【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

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星をなくした子に迫る導火線
名も無き幾億の火の粉が集い、やがて大火となるだろう
火を知らぬ少女の店へ行くといい
水でなく海の名を名乗って


17th take 業火の陰で燃える海

 

 

 

 

 

私は彼を知っていた。

 

数日前、お姉ちゃんがPCでドラマを観ていた。作品は私も知っている。

 

『今日は甘口で』

 

原作は面白い漫画で、私も好きだった。ドラマ化した事は知ってたし、ネットドラマも最初の1話だけは見た。

 

見て損した、と心から思った。

 

素人の私から見ても下手な演技。グダクダの構成。オリキャラのオンパレードでストーリー支離滅裂。とてもじゃないが、見ていられなくて、一話で切った。

 

私ですらそう感じた駄作ドラマ。歌手で芸術家のお姉ちゃんなら、私なんかよりずっと悪いところが分かるはずなのに、改めてあのドラマを観ている。それも最終話だけを、何度も。

 

「…………お姉ちゃん」

「───ゆき、帰ってたの」

「それ、『今日あま』だよね。そんなつまらないドラマ、何で観てるの?」

「それがね、最終話だけは結構悪くないの。観る?」

 

こういった批評に関して、姉は世辞を言わない。悪いものは悪いと言うし、良いものは良いと評価する。その評価が外れていた事は今のところ一度もない。興味を惹かれた私は、最終話だけもう一度見てみた。

 

「───えっ」

 

冒頭はいつも通りクソ。だがクライマックス。ここは原作でも名場面として有名な、ストーカーとヒーローの対決。暗闇の中で光を見つけたヒロインの流す涙が美しい名シーン。ここに差し掛かった時……いや、ストーカーが倉庫の暗闇から現れたその瞬間からガラリと変わった。

 

闇に同化した人影。しかし雨水を踏み締める足音からどこにいるかは認識できる。立ち上る不気味な雰囲気はストーカーの存在感を強くするが、人物そのものは未だ朧げなままだ。

 

なのに、目が離せない。

 

空気が重くなる。景色が暗くなる。ストーカーの恐ろしさ、暗さ、怖さ、キモさがヒーローとヒロインを包み込んでいく。だからこそ闇の中で抗う2人に光が集まっていく。

 

───凄い

 

人によってはただ異様なまでにキモいストーカーにしか見えないだろう。そうとしか見えないほどに、リアルで、真に迫った演技だった。けれど、本質は違う。彼はストーカーをその身に宿しながら、作品のために全力を注いだ。全てはヒロインの涙のために、自身を殺した。

 

「この人、誰?」

「んー。こいつ?こいつはね、私のだーいっきらいなヤツ」

 

その表現をした事に心から驚く。姉は人を嫌いになるということを滅多にしない人だ。特に男の人は。どんな男性でも美点を見つけて好きになるし、どんな女性とも仲良くなる人だったから。この人が嫌いと表現した人間を、私は2人しか知らない。

 

1人はナナ姉。かつてお姉ちゃんとバンドを組んでて、クラシックの世界でもジャンルは違ってたけど、面識はあった人。

もう1人はマリンちゃん。私と同い年で、こちらもお姉ちゃんとバンドを組んでいた。一度だけ近くで見たことがある。容姿の良さも凄まじかったが、何より瞳が特徴的だった。自信の光を宿した眩い星の輝きは今でも覚えている。

 

お姉ちゃんの好きは、自分の思い通りになる人を指している。

お姉ちゃんの嫌いは自分の思うようにならない人を指している。ナナ姉やマリンちゃんはその筆頭だっただろう。自分以上の才能の持ち主をお姉ちゃんは嫌いと評していた。

 

でも、お姉ちゃんがホントに好きな人は。芸術家として、仲間として、友達として、異性として、恋をするのはそういう人だけだと私は知っていた。

 

「───星野、アクア」

 

