【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

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火を恐れぬ少女は憧れを求めている
星をなくした子はなくした星を探している
二人はコインの表裏
半身は天使で半身は悪魔


13th take 銀河ステーション、乗員2名

 

 

 

 

 

 

「よかったんですか、社長」

 

とある芸能事務所の一室。看板女優のマネージャーが自身のボスに問い詰めていた。本当にコレでよかったのか、と。

 

「なにが?」

「とぼけないでください。星野アクアのことです。所属事務所だけじゃなく進学先まであの子に教えるなんて。(コース)が違うとはいえ、同じ高校ですよ。妙な噂でも立ったら…」

「別に構わないわよ。一つや二つのスキャンダルでどうこうなるような時期、あの子はとっくに過ぎてるわ」

 

名前が売れはじめて日が浅いアイドル時代ならいざ知らず、もうマルチタレントと呼べる領域まで実力と地位を身につけたあの子は、スキャンダルくらい燃料にできる位置にまで来ている。もちろん隠し子がいたとか、法を犯したとなれば話は別だが、高校生の恋愛くらいなら彼女の人間性を深めるのに役立つくらいだ。

今やSNSで誰でも有名人を叩ける時代だが、軽率に不知火フリルを叩こうものなら、圧倒的な数を誇る支持者たちによって、批判した者が袋叩きにされるだろう。可哀想なのはむしろ相手(アクア)の方だ。

 

「それに、多分初めてなのよ。あの子が本気で他人に興味を持ったのって」

 

才能があった。センスがあった。常人と感覚が違った。何をやっても素早く吸収し、大概の分野において、あっという間にトップへと駆け抜けた。

 

故に、他人への理解が乏しかった。

 

人間が嫌い、というわけではない。寧ろ好きな方だろう。共演者の情報は積極的に入手するし、記憶もする。コミュニケーション能力も高い。大概の人間と良好な関係を築いている。

 

しかしそれはビジネスであり、欲求ではない。

 

幼い頃から変わった子だと言われる事が多かった。空を見るのが好きで、暇さえあればずっと空を見上げている少女だった。

 

一度聞いた事がある。なんでいつも空を見ているの?と。

 

『あそこから私がどう見えるのか、見たいから』

 

鳥瞰視点。バード・アイと言えば聞き覚えがあるだろうか?自身の顔にしかついていない目が、遥か天空から覗き込んでいるかのように、鮮明なイメージとして脳で再現する目のこと。選ばれた人間にだけ送られる神からのギフト。

 

この子は特別だ、とその言葉で確信した。

 

そこからは研究の日々だった。表情の作り方、言葉の選び方、ファッション、所作、体型、全てを身体の成長に伴って完璧に調整し続けた。カメラの位置、レンズの写り方、自身を捉える目の全てを熟知した。

 

観客の理想を体現する仮面(不知火フリル)を作り続けた。

 

結果は数字となって返ってきた。若手No.1、天才、天使。彼女を讃えるあらゆる形容がまたさらにフリルの仮面を強くした。

 

大衆が望む不知火フリル。それを体現し続けるということはその他大勢に向き合い続けるということ。彼女の目は多数にのみ向けられ、誰か一人に向けられるモノではなかった。全ての人間と分け隔てなく接し、誰と話していても泰然とした美しさを絶やさない。

 

だがその笑顔は作られた仮面。心の底から出たものではない。まさに作り笑顔だ。

 

大衆への理解は誰よりも深かっただろう。だが、個人への理解はそれに反比例するように浅い。誰とでも明るく、泰然と、平等に接する。聞こえはいいが、言い方を変えれば誰のことも特別と思っていないとも言える。

 

本人もそれでいいと思っていた。今までは。

 

「自分を曝け出しているのに、顔が見えない」

 

星野アクアを見た時、呆然とした表情で彼女が漏らした言葉。用意された受け答えではない。表情も完全に見られていることを忘れている。目を見開き、口元も半開き。どんな顔もフリルは美人だが、『大衆の理想(美しさ)』とは程遠い。未加工のあの子の言葉を聞いたのなんて一体いつ以来だろうか。ここ数年、芸能界のトップで生きる猛者たちでさえ、不知火フリルの仮面にヒビ一つ入れることはできなかった。

