【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

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星の雫を知る者たち
それは星をなくした子の愛を求める少女たちにとって生命の雫
少女たちは天上から落ちる甘露を求める
雫の副作用を知りながら


115th take もう知っている

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その姿を見た時、私の中で感じたことのないうねりが巻き起こった。

 

『15年の嘘』の撮影中盤。アイの人生にカミキヒカルが登場し、今までずっとアイにフォーカスを当てられていた物語が、カミキヒカルへとピントを合わせる。劇団ララライの俳優だった彼が、生まれ持った才能。カリスマ性。能力が劇中で証明されていく。

 

──上手い……

 

カメラの前で、演技の演技をするアクアに感嘆の息が漏れる。今のアクアの実力なら、中学時代のカミキヒカルなど、とっくに超えている。いくらカミキも天才だったと証明するシーンとは言え、やりすぎては主演のアイを喰ってしまいかねない。

 

後にアイが自分を超える程度に。けれど能力の高さは伝わるように。それでいてカリスマ性は伝わるように演じる。コレはただ全力を尽くすより難しいかもしれない。自身の実力を微調整してコントロールするなど、不知火フリルにすらできないかもしれない。

 

しかし、アクアはやってのけた。実力を抑えながら、人を惹きつける魅力とオーラ、そして目の輝きはそのままに。中学生らしい初々しさ。あどけなさを忘れずに。

 

『とても簡単なことだ。ものごとはね、心で見なくてはよく見えない。いちばんたいせつなことは、目に見えない』

 

壇上で主役を演じるアクアは二流の演技をやっていた。客に上手いと思わせる演技。素人にも上手さが伝わる演技。

 

かつて今ガチであかねを救うために見せた演技を、両目の星の光は最大限に輝かせたままに、やってのけた。

 

まさに集大成。歌、ダンス、演技、カリスマ、オーラ。アクアが15年間で培ってきた全てを注ぎ込み、アクアは完璧な星野アイとカミキヒカルを体現してみせた。

 

だからこそ。このシーンが、あかねの心に深く突き刺さった。

 

姫川愛莉から性被害を受けていたカミキヒカル。彼女からの接触が背中の地肌を撫でる程度で済むはずはなく。

 

夜の街のホテル。照明のついていない真っ暗なその部屋をネオンの光がわずかに照らす。ベッドに横たわる少年の上で覆い被さる黒髪の美女。

 

まるで食い殺されるかのようなキス。のしかかられ、顔を両手で押さえられ、唇を丸ごと覆い尽くされ、口内を蹂躙された。

あっという間に衣服を剥がされた。鍛えてはいるが、成長途上の未発達な肢体を撫で回され、舐めまわされ、抱き潰された。

 

捕食者の笑みを浮かべた愛莉が、ヒカルの上で扇状的に踊っていた。

 

人間の体が楽器に似ているなら、セックスとは協奏曲。

 

相手のことを思い遣らずに独りよがりな動きばかりをしていては決して調和にならない。

 

愛莉とカミキのセックスは愛莉の一方的な愛情の押し付け。テクニックはある。弾き方も知ってる。

 

けれどアンサンブルを何一つ意識してない。相手の音をまるで聞いていない。1人で一方的に走っているだけ。調和になんてなるわけない。

 

───そのはず、なのに……

 

見ていればわかる。彼と経験を重ねた私にはわかってしまう。一方的に見えてお互い支え合ってる。フリルが好き勝手動いているはずなのに、アクアがそう動きやすいよう合わせている。アクアが襲われていると見えるように、フリルが動いている。

 

動いて欲しい時に動く。来て欲しい時に来る。

 

それは相手のことを思いやらなければできない合奏。アンサンブル。ハーモニー。

 

つまりは、調和。

 

恐らく無意識。2人は2人なりにカミキと愛莉のセックスを再現しようとしている。

 

だからこそ生じる調和。2人の呼吸が無意識下で合う。

 

それはお互い未経験では絶対にできないことで。お互いの呼吸を体験していなければ、無意識で合うなんてこと、絶対に起こらない。

 

───わかる。私の時がそうだったから。アクアくんと違って、何もかも未経験だったあのイブの夜。私は一方的に合わせてもらった。アクアくんのことなんてなにも思いやれなかった。

 

