悪魔の契約の対価は貴方の姿を変えるだろう
哀れな身代わりの羊か空に輝く偶像か
どちらに転ずるかは星のみぞ知る
「ミヤえもーん!早く私をアイドルにしてよー!!」
学校が終わり、フリルを送って、帰路に着き、事務所の扉を開くと、飛び込んできた第一声。社長に泣きつく我が妹の声。まあほかに頼る先もいないし、ミヤコに縋るしかできないのだろうが、もうちょっとこう、頼み方を考えて欲しいものだ。
「急かさないで…アイドルグループ作ります、はいオーディションってわけにはいかないの。あ、アクアおかえり。初日はどうだった?」
「ただいま。もうしっちゃかめっちゃか」
「…………詳しい話は後で聞くわ。あとコレ、届いてたわよ」
冊子がテーブルの上に置かれる。来たか、メディア用PV資料。といっても書かれている事は少ない。フリートークがメインの番組だし、見どころは生のリアクション。下手に喋る事を決めて、自然な絡みが無くても困るのだろう。大枠決まっている事は出演者とロケ場所と時間くらい。
───宣伝用の集合写真はもうすでに撮ったが……本当にこの人数でやるのかよ
トラブル起こる前提みたいな人数だ。その方が番組自体は盛り上がるし、視聴者も興味を持つだろう。ドロドロの人間関係は見ている方は面白いし。
───しかしえげつねーな
誰か一人くらい犠牲になるのは覚悟の上。呼ばれたメンバーたちの中で一組の成功者を作る。蠱毒と言われれば否定はできなかった。
「ちゃんとしたグループを作るにはちゃんとしたスカウト雇ったり、いろいろ手順があるのよ」
「でも!私あの不知火フリルになんかすごく困った子扱いされた!何で貴方ここにいるの?的な!」
「大げさだな。多分そうじゃねーって。彼女なりに精一杯気を遣った結果だと思うぞ」
頑張って言葉を選ぼうとしていたのは側から見れば明らかだった。しかし当事者はそうはいかない。
「このままじゃ私、いじめられる!一般人が紛れ込んでるとか、厄介なミーハーとか言われて!」
「そこまでは言われねーって。入学式んとき、芸能科はザッと見たが実績あるやつなんて殆どいなかったし。不知火フリルは勿論、ナ──寿みなみだってかなり特別なんだって」
「寿みなみ?聞き覚えあるわね。モデルだっけ?」
「そう!胸バカでかくて可愛い子!スカウトし──」
「却下。他所の事務所の子でしょ、ダメ」
そりゃそうだ。みなみが所属してるモデル事務所に比べ、苺プロは弱小もいいところ。揉め事になれば消される。
「苺プロのアイドル部門はまだ発足したて。事務所間の揉め事はごめんよ」
「スカウトするならフリー、もしくはすでに苺プロ所属のタレント……」
フリーはともかく、ウチに所属しててアイドルできるような人材などいるわけがない。とゆーかオレ以外のタレントってあの筋肉系ユーチューバーだけだったはず…
黙り込んだルビーが少し気になり、顔を上げる。すると視線の先には色とりどりの衣装の数々。かつて天才アイドルを抱えており、ショボイが一応スタジオもある苺プロには撮影用の衣装が結構ある。アクアが以前変装に使った女子用制服もその中にあった。ルビーはそれをじっと見つめており、その視線はやがてオレへと行き、もう一度衣装に行った。
「…………ひらめいt──!!」
「閃くなバカやめろ」
女子用制服を引っ掴み、オレの元へと持ってくるアホ妹を止める。何を考えているのか、悲しいことに気づいてしまった。
「良いじゃん!もう1回女装してカメラに映ってるんだから2回も3回も100回も同じだって!やろうよマリンお姉ちゃん!」
「桁二つ景気良く飛ばしたな」
「ああ、その手があったわね」
「同調するなミヤコ。同じじゃねーよ。無理に決まってんだろ。状況が違いすぎる。アレは経歴とか特に明かさなくて良いモブだったから出来たことだ。マジでアイドル活動するんならプロフィール公開しなきゃいけねーだろ。マリンで通用するはずがねー。無理、不可能、絶対バレる」