 

それが、あのPVのワンカット。駄作ドラマのワンシーンだけで、凶器で狂気なフリルの仮面の一部を壊した。名前も聞いたことのなかったような、駆け出しの俳優が。

 

初めて出会ってしまったのだ。同年代で、自分に匹敵しうる才能に。

 

───あの子が興味を持つのも仕方ない

 

フリルでなくとも、興味を惹かれる。あの俳優、星野アクアは確実に何かを持っている。あの不知火フリルが知りたがる、盗みたくなる、何かを。

 

「思う存分、むしゃぶり尽くしてきなさい、フリル。その代わり中途半端はなし。星野アクアがもう許してくれと泣きわめくまでね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新しい教室、新しい環境、ママと約束した芸能界への第一歩。私は結構緊張していた。扉を開けた先には左右前後どこを見てもイケメン、美少女。中学までとは明らかに違う環境。私もママの遺伝子を受け継いでいるだけあって、顔はいい自覚はあったけど、芸能界については全くの無知。右も左もわからない状況で身動きが取れなかった。

 

そんな私に隣の席の子が話しかけてくれた。寿みなみちゃん。可愛くて制服の上からでもわかるほどおっぱい大きい。何をしてる子か聞いてみたら、やっぱりグラドル。可愛らしい関西弁を喋るからそっちの出身かと思ったら生まれも育ちも神奈川のエセ関西弁。可愛くて、巨乳で、面白い子だった。新しい環境で、友達になれた。

 

みなみちゃんのお陰で緊張が解けた。確かに周りの誰もが美形だけど、芸能界を常にチェックしている私さえ知っている人はほとんどいない。一人だけ凄い人がいたけど、その人はチャイムが鳴ると直ぐに教室から出て行ってしまった。教室にいたとしても話しかけられる勇者はいなかっただろうけど(少なくとも私には無理)。

みなみちゃんのおかげで、新しいクラスで居心地悪い思いはせずに済んだ。スタートダッシュはまずまずだったと思う。

 

新しくできた友達を自慢しようとお兄ちゃんにLINKで連絡する。放課後にお互いの様子を話し合うつもりだったからちょうどよかった。

 

───お兄ちゃんは友達できたかなぁ

 

少し心配だった。才能ある役者で、最近ますますママに似てきただけあって、普通の人と感覚が違う。他人には上手く誤魔化してるらしいけど、身内から見ても、『お兄ちゃん変』と思うことは結構あった。この国は『変』に対して不寛容だ。

 

アクアはそういう立ち回り上手な方だけど、もしかしたら失敗して、普通科に居場所がないかもしれない。そう心配していた。

 

だから夢にも思わなかった。待ち合わせをしていた校舎の中庭に、あのお兄ちゃんが、芸能科で唯一名前が全国的に知られているスーパーマルチタレントを伴って現れるなんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先にも述べたが、美形には大きく分けて2通りいる。

 

親しみやすい会いに行ける偶像(アイドル)

 

美しすぎて近寄りがたい神秘(ミステリアス)

 

オレの隣を歩く女は典型的……いや、国民的後者にあたる人物。そしてそんな存在に興味を持たれていると周知されてしまった今、オレも後者が確定した。少なくともこのクラスでは。

 

「貴方、どうして普通科にいるの?」

「その方が面白そうだから」

「兄弟はいる?」

「妹が一人」

「趣味は?」

「読書と音楽鑑賞」

「女装じゃないの?」

「違う。アレは必要に駆られてやっただけ」

「あのPVでやってたのはなんで?」

「その方が立ち位置良くなるから」

「特技はなに?」

「ピアノとドラム」

「女装じゃないの?」

「違うっつーに。せめて変装と言ってくれ」

「彼女はいる?」

「いません。てかなんなんだこの質問攻め。ア○ネーターか」

「不知火フリルよ」

「知っとるわ。てかトーク面白いなお前」

「貴方のツッコミもなかなかよ」

 

あの後、チャイムがなり、ホームルームが始まる前に、一度フリルは自身のクラスへと帰った。普通にチャイム後にクラスへ向かっても遅刻確定だろうが、あの不知火フリルに文句を言える人間はいないだろう。

