【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

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人を呪わば穴二つ
深淵を覗く時、深淵に覗かれている
弟子が師から学ぶ時、師は弟子から学ばれている
貴方が死を望む時、あなたは生を欲している


19th take 爪痕は2人の傷跡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アクアはさ。死にたいって思ったことある?」

 

中学に入って二度目の冬。とあるホテルで一夜を過ごしたアクアは隣で寝そべる美少女からこんな事を聞かれていた。彼女は現在高校生。少し明るめの茶髪に切長の瞳。スタイルは良い部類に入るだろう。闇の中でも優美な曲線は分かるし、胸だって小さくはない。DよりのCくらいだろうなと触った感じわかった。美大を目指す画家で、今年は受験を控えているらしい。

 

「…………まあ、何度かありますけど」

「だよねー。芸術家なら一度はあるよねー」

 

体を起こし、跨られる。フワリとしたロングヘアが宙に翻り、女の汗独特の甘い香りが鼻をくすぐった。

 

そのまま覆いかぶさるように抱きしめられる。同時に冷たい感覚が胸板の一点に届く。人差し指で突かれていると触覚で分かった。

 

「じゃあ死ぬ時、ここに私とセックスしましたって書いて死んでね?」

「えぇ……それは恥ずいですね」

「恥ずかしいなら、まだダメね」

 

爪が立てられる。そのまま力を込められ、痛みと共に赤い何かが胸から流れた。

 

「世界がどうでもいいと思えないなら、貴方はまだ死んじゃダメだよ」

「…………アンタはどうでもいいのか?」

「ううん。だから私もまだ死ねないの」

 

爪を退けてくれる。手で払ってもよかったのだが、なぜかそれをしてはいけない気がした。

 

「今後死にたいって思ったら私が言ったことと、この痛みを思い出して。貴方は選ばれてるから。私と違って、ね」

 

再び身体を起こす。赤い舌で舐める彼女の人差し指には舌より紅い液体が付着していた。

利き手を掴まれ、自分の胸へと押し当ててくる。「爪、立てて」と囁かれたアクアは頼み通り、指に力を込めた。白い肌から赤い筋が流れる直前、僅かに喘ぎ声が漏れ、ハァッと息を吐いた。

 

「一生消えない傷になるといいね」

「なんで?」

「私とあなたの関係は一瞬だけど、お互いの体にお互いの爪痕が一生残ってると思うと、嬉しいでしょ?」

 

アクアの上に倒れ込み、唇を合わせる。自身の爪のささくれが剥けていることに気づいたのは朝になってからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───死にてぇー

 

アクアはこんなところに来てしまった事を思い、この感情に囚われていた。或いは時間を遡ってフリルの話を受けたオレを殺したい。

 

朝の5時。まだ日が出てるかどうかギリギリの頃合いに調理した具材を女子用の可愛らしい弁当箱に詰める。

 

「…………ホントに作ってるのね」

「うるせーな。どのみちオレのとルビーのは作らなきゃいけねーんだ。二人分も三人分も大した手間は変わらねーし」

「貴方って女には……というか、才能に甘いわよね」

「ほっとけ。行ってきます」

「いってらっしゃい。気をつけてね」

 

起きてきたミヤコに見送られ、弁当をバックに包み、タクシーでフリルの事務所へ向かう。そこからは事務所お抱えの車と運転手に乗り、フリルを迎えに行く。

 

「おはようございます」

「おはよう、マリン。辻倉さんも」

 

付き人と運転手に挨拶した後、後部座席へと座る。本来のマネージャーから送られてきたスケジュールを読み上げ、現場へと向かう。

 

「マリン、お弁当は?」

「こちらに」

「わ、また作ってきてくれたんだ。半分冗談だったんだけど」

 

脅しておいてよく言う、という言葉は呑み込む。貸し借りで言えばこちらが圧倒的に不利だし、弱みもガッツリ握られている。オレの生殺与奪権はフリルに握られていると言っていい。

現場に入るとそこからは完全にマネージャーとして扱われる。私の視界にいてくれるだけで良いとはなんだったのか。応対、スケジュール管理。あらゆる雑用を押し付けられた。

気がつけば完全にパシリ。こうなる事も予想できたハズなのに、なんでオレは女装してまでこいつの言いなりになっているのだろうか。

 

───恥ずかしいとか屈辱とか通り越して、なんかもう……死にたい

 

