才能という炎に相対した時に取る行動
自らが焼かれないために距離を取るか
その熱を手に入れるために近づくか
人目を引く方法とは必ずしも一つではない。
普段のテレビなどでも自然と目を寄せられるのは声が大きな人とか、大げさな反応をする人など。これらに共通するのはアクションが大きいという事。
しかし、アイドルグループで同じダンス、同じ声量で歌っていても、目立つ者と目立たない者というのが存在する。それは純粋に立ち位置が悪いなど、取るに足りない単純な理由もある。が、入れ替わり立ち替わりが当たり前になった現代の大人数アイドルグループで、センター付近にいる者でも、目が引かれない人間というのは確かに存在する。
目を引く人間と引かない人間、この二つの人種にどんな違いがあるか、明確にはわからない。説明すればいくらでもできるだろうが、反論もまたいくらでもできる。
しかし、芸能界ではこういう目を引く力の正体をこう呼ぶことが多い。
オーラと。
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「薄々気づいてましたけど、社長って危険大好き人間ですよね」
最終審査が始まるまでの1時間。これまでの審査の映像と成績を見ていた淑女が話しかける。先程まで身につけていたサングラスとマスクは外していた。
不知火フリル。かつてはマルチタレントとして。現在はプロカメラマンとして事務所と契約している。ここ数年で最も力を入れているオーディションに撮る側の人間の代表で試験官に選ばれていた。
「私の付き人にアクアを付けることもあっさり許してくれたし。アクアの移籍も即断即決でしたし」
「どれも間違ってなかったでしょ」
「一つ間違えれば大炎上でしたよ」
「一つ決定的に間違えたけど、なんとかなったじゃない。お金と時間と能力があれば、大抵のミスは取り返しがつくものよ」
それを言われるとフリルはもう何も言えなくなる。絆を身籠もった時、社長がこの人でなければどうなっていたかわからない。この人が社長だったから救われた。よくわかっていた。
「でも、知ってるんでしょう?この琥珀って子があの人の──」
「貴女の内縁の夫の息子でしょう。もちろん知ってるわ」
知ってるだろうと思ってたけど、同時になんで知ってんだとも思ってしまう。私すらあかねに知らされなければ彼の顔と名前までは知らなかったというのに。
「別に募集要項に男の娘ダメなんて書いてないしね。リバドルが世間に浸透してくれたおかげでLGBTにも寛容な世の中になってるし。言い訳はいくらでもできるわ。危険なんて言うほどのものじゃないわよ」
「…………コレもアクアの功績の一つ、ですか」
本人が聞いたらどんな顔をするだろう。苦虫噛み潰すか。意外となんとも思わないかもしれない。本人と仲間がいいって言うなら他に何も言うことはないって。顔も名前も知らない人達がなにを言おうが毛ほども考慮しなかったから。
「けど、今のところつまらないわね」
言っていることはよくわかった。確かに能力はある。リズム感もいい。ダンスや歌はまだ荒削りだけど、光るものは感じさせる。だからセンターに抜擢した。
けど、アクアのような。見る者を無理やり引き摺り込むような。心を鷲掴みにして奪い取るかのようなオーラはない。
───私のギャンブルにしては、可もなく不可もなく。てところかしら
レッスンルームに備え付けられたカメラで練習風景を見て、社長が下したのはそんな判断。もちろん本番での結果を見てからでなければ真価はわからないが、この練習をそのまま本番で披露した場合、星野琥珀は落とすつもりだった。可もなく不可もなくでは、女装アイドルを合格にするわけにはいかない。リスクに見合う価値がなければ、ギャンブルはできない。
かつて星野アクアや不知火フリルが、そうだったように。
賭けるに値する才能達だった。隠し子がいても、複数の女性と関係を持っていても。それらを差し引いても利益をもたらす才能達だった。
───そう、思っていたけど…
最終審査。研修生ステージ。審査員だけでなく、一般客も招き、実際にパフォーマンスを披露する。その最終審査は、今までのソレとはまるで違った。
───目が引き寄せられる。
見ているだけで血が躍り上がるようなダンス。観客が無意識にリズムを刻んでしまう歌唱力。ハジける笑顔。そして何より、暴力的なほど両目から光り輝く、星の瞳。
1時間前の星野琥珀とはまるで別人だった。
元々スキルはあった。基本的なことは親から教わっていたのだろう。磨く余地はいくらでもあるけど、ズブの素人ではなかった。
けれど今はそれだけじゃない。明らかに最終審査前までには入ってなかった何かが、今の星野琥珀の中にはある。
───笑顔の奥にあるのは。その目の光の先にあるのは、怒り。
本物の感情を笑顔の下に隠していた。さっきまで抱えていなかった激情が、心の内側で燃え盛っていた。
