海の名を冠する少年が立ち向かう
勇気と蛮勇を履き違えてはいけない
その火は海をも焼き尽くす炎なのだから
恋愛リアリティショー『今からガチ恋♡始めます』
その宣伝用のメディア向けPVと宣材写真がネット上に放映され、多くの人の目にその番組と出演者が発表された。
出演するのは今まさに名前を売りつつある若手有望株と呼ばれる高校生達。といっても、世間一般からすればほぼ無名の者達ばかり。視聴者への配慮、何より出演者達への配慮として、初回放送では出演者の簡単なプロフィール紹介。
そして1分のアピールタイムが設けられていた。
鷲見ゆきの場合はファッションとメイク。ランウェイを歩くたびに様々な衣装が、そしてファッションに合わせたメイクが、一歩一歩踏み出すたびにチェンジしていく。その様相はまさに七変化。ラストの衣装を靡かせ、モデルポーズにてフィニッシュを決めた。
熊野ノブユキはダンス。ブレイク系を主としてダイナミックかつ繊細な動きを披露する。
黒川あかねは1人エチュード。バックはロッジ。一人旅の中、美しい自然に迷い込んだ美少女を演じてみせる。
森本ケンゴはギターソロの超絶技巧。目にも止まらぬピック捌きでロックな演奏。最後にピックを天高く投げ捨てた。
MEMちょはCGを駆使したポップな映像。可愛らしく、華やかなアイドルダンスはどこか熟練したなにかを感じさせる。ユーチューバーらしい、映えるダンスだった。
そして星野アクアは……
♪
森の中にポツンと聳える一台のグランドピアノ。薄暗い森の中で太陽のスポットライトが照らされるその中に、1人の少年が鍵盤を叩く。演奏される曲目は『鏡』。ピアニスト、ジョゼフ・モーリス・ラヴェルがパリの若き芸術家達に捧げた、挨拶と歓迎の曲。
「あいつ、ピアノなんて弾けたの!?」
「大人達の悪い遊びに付き合ってるうちに、いつの間にかね。私の元亭主が発端だから、あまり強く言えないのだけど」
「最近ちょこちょこキーボードの練習してたのはコレかぁ。まったく、ホント無駄に才能あって、その才能を無駄遣いしかしないんだから。お兄ちゃんは」
「ラヴェルの『鏡』……確かに挨拶としては最適だけど、またキザな選曲ね。しかも少しジャジーにアレンジしてるし。意味わかる子、あの中に居るのかしら」
PCで初回放送を観ている有馬かなと星野ルビー。そして斎藤ミヤコは特技を有効活用(見ようによっては悪用)するアクアを見て、呆れと驚愕、そして怒りがないまぜになりながら、アクアの一分間のアピールを観続けた。
♪
演奏が終わる。そこで初めて、カメラが自分を捉えていたと気づく(演技をする)。フッと浮かべた柔らかな微笑はまさに儚げな美少年と呼ぶに相応しい美しさを誇っていた。
『いや誰!?』
皮肉屋でドSで嗜虐的な笑みに慣れきっているルビーと有馬はカメラの中の美少年に鳥肌が立つ。さすが役者と言えなくもないが、普段の彼を知る身としては違和感が凄すぎる。
「キャラ作りすぎでしょ!!何この今にも消えちゃいそうな薄幸の美少年?!傍若無人自信過剰自分信仰天上天下唯我独尊クソヤローのくせに!」
「メディア用とはいえ作りすぎ!誰よこいつ!あんまり本来の自分とかけ離れたキャラ作ると後でキツいわよ!キモ!バーカ!ナルシスト!」
と言いつつスマホの連続シャッター音が密かに鳴り響く。ここ最近で一気に増えたアクアの映像が素早く有馬かなのプライベートフォルダに保存された。
6人の撮影が終わり、しばらくはフリートークへと移行する。出演者達はそれぞれのアピールについて、感想を述べ合っていた。
「かっこいい〜。役者さんなのにピアノも上手なんて凄〜い」
一つ前にダンスを披露したMEMちょが真っ先にアクアのピアノを誉める。ありがとうと一言微笑むと、蜂蜜色の髪の少年は幼く見える淑女の手を取り、エスコートを始めた。
「アレくらい少し練習すれば誰でもできるよ。MEMちょこそ素晴らしいダンスだった。一朝一夕じゃない、積み重ねを感じたよ。勿論、貴女の可愛さも含めてね」
【は?死ね】