その後、ホームルームが終わり、本日の学校行事が終了したアクアは中庭へと向かっていた。ルビーと合流してお互いの初日がどんな感じだったか報告し合うためだ。一人で行くつもりだったのに、チャイムがなってすぐにまたこの女が現れ、着いていくと言い出した。来るなと言いたかったが、強く拒む理由もなく、そしてクラスの連中のまえで不知火フリルに向かって直接的拒否はしにくかった。

そして中庭までの道のりで今は質問攻めを受けている。そろそろ勘弁しろと目線を向けた時、柔らかな春風が辺りを包む。背中まで伸びた艶やかな黒髪が風に流れた。

 

───美しい

 

美人というだけではない。佇む姿から所作の一つ一つまで、全てが美麗だ。流石に今まで出会ってきた女たちとは違う。立ち上がる姿も、自然に靡く黒髪も、全てが美しい。座っているだけで、立ち上がる姿だけで画になる。頭のてっぺんから爪先まで貶すところが一つもない。姿形も、動作も、全て含めて、美しい。それ以外の形容はできなかった。

 

───コレは天性(さいのう)じゃない。技術(どりょく)

 

人にどう見られているか。役者じゃなくても、大抵の人間が意識していることだろう。だが不知火フリルはそのレベルが常人を遥かに上回っている。客観的な美しさのみを求め、自己を排除した。まさに偶像(アイドル)の体現者。

 

───カメラもない、観客もいない、仮にも高校生活というプライベート空間で、このレベル。

 

その凄まじさはわかるつもりだ。どちらかといえば、アクアには欠けてる技術。アクアの演技はメソッド演技。キャラクターに対する理解を深め、監督の意図を読み解き、感情へと還元する。主観性に重きを置くタイプの役者だ。客観性ももちろん取り入れてはいるが、あくまで主観を深めるためのツールに過ぎない。

 

───コレが不知火フリルか

 

不知火フリル

 

芸能界の片隅で勉強しはじめて約10年。幾度となく耳にした名前。

 

曰く歌って踊れて演技もできるアイドル、というよりマルチタレント。

曰く最も天使に近い人間。人々の理想が集合し、具現化したかのような神秘。

 

───あながち大袈裟な表現ではないな

 

椅子から立ち上がる。廊下を歩く。ただそれだけの動作を見惚れたのは初めてだ。美しさという点においてだけならあのアイをも上回っているかもしれない。

 

不知火フリルという超弩級の台風が過ぎ去った後も、クラス内は騒然としていた。

 

───こりゃぼっちコース確定か

 

不知火フリルに声をかけられる猛者が普通科にいるはずがない。そしてあの天使と対等の口をきくことを許されていたアクアもまた普通ではない。大衆とは普通でありたいものだ。普通でない人間と関わったら、普通でなくなってしまう。アクアに絡める人間など、普通科には皆無だろう。

 

───ま、いいか

 

学校生活を人の群れの中で見られないのは少し残念だが、仕方ない。ハッキリ言ってそれ以上に興味深い相手が向こうから来てくれたのだから。しばらくは謎多き孤高の美男子路線で行こう。それに今の状況はある意味予想を遥かに上回るチャンスでもある。先も述べたが、アクアは客観的視点というモノがどっちかというと苦手だ。天性のバード・アイの持ち主ではあるが、それ以上に自身の感性が強い。憑依った時、自分以外が見えなくなる。ハマれば怪演。脇役時でも強烈な化学反応を引き起こす。一周回って才能の域だが、諸刃の剣。それだけでは共演者を振り回し、作品を壊しかねない。

 

『いつかカウンター喰らうわよ』

 

有馬の言葉が脳裏に蘇る。そう、今までは危ういバランスでなんとか上手くいってきたが、撮影の規模が大きくなり、共演者が増えればバランスが取れず破綻する時が必ずくる。破綻の原因となった役者は二度と使ってもらえない。そうならないために必要な技術の一つが客観視。

 

───それを盗むにはこれ以上ない最高の研究対象。凡百の高校生に混ざるより、こいつ一人と交流する方が遥かに価値がある

 

「私に興味持ってくれた?」

 

