【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

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15年の嘘の締めくくりは笛吹男の断罪
すでに笛の音に踊らされた蛇は一番星の生まれ変わりに首を伸ばすだろう
突き立てられた牙を受け入れてはいけない
その毒を受けるのはアナタとは限らないのだから


118th take To Coda

 

 

 

 

 

「星野アクアさん、オールアップです!」

 

拍手が巻き起こり、花束が渡される。受け取った瞬間、全身から力が抜ける。カメラが回っている時もそうでない時も芯のどこかに無意識下であった緊張から、解放される。

 

オレは別に演技も歌もダンスも好きじゃないけれど、この瞬間は、結構好きだったりする。

 

「皆さん、本当にお疲れ様でした。ありがとうございました」

 

頭を下げる。演技中は嘘ばかりついてるけれど、この瞬間だけはいつも心から感謝できた。関わってくれた人。オレを撮ってくれた人。オレを美しく仕上げてくれた人。全てに心からありがとうございましたと言えるこの瞬間は、結構好きだった。

 

「終わったな」

 

監督が話しかけに来てくれる。差し出された手を取るのに躊躇はなかった。

 

「お前のおかげで本物が撮れた。本物だけが撮れた。ありがとう」

「五反田監督。今までお世話になりました」

 

嘘じゃなかった。この人がいなければ。初めてオレを撮ってくれた監督がこの人でなければ、この映画は撮れなかった。この完成度にはならなかった。本当に、心から感謝している。

 

「やっぱり辞めるのか。役者」

 

気づかれていたことに驚きはない。この人なら気づくだろうと思っていた。見るべきところはちゃんと見ている人だ。

 

「この世界で役者としてやらなければいけない事はやり尽くた。もうこれ以上オレがこの椅子に座っていてはいけない」

「…………もったいねぇなぁ」

 

そう言ってもらえる事は素直にありがたいと思う。正式な発表はリバドルの撮影が終わってからだけど、決して少なくない人間が、オレの引退を惜しんでくれるだろう。ありがたい事だ。

 

けれど、オレにとって名前も顔も知らない人達が惜しもうが、貶そうが、正直どうでも良かった。

 

「本当にやり尽くしたのか。お前がやりたい事。お前がやるべき事。お前ならアイが叶えられなかったドームのライブだって…」

「その夢を叶えるのは、オレじゃないよ」

 

その夢を受け継ぐのは。その夢を本当に受け継ぐべき人間が、ちゃんといる。オレのように母をなくした子じゃない。本当に母を心から愛している人間が、ちゃんといる。

 

───そのために、オレがやるべき事があと一つだけ、残っている

 

そのために準備した。拙いなりに終活も済ませた。女も泣かせた。

 

さあ、行こう。

 

あの人と、最期の対話に。

 

この映画の締めくくりを決めるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『15年の嘘』の試写が公開された日。アクアは映画館へは行かず、とある場所を訪れている。

 

東京に幾つかある拘置所。その中に収監されている人物に面会の依頼を出していた。

 

面会の相手は、カミキヒカル。

 

殺人未遂の現行犯で逮捕され、余罪の追及中のため、拘置所で勾留されている、星野アクアの実の父親だった。

 

「久しぶりだね。君に嵌められて以来か」

「結構元気そうだな」

「ははは。暇でね。筋トレばっかやってるよ」

 

今日本でもっとも注目を集めている父と子。立ち会っている警察官はもっと荒れることを予想していたが、少なくとも表面上、2人は穏やかだった。

 

「試写の公開、今日なんだろう?行かなくていいのかい?」

「フィルムならもうウンザリするほど見た。アレの編集、8割以上オレがやったからな」

 

けれど、映画の後の出演者挨拶には出席しなければいけない。だからこの場で長々とこの人と話すことはできなかった。

 

「アンタは観たかったか?今日の試写」

 

本題に入る。ガラス越しの男性は穏やかに笑い、首を振った。

 

「どんなに作り込まれたものだったとしても、所詮はフィクション。あの時のことを再現できてるはずもない。捏造して、誇張して、都合の悪いことは綺麗に隠す。そんなありふれたフィクション。興味ないとまでは言わないけど、どうしても見たいとも思わないよ」

「そうだな。アイにとっても、アンタにとっても、あれはフィクションなのかもしれない」

 