流れるような紳士的エスコート。単純ではない、その人の内面と努力を讃える賞賛。息をするように出る口説き文句。どこからどう見ても女慣れしきった男の軟派な態度。そして自分には一度として見せたことのない優しさと美辞麗句に、妹と同僚からは呪詛しか湧き上がってこなかった。
「なんだアイツ……私には可愛いなんて勧誘の時にしか言わなかったくせに」
「女に囲まれて絶好調だなクズ兄貴……」
「2人とも落ち着いて。身近な男が女にデレデレしてるところ見ると腹立つのはわかるけど、アクアも役者だから。好感度の高い男を演じてるのよ。大衆の人気を得る方法としては正しいわ」
「わかるけどさ!コレはいくらなんでもウソでメッキ貼りすぎじゃん!帰ったら説教………え?」
ルビーの怒涛の文句が止まる。少し沈んだ様子でPCを見ていた有馬かなも目を見開いた。まだもう1人、しかも全員の紹介が終わったと見せかけた上で、ラストを飾る明らかな特別扱いをされている人物が残っていた。その衝撃はルビーの怒りも、有馬の呪詛も、全て吹き飛ばす大爆弾だった。
恋愛リアリティショーは基本偶数。カップリングが作りやすいように設定されている事が多い。
しかし、稀にだが奇数の組み合わせになる事もある。三角関係…いや、それ以上のいざこざを狙ってのことだ。ドロドロの人間関係や恋愛戦略は観ている分には面白いから。
しかし、突発事故が起こる可能性も跳ね上がる。今や誰でも有名人を叩ける時代。普通のリアリティショーでさえ、炎上騒ぎが巻き起こることなどザラなのに。出演者達は火薬庫の中を静電気にすら気をつけて歩くが、企画する者達はタバコを吹かして歩けと言っているようなものだ。
しかしそれだけなら芸能界ではよくある理不尽で済む話。だが、最後に現れた人物が火薬庫を全て加工済みの爆弾に変えた。
一分間のアピールタイム。しかし、最後の1人は何もしない。桜舞う庭園の中、佇むだけ。何もしない一分というのは意外と長い。TV番組で一分間無言の時間があればそれは完全に放送事故だろう。アクアですら、一分間笑顔のみで持たせることはできず、ピアノという特技に頼った。
だが、最後の1人はこの長い一分を刹那の時間に変えて見せた。遠くを見つめる視線。憂を秘めた瞳。風に靡く艶やかな黒髪。掻き上げた手から覗く泣きぼくろ。全てがため息が出るほど美しい。見惚れている間に60秒が終わる。ルビーにとっては初めて。有馬かなにとっては二度目となる魔法の時間。しかも今回は同じ現場ではない。画面越しという果てしなく遠い距離から届かせてみせた。はっきり言って今のアクアとは比べ物にならないレベルの魔法使い。アピールタイムが終わってようやく、視聴者達の時も正常に戻った。
「…………不知火フリル」
魔法使いの名が全国で呟かれる。恋愛リアリティショー、『今からガチ恋始めます』
静寂と波乱のスタート。
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アーティストとは、人気商売だ。
才能があるだけではダメ。パフォーマンスが良いだけでもダメ。努力するなんて当たり前。一寸先は闇の世界の中で、出演する番組や企画一つ一つが命懸け。真っ暗闇の中で見えない地雷がどこに仕掛けられているかもわからない。
情報に溢れたこの社会。いまや誰でも有名人を叩ける時代。迂闊な一言、ちょっとした誤作動一つで引退に迫られて何らおかしくない世界。ミュージシャン、ダンサー、俳優、アイドル、あらゆるジャンルのタレントが、芸能界という火薬庫を、自然発生する静電気にすら気をつけて、一挙手一投足に細心の注意を払って歩いている。
そんな中、静電気はおろか、僅かな振動で大炎上を巻き起こす爆弾が空から降ってきたとしよう。常人ならば一目散に逃げ出すだろう。それを扱うことが仕事の者であれば、逃げはしないだろう。しかし真っ先に挑む事はまず避ける。できれば他の人に任せたい。そう思うのを責めることはできない。誰だって厄介ごとに首を突っ込むのは避けたい。ましてこの爆弾は自分程度、あっさり吹き飛ばす威力がある。
───かといってこのままだんまりじゃ番組にならない!