エンドロールに流れる名前を呟く。この人が、お姉ちゃんをムカつかせた俳優。たった一度の、ドラマのワンシーンだけで……いや、お姉ちゃんの口ぶりから察するに、きっと前から交流はあったんだろう。私と違ってお姉ちゃんは男性との交友範囲広いし。それでも男性で初めて大嫌いと言わせた男。

 

───ナナ姉は来なかった。マリンちゃんはやめちゃった。コイツはどうかなぁ

 

少なくとも、お姉ちゃんが嫌いになる程度には才能がある人なんだろう。その時からなんとなく頭の中の一部に星野アクアが住み着く事になった。普段は忘れているけど、ふとした瞬間やドラマを観ている時なんかに思い出すようになった。

 

だからこのリアリティショーで出演者として名前が出てきた時は驚いた。世間は狭いと生まれて初めて思った。どんな人か、会うのが仕事抜きで楽しみだった。

 

そしてようやく本人と直接出会う。なるほど、確かに超絶美形だ。芸能界に来て、モデルやってるからには顔の良い男には結構出会ったが、間違いなくダントツ。この顔だけでもある程度ファンはつくだろう。

でも、最も印象に残ったのは瞳の輝きと纏うオーラだった。かつて近くで見たマリンちゃんと同じ目の輝き。自身の技量と才能に絶対の自信を持っていて、それが過信でなく瞳に表れている。できそうで難しいことだ。テレビの前で天才っぽく振る舞うのは意外とできるけど、それを続ける事には異様なまでに集中力と体力を消耗する。しかし、彼はそれを素のまま、自然体で維持していた。

 

没になった宣材写真ではさりげなく隣に立った。彼は私のことを知らないようだった。私は彼を知ってるのに、彼は私を知らない。当たり前のことかもしれないが、少し腹が立った。

 

───番組始まったら、イジワルしてやろっかな

 

撮影が終わった時はそんな事を思っていた。しかし、そんな甘い考えは吹き飛ばされる。とんでもない爆弾が降って沸いたからだ。

 

不知火フリル

 

言わずと知れた天才アイドル。歌って踊って演技もできる、アイドルというよりはマルチタレント。うちの事務所の大看板の妹さん。

 

突然現れた大スターに誰もが硬直した。当然だ。指先一つ触れるだけで大炎上に繋がりかねない火薬庫。その場から逃げ出さないだけでも褒めてほしいと思うくらい。

 

───けど、このままじゃ番組が成り立たない!

 

トークがメインのリアリティショーでだんまりなどあり得ない。何かしなくては、何をしに来たかわからない。わかってる。わかってるけど……

 

───動けない…

 

目に見える地雷と見えない地雷。両方に囲まれた私達は凍りついてしまった。不知火フリルという業火に凍らされた。この時点で格付けが終わる。この先一生、この人には敵わないと思わされてしまった。ああいう人が第一線。本物で、私達は所詮二線物。ニセモノなのだ、と。

 

「はぁ」

 

ただ、1人を除いて

 

ため息の音に釣られ、視線を向ける。すると、迷いない足取りで不知火フリルが腰掛けるテーブルへと歩みを進める者がいた。勢いよく対面の椅子を引き、腰掛ける。その様子は虚勢でも、強がりでもなかった。ただ、目の前の困った共演者をなんとかしようという、対等の人間の振る舞いだった。

 

「やあフリル、千年ぶり」

「貴方に会えない半日は千秋に値する時間だったよ、アクア」

 

───完全に、持っていかれた

 

定点カメラも、カメラマンも、ディレクターや出演者さえ、あの2人のやり取りから目が離せなくなっていた。眩いカリスマ。溢れるオーラ。ジョークを交えながら自然に、まさに視聴者が求めるこの異常事態の状況説明をするフリートーク。その全てが若手のレベルを遥かに超えている。不知火フリルは当たり前だが、星野アクアがコレほどとは前情報があった私さえ思っていなかった。他の人は私以上のショックを受けているだろう。