インディーズバンドやってた時すらヤバかったのに。メジャーの話が来た時、オレはすぐにカントルを辞めた。過去にこだわらず、こだわられず自由にやれてた時とは違う。メジャーデビューするなら正体を偽り続けるのは絶対無理だ。だから辞めた。
「プロフィール嘘っぱちのアイドルなんていっぱい居るわよ。不思議ちゃんだって今時珍しくないんだから」
「そうそう!前みたいに黒髪のウィッグかぶってればバレないって!取材とかは私に任せてくれればいいし!目指せ!高身長モデル系アイドル『マリン』!」
「お前ら他人事だと思いやがって…アレ結構バレるんだぞ。有馬にもフリルにもバレたし」
「…………よくアンタと友達でいてくれてるわね、その二人」
「仕事のためってわかってるし、わかってくれるからな、二人とも」
それにアイドル一本に絞っているルビーとは違う。コイツはアイドル失敗してもその道が断たれるだけだが、マリンの正体がアクアとバレれば役者業にも致命傷を負う。
それどころか女性アイドルグループに男が混ざっていたともなれば、バッシングはオレだけで済まない。容認した苺プロにも大打撃が襲いかかる。
───まあそっちはバックレる方法もなくはないか。
しないとは思うが、ミヤコがシラを切り通してトカゲの尻尾切りすれば、最悪オレだけが犯罪者で済む。しかしオレは普通の人生すら歩めなくなる。
「マリンお姉ちゃん、アイドルの寿命は短いの。大体が二十歳でタイムアップ。私たちにはもう4、5年しか残されてない」
「その
「もう一刻の猶予もないんだよ。ウソつくのが問題なら切り落としちゃおう。そうすればウソじゃなくなるじゃん」
「無視すんなバカ」
肩を掴み、据わった瞳でオレを見つめてくる。ヤバい。ミヤコはともかく、ルビーは結構本気っぽい。流石に切り落とすは冗談だとしても、それをされたくなければアイドルになれ、と脅しにかかる程度のことはしてきそうだ。
───代案が必要だ。オレに匹敵する素質を持ったメンバーをスカウトしなければ…
必死に頭の中の可愛い女子名簿を開くが、アイドルできるレベルとなると限られる。ましてルビーとアイドルやらすとなるとただ可愛いだけではいけない。ダンス、歌唱力、ルックス。その全てにおいてオレと匹敵する才能を持った人物。自分で言うのもアレだが、オレは歌もダンスもそこそこ上手い。ピアノもドラムも人並みには出来る。ルックスは言わずもがな。カントルやってた時、美少女三人組という広告を否定した人間はいなかった。
ならあの二人誘うか?いや、ナナさんはダメだ。音楽家だけど、どっちかっていうと芸術家肌でアイドル向きじゃない。
ハルさんはワンチャンいけるか?歌はクソうまいし、運動神経も悪くない。仕込めばダンスくらい出来るだろう。でもあの人をこの事務所に招くのは嫌だ。オレの過去を知りすぎている。不発弾と一緒の事務所に所属するのは精神的に辛すぎる。それにあの人とは仕事抜きの関係だからいいのであって、仕事絡むとお互いのストレスが増える。それに今、微妙に喧嘩中だし。仲直りを出汁にアイドルやってくれなんて頼んだら流石に愛想つかされる。
───フリーランスで、あんま仕事無くて、顔が可愛い子……
LINKのトーク履歴を開く。頭の中以外で記録している女子を探すためだ。そして目が留まる。条件を概ね満たしている人物が、割と最近に登録されていた。
───丁度いい。12時を過ぎたシンデレラに魔法の代償を払ってもらうとしよう
無償の魔法は物語の中でのみ。代償のない
笑みを浮かべながら、二人に候補を話す。差し出した身代わり羊は色んな意味でリスク高すぎるマリンよりは現実的だった。
▼
インスタメートル、TikTok、Twitter、その他もろもろetc.
