホントよかった。ニュースになるヤツだったら姫ちゃん置いて逃げてたよ」

「まあ電柱にぶつけただけならニュースにはなんねーだろ。対人だったらヤバいけど」

「ちゃんとおまわりさん呼んだ?」

「呼んだよ。事情聴取クソ長くて最悪だった。指紋まで取られた」

 

警察官も公務員でお役所仕事だ。ああいうのはやたら手続きに時間がかかるし、固い。そう簡単に解放はしてくれなかっただろう。

 

「俺もう車運転するのやめるわ。怖い」

「ハート弱っ」

「意外と打たれ弱いな。メムを見習えば?オレが認めるオリハルコンハートだぞ」

「アクたんにだけは言われたくないなぁ。心臓に剛毛生えてるタイプのくせに」

「似てないよね。兄弟なのに」

「…………えっ!?」

 

フリルからの唐突な情報にメムが一気に揺れる。アクアは少し意外そうに淑女を見下ろした。

 

「なんだ、知らなかったのか」

「知らないよぉ!そんな超プライベート!知ってるわけないじゃん!」

「ホン読めばわかるだろうに」

「自分が出るとこ以外はそこまでしっかり読んでないし!……本当なの?」

「まあな」

 

腹違いの兄弟。父親が同じ。情報を精査しても、この事実を曲げることはできなかった。

 

「それって……」

「分かってるよ。オレも、姫川さんも」

 

自分の親が犯した罪。カミキはアイの殺人を幇助した。愛莉さんはカミキと不倫していた。それも当時中学生にもならない少年を。罪の大小に差はあるが、2人ともしてはならないことをしてしまった。その事をアクアも姫川大輝もよく分かっていた。

 

「俺たちは自分たちの手で、親がやったことの精算をしなければいけない。コレはそのための映画だろ?」

「まあ、広い意味では」

 

主目的を知る必要はない。知っている人間は1人でも少ない方がいい。本気でそう思っている。

 

が、知っている数少ない人間からすれば、2人の。特にアクアの心の傷は計り知れない。

 

「やっぱり、辛い?」

「オレはこのホンできる前からある程度知ってたから、そこまで。唐突にこんなもの突きつけられた姫川さんの方がキツいだろう」

「別にいいよ。この世界に染まりきって腐った母が悪い」

「愛莉さんも被害者だとは思いますけどね。だからって加害者になっていいわけではないですが」

 

性加害。被害者が加害者に転じるケースは残念ながら多い。性で奪われた尊厳は、性で奪い返すしかないと考える人をゼロにすることは不可能だろう。

 

現代は、ズブズブだった昭和年代よりマシになったとはいえ、この手の被害を耳にすることは日常茶飯事。あかねにもフリルにもキャバクラのホステスまがいのことをやらされた経験はあるし、アクアは実際に被害を受けた。ルッキズムの象徴であるこの芸能界。性と美は売り物になってしまう世界。真面目な子ほどノーと言えないこの世界で、正しくあれる人間など皆無と言っていい。

 

その中でアクアはかなり頑張っている。被害を受けたにも関わらず、誰かを恨むことも憎むこともせず、その理不尽に対してやり返しはしなかった。

 

勿論グレーゾーンに手を出したことはある。性に関する失敗をしてしまったことも。けれどそれは決して奪われた尊厳を奪い返す、などの意志はなかった。アクア個人の、独立した想いと行動の結果だった。

 

「アクアも基本女好きのタラシだけどね」

「姫川さんも夜の店、好きですけどね」

「やっぱり似てるわ、この2人」

「言わないであげなさいよ」

 

女性陣の容赦ない言葉と視線が遊びなれたプレイボーイ2人に突き刺さる。2人とも正しくあろうと頑張ってはいるが、そう言われると否定できない要素があるのも事実だった。

 

「現代人には酒でしか埋められない心の穴もあるんだよ!ただ女の子に微笑み掛けられたい夜もあんの!なあアクア!」

「オレに振るな……まあ否定はしないけど」

「ふーん、否定しないんだ」

「あかねと付き合ってからは全くないよ。オレの彼女はお前だけだ。その事にオレは何の不満もない」

「いいけどね。お互い様だし。私だって偉い人やかっこいい俳優さんとご飯行くこともあったし」

「その時もオレは怒らなかったじゃねーか」

「私は少しぐらい怒って欲しかった」

 

芸能界の闇は依然としてある。結局あの混沌の時代を生きた人間は、あの時の常識や正しさを忘れられず、次の世代に同じ事をしている。

 

1人の女に複数の男が手を出すこともあれば、その逆もある。

 

