【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

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星をなくした子妻たる資格
それは愛した人の罪を受け入れること
罪を背負い罰を受け続けて
嘘を貫き通して真実にすること


EXTRA take8 共犯者

 

 

 

 

 

 

「あかね。多分怒るだろうしすごく困らせると思うけど。これ以上お前に隠し事したくないから、言うな」

 

私の手を握る貴方から。とても悲しそうに。辛そうに。罪を告白する貴方から。震えが伝わってきて。私の手も一緒に震えた。

 

「オレ、実は───」

 

そこで、私の目が覚める。

 

隣には私の恋人が眠っている。生まれたままの姿になって。手を重ね、唇を重ね、肌を重ねたあの人が、眠っている。

 

うっすらと目に涙を浮かべながら。

 

「ごめん、あかね。ごめん」

 

意識のない時に、誰かに謝る。アクアくんには稀によくある事だった。相手は私だったり、フリルちゃんだったり、ルビーちゃんだったり。いろんな人がいた。アクアくんを愛しているいろんな人に、この人は夢の中で謝っていた。

 

ごめんなさい、と。

 

彼の胸元に頭を寄せる。そっと涙を拭いとる。謝らなくていいんだよと夢の中の貴方に伝わってほしかった。少なくとも私には。

 

「私、怒らないし困らないよ」

 

貴方が過去に何をしていようと。どんな罪を背負っていても。一緒に生きると誓った。貴方の右腕になると誓った。一生貴方を支え続けると誓った。だから謝らないでほしかった。

 

たとえ私の他に、愛した女の人がいたとしても。

 

その人が私より先に、貴方の子を産んでいたとしても。

 

 

 

 

 

 

それは、突然のことだった。

 

この作品の主演オファーが来た時芸能界引退を決めた。私が憧れ、追いかけ続けたカムパネルラを、私が演じる。これ以上誰にも譲りたくなく、そしてこれ以上演じたくなる役はもう二度とこないと確信した。あの人がいなくなった芸能界に未練もない。引き際には丁度いいタイミングだった。

 

引退すると言った時、やっぱりたくさんの人が私を引き留めたけど、社長だけは穏やかだった。私のモチベーションが駄々下がりな事は知っていたのだろう。商品価値が下がり続ける私にこれ以上の投資は会社にとってマイナスだ。

 

だか、この台本が私にとって最後の作品。15年の嘘がアイさんを追いかけたノンフィクションならば、コレは私の夫を追いかけたフィクション。天才の持つ強さ。弱さ。美しさ。醜さ。知性。愚行。そして儚さを映像にしたいと願う物語。あの人は道半ばで芸能界という煌びやかな世界から姿を消したけど、もしあの怪我をせず、その才能を失わず、枯れ果てるまで咲き続けていたならどうなっていたかを五反田監督なりに追いかけた妄想。

 

───でも、あり得ると思う。それだけの説得力はある。

 

この本の中にいるあの人は。私の夫にしては短絡的だ。最悪の想定が甘い。こんなに楽な道をあの人は選ばない。あの人が選ぶ道は、いつだって自分が一番危険に晒され、それでいて全てを救うことができる、最も困難な道なのだから。

 

けど、あの人が道を選ぶ時、迷わない事がなかったかと言われれば、それは確実にあったと断言できる。

 

安易な道を選びたくなる事だってあっただろう。自分が楽な道を選ぼうとした事だってあっただろう。あの人の矜持が、理性が、賢明さが、強さが、血が。選ばせはしなかったけど、迷った事はあった。当然だ。

 

そんな迷った末に生まれたifを形にしたのがこの本だ。

 

───最後の最後に、大変な作品に出会っちゃったな

 

私の心の真ん中にいるあの人を。あの人の強さも弱さも美しさも醜さも。全て見てきた。全てを愛した。そのつもりだった。

 

その全てが真実なのか。嘘なのか。審判される作品になる。誰よりもあの人に。

 

それは不知火フリルにとって、神の裁定よりも恐ろしい事だった。

 

だから本読みにも気合が入る。監督の意図を読み取り、心情の理解を深め、自分の中に別の人格を宿す。迷った時に導いてくれるように。いつもやっている事だが、今回はその深度をさらに深める必要がある。

 

「ねえ母さん。父さんは今度いつきてくれるの?」

「次の休みには来るよ。父さんもこの本読みたいって言ってたからね」

「わかった。楽しみ」

 