 

「彼女は鷲見ゆき。ファッションモデル。オレ達とタメ」

「よろしく、鷲見さん。ゆきって呼んでいいかな?」

 

いつのまにか渦中の2人が目の前に来ていた。アクアが出演者一人一人に不知火フリルを紹介して回っているのだ。先程のトークで約束していた通り、他のメンバーとの緩衝役に努めているらしい。

 

「変なヤツだけど、みんなと仲良くしたいってのはマジっぽいから。気軽に……は無理だろうから、まあ学校の先輩くらいに接してやって」

「それ、どういう意味かなぁ?私が老けてるとでも?」

「だってフリル色んな意味で貫禄ありすぎで16には見えねーし、絶対歳サバ読んでるって───MEMちょが言ってた」

「言ってないよぉ!?」

「人のこと言えないくせに。アクアってホントは転生者で実年齢アラサーだって───MEMちょが言ってたよ」

「私をオチに使うのやめてくれるぅ!?言ってないってばぁ!」

「ふふっ」

 

思わず笑ってしまっていた。同時に2人からも苦笑が漏れる。この時、ようやく良いように手のひらの上で踊らされたと気づく。気後れしていた私に、最初の一歩のきっかけをくれたんだ。

 

───ホントに凄いな、2人とも……

 

不知火フリルと私たちの緩衝材。いきなりやれと言われても普通できる物じゃない。けれど、この男はぶっつけ本番で見事に回している。燃え盛る業火と私たちの間に入り、火傷しない程度の距離まで近づけている。多分本人は大火傷を負っているだろう。それでも与えられた役割を完璧に果たしていた。

 

───正直、不知火フリルとはまだ戦える気がしない。

 

自分と彼女との差がどれほど隔たっているか、想像もつかない。挑むにはこの炎は大き過ぎるし、熱すぎる。

 

───でも、この人なら…

 

自分より上にはいる。けれど遠すぎず、近すぎず、目標にするには丁度いい位置にいる。いずれ彼はもっと上にいくだろう。けど、彼の手を掴み続けていれば、きっと私も上に連れて行ってもらえるはずだ。

 

「よろしく、フリルさん。アクアくんも」

 

両手を差し出す。一度顔を見合わせると、2人ともフッと笑みをこぼし、優しく私の手を握った。

 

しばらくして、全員への紹介が終わったアクアは大きく息を吐いて木にもたれかかる。流石に疲労の色が濃く見えた。無理もない。あの核弾頭の相手を序盤から今までずっとしていたのだ。私なら蹲っていたかもしれない。

 

「アクアくん、お疲れ様」

 

手にしたペットボトルを後ろから首にくっつける。とりあえず定めた標的に向けた、ベタな挑戦状だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ」

 

とりあえず挨拶回りが終わり、定点カメラが自分から離れたのを確認した後、オレは木陰に入り全体重を木に預けた。同時にドッと疲労感が押し寄せる。今までの気苦労とこれからの気苦労を考えると身体が鉛のように重くなった。まさに気が重い。もしかしてこれが毎回続くのか?フリルとその他の間にオレが挟まれて、笑いや演出に頭を回しながらトークしなければいけないのか?考えただけで気が遠くなる。放送されるまでに何か対策を考えねばならない。

 

───ダメだ、今は頭が回らん

 

思考を放棄し、しばらく心の休息に努める。まだリアリティショーは始まったばかり。今後のことは少しずつ考えていこう。そうだ、フリルも毎回は出れないと言ってたし。今は他人のことよりオレのことを……

 

「アクアくん、お疲れ様」

 

声がかかると同時に冷たい感覚が首筋にくる。お茶のペットボトルが眼前に突きつけられていた。持ち主は鷲見ゆき。ファッションモデル。ひと通りザッと見た限り、フリルを除けば出演者の中では一番上手い。流石はハルさんの妹。姉の背中から良いことも悪いことも学んでいそうだ。