「皆さん、準備してください」

 

スタンバイの声がかかる。カミキヒカルの登場シーンのため、あかねや有馬たちはまだ待機。アクアとルビー。姫川、そしてフリルが立ち上がった。

 

「頑張って」

「行ってくる」

 

あかねに手を振る。男女のメイクルームに分かれる廊下の前で、立ち尽くしている人影に気づいたのは、割と近づいてからだった。

 

「フリル」

「ちょっとだけ」

 

メイクルームの前にある化粧室に手を引かれる。個室の中に入り、鍵をかけた。

 

「私は、しっかり怒るからね」

「分かってる。ごめん」

 

唇が合わさる。口内を蹂躙される。艶めいた水音が少し響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思ったより、撮影は順調に進んだ。

 

中学生のカミキヒカルに扮したアクアと星野アイを演じるルビー。時々意味のわからないところでルビーが変なリアクションをしてカットがかかることもあったが、一度スイッチが入ると2人とも上手く役に入り込んだ。

 

この辺りは事前のアクアの稽古が功を奏したと言える。

 

元々ルビーは演じることが苦手というわけではなかった。素質は備えていた。そこに短期間とはいえ、アクアの稽古が加わり、そして演じるのは自身の母親。

 

共感できることも多くあった。ほとんど素のままカメラの前に立つこともままあった。演技において、素人だからこそ映えるシーンもあった。

 

しかし、やはり最大の理由は星を愛する星。

 

自分以外の才能を愛し、その才能を輝かせる力を持つ星野アクアと共演していることこそが、最も大きな理由だろう。

 

共に壇上に立つことでルビーの演技ではない生の感情を巧みに引き出し、時に演じているからこその美しさの見本を見せることで、ルビーに寄り添い、導いていく。

 

星野アイとカミキヒカルもかつて師弟関係だった。演技の指導において、カミキが師でアイが弟子だった。人間的に同類な事もあり、ルビーの指導は比較的やりやすかったと後に星野アクアは語った。

 

芸幅を広げるため、アイは劇団ララライのワークショップに参加し、カミキヒカルと出会う。彼と時間を過ごし、少しずつ距離を縮めていく。アイも身なりに気を使うようになり始め、女の子へと変貌していく。

その過程で姫川愛莉から受けていた性加害のことを知り、彼を守るために行動し、愛莉からの被害をなくした。

 

「カットかかったぞ。いつまで触ってんだ」

 

カミキが性加害を受けるシーン。愛莉が少年の背中に手を忍ばせ、シャツを捲り、地肌を撫でる場面。カットの声が掛かってもしばらくフリルはアクアの背中から手を離さなかった。

 

「ごめん。相変わらず触り心地良いね。あまりにスベスベでつい」

「いいからはなせ」

「もうちょっと下触っていい?」

「やめて大声出すわよ」

「フリルちゃん!いつまで触ってんの!」

 

あかねに引っ剥がされてようやく身体が自由になったかと思いきや、両肩をがっしり掴まれる。備え付けられた台の上に乗って上から押さえつけていたのは妙齢の美女。

 

「あんなボディタッチあるなんて聞いてないんだけど?」

「オレのNG出すのはもう苺プロじゃないんで。ミヤコ社長」

「貴方が脚本書いたのよね?この辺りのことってただの推測?それとも貴方の体験談?」

「ノーコメント」

「アクアくん!嫌なことは嫌って言っていいし、1人で抱え込んだりしないでね!何でも私に相談して!」

「おにいちゃん今まで女の人にこんな事されてたの!?言っとくけど当たり前でも正しくもないんだよこんなの!芸能界の闇に染まっちゃダメだからね!」

 

と、内容がセンシティブな映画で、彼も似たような足跡をたどっている事を知っているため、時々緊急家族会議が勃発し、撮影が止まることもあったが、何とか座長の星野アクアが宥め、撮影は進んだ。

 

アイとカミキヒカルは、その後も2人は男と女としての関係を深めていく。

 

時に幻想的に。時にリアルに。時にフォトジェニックに。時に生々しく。2人はお互いを演じ、撮影は順調に進んでいた。

 

このシーンに差し掛かるまでは。

 

「台本にあるから、知ってはいたけど……」

 

そう。恋愛についてドラマとするなら絶対に必要になる。リアルを求めるなら絶対に盛り込まなければならない。

 

それが、キスシーン。

 

「社長!コレは親としてどうなんですか!」

「超複雑以外の感情あると思う?」

「ですよね…」

 

しかし今まさにブレイク中の現役アイドルと、芸能界の頂点に登り詰めた超イケメン天才俳優。美形兄妹としても人気を博している2人のキスシーン。

 