あの2人が肌を合わせるのが、今回が初めてではないことに。自分と匹敵するほどの時間と回数を重ねてきたことに。2年間をかけて彼と無意識で息を合わせることができるようになったあかねにはわかってしまった。

 

そしてもう1人。

 

アクアとフリルの濡れ場を見て。平静でいられない。感情の波を大きく揺らす女が、もう1人いた。

 

「…………やだよ。せんせー」

 

 

 

 

 

 

 

 

「───ひでぇツラ」

 

男性用化粧室。鏡に映る自分の姿に思わず笑ってしまう。メイクが落ちたその顔は嫌悪感でドロドロになっていた。

 

今日の撮影はキツかった。自分の過ちとカミキの被害があまりに重なってしまった。

 

思いっきり水をかぶる。気持ち悪さで吐きそうだ。あの行為への嫌悪ではない。オレ自身への嫌悪だ。

 

メソッド演技

 

担当する役柄について徹底的なリサーチを行い、劇中で役柄に生じる感情や状況については、自身の経験や役柄がおかれた状況を擬似的に追体験する事によって、演技プランを練っていく。

 

役柄の内面に注目し、感情を追体験することなどによって、より自然でリアリステックな演技・表現を行う手法。

 

───似過ぎだろ。オレとカミキの足跡

 

役の内面に潜り込み、感情と体験を掴んで引っ張り上げることがこんなに容易なのは初めてだった。

 

自分より歳上の女に捕食される恐怖。自分が喰われているという感覚。とっくの昔に忘れたはずの記憶が鮮明に蘇ってしまった。

 

忘れることとなくすことがこんなに違うという事を、初めて知った。

 

───オレはレン先輩のことを気持ち悪いと思ったことはなかったけど……

 

そう思う人間の気持ちはわかる。そういう人間は何人も見てきた。見慣れていた。再現するのは簡単だった。

 

───オレの中に流れるオレの血が、怖い

 

母も碌なものではないが。アイはまだ情状酌量の余地はあるし、なにより犯罪は犯していない。母の過去を知っても嫌悪感は起こらなかった。

 

だが父親はダメだ。まるで違う。かつて被害者だった者が、力をつけて加害者へと転じた。しかもやられたことをやり返すだけならまだ理解の範疇だが、あの男はそれ以上の妄執に囚われている。アイを超え得る才能を持つ者を一体何人手にかけたのか。オレが調べただけでも3名。将来確実に手にかけるであろう相手を含めれば4名もの命に奴は指をかけた。

 

───オレも、いつか……

 

そんな風になりはしない。オレの意識次第で止められる事。そう言い聞かせても、心に巣くった不安の虫は消えなかった。オレの言い聞かせた言葉を餌に成長しているようにさえ思えた。オレの心を食い荒らし、断崖絶壁の縁に立たされているかのような不安を感じさせられた。

 

「…………うわっ」

 

ポタポタと落ちる雫を拭き取ろうとした時、背中から衝撃がくる。振り向こうとするよりも早く個室に押し込まれ、鍵をかけられた。

 

「───あかね」

 

背中から彼を抱きしめたのは青みがかった黒髪を背中まで伸ばした少女。星野アクアの公式彼女だった。

 

「…………ん」

 

手の力が緩む。振り返った時、あかねはこちらに向けて両手を広げていた。

 

動作の意味するところはすぐにわかった。脇に手を回し、背中を抱きしめる。あかねもオレの首に腕を回した。

 

───あかねの匂いがする

 

こういう風にあかねを抱きしめるのは、一体何度目だろう。鼻腔を埋め尽くすこの香りがあかねの匂いだと知ったのは、一体いつからだっただろう。柔らかく、温かい心地よさに、心を食い荒らしていた弱気の虫が大人しくなったのを感じた。

 

「アクアくんはさ…」

「あかね?」

「フリルちゃんと何回セックスしたの」

 

その一言に何も言えなくなる。正直に答えるべきか。それともはぐらかすか。嘘をつくか。逡巡している間にあかねの腕の力が強くなった。

 

「ごめんなさい。答えないで。何も言わないで。私何も聞いてないから。今のはただの気の迷いだから。アクアくんの匂いに酔っちゃっただけだから」

 

頬に手を添えられる。揺れる瞳は真っ直ぐにオレのことを見つめていた。

 

