【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

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下達だらけの舞踏会が終焉を迎える傍ら
貴方は真実を語る見世物小屋へと招かれるだろう
星の軌跡を辿る道が開く
残る足跡を追う者に気づく事なく


11th take 追う者、追われるもの

「ふーん。この子がレンちゃんの後輩かぁ」

 

東京のとあるハコ。派手なピアスが特徴的な少女がツレを紹介していた。中学の後輩で、歳は12歳。まだ喉仏も出ていない少年。容姿は天使と見紛うほど凄まじく整っている。美貌のせいか、性差に乏しい。女の子だと言われればななみは信じたかもしれない。

 

「そっ。私の後輩で愛玩動物。ピアノやってた子でドラムとかも仕込んでる。腕はまあ中の上かな。促成栽培で育てたにしてはまあまあだと思う」

「かっわいいじゃん。ボク、お名前は?」

「アクアマリン」

「スゲー名前w」

「面倒だからアクアでいい」

「そう?じゃ、アクア君。決めよっか」

「?」

「私とななみ、どっちとバンド組みたい?」

 

コレが歌姫、鷲見はるか。ピアニスト寿ななみ。そして俳優星野アクアの出会いであり、3pieceバンド、【cantor(カントル)】結成のきっかけだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ヘイヘイアッくん。男ならスパッと決めな。私か、ななみか、どっちと組みたいの?」

 

レンさんに連れられて、いきなり紹介され、そのまま先輩とは別れ、三人で個室のある居酒屋に入った。隣に座ったハルさんはパーソナルスペースもあったものではなく、ビのつく金色の飲み物片手に絡みついていた。

 

「ウザ絡みやめなよハル。アクアくん引いてるよ」

「えー。そんなことないでしょー?初対面だけどなんとなくわかるよ。私とアッくん。気が合いそうだもんね」

 

でた。初対面の相手にも大概好印象を持ってもらえる言葉、気が合いそう。美人に気が合うと言われて悪い気がするやつなど、まずいないし、仲良くする気があるというアピールでもある。男慣れしてる女が(男もだが)よく使う手だ。

 

「そうですね。鷲見さんモテそうですもんね。大概の人には合わせられるでしょうね」

 

この返事には、はるかもななみも驚かされた。中学生になりたての少年が普通こんなこと言われたら舞い上がるか、緊張してあがっちゃうかのどちらかだ。こんなペシミスティックな対応をしてくるとは思わなかった。

 

「ヘェ〜、君面白いね。あの変人レンの後輩やってるだけはある」

「レンさんは変人じゃありませんよ。ちょっと病んでるだけ。普通の人です」

「お姉さん、ヤんでる人は普通じゃないと思うよ」

「そうですか?オレが知る限り、病んでない人なんて、この世に一人もいませんよ」

 

言い方が悪いかもしれないが、間違ったことを言ったとは思わない。TikTokやインスタでツイートを気にしすぎているような人は承認欲求過多の病気だし、恋愛に夢中になってる人だってハタから見れば病気に見える。みんな生きてればどこかしら病んでるのが当たり前だ。病んでいるのは精神上異常なのかもしれないが、人間としては至極真っ当だと思う。

 

「レン先輩は別に特別な病み方してるわけじゃない。たくさんいますよ、歪んでる奴なんて。役者なんてその典型でしょう。承認欲求拗らせてるやつばっかですよ」

「じゃあ君もどこかヤんでるのかな?」

「勿論。オレもしっかり病んでますよ。大事なのはそれと上手く付き合えてるかどうかです」

 

母親の記憶がない。妹のために嘘をつき続け、好きでも楽しくもない演技に人生を注ぎ続けている。まったく我ながらなんと病んでることか。でもしょうがない。病んでなければ星野アクアでいられないのだから。

 

「はは、君ホントに面白いね。自分で自分のことヤんでるなんて言う人、初めて見た」

「みんな普通でありたいですからね」

 