物語としても。商業としても。入れないわけにはいかない。なぜなら───

 

「超見たいに決まってんじゃん!」

 

この意見が世間の大多数だからだ。

 

「えっ、ヤバくない?この映画死ぬほど売れちゃわない!?」

「そんな簡単なものじゃないけど……強く否定もできないわね」

 

宣伝用の映像に2人のキスシーンを盛り込むだけでも人は呼べるだろう。アクアもルビーもそれだけの影響力を備えてしまった。兄妹なら変な炎上もしないだろうし。けれど──

 

「ルビーもよく受けたわね、こんなの」

「超ノリノリだったよ。いやだけどなー、仕方ないなー、みたいな感じで」

「あのブラコン……アクアは!?」

「不本意だけど入れた方が良いのは間違いないからって」

「相変わらず完璧主義ね……それに越したことはないけど妥協点も探らなきゃいつか破綻するわよ」

「でも流石に上手く描けなかったみたいで、この辺は人の手借りたそうよ」

「人の手?」

「吉祥寺先生と鮫島アビ子先生」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………どうでしょうか」

 

時間は少し遡り、製作委員会立ち上げ前。五反田監督から映像データももらい、ある程度物語の骨組みが立ち上がり、それを土台にオレが脚本を書き上げた。

 

そしてその出来上がったモノをオレはアビ子先生と吉祥寺先生の元へと持って行った。事前に脚本について相談したいと連絡は入れて。頼むのはアビ子先生だけのつもりだったのだが、彼女が吉祥寺先生まで呼んでくれて。

 

約束の日までに何とか完成させた本を今。アビ子先生の自宅兼仕事部屋で。2人がかりでじっくり読まれていた。

 

───こういう緊張、久しぶりだな

 

カントル時代。出来上がった詞をハルさんとナナさん(時々レン先輩)に見せていた時を思い出す。あの時の独特の緊張は何回やっても慣れなかった。音楽となると容赦しない人達だったから。勿論おためごかし言われるよりはハッキリダメだししてもらう方がありがたいので不満はなかったけど、それでもやっぱり怖かった。

 

「お忙しいところ、わざわざお手間を取らせてしまい、申し訳ありません」

「いえいえ。大丈夫ですよ。人から物語の相談を受けるなんて日常茶飯事ですし。私たちだって相談して育ったんですから」

「クリエイターなら誰しもが通る道ですよ!アクアさんならいつでも幾らでも頼ってもらって大歓迎です!」

「ありがとうございます」

 

頼んだ時、結構好意的だったのはちょっと意外で驚いた。鮫島先生はともかく、吉祥寺先生はオレのことを少し苦手に思っていそうだったから。

 

「どうでしょうか。プロから見て、このシナリオは」

「アクアくん、作詞もされていたんですよね。とはいえ、初めての脚本なんて思えないほどの完成度です。起承転結。ハッキリと一本の筋が通っている。コレができない作者さんは結構多いです。書いてる途中で迷走しちゃったり、本筋に帰って来れなくなったり。アクアくんのシナリオにはそれがない。テーマがあって、背骨がある。人間の葛藤がメインだからブレることはあって当たり前ですが、物語の芯はしっかり通っている。日本語力も高くて綺麗に纏まってますし、詩的表現のエモさもある───でも」

 

来た。でも。作詞でも幾度となく経験のあるこの一言。ここから怒涛のダメ出しが始まる接続詞に、アクアは一度佇まいを正した。

 

「物語としては纏まってる。エモさもある。けどコレでは出来の良い自作小説の域を出ない。エンタメ的な狙いがない。自分が描きたいこと。表現したいテーマが先行しすぎてて売れるための商業的創作が皆無。手を入れる余地はたっぷりあります」

「イジリ甲斐がありますねぇ」

 

そこからはオレをほぼそっちのけで2人のプロの世界が始まった。シーンの順序へのテコ入れ。重要なワードや伏線になる要素への配慮。魅せ方。小説ではなく、実写のシナリオとしてエモくするための演出などが話し合われる。内容については分かるし、何を言っているのかも理解できるが、流石に話作りにおいて、この2人にオレ如きが口出しできるはずもなく。しばらく白熱する2人を眺めていることしかできなかった。

 

───それでも、やっぱり流石だな

 

目に見えて良くなっていく。オレ1人では思いもつかなかった発想が次々と湧いてくる。吉祥寺先生やアビ子先生と繋がり作っておいて良かったと心の底から思った。

 

「あと、一番手を入れるべきは恋愛パートよね」

 

この一言が出てくるまでは。

 