「アクアくんが昔、誰と何をしてたって良い。今は私を、私だけを彼女としてくれるなら、それだけでいい」

「あかね……」

「その代わり今は誰のことも考えないで。フリルちゃんも、かなちゃんも、ルビーちゃんも。私、頑張るから。全部私が解消してみせるから。今、アクアくんの彼女は私だけなんだから」

「…………分かってる」

 

彼女の言葉に従う。頬に手を添え、柔らかい身体に触れ、キスをした。

 

「アクアくん……今日は、このまま──」

 

今日の分の仕事は終わっている2人は最低限の挨拶だけをして帰路に着く。

 

2人が一夜を過ごしたのは同じ場所の同じベッドの上だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、今日はここまで」

「ぐへぇあ〜」

 

マンションの一室。星野アクアの個人用レッスンルーム。普段アクアがトレーニングしたり、本読みする場所に、今夜は来客が来ていた。

 

星野ルビー。家主の妹で、『15年の嘘』でアクアの代わりに主演を務めているアイドル兼駆け出し女優。演技に関しては全くの素人のため、現在基礎の基礎から叩き込まれている最中だった。

 

「思ったより軽い稽古で済んでるな。正直驚いた。素質あるよ、ルビー」

 

ルビーの指導を始めてしばらくが経ち、思った感想はこれだった。勿論まだまだ下手だ。オレやあかね、フリルやマリアとは比べ物にならない。

 

けれど見込みがないとは思わなかった。筋が良いとさえ思った。正直少し意外だった。もっと追い詰められて、パニック状態になって、泣かせることさえ予想していたのに。

 

「答えを見た後だから」

 

アクアの賞賛に対し、汗だくになった少女は飲み物を口にしながら屈託なく答えた。

 

「ママがどういう人だったのか。どういう風に追い詰められて、どんな感情を抱いて、周囲がどういう風に見えてたか。ママの精神性に対してのこれ以上ない答えを見た後だもん。私も後追いくらいはできるよ。私得意だからね。おにいちゃんの後追い」

 

その返事に少し戸惑う。オレは母さんの精神性を理解していたのだろうか。あの人がどういう風に追い詰められて、どんな感情を抱いて、周囲がどういう風に見えてたか。分かっていたのだろうか。オレはただ、オレの中で蠢く何かに従って動いていただけだった。メソッド演技の究極と呼べるかもしれないが、再現性という意味ではルビーの方が良い線いってるかもしれない。

 

「あと、意外なのは私も同じだよ。おにいちゃんもっと厳しいかと思ってた」

「素人のお前に厳しくしても身にならないだろう。力でひっぱり上げるだけが指導じゃない。お前が理解できるように噛み砕いて、言語化して、導いていかないと意味がない」

「でも、やっぱりおにいちゃんと比べたら下手なのは隠せないよ」

 

撮っている映像を見る。すでにオレが演じたモノと、ルビーが演じたモノ。どちらがオレでどちらがルビーか。見る者が見れば一目で分かるだろう。2人の間には確かな差がある。

 

「もっと上手くなりたい。もっと良い演技がしたい。私が、おにいちゃんが、ミヤコさんが、私達家族が、過去に囚われず、前を向いて未来を生きるために」

 

笑みが漏れる。ルビーなりにこの映画の意図を理解してくれていた。

 

───そうだ。お前達は、それでいい

 

前を向いて。未来を見据えて。幸せになって欲しい。そのための映画だ。そのための稽古だ。周り全てが敵に見えるこの世界で、生きていく力をつけてもらうための指導。

 

オレがいなくても、この世界で生きていけるようにするのが、オレの責任だ。

 

「だからもう少し稽古して」

「今日はもう終わり。休むのも仕事だ。明日もあるんだし」

「あとワンシーンだけ。大丈夫。身体に負担のかからない稽古だから」

「もう帰らないとミヤコも心配する───」

「私、キスするの生まれて初めてだから。責任とってね♡」

 

避け続けていた現実がのしかかる。アクアが今日の稽古を区切った理由にこれがなかったかと言われれば嘘になる。アクアは基本的に嫌なことは後でタイプなのだ。

 

「イヤなことなの?私とのキス」

「…………イヤというか。抵抗がある」

「その後ベッドシーンもあるんだよ?キスくらいで抵抗してて出来るの?」

 