───でも、何をすればいいのよ!?話しかける?とっかかりは?どうすればどの方面にも角が立たないトークができるっていうの!?
校庭を模した広場。その中心に座る爆弾を相手に、出演者達は身動きひとつ取れなかった。
風に靡くその黒髪は音が鳴るのではと思わせるほど、美しく、憂を秘めた眼差しは万人を虜にする。均整の取れたスタイルは大衆の理想が形になったかのよう。
美麗な指が頬に触れる。滑らかな白磁の肌にまるで一点の墨を落としたかのような泣きぼくろは彼女の艶を一層際立たせる。
不知火フリル。たった一つのその美しさ爆弾は出演者のみならず、カメラマン、ディレクター、プロデューサー。全ての時を奪っていた。
ただ、一人を除いて
自身の目の前に座る人物を確認すると、泣きぼくろの美少女は口元を緩める。それでこそ、と表情が語っているようだった。
「やあ、フリル。千年ぶり」
彼女の
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4月も中盤に差し掛かり、桜の花びらが空を舞う季節。ひだまりの中咲き誇る花々の中、白い椅子に佇む黒髪の美少女。実に絵になる光景だ。画家や写真家でなくとも、一枚記録に残したくなる光景だろう。表面的には。
しかしオレの目には庭園の中に突き刺さった不発弾……いや、核弾頭にしか見えない。他の演者達もほぼ同意見なのだろう。誰も近づこうとしない。定点カメラのアングルにだけ注意して自由に会話してくださいと言われたが、目に見える地雷原を前に誰一人身動きできなかった。
───だがまぁ、このままというわけにもいかないか
このリアリティショーでオレはあまり目立つ行動するつもりはなかった。最大の目的は鏑木Pからアイについてのプライベートを聞くこと。そのために無難に、批判も賞賛もされることなく大人しく番組に貢献するつもりだった。ここでの活動が演技に役立つとはあまり思えなかったし、ヘタに何かすると批判の対象になりかねない。有馬も言っていたことだが、オレはまだ売り出し中の若手役者。スキャンダルには人一倍注意しなければいけない時期だ。
しかし、この現状に対して、オレは少なからず関係しているだろう。ならこの場で動ける人間はオレしかいない。心の中で諦めの溜息を吐くと、庭園に備え付けられたテーブルへと近づき、美しい爆弾の前に座り込んだ。
「やあ、フリル。千年ぶり」
「貴方に会えない半日は千秋に値する時間だったよ、アクア」
思わず苦笑が漏れる。皮肉のつもりで言ったジョークだったのだが、見事に返された。フリルも微笑んでいる。アクアが自分に振り回されている今のこの状況を完全に楽しんでいた。
「千年ぶりと言ってくれて嬉しい。貴方も私と同じように思ってくれてたなんて。学校ではそっけなかったから。せっかく一緒に帰ろうって誘ったのに」
「君があの時遅かれ早かれと言った意味がやっとわかったよ。ったく、どこでオレがコレ出るって情報掴んだんだか。まあ不知火フリルならこの程度のネタは一発ツモれるか」
「カンのいいイケメンは、好き」
「イケメン限定かよ」
「顔がいい人が嫌いな人なんてこの世にいないでしょ?ジョバンニ」
「その呼び方やめろ。他の人に通じねーだろ、カムパネルラ」
鼓膜を震わせない無言のざわめきが周囲に響く。それも当然。はっきり言ってほとんど無名と言ってしまって差し支えない駆け出し俳優があの不知火フリルと対等…いや、それ以上の口の聞き方をして、しかもフリルはそれを受け入れている。会話の内容も素晴らしい。言葉の端々に比喩やジョークを混じえ、適した言葉を選んでいく。
───客観視
フリートークの極意の一つは、自分自身が冷静な視聴者であること。おかしい事はおかしい。気になる事は気になる。それを出演者がTVで言うから、視聴者はトークにノれる。
無論、口で言うほど簡単ではない。バズーカと見紛うデカいカメラに囲まれ、周囲は大人ばかりのこの状況。高校生の少年少女の精神状態が乱されるのは当たり前。まして自分達は視聴者ではなく出演者なのだ。右を見ながら左を見ろと言っているようなもの。まるで自分の家でくつろいでいるかのような精神状態を保ち、カメラの目を理解し、視聴者の目をトレースしなければ不可能。
