その罪を愛しく思う時、貴方の罰は果たされるだろう
贖罪の想いだけに囚われてはいけない
鎖が罪を砕いてしまうから
誰かに何かを教えるということは、勿論初めてじゃなかった。
色々な人に教えを受けて、たくさんの才能を吸収してきた。そしてその分野でそこそこ結果も残してきたと思う。
だからオレに何かを教えてもらいに来る人は沢山いたし、オレの弟子になりたいっていう人も何人かいた。
その全員の欲求に応えてきたわけじゃないけれど、それでも何人かには求められた何かを教えてきた。
そして生まれた我が子にも、勿論色々と教えた。
子供達は皆とても真面目で、素直な優しい子達ばかりだった。
四人の子供達に不平等が完全になかったとは言えない。きっと絆には不憫な思いをさせた。普通の親子のように時間をとってやる事はできなかった。
希望には父親代わり以上の事はしないようにしてきた。過度な家族にはならないように。あくまで伯父と姪の距離感を保つようにしてきた。
けれど、どの子にも等しく願っていた。
幸せになってほしいと。
オレやアイのようにはならないでほしいと。
そのために色々と教えてきた。生きる技術。学ぶ心構え。風の感じ方。空気の読み方。水の扱い方。現状への不満。その解決のやり方。持てる全てを教えてきた。
「これがイヤだと思うなら。理想に一歩近づきたいと思うなら。誰かに期待するのではなく、お前の手で変えようと手を伸ばせ」
それ以外に、世界を変える方法はないと、よく知っていた。
子供達はとても聡明で、優しく、好奇心豊かな子達ばかりだった。
オレの話を目を輝かせて聞く姿は、とても可愛らしかった。
オレが今まで教えてきたたくさんの人間達には持たなかった感情が芽生えた。
───母さんは、どうだったんだろう
アイに。あの人に教わった事はたくさんあるけど、あの人から直接教わった事は一つもない。
愛というものが何か、最後までわからなかったあの人は、オレとルビーにどういう感情を持っていたんだろう。
今までアイに愛されなくても構わないと思っていた。オレだって随分アイを愛していなかった時期があった。愛されなくても仕方ないと思っていた。
だが、親となって、子供の可愛いさも憎らしさも鬱陶しさも知ったことで、少しだけ気になった。
「お父さんはなんでも知ってるね」
「父さんって、なんでも出来るんだ」
「僕の父さんは凄いんだ!」
「パパは完璧で無敵なんだよ!」
なんの疑いもなく、キラキラした目でそんな事を言う我が子達が、微笑ましいと思うと同時に申し訳なさも湧き上がってくる。
「───オレは、ちゃんと父親をやれてるだろうか」
いつだったか。あかねと二人きりの夜。溢したことがある。結婚してからあかねに弱音を吐いた事はあの時が初めてだったかもしれない。
「父親なんてろくに知らない。師と呼べる人は何人かいたけど、そういうのとはまた違うんだろう」
手本がなかった。見本がなかった。あんな父親、見ていたところでなんの参考にもならなかっただろうが。
それでも、知らないという事は、やっぱり怖かった。
「───いや、怖いとは少し違うか」
絆も瞳も希望も琥珀もしっかりしてる。優しく、素直で、聡明だ。この子達の成長に恐れはない。
ただ、なんとなく。漠然とした不安があるのだ。子供達にではなく、オレ自身に。
「そんなの、私だってそうだよ」
子供達が寝静まった夜、そんな不安を打ち明けると、妻は困ったように笑っていた。
「私にはお父さんとお母さんがちゃんといて。二人とも立派な両親だとは思うけど。私だって二人にムカついたことやイヤになった事は何度もあったよ」
「…………そうなのか」
「そうそう。悪口言ったことなんて数え切れない程あるし」
ちょっと意外で、そして身に覚えはないことだった。ミヤコに嫌味言ったとかはあるけどそういうのは正面切って言わなければ意味がないから、陰で悪口言ったことなんて、アクアには一度もなかった。
「それでもお母さんは私のことを育ててくれて。お父さんは独り立ちできるようになるまで私に人生の歩き方を教えてくれた」
包み込むことが母親の役割。そして一人で立てるようになるまで支えるのが父親の役割だと、あかねは言う。