映画に映えるよう、劇的な演出をした。不器用ながらも想いは通じ合っていたように見せかけた。すれ違いだって、できるだけアイが寛容に見えるよう撮った。カミキヒカルから見ても、アイから見ても、アレはフィクションだったのかもしれない。

 

「けど、そんなことはどうでもいいんだよ」

 

世間がノンフィクションだと思ってくれれば、それだけで充分だった。

 

「世間は真実を求めない。オレや監督がアレはノンフィクションだと言えば、それはノンフィクションだ」

 

そしてノンフィクションと思い込んだ大衆は徹底的にアイとカミキ、2人の過去を洗い出すだろう。玉石混交の情報の中から、真実を探り当てた警察はアンタの罪を追及する。

 

「アンタの過去の全てが、いずれ白日の元に晒される。そうなった時、社会的な断罪がアンタの命にまでは届かなかったとしても、もうアンタにこの国で生きていく場所はない」

「どうかな?あの映画をフィクションだと世間が信じる方法はまだあると思うけど」

「アンタが何を言おうと世間は耳を貸さねーぞ。殺人未遂の実行犯なことは決定的なんだ。犯罪者の言葉に耳を傾けてくれるほど、この世界は寛容にはできてない」

「君が言うんだよ。この映画はフィクションだって」

「………」

 

絶句する。続いて「は?」と声に出しそうになった。人間が言葉を問い直す理由は二つ。聞こえなかったか、聞こえた内容が信じられないかのどちらか。今回は後者だった。

 

───オレの目的ももうとっくに知っているはずだ。社会的に抹殺し、法に裁いてもらう。それがこの映画をとったオレの目的だと知ってるはずだ。

 

それなのに、この男は、それを全部なくせと言ってきた。さも良い提案をするかのように。オレたちのためとでも言わんばかりに。

 

「君にとっても悪くない事だと思うんだ。アレがフィクションじゃないと証明されてしまっては、君たちの人生に大きく影を落とす。芸能界を引退する君すら、殺人者の息子というレッテルが生涯貼られる。コレからもアイドルとして活動する君の妹は尚更だ。犯罪者の娘としての烙印を押されたまま、アイドルを続けるなんて──」

 

尤もらしいことを。まるでオレたちのためかのように、都合の良い事実だけを切り取って言い募る男を眺めながら、生まれて初めての感覚が、胸の中に渦巻いていた。

 

───オレも、こうだったのか

 

都合のいい事実だけを切り取って、耳触りの良い言葉を囁いて、人を操る。自らは手を下さず、人の持つ絆を利用して。オレも、コレと同じことをやってきたのか。

 

背筋が寒い。鳥肌が立つ。首から下は極寒の中に……いや、少し違う。ウジャウジャと蠢く蛆虫で埋め尽くされた壺の中に首から下を突っ込まれたかのような感覚。

 

そして首から上は熱と雷鳴で爆発しそうだった。

 

この期に及んでオレに縋り付くのか、この男は。オレのためとか、オレの将来とか。オレがオレより大切にしている人達を人質にとって、自分の命を救おうとしているのか。

 

オレには考えられなかった。

 

───ああ、そうか。

 

好意の反対は無関心だと、結構本気で思っていた。愛と憎悪は表裏一体だと。愛しているから生まれる憎しみもあると思っていた。

 

なんて生優しい憎悪だったことか。

 

この見ているだけで吐き気を催す存在が。視界に入れることすら魂が拒否する感覚が、憎悪と呼ぶのなら。

 

それは愛とはまるで違う感情だ。

 

───あ

 

ずっとわからなかった。愛とはなんなのか。恋とはなんなのか。誰かに愛されたことも、誰かを愛したこともあったのに、それでもオレには愛がわからなかった。

 

けれど、ようやくわかった。答えに辿り着いた。きっと千差万別あるこの答え。少なくとも、オレにとっての愛とはなんなのかという答えに。自分なりの答えに、やっと辿り着いた。この人に出会って。この人を知って。

 

───顔も名前も知っている人を嫌いになったことは、多分初めてだったから

 

今までの人生で色んな人に出会ってきた。才能がある人もいれば、そうでない人もいた。良いやつも悪いやつもどっちでもないやつもたくさんいた。

 

その誰もを、オレは嫌いになったことは一度もなかった。

SNSにウンザリするほどいる、安全圏から石だけ投げる奴らを嫌ったことはあったけど、実際に会って、会話をして、顔と名前を知った上で、心底嫌いになった人はいなかった。オレの周りにいたのは、強くて弱くて、優しくて厳しくて、綺麗で穢くて。長所も短所も愛しく思える人達ばかりだった。