その正体が怒りであることは、彼の父や祖母を知る者ならば、よくわかった。
───アクアも。あの人もそうだった。
審査員として彼らのステージを見ていた不知火フリルは幻視する。かつて……いや、今も夢中になりつづけている一番星の姿を。
才能の爆発。その着火剤は怒りだった。フリルがアクアに一目惚れした時。エキストラとして出演したCM撮影。自らの保身のためにストーカー被害者を傍観した演技。最も嫌う悪の所業を行う自分への怒りが、星野アクアのオーラに爆発的成長をもたらした。
───貴方はきっと、喜びはしないでしょうね。そして私は少し悔しいな
絆のことは、母として誰よりも愛している。その事に関してだけはアクアにも負けない自信がある。容姿はどちらかといえば私に似ている娘。だけど中身はアクアによく似ている。能力は高いのに自己評価が低い。器用になんでもできるのに、割り切りができない不器用さ。よく似ていた。私の娘と夫は、中身がよく似ていた。
───けれど、貴方の才能を。貴方の星を最も色濃く受け継いでいるのは、星野琥珀。
センターがハジけたことで、レッスン共有組のパフォーマンスも明らかに1時間前より跳ね上がっていた。一列目に選ばれなかったグループは最初少しでも目立とうと勝手な動きをしていたが、今は大人しくなっていた。中央の光が眩しすぎて、割って入るなんて事は不可能だった。そんなことをすれば自分の評価を落とすだけ。それくらいのことは彼女達なら理解していた。
自分が活きる事で他人を活かし、他人が活きる事で自分がもっと活きる。
それはグループのセンターにしか持ち得ない資質。観客は誰もがその人物に注目し、メンバー達は誰もがその背中を目指す。そんな存在にしか持ち得ない才能。
かつて星野アクアが持っていた最高の哲学。星を愛する星の才能だった。
正直少し悔しかった。もちろん愛する娘には変わりない。天才だろうが凡人だろうがこの愛は揺るがない。それは胸を張って言える。18年前に撮ったビデオで語った事。元気で、健康に育ってくれればそれで良い。それだけを願って18年間母親をやってきた。あの想いは今も全く変わっていない。絆はその願いに応えてくれた。
けれど、やっぱり少し悔しかった。娘のことも心から愛しているけど、内縁の夫のことも今もなおあの一目惚れの頃から変わらない……いや、あの時を遥かに超える熱量で愛し続けているから。
アクアの才能を受け継いでいるのは自分の娘でないことが、少し悔しかった。
───頑張れ、絆
私が星野アクアに抱えていた想い。愛もある。恋もある。友情もある。親しみもある。基本的に好意的な感情が殆どだった。
だけど負の感情も確かにあった。嫉妬。やっかみ。憐憫。憎悪。殺意。それらの感情をアクアに覚えなかったかと言われれば覚えたと答えざるを得ない。私にとって初めての感情だった。誰かを羨むことも妬むことも。他の異性と親しくするあの人に嫉妬することも。憎むことも殺意を覚えることも。全てあの人が最初で最後だった。
絆もきっと抱えるだろう。好意だけでない感情を、星野琥珀に持つだろう。それが嫉妬なのか、やっかみなのか、憐憫なのか、憎悪なのか、殺意なのかはわからない。ただ、親としては道を踏み外さないでいてくれれば、それで良いと思う。初めての感情に振り回されながらも飲み込み、力に変えることができる器であって欲しいと願う。
それが出来ない時は、私が掬い取ろう。それが親としての責任。
───ね、あなた。
ステージが終わる。このステージ映像は彼も間違いなく見るだろう。私にも幾度となく向けられた、あの目で鑑賞するだろう。その時の表情を予想する。自嘲するように笑うか。痛ましげに眉を顰めるか。少なくとも喜びはしないだろう。だが同時に私のように悔しいとも思わないだろう。そう予想できてしまうことも少し悔しかった。
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アイドルステージというものを、久しぶりに見た。
ルビーは今も芸能活動を続けている。歌う時もあれば踊る時もある。けれどほとんどがソロ活動。ダンスも後ろにバックダンサーをつける時はあるが、あくまで引き立て役。メインはルビーだけだ。
ルビーの活動は今でも追いかけている。だから歌もダンスも日常的に目にしている。
けれど、アイドルグループのステージを見るのは、久々だった。
「手に入れられたのは最終審査のこの映像だけだけどね。元所属事務所のよしみで向こうの社長さんが送ってくれたわ」
データを受け取ったミヤコが動画について説明してくれる。どうやら瞳が琥珀の分も勝手にオーディションに申請してしまったらしい。そして合格した受験生たちの親には事務所から通知が来た。その通知を受け取ったのは斎藤ミヤコ。そしてデータを求めたのも彼女だった。