そして今日もしっかりと本読みをして、きたる本番に向けて準備と調整をしていたその時だった。

 

プライベート用の携帯が震えたのは。

 

「───絆、静かにしててね………もしもし」

 

『フリルちゃん久しぶり。少し話せない?2人で。アクアくんにも内緒で』

 

「───わかった」

 

いつか来るかもしれないと覚悟していた時が、やってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京のとある一角。少し敷居の高い個室のレストラン。成人になったとはいえ、世間一般からすればまだまだ小娘扱いされる年齢の2人だが、この程度の店は一晩貸し切りにしても余裕のある経済力を2人とも有している。

 

1人はかつて全国にその名を轟かせたマルチタレント。今は少しずつ活動を縮小し始め、関係者の間でだけは引退の噂も流れている。白磁の肌に艶やかな泣きぼくろが特徴的な美女、不知火フリル。

 

もう1人は天才の名を恣にする実力派女優。彼女の芸能活動は役者業一本のため、知名度で言えばフリルには劣るかもしれないが、それでも大抵の人間は顔と名前を知っている。

先日とある一般男性と結婚の発表をした。星野あかね。旧姓は黒川あかね。今や日本を代表する役者の1人だ。

 

「こうしてゆっくり会うのはいつ以来だろうね」

「彼が引退してから、あかねはずっとベッタリだったし。あの人のケガも一段落して。進学して落ち着いて、貴女もやっと芸能活動再開し始めたところだから。共演するのも『15年の嘘』以来だから、大体ざっくり2年くらいかな」

 

2年前。1人の天才が芸能界から姿を消した。芸歴は15年と長かったが、子役からのスタートで実年齢はまだ若く、高校生になってようやくその才能を世間に認められ、一気にスターダムを駆け上がった。

 

演技において非凡な才能を発揮し、歌もダンスも一流と呼ばれる実力を持ち、その美貌は美が集まる芸能界でも指折りだった。

 

才能も、美貌も、全てを持つ男。弱点なんて見当たらない。貶すところなんて頭のてっぺんからつま先まで何一つない。完璧で究極な偶像。コレからも長く芸能界で輝き続けるスターだと誰もが思っていた。

 

しかし2年前、とある映画の試写会の後、狂信的なファンの1人によってその未来は奪われた、とされている。

 

包丁で右腕を刺され、大怪我をした彼は芸能界引退を余儀なくされた。彼のセールスポイントであるダンスもギターも出来なくなってしまったためだ。俳優としては活動できたし、自らが演奏しなければ歌手としての活動もできたが、その人は基本的に妥協というものを許さない人だった。完璧でなくなった自分がスターの椅子に座り続けることに耐えられない人だった。

 

引退を発表した時、日本全国から惜しむ声と、ファン軽視だと少なくないバッシングに晒されたが、ある程度古参のファンは『それが星野アクアだから仕方がない』と溜飲を下げた。私もその1人だ。

 

嘘に溢れる芸能界で、嘘をつかず、完璧であり続ける彼の姿を愛していたから。

 

大怪我をした彼を支えたのが、恋愛リアリティショーでカップルとなり、その後も付き合い続けた公式彼女。

今、不知火フリルの目の前に座る青みがかった黒髪を肩近くに切り揃えた美女、星野あかね。旧姓黒川あかねだった。

 

「片手、それも利き手が使えないってね、私たちが考える以上に大変なことなんだよ。あの人は平気そうな顔してたけど、一緒にいる事ができて本当に良かったと思ってる。私の時間を2年使うくらい、めちゃくちゃ安いよ」

 

女優としてその才能を認められ始めたところだったというのに、彼氏のために貴重な2年を犠牲にすることに、あかねは何の躊躇もなかった。彼が日常生活を送れるレベルになるまで、献身的に彼に尽くした。学校も仕事も二の次。星野アクアを全てにおいて優先した。

 

そのことをアクア自身が遠慮していた時期もあったらしいが、この看病だけはガンとして譲らないあかねに最後には諦め、彼女の望むようにやらせたそうだ。

 

そうして退院し、リハビリを終え、日常生活を送れるレベルに取り戻したアクアは芸能界引退を公式発表。あっさりとその身を表舞台から消すと、今度は受験に専念した。

 

元々医学部を目指しているのは知っていた。そのための準備もちゃんとやってた。成績だって良い。偏差値40程度の陽東高校とはいえ、一位を逃した事は一度もなかった。頭が良いのも、その良さを勉強にアウトプットできる人なのも、誰よりもよく知ってるつもりだ。