他人の顔を覗き込む。ただそれだけの行為が、絵になる。日常動作のどこを切り取ってもアラというアラが見当たらない。そしてオレの僅かな表情の変化から心情を読み取る洞察力。

 

───ここまで来ると超能力だな。マジで人間じゃなくて天使なんじゃねーかと思えてくる。

 

笑ってしまう。トップとオレとの差。わかっていたつもりだが、ここまでとは思わなかった。有馬が意外と手の届く位置にいたから、尚更だ。

 

「フリルに興味ない俳優なんて、いねーだろ」

「1人いたじゃない。ほんの数分前まで、アクア私に興味なかったでしょ?」

「…………わかる?」

「わかるよ。仮面の持ち主は特定の個人に興味を持ちにくいから。私もそうだった」

 

仮面。その言葉の意味するところはわかるつもりだ。だからこそわからない。オレはフリルのように、人からどう見られているかへの意識が高くない。オレの演技は良くも悪くも曝け出している。

 

「映像で見た貴方も、今隣を歩く貴方も、とても不気味。私のように表情や仕草を研究しているわけじゃない。ちゃんと曝け出してる。なのに私、貴方がどういう人間か見えない。こんなに近くにいるのに、貴方からは貴方の匂いがしない」

 

どんな分野でも、一流と呼ばれる人物は常人と感覚が異なる。凡人には見えるモノ、感じるモノがわからず、凡人には見えないモノ、感じないモノがわかる。天才は変人と呼ばれる事が多い理由の一端だろう。不知火フリルも例外ではなかった。

 

「こんなこと、初めて。見えないどころか、匂いすら覆い隠す、私とは似て異なる仮面。貴方はどうやってその仮面を作り上げたの?その下に何を隠してるの?本当の貴方はどこ?」

 

隣を歩く女の言葉に戦慄する。この天才はほんの数シーンの映像と出会って4、5分で、オレが11年以上妹にすら気づかれていない隠し事の片鱗を掴んでいた。最近はオレすら忘れかけていたことだったというのに。意外かもしれないが、人間とは自分の感情や意識を正確に把握していないことが多い。オレの演技からフリルはオレが嘘をついていることを嗅ぎ当てたんだ。

 

「…………仮面の下の真実、か」

「アクア?」

「ごめんフリル。その質問には答えられない。オレもそれを知りたくて、役者をやってるんだ」

 

あの目覚めからずっと、自分を偽り続けてきた。偽りの時間が長すぎて、自分でも嘘を真実と思い込みかけていた。けど、そうじゃなかった。嘘だって貫き通せば真実だと考えてたけど、やっぱり嘘はどこまでいっても嘘で、真実じゃない。分かる人には分かってしまう。そのことを思い出させてもらった。

 

「ありがとう、フリル。オレが何を目指して歩いているか、少しわかったかもしれない」

 

微笑を浮かべて、感謝を述べる。そして驚く。出会ってから今に至るまでで初めて、不知火フリルは戸惑いの表情を見せていた。はっきり言って美しくなかった。いや、驚いた顔も可愛いし、ファンなら狂喜するだろうが、『美しさ』『大衆の理想』という点においてはかけ離れていた。

 

───コレが、不知火フリル。天使の仮面の下の顔、その一部か

 

「…………そこにいるのに、遥か遠い」

「…………?」

「貴方も、死に向かって旅をしている」

「それはオレやお前だけじゃないだろう。人間誰だっていつか死ぬんだ。死に向かって生きてるのは別に特別なことじゃない」

「でも、それを認識できてる人は少ない。少なくとも同世代では貴方が初めて」

 

一度目を閉じ、こちらを見上げてくる。その時にはもう『美しさ』が戻っていた。

 

「とても不気味で、何かを演じていて、嘘をつく。でもその嘘は、アクアが誰よりも優しいから」

「誰よりも美しくあろうと振る舞い、そうあり続けた。でも、誰もがそう思っても、フリルだけは自分の嘘に気づいている」

 

歩く足を止める。二人の手がお互いの頬に触れ合った。

 

「貴方なら、私のカムパネルラになれるかな?」

「お前なら、オレをあの星まで連れて行ってくれるか?」

 