グサリとまた深いところに突き刺さる。そう、星野ルビーと星野アクアもこの映画の登場人物だ。ならばここをカットするわけにはいかなかった。人間とは木の股から生まれてくることはなく、赤ちゃんとはコウノトリが運んできてくれるわけではないのだから。吉祥寺先生もノリノリだった。

 

「────」

 

踵を返す。後ろに立っていたルビーの元へと向かい、顎に手を添える。そのまま軽く唇に触れた。

 

「はい、おしまい」

「雑!てきとー!ロマンやムードのかけらも無い!今のはノーカン!あんなのがファーストキスなんていや!」

「いいからもう帰れ。終電逃すぞ」

「やだーー!帰らないーー!」

「バカなこと言ってないでマジで帰って寝ろ。最近スケジュールキツイんだろ?少しでも目を瞑っている時間長くしておけ」

 

これは心からの忠告だった。普段のアイドル業務に加えて、映画の稽古。学校もある。今のルビーのスケジュールはかつてのオレに匹敵するレベルかもしれない。纏まった睡眠時間が取れる時に取っておかないと壊れる。実体験だから間違いない。

 

そして兄からの忠告が真剣なものだと分かったからか。兄の背中に抱きついて騒いでいた妹が少し大人しくなる。やっと納得したか、と背中に引っ付いたおんぶオバケを下そうとした。

 

「そんなに言うなら、私の休息におにいちゃんにも協力してもらうよ」

「ああ。家まで送ってやるよ。タクシー呼ぶからちょっと待って──」

 

携帯をとった手を払われる。そのまま両手でぎゅっと掴まれた。

 

「あと、稽古頑張ったご褒美もちょーだい」

「前にも言ったが、小遣いならミヤコに──」

「一緒に寝て」

 

ねだれ、と言おうとした口が停止する。何か言い出す前にルビーが遮った。

 

「少しでも睡眠時間取ったほうがいいんだよね!ならタクシーとか乗ってる時間もったいなくない!?ここなら倒れて2秒で目を瞑れるし!私のことを思うなら良いでしょ!?」

「帰らないとミヤコが心配するぞ」

「おにいちゃんの家で稽古だって言ってあるし!場合によっては泊まるかもって伝えてるし!」

「────」

「女物のパジャマが箪笥にあること知ってるし!誰のかは聞かないでおくけど!一晩くらい余裕で泊まれるじゃん!」

「人のクローゼット勝手に覗くな」

 

とはいえ、ルビーにしては理詰めで来た。確かに休息を取るなら早いに越したことはない。一年前からあかねとは半同棲状態だ。クローゼットにはあかねのパジャマが数着常備してある。他の女に貸したとばれたら怒られるかもだが、ルビーなら文句も言えないはずだ。

 

「…………さっさとシャワー浴びて歯磨いて寝ろ」

「やった!私がシャワー浴びてる間に逃げないでね!」

「…………今日のお前はほんと頭が回るな」

 

考えていた最後の脱出手段にも回り込まれてしまった。釘を刺されては従うしかない。ソファに座り込み、天を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

風呂に入り、歯を磨き、寝る準備を整えた2人は同じベッドの上で枕を並べていた。名目上一人暮らしのこのマンションにベッドは一つしかない。引っ越しの際、家具を選んだのはあかねで、セミダブルベッドと呼べるサイズのモノが鎮座している。人2人が寝るには充分な大きさだった。

 

アクアはソファで寝ようとしたのだが、ここでもルビーのダダが発動。

 

「いーじゃん!私達同じベッドで寝るなんてついこの間までやってたじゃん!」

「幾つの頃の話してんだ」

「小2くらいの話じゃん!」

「10年前をついこの間なんて言うのは10年早いだろ」

 

などのやり取りはありつつも、なんやかんや妹に甘い兄であるアクアは逆らえず、2人で一緒に寝ることに納得した。

 

「ねえ、せんせー」

 

アクアの肩に頭を預けていたルビーが口を開く。サッサと寝ろと言いたかったが、いつになく真剣な口調だったので少し聞いてみることにした。

 

「私とのキス。そんなにイヤ?」

「そりゃお前。この歳で家族とキスとか。しかも身内はおろか、何万人にも見られると思えば…」

「じゃあ、今だけは家族と考えないでよ」

 