この国の教育は個性を排する主義だ。同じ教育、同じ環境で、冒険をさせない。教師という管理者の元、枠から出ることを禁じられる。出る杭は打たれ、伸びない杭は虐げられる。アベレージは高くなるかもしれないが、突出した何かは生まれにくい。そんな教育環境を作っている。そのくせ社会に出れば積極的に動け、とか個性を出せとか言われる。まったく訳の分からない国だ。人とは一人ひとり違っているから面白いというのに。

 

「その点、ロックは良い。いろんな人のいろんな個性が許される。認められるかどうかはわからないけど、許してはもらえる。だからこの世界を一度見ておきたかった」

「レンから聞いたよ。アッくん役者志望なんだって?」

「はい。この世界に身を置くのもそのための勉強の一つです。オレはこの世界に居られれば、色んな人を観察できるなら、誰とでも組みたい」

 

本気でロックで成功するつもりはない。それはまだ夢を追いかけている人たちから見れば怠惰に見えるかもしれない。ともすればオレのスタンスは失礼にすら当たるだろう。

 

「だからオレからどちらか選ぶなんてことはできませんよ。許可を得たいのは寧ろオレの方です。オレがロックの世界にいられる期間は1年から2年。楽器はキーボードとドラムを少し。それでも良ければ是非組んでいただきたい。よろしくお願いします」

 

こうしてthree-pieceバンド、【カントル】は結成された。活動期間は一年と少し。中高生のみで構成された実力派美少女バンドは限られた場所でのみだが話題になり、少し騒がれた後に解散の運びとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後の一音が終わる。フウと息を吐くとほぼ同時、小さな拍手が部屋の中で響いた。拍手をしているのは二人の女性だった。

 

二人とも歳は二十歳そこそこ。一人は軽くウェーブした桃色がかった茶髪に卵型の大きな瞳。そして服の上からでもわかるスタイルの良さが目を引く美女。

 

ピアニスト寿七海

 

フワリとした立体感のある黒髪ロングに、スレンダーな肢体。妖艶な瞳はいかにも男慣れしている雰囲気を醸し出している。

 

ディーヴァ鷲見はるか

 

「この三人が揃うのも結構久しぶりね」

「解散ライブやって以来だから2年くらいか」

 

この二人に星野アクアを加えた三人はかつてバンドを組んでいた事がある。はるかがボーカルアンドギター。アクアがドラム。ななみがベースだった。二人とも音楽歴が長いおかげか、ギターもベースも人並み以上の実力があり、アクアのドラムも先輩達との付き合いの中で、特にレンさんに色々訓練され、人前で恥ずかしくない程度の腕前にはなった。ただ一つ、恥ずかしかったことがあるとすれば…

 

「久々に私の服着る?マリンちゃん」

「勘弁してください。もう懲り懲りです」

 

そう、三人は女子中高生のみで組まれた(と誤認させていた)バンドだった。アクアは地毛と同じ色のウィッグとハルさんの中学時代の服を借りて、マリンと名乗っていた。実は女装、あのPVが初めてというわけではなかったのだ。

ななみとはるかが高二の時にそれぞれが組んでいたバンドが解散となり、夢を諦めた者とまだ夢を追う者とで別れた。ななみとはるかは後者。高校まではまだロックを続けると決めた。そして夢を諦めた者が自分の代わりにと連れてきた後輩が、アクアだった。

 

「うん、めちゃめちゃ上手ってわけじゃないけど、充分。歌いやすいし、聴きやすい。気遣いが上手い子ね」

「なにより、何というか、目を惹く。人を惹きつける何かがある」

 

一応選抜テスト的なものを受け、合格をもらった。ではバンド名を何にするか、などの話し合いになった折、こんな発言がはるかから飛び出した。

 

「ねえ、アッくん。女の子にならない?」

「はあ!?」

 

突拍子もない爆弾発言だったが、ハルさんにしては珍しく、ちゃんとした理由があった。女二人に男一人のバンドは悪い意味で目立つし、あらぬ噂(少なくともこの時は)や余計な波風が立ちやすい。そこでメンバー全員女子なら問題ないでしょ、という事になったのだ。