 

「挨拶回り大変そうだったね、大丈夫?」

「大丈夫に見えるか?」

「だよねー」

 

カメラマンが寄ってくるのが視界の端に見える。この時点でアクアは鷲見ゆきからさりげなく離れることを諦めた。出来るだけ彼女とは関わりたくなかったのだが、仕方ない。

恋愛リアリティショーのノウハウ。台本はなく、基本的に自由に過ごして良いとされている。が、カメラマンが寄ってきた時はさりげなく前後のやり取りを要約したトークをしなければいけない。

 

「あっちこっち歩き回って流石に疲れたよ。お茶持ってきてくれてありがとう、ゆき」

「フリルさん凄かったよね。いろんなところで何度も見たけど、実物はやっぱりすごく綺麗」

「そこは否定しないけどさ」

「でもアクアくんも凄かったよ。トークすっごく上手で。私なんか緊張して何もできなかったから」

「ははは……ほとんどやぶれかぶれだよ」

 

事実だ。もう大炎上確定だから開き直っているというのもある。言ってしまえばヤケクソだ。言葉にはしないが。

 

「私なんか臆病で前になんていけないし。トークも2人に比べれば全然だし。きっと埋もれるんだろうなぁ」

「大丈夫。フリルがいるから埋もれても誰も文句言わないし言えない」

「そういう問題じゃなくない?」

「それくらいのスタンスでいた方が良いってことだよ」

 

頑張らないと出来ないことなんてやらない方が良い。無理して出来て仕舞えば、人はそれを出来る人だと思ってしまう。人は頑張ることはできるけど、頑張り続けることはできないんだ。いつか絶対ツケを払わされることになる。一度の失敗が命取りになるこの世界。頑張らなければできないことなどやってはいけないとさえ思う。

頑張らなくてもできる範囲のことをやれば良い。その代わり、全力で。ベストを尽くして。少なくともアクアはずっとそのスタンスで今まで来た。勉強も、バンドも、演技も。それでも何度も失敗してきてしまった。

 

「てゆーか、トーク得意じゃないってのにどうしてこんなトークメインの番組出ようと思ったんだよ」

「…………うちの事務所の看板の人、仕事断らない主義でね」

 

声のトーンが低くなる。それもそうか。なんせ近くにいる方の姉上殿だ。オレも名前は知っている。たしかめっちゃ頭いい金持ち学校に通ってる文武両道スーパーアイドルだ。ゲーマーとしても一部では有名。

 

「事務所に来た仕事全部持って行くから、私年中暇でさぁ……なんか足掻きたくて…そんな時に鏑木さんが…」

「なるほど、渡りに船だったってわけか」

「そうそう!恋愛にも興味あったし!今まで全然してこなかったから。恋人とかも作ったことないし」

「へぇー」

「あ、信じてないでしょ」

「信じてるよ」

「もー、ホントだってば。私にもお姉ちゃんいるんだ。歌手なんだけど、その人はめっちゃ恋愛する人でね。私が知ってるだけでも5人は彼氏いたかなぁ」

 

本当は5人なんかでは効かないが。正確な人数はアクアすらよく知らない。

 

「私なんかより遥かに才能あるお姉ちゃんなのに、結局音楽で大成はしなくてさ。この人でも簡単には成功しない世界なんだって思うと、恋愛なんてしてる余裕なかったよ」

「…………別に嘘だなんて思ってないって」

「ホント?」

「ああ、ゆきって可愛くて軽くて、今をときめく恋愛めちゃつよ女子高生って感じだけど、本当はすごく真面目で、努力家で、強くて弱い人だと思うから」

 

その言葉に思わずゆきは絶句してしまう。あまりに的確にこちらの長所と短所を突いた言葉だった。

 

