【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

19 / 132
火を知らぬ少女のお人形遊び
貴方は現代にまで伝わる魔術の贄となる
なくした星に近づきすぎてはいけない
貴方の光が死神に届いてしまうから


18th take 人は磨かれて何かになる

 

 

 

 

 

『不知火フリル本当に恋愛リアリティショー出てた!?』

 

『誰だよあのアクアとか言うやつ!』

 

『フリル様に対等ぶった口聞いてんじゃねえよ死ね!』

 

『勘違い男クソ屑すぎ』

 

『でも、敬語使うのもなんか違くない?』

 

『本人が受け入れてんならいいんじゃね?』

 

『接し方がムカつくんだよアイツ!女なら誰でも自分のこと好きになるとか思ってそう!』

 

『ヤリチンイケメンにありがち』

 

『勘違い男マジキモい』

 

『そういえばMEMちょのことも口説いてたね』

 

『褒めてただけじゃね?』

 

『いや、アレは口説いてた。断言する』

 

『死ね』

 

『もげろ』

 

『灰になれ』

 

『草w』

 

───あいつ、バチボコに燃えてるわね

 

陽東高校、四限終了後の昼休み。人気のない木陰でスマホを眺めていた有馬かなは各種SNSで今ガチの評価を覗いていた。

番組自体は概ね高評価だ。特に不知火フリルの今までにない一面が盛りだくさんで湧いていた。確かに私も驚いた。実質的なMCを務め、話のフリやツッコミ、ショーの潤滑油を担当していたアクアの貢献もかなり大きかったが、あの不知火フリルがあんなにトークが上手くて面白いとは思わなかった。

 

しかし、だからこそ、ヘイトは星野アクアに集中していた。

 

擁護するわけではないが…いや、寧ろ非難したいが!

…………客観的に見て、アクアは今回被害者だ。突然降って湧いた爆弾の相手をさせられ、見事に立ち回ったにも関わらず、自分から勝手にカウントダウンを始め、三秒どころか一秒以内で自爆しやがったのだから。アレは私でも避けられなかったと思う。色々ムカつくところはあるが、アイツを責めることはできなかった。

 

しかし、これは客観的な意見。批判が趣味の連中がウヨウヨいるSNSではそんな正論は通じない。

 

フリルと対等ぶるアクア氏ね

 

何様のつもりだ

 

ちょっと顔がいいだけの性格クソ

 

この程度ならまだ可愛い方。公共電波に乗せられない罵詈雑言は各所で溢れ、どうやって調べたのか、アイツの過去作なども晒し上げられている。もちろん直近の『今日あま』も。ストーカー役だったせいもあり、批判のブーストになっていた。

 

───けど、わかる人は分かってるでしょうね

 

あの釣り合いの取れないキャストによるアンバランスな今ガチが、誰のおかげでバランスを取れていたか。誰のおかげで崩壊することなく、リアリティショーの形を保っていたか。アクアは演技力だけでなく、MCスキルやトーク力も相当に高い。そのことを各関係者たちは理解したはずだ。

 

───ニュース番組とかネットバラエティのMCに呼ばれる事も、アイツならあるかもしれないわね……ん?

 

ガサ、と何かが揺れる。木の葉が数枚落ちてきたのを確認した次の瞬間、空から何か黒い塊が降ってくる。人間だと気づくのに三数えるほどの時間がかかった。

 

「アクア…」

「……なんだ、有馬か」

 

木の上から落ちてきた星の輝きを宿す瞳を持つ少年を見下ろす。まだ買って間もないだろう制服にはそこら中に擦り傷や埃の跡がある。乱雑に払うとアクアは大きく息を吐いた。

 

「どこから現れてんのよ。忍者にでもなった?」

「逃げてたんだよ」

「何から」

「言いたくない」

 

唇を前に突き出して弁当の包みを解く。珍しい表情だ。コイツが不満を露わにするところは初めて見たかもしれない。端役でもコネで取ってきた役でも眉一つ動かさなかった。立ち位置を良くする為に女装しても、仕方ないで済ませてきた。良くも悪くも、コイツはごまかすのが上手いヤツだ。それをここまで不服さを面に出すとは。