「何させちゃいますか」

「そりゃやっぱり切なくも笑えるイチャイチャを展開するしかないでしょう」

「やったあああ!!」

 

───やっぱりそこの言及入るかぁ

 

アクアが今持てる力の全てを注ぎ込んで完成させた脚本だったが、一つだけ自分の目から見てもコレではダメだと思う要素があった。

 

それがアイとカミキヒカルの恋愛パート。2人がどのように出会い。お互いをどのように感じ、仲を深めていったか。ここばっかりは想像するしかなく。自身の経験に照らし合わせ、なんとか捻出したが、我ながらヌルいと思っていた。

 

「ここでアイはあっかんべーするけど、実際は彼の言う通りにしちゃって」

「良い!」

「身の丈に合わないディナーデートとかしちゃって」

「天才!」

「アイの天才描写と変人感は小物使って演出したいわね……靴下左右違う上に穴空いてて靴底ベロベロとかどうかしら?」

「ちょっ!それ私の話じゃないですか!」

「…………おもしれぇー」

 

ガンガン書き足される恋愛パート。クリエイターが団結するとトガッた作品になりがちである。2人の天才クリエイターが団結して紡がれるこの脚本も例に漏れず、少し……いや、かなりトガった作品へと変貌し始めた。

 

しかし明らかにどんどん面白くなっていく。流石は恋愛漫画の巨匠。少女漫画の鬼才、吉祥寺頼子。この手の描写をさせれば天下一品だった。

 

「それでここのキスシーン。ここは長くて強いのを持ってきたいわね」

「………………」

 

遂にきた。最も問題の、オレが最もぼかしたシーン。そして絶対突っ込まれると思っていたシーン。

 

───意図はわかる。その方がエモいのも分かってる。商業的にもおいしい。広告のちょい見せ動画とかでも使えるだろうし。何より現在若手トップマルチタレントのオレと人気沸騰中のアイドルのルビーのキスシーン。

 

話題にならないはずはない。このシーンみたさに劇場に足を運ぶ人も絶対いるだろう。意図はわかる。完璧を求めるなら入れるべきだというのも分かってる。

 

だが、アクアに残された良心。半身に流れる天使の血が、そこを生々しくすることに抵抗した。

 

───だから、この2人に脚本を見せた。介錯してもらうために首を差し出した。

 

そして期待通り、吉祥寺先生は一刀両断してくれた。ここでオレがぼかしてくれと頼むのはプロとして間違っている。オレだって今まで色んな感情を利用してここまできた。自分の希望や絶望を詩に変えて売り物にしたり、他者の感情を参考に作品を作った事もあった。

 

そして今回。オレは作家として沢山の人の秘密を暴く。目的はカミキヒカルの破滅。そしてルビー達を守ること。

 

そのために今まで散々自分も他人も利用してきたオレが。倫理や暗黙の了解を破りまくってきたオレが。今更嫌だなどと、言えるはずもない。

 

───オレはこの物語で、人を殺す

 

カミキヒカルの罪を暴き、法に裁いてもらう。だがコレは結果的に犯罪にならないだけで、個人を殺す行為だ。人殺しの意思も自覚もある。

 

───倫理や個人的感情を、オレだけが守るわけにはいかない。この物語で人を殺すことがわかっている以上、妥協せず、完璧をやり遂げることこそが、オレが果たすべき最低限の責任…

 

そして、今からやる事も。オレが果たすべき責任だ。

 

「アビ子先生」

「なんですか?アクアさん」

「オレの勘違いでしたらメチャクチャ恥ずかしいんですが……」

 

脚本のブラッシュアップが終わり、吉祥寺先生を見送った後。アビ子先生と2人きりになってから、ようやく切り出した。

 

「もう、オレのことは待たないでください」

「────」

 

 

 

 

 

 

 

この一言を聞いた時、私の心は思ったより穏やかだった。荒い感情が波立つことはなく、平静だった。

 

口元に薄く笑みを浮かべ、青い星の瞳をまっすぐに見つめた。

 

「わかってました。待っていてもダメだって。貴方にとって、私は運命の相手じゃないんだって」

 

きっかけは今日あま。心から尊敬していた人の傑作を台無しにしたあの地獄のドラマを、最終回で救ってくれたこの人にすごく興味を持った。

 

先生の紹介で出会ってから、すごくすごくお世話になった。東京ブレイドの相談も何度もしたし、アシスタントまでやってもらった。

 

素敵な人だった。今まで出会った男の人の中で誰よりも綺麗で。才能があって。絵も上手で。私のことを理解してくれる。魅力的な人だった。あっという間にこの人に夢中になった。