「苦手だって自分で言ってるトーク番組に出演している時点で、充分努力してるし、オレにこうして話しかけてきてくれる事だけでも真面目だってよくわかる」

 

適当な美辞麗句ではない。彼女の行動と言動から推察した人読み。アクアが十年以上の時をかけて培ってきたコミュニケーションスキル。表面と内面、同時に評することで、その人は自分のことをどれくらい見てくれているのかを判断する。ただ褒めるだけでは人の心には響かない。

 

「だいたい頑張ってる人じゃないと、足掻きたいなんて言葉は出てこないさ。ゆきはすごいよ。すごく強い人だと思う。でもその強さは不安の弱さの裏返しでもあるんだよな。わかるよ、オレもそうだから」

 

そして人は本当の自分を見てくれる人と理解者を求めている。人は綺麗なところも、弱いところも全て受け入れてくれる人に恋をする。

 

「…………流石役者さん。口八丁だね。油断するとすぐ好きになっちゃいそうだよ。貴方、その綺麗な顔と上手なお口で一体何人の女の子泣かせてきたの?」

「やだな、オレだって彼女なんていないよ」

「…………私のこと信じてくれたから私も信じるけどさ。なら君は恋愛に興味ないの?」

「まさか。あるさ、バリバリ。オレら高1だぜ?寧ろ今なきゃいつあるのってくらいだ……でも」

「でも?」

 

このリアリティショーが始まって初めて、アクアが口篭る。しばらく待っていると、頬を掻きながらゆっくりと口を開いた。

 

「思春期中学生みたいだって、笑われそうだから言いたくねーんだけど」

「やだな、笑わないよ。私達こないだまで中学生だったじゃん」

「…………オレは、恋愛がよくわかんねーんだ」

 

自分で言ってて厨二くさい。でも仕方がない。事実だ。

 

「…………思ったより中学生っぽかった」

「うるせーな。だからあんま言いたくなかったんだ」

「……でも、いるよねそういう人。特にモテる人に。私は役者さんじゃないからわからないけど、なんとなく想像はつくな。お姉ちゃんも似たようなこと言ってた」

「はは。恋多き女性なら一度は悩むことかもな」

 

あと、拗らせた男もな、と心の中で呟く。オレはどっちかというと後者なんだろう。

 

「じゃあ、お互い乗り越えないとだね。初恋ってハードル」

「なんか言語化するとすげー恥ずかしいな」

「知ってる?前シーズンのカップル、最後にキスしたんだよ」

「知ってる。まあ定番だな」

「…………ここに来るまで良い人いるか不安で、来てからもハプニングの連続で心配だらけだけど」

 

肩に体重を預けられる。そのままマイクが音を拾わないように耳打ちされた。

 

「私、君にならキス出来るかも」

 

ゾクリと背筋に寒気が走る。嫌悪感ではない。寧ろ逆。おそらくは快感に属する反応だった。

 

「わ、流石役者さん。微動だにしないね」

「当然」

 

ポーカーフェイスは作り笑顔より得意だ。睨めっこならフリルにさえ負けない自信がある。勝てるかどうかはわからないが。後ろにカメラが来ていることには気づいていた。この内緒話のシーンは使われるだろう。まさにフリルとゆき、アクアの三角関係を匂わせる、視聴者がドキドキする特別なシーンだ。まさに企画の狙っていた絵のはず。撮らないはずがない。

 

「私が教えてあげるね。君に恋を」

「そりゃ楽しみだ」

 

心中で大きく息を吐く。流石はハルさんの妹。なるほど、確かに姉の言う通り、強かというか、テクニカルだ。一番恋愛リアリティショー向きなのは、ゆきかもしれない。

 

「なになに?内緒話?私も混ぜてよ、ジョバンニ」

 

軽く衝撃が来る。いつのまにか後ろに来ていた爆弾魔が肩に手をかけていた。

 