内部情報だからもっと出し渋るかと思ったけど、社長はあっさりデータを送ったらしい。まあミヤコが断ればアクアが出てくることはわかっていた。渋るだけ無駄だと判断したのだろう。
瞳と琥珀がそのオーディションに合格したこと。そしてその映像データを見せてもらった。そのステージをアクアはルビーのステージを見る時となんら変わらない。厳しくも優しく。暖かくも容赦のない。かつて頂点に君臨し、磨き抜かれたプロの目で見つめていた。
「…………どう?」
恐る恐るミヤコが感想を求める。親に黙って勝手なことをした我が子らに怒っているのか。それともなんとも思っていないのか。表情からは読み取れなかった。どちらにも見えた。もし怒っているなら孫達を庇おうと義祖母は思っていた。
「どうって言われても……まあ、同年代の頃のルビーやオレと比べたら遥かに上手いんじゃないか?ちょっと比較対象悪いけど」
「クオリティの良し悪し聞いてないわよ。そうじゃなくて……いいの?息子が女性アイドルグループに居ても」
「その辺の良い悪いを決めるのはオレじゃねーだろ。社長がOK出して、琥珀に不満がないならそれでいいさ」
「だいたいこの手の事に関してオレがどうこう言える権利ねーし」と小声で付け足される。確かにアクアはかつて女性3-pieceバンドに女装して所属していた経歴がある。高校からの3年間でも、その容姿の美しさを利用して、女性に扮してカメラの前に立ったことは何度もある。リバーシ・アイドルなど既に伝説だ。アクアの芸能活動15年。女性に扮した数は両手の指では数えきれない。確かにアクアに女装に関して文句を言える権利はないのかもしれない。
「それより気になるのは……」
トンっと一度指がキーボードを叩く。映像が止まり、カーソルが一人に向けられる。一列目の真ん中から少しズレた位置で踊るメンバーに、視線が向けられた。
実は少しミヤコも気になっていた。他人の空似と言われればそうかもしれない。だがスルーするにはその人物は二人にとってあまりにも重すぎた。
───いや、容姿も気になるけどそれよりも……
なんというか、他のメンバーと目が違う。絆も、希望も、瞳も、琥珀をライバルを見る目で見ていた。負けないと。最大値を超える為に懸命に踊っていた。
しかし彼女は。アイによく似た美貌を持つ少女は、琥珀を観察する目で見ていた。見本を見る目で見ていた。見て、盗んで、自身のパフォーマンスに還元していた。
───主要の4人に比べて、この子だけ明らかに技術が足りてない。
独学でやってきた人間特有のアンバランス。変な癖。如実に伝わってくる。けれどライブ中にどんどん直っていった。ライブ中にパフォーマンスが劇的に向上していた。
学んだのだ。星野琥珀という最高の手本を得て。独学といっても見本にしていた人物くらいいただろう。おそらくその人物と琥珀の才能は系統が似ている。だから修正点がわかりやすく、吸収も早かった。
───だからって普通できることじゃないが。
ライブ中にパフォーマンスが向上する。こんなことはアクアにすら出来なかった。アクアもまたいろんな人間の才能を学んできて、吸収してきた。本番中に気づくこともたくさんあった。だがステージ上で修正しようとはしなかった。下手にレッスン時と動きを変えれば、周りは混乱するし、調和が乱れる。最悪怪我人すら出るかもしれない。常に最悪を想定するアクアがそのような危険を犯すはずもない。気づいたことを記憶し、レッスンの場で反復し、習得していく。それが星野アクアのスタンスだった。
───オレが試験官なら、あの4人以外で合格を出すとすれば……
目を瞑って首を振る。今ここで言うことではない。
フウと一度息を吐き、画面を閉じる。頬杖をついて空を見上げる憂いに満ちた星の瞳は、かつての若き時代にはない色気が纏われている。その横顔に彼の義母は胸を締め付けられる感覚に襲われ、思わず生唾を飲み込んだ。
───今すぐ芸能界に復帰しても第一線でやれるわね、この子なら
長年染みついた習性か。アクアは今でも日常的に身体を動かし、ダンスレッスンをしているし、ボイトレも欠かしていない。そして演技力に関しては天性が8割モノを言う世界だ。精神科医として様々な人を診てきた今のアクアなら、ヘタをすれば芸幅は全盛期以上かもしれない。
「まあ、一度子供達と母親を集めて家族会議は必要だろう。ルビーのオフ調整しておいてくれ。あかねにはオレから伝えておく」
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オーディションが終わり、結果が通知されてくる。おばあちゃんに告げると割と簡単にハンコはくれた。おばあちゃんも多分、私のことを持て余していたのだろう。シェアハウスに住むと言ったら、あっさり許可が降りた。
「これで私も後戻り出来ないな」