突拍子もないことを言い出す。けれどルビーの目は真剣そのものだった。

 

「私はさりな。貴方はゴローせんせー。血なんて一滴も繋がってない他人同士。けれど血よりも強い絆で繋がった2人」

「───血よりも強い絆、か」

 

そうだったのかもしれない。アマミヤゴロウと天童寺さりな。2人はあの時、確かに家族よりも強く繋がりあっていたのかもしれない。

 

少なくともルビー……さりなはそう思っている。

 

───オレには、想像することしかできないけど

 

「想像して」

 

心を見透かされたかのような言葉に心臓が跳ねる。無表情を装い、ルビーを見つめる。頬を赤く染め、おずおずとこちらを見上げる彼女の様子に何かを試すような意図は感じられず、心中でホッと息を吐いた。

 

「奇跡的に病気が快方に向かった天童寺さりな。元気に大きくなって。退院してもヒマを見つけてはせんせーの所に押しかけて。18歳の誕生日。大好きなせんせーに。何年も我慢していた想いを告白する。そういう女の子が今、貴方の目の前にいる」

 

想像しろと言われ、実際に具体例を出されて、想像してしまう。10歳以上歳の離れた女の子が、18歳になって、30過ぎたのオッサンの元へ告白しにくる。その姿を。

 

「そういう女の子となら、キスできる?」

「できない。絶対断る。社会的に終わる」

「せんせーのバカ!モラリスト!そういうところが好き!結婚して!」

「全然我慢出来てねーじゃねーか」

 

想いダダ漏れ。全部言葉にしちゃってる。

 

「いいの!私はもう今18歳だから!」

「屁理屈だな」

「さりなはやっと18歳になれたんだ。今度こそ、ちゃんと大人になれたんだ」

 

前世では諦めていたことだった。18歳になるなんて不可能だと思っていた。実際に不可能だった。12歳という若さで天童寺さりなはこの世を去った。

 

「凄いことだな。本当に」

 

今こうして当たり前に生きていることを、凄いと思う。何か一つ、きっかけが異なれば、今自分たちはこの世に存在していない。何か一つ歯車が変わっていれば、ルビーはこの世にいない。当たり前で、忘れがちだけど、命とはたくさんの螺旋の繋がりでできている。何か一つ違えば存在しないほど脆く、繊細な連なりで。命とは生きているだけで奇跡なんだと、改めて思い知らされた。

 

「凄いでしょ?褒めて褒めて」

「ああ、凄いよ。さりなちゃん。よく頑張った。本当に、よく頑張った」

 

軽く抱きしめ、頭を撫でる。これは心からの賞賛だった。

 

「せんせーも、凄く頑張ったね。なんでも出来て。だからこそ全部抱え込んじゃって。いつもちゃんと傷ついて、苦しんで、それでも前に進んできた。せんせーも18年。精一杯頑張って生きた。凄いよ。本当に。凄く頑張った」

 

───初めてかもしれない

 

出した成果に対しての賞賛ではない。その過程について褒められたのは。世間はいつだって過程に興味はなく、結果しか求めなかった。努力に価値はなかった。結果を出して初めて努力は認められた。

 

他人への理解ばかり考えていて、自分を理解して欲しいなんてこと、とっくの昔に諦めていた。

 

「私たちだけが。私たちに結果を求めない。ただ生きてるだけのことが、凄い奇跡なんだってことを知ってる私たちだけが、生きてるだけでお互いの全てを肯定できる。私たちだけが、お互いを。そしてママを理解できる」

 

その通りなのかもしれない。けれど自信はなかった。オレがアイを理解できているかはわからなかった。身体が勝手に動いていただけだったから。

 

「でもね、せんせー。ママへの理解を私が深めるために、私達はやらなきゃいけないことがあると思うの」

「…………それは?」

 

イヤな予感はしつつも、聞かずにはいられなかった。

 

「ねぇ、せんせ」

 

 

セックスしようよ

 

 

鼓膜を震わせたその一言に、耳を疑う。聞いていないことにして、ルビーに背を向けて、目を瞑った。

 