圧倒的な歌唱力を持つギターアンドボーカル、ハル。スタイル抜群音楽センスの塊ベーシスト、ナナ。小柄ながらも情熱的かつパワフルな顔面偏差値鬼高少女ドラマー、マリン。タイプの違う三人の美少女で構成された3-pierceバンド【cantor(カントル)】はインディーズとしては破格の人気を誇っていた。一時メジャーからも声がかかったと噂されたが、メンバーの一人が音楽で大成する気がなかったため、バンドを抜けた。その後、新しいドラムスを入れたが一時期ほどの脚光は浴びず、メジャーの話も流れ、そのまま解散となった。

 

話を戻そう。今日はマンションの一室。ピアノが備え付けられているその部屋でアクアは恩返し演奏を披露していた。昨日、アクアはナナさんとLINKで連絡をとった。『お礼がしたい、都合のいい時間はあるか』、とだけ。すると自宅で会おうと返事が返ってきた。そして訪ねてみるとなんとハルさんまで部屋で待ち構えていた。唐突に休みを取ったナナさんの行動を訝しんだ彼女は今日アクアが来ることを無理やり聞き出したらしい。

 

「まったく、私との約束すっぽかしたまま、ナナとばっか会ってるなんて許せないよねー」

 

扉を開けて早々、肩に腕を回されて耳元で囁かれた。その事については申し訳なく思っていた。本当なら受験が終わって、ルビーと別れた後、その事についてハルさんに謝りに行こうと思っていたのだ。が、有馬がくっついてきたせいでできなくなってしまい、仕事も重なって結局行けずじまいだった。

 

「それでは、ハルさんへのごめんなさいと、ナナさんへのありがとうを込めて、演奏させていただきます。ご拝聴ください。『cantorのために』」

 

エリーゼのためにを少しジャジーにアレンジした曲を演奏する。色々考えたが、ナナさんへのお礼はやっぱり音楽が一番良いと考えてのことだった。

 

演奏が終わると拍手をもらう。二人とも嘘ではなく、心から笑っていた。よかった。上手く弾けたっぽい。

 

「すごーい。凄いわアクアくん。この短期間で驚くほど上手くなってる。あの時に聞いたベートーヴェンとはまるで別物よ」

「ピアノできるの知ってたけど。てゆーか、だから三人でカントルやってたんだけど。クラシックもこんなに上手とは知らなかった」

「練習しましたからね。貴女達二人のためだけに」

 

少し嘘である。ナナさんはともかく、今日ハルさんに聴かせる予定はなかった。けれどそんなことは言わなければわからないし、少なくとも今の演奏だけは二人のためだけに弾いた。幻想と真実はかけ離れすぎては嘘くさいし、近すぎてもつまらない。良い塩梅で混ぜることが女性と付き合うコツだ。

 

「技術の上達もあるけど、それ以上によく音が聞けてる。ピアノにも、聞き手にも、ホールにも配慮出来てる、わかった演奏」

 

ハルさんは満足げに笑ってくれたが、ナナさんは聞こえるかどうかの声量でブツブツと呟きながらガチ評価中。オレの軽口は聞いてくれていなかった。この人、ピアノに関してはホントガチ勢だな。

 

「何かいいきっかけでもあった?」

「さあどうでしょう。けどハーモニーの真髄に触れることはできたかな、と思います」

 

座椅子から降りると、グッと背筋を伸ばす。演奏に集中していたからか、思ったより体は固くなっていた。

 

「何か飲みますか?」

「そうね、紅茶をお願い」

「はい」

 

あれから数日。ネットドラマの撮影が終わった後、アクアは意外と暇をしていた。中学の卒業式は終わったし、高校の入学式まではまだ時間がある。ぽっかりと空白の時間が出来てしまった。

紅茶を淹れている間に二人がPCでドラマの最終話を見ていた。

 