───バード・アイ
空間認識能力が高い人間がごく稀に持つ特別な目。まるで天の星から全体をのぞいているかのような視界をもたらす、神に選ばれた者へのギフト。
───オレも調子がいい時、そうなる事はあるけど、コレはそんなレベルじゃない。上空どころか、360度全方向。千メートル望遠あらゆる距離に自分の目を張り巡らせている。
客観視。自身を俯瞰的に見ることによる立ち振る舞い。アクアを没入型の役者とするなら有馬は俯瞰型。そしてフリルは有馬の究極型の完成形。
───学校の中でも大概だったが……
コレが不知火フリルの仕事。徹底的に自己を廃し、見られていることを突き詰めた、『
───といっても、まだまだ本気じゃねーだろうな。オレ程度が気づき、理解し、曲がりなりにも真似できるレベルに抑えてくれてる。この番組に来た時はオレの事潰すためかと疑ったが、そういうわけではなさそうだ
それでも充分恐怖だが。その気になればいつでも消せると、喉元にナイフを突きつけられている気分だ。会話しながら身体から緊張が消える事はなかった。
しかし、戦慄しているのはアクアだけではなかった。大衆の理想を振る舞うフリルにアクアは食らいついている。彼女の冗談や比喩的言い回しを的確に大衆に理解できる言葉で言い換えつつ、トークを続けている。
───正直、不知火フリルが急遽参加すると決まった時、全てが喰われると思っていた。
ディレクターはそれでもいいと考えていた。あの不知火フリルが出るというだけで嫌でも話題になるし、数字は跳ね上がる。他の若手が潰れようが喰われようが、ディレクター的にはどうでも良かった。このリアリティショーの価値さえ鰻登りになってくれれば、企画関係者としては万々歳だ。
───だが…
ディレクターの予想が外れる。いたのだ。曲がりなりにもあの不知火フリルと渡り合える逸材が。
同様の驚きはフリルの中にもあった。
───私を喰らいながら、私に食らいついてくる。
しばらく会話を続けていたが、どんどん良くなる。視聴者が何を求め、何を感じているだろうか。私の言葉の端々から理解し、取り入れている。出演者でありながら、1人の聴客になりはじめている。
───凄い
そう感じるタレントは今までで何人かいた。けど、それは元々凄い人か、研鑽を積んだ末に今がある人だった。
少なくとも私は初めて見た。ロケをしながら成長していく人は。
不知火フリルという炎。引けば闇の中に消える。しかし、踏み込めば焼かれる。消える事も焼かれる事もないギリギリの間合いにアクアは踏みとどまり続けた。自身を炙る熱は感じているだろう。喉元に突きつけられたナイフの冷たさもわかっているだろう。ある意味炎に焼かれるより、ナイフで刺されるより辛いはずだ。楽になることもできないのだから。
喉元にナイフを添えられながらも、彼は私の手を掴み、恐れで引くことも、蛮勇で踏み込むこともせず、真っ直ぐにこちらを睨みつけている。
───行こう、
あの列車に乗って、それぞれの目的とする星まで。私1人だとどこか遠いところへ飛んでいったまま、帰ってこれない気がしていた。けれど2人ならきっといける。2人なら帰ってこれる。私や貴方だって、いつかこの世界から身を引く時が来る。いつまでも空に輝く星ではいられない。光を失い、ただの人になる日はいつか必ず来るんだ。
───その時の引き際は、多分輝く星になるより難しいかもしれない。高く昇れば昇るほど降りてくるのは危険が伴う。
長く芸能界で生きているタレントでもふとしたきっかけで奈落に落とされることもある。常に気を張り続けることに心が折れ、自ら命を絶ってしまうことも。芸能界から円満に身をひく事が出来るものなど、一体何人いるか。アクアは勿論、フリルでさえ、そうならない保証はどこにもない。
───それでも、貴方となら
不知火フリルという炎。星野アクアという水。ぶつかり合えば、対消滅で凄まじいエネルギーが発生し、最後はお互い静かに消える。そんな存在になってくれる。なぜかそう思えた。コレはおそらくアクアでなければ無理だ。他の人では私が焼き尽くして終わってしまう。アクアもきっと私でなければダメだ。貴方の暗く、重い水はほとんどの人を呑み込み、溺死させてしまうだろう。