ソーシャルネットワークサービス、通称SNSが一般化し、情報が溢れる現代において、アーティスト達は芸能活動以外にも注力しなければいけない。もはやネットは見るなという時代は過ぎ去った。
『楽しそうにライブするよね、カントル』
『ボーカル可愛いしな!盛り上げ役っていうか、ノリがいい!歌もこの辺ではレベチ!』
『ベースの人カッコ良かったー!なんていうの、クールで出来る人ってかんじ!私ストイックな女の人好き!』
『あのドラム、なんか目が惹かれるんだよな……にしてもパワフルなドラムだな。あんな小柄で可愛い女の子なのに』
ライブ後、ハルさんの携帯を覗き込む三人。立ち上げられたアカウントにはライブの評価で埋め尽くされていた。
「おー、概ね高評価。フォロワーも千人超えたし、滑り出し上々!」
「マリン、パワフルだって。もう少し抑える?」
「ダメ!マリンちゃんの小さな身体から溢れる情熱とパワーが評価されてるんだから!アッくん、今のままでいいからね!寧ろもっと魅せる感じでも良いんだよ!」
「…………おかしい。誰一人オレを男と疑ってない」
「疑うわけないじゃん。ちょー可愛いよ、マリン」
あの他人に関心の薄いアクアすらネットの反応を見ることはあった。個人ではやってなかったけど、3-pieceバンド【カントル】で作った公式アカウントでライブの感想を見ることはあったし、ネットマーケティングもナナさんとハルさんの三人で力を合わせてやっていた。インディーズ・バンドは誰もがセルフプロデュース。イベントが終わった後の打ち上げなど、エゴサしながら酒飲んでたバンドもあったほど。
今やSNSでライブの日時の報告や「新曲出します」などのありふれた宣伝だけではダメ。もっと外に届ける宣伝をしなければならない。カントルも三人のプライベートを切り取った動画とか、作詞作曲風景とかをアップしていた。
「でもアッくん、こういうの向いてないよねー」
「わかる。私も苦手だもの」
ハルさんとナナさんに烙印を押されたように、アクアはこの手の活動が酷く苦手だった。女の子相手ならマメに色々してくれるのに。
「顔も声もわからない人に向けて、何かする気が起きない」
クラシック界では珍しくない、典型的芸術家肌のアーティスト。芸能活動はルビーやミヤコなどの家族のためにやってることであって、その人たちが良いなら他人の評価は気にしない。そういうタイプのドラマーだった。
「わかった。アッくんは個人でアカウント作るのはやめとこう。ただでさえマリンって名乗っちゃってるんだし、変なこと呟いちゃったりしたら厄介だから。その代わりポエムも不満も怒りも全部作詞に回してね」
ということで、アクアは今時の芸能人としては絶滅危惧種に近い、ビッグデータほぼノータッチアーティストだった。できる人がやればいいと思ってるし、他人の評価にあまり興味もなかった。
しかし、これはセルフプロデュースといっても、バンドという集団に属していたから出来たこと。ソロで活動している人間はそうはいかない。俳優やアイドルは自分自身がコンテンツ。エゴサは業務の一つだし、野心のある人間ほど、ネットマーケティングに力を入れている。
その両方の条件を満たす有馬かなはゴリゴリにエゴサをやっていた。高評価を貰っているものは特に。地獄のネットドラマ【今日あま】。しかし唯一絶賛された最終回。ドラマが終わってそこそこの日数が経ったというのに、その感想、評価を未だに調べていた。
『やっぱり有馬かなは抜けてる』
『さすが一時は全国に名を轟かせただけある』
久々に目にする自身への賞賛の言葉。意図せず笑みが漏れてしまう。こういうところをアクアが見れば、『流石役者。良い感じに病気だな』と言うだろう。勿論貶してはいない。寧ろ褒めてすらいるだろう。有馬かなを役者と認めているからこその言葉だ。
───ん…
『あのストーカー役、演技めちゃキモくて嫌悪感バリバリだけどよくよく見るとあの暗さはアイツから出てる気がする』
SNSのコメントの多くは世間の評価に同調するモノが多いが、時折鋭いコメントもある。自分が活きる事で周りを活かし、周りが活きる事で自分がさらに活きる。最高の潤滑油。恐らくどんな現場だろうと欲しがられる完璧な