合格通知を眺めながら空を仰ぐ。荷造りを終えて、ベッドだけになった部屋に寝転がって目を閉じる。思い浮かぶのは最終審査。センターで踊る黒川琥珀さん。
───まだ、ドキドキしてる。
ぎゅっと右手を握りしめる。琥珀さんと手がクロスした時、まるで火に触れたかのような熱を感じた。あの時からずっとこの右手から熱がひかない。火傷したみたいなヒリヒリが右手からずっと抜けなかった。
───あの、瞳
魂の奥底まで見透かされたかのような眩い光を放つあの瞳。ライブ中、目が合う度に心臓にずきりと痛みが走った。
光の矢が胸に突き刺さったかのようなズキズキが、胸の中からずっと消えなかった。
───私は、かわいい
自惚れじゃなく客観的事実だ。クラスの女子達の中じゃ私が誰より可愛かったし、クラスの男の子は大抵私のことが好きだった。告白されたことなんて、20から先は数えてない。
でも。いや、だからか。私は人を好きになるという感覚が分からなかった。
だって私のことを何も知らない。会話したことさえない人が、私のことを好きと言ってくる。一体私の何を好きになったのか。まるでわからない。顔?見た目?仕草?そんな状況によってコロコロ変わるものを好きだと言われてもなんとも思えなかった。
そもそも、両親にさえ愛されたことのない私が、誰かに愛されるとか、誰かを愛するとか、そんなことがわかるはずもなかった。
───そう、思ってたのに……
あのライブ以来、寝ても覚めても心のどこかに琥珀さんがいる。
あのホール中に響き渡る歌声が忘れられない。
あの観ているこちらの心臓が躍り上がるかのようなダンスが忘れられない。
私に向けられた、あのハジける笑顔が忘れられない。
───こんなこと、貴方に出会った時以来。
私の初恋。画面越しに心臓を撃ち抜かれたあの時。こんなに綺麗な人がこの世にいるんだって本気で驚いた。まるで初めて宝石を見たかのようだった。美貌だけじゃない。立ち姿だけで絵になった。喜びも、怒りも、哀しみも、楽しさも、全て貴方にかかれば幻想的なワンシーンになった。
容姿も、精神も、心も、生き方も、全てが高潔で美しかった。嫌いだったのは去り際だけだ。そして、去り際が気に入らなかったのは、心の底からあの人のファンだったからだ。心奪われたからこそあの潔さが、後を濁さなかった立つ鳥が、気に入らなかった。
あの人にとって、私なんて眼中になかったのだと、改めて思い知らされた。
───星野アクア……私の初恋。私の失恋。誰かに愛されたことも、誰かのことを愛したこともない私に、愛を。恋を。推しを教えた、唯一の人。
あのステージで、琥珀の姿が星野アクアと少しダブった。何かうまく説明はできないけど、二人には共通する何かがあるように見えた。何年も星野アクアを見つめ続けた私だからわかることだった。
けれど、星野アクアと黒川琥珀には二つの明確な違いがある。
一つは性別。アクアは男性で、琥珀は女性だ。
そしてもう一つは……
「言っとくけど、星野アクアはワタシの千倍凄いよ」
私にだけ聞こえる声で囁かれたこの一言。
黒川琥珀は私の事を見据えていた。眼中になかったアクアとは違う。私を見て、私に向けて、あのステージを披露した。
「はあ、ヤバいな」
妬み嫉みは受けてきた。女子の陰鬱な暗い感情は何度もぶつけられた。だって私は可愛いから。
けれど、初めて向けられた。宝石の輝きを放つ綺麗な瞳から、燃える熱を持った明確な敵意。あの光を。熱を。私一人に向けられた。
あんなに眩く、熱い太陽光のような敵意は、こんなにも背筋を震わせる快感を伴うものなのかと、初めて知った。
今まで私は、独り立ちをするために。おばあちゃんの庇護から出て、一人で生きていくために芸能界に入る事を決めた。
けれど、これからの。この合格通知を受け入れて。アイドルなんて中々お金にならない、割に合わない職業No. 1の世界に入る最大の理由は、女の子を好きになったから。
あの眩しくて熱い瞳で、私をずっと見続けてもらうためだった。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
やっとアクアが本格的に登場しました。拙作の主人公はアクアですので、やっぱりこのエクストラは蛇足だなぁと思ってしまいます。次回は家族会議。親となったアクアとあかねとルビー、そしてフリルが、子供達と真剣に話し合います。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。最近低評価も高評価もされないのでちょっと不安です。やっぱり続編あまり求められてないのかなぁ。面白くないなら面白くないと言っていただければ幸いです。出来れば理由も教えて欲しいです。多分この続編長続きしないのですが。
勿論面白かったの声が1番のモチベーションです。よろしくお願いします。時間がかかっても感想には必ず返信します。