まだ私と比べればアクアという水の規模は小さい。なら私が導こう。水脈を掘り下げ、大きくし、その才能を全て引き出してみせる。そして最後は全て私のものにする。貴方の水を飲み干してみせる。だから、それまでは……
「よろしくね、親友」
たおやかな笑顔と共に差し出される華奢で美しい手。かわした握手からは逃れられない運命をお互い感じ取っていた。
▼
───なんか、すげえ意味深な何かを感じるなぁ
朗らかに手を差し出してくるフリルに笑顔で応対しながらも身体から緊張は抜けない。側から見れば共演者としてこれから同じ番組を盛り上げていくための友好的な挨拶にしか思えなかっただろう。しかし当事者は違う。ある種の才能を持つ人間は握手をするだけで…もっと言うなら目を見るだけで何かを感じさせる。アクアもまた、友好以外の意思をこの華奢で偉大な手から感じ取っていた。
ついてこい。さもなくば焼き殺す。
無理矢理言語化するならこんなところだろう。このリアリティショーにおいて、オレの役目は中間管理職だな、となんとなく思った。
「よろしくするのはいいけど、一つ聞きたい。いいか?」
「一つと言わず、幾らでも」
「フリル、なんで君がここにいる?」
恐らく出演者だけでなく、視聴者も、ディレクター達でさえ思っていて口に出せなかったことをようやく口にする。自分ができなかったことをやってもらったことの安堵が全体に広がると同時に、一部では緊張が走る。アクアは今、地雷原に踏み込んでいた足を大きく動かした。放し方を間違えれば大爆発する。後に放送される映像の前で、ミヤコとルビーは息を呑んで身内の言動をPCごしに見つめていた。
「…………どっちかっていうとオレも
「どっちかっていうと?アレで?どっちか?」
「うるせーな。ああわかった。訂正する。けっこー破ります。でもな、だからってフリルが破っていいことにはならねーの。この手の番組はまだ無名の人間に与えられる貴重なチャンスの場だ。フリルクラスの有名人が来ていい場所じゃねー」
明確な規定があるわけではない。けれど誰もが守っている暗黙のルール。それを破った時のリスクとダメージ。フリルが知らないはずはない。なのに今回彼女は派手に破った。立場上バッシングなどはされないだろうし、評価も変わらないだろうが、目に見えない何かが変わる。そこまでして此処に来た理由がわからない。
───オレに会いに来たってのも理由の一端だろうが、それだけのためにコレほどの暴挙をコイツの事務所が許すとは思えない
「フリル、お前はここに、何しに来た?」
しばらく沈黙が訪れる。この場は完全にアクアとフリルの2人に支配されていた。2人とも真っ直ぐにお互いを見つめている。心の弱いもの…………いや、強い人間でも不知火フリルの瞳力に抗える者はそういない。五秒ともたず視線を逸らすだろう。だが、アクアは決して逸らさなかった。ここで逸らして仕舞えば完全に格付けが決まってしまう。コレからのこと、そして番組のことを考えてもそれは絶対にできない。
フッと泣きぼくろの美少女が息を吐く。これ以上は放送事故になると思ったのか、それとも他の理由か。わからないが、口の端には笑みが昇っていた。
「そんなに警戒しないで。勿論貴方達を潰しにきたとかそんなのでは決してないの。本当よ」
「そんな事は思ってねーけど」
だって格が違いすぎる。芸能界の村人Aに過ぎないオレ達をわざわざ大魔王フリル様がタブーを破ってまで踏み潰しにくるはずがない。この6人のうち、ほとんどは黙っていても消えていく可能性の方が遥かに高いのだから。
「もちろんリアリティショーを軽く見てるわけでもない。参加者みんなイケメン美少女だし。とても目の保養になる。素敵な番組だと思う」
「目の保養したけりゃ鏡見ればいいだろーが。日本一と言っても過言でない美人を毎日見れるぞ」
「ありがとう。貴方にそう言ってもらえるのは素直に嬉しい。でもアクア、わかってない。自分の顔じゃ萌えないでしょ」
「それはわかる」