───本当に魔法みたいな時間だった
私すらもうフォローしきれないと諦めたあのどん底から見事に持ち直した。同じことをやれと言われても私には無理だ。アイツはやっぱり、私にはない何かを持っている。
───まったく、少しは大人になったかと思ったら。やっぱり全然変わってないんだから、アイツ…
有馬かなの脳裏にはあの時のアクアの演技が蘇っていた。周囲丸ごと引き込むオーラ。子供の頃から身に纏っていたそれの使い方を身につけた。そのオーラをモノや音に使うことで、自身の存在をアピールしつつも個人を希薄にする。
『夢を見ろよ。12時を過ぎたシンデレラ。魔法はオレがかけてやる』
───いや、ちょっと変わったか。昔よりキザになった。
ずっと耳に残っている。あれから何日経っても薄れる気がしない。寝ても覚めてもあの声が頭の中でリフレインされ続けている。ムカつくような、こそばゆいような、実に複雑な感情。アイツは昔から私に初めての感情を植え付けてくる。
───ハッ、まったく夢見てんのはどっちよ。やる事がいちいちクサイのよ、アイツは
役者にはある事だが。常日頃から平凡に生きているだけではまず言わないようなセリフや行動を求められる。感情表現や言葉遣いが日常から大袈裟になることは長く役者をやっている者にはあるあるだ。
しかし…
───ああいうこと、誰にでも言ってんのかな
責められる事ではない。共演者をやる気にさせるというのは役者にとって重要な才能の一つ。本来ならマネージャーや監督の業務だが、同業者にしか出来ない火の付け方というのは確かにある。自分だって似たようなことは何度もやってきた。
けれど、それでも。
やってほしくない。誰にでも言ってほしくない。私だけにしてほしい。そう思ってしまうのは、わがままだろうか。
SNSを閉じ、LINKを開く。友達リストに最も最近に加えられた名前とアイコンに指を止めた。
───ねぇ、教えてよ。誰にでも言ってるの?必要なら貴方は誰にでも魔法をかけるの?救いの王子様になってしまうの?私だからやってくれたの?どうなのよ、アクア
ポロン
メッセージの通達が鳴る。一瞬、幻でも見ているのかと本気で思った。アイツはいつもそうだ。こちらの心を見透かしたようなことをやってくる。
───えっ、なに!?見られてた!?
思わず周囲をキョロキョロと見渡すが、2年の生徒しかいない。物陰で隠れてたり、廊下で誰か待ってる様子もなし。ホッと安堵とガッカリ両方の息を吐き、再びスマホに向き合う。メッセージアプリの通達に冒頭の一行のみ表示されていた。
【大事な話がある…………】
その一行で未読のままにして暫くもったいぶろうという気が吹き飛んだ。迷わずアイコンをタップし、続きの文を読む。
大事な話がある
少し時間が欲しい
今から会えないか?
ポロン
校舎の中庭、ベンチで待ってる
会いたい
───…………え、ちょっと、待って。いや、ホント。何考えてんのアイツ
もう今日の授業は終わっている。今は既に放課後だ。即座に立ち上がり、校舎の中庭へと向かおうとするが、ふと立ち止まる。女子化粧室が道すがらにあった。
───なによ……なんだろ……大事な話とか改まって
鏡に写る自分をより綺麗にするために櫛を取り出す。もともと艶やかな髪だが、櫛を通すことでよりきめ細やかな美しさを取り戻した。
スマホを取り出し、検索サイトを呼び出す。
後輩 男子 大事な話
検索開始。ゾロゾロと現れたのは告白に類するワード。
───えぇ……もしかして、本当にそういう!?ちょっと、困るなぁ……まだ私もアイツも売り出し中の身なんだし、お互いのために、もうちょっと、こう…
などと心の中で言いつつ、身体は飛び跳ねたくなる衝動をなんとか抑えている。それでも漏れ出るウキウキ感は、どう見ても困っている少女のものではなかった。
待ち合わせ場所をチラリと覗き込む。待ち人はイヤホンを耳にかけ、ベンチに腰掛けていた。黄金を溶かしたかのような髪が夕陽の光で眩く反射される。桜が散り始めたこの季節、桜吹雪の中で佇む美少年の姿は神秘的ですらあった。
───アイツ、あんなに綺麗だったっけ?