無言で見つめ合う。しばらくするとお互い体を揺すって笑い出した。

 

「いきなりなんで宮沢賢治なんだよ。フリルに似合うけどさ」

「うん、銀河鉄道の夜。私アレ好きなの」

 

宮沢賢治の死後に発見された最後の遺作。死に向かうカムパネルラが、本当の幸を求め、最後の旅路を行く物語。

 

「みんな私をカムパネルラみたいに見てる。綺麗で、優しくて、憧れで、いつも遠くを見つめている。でも(カムパネルラ)だって親友(ジョバンニ)が欲しいし、憧憬(カムパネルラ)が欲しい」

 

銀河の星であることを求められ続けたフリルには、本当の幸を求めながら、本当の友達を持つことも、本当の憧憬を持つ事も許されなかった。

 

「アクアならきっとなれると思う。私の友達にも、憧れにも。貴方ならきっと」

「…………性格悪いな不知火フリル。プレッシャーかけてくれるぜ」

 

そこから先、二人に会話はなかった。けれど不快感はまるでなく、二人は二人の横顔をそれぞれの目線で見つめ続けた。

 

「とりあえず、友達からお願いします、親友(ジョバンニ)

「話し相手くらいにはなりましょう、親友(カムパネルラ)

 

 

 

 

 

 

 

 

「───というわけで、アクアさんと友達になった不知火フリルです。よろしくね、妹のルビーさん」

 

結局無言のまま合流場所まで着いてきたフリルをルビーに紹介する。といっても、オレの言葉はあまり聞こえていないようだ。隣にいる女の子と二人、絶句したまま動かない。そしてオレも結構驚いている。隣の子に見覚えがあったからだ。

 

寿みなみ。

 

新進気鋭のグラビアモデルにしてナナさんの従姉妹。顔立ちのパーツパーツに血縁を感じる。そして何より遺伝しているのが、身体のラインが出にくい制服の上からでも分かるスタイルの良さ。

 

───まさかタメだったとは…そして同じ高校でルビーのクラスメイトかよ。世間は狭いぜ

 

反応からして、この子はオレを知らないようだが。まあ当たり前か。ナナさんも言いふらすはずはない。

 

「あ、あの。不知火フリルさんは、お兄ちゃ……兄の事を知ってるんですか?」

「はい、『今日あま』でお見かけして。ああ、言うの忘れてた。アクア、凄く良かった」

 

人前だからか、PVのことは言わないでいてくれたことに安心する。まったく、この女といるのは色んな意味で心臓に悪い。

 

「よく気づいたな。顔とかフードと逆光であんま見えなかったろう」

「わかるよ。貴方は顔以外も特徴的だから」

「もうちょっといい役でそう言ってほしかったが……まあ、ありがと」

「あ、それウチは見てないんですけど、お姉ちゃ、従姉妹も見たって言うてました。知り合いが出るからって。アクアさんもではったんですか?」

「最終回だけ、ちょっとね」

「っ、そうですか」

「貴方のことも知ってますよ。ミドジャンの表紙で観ました。みなみさん、でしたっけ」

「あ……はいっ」

 

一瞬暗くなったみなみの顔が一気に明るくなる。まああの不知火フリルに認知されていたとなるとそりゃ嬉しいだろう。

 

「お兄ちゃんは知ってた?みなみちゃん、グラドルでGなんだよ!」

「やめてー!」

「ははは」

 

───Gか。やっぱ負けてんじゃん、ナナさん

 

あの人はFだったはず。まあ単純にカップ数か、それともトップとアンダーの差で言ったのかはわからないが。あの人、おっぱいには妙なプライド持ってるからな。充分大きいのに。

 

「とゆーかお兄ちゃん!なんであの不知火フリルと友達になってるの!?」

「いやなんか急に話しかけられて……てかなんでヒソヒソ話?」

 

肩を抱えられ、少し離れたところで耳打ちしてくるのを疑問に思う。それくらい普通に聞けば良いのに。

 

「そりゃそうでしょ!月9のドラマで大ヒット!歌って踊れて演技もできるマルチタレント!美少女といえばほとんどの人がまず思い浮かべるスター!不知火フリル!そんな殿上人がなんでアクアみたいな下の下の下の俳優と友達に?!」