「私も確かに、お母さんにしてもらったことを瞳や琥珀にもしてあげようとは思ってるよ。そして私がお母さんにされてイヤだったことは瞳と琥珀にはしないであげようとも思ってる。けど、それでも子供は親が鬱陶しくなる日は必ず来るものだし、親を憎む日だって必ず来る」
まして父親が星野アクアだし、という言葉は一応言わなかったと、のちにあかねは語る。この天才中の天才と比較されることが原因で子が親を疎ましく思う日も絶対来るだろうと。彼氏として、夫として、比較され、釣り合わないと言われ続けてきた天才の妻は誰よりもよく知っていた。
「それでも私と貴方は。私と貴方だけが、あの子達の親なことは変わらない。貴方や私が投げ出さない限りはね」
結局家族とは血の繋がりではなく、紡いできたどうでもいい日々の積み重ねで少しずつ出来る繋がりでしか形を作ることはできない。
「勉強を教えて、技術を教えて、あの子達にたくさんの生き方を掲示してる。あの子達がどんな道でも選べるように。そして選んだ道で生きていけるように。その為の道を示している。そしてそんなアクアくんのことを子供達は心から尊敬してる。アクアくんは父親としての役割を。家族としての責任を。ちゃんと果たしてるよ」
そうあかねから言われたことで、少しは吹っ切れた。親が何かなんてわかってないオレの不安より、あかねの大丈夫の方が遥かに信じるに値するから。
▼
「星野アクアを受け継ぐ才能?」
芸能界を引退してから十数年後。星野アクアには久々にインタビューの仕事が舞い込んでいた。
最近飛ぶ鳥を落とす勢いで脚光を浴びているアイドルグループ。その中心メンバーが彼の子供達だったから。
「人気、実力。共に絶頂期だった貴方の、悲劇的な引退には日本中が阿鼻叫喚の渦に巻き込まれました。今でも貴方にカムバックを望む声はごまんといます」
「大袈裟ですね。そんなにはいないでしょう」
「今でもネットを少し探せば貴方の動画はいくらでも出てきます。陽の目を見た活動時期はたった3年しかないのに。たった3年。芸能界においてはあまりに短い時間です。それなのに貴方は20年近くたった今でも人々に感動を呼んでいる。伝説を作っている」
YouTubeにアップされているリバドル関連の歌だけでも凄まじい。主題歌の中でもホームランヒットを打ち出した『推しをなくした子』は20年近く経った今の音楽番組でも取り上げられる名曲。新しい世代の少年少女たちもこの曲に触れ、感化されている。
「貴方に続くように数年後不知火フリルも引退し、星野アクア世代と呼べる才能達は消えていった。今もなお活躍しているのは妹のルビーさん。貴方の妻のあかねさん。そしてそのライバルの有馬かなさんの3名ぐらいになってしまいました」
「3人生き残ってれば充分すぎる。その千倍以上の星達がこの十数年で消え去っているのですから」
「しかし、その3名を含めても、この十数年、現在に至るまで貴方を超える衝撃に出会った覚えはありません」
世界に衝撃を与え、たった3年で日本中がその顔と名前を知るに至った。3年で芸能史に永遠に名を刻む存在へと駆け上がった。そんな存在は確かにこの十数年、一人も現れなかった。
「私たちは期待していいのでしょうか。彼女達に。貴方の才能を受け継ぐ者たちであると」
記者の質問に星野アクアは黙り込む。考え込む、とは少し違う。何かをイメージするように虚空を眺め、思案にふけるその姿に、記者は思わず息を呑む。その妖艶な美しさに。むせるように吹き荒れる色香に。誰もが飲み込まれ、そして我を忘れさせられていた。
「買いかぶりが過ぎるよ」
アクアが小さく呟くと同時に、魔法が解ける。インタビュアー。カメラマン。その他数名。その部屋にいたアクア以外の人間がようやく呼吸を思い出す。動揺する彼らを尻目に、アクアは言葉を続けた。
「AIの進化。映像技術の発展。洗練されていく被写体達。オレがいた頃とは何もかも比べ物にならない。同じ時代にオレがいても特別視はされなかっただろう。それぐらい今の芸能界の第一線級で活躍する人たちは皆上手い」
あらゆる才能には化学的な説明ができる時代になり始めている。そして化学的に説明できるのなら再現だってできる。オンリーワンの才能なんてものは今やもう無くなりつつある。技術の進歩は魔法の域へと近づき始め、凡人を天才に変えることも可能となり始めている。