しばらく見惚れていたが、視線を感じたのか、こちらへとアクアが目を向ける。一度咳払いすると、まさに今来たところを装って、校舎の影から待ち人の前へと出て行く。
「お待たせ」
「いいよ、待つのは結構嫌いじゃない」
イヤホンを外す。そういえばコイツが音楽を聴いているところは初めて見た。
「なに聞いてたの?」
「ん、少し前にハマってたインディーズ・バンドの曲」
「なんて名前?」
「いいよ、どうせ知らねーって」
「知ってるかもしれないでしょ。良いじゃない、教えてよ」
「カントル」
「…………知らないわね」
「ホラな」
ベンチの左へと寄り、スペースを空ける。胸元からハンカチを取り出し、敷いた。
「…………ありがと」
「どういたしまして」
敷かれたハンカチの上に座る。暫く無言の時間が続いた。アクアは風に吹かれるまま、空を見上げており、有馬はチラチラと横目でアクアの横顔を盗み見た。
───え、なに?なんで無言?話があるんじゃなかったの?それとも言い出しづらいこと?じゃあやっぱりそういう!?私がキッカケ作ってあげるべきなのかなぁ。でも、こういうの女の方から言うのってなんか……なんかじゃん!あれだけキザなこと言えるくせにヘタレてんじゃないわよアクア!別にカッコつけた言葉じゃなくても優しく受け止めてあげるからさっさと…
「有馬」
「はいっ」
思考が逡巡している間に唐突に話しかけられたからか、会話の準備が出来ていなかった。ちょっと裏返った声が出てしまった。
「……色々考えたけど、化かしあいするのもめんどくせーから、単刀直入に言うぜ」
「え!?いや、ちょっと待って!私まだ心の準備がっ」
「物事の大抵は心の準備が整う前にくるものだ。こういうのは早いうちにハッキリさせたほうがいい」
「で、でもいくらなんでも早くない!?私達この間10年ぶりに再会したばっかだし、まだ一回しか一緒に仕事してないし!」
「一回あればオレ達には充分すぎるだろ。一回演技を見ればわかる」
迷いない言葉の強さに心が掻き乱される。もうコイツはわかっているのか。私の気持ちも、自分の気持ちも。
「で、でも私、珍しいかもしれないけど、その、今時の若手女優とは違うっていうか、そんな余裕もなかったっていうか」
「わかってるさ」
「本当に?!」
「お前はちょっと向こう見ずで、口悪くて、直情的だけど、真面目でストイックな努力家だ。だからオレもその気になった」
「…………」
少し驚いた。想像以上に深いところを突いてきた。若干泣きそうになる。見ていてくれる人は先生だけではなかった。ここにもいた。
「苺プロに来ないか、有馬」
「はぃ…………………は?」
YESと答えかけた状態で口が止まる。そのまま疑問文へと繋がった。人が言葉を聞き返す時のパターンは二つ。聞き取れなかったか、聞こえた内容が想定外だった時か。今回は後者にあたる。
「…………え?これって勧誘?」
「?他の何に聞こえる」
「まじめな話?」
「大事で真面目な話」
「…………」
顔が赤くなっていくのが自分でわかる。黙り込んだ私を覗き込もうとしたアクアから身体ごと背中を向けた。
「…………お前、まさか──」
「そんなわけないじゃない!わかってたわよ!おおむね、そんなところだろうなって思ってたわよ!あーホント予想通り!意外性のない男よねー!アンタって!あーつまんないつまんない!予想通り過ぎてホントつまんないわー!」
「…………まだ何も言ってねーじゃん」
早口で捲し立てる有馬の背中をみてアクアが苦笑する。かつての天才子役が落ち着くまで、10分ほと時間がかかった。
▼
ギャーギャー喚く有馬をなんとか落ち着かせる。少し思わせぶりだっただろうか。けれど勧誘において、必要な駆け引きだったから仕方ない。演技を見ていることもアピールし、そこから人となりを知ったという顛末は有馬にとってかなり有効な心理的攻略法だったはずだ。