 

「相当溜まってそうね」

「コレが溜まらずにいられるか。どいつもこいつも人の事お化けか腫れ物みたいに扱いやがって。あーあ、やっぱ普通科つまんねーや。普通の人間しかいねぇ。やっぱ人間ちょっと変わってるくらいが面白いよなぁ」

 

案の定、学校では孤立しているらしい。まあ当たり前だ。不知火フリルが出たと言うだけであのリアリティショーの注目度は跳ね上がった。まして此処は芸能科のある学校。その手の情報には敏感な生徒が多い。ウチの生徒で今ガチ観てない奴はいないだろう。そしてウチの生徒がアレに参加していることを知らないものもいないだろう。あの不知火フリルと対等の口を訊いて、本人もそれを許していて、あまつさえ自ら親友と呼んでいた。一生徒を爆弾に変えるには充分すぎる。そして爆弾に関わりたいと思う人間など、普通科にはまずいない。

 

「SNS見てる?アンタ今日本中から非難されてるわよ」

「見てねぇ。オレ個人でアカウント何一つ作ってねーし。他人の妬み嫉み僻みに付き合ってられるほど暇じゃねーんだ」

「…………アンタ、もしかしてエゴサやってない?」

「やってねーよ。顔も名前も知らねーヤツのために芸能人やってねーし」

「…………スマホ、見せてくれる?」

「どーぞ」

 

なんの躊躇いもなく渡される。一応念のために検索履歴を確認したが、本当にやってない。ちょっと信じられなかった。

 

───LINK…

 

画面下の常駐アプリ四つの中にある一つが目に留まる。やってはいけないとわかっているが、見たくなる。コイツは一体誰とどんなやり取りを交わしているのだろう。一度タップするだけであらゆる個人情報が…

 

「返せ」

 

視線が邪なものになったことに気づいたのか。それとも躊躇に揺れる感情の揺らぎからか、良からぬことをしようとしていると気づいたアクアは変質者から携帯をひったくった。

 

「…………マーケティング大丈夫なの?ネットは見るなって時代は終わったのよ」

「だからって今オレが何言っても燃料にされるだけだろ。こういう暇な連中は反応を求めている。誰かが反応してくれるだけで嬉しいんだよ。それが良いものでも悪いものでも。後は全部フィルターかけて自分の意思に沿うように曲解してくるんだ」

 

少し驚く。大衆の感情をコイツがここまで理解できてるとは思わなかった。リアリティショーという究極の見せもの番組に出演した影響だろうか?観客への理解が深くなっている。

 

「こういう連中を黙らせるには実力と結果しかない。不幸中の幸いで、このお陰でオレの名前は全国に響き渡った。最初に浸透するのは悪名でも構やしねーさ。第一印象なんて悪いほうがいいくらいだ。後は上がっていくだけだから」

 

最初にいいヤツアピールしてから良いことしても当たり前にしか取ってもらえない。それより性格悪いと見せておいて、少し良いことすると好感度は格段に上がる。人の好意とは感情の振れ幅で決まると言ってもいい。誰もが悪いと思っているところに、自分だけに見せる素顔。ギャップを上手く使いこなすことが、女を落とす秘訣の一つだ。今までアクアが落としてきた女たちの中で、第一印象最悪だったものは少なくない。有馬もその1人だ。

 

「フリルも、炎上も、全部利用してやるさ。今は一瞬の噂かもしれない。でも繰り返していけばオレの名が全国に染み込む。見てろ。今ガチが終わった時、オレは全国区の俳優…いや、マルチタレントになってやる」

 

炎上マーケティング。不知火フリルを踏み台に知名度をあげる戦略。確かに未だ無名のアクアにとって、悪名でも名前が売れるということは悪いことばかりではないのかもしれない。売れる芸能人とは大きく分けて2通り。誰からも好感度の高いタイプか、歯に衣着せぬ毒舌キャラか。アクアは後者を目指す模様だ。

 

───ネットマーケティングを疎かにしているわけじゃなかった。コイツなりに炎上対策はちゃんとしてたってわけね

 

初手としては悪くない。ヘタに謝罪したり弁明するよりよっぽど上等だ。炎とは燃料をつぎ込めば燃え続けるが、放っておけば勝手に燃え尽きてくれるのだから。

 

しかし、当初の計画から無理やり舵を切ったのも事実だろう。なぜなら……

 

「アピールタイムでピアノとか弾いて、誰からも好感度の高いキャラ目指してたけど、完全に計画頓挫したわね」

「…………観たのか。ま、当然か」

 

少し照れくさそうに顔を背ける。あまり観られたくないことだったのだろうか。ピアノを?それとも……

 

───不知火フリルと、仲がいい所を?

 

脳裏に蘇る2人の親密そうなやり取り。お互い名前と顔は知っていたが、直接出会ったのは学校が初めてだったと言っていた。それなのにあの2人の会話のキャッチボールはどう見てもお互いを深く理解した仲としか思えなかった。

 

───ねえ、教えて

 

貴方と不知火フリルってどういう関係なの?ずっと前から知り合いだった?いつから?私よりも前?後?それとも本当にあの日に会ったばかり?ならなんで、あんなに仲良いの?なんでお互いあんなに理解しあってるの?親友だから?なら…

 

 

私と貴方の関係の名前は、一体何なの?

 

 

喉元まで込み上げてくる。聞きたい。でも、怖い。全部私の嫌な予想通りだったら。こんな事を根掘り葉掘り聞いてくる私をコイツが警戒したら?どっちにしろ今まで通りの関係ではいられない。コイツは誰とでも親しげに見えて、どこか線を引いて、常に一定の距離を取っている。けれど、多分私やルビーには引いていない。でも、一度警戒対象になってしまったらもうコイツは素を見せてはくれなくなる。

 

「なによ、ピアノ弾ける所観られるの、嫌だったの?」

 

だから、私が聞けるのはココまでが精一杯。

 

「…………べつに嫌っていうか、隠してはないんだけど……あんま上手くないし」

「そう?結構上手かったわよ」

「そう言ってくれるなら良かったけど……」

「けど?」

「あの程度の腕で特技アピールしたのが恥ずかしいっていうか…」

 

ピアノの良し悪しなど有馬にはわからない。けれどアクアにとって、自分の演奏はあの程度と言い切ってしまえるモノのようだ。まあアクアらしいといえばらしい。基本的に自分の情報を明かしたがらない秘密主義者にして、やるとなったら一切妥協しない完璧主義者。ピアノのこと、世間に見せるのは気が進まなかったんだろう。けれどアピールタイム一分間という長い時間をしのぐ方法は他に思いつかなかった。故に仕方なく演奏したが、理想の音とは遠かった。だから恥ずかしいし観られたくなかった。言語化するなら大枠こんなところか。少し笑ってしまう。普段は自信家で、自信に見合う実力も才能も持っているのに、変なところで謙虚だ。

 

───いや、わかる

 

本当は自信なんてないんだ。だから努力するし、できることは何でもやる。ピアノだって、社長の旦那さんに教えられたっていうけど、十年以上前の話らしい。それを今まであれほどの腕前を持続させるには絶対努力が必要だ。ああいうのは身につけるのに時間がかかるけど、失うのはあっという間だから。

自分が天才じゃないと誰かに思い知らされているから、努力する。天才だと必死に自分に言い聞かせているから、カメラの前で胸を張れる。私に思い知らせてくれたのはアクアだったけど、アクアは誰だったんだろう。それだけが少し気になった。

 

「あ、アクア。やっと見つけた。探したんだよー?お昼一緒に食べようってさそったじゃない。LINK見てる?」

 

校舎の窓から顔を出し、こちらを見下ろしてくる黒髪の美少女。チラリと横を見ると、『見つかった』と呟く小さな声が耳に届いた。逃げていたのはどうやら彼女かららしい。

 

───ねぇ、不知火フリル。貴女は知ってるのかしら。

 

自分と同類と思っている少年が。自信と度量を瞳に宿したこの男が、芸能界という闇の中を、才能というか細い光を何とか守って生きている、強く弱い男なのだということを。

 

「………にしてもアンタ、最近随分忙しそうね。ルビーに聞いたけど、家にも帰ってないそうじゃない」

「帰ってるよ。深夜なだけで」

「そんな深夜まで何やってんのよ。収録土日だけなんでしょ?」

「…………」

 

少し悩む様子を見せたが、口を開く。こちらとしても助かる。昼休みももう半分過ぎている。2人きりでいられる時間は残り少ない。

 

「オレ、今フリルの事務所でバイトしてんだよ」

 

語られた事実は思ったより衝撃的で、私の頭は見えない何かが頭を直撃したかのようだった。

 

結局口をつけなかった弁当を握りしめて立ち上がる。程なくして不知火フリルが弁当箱を片手に中庭へと降りてきた。

 

「お弁当渡して即さよならしなくてもいいでしょ?」

「バカやろー、余計なことしてあらぬ噂が立ったらどうすんだ」

「あらぬじゃなくない?」

「あらぬだ」

「中身同じなお弁当持ってるのに?」

「お前が作らせたんだろーが!」

 

眉を歪めるアクアに対し、フリルは心から楽しそうに笑っている。アクアにとっては口喧嘩。しかし側から見れば付き合いたてのカップルにしか見えないそのやり取りを、私はただ見ている事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

時は少し遡る。今ガチの初回収録が終わり、出演者たちで打ち上げに行く直前、予約等で時間が空いた2人はお互い壁に身体を預けていた。

1人は男子。煌めく黄金色の髪に星の輝きを宿す青い瞳の美少年。疲れている様子だが、そのやつれた様子と纏うミステリアスな雰囲気が蠱惑的なオーラを放ち、目が引き寄せられる美男子。

もう1人は音が鳴るのではと錯覚するほど美しい黒髪を背中まで伸ばし、スラリとしたスタイルは人々の理想を黄金比で表したかのよう。濡羽色の黒髪の奥に見える泣きぼくろは少女の色気を引き立てる。立ち姿だけでもため息が出るほど絵になる美少女。

 

不知火フリルと星野アクア。

美という名の巨大な光と熱を放つ眩い太陽と魔性の鱗粉を纏い人を惹き寄せるブラックホール。

纏うオーラは正反対。しかしそれゆえに化学反応を起こした初回放送。恋愛リアリティショー『今からガチ恋♡始めます』の中心に座する2人が、とある密約を交わそうとしていた。

 

「アクア、ウチの事務所においでよ」

「ハァ!?」

 

まるでちょっと散歩に行こうよ、みたいな口調で信じられないことを問いかけてくる。ヘッドハンティング?この場で?こんなに軽く?不知火フリル自ら?オレがイエスと言うとでも思っているのか。それとも他に何か狙いがあるのか?さまざまな可能性が脳内を駆け巡る中、泣きぼくろの少女が笑う。オレの逡巡を見透かしているようなその笑みが、オレの思考を吹き飛ばした。端的に言うとイラついた。コイツのためにあれこれ考えるのがバカらしくなった。

 

「これって勧誘か?マジメな?」

「結構マジメ。頷いてくれるなら今すぐ社長に繋ぎをつけるし、説得するよ」

「なるほど、お前の独断か。少し安心した」

 

組織立っての決定であればかなり面倒だったが、説得する、という言葉を聞いて安堵する。説得が必要、つまりトップの決定ではない。苺プロ程度の弱小が最大手事務所と綱引きすれば結果は火を見るより明らかだっただろうが、今回は不知火フリルの個人的勧誘。なら袖にするのは難しくない。

 

「苺プロはオレの恩人の事務所なんだ。あの人に恩を返すまで、移る気はない」

「そっか。残念」

 

あまり残念じゃなさそうな感じだった。受けるならよし、受けなくてもよし、声の印象から感じるイメージはそんな感じだ。

 

「因みにどんな恩があるか、聞いてもいい?」

「ダメ」

「ダメっていうことは、前みたいに答えられないとかじゃないんだ」

 

眉が一度ピクリとひくつく。いけない、こいつ、駆け引きも相当上手い。僅かな綻びを鋭くついてくる。

 

「大丈夫、すごーく聞きたいけど、貴方が話したくないなら聞かないよ。私も親友が嫌なことはさせたくないから」

「それはありがたいことで。演技だけでなくて交渉もお上手だな、親友」

「お互い様でしょ?まさか説得の一言だけで独断ってバレるとは私も思わなかったよ、親友」

 

笑いが込み上げる。2人とも大人と関わっていた時間が長すぎた。まだ子供といえる年齢の頃から大人の交渉ゲームに付き合わされてきたことがよくわかる。

壁に背を預け、もたれ掛かった時、無意識に指が触れる。離そうとしたが、そのまま小指がオレの小指に触れてきた。振り払う気も起きず、そのままこちらも指を寄せる。どちらからともなく、最も小さな運命の指は絡み合っていた。

 

「同類だね、私たち」

「そうかもな」

「だから私は、貴方を守りたいんだ」

 

どういう意味か聞こうとする。しかし2人とも止まった。複数の足音が近づいてくるのに気づいたからだ。手を振り払う。少し睨まれたが、構ってられなかった。こんなところ、見られたら今後がめんどくさすぎる。

 

「アッくーん!フリルさーん!店の予約取れたってー!行こうぜー!」

「うん、今行くよ───詳しい話は後でね」

 

最後だけ小声で呟く。フリルに腕を引かれて、アクアも共演者たちの輪の中に加わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、取り敢えずはバイト扱いで私の付き人やらない?」

 

あの後、打ち上げの喧騒の中でフリルがオレにしてきた提案……というか、折衷案がコレだった。フリルと行動を共にすることでヘイトの対象であろうオレを有象無象から守る。同時にオレが四六時中フリルの傍にいることで暴走する狂信的なファンからオレがフリルを守る。そのためならフリルのセキュリティをオレも使っていいということになった。

当たり前だが、不知火フリルのガード態勢はオレなどよりはるかに高い。

こんな事件が起こる前からフリルにはファンの暴走やストーカー被害など、起こる可能性はあった。故にフリルの事務所は出来うる限りの最高のセキュリティを取っている。移動の際は車輌による送迎は当たり前。住所も何重にも秘匿されており、一般人は近づくことすら困難な状況。アクアからすれば垂涎である。

しかし……

 

「オレがお前の付き人なんかやったら余計に変な噂立つだろうが」

 

ただでさえ2人の仲を疑う事件が勃発したのだ。この状況でアクアがフリルのガードなんてやったら、それこそ虚構が真実と自ら吐露するようなモノ。

 

───寧ろそれが狙いか?

 

警戒の段が一つ上がると同時に、泣きぼくろの美少女は手を振って苦情を漏らした。

 

「もちろん、すっぴんでそんなことしろなんて言わないよ」

「変装でもしろって…………まさか」

「流石。察しいいね。アクアの趣味にして特技が唸る時だよ」

「違うっつってんだろ」

 

変装、つまりマリンになれと言っているのだ。確かにアレならまずバレ……ないと思う、多分。最近バレること多くて自信喪失気味だが……いや何の自信だ。

 

「私のコンディションを毎日気遣って、できれば栄養バランス考えたご飯を作ってくれて、プライベートでも私に安らぎを与えてくれるだけの簡単なお仕事だよ?時給は応相談」

「召使いか、と言いたいところだが、オーディションすればめちゃくちゃ倍率高そうだな」

「それをオーディション無しで一発採用。まったく、我ながら親友に甘いよね」

 

どこが、と言いたいところだが、言えなかった。今の不知火フリルのセキュリティ態勢は彼女が実力と努力と才能で掴み取ったモノ。それをオレは無償……いや、給料有りでレンタルしようと言うのだ。事実だけ切り取ってみれば確かに甘い。この事態を招いたのは本人なので自業自得と言えばそれまでだが。

 

───でもなぁ

 

万が一バレた場合のリスクがデカすぎる。オレもフリルも。いや、フリルはやろうと思えばトカゲの尻尾切り出来るだろう。しかしオレは言い訳が効かない。

 

「心配しなくてもホントのマネージャー業務はちゃんと正規の人がやるから。アクアは私の隣にいてくれればいいだけ。視界にいてくれる方がお互い守りやすいでしょ?」

「…………でもなぁ」

「それに、私の仕事、自分の眼で見たくない?」

 

一番弱いところにグサリと突き刺さる。今のアクアに必要な技術。観客への意識。客観視。その全てをフリルは超高水準で備えている。リアリティショーでは周りのレベルが低い為、本気はまだ見せていない。しかし、仕事でついて行くとなれば、コイツの本気を見る機会は必ず来る。技術とは結局のところ、基本さえ修めて仕舞えば、そこから先は見て盗むしかない。フリルの技術を一歩引いた目線から観れるというのは、共演するより価値があるかもしれない。

 

「観たくない?」

「…………観たい」

「なら、決まりね」

 

天秤が一気にぐらついたところへ畳みかけるようにスマホを向けてくる。連絡先を交換しようという合図。苦虫噛み潰した顔で10数えるほど悩んだが、屈辱に震えながらスマホを差し出す。新しい連絡先が二つ加わった。仕事用とプライベート用でフリルはアカウントを二つ作っていたらしい。

 

「詳細はまた連絡するから」

 

こうしてアクアとマリンの二重生活が始まった。仕事で外に出る時はマリン。学校などのプライベートではアクア。ウィッグや化粧品などはフリルから支給された。自分で用意すると言ったのだが、『気にしないで。バレたら私の信用にも関わるから。ここでケチるようなことはしないよ』と断られる。後日、フリルの事務所社長にも挨拶させてもらった。

 

「この度はお世話になります。よろしくお願いします」

「いいのよ、巻き込んだのはこちらだし。それより貴方には感謝してるの」

「…………感謝?」

「あの子の仮面を壊してくれて、ありがとう。おかげであの子、最近はとても楽しそう。あんな不恰好で生き生きした顔、久しぶりに見るから」

 

という感じで、意外と暖かく受け入れてもらえた。普通に無視されるとか覚悟していたのだが。といっても、好意的なのは社長だけで、本来のマネージャーや関係者のオレへの態度は冷ややかだったらしい。まあそれも当然。他人から見れば、密会して誑かしたと疑われても仕方ない。少なくともあの収録日に初めて出会ったとはとても思えないだろう。

 

「だからマリンになる必要があるの」

 

マリンの正体を知っているのは社長とフリルだけらしい。だからオレは事務所では新規に雇ったバイトで、フリルとは以前からコネがあって引っ張ってきた扱いとなっている。

 

「ほら、こっち来て」

 

衣装と変装用具諸々をフリルから渡される。綺麗なウィッグだ。艶やかで美しい。見た目も手触りもほぼ本物と変わりない。流石に良い衣装とメイクを取り揃えている。

 

「アクア、貴方の女装はまだまだクオリティが低いよ」

「えぇ……今のところクオリティ低いって言われたことねーんだけどな」

「元が美形だからそこそこ観れるけど、男の子感が抜け切ってない」

「そこまでやる必要ある?」

「あのね、私の付き人やるってことは業界トップの人達の目にマリンが触れるってことなの。芸能人だけじゃなく、マネージャーやカメラマン、ディレクターその他諸々もその道の一流。洞察力だけなら私以上の人は何人もいる。今のままじゃ即バレするよ」

「…………確かに、見る目ってだけで言えば芸能人よりむしろマネージャーやカメラマンの方がありそうだな」

「そう、目より先に手が肥えることはないの。あの人達の審美眼は肥えきってる。だからその辺もきっちりレッスンするね」

 

そして本当にきっちりと仕込まれる。まずはメイクのやり方。

 

「アクアは元々目大きいけど、大きく見せるメイクしないと。もっとまつ毛とかしっかり艶めかせて、涙袋もちゃんと描いてね」

「…………すげぇ、ホントに目大きくなった」

「あと剃り残しとかはコンシーラーで隠すよ。ほら、目を閉じて」

 

ファンデーションのようなものをブラシに塗って顔の至る所をなぞっていく。顔面の加工はソレで取り敢えず終わった。

 

「当たり前だけど、ウィッグはロング。セットもハードスプレーでしっかり固めて。頬にかかる感じで。アクアは顔小さいけど、それでも女の子としては普通だから。輪郭は髪で隠して。骨格も。眉毛もすね毛も全部処理するよ」

「眉はともかく、すね毛もか?タイツか黒スト履けばいーじゃん」

「変装は見えないところから。どんなきっかけで人目に触れるかわからないんだから。ありとあらゆる男の部分は全部隠して………ん、メイクはこんなところかしら。次は採寸ね。背丈、測るよ」

 

メジャーであらゆる箇所を数値化される。首周り、肩幅、指、足のサイズ。バスト、ウエスト、ヒップ、股下。膝の形も全て。

 

「うん、どれも俳優って感じ。ちゃんと努力して身体作ってるね。指も綺麗。爪もちゃんと手入れしてる」

「当然」

「じゃ、このデータをもとに服は用意してあげるから、次は姿勢ね」

「姿勢?」

「立ち姿だけでも性別って出るものなの。その辺もちゃんと矯正していこう」

 

女らしい重心の置き方。歩き方、佇まい、肩の位置。どれもそれなりに意識していたことだったが、フリルの目から見ればまだまだ雑。身長ばかりはどうしようもないが、他の全てを叩き込まれた。

 

一度やるとなったらフリルとアクアに妥協という言葉はあり得なかった。2人とも完璧主義の完全主義者だ。全ての特訓が終わった時、鏡の中にいたのは、

 

「ふふっ……ははは……」

 

あのPVとはまるで別人……とまでは言わないが、素人目で見ても明らかに…

 

「あははは……あはははははっ、あはははハハハははは!!」

「そこまで笑わなくてもいいだろーが。お前がカスタマイズしたんだろカムパネルラ」

 

身体をくの字にして笑い転げるフリルに思わず声を荒げてしまう。確かに自分でもここまで美しくなるとは思わなかったが、それにしても笑いすぎだ。

 

「あはははっ、貴方男性ホルモンどうなってるの?似合いすぎ。美しさだけなら私より上なんじゃない?この短時間で心なしか骨格も変わった気がする。さすが私のジョバンニ。私が男なら押し倒してた。素敵よ」

「嬉しくねー」

「言ってみて。その格好で、男性ボイスで、『お前ならオレのカムパネルラになれるかな?』って言ってみて」

「お前ならオレのカムパネルラになれるかな?」

「あはははっ、わはははははっ!」

「言わせといて笑うんじゃねーよ!」

 

あまりの美しさに完全にツボに入ってしまったようだ。しかしそれも無理はない。大衆の理想を体現し続けてきたフリルにとって、その逆は人生で初めての経験だ。今のマリンはフリルの理想が体現された姿。芸能界で十年以上生きてきて、彼女は初めて自分の理想を具現化したのだ。それも中身は男。達成感やら滑稽やらで湧き上がる笑いを堪えることはできなかった。

 

「うん、これなら見抜ける人はまずいないね。我ながら素晴らしい出来」

 

目尻から流れる涙を拭いながら、改めて出来栄えに満足する。その意見に否を唱えることはアクアにもできなかった。

 

「………しかしマジですげぇな。コレほんとにオレか?なんてセリフが素で出てくるとは思わなかった。まさにmake。作り込まれてるなぁ」

 

メイクのやり方は基本的に知っているつもりだったが、やはり一流は違う。化粧は魔術とはかつてオレ自身が言ったことだが、これは確かに変身魔法だ。

 

「あー楽しかったぁ。お人形遊びなんてしたの、いつ以来だろ。イケメンで遊ぶのは目に良いね。アクアはイケメンと美少女両方できて一粒で二度美味しいし。視力0.5は良くなったと思う」

「やっぱりオモチャにしてやがったかクソが」

「私も着せ替え人形にしてみる?今機嫌いいから、アクアの好きな服着るよ。男装もしてあげる」

「いらねぇ。お前の男装なんかカッコいいだけじゃねーか」

「あ、メイクの仕方、ちゃんと覚えてね?今回は私がしてあげたけど、毎回できるわけじゃないんだから」

 

非常に気は進まないが、言わんとすることはわかるため、諦めの息を吐いた。

 

「まったく、余計な技術や知識ばっかり覚えるなオレは」

「技術や知識に余計なんてないよ。それは貴方の人生で備えたツールの一つ。確かに一生使わないかもしれないけど、使うかもしれない。備えておいて無駄なんてことは絶対ない」

 

その言葉を否定することはできなかった。音楽家であるナナさんやハルさんとの出会いだって、役者としてなら意味のないモノに見えるかもしれない。けど、あの2人との出会いはオレに沢山のものをもたらしてくれた。

 

「じゃ、及第点の仕上がりになったところで、社長にも挨拶にいこっか」

 

そうして一度、社長に面通しすることになる。彼女はアクアとマリンが同一人物であると知っていたが、今回のグレードアップで流石に目を丸くしていた。段違いにクオリティが上がっている。女の子にしか見えなかった。

 

「驚いたわ……貴方、本当にウチの事務所に来ない?フリルの妹分として売り出してみたいわ」

「お、いいね。私妹欲しかったの。マリン、私のこと、お姉ちゃんって呼んで」

「ころ……殴るぞ。社長、バレた時のリスクを考えた方がよろしいと愚考しますが」

「全然構わないわよ、このLGBT時代、ニューハーフや男の娘タレントくらいちゃんといるんだから」

「そういうのが許されるのはちゃんと心まで女の子な場合でしょう。オレはバリバリ男ですよ。この格好は仕方なくです」

 

しばらく冗談か本気かわからない会話が続いた後、社長から全体に紹介される。

 

「この子にはフリルのメンタルケアと現場での雑用を主にやってもらうわ。仕事の受注やスケジュール調整なんかは今まで通り。みんな、そのつもりでよろしく」

 

───歓迎、はされてないな、当然

 

拍手は起こるが、どう見ても受け入れられている雰囲気ではない。ヒソヒソ話す声も聞こえる。フリルを利用して芸能界デビューを狙う女子にでも見えているのかもしれない。

 

「周りの目なんか、気にするタイプじゃないでしょ?」

 

見透かされたような言いようは少しムカついたが、その通りなので何も言わない。他人の評価というものに関して、自分は無頓着だ。名前も顔も知らないどうでもいい人のために芸能活動やってない。オレのモチベーションは妹への()と身内への恩返しだ。

 

「行くよジョバンニ。全部盗んでいいからね」

「ああ。たっぷり盗ませてもらうぜ、カムパネルラ」

 

そして本格的に不知火フリルのマネージャー兼付き人の仕事が始まる。

 

より洗練され、美しくなったマリンの姿が、伝説の天才アイドル『アイ』と瓜二つであるなどと、今のアクアとフリルには知る由もなく。 

 

 

 

 

 




最後までお読みいただきありがとうございます。かつてララライのワークショップに参加したアイ。フリルの事務所でマルチタレントのノウハウを学ぶアクア。着実に母と同じ道を歩み、死亡フラグを積み上げております。一体どうなってしまうのか。
それでは励みになりますので感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければ幸いです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。