「…………それでも、やっぱり技術では追いつけない何かを持っている人はいる」
人間だからこそ生み出せる何か。人間だからこそ惹きつけられる何か。技術にも科学にもAIにも創り出せない何かを持つ人は、やっぱりいる。
「不知火絆は俯瞰の目を持ってる。自分たちも。観客も。カメラの向こうの目すら自分の掌の上のように観察できる力を持ってる。母親の。不知火フリルの才能を、彼女はしっかり受け継いでる。ちょっと賢すぎて我が薄いのが玉に瑕かな」
確かな実力。刻一刻と変化するステージ上で臨機応変に対応できる。努力で備えたマルチなスキルによって、常に最悪を想定し、対処する。グループの舵は彼女に握られている。
「星野希望はルビーによく似てる。天真爛漫さ。光があるからこそ生じる闇の怖さと美しさ。二つとも高いレベルで表現できてる。あのグループのアーティスティックは彼女によって支えられている」
音楽もダンスも極めれば芸術。アートとは明るいだけでは表現できない。光と闇。両方を纏えるアーティストだからこそ、人を惹きつける何かが生み出せる。
「黒川瞳は折れない心を持ってる。常に見上げる存在が傍らにいたおかげで、驕ることも慢心することもない。グループの心臓を担っているのは瞳だ」
自分より遥かに優れた存在が最も近くにいた。才能も適性も上の人間がい続けた。だから驕らず、努力を怠らず、邁進することができた。
「星海愛来は、まだ判断材料が足りない部分はあるけど……将来性は間違いなくあるだろう」
大器という意味ならばあの5人の中で1番かもしれない。それほど星海愛来はオレ達の中の伝説に酷似している。
「最後の一人は……」
蜂蜜色の髪をしたかつての天才が口籠もる。今まで流暢に語られていた評価が、初めてくぐもった。
「……いつだったかな。あの子がピアノで遊びながら歌っているのを見た時、漠然と思った。ああ、この子は。日本中がこの子の顔と名前を知る日が来るだろうなって…」
その時の星野アクアの表情は忘れられない。悲しさ。愛しさ。切なさ。喜び。憐憫。様々な感情が混ざった、あの儚く美しい笑みを。
「それくらい。昔のオレなんて霞むくらい。凄いモノを持ってると思うよ。琥珀は」
かつての自分に最も近い少女を、星野アクアはそう評した。
▼
「ダメ」
結論から言うと、リナさんは僕をしばらく匿ってくれる事を許してくれなかった。
「だってどう考えても貴方のためにならないもの。逃げて解決するなら協力してあげるけど、現状逃げたところで君にとって不利益にしかならないよ」
事の経緯を説明しないわけにはいかなかったから、不本意ながらリナさんには全て話した。真面目に、真摯に、笑いもせずに話を聞いてくれたけど、返ってきたのはとても耳に痛い正論だった。
───相手が言ってることが100%正しい
一時的にリナさんのところへ逃げ込むことができたとしても、何の解決にもならない。いや、父さん達との話を回避している間に諸々の手続きしなければ自動的に合格辞退になって、僕は日常に戻れるのかもしれない。けど、そんな逃げ方をしたら父さんは僕を許さないだろう。本気で向き合っていた人間を蔑ろにした時、どうなるのかよく知っている。滅多に怒らない父さんだけど、真剣にやってる人を馬鹿にしたり揶揄ったりした時、どういう目で見られるか、何度も見てきた。下手に怒鳴られるより怖かった。
時間切れまで逃げるという行為は僕の他の受験生や審査をしてくれた人たちを蔑ろにするも同然の行為だ。
───だから話をしなければいけないというのは、わかってるんだけど……
でも、だからってどうすればいいんだ。姉さんに無理やり連れて行かれた。希望さんと同じ組になっちゃったから手抜きもできなかった。そして知らない女子に父さんのことをバカにされたからムキになった。
そんな事を馬鹿正直に話せるほど、僕はファザコンじゃないし、思春期を卒業してもいなかった。
───帰るか。
リナさんの言う通り、いつまでも逃げてるわけにもいかないし、あの両親に嘘が通じるはずもない。最悪全部姉さんが悪いことにしちゃおう。ホントなんだし。
「腹は括れた?」