仮にも有馬かなは全国にその名を轟かせた天才子役。表面的な美辞麗句など普通の人の一生分以上を既に浴びてきただろう。だからこそ内面的評価を求めている。見た目じゃない、本当の自分を知ってほしいと考えているはずだ。そういう相手を評するとき、褒めるだけではダメ。自覚しているであろう欠点を指摘し、なおかつそれを上回る美点を比較対象として出さなければいけない。
口が悪くて、直情的。しかし演技に関しては真摯で懸命。これが有馬かなに刺さる分析のはずだ。
それだけ本当の自分を見てくれる人の勧誘なら、受けてみたい。そう思わせることが第一の目的だった。そのための台詞回し。これでも誤解されにくいワードを選んだつもりだったのだが…
───意外と思春期だな、こいつも。
スキャンダルなんてもってのほかと言ってたくせに。まあ華の現役女子高生なんだし、仕方ないか。
「で?なんで私を苺プロにスカウト、なんて話になったのよ」
落ち着きを取り戻した有馬がようやく本題へと切り出す。勿論その為のセリフも用意している。
「勿論第一はオレの為だよ。お前もパーティで言ってたろ?大振りばっかじゃカウンター喰らうって。だがオレは今のところビッグパンチしか打てない役者だからな。オレが知る限り、小技に関してはお前以上に上手い奴はそうそういないだろう。同じ事務所なら技術を盗む機会も増えるはずだ」
嘘じゃないところから理由を述べる。聞こえのいいテキトーなことを言うのは簡単だが、今の冷静になった有馬かなにはバレる。最大の理由を言ってしまったら絶対断られる。最後の最後まで隠し通し、真実のみで誤魔化す。
「…………なるほど。確かにアンタと仕事する機会が増えるってのは私にとってもメリットね。アンタが私から盗むように、私だってアンタから盗みたいモノはある。一考の価値はあるわね」
「だろ?」
「でも苺プロはハッキリ言っていいとこ中堅程度の事務所。アンタに『可能性』があるのは認めるけど、才能だけじゃどうにもならないのがこの世界。私が貴方の事務所に入って、跳ねることができる根拠はある?そうじゃないならフリーの方がメリットはまだ多いわ」
事務所に所属するとなると売り込みも勝手にできなくなる。フリーでいることの強みの一つにギャラが安いというモノがある。しかしどこかの所属女優になってしまえばギャラは事務所同士の交渉となる。そうなってしまえば『今日あま』の時のような手が使えない。
どう返してくるか、と有馬がアクアを見返す。すると星の目を宿した少年は呆れたように肩をすくめた。
「苺プロに入って跳ねる根拠?そんなのいちいち聞くまでもないと思ってたんだけどな」
「…………は?なんで?」
「オレとお前がいるからだ」
言い切った言葉に絶句する。才能があるとは言え、まだ駆け出しも駆け出しの俳優が言っていいセリフじゃない。なんという傲慢。なんという不遜。
「オレ達の化学反応の結果は見ただろ。あの地獄の現場ですら、そこそこ見れるところまで持ち直したんだ。なら今度はもっとちゃんとした役者達が揃う場所でやってみたくないか?オレとお前の化学反応がどこまで爆ぜるか、見てみたくないか?」
ゴクッと唾を飲む。確かに見てみたい。もっと高い舞台で、アクアと二人で演ってみたい。
「できるさ、お前ならどんな事務所でも。一度どん底に叩き落とされたせいか、お前は意外と自分に自信がねえな。もっと夢を見ろよ。有馬はそんじょそこらのアイドルなんかよりずっと可愛いんだぜ」
「かわ、いい?私が?」
「当たり前だろ?お前が可愛くなかったら世の中の女子の9割以上可愛くねーさ」
ベンチから立ち上がる。舞い踊る桜を背に、星野アクアがその掌を有馬へ向けた。
「行こうぜ、有馬かな。もう一度、芸能界のてっぺんに。オレとお前の、二人で」
気がついた時には手を取っていた。その差し伸べられた光が、悪魔の契約の代償とも知らずに。
▼
「苺プロへようこそ。歓迎します」
あれからそのまま事務所へと案内され、赤みがかった黒髪の少女は斎藤ミヤコが差し出した契約書に目を通した有馬と刻印されたハンコを押していた。これで有馬かなは正式に苺プロ所属のアーティストだ。