 

それでも国立大学医学部を現役であっさり合格してみせた時は、少し呆れ、絆が勉強できなかったら私のせいだなぁ、とちょっとプレッシャーを感じた(幸いちゃんと天才だったから安心した)。

 

大学入学後はアクアは意外と平穏な日々を送っているらしい。あの星野アクアが同じ大学に入ってきたのだ。医大生といえど(特に女子は)奇異の目で見てくるだろうと私すら思っていたが、そうでもなかったと聞いている。

 

「というより、気を遣ってくれてるに近いんだろうな。オレが引退した表向きの経緯は彼らも知ってるだろうから」

 

怪我をした人間が、今度は怪我を治す側の人間になろうとする。医学の世界では良くある志望動機だそうだ。だからアクアが医者としての道を志したことに、医学生たちは理解を示してくれた。

普通に学生として受け入れられ、共に学び、共に笑う仲間としてのキャンパスライフを過ごしていると聞いている。

 

そして大学生になってから、あかねと本格的に同棲を始めたことも。

 

「実はね、フリルちゃんには報告しようと思って」

「なにを?」

「私、アクアくんの子を妊娠しました」

 

驚きはしなかった。同棲してるのだ。そういうこともあるだろうと思っていた。だから努めて冷静に。穏やかにこの言葉が言えたと思う。

 

「おめでとう」

「ありがとう」

 

心が引き裂かれるかのような痛みを表に出すことはなかったと思う。

 

「アクアはその事、知ってるの?」

「ううん。この後言うつもり」

「私なんかより先にアクアに言いなよ。友達への報告は父親の後で充分でしょ?」

「先輩への報告の方が私は優先だよ」

 

先輩、という言葉が引っかかり、思わず顔を上げる。穏やかに笑うあかねが、美しいと思った。

 

「お母さんの先輩。子供を産んだ女性の先輩。同じ人の子を宿した先輩」

 

心臓が早鐘を打つ。冷や汗を止める事ができない。さっきは隠せた心の動揺が、隠せなかった。

 

「産んでるんでしょ?アクアくんの子。私よりずっと先に」

 

喉が鳴る音が、私の中で大きく響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間というのは平等だ。

 

普通に生きていても。今日が過ぎてほしくないような良いことがあっても。楽しみにしていた日がやってきた時も。平等に、残酷に、容赦なく過ぎていき、明日というのはウザいほど何度もやってくる。

 

そう、例えば人生最大の後悔をしている日でも。

 

帰り道に自己嫌悪で口すら聞けなくなった日でも。

 

後悔で食事すら喉を通らない日でも。

 

羞恥で一晩中ベッドの上で悶え苦しみ、一睡もできなかった日でも。

 

明日というのはやって来る。朝日が登れば僕らは制服に袖を通し、学生の義務を果たさなければいけない。

 

「行ってきます」

「いってらっしゃい。今日は寄り道せずに早く帰って来るのよ」

 

久々に朝に時間がある母さんの手作り朝ごはんだったのに、全く味がしなかった。今日という日が1秒でも遅く流れてくれる事を心から願った。しかしそんな願いなど何の障害にもならず、今日という日は容赦なく過ぎ去っていき、明日が凄まじい速度で迫って来る。

 

「お父さんもお母さんも耳が早いよね。あの二人相手に隠し事1週間持ったことってあったっけ」

 

同じ通学路を歩く隣の姉が呟く。ちょっと嫌そうだが、腹は括ったという感じの声だ。その程度の後悔で済んでいることが羨ましいと同時に腹立たしい。誰のせいでこうなったと思ってるんだと胸ぐら掴みたくなる衝動を必死で抑えた。

 

「洞察力もさることながら、コネや情報網ってやつは今でも活きてるんだろうな。人との繋がりを大切にしろってよく言われる理由がわかるよ」

 

こっちの心情を知ってか知らずか。呑気に喋る自らの姉の顔が手に取るようにわかる。振り返らなくても、顔を見なくても、鮮やかに目に浮かぶ。この15年、ずっとそばにいた相手だ。昔は結構好きで、最近は嫌われてるのはわかってて。

 

そして今。初めてこの姉を僕の方から嫌いになりそうだった。

 

「ねえ琥珀。今日どうする?もし良かったら、私と───」

「うるさい、話しかけるな」

 