夕焼け空が綺麗に見える防波堤。一人黄昏ているつもりだったけれど、いつの間にか来客が増えていたらしい。声の元へと振り返る。見覚えがある人だった。希望さん以外で初めて見る、透き通るような白銀の髪。整った顔立ち。スラリとしたスタイル。最終審査の審査員の一人だ。確か名前は……
「ツクヨミ、さん」
「わ、覚えててくれたんだ。嬉しいね」
覚えていた。独特の雰囲気。視線の強さ。観察する目。どれも今まで経験したことがない空気の持ち主だった。最終審査でムキになったキッカケは星海愛来だったけど、ステージ中ずっと集中力を維持できたのは審査員達の目が特別だったから。
僕のピアノを真剣に聞く父さんとよく似た目で見られていることに気づいたからだった。
審査員達の中でも特にツクヨミさんとカメラマンの星野レンさんのことは覚えている。多分、一生忘れない。
「こんなところで一人で物思いに耽っちゃって。何か悩み事?お姉さんが聞いてあげよっか?ご飯くらいなら奢ってあげるよ?」
「…………」
魅力的な提案に少し心が動く。ここ最近、何をしていてもお腹が空く。三度の食事をちゃんと食べて、間食もたまにして、暴飲暴食はしてないけど、充分な栄養摂取はしているはずなのに、身体はすぐにエネルギーを欲する。痛む膝。軋む身体。急激な成長に何もかもが追いついていない。より大きく。より強くなるためにここ最近はいつも飢えていた。
「え、んりょしておきます」
「葛藤があったね。お父さんから知らない人にはついて行かないよう教えられた?」
「…………ええ、まあ。タダより高いモノはない、とはよく」
人とコネを作るにあたって、貸し借りに関しては注意しろ、と耳タコで言われてきた。無償の善意など、父と母とルビーちゃんとミヤコグランマくらいしかないものだと思え、と。ツクヨミさんは悪人には見えないけど、下手に貸しを作ったらかなりめんどくさそうだとは思った。
「別に何も要求したりしないよ。でもそうだな…対価を払ってくれるっていうなら」
機械を地面にゆっくりとおき、パチリと指を鳴らす。簡易的なステージと音響が浮かび上がる。拡張現実。ARというやつだ。誰でも簡単に限定的な擬似空間を作ることができる。ストリートミュージックなどでよく使われるモノだ。
「一曲、歌って踊ってくれるかな?」
イントロが聞こえてくる。この曲。よく知っている。知りすぎている。星野家ではこの曲がありとあらゆるBGMだった。子守唄も。食事の時に聞く音楽も。暇つぶしの曲も。全てこの唄だった。
『推しをなくした子』
歌詞も、メロディも、振り付けも、遺伝子レベルに組み込まれている。もはや星野家の人間の血と言っても過言ではない。踊るつもりなんてなかったのだけど、メロディが流れ出した瞬間、身体は勝手に動いていた。
▼
それを見た時。それを聞いた時。実に複雑な感情が湧き上がった。
琥珀が現実逃避に選んだ場所は予想通りだった。壱護のおっさんがよく来てた防波堤。ここで釣り針垂らして黄昏てたのを覚えている。今日日真昼間から夕方にかけて魚釣りをする人なんてなかなかいないから人は少ないし、静かだし、夕日が沈む海岸線は美しい。ぼーっとするなら適した場所ではあるだろう。オレは現実逃避するなら体を動かすか、さっさと寝て忘れるかだったので利用したことはないが。
車で迎えに行ったら先客がいた。後ろ姿だけで誰かなんとなくわかる。夕陽に照らされて煌めくあんな見事な白髪は、希望以外では一人しか知らなかったから。
───ツクヨミ…
瞳の話から審査員の中に彼女がいることは予想していた。あの頃はまんまガキだったが、あれから十数年。いまや立派な成人女性。だがあの白髪とどこか神秘的で整った容姿。そして烏の羽を思わせる黒衣は変わっていない。一目で分かった。
ツクヨミが用意したAR機材の中で、琥珀が歌い、踊っていた。曲は『推しをなくした子』。あの子達に何度もせがまれ、何度もオレが歌い、踊った。オレだけじゃなく、ルビーも、フリルも。それぞれの子の前で数え切れない程歌い、踊った。勿論無料で。
───当たり前すぎて忘れてた。
アイツは。アイツらは。本物の才能にだけ囲まれて、ここまで育ってきたんだと。
琥珀の歌とダンスを久しぶりに生で聞いて。専門的な訓練をしたわけでもないのにあれほどのクオリティを見せつける息子を見て。そう思った。