 

でも、いつか気づいた。私が鮫島アビ子だからなんだって。

 

東京ブレイド作家。自分で言うのも何だけど、漫画業界の中じゃ指折りの才能。コレは過信じゃない。客観的な事実だ。吉祥寺先生だって、私を天才と呼ぶし、私が天才と呼ばれることをあの人は一度も否定しなかった。

 

そう、私が天才だから。私に物書きとしての才能があるから。アクアさんは私に優しくしてくれた。

 

もし私に才能がなかったら。ただの陰キャでコミュ障の変人女だったら。アクアさんは私に優しくしてくれなかった。私と関係を持ってはくれなかった。その事がアクアさんとお付き合いして、人の機微が分かるようになったおかげで気づいてしまった。

 

それでも良いと思っていた。私の何が目的だったとしても、私を抱いてくれるなら。この人に愛してもらえるなら、それだけでいいと思っていた。彼の都合のいい女でいようと思っていた。

 

いつか振り向いてくれる日が来るまで。たとえそんな日が来ないのだとしても。私は待ち続ける。そう決めていた。

 

彼が俳優として売れ始めて。あっという間に若手を代表するタレントになっていって。嬉しい反面、私に会いに来てくれる頻度は激減していったことは、やっぱり悲しかった。

 

それでも。会う頻度は減っても連絡は取り合っていた。気軽に相談ができる関係を保ち続けていた。

 

今回、脚本について相談したいと言われた時、遂にきたと思った。

 

彼が私と繋がりを持ち続けた理由。私を抱いてくれた理由。私を女にした理由。いずれ来るとわかっていた日が遂に来たと思った。だから吉祥寺先生を巻き込んだ。2人きりになったらその話をされる事がわかっていたから。少しでも後にするために、アクアさんと2人きりにならないようにした。

 

だから、私は驚かなかった。荒れなかった。平静であり続けられた。

 

「もう、オレのことは待たないでください」

 

こう言われる事が、わかっていたから。

 

「アクアさん」

 

マンションへと彼を押しやる。エレベーターに乗り、自室へ行き、鍵を掛けた。

 

彼の胸へと飛び込んだ。抱きしめた。キスをした。抵抗はされなかった。受け入れてくれた。

 

「わかってました。いつかこの日が来ることは」

「…………すみません」

「謝らないで。アクアさんは何も悪くありません。ちゃんと彼女いるって言ってくれましたし。私を好きなアクアさんなんて解釈違いだって言ったのも私です。なあなあのままを望んだのは私でした」

「それでも、オレは……」

「アクアさん」

 

もう一度、唇で口を塞ぐ。謝って欲しくなかった。謝られたくなかった。

 

「貴方に出会えてよかった。貴方に女にしてもらえて良かった。あの日。初めて貴方に抱いてもらえた日からずっとそう思ってます。一度だって後悔したことはありません。今日だって貴方からちゃんと切り出してもらえた。本当に感謝してます。だから謝らないでください」

「アビ子先生……」

「貴方を待つのは今日でやめます。コレから先、私が恋愛できるかどうかはわからないですけど、アクアさんのことは思い出にします。初めての夜、そう言ったように」

 

初めてアクアさんに抱いてもらった日。私は今回のことを忘れると言った。一回限りで、一生の思い出にすると言った。本気でそのつもりだった。アクアさんの優しさと甘い言葉に私の決心はあっさり揺らいだけど、今回は違う。ちゃんと突き放してもらえた上での決意だった。

 

「でも……でもね、アクアさん。最後に、もう一度だけ──」

 

思い出をください。その一言は言葉にせず、唇に込めた。受け取ってくれた蜂蜜色の髪の美少年は優しく私の腰を抱きしめ、唇を受け入れてくれた。

 

アクアさんは責任を取ってくれた。私を抱いた責任。私を魅了した責任。私を女にした責任を。

 

私は、それだけで満足だった。

 

 

 

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
今回はアビ子先生との訣別でした。いかがだったでしょうか。ここまでは訣別の責任。しかしコレからは背負い続ける責任との戦いが待ち受けています。次回はついにルビーとあのシーンについてです。ここが終わったら一気に完結まで進んでいくと思います。多分アニメ3期が始まる頃には拙作は終わっているでしょう。続編を描くか。それとも前日譚を描くかは希望次第で考えようと思ってます。

それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。最近低評価も高評価もされないのでちょっと不安です。面白くないなら面白くないと言っていただければ幸いです。出来れば理由も教えて欲しいです。
勿論面白かったの声が1番のモチベーションです。よろしくお願いします。時間がかかっても感想には必ず返信します。
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