最寄駅に着き、あえて通勤ラッシュのど真ん中へと割り込む。苛立っている自分が嫌だった。自分の感情を制御できないのが嫌だった。

 

こんなこと、今までの人生で一度もなかった。感情に蓋をする方法も、上手な嘘のつき方も、誤魔化す術も、発散する方法も、とっくに知っている。自分というものを今まで完璧に制御してきた自負がある。だから僕はずっと優等生で通ってるし、コミュニケーションで苦労した事はなかった。競技の世界で軋轢を生んだ事はあったけど、その世界から離れれば、僕は器用で、謙虚で、美しい。誰にでも好かれる好青年だった。

 

それが、今はできてない。苛立ちが抑えきれない。自分を制御できてない。自分を誤魔化すことができてない。

 

いっそぶちまけられたら。この姉を殴ってしまえたら。楽になるのだろうか。人混みに揉まれながら考えるが、首を振る。きっと何も変わりはしないだろう。一時的にスッキリはしても、根本の解決には絶対にならない。

 

胸ぐら掴んで誰のせいだと喚きたくなるのを抑える理由は別に理性だけじゃなかったから。

 

あの時に感じてしまった快感を。久しぶりに本気で。全開を出した爽快感を。注目を集める気持ちよさを。嘘にすることもできなかったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で?此処でサボってる訳ね」

 

校舎内のとある一室。通常の生徒が入って来る事はあまりない部屋。そこに星野琥珀はいた。生徒が使うにはかなり豪華なソファの上で寝そべり、音楽を聴いている。

 

一般生徒が入ってこない部屋になぜ琥珀が入れるのか。それは琥珀が少し一般生徒ではない事に起因する。今年の冬まで琥珀はこの部屋で役割を与えられていたのだ。

 

そう。この星光院学園の生徒会メンバーとして。

 

生徒会長を務めていたのは今一緒にサボっている彼女。と言っても現3年生はもう自由登校のためサボりとは少し違うのだけど。琥珀を少し強引に生徒会へとスカウトした張本人でもあった。

 

名前は寿りなみ。クラシックの世界にいた時からの知り合いで、ちょっと色々あった関係。弱みというほどじゃないけど貸しはある相手だった。

 

「サボってるなら引き継ぎ業務手伝ってよ。データ移すのも結構大変なんだから」

「オレはもう生徒会メンバーじゃないんで」

「ホントは貴方に会長継いで欲しかったんだけどなぁ」

「一年間付き合った事で義理は果たしました。会長がいない生徒会にこれ以上奉仕する気はありません」

「でもちょっと新鮮。貴方がこんなに凹んでるというか。後悔してる姿見るのはあのコンクールの時以来ね」

「…………よく覚えてますね」

「私の心が折れた日だからね」

 

同じコンクールに参加して。下方修正を実際にやった。初めてグランプリを逃した。会長も銀賞だった。彼女は僕が手を抜いていた事に気づかなかった。マスターのバーで本気の演奏を聞かせて、初めて知った。

 

自分は本気でやったのに、手を抜いた僕と同じ成果だった事実に、会長は心が折れた。クラシックの世界での大成を諦めた。

 

「会長、あの時は──」

「もう会長じゃないよ。二人の時は、リナって呼んで」

「…………」

「り・な・」

「…………リナさん」

「うん、妥協点」

 

ソファに座ろうとして、どいてのジェスチャーをされる。特に抵抗することなく身体を起こした。すると隣に座ったリナさんが僕の肩を掴んで倒れ込ませる。いわゆる膝枕状態で固定されてしまった。

 

「別に琥珀を責めてないよ。貴方の才能と努力をどう使うのかなんて私に決める権利ないし。ただ、私は1番になれる器じゃなかった。そのことを早い段階で知ることができて良かったって思ってる」

「…………」

「競技者やってたらこんなふうに琥珀くんを甘やかすこともできなかっただろうからね」

「ハハハ」

 

頭を撫でられながら乾いた笑いが漏れる。こういう空気は少し苦手だ。

 

「で?今回は何をやらかしたの?」

「…………詳しい事は内緒ですが」

「あら、残念」

「いっときのテンションに身を任せて、ちょっとムキになっちゃいまして……その結果、望まぬ成果をもたらしてしまって……」

「琥珀くんって結構沸点低いよね」

「その事でちょっとリナさんにお願いがあるんですが──」

 