「せんせー約束してくれたじゃん!18歳になったら結婚してくれるって!」

「真剣に考えると言ったんだ。するとは言ってない」

「私18歳になった!18歳になった!」

「だからどうした」

「凄いって!凄く頑張ったって褒めてくれたじゃん!認めたじゃん!ならご褒美くらいくれてもいいでしょ!!」

「倫理が許す範囲なら考える」

「私今はさりなだから!妹じゃないから!」

「いや、妹だから」

 

かつてはそうだったかもしれないが、今はゴリゴリに血の繋がった兄妹だ。出来るわけがない。

 

「せんせーは、私と、したくない?」

「したくない」

「ならせんせーは、私がせんせー以外の男の人と、そういうことしてほしいと思う?」

「…………………」

 

それを言われると、少し心にモヤついた何かが生じずにはいられなかった。家族としての父性なのか。それともそれ以外の何かなのか。判断はつかなかったが、今までのように即答断言はできなかった。

 

その様子を見たルビーはニヤ〜っと笑い、アクアを背中から抱きしめた。

 

「ほんとせんせーは私のこと大好き過ぎるよね。過保護で困っちゃうなぁ」

「…………過保護なのかな、やっぱり」

「私はそんなせんせーが、大好きだから良いけどね」

 

でも、と唇が動く。笑っていた顔が一転して暗くなる。

 

「この間のフリルちゃんとのベッドシーン」

 

先日の収録。あかねにも指摘されたあの場面。あれをみて穏やかでいられなかったのはあかねだけではなかった。

 

「すごく嫌だった」

 

好きな人が、自分ではない女と抱き合い、組み伏せられ、肌を重ねあう。想像するだけで嫌なことを、まざまざと見せつけられた。すごく嫌だった。

 

「私だってわかってるよ。せんせーが私と結婚できないことくらい」

 

そう。2人は家族。兄妹。双子だ。いくら仮面の下の素顔を訴えようと、そんなものを聞き入れてくれる存在などありはしない。まあ、兄妹婚が合法の国もどこかにあるのだろうが、少なくとも日本では絶対に認められない。

 

「せんせーは、きっと誰かと結婚する。あかねちゃんか、フリルちゃんか、せんぱいか。誰かはわからないけど、いつか誰かのものになる。私だって一生せんせーと一緒にいるつもりだけど私は誰かの夫になったせんせーを、一生見続けなくちゃいけない」

 

違う名字だった人が、星野性を名乗る。電話に出る時、「星野です」なんて答えちゃう。2人で笑い合い、一緒にご飯を食べ、ベッドを共にし、愛の結晶を授かる。2人で子供を育て、大人になり、その姿を見送り、また2人だけの人生に戻る。

 

それはルビーにとって幼い頃からの夢で、憧れだった。

 

「私にそれはできない。少なくともせんせーの奥さんにはなれない」

 

ルビーだって……さりなだって、わかっていた。この人生でも、本当の意味で初恋の人と一緒になることは出来ない。それがわからないほど、18歳の天童寺さりなは、もう子供ではなかった。

 

「だから。せんせー。だからね……」

 

背中の服を握りしめる。声が震えていることに、ようやく気付いた。

 

「一回だけでいい。一回だけでいいから、してほしい。他のことは諦める。だからせめて。初めてはせんせーと、したい」

 

───アマミヤゴロウだったら、どうするんだろう

 

さりなからの切実な願い。自ら考え出した倫理と理想ギリギリの妥協点。

 

アマミヤゴロウなら、受け入れたのだろうか。なんだかんだで彼女に甘かった、あの青年ならば。

 

「せんせー?」

 

黙りこくったアクアの背中に不安そうな声が届く。怒ったと思われただろうか。背を向けていた体勢を90度回転させた。

 

「一回だけって言ってもな。なんの準備もしてないのにそんな事できるわけ──」

「私これでもアイドルだよ?体調管理のためにそういう薬はちゃんと飲んでるから」

「…………」

「せんせーだって避妊具くらい持ってるでしょ?2年も付き合っててあかねちゃんと何もしてないわけないもんね。かと言って無責任に命ができるようなマネ、せんせーがするはずないし」

 

罪悪感が迸る。アマミヤゴロウなら、フリルとそういう関係になっていたとしても、あんな事故が起こるようなことはなかったのだろう。産婦人科の医師なのだから、当然と言えば当然だった。

 

「せんせー」

 

首に腕を回される。左眼に星の光を宿した紅い瞳がもう目の前にあった。

 