 

───だからオレにはわからなかったんだ

 

愛とはなんなのか。有馬やミヤコ。あかねやフリル、そしてルビーに抱いている感情が本当に愛なのか。自信がなかった。

 

愛の対極の感情を知って、ようやく自信を持つことができた。

 

その人を守るためなら、自分を犠牲にしてでも構わないという想いの連なり。真心が、愛。

 

その人を滅ぼすためなら、自分を犠牲にしてでも構わないという想い。心の曽。心の重なりが、憎しみ。

 

どちらの想いも積み重なってできるもの。しかし、積み重ねる内容はまるで真逆。

 

オレはアイを、理解するために15年間を積み重ねてきた。

 

オレはこの人を、滅ぼすために15年間を積み重ねてきた。

 

───そうか、オレは母さんをちゃんと愛していたのか

 

アイを知るために。理解するために。この15年間を捧げてきた。拙いなりに努力し、才能を磨き、実力をつけた。オレの芸能人生の大半はアイに捧げたと言っても過言ではない。

 

言葉は嘘をつく。しかし、行動は嘘をつけない。

 

オレはアイのためなら、嘘もつけるし、人生を犠牲しても構わないけど、この男のために嘘をつくのは、死んでもごめんだ。

 

誰かのために嘘をつけることが、オレにとっての愛だった。

 

───やっと、嘘でなく言える。

 

12年間、嘘でも言えなくて、高校からの3年間、嘘では言えるようになった。

 

そして今、ようやく胸を張って言える。

 

オレは母さんを愛していると。

 

「帰ります。ありがとうございました」

 

立ち会ってくれた警察官に頭を下げ、椅子から立ち上がる。もうこの場に用はなかった。ここに来ただけの価値はもう充分得られた。

 

「待ちなよ。今ならまだ間に合う。賢い君ならわかるはずだ。僕が言っていることが最善だって──」

「実はな。一つだけ見せておいた方がいいかと思って持ってきたものがあったんだ」

 

バッグからDVDを取り出す。中身はアイからカミキヒカルへと向けたメッセージ。愛がわからない彼女が、精一杯の想いを言葉にしたラブレターが収められていた。

 

「アイからアンタへの言葉だよ。聞きたい?」

「…………」

「ま、どっちでももう聞かせないし、見せないけどな。その気は失せた。映画も、コレも、観れないことがアンタへの罰の一つだ」

 

バッグの中へと戻す。立ったままアクリルに手をつき、もたれかかった。

 

「フィクションだったなんて言わないし、言う必要もない。その程度のハンデでどうにかなるほど今のルビーはやわじゃない。それがハンデにならないようこの15年手を尽くした。アンタに心配される必要はない」

「まだ18歳になったばかりの君で尽くせる手なんて──」

「あと、コレが1番の理由だけど」

 

言葉を遮る。にっこりと笑って告げた。

 

「オレ、アンタのこと嫌いなんだよ」

 

コレが最大の理由。カミキヒカルが嫌いだから。アンタを憎んでいると胸を張って言えるから。助けたりなんて絶対しない。そのおかげでオレやルビーの名誉に傷がつくというなら、仕方ない。ルビーには迷惑かけるけど、そこは家族のよしみで我慢してもらう。

 

「そんな子供じみた理由で───」

「子供なんだよ。オレもあいつも。アンタの子供だ。その事実からは逃げられない。オレたちがアンタの子である限り、アンタへの嫌悪も憎悪も消えない。これ以上ない理由だろう」

 

黙り込む。反論はできなかった。事実を。現実を並び立てられた。曲げることは、神にもできなかった。

 

「最後に一つだけ、感謝を。ありがとう。アンタを心から憎悪できたおかげで、オレはようやく知ることができた」

「…………なにを?」

「アンタが最期まで手に入れられなかったもの」

 

それがようやく手に入れられた。オレは愛されていたのだと知ることができた。

 

母は、オレたちのために、命をかけてあの言葉をくれたから。

 

自分よりオレたちが大切だったから、あの言葉を言えたと知ることができたから。

 

「なら君は!僕にどう生きればよかったと言うんだ!」

 

張り裂けるような声がアクアの足を止める。薄笑いの仮面をかなぐり捨てて、ガラスに縋り付く自分と瓜二つの男に、少し驚きを見せた後、蔑んだ。

 