「………コレがアクアくんが出たドラマかぁ。あんまりいい役じゃないわね」

「駆け出しなんでね。期待させてたなら申し訳ない…………しかし我ながら酷いナリだな」

 

そういう役だと言ってしまえばそれまでだが、まあキモい。フードで顔も半分以上隠れてる上に逆光でさらに見えにくくなっている。言わなければオレだと気づく人は少ないだろう。

 

「…………でも、目が引き寄せられるよね。全体的に暗いシーンだけど、暗さの根源がアクアくんから出てるって感じ、する」

「怖いしキモいけど、見ちゃうわね。怖いもの見たさって気持ちが初めてわかったかも」

 

流石は二人とも芸術家。細かいテクニックなんかはわからないけど、演出の芯の部分がわかっている。目の付け所や感じ方が素人とは明らかに違う。

 

「こういうキモいアッくん見た後にピアノとか弾いてるアッくん見たらなんかいつもよりエロく見えるね」

「オレ、いつもエロいですか?」

「エロいというより、今日のアッくんなんか色っぽい……」

 

伸びた背筋。細い指先。流麗に動く運指。ピアノへのタッチ。随所に思い遣りが光る。愛の使い方を学習したアクアは動作の一つ一つに以前にはない艶があった。

 

「ね、アッくん。先っちょだけ、先っちょだけいいかな?」

「ハルさんキモいです」

「キモくないキモくない。ちょっと二人だけになれるとこ、行こうか」

「そろそろやめてくれません?」

 

若干引きつつも、心情は理解できる。いつも見ているはずのものが、ギャップでさらに良く見える、というのはあることだし、男女の関係をすすめる戦略としても有効だ。

 

「きれいは穢い。穢いはきれい、か」

「あ、シェイクスピア。流石はカントル作詞担当。詩人だねぇ」

「役者は詩人多いけどね──お待たせしました」

 

花と蔓のデザインが美しい白磁の陶器から湯気が立つ。テーブルには人数分の紅茶とクッキーが盛り付けられていた。

 

「ん、美味しい。腕衰えてないね」

「当然」

「ま、茶葉がいいんだけどね」

「ハル、そういうのは自分で美味しく淹れられる人だけが言っていいセリフよ」

「はは、でも事実ですよ。実際良い茶葉です。流石はナナお嬢様の嗜好品」

「ピアノなんて金持ちじゃないとできない趣味だよねー」

「なんか引っかかる言い方ね、二人とも」

 

こういうのも久しぶりだ。根がまじめなナナさんが不満そうに鼻を鳴らす。Sっ気強めなハルさんがオレかナナさんをからかってケラケラ笑う。オレはその様子を少し下から見ている。オレたち三人は絶妙なバランスの上で成り立っていた。

 

「……で?俳優アクアさん、見事に鮮烈なデビューを飾ったわけですが」

「鮮烈デビューにしては暗い結果だ」

「期待の新鋭の今後の活動について何かありますか?」

「…………」

 

思わず黙り込んでしまう。いずれバレる事だし、別に隠すほどでもないのだが、この二人に言うのは少し憚られる。

オレの沈黙を違う意味で受け取ったのか、ナナさんがエアマイクを押しつけてくるハルさんを制止した。

 

「ハル、あんまりアクアくん追い詰めないの。駆け出し役者が一つ仕事終わったところで、いきなり次が舞い込むなんてそうそうない事、私達がよく知ってるでしょ?」

「そっかー、次には繋がらなかったかー。気を落とすなよアッくん。チミはまだ若いんだからコレからチャンスはいくらでも──」

「…………二人に嘘つくの嫌だから言いますけどさ」

 

誤解のままにしておこうかとも思ったが、この二人には嘘をつかなくていいから楽なのだ。だが一度でも嘘をつくとこの二人との関係もそのままズルズル嘘に塗れていくだろう。それはいやだった。

 

「実は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかオレも呼ばれるとは思わなかったぜ」

 

時間は少し遡る。とあるホテルの一室を借り切ったパーティルーム。わざと薄暗くした部屋の中でミラーボールの輝きが目立つ幻想的な会場で、学生服を着た少年が飲み物片手に息を吐く。大人達がひしめくその空間に未成年であることを象徴するその服装はある意味特殊だ。

 

「そりゃ呼ばれるわよ。最終話の準主役なんだから」

 

このパーティが始まってから、ずっと彼の隣に立っている、たった一歳しか歳の変わらない少女でさえ、ドレスを纏ってその場にいるのだから。

 

「…………なによ」

 

別に何もないのだが。寧ろそっちが何かあるのだろう。入った時からなんかずっと隣に張り付いてるし。チラチラ見てきて何か言って欲しそうだし。まあ、大体予想つくが。

 

「有馬も随分ドレスアップしてるな。いいじゃん。有馬ってもっとガーリーなイメージだったけど、フォーマルなのも似合う」

 

表情が一気に明るくなる。女の服装を誉める時、ただ似合うと言うだけではいけない。通常との違いを具体的に説明することで、普段から有馬を意識していることを知らせる。その上でいつもと違うところを具体的に褒めることで、特別感を演出する。コレが女に男を意識させる褒め方というやつだ。

 

───といっても、別に有馬を落とそうとかはあんま考えてないけど

 

しかし、長年培ってきた、相手に好意を持ってもらうコミュニケーションスキルはほとんどパッシブで発動してしまう。そのせいで良いことも悪いこともあった。だからあの世界から離れた時に人間関係は大体精算した。今もなお交流できるのはナナさんとハルさんくらいだ。

 

「あんたはなんかあざといわね。何で学ランなのよ。こういう場は普通スーツでしょ?」

「そうか?オレらって大概制服で冠婚葬祭こなすだろ?」

「打ち上げパーティは冠婚葬祭とはちょっと違うでしょ……それに私たちはこの場に業界人として来てるんだから、学生服だと舐められることもあるわよ」

 

ふむ、言われてみれば確かに大根モデル共も皆スーツやカッターだ。確かに一人学ランは浮いている。

 

「ま、こういう場所は監督志望の人とかディレクターとかもいるから、多少浮いてても目立ってる方が記憶に残してもらえるかもだけど。大人って制服好きだから」

「やな印象の残り方だな」

 

出来ればもっと違う方向で残してもらいたいものだ。自分で言うのもアレだが、最終話はオレのおかげで成功したんだから。土壇場ギリだったけど。

 

「有馬さん、撮影お疲れ様でした」

 

二人の背中に声がかかる。ドレスとしては少しラフな部類に入る衣装を着た女性。フワリと身体を包むストールが特徴的だ。歳は30そこそこくらいだろうか。顔立ちは比較的整っており、美人の部類に入ると思う。どこかで見かけたような気もするが…

 

「あっ、先生……」

「先生……って事はこの人が」

 

今日あま原作作家。恐らくはこのドラマに最も心を抉られたであろう人物。引け目があるのか、声をかけられた有馬は少しバツの悪そうな顔をしていた。

 

「こ、この度は申し訳ありませんでした」

「そんな、謝らないでください。私は有馬さんにお礼を言いに来たんですから」

「…………えっ」

「いろんなことを言う人がおられますけど、少なくとも私はこの作品は有馬さんに支えられていたと思っています。本当にありがとうございました」

 

感謝と共に頭を下げる。感謝を述べられた元天才子役はうっすらと涙を浮かべていた。

 

「…………いたな、見ていてくれる人」

「───うんっ」

「星野さんもですよ。本当にありがとうございました」

 

今度はオレの手を取り、頭を下げられる。流石に少し動揺した。まさかオレにまで謝辞を述べてくれるとは思わなかった。

 

「そんな、オレなんて最後に少し出ただけで」

「ご謙遜を。私もクリエイターの端くれです。見ればわかりますよ。最終回のあの感じを作ってくれたのが誰かくらい」

 

全6話のドラマの中で最終回だけが際立っていた。それまでの5話との違いは何かなど、見る人が見ればすぐにわかる。

 

「メディア化の話を受けて、本当はずっと不安だったんです。経験ある作家仲間はみんな過度な期待はするなって言ってましたし、『今日あま』はもう完結済みで伸びが期待できない作品。動きがあるだけでありがたいって」

 

スラスラと流れるメディア化失敗の理由。自分が心血注いで作り上げた作品が、あんなクソ化してしまった事に対するやり場のない怒り。それをこの人はこうやって自分に言い聞かせて今までごまかして来たのだろう。申し訳なさと不甲斐なさに有馬は唇を噛んだ。

 

「それでも、私は最後の最後に、この話を受けて良かったと思えたんです。有馬さんが支えてくださっていた土台に、星野さんが加わり、化学反応が起こった。私はこのドラマ化を受けて良かったと思うことができたのは間違いなく貴方がたお二人のおかげです。本当にありがとうございました」

 

二人の手をグッと握る。万感の想いがこもった握手だった。手に篭った熱はしばらく手から離れなかった。

 

「…………たまに、こういうことがあるから、やめられないのよね」

 

先生に掴まれた手を有馬もジッと見つめていた。

 

「………映画やドラマって文化の主役はオレ達役者だけど、いろんな人が関わってんだなって、改めて思い知ったよ」

「その通りよ。私達の演技には多くの人が乗っかってる。彼らを生かすも殺すも私達次第。冗談抜きで沢山の人の人生が懸かってるわ。だから結果を出さなきゃいけない。不本意でも作品のためなら自分を殺さなきゃいけない。そういう意味では今回のアンタは大失敗よ。結果オーライの大振りばっかりしてるといつかカウンター食らって痛い目見るから、気をつけなさい」

「ハッ」

 

確かに、勝手に立ち位置変えるわ、余計な音わざと立てるわ、アドリブ挟むわ、やったことだけ振り返ればとんでもない新人だと思う。勿論作品のためにやったんだし、結果的に好評価を貰ったが、逆になる可能性なんてめちゃくちゃあるだろう。ラッキーパンチだと言われれば否定はできなかった。

 

「上手くならねーとな」

「上手くならなきゃね」

 

ラッキーパンチで終わらせたくなければ実力を身につけるしかない。今回は本当にギリギリの土壇場で形になっただけだ。即興の限界はいつか必ず来る。まあ、今回はスケジュールがガバ過ぎたからアレだけど、次回からはあんなアドリブや『声』なしで成功させなければならない。

 

「い、言っとくけど芸の肥やしになるからって女性トラブル起こしたりしないでよ。売り出し中の役者なんて一番スキャンダルに気を使わなきゃいけないんだから」

「ハハハ」

 

乾いた笑いしか出てこない。まあその辺は中学卒業までにある程度綺麗にはしたし、ナナさんやハルさんはそういうので騒ぐ人じゃないけど、一抹の不安はあった。

 

「…………ちなみにあんた、彼女とかいるの?」

「いねーよ。ご心配なく」

「そ……ふーん…」

「有馬は?」

「…………いないわよ、勿論」

 

ちらりと横目で見ると目が合った。何か言いたそうな、でも言わない方がいいかな、みたいな顔をしていた。なんとなく察しはつくが、これ以上コイツといると面倒な事になりそうだ。飲み物を取りに行く素振りを見せ、その場から離れた。

 

「や、星野くん」

 

偶然か、それとも一人になる時を見計らっていたのか。いつのまにか隣にいた壮年の男性に声を掛けられる。鏑木勝也、今回のドラマの最高責任者。裏方は実力派だがキャストが顔面至上主義の少し極端なプロデューサーだ。

 

「プロデューサー、今回はお世話になりました」

「いやいや、いいんだよ。寧ろ唐突にねじ込んじゃったから、君には借りが出来たかな、くらいに思ってる。それに最終回、評判良かったよ。収益的にはキビかったけど、君みたいな新しい才能に機会を与えるのが目的だったから、それは達成できたかな」

「ありがとうございます」

「君についての問い合わせも幾つかあってね。苺プロの星野アクアだって宣伝しておいたから」

 

ハハハと笑いを返す。そういうの勝手にしていいのかなぁと少し思ったが、まあ宣伝してくれたなら文句はない。

 

「そうそう、苺プロで思い出した。君の顔、どこかで見たなとずっと思ってたんだけど、アイになんとなく似ているんだ」

「アイって……あのアイドルの?」

「そうそう、B小町の天才アイドル『アイ』。よく知ってるね」

「事務所の大先輩ですから」

 

偶然事務所が同じだから知っている。アクアの設定と演技はほぼ完璧に近かった。鏑木も特に違和感は感じておらず、口元に笑みを浮かべてアクアと接している。

 

「鏑木さんと関わりがあった事は存じませんでしたが」

「はは、そりゃそうだ」

「どういうご関係だったんですか?」

 

一応聞いてみる。なんとなくカンでこの人が父親というのはないだろうと思っていたが、思わぬところでアイに関する情報が手に入りそうだった。ここはもう少し踏み込んでみよう。

 

「ファッション雑誌のモデルの仲介で一緒に仕事してね。以来仕事を振るだけじゃなくて色々世話もしたよ。いい営業先紹介したり、内緒で男の子とかに会う時、静かな店を教えてあげたり」

 

───思ったより核心に近いところの情報来たな

 

このドラマに出演したおかげでこんな話が聞けるとは思わなかった。家族に見せないアイの顔。仕事とプライベート。この二つの情報はなんとしても欲しい。父親に迫る情報もあるかもしれない。心中で大きく息を吐き、質問を考えながら、口を開いた。

 

「どんな店で誰と会ってたか、わかりますか?」

「ん………君はもしかしてアイくんのファン?故人のゴシップとかにも興味あったりする?」

「───ファン、というほどでもないですが、目標ではあります。大手事務所出身でなく芸能界で成功した伝説の先輩ですから。勿論興味もありますよ。その足跡も、プライベートも」

 

先人の過去を辿り、踏襲して自分に還元する。芸能界に限らず、どの世界でも行われている事だ。アクアの行動も言動も不自然とは言えないだろう。寧ろこれだけで親子関係などを疑ってくる方が余程不自然だ。

 

「それに、オレもそういう事務所に内緒な、使い勝手のいい店なんかは是非知りたいです」

「…………なるほどねぇ。今回は君に借りがあるし、教えてあげてもいいけど、この情報は結構貴重だ。ちょっとおつりが欲しいのだけど、構わないかな?」

「…………内容次第ですが」

 

ここでがっついては足元を見られる。無茶を言うくらいなら引く、くらいの態度の方がいい。

 

 

「恋愛リアリティショーに興味あるかい?」

 

 

 

 

 

 

「恋愛リアリティショー?出る出る!でるよぉ!チャンネルに動線引くチャンスじゃん!」

 

 

 

 

 

 

「…………やってみたいです。演技を頑張ってるだけじゃいけないと思いますし」

 

 

 

 

 

 

「…………やります。そのショーで私が一番目立って見せます」

 

 

 

 

 

 

「やります。鏑木さん。やらせてください。その代わり、お話聞かせてもらいますからね」

 

こうして、一つの舞台を終えたアクアの前に新しい道が開く。その先に彼の人生を大きく変える出会いが待っていることなど、この時アクアは夢にも思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………そう、あの人、出るんですか。わかりました。出演者の一人に連絡取れませんか?ええ、私の仕事ひとつ譲っても構いません。お願いします」




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。遂に始まる恋愛リアリティショー編。さまざまな思惑が交錯する心理ショーに役者たちが集い始める。最後の声は一体ダレナンダー!そこ、バレバレとか言わない。それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。
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