 

 

 

 

 

【しばらく家出します。探さないでください】

 

LINKのメッセージに添えられたこの一文を見て、蜂蜜色の髪の男性は大きく嘆息する。家族のグループに登録している息子からの敵前逃亡宣言に、父は怒りを覚えるよりまず呆れた。

 

「あのバカ。逃げやがったな」

 

今朝に家族会議をする事はあかねの口から伝えられたと聞いている。実際瞳は今アクアの目の前にいる。ただ、琥珀だけが逃げ出していた。

 

「逃げたところで状況悪化しかしねーだろうに。何考えてんだか」

「今のことしか考えられないのは若者の特権だよね」

 

リビングに瞳を待機させ、夫婦の寝室で今後の相談をするアクアの妻は笑っている。息子の敵前逃亡を母は慈愛で受け止めていた。

 

「厄介ごとからは距離を取りたがる性格。誰に似たんだか」

「貴方でしょ」

「こうならない手はいくらでもあっただろうに。なんで危険な手ばかり使いたがるのか。動画見る限り頭に血が上ってる感じだったが。全く誰に似たんだか」

「貴方でしょ」

「オーディション合格したくないならそれなりに手を抜けば良かったのに。手の抜き方も手加減のやり方も教えてやったのに。集中したら手加減できなくなる。全く誰に似たんだか」

「星野アクアでしょ」

 

厄介ごとからは距離を取りたがる。普段はクールなのに、実は意外と激情家。ハイリスクハイリターンの手を取りたがり、攻めるとなったら先手必勝一気呵成で「ガンガン行こうぜ」しかないタイプ。そしてやるとなったら手加減ができない。

 

全て星野アクアの行動原理。夫のことを高校生の頃から知っている星野あかねが、誰よりもよく知っていた。

 

───逆に瞳は嫉妬深いっていうか、コンプレックス多めというか。でも逆境をバネにできるタイプ。

 

真面目で努力家で自分の能力を客観的に見極めることができる。長所と短所をよく理解していて、目標のためにまっすぐ歩ける。目標の先にいる天才を見上げて、その存在をブーストにできるタイプ。瞳は母親によく似ていた。

 

───アクアくんがあの子を瞳って名付けた理由はわからないけど…

 

鏡のような子になって欲しいとは言っていた。誠実さには誠実さで返し、礼儀には礼儀で返す。恩を受けたらその感謝を忘れず、戦うとなったらその目に力を宿してほしい。自分の想いや熱を隠すことなく、瞳を見れば誰からも信じてもらえるような、そんな子になってほしいと言っていた。今のところ、瞳は父の願いを体現する少女になっている。汚れを知らないその瞳は真っ直ぐで高潔な光が宿っている。

 

けれど芸能界という伏魔殿で、あの瞳を守ることができるか。あの目を変えずに生きられるか。

 

それはわからなかった。だから話を聞きたかった。芸能界に。アイドルになるという意思がどれほどの決意なのかを確かめるための家族会議だ。

 

もし瞳の決意が確かなものなら、母は応援しようと思っていた。中途半端なモノなら止めるが、かつての自分のような憧れやルビーちゃんのような夢。そしてかなちゃんのような覚悟を持っているなら瞳の味方に回ろうと思っている。多分アクアくんはどちらかというと止める側な気がするから。

 

───でも、琥珀は……

 

瞳の気持ちはよくわかる。私に似ているから。だから意思を汲み取ることも、背中を押すこともできる。けれど琥珀は。最愛の息子は父に似てしまった。あの才能を。アイさんからはアクアくんへ。そしてアクアくんからは琥珀へと受け継がれた。

 

瞳と名付けられた娘には読み方を変えれば同じ名前の祖母には似ず、豊穣の宝石言葉を持つ琥珀という名の息子にはその言葉通り、父の豊かな才能が受け継がれてしまった。

 

───だから、琥珀の背中を押せるのも、意思を汲み取ることが出来るのも…

 

この夫しかいないのだが。敵前逃亡をやらかした息子の肩を持つことがこの人にできるだろうか。仕事には親だろうが妹だろうが妻だろうが我が子だろうが一切容赦せず、平等なプロの目を向けるこの人が、身内ゆえの優しさをやってくれるかはわからなかった。

 

「しょーがない。心当たり探しに行きますか」

「えっ」

「…………なんだその意外そうな「えっ」は」

「いや、だって。実際意外だったから…」

 