───演技だ

 

わかる。わかってしまう。もっと凄いのをたくさん見てきた。もっと完璧な演技を何度も見てきた。オレならもっと上手くやれる自負があった。だからわかる。目の前の男の、最前線からとっくに離れ、何年もろくに稽古もしていない役者もどきの演技など。今のアクアには子供の学芸会のようで、そのお粗末さに苛立ちすら覚えた。

 

───騙されたかったな

 

騙されたかった。オレごとき騙すくらいのことは出来る人であって欲しかった。その場合、今のオレたちの立っている位置は逆だったかもしれないが。それでもこの失望に比べれば、騙された方がマシだった。

 

そんな息子の失望に父は気づくこともなく、演技を重ねた。

 

「真っ暗な陰の中で!光一つ手に入れられず!やっと希望を見つけたかと思ったら切り捨てられた!そんな人間が芸能界には山ほどいる!闇の中に葬られた人達が!そんな人に!君はどう生きろと言うんだ!なんて言葉をかけると言うんだ!」

「…………はっ」

 

知るか、と言ってやることもできた。真面目に答えてやる気もあまり起きなかった。けれど嘘をつく気にもなれなかった。オレもこの人も、闇にさらされてきたのは間違いないから。

 

───そういう人たちのために、アイは歌っていたから

 

どんな絶望の中でも、一つの音楽に救われることがあるように。

 

悲しい気持ちであっても、一本の映画で笑顔になるように。

 

ステージがあるその日を、楽しみにして、生き甲斐にして、生きていける人がいるように。

 

明日を生きることが、未来を生きることが、楽しみになる人がいるように。

 

そういう人たちのためにアイは歌っていた。踊っていた。愛を捧げていた。

 

オレにアイと同じことができているとはとても思わない。オレができたのは、大切な人たちのためだけに嘘をつくことだけ。

 

けれど、アイなら今の質問にはきっとこう答えていた。オレの中のアイが、彼の質問に真実で応えていた。

 

「『私が光だよ』」

 

カミキヒカルの演技の仮面が剥がれ落ちる。頂点の演技を見たことで、自分の演技の拙さに気づいたからか。それともアイを超えうる才能を直に見てしまったからか。

 

眼前で初めて見た、輝く一番星の生まれ変わりを、カミキヒカルは呆然と眺めることしかできなかった。

 

───アイ。認めるのは嫌だけど、オレとアンタは似ている。けれど一つだけ、決定的に違うことがある。

 

アンタ、人との出会いに恵まれなさすぎだったよ。

 

母親にも。仲間にも。異性にも。恵まれなかった。恵まれなさ過ぎた。オレと違い、有り余る才能を持って生まれた代わりに、どうしようもなく運が悪かった。人との出会いは本人の努力も必要だけど、それだけでは足りない。運がどうしても必要だ。

 

自他共に認めるオレと似ているアイだけど、才能と運の二つだけは真逆だった。オレは才能は乏しかったけど、運は恵まれていた。義母も、妹も、先輩も、仲間も、幼馴染も、恋人も、妻も、娘も。オレの周囲にいて、オレの人生に関わってくれた人達は、心から素晴らしいと言える人達だった。

 

アイは人を見る目もなかったが、それは仕方ない。出会いに恵まれなかったら、目も養われるはずがないのだから。

 

「アンタは闇の中で、光一つ持たないまま死んでいけ。光の幻影だけを抱えてな」

 

踵を返す。もう何も答える気にはなれなかった。

 

 

 

 

「…………アレで良かったの?」

 

拘置所を出て、少し歩くと背中から声がかかる。振り返らなくても誰かわかる。何度も何度もこの形で話しかけられてきたから。

 

「なんの話だ?ツクヨミ」

「とぼけるね。賢い君ならわかっているはずだよ。常に最悪を想定する君だ。この可能性を考えていないはずがない」

 

そう。考えていた。気づいていた。カミキヒカルが死刑にならない可能性。出所してきた後、彼はおそらくオレとルビーの命を諦めないだろうこと。考えていた。気づいていた。

 

「君なら大切な人達の命を守るために。二度と彼から狙われないようにするために。その手を血に染めることも厭わないかと思ってた」

「…………そうだな。それも考えないわけではなかった」

 

最も確実で手っ取り早く、最も賢明で、そして最も愚かな手段。その手段を選べたのなら、どれだけ楽だっただろうか。

 