「…………なんか上手く乗せられた気がするわ。本当にこれでよかったのかしら」
「ハンコ押してから何言ってんだか。もう後の祭りだぜ」
「あー、なんで私っていつもこう──」
「じゃ、今後の活動についてはユニットを組む二人でごゆっくり」
「…………は?」
ミヤコを伴って部屋から出ようとするアクアに疑問符が宿る。ユニット?一体なんの話だろう。役者同士の共演を普通ユニットとは言わない。ならアクア以外の誰かと組むということ。
「これからよろしく。頑張ろうね、先輩」
肩を叩かれる。背後にはアクアとよく似た顔の美少女が能天気に笑っていた。
「ユニット?ルビーと?」
「そう。これから芸能界で苦楽を共にする仲間だ」
「ルビーって確か…」
「自称アイドル」
「それと組むってことは…」
「目指せ!女優兼アイドル有馬かな!」
事務所に沈黙が訪れる。しばらく誰も話すことを許されない空気の中、やはりというべきか。渦中の人物が爆発した。
「だぁまぁしぃたわぁねぇええええ!!!!」
「人聞き悪いな。何一つ嘘はついてないつもりだ」
「女優としてスカウトしたんじゃなかったの!?」
「そんな事は一言も言ってねー」
振り返ると確かに女優としてスカウト、などという事は言っていない。が、この状況は騙されたと感じても無理ない事だろう。
「大丈夫、ウチに所属している間は女優としても仕事はできるし、そっち優先にミヤコが調整してくれるから。合間にちょこっとアイドル活動やるだけだよ」
「それでも新陳代謝の激しいアイドル業なんて数こなさなきゃやっていけないでしょうが!アイドル枠で跳ねなかったらどっちも失うわよ!どうしてくれるの!?」
「お前達なら大丈夫。どっちも跳ねるって」
「アンタ他人事だと思ってるでしょ!?セルフプロデュース上のリスクがどれだけ高いと思って…」
「他人事じゃないさ。家族の事だ。オレの事以上に重く考えてる。その上で判断している。お前達ならできるって」
口調に真剣さが戻る。あまりに唐突な変化に騙された有馬さえも一瞬黙った。
「な、有馬。お前はコイツをどう見る?」
肩を抱かれ、部屋の隅へと移動する。視線の先にはアイドル活動できるとはしゃぐ自身の妹の姿があった。
───なるほど、確かに『何か』を感じる
かつて一度だけ共演した天才アイドル『アイ』を彷彿とさせる何か。10年以上、芸能人として培ってきた嗅覚が、アクアと同様の可能性を感じ取らせた。
「流石はアンタの妹ってところかしら。アクアのオーラとは似て非なるけどね」
「だろ?適性だけでいうなら多分オレ以上だ」
才能を数値化したなら、恐らくアクアの方が上だ。しかし、アクアは良くも悪くも芸術家肌。客寄せパンダには向いていない。しかし俳優もアイドルも客を集められてナンボ。そういう適性という意味ではルビーはアクアを遥かに超える。
「でも向いてるだけじゃできないことも必ずある。有馬のような、芸能界をわかってるブレインが必要な時が来る。頼むよ有馬。アイツを導いてやってくれ。オレでは出来ないことなんだ」
「…………はぁ」
大きな溜息が出る。まあもう契約書にハンを押してしまった以上、諦めるしかないのだが。
「それにお前、『今日あま』が終わってから、女優業なんて全然やってねーじゃん」
「グフっ!?」
「なら暇な時間エゴサしてるより、少しでも世間に活動アピールした方がマシだろう」
「ぐぶはぁっ!?」
夢を語り、頼み込み、厳しい現実を突き刺してくる。これでもう完全に後には引けなくなった。
「…………ま、まあどのみち何らかのカンフル剤は必要だったし」
「お、いいな。前向きになってきたじゃん。その調子で自分を騙し世間を騙して頑張れー。じゃ、今度こそ二人でごゆっくりー」
「?ちょっとアンタ、どこ行くのよ」
「仕事。内容詳しく知りたければルビーに聞け。じゃあな」
「あ、ちょ───」
声を遮って扉を閉める。同時にフゥと一つため息を吐いた。コレでなんとかマリンでアイドルやるのだけは避けられただろう。