作家や作曲家などのクリエイターなら経験があるだろう。いくら名曲でも自分の作ったものより誰かが作ったものの方が遥かに感動する。一般人で例えるなら自分で作った料理より他人に作ってもらった料理の方が美味しく感じるアレに近い。なんにせよ、自分の作るものとは自分の想像を決して超えることはない。故に目の保養になり得ないというフリルの心情は理解できた。
「で?本当の理由は?」
「…………信じてもらえないかもしれないけど」
一拍置いて、口を開く。
「普通の放課後ってやつをやってみたかったんだ。私も」
軽い口調でつぶやかれた一言だったが、ズシリと空気が重くなる。言葉だけで、自身が背負う悲しみや苦しみ、後悔を表現していた。
「中学からこっち、同年代の友達と遊ぶ機会なんて全然無くて……勿論ありがたいことなんだけど、やっぱり少し寂しかったのも事実だから。やってみたかったんだ。友達との放課後とか、試験勉強とか、女子会とか」
「フリル……」
「だからね、私がこのリアリティショーで目立ちたいとか、そういうのは本当にないの。仕事の都合上、私は毎回出る事はできないだろうし。勿論、できるだけこっちを優先するけど。だから皆には私の事を踏み台にしてほしいとさえ思うくらい」
たしかにフリルが出るなら『今ガチ』の注目度は跳ね上がるだろう。たしかに出演者にもメリットはなくはない。だいぶリスクの方がデカいが。
「私、貴方以外の親友を作りたいの。だから皆には積極的に話しかけて欲しいし、話しかけたいと思ってる。でも実際来てみると、やっぱり難しそうだなって」
「それが普通だ。誰もがオレみたいに接してくれると思うなよ?あと一応言っとくけど、オレもフリルと会ったの今日が初めてだからな。少しは手加減してくれるとありがたい」
「だから、アクアに手伝って欲しいんだ。みんなが私に慣れてくれるまで、クッションになって欲しい。貴方にしかできない事だと思うから」
「無視ですか……ま、いいけどさ」
やっぱりこの番組におけるオレの役割は中間管理職っぽいな、と考えてしまう事は避けられなかった。まあこういう台本のないショーで、自分のロールが早めに決まってくれるのはいい事だが。何が起こっても不思議でないのがリアリティショーの醍醐味。だが役割がわかっていれば、安全な立ち回りもしやすいし、番組内における居場所も作りやすい。
「あ、勿論恋愛にも興味あるから。そっちもよろしくね」
「…………サポートしろってか。構わねぇけど、誰狙いよ?」
泣きぼくろの少女がキョトンと首を傾げる。何を言っているの?と頭の上に浮かんでいるかのようだ。
「アクアって、もしかしてニブい?」
「…………いや、結構聡い方だと自負しているが」
「私が『今ガチ』に来た理由、わかってないでしょ?」
「普通の学生の放課後やりたかったんだろ?」
「それなら他のリアリティショーでもいいでしょ?」
確かに、恋愛リアリティショーの歴史はもう20年。今や世界中で行われているショー番組。フリルならどんな番組でも選びたい放題だったはず。わざわざ今ガチを選んだ理由にはなっていない。
「私ね」
「あ、待った。やめて、言わないで。察したか───」
「私、今のところ、異性としての興味対象、貴方しかいないから」
日本中の、時が止まる。
「改めて、色々な意味で、よろしくね。親友」
その日、アクアの名前が全国に広がり、各所SNSで燃え上がったのは言うまでもないだろう。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。いきなりの爆弾投下。アクアマリン大炎上。これから一体どうなってしまうのか。筆者すらよくわかってないっていう。まあキャラの動き追っかけていくしかないんですけどね。ちなみにフリルはアクアに惚れてはいません。今までは誰からどう見られているかを研究し続けていたフリルですが、今はアクアにどう見られているかを気にしている。まだ観察対象といった感じですね。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でもいただければ幸いです。