だからこそ、その手段を取るわけにはいかなかった。

 

「オレは、傷つける側に回るのも傷つけられる側に回るのもごめんなんだよ」

 

基本オレは関係が薄い人に関しては冷酷だ。大切な人を守りたい。そのためならそうでない人はいくらでも利用はできる。

 

だが、それでも。直接的に誰かを傷つけたことは一度もなかった。自分以外の誰かが怪我をすることさえ嫌だった。見たくなかった。

 

「奴と同じところに堕ちたくなかった」

 

カミキヒカルを法に裁かせるために手を尽くした。ここまではやつの罪への罰を与えるため。因果応報は全自動じゃない。なら手を尽くすしかなかった。罰を与えるために。そしてオレが罪を背負わないために、必要な行動だった。

 

しかし、直接手を下すとなると、そこには新しくオレの罪が発生する。日本の法律は復讐を認めていないから。

 

そしてオレは、犯した罪への罰を無視することはできない。逃げてはいけない。裁かれずにのうのうと生きることはできない。そんなことをすれば、オレはヤツと同じところに堕ちてしまう。罪と向き合うことができなければ、オレはカミキヒカルと同類になってしまう。

 

ミヤコを犯罪者の母にするわけにはいかなかった。あかねを犯罪者の恋人にするわけにはいかなかった。ルビーを犯罪者の妹にするわけにはいかなかった。

 

オレの命はどうでもいいけど、オレが関わった人達はどうでも良くなかった。どうでもいいと思うには、オレには大切なものができ過ぎた。

 

「それに自己犠牲はある意味一種の逃避だ。自分が楽になる道の一つ。助けた方はそれで満足でも、助けられた者には一生涯の傷を与えかねない」

 

ミヤコに。メムに。有馬に。あかねに。フリルに。ルビーに。生涯消えない傷を与えてしまいかねない。

 

「オレからすればカミキ程度の小物が生きてるより、そっちの方がよっぽど最悪でな。ただでさえオレはあいつらに十分過ぎるほど傷を与えてしまった。オレが傷ついても、あいつらがこれ以上傷つくことがあってはいけない」

 

自惚れかもしれないが、確信がある。オレが死ねば沢山の人が泣く。ミヤコも、有馬も、フリルも、あかねも、ルビーも。アビ子先生やハルさん達。他にもたくさん。たとえ彼女たちを守るための自己犠牲だとしても、許してはもらえないだろう。泣かせ、怒られ、悲しまれる。そんな親不孝をするのも、そんな形で女を泣かせるのも絶対に嫌だ。オレが泣くことはあっても、あいつらを泣かせる訳にはいかなかった。

 

「あいつが死刑にならず、生きてシャバに出てきたとしても。何度もオレたちの命を狙うとしても。何度でも守る。アイツの笛に惑わされた蛇が来たとしても、守ってみせる。そのために、オレはもう少し生きるよ」

 

ヒラっと手を振る。ツクヨミと話すことも、多分もうないのだろうと何となくわかった。

 

「眩しいね、君は」

 

賢く、正しく、強く、美しい。君はとても欲張りな偶像。母も、義母も、妹も、恋人も、仲間も、友も、妻も、娘も。全てを愛し、全てを手に入れる。君は自分と父親を同じだって思って絶望してたけど、そんなことはない。君はいつだって自分以外の為に戦ってる。自分以外の誰かの幸せのためだけに歌い、踊り、愛を叫んできた。君はカミキヒカルの生まれ変わりじゃない。君は正真正銘、星野アイの。一番星の生まれ変わりだ。

 

だから今日も君は嘘をつく。大切な誰かを守るために。いつか君の嘘が本当になる日を願って。

 

「それでもまだ。君はまだ、あの言葉は言えないんだね」

 

───でも、大丈夫だよ

 

その時が来るのは、きっとすぐそこに。

 

痛ましさと愛しさで、ツクヨミは目を閉じた。

 

 

 

 

「眩しいね、君は」

 

誰もいなくなった部屋で、父が息子へ囁く。胸を張り、堂々と歩くその背中を羨むと同時に憐れんだ。

 

「だからこそ、残念だ」

 

君の光は沢山の人を焼くだろう。焼いただろう。その光が失われる瞬間を、この目で見られなくて、残念だ。

 

「でもいいか」

 

君を殺せるなら、それでいい。その時、僕はもっと自分の命に重みを感じることができる。今までになく、キミを感じることができる。

 