「下の下の下で悪ぅございましたね……てゆーかエラくご執心だな」

「今最推しだもん!」

「アイじゃなかったのか」

「アイは伝説!不知火フリルはリアルタイム!それはそれ!これはこれ!」

 

永遠のNo.1で殿堂入りだけど、アイドルオタ活動のリアルタイムでは一位という事らしい。その辺の認識の差は役者には少し分かりにくかった。

 

「で?!どんな弱み握ったの!?」

「弱みはむしろオレが握られてるんだけど」

「…………あの」

 

二人でコソコソ話しているうちに、渦中の人物がいつのまにかすぐそこまで来ていた。流石にバツが悪いのか、パッと離れ、オロオロする。妹よ、芸能人を前にキョドるな。ハッタリでいいから胸を張れ。

 

「ごめんなさい、私大抵の情報には目を通しているんですけど、貴女のことはわからなくて……何をしてる方ですか?」

「わ、わたしは、その…………」

 

アイドルと言いたいところだが、実績ゼロ。舞台の上はおろか、人前で歌ったことすら皆無。知られているわけがないし、ルビーが言いにくいのもわかる。

 

───それでもアイドル活動を少し、くらい言っときゃいいのに

 

しかし、それが言えないのがルビーの良いところであり、悪いところ。

 

「…………今のところ、特に」

「───そう、えと……頑張って?」

「うわーん!!」

 

泣き出して一目散に逃げていく。まあ今日は入学式とホームルームだけ。学校自体はもう終わってるし、帰っても問題ないのだけど、初日からお互い幸先悪いなぁと思う事は避けられなかった。

 

「…………悪いことしちゃったかな」

「悪くない悪くない。実績ゼロのアイツが悪い。気にしなくて良いよ」

 

逃げ去った先を見つめていたフリルをフォローする。実際オレがフリルでも似たようなことしか言えなかっただろう。彼女に落ち度はない。

 

「じゃあオレも帰るか。今日は午後から仕事だし」

「そう。なら一緒に帰りましょう。私も人と会う予定があるの」

「彼氏?」

「残念、女の子。安心した?」

「がっかりした」

 

ドスンと肘で脇をこづかれる。さすが歌って踊れる天才マルチタレント。鍛えているのだろう。ちょっと痛かった。

 

「それじゃ、みなみさん。妹のこと、よろしく。仲良くしてあげてくれ」

「はい、アクアさんもよろしゅうに。お疲れ様でした」

 

荷物を取りにいく傍らでタクシーを呼ぶ。フリルは校門を出たところに待っていたソレに乗せて帰らせた。

 

「一緒に帰るつもりだったのに」

「ふざけんな、お前と二人で歩いてるとこなんて見られてみろ。比喩抜きで命に関わる」

「どのみち遅かれ早かれだと思うけど?」

「そうならねーように校内はともかく、外では気を使うよ。ほら、タクシー代。釣りもくれてやるからさっさと帰れ」

 

諭吉2枚握らせる。10年間いろんなところでバイト紛いのことして、バンド活動でグッズ売ったりもしていたアクアは学生にしては結構金持ちだった。無論フリルの方が圧倒的に金持ちだろうが。その辺は男のプライドだ。意思を汲み取ってか、思ったよりあっさり折れてくれた。

 

「ま、焦ることないか。またね、アクア」

「ああ、また学校で」

 

───そういう意味じゃないんだけどなぁ

 

扉を閉める。アクアから見えない位置と確認すると、黒髪の美少女は口角を歪める。バックミラーに写ったその笑みは天使と呼ぶにはあまりに妖しく。悪魔と呼ぶにはあまりに美しい笑顔だった。

 

 

 

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。筆者の中のクズが、みなみちゃんに手を出せと囁いてくる。しかし筆者の中のアクアが、『それはやめとけ、オレらしくない』と天使側で説得してくる。半身悪魔のくせに。筆者が全身悪魔だからか。フリル様のキャラクターと才能はアクタージュの大天使、チヨコエルをモデルに描いております。原作の設定と違うかもしれませんが、ご容赦ください。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。
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