「………因みにアクアくんとフリルさんってどういう関係なの?」

「今は親友だよ。ベストフレンド。今後どうなるかはアクア次第だね」

「今日初めて出会った同高の生徒。クラスメートですらない。友達かどうかも怪しい」

「そんなこと言っていいのアクア?泣いちゃうよ?私の涙の一雫はガソリンよりよく燃えるよ?」

「親友に決まってるじゃないかカムパネルラ。オレ達の間に時間なんて無意味だ」

「そうそう。その通り。十年来の知り合いにだって裏切られることもあるのが、この世界。時間の長さなんて砂の城より脆い絆。わかってるじゃない、ジョバンニ」

「2人のその呼び方何?ステージネーム?芸名?」

 

誰もが気にしつつ、聞けなかったことを遂にゆきが尋ねる。常にではないが、たまに2人は名前でも略称でもないこの呼び方を使っていたのだが、ゆきは……いや、共演者のほとんどは宮沢賢治を良く知らなかった。

 

「愛称みたいなものだよ。性格変わってて少し不思議なアクアがジョバンニ。私が憧憬(カムパネルラ)

「今時宮沢賢治なんて古いし、厨二くさいからやめろって言ってんだけど。あと変わってるってフリルにだけは言われたくねーな」

「…………(ベソかくふり)」

「銀河鉄道の夜って素晴らしいよね。フリルさん教養豊か。賢い。ユニークなところが君の魅力だよ」

 

弱みにつけ込み、振り回すフリル。振り回されるアクア。ショーの太陽がフリルとするなら、その周りで公転する最も大きな惑星がアクア。そしてアクアの引力でなんとか振り落とされないようにしているさらに小さな星がゆき達5名。少し……いや、かなり波乱はあったが、アクアの尽力と5名の出演者の賢明さのおかげで、リアリティショーはひとまずのバランスを得て、初回の撮影が終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様でしたー」

 

撮影が終了し、カメラがオフになったところで全体から緊張感が抜ける。と言っても、ロケが終わったというだけで、裏方は寧ろこれからが仕事。カメラマンや音響はショーを見る視聴者たちにウケる編集作業を行わなければならない。監督やディレクターなどは次回以降の段取りや企画を詰める必要がある。初回放送の収録が終わった時点で、次の収録は既に始まっている。

 

「じゃあ、初回記念って事で打ち上げいこーぜー!メシメシー!」

 

だからこんな呑気なことが言えるのは収録が全ての出演者、それも今後のことに悩みのないヤツのみである。

 

「良いねえ!いこいこ!」

「どこ行くー?やっぱサイザ?」

「うわ、ノブってデートにサイザ選ぶタイプ?バカにするわけでは勿論ないけど、天下の不知火フリル連れてサイザは無理でしょ?」

「でも自慢じゃないけど、俺金ないよ?自由な人と書いてフリーター兼ダンサーだから」

「本当に自慢にならないわね」

 

打ち上げ先の相談をする共演者たち。そこに混ざるべきはずの1人はふらつきながら男子トイレへと向かい、座り込んでいた。

間違いなく今回の撮影で最も体力と精神力を磨耗させた人物。影のMVP星野アクアにそんな呑気な相談に混ざる気力は残っていなかった。そしてこんなに弱っている姿を見せるわけにもいかず、最後の力を振り絞って、なんとかここまで辿り着いていた。

 

───ひでぇツラだな

 

タオルで顔を拭うと、鏡に映っていたのは疲労困憊と書いてあるかのような自身の顔。携帯しているバッグから化粧用品を取り出し、色々なところを直す。疲労の色は表面的には消えたが、心中は膨大な不安と損傷がまざまざと残っていた。

 

───これからマジでどうなるんだ、オレ

 

喧騒を脇に、頭の中にはそれしかない。撮影中はフリルに食らいつくので無我夢中だったが、収録が終わった今、未来のことを考えざるを得ない。アクアは元々計画や策略を巡らせて事にあたるタイプ。ただ本番に異様に強いので、当初の目標よりベターな結果を得られるためには積み上げたそれを捨ててアドリブしてしまう事も多いというだけだ。

今はカメラも止まったオフの時間。残り少ないであろう穏やかな時間の間に有事に備えるのは至極正しい。

 

───リアリティショー自体は問題ない。今回のロケでMCのコツは掴んだ。潤滑油役としての居場所も得た。コレでオレがこの番組に不要と言われることはない。

 

まあ不知火フリルが興味を持つ男というだけで外されるわけはないのだが。問題なのは番組外。今後の芸能活動やプライベートが先行き不安すぎる。

 

───放送後、各所SNSは絶対荒れる。オレはTikTokもツイッターもインスタもやってねーからアカウントがどうこうなるってことはないけど、それでも今はどんなネットワークでも燃えられる時代。オレへの風当たりは絶対強くなる

 

誹謗中傷は当たり前。事務所への悪戯電話、怪文書、脅迫状、その他諸々。街中を歩くだけで比喩でなく命の危険があるかも知れない。実際それでアイは死んだ。オレがそうならない保証はない。

 

───だめだ、暗い未来しか見えない

 

今後のことは後で考えるとして、扉を開く。いつまでもトイレに篭っているわけにもいかない。

 

「仕方ないなぁ。今回は飛び入りということで、私がみんなの大蔵省になりましょう。個室のあるバーベキューを紹介してあげる」

「きゃー!さすがぁ!フリル様かっこいいー!」

「美少女!」

「トップスター!」

「よしよし、お店に着くまで私を褒め称え続けて」

 

ドアを開けた瞬間、かしましい声のトーンが一段高くなる。どうやら打ち上げ先とサイフが決まったらしい。ゾロゾロとスタジオから出ていく共演者たちの背中を見てため息が出そうになる。出来れば行きたくない。暢気にメシ食うテンションにはならない。けれど、ここで断れば今後の人間関係に支障が生じる。

 

───行かなきゃ。これも仕事だ。立ち上がって、笑顔を作って、フリルとみんなの間を取り持たなきゃ

 

「あの、アクアさん」

 

いつの間にか隣に来ていたミディアムヘアの美少女が心配そうにこちらを覗いていた。黒川あかね。リアリティショー中、何度か話を振ったのだが、受け答えに慣れておらず、ゆきと違って本当にトークが苦手な若手女優。でも、視野は広いのだろう。あの中で唯一、オレがトイレへ向かったことに気づいていたのだから。

 

「あの、本当にお疲れ様でした。私、トークのことはよくわからないですけど、今回のロケがアクアさんに救われたことはわかります」

「…………大げさだな。みんなが頑張ったおかげだよ」

「お疲れのところ、本当に申し訳ないんですが……打ち上げ、行きませんか?色々お話し聞きたいですし」

「うん勿論。ちょっと休憩したら行くから」

「じゃあ7人でお店予約しますね。楽屋出たところで待ってますから!」

 

携帯片手に外へと向かう。意外とイベントごとには熱心らしい。まあ、たまにいるタイプだが。大人しくて真面目なキャラなのに、この手の出席率高いやつ。

 

「お疲れ、アクア」

 

もう1人スタジオに残っている人物がいた。と言っても、このお疲れは全然慰めにならない。疲労の元となった張本人から言われても、おちょくってんのかとしか思えない。

 

「誰のせいで疲れさせられたと思ってんだ」

「そうね、反省はしてないけど同情はしてなくもないよ」

 

不知火フリル。今回のショーの中心人物にして、トラブルメーカー。公共の電波でオレのことを親友と呼び、異性として意識しているとまで言い放った業火の源。

 

「これでも配慮したんだよ?直接的に告白したわけでもないし。私だって親友くらい作ったって文句言われる筋合いないでしょ?」

「ああ、親友どころか恋人作ったって誰にも文句を言う資格はねえよ。けどな、お前は他人の人生を壊す力を持っている」

 

人間、誰でも気分次第で壊せるモノがある。おもちゃだったり、家族だったり、国だったり、人によって様々だ。フリルはそれが人より少し大きく、多い。

 

「ボクサーだって誰と喧嘩しようが自由だけど、プロが喧嘩に拳を使ったら犯罪だろ?お前はプロボクサーどころか世界チャンピオンだ。力の使い方を誤るとそのうち痛い目みるぞ。お前には狂信的なファンも間違いなくいるんだから」

 

今はまだ大丈夫だろう。不知火フリルほどのマルチタレントともなれば、アンチも微量にいるだろうが、それをはるかに超える支持者がいる。下手に誹謗中傷しようモノなら圧倒的な数の支援者たちに袋叩きにされる。戦争犯罪を犯し、後に大悪党と呼ばれるような大統領でも、大統領就任中は凄腕のSP達が警備につき、世界最高峰のセキュリティで守られているのと近い。今の不知火フリルは芸能界において、良くも悪くもそういう存在だ。だがどんな世にもテロリストは存在するし、暴走する人間だって必ずいる。用心をするに越したことはない。実際アイはその理不尽に殺された。

 

「…………そうね、私がどうなろうと私の行動の結果で自業自得だけど、私のせいでアクアが傷ついたり、まして殺されたりしたらすごくイヤだ。貴方を活かすのも殺すのも私がいい」

 

怖えよ、という言葉が喉元まで出かける。やろうと思えばできる力を持っているから、尚更だ。

 

「私を活かすのも殺すのもアクアがいい」

「怖えよ」

「そこでね、アクア。貴方を守れて、かつ私のためにもなる提案があるんだけど」

「…………嫌な予感はするが、一応聞いとこう」

 

警戒は解かない。どうせこの天才は常人には思いつかない突拍子もない解決策を提示してくるに決まっている。それくらいには親友を名乗るやべーやつである不知火フリルを、アクアも理解していた。

 

「アクア、うちの事務所においでよ」

「…………」

 

人が人の言葉を聞き返す時は、聞こえなかったか、聞こえた事実が信じられないものかのどちらかである。

 

「はぁ!?」

 

今回は後者にあたる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リアリティショー収録から数日。不知火フリルは別の番組に出演することになっていた。もちろん『今ガチ』なんかとは比べ物にならない人気番組。ゴールデンタイムのバラエティ。ゲストとして呼ばれていたフリルは収録時間の約1時間前にスタジオ入りをしていた。

 

「おはようございます」

「おはよう、不知火さん。今日はよろしくね」

「はい、こちらこそ」

「…………ん?その子は?見ない顔だね。新しいマネージャーさん?」

 

不知火フリルに付き従うようにスタジオに入ってきていたのは同年代くらいの少女だった。サラッとした黒髪は背中まで伸びている。背は女性にしては高い。170は確実に超えているだろう。前髪で少し顔が隠れていたが、顎の形は整っている。美人であることは容易に想像できた。

 

「はい、マネージャー兼付き人として、私のお世話をしてくれる人です。ほら、挨拶して」

 

自分の前に出るようにと女性の腕を引っ張る。何やら躊躇っていたが、耳元で何やら囁かれ、態度が変わる。スッと背筋が伸び、頭を上げた。

 

 

「本日からお世話になります。マリンです。皆様、フリルともども、どうぞよろしくお願いいたします」

 

 

夜闇の如き黒の帷の向こうから、星の輝きを宿した瞳が、現れた。

 

 

 

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。マリンちゃん再び。ちなみに衣装やウィッグはフリルから借りてます。めちゃ高級品です。
それでは励みになりますので感想、評価よろしくお願いします!面白かったの一言でもいただければ幸いです!
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