「迎えが来たみたいだね」
ツクヨミがこちらを振り返る。帽子を取り、顔を見せると、琥珀は少しバツの悪そうな顔をしたが、観念したのか。一度ペコリと頭を下げた。
「私がご馳走してもいいんだけど、お父さんが来たなら家でちゃんとしたご飯を食べなさい。それが結局1番貴方の体のためだから」
じゃあね、と手を振るとこちらへ向かって歩いてくる。上がった口角とこちらを見つめる揶揄うような視線に、少し苛立ちを覚えた。
「久しぶり」
「もう会うことは無いと思ってたんだがな」
「恥ずかしい?」
「うるせー」
別れの言葉を口にしたわけでは無い。けれどオレがあの時感じた、別れの予感。これが最後だと分かるあの感覚が外れたことは初めてだった。
「アクア」
「なんだよ」
「見てたんでしょ?あの子のパフォーマンス、どうだった?」
目を瞑る。さっき見て、聞いたことを頭の中でもう一度再生する。目を開いた時、その眼はかつての。18歳だった全盛期の星野アクアとなんら変わらない優しく、厳しく、温かく、冷たい、プロの目になっていた。
「まだまだパフォーマンス、と言えるほどじゃないだろう。アイツより上手い奴はまだゴロゴロいるさ。ルビーにもフリルにも、遠く及ばないな」
「星野アクアにもね」
「…………は」
笑ったつもりだったが、上手くできたかどうかはわからなかった。
「まったく、君は。君たちはいつまでも、いつ見ても飽きないよ。この身が人から生まれて良かったと心から思ってる」
「お前は人生謳歌してるな」
「君は違うのかい?」
「…………」
どうだろう。楽しんではいないと思う。楽しんではいけないと思っている。オレの残りの人生は、オレが犯した罪への罰だと。絆、希望。そして、瞳と琥珀。この四人が1人で生きていけるようになるまで。そしてオレの親や妻。家族たちが幸せに生きていけるようになるまで力を尽くすのがオレの残りの。あの時死に損なったオレの人生だと思っている。
───けど、それでも。
辛いばかりではなかった。義務や責任ばかりではなかった。子供達は可愛かった。妻は愛しかった。家族との思い出は大切だった。手の中に感じる温かさ。息遣い。体温。全てまざまざと覚えている。刻まれている。その全てを愛していた。芸能人としての生活を半ば放棄に近い形で辞したけど、それらを何一つ惜しいとは思わなかった。妻と子供と親と妹の為に全て費やしても余りある。生き続け、育ち続け、変わり続ける存在が、何よりも大切だった。
「オレは、恵まれてるとは、思うよ」
楽しんではいけないとは思っている。そんな幸福をオレは望んではいけないとは思っている。けれどオレは恵まれている。アイには恵まれなかった存在に、オレはこれ以上なく恵まれている。それだけは確かなことだった。
「そう。それなら良かった」
満足そうに笑うとそのまま足早に駆けていく。
「またな」
「うん。また」
18歳の頃には言えなかった別れの言葉が、ようやく言えた。
「琥珀」
「父さん、その。ごめ──」
謝ろうとした頭を止める。そのままガシガシと乱暴に撫でてやった。
「謝らなくていい。謝罪ってのはやればやるほど軽くなる。そんな簡単に頭を下げるな」
「…………うん」
「細かい話もとりあえず後。帰ろう。母さんが晩御飯作って待ってる。今日は希望とルビーもグランマも一緒だぞ」
「みんな揃うの、久しぶりだ」
「そうだな。きっと今日の飯は美味いぞ」
息子の肩を軽く叩くと、どこかから飛んできた花びらが舞って来る。数時間後、雨を運んでくるだろう春を知らせる風が、どこにでもいるよく似た親子を包んだ。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
次回、ようやく家族会議。そしてエクストラも次回で多分取り敢えず完結です。これ以上はアクアが主人公の星をなくした子ではなくなってしまいますから。もし続きを書くとすれば反響次第。そして新しく琥珀を主人公に別作品として書こうかな、と思います。
それでは感想、評価よろしくお願いします。面白かったの声が1番のモチベーションです。よろしくお願いします。時間がかかっても感想には必ず返信します。