「まさか本当に引っ張ってくるとはね……相当あくどい手使ったみたいだけど」
呆れと称賛、両方の声をミヤコにかけられる。フンと鼻で笑った。
「栄光と挫折を味わっている者は高いプライドと折れた自信の両方を持っている。その二つをくすぐれば、動かすのは難しくない」
「…………そういう事ばかりしてるといつか本当に刺されるわよ。夜道に気をつけなさい」
「元はと言えばアンタがルビーの『マリンアイドル化計画』を止めないからだろうが。そっちこそアイツに甘いの何とかしろ」
鞄を拾って玄関へと向かう。今日はこれから撮影だった。
「送ってこうか?」
「いいよ。それより今はルビーと有馬見てやってくれ。どっちも違う方向で意地っ張りだから。緩衝材がいないと喧嘩しそうだ」
「よくそんな混ぜるな危険みたいな人スカウトしたわね」
「わかってねーな。摩擦があるから熱いんだよ。チームは」
熱無くして人は動かない。エンジンは内部で激しく燃えているからこそ、車という重量が時速100キロで走ることができる。
───かつて、カントルがそうだったように
ハッキリ言ってナナさんとハルさんの相性は良くなかった。一人はストイックな音楽家で、もう一人はポップなシンガー。意見の食い違いなんてしょっちゅうだったし、上を目指す熱量自体は同等だったが、熱の種類が違った。
だからこそ、あの三人でいた時間はあんなに熱かった。
「…………バンドやってた頃の経験かしら?ドラムス、マリン?」
「───知ってたのか」
「息子の活動くらいチェックしてるわよ。何かあってからじゃ遅いんだし。それにいいバンドだったから、聴いてて楽しかったしね」
実力も、ルックスも、華も、あのライブハウスでは間違いなくNo.1だった。マリンアイドル化計画をミヤコが強く止めなかった理由の一端がここにあった。
ハァと一つ大きく溜息を吐く。隠しているつもりだったものを知られていた情けなさと恥ずかしさをごまかす息だった。
「ありがたいけど、そろそろ子離れしてくれよ、ミヤコさん。恥ずいだろ」
扉を閉める。出ていった先をミヤコはしばらく見つめ続けた。
───やっぱり、母さんとは呼んでくれないか
今のアクアに母親の記憶がない事は知っている。おそらくだが解離性障害も治っていないだろう。だが4歳から今日に至るまで、アクアから自分を母親と呼んでくれた事はない。記憶がなくとも、根源のところで、母と呼べる人間は一人と知っているのだろうか。それとも……
───最愛の人が殺されたと知った時、あの子は……あの子達は、どうなってしまうのだろうか
忘れようと努めるのか。復讐に囚われてしまうのか。
答えは、わからない。
けど、どちらになったとしても、私は。
『あの子達を見守ってあげてください』
12年前、医師に言われた言葉。ずっと忘れない、私に唯一できる事。
でも願わくば、今のまま。あの子達らしさを失わずに生きてほしいと心から願う。
扉の奥から姦しい喧騒の声が漏れ出てくる。早速二人の摩擦が発生しているようだ。思わず笑みが漏れる。安堵なのか、失笑なのかはわからなかった。
───今は、あの子達に尽くそう
扉を開く。本格的なアイドル活動を復活させる前に、アイから託された星を守るため、ミヤコはもう一度覚悟を強くした。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。最新話やべー。
復讐に取り憑かれる事で両目に暗い星を宿した原作のルビー。
復讐を忘れたことで両目に眩い星を宿した拙作のアクア。
なんかめっちゃ対比になってね!?シンクロしてね!?参ったね先生!筆者の思いつきも捨てたもんじゃねーな!もしかして筆者未来予知した!?……言い過ぎだな。偶然だよ。すみません、ちょっとハイになってました。とにかく原作ヤバいです。めっちゃ色々刺激されます。それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければ幸いです!良いGWを!