アクアが冷淡だとか、素っ気ないとかは全く思わない。むしろお兄ちゃん歴が長いだけあって、面倒見はかなり良い方だと思ってる。アクアの面倒見の良さに私もかなちゃんもルビーちゃんも他のたくさんの人も、何度も助けられてきた。

 

けれど安易に人に頼ろうとする人間。自分の頭で考えもせずに答えを求めて来る人間に対して向ける冷笑も何度も見てきた。本気の相手には本気で返す。本気の覚悟には面倒を見てくれる。だけどあやふやな気持ちで自分に接して来る相手。中途半端な覚悟でヘラヘラ近づいて来る相手には誰であろうとバッサリ切り捨てていた。

 

それは息子であっても例外ではないと思っていたのに。

 

「あなたも人の子……いや、人の親なんだね」

「…………不満があるなら溜め込む前に言ってくれよ」

「違う違う。あなたに夫や父親として不満があるとか、そんなんじゃなくてね。本気で向き合ってこない人にどういう態度を取るのか、何度も見てきたから」

 

琥珀にはその目を向けないことが、少し意外だった。わざわざ迎えに行こうとするのが、意外だった。腹が減ったら帰って来るだろとか言って無視するかと思った。

 

「あいつが本気かどうか。会って話してみないとわからないだろう。まあパフォーマンス見る限り、少なくともこのステージだけは本気で向き合ってるみたいだから。あいつの能力をあいつがどう使うかは自由だけど、何もせず腐らせるのも勿体無い」

 

───ほんと、変わらないなぁ。この人は。

 

たまに予想と違うことをするけど、理由を聞いてみれば納得する。この人らしいな、といつも思う。かつてアクアくんは4歳より前の記憶をなくしたことを。PTSDを患ったことをとても気にしていた。記憶のない自分と今の自分は別人なのではないか、と。

 

その悩みを解決してあげる事はできなかったけど。なくした過去を取り戻してあげる事はできなかったけど。

 

それでも私はアクアくんを愛している。愛してきた。力不足を感じながらも自分なりに懸命に支え、守り、背負った罪を一緒に背負って生きてきた。

 

あの宮崎の冬の日からずっと。あなたと年を越してきた。去年最後に会うのは星野アクアで。今年最初に会うのも星野アクアだった。

 

あなたと年を越してきた。あなたと一緒に歳をとってきた。恋人になり、夫婦になり、そして親になった。

 

あの幼い頃とは違う。お互い変わった部分はある。私なんてアクアくんのおかげでめちゃくちゃ変わった。アクアくんも私と一緒に過ごしてきた事で少なからず変わったはずだ。

 

けれど、この人の芯は。この人の魂は。星野アクアを星野アクアたらしめる部分は、決して変わらなかった。

 

才能に甘い。自分が認める能力を持つ相手には面倒見がいい。スーパードライに見えて、実はウェット。16歳の頃に持っていたあの瑞々しいプライドは、人の親となった今もなおアクアを支える芯であり続けている。

 

「アクアくん」

「ん」

 

立ち上がった彼にコートを持って来る。もうすぐ春だけど、まだまだ寒の戻りがあり、寒い。この十数年ですっかり定着した夫婦のやり取り。私が持ってきたコートをなんの躊躇もなく受け取る。両手が塞がった隙にするりと抱きつき、唇を重ねた。

 

「愛してる」

「オレもだよ」

「すぐ帰ってきてね。温かいモノでも用意して待ってる」

「ああ」

 

背中を見送る。かつては何度も不安になった。この太陽のように眩しく、誰のものにもならないこの人は。たくさんの人に愛され、憎まれるこの人は。このまま見送ってしまうともう二度と帰ってこないんじゃないかと。何度も不安になった。

 

だけど、幾度となくこの背中を見送るうちに、そんな事を考えるのはほんの僅かになっていた。

 

フリルちゃんと一緒に、あの人の全てを受け入れると決めた、あの日から。

 

共犯者でい続けると決めたあの時から。

 

 

 

 

 

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

あかねは妊娠が発覚した際,親よりもアクアよりも先にまずフリルの元へと向かいました。詳しい対談内容はとりあえず秘密。とっくみあいとかにはなりませんでした。要望があれば書こうかなと思います。
次回は父と息子の会話。その後家族会議へと移ります。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければモチベーション爆上がりです。時間がかかっても感想には必ず返信します。
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