「愛してる」

 

唇が重なる。ぎこちなく舌を動かしながら、パジャマのボタンを緩め、滑らかな肌が露わになる。キスが終わり、離れた時、ルビーは泣きそうな顔でアクアの肩に顔を埋めた。

 

「せんせーと、キスできた。やっと。何度も何度も夢に見たことが、遂に叶った」

「…………さりなちゃん」

「好き。せんせ。大好き」

 

アクアを強く抱きしめ、また唇が重なる。うぶなルビーがそこから先に進むのは、かなり時間がかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───ごめん、せんせー。一つだけ嘘ついた。

 

全身で愛しい人を受け入れながら、胸の中は信じられないほどの幸せが満たし、そしてほんの少しの罪悪感があった。

 

───いつからだろう。私にそういう欲求が強く湧き上がるようになったのは。

 

多分、絆ちゃんを見た時からだ。私とアクアの子供時代を演じる一歳に満たない幼女。あの子に初めて会った時から。

 

泣いていたあの子を抱きしめた時。私の腕の中で笑ってくれた時。何かが疼いた。

 

「…………いいなぁ」

 

あの一言を呟いた瞬間、私の中で蓋をしていた何かが外れた。私の中で強烈な欲求が湧き上がった。

 

───ママも、きっとそうだったんだろうな

 

台本を読み込んだ時。カミキとのワンシーン。彼を愛するが故に彼を突き放すあの場面。ちゃんと気をつけていたと言った。それでもできてしまう事はある、とアイは言った。

 

ルビーだってもう何年も芸能界にいるのだ。知っている。どれだけ気をつけても、避妊に100%がないことくらい。

 

───1回だけ。初めてだけをせんせーに。その言葉に嘘はない。これでダメなら、諦める。この思い出だけを胸に秘めて、一生せんせーの側にいる。

 

「あっ、あっ!せんせ!ダメ!今、動かないで!」

 

全身が勝手に震える。せんせーは私が気持ちよくなるように動いてくれた。気持ちよくなる動き方を、知っていた。

 

この思い出があれば、大丈夫だから。いつかせんせーが結婚して奥さんと一緒に暮らすことになっても。私だってこの人に愛された女の1人だって証を持って、生きていけるから。

 

けれど、もし。万が一。その時が来たとしたら。

 

───それはもう、運命だって。

 

そう思っていいよね。せんせー。その時は貴方も認めてくれるよね?

 

「せんせ!きて!全部きて!私の中に、ぜんぶっ」

 

灼熱が私の中で爆ぜる。身体が消えてしまったかのような快感に。その波に飲み込まれてしまわないように。私はアクアの身体を強く抱きしめ、ただ身体を震わせた。

 

「好き、せんせー。好きだよ」

 

それから夜が明けるまで、私はずっとせんせーにくっついていた。シャワーを浴びる時も後ろから抱きしめて一緒に入った。

 

夜が明けてからも、タクシーに乗せてもらうまで、ずっとせんせーの腕にしがみついていた。

 

「帰ったら少しでも寝ろよ」

「…………好き」

「収録には遅れるなよ」

「…………好き」

 

車が動き出すまで、私はずっとせんせーに私の想いを伝え続けた。

 

───お願い、ママ。

 

この一度で。私をせんせーのものにしてください。

 

神様に祈る代わりに、私は天国のママに願った。

 

未だ疼く下腹部を撫でながら。

 

 

 

 

 





最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

やっぱりあの濡れ場を見てしまったのなら、拙作のあかねとルビーは平静ではいられなかっただろうな、と。むしろ原作のルビーはよく何も言わなかったな、と。ちなみにアクアが演じるカミキがララライの舞台で演じていたのは(ややこしいな)星の王子様です。

そしてついに来てしまった。ルビーのメンゴ。いかがだったでしょうか。できるだけ自然に。ありうる形で表現できたと思っています。アクアが断れなかったのも、ゴローの記憶がないからこそできた表現かな、と思ってます。

ここからは物語は一気に完結へと向かいます。映画の撮影も終わり。試写が始まる前にアクアはカミキに会いに行きます。アクアにとって、最後の予定通りの訣別です。

それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければモチベーション爆上がりです。時間がかかっても感想には必ず返信します。
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