「マリン」

「はいはい」

 

屈辱に震えながら振り返る。すると閃光で目が灼かれた。

 

「……またカメラか」

 

休憩時間。フリルが手にした機材の正体を呟く。コイツと一緒にいて知ったことの一つ。暇があればフリルはしょっちゅう何かを撮影している。

フリルの趣味なのか、仕事道具の一つなのか、わからないが、彼女は沢山のカメラを持っていた。どうすれば写真写りが良くなるか。可愛く見えるアングルは?セクシーさを見せたい時は?それらを研究するために実際に撮ってみることご必要だったのはわかる。その結果趣味に講じてもおかしくはないだろう。

 

だがしかし……

 

「そんなにオレばっか撮ってどうすんだよ」

「綺麗なものは残しておきたいじゃない?」

 

コイツはその高そうなカメラで自分は撮らず、最近はオレばかり撮る。それもマリンだけではない。メイクを取ったアクアの状態のオレも、満遍なく撮る。オレが作ったメシも。料理をしている風景も。ピアノの練習するオレも。今のアイツのフォルダの中はオレやマリンでいっぱいになっている事だろう。普通に恥ずかしいが、それ以上に脅しのネタをバシバシ撮られているようで怖い。

 

「でもパッとしないなぁ。目で見た時の方が綺麗」

「そりゃそうだろ。素人……とは少し違うが、専門家じゃねーんだし、カメラの性能にも限界あるしな」

「被写体に問題があるんじゃない?」

「なんだと?」

「うそうそ、冗談。私が仕立てたお人形だもの。どの角度で見ても超綺麗だから、安心して」

「それはそれでなんか悲しいけどな」

「私やアクアのスマホで撮ってもイマイチだったしね」

「…………道理で知らねー写真増えてると思ったよ」

 

フリルの付き人をやるとなった時、仕事用のスマホを支給されていた。特に仕事以外で使ってなかったのだが、時折カメラフォルダに変化があった。事務所の誰かに取られたか、はたまた心霊現象かと思っていたのだが、少し安心した。

 

「一番良いカメラでも上手くいかなかったしなぁ。コレなんて○イカだよ?」

「うん、お前の腕が悪い」

 

手にしたカメラのブランドを聞き、断言する。一口に一眼レフと言ってもその価値はピンキリだが、今フリルが手で弄ぶソレは間違いなく最高品質だった。

 

「…………それ、買ったのか?」

「ううん、事務所の。私が借りたいって言えば撮影機材なら大抵のものは借りれるから」

 

───言ってみてー

 

さらりと言ってのけるセリフに痺れて憧れる。腕の良いドライバーやパイロットはテストドライバーとして最新鋭のスポーツカーやモーターボートを長期間使用できると聞いたことがある。一芸も極めればここまでのことができるようになる。成功者の掴み取った環境に羨望と憧れを覚えずにはいられなかった。

 

「…………なあ、フリル」

「ん?」

「お前はさ、死にたいって思ったことある?」

 

その質問にキョトンとした表情を浮かべる。質問の内容を理解した天使は、にや〜っと口角を上げた。どちらの顔も『大衆の理想』とは程遠い。コイツ、どんどんオレに猫被らなくなってくる。

 

「アクアって時々中学生っぽいよね。芸術家にはあるあるだけど」

「茶化すな。結構真面目に聞いてる」

 

残念なことだが、俳優の自殺は珍しくない。ニュースに取り上げられたものだけでも前例はいくらでもある。名もない端役の役者達を含めれば、膨大な数に及ぶだろう。それほど芸術家の自死は多い。アクアだって何度死にたいと思ったか。夜眠る時の自分が自分でなくなるかもという不安。朝目が覚めた時に自分が自分だった時の安堵。この無間地獄への恐怖は今もなお克服したとは言い難い。ある程度割り切りはした。けれど不安は常に付き纏っている。

 

───でも、オレは裸で死ぬのはまだ恥ずかしいから

 

だから死なないし、死ねない。その時が来るまで、世間を騙し、自分を騙し、家族を騙す。

 

「私は思った事ないなぁ」

「そりゃ羨ましい」

「だって人間なんてイヤでもいつか死ぬんだから。そんな無駄な事考える暇があるならもっと他のことした方がいいでしょ?」

 

確かにその通りだが、それがわかってても考えてしまうのが人