「さようなら。一番星の生まれ変わり」

 

三日月に歪む口角。暗黒に輝く瞳が、暗い部屋の中で確かに光った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ!おにいちゃん!遅ーい!」

 

劇場に駆けつけた時、すでに試写は終わっており、キャストたちが挨拶のために集まっていた。この後、それぞれに取材も控えている。確かにアクアはギリギリのタイミングでの到着だった。

 

「悪い悪い。間に合ったから許してくれ」

「しょうがないなぁ。今回だけだからね!」

 

上機嫌で挨拶へと向かう。映画の出来は上々だったようだ。

 

「…………終わったの?」

 

あかねが聞いてくる。どこへ行くか。あかねにだけは教えていた。オレに何かあった時のための保険だ。

 

「さあ。どうだろうな。これからさ」

 

壇上へ向かい、観客の歓声に応える。一通りの挨拶が終わった後、試写を見に来ていた関係者たちがそれぞれの芸能人たちの元へと近づいた。

 

「アクアさん」

「これはこれは。見に来てくださったのですか」

「はい。もちろん」

「いかがでしたか?」

「素晴らしかったです。本当に。みなさん上手で。生き生きとしていて。特に最後のアクアさんの演技が素晴らしかった。まるで、本当にアイが蘇ったみたいで」

「ありがとうございます」

「本当に、アイみたいで」

 

だからこそ、私は…

 

「あなたの存在が許せない」

 

喧騒の音の中に、ぐちゃりと何かがつぶれたような水音が混ざる。

 

星野アクアに鉄色の鈍い輝きが突き刺さる。

 

突き刺したのは、新野冬子だった。

 

 

「ぁああああぁあああああ!!!?!?!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、お兄ちゃん」

「よう、ルビー。目、覚ましたんだってな」

「まあね。なんか身体変な感じ。お兄ちゃん、刺されたんだって?いつかそうなるんじゃないかって心配してたけど、遂にって感じだね。これに懲りたらあんまり女の敵って思われることしない方がいいよ」

「痴情のもつれで刺されたわけじゃねーよ。少なくとも今回は……なあ、ルビー」

「なに?」

「天童寺さりなって、知ってるか?」

「?誰その人?女の人?お兄ちゃん言ってるそばから──」

「もう一つ。アマミヤゴロウって、誰かわかるか?」

「誰だっけ。どっかで聞いたような……あっ、思い出した。映画でちょろっと出てきたお医者さんだ……で、その人がどうかしたの?」

 

───演技じゃない

 

とぼけてるわけじゃない。何も嘘をついていない。わかる。わかってしまう。今のオレは演技と嘘が見抜けてしまう。ルビーの演技力のレベルも、嘘をついていない時の様子も、よく知っているからわかる。

 

───なくしている…

 

自分が天童寺さりなであったこと。そしてオレがアマミヤゴロウであったこと。

 

天童寺さりなが、アマミヤゴロウを愛していたこと。

 

前世の記憶と、愛していた人の記憶を、なくしている

 

 

 

 





最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

ルビーが記憶をなくしてしまうのは書き始めた当初から。というかアクアが記憶喪失するという設定考えた頃から決めてました。ホント人の心ないな筆者。ちなみにルビーはアイのことはちゃんと覚えてます。なくしたのは天童寺さりなとしての人生と、アマミヤゴロウとの思い出の記憶のみです。

今話のサブタイTo Codaとは音楽用語で、Codaへジャンプし、曲の終わりまでを演奏するという指示です。通常はD.C.やD.S.と併用されます。終盤で同じ旋律を繰り返し、楽曲の特定の部分を飛ばしてエンディングへ進むことで、クライマックスに向けて曲を盛り上げていく表現法です。今回の話にぴったりかと。終局部の前に繰り返しがあることも。水着回とか家族団欒回とか、色々すっ飛ばしちゃったこととかも。描きたかったですが、拙作では蛇足ですので。

次回、本編完結です。本編後エピローグを書くかどうかは反響次第ですかね。読者様たちの想像に任せるエンドもありかと。何より本誌と同時に完結させたいので。

拙作もあと一息ですが、百里を行く者、九十里を半ばとす、と言います。ようやく半分まで来たと思ってます。あと半分。頑張りますので感想、評価よろしくお願いします。面白かったの声が1番のモチベーションです。よろしくお願いします。時間がかかっても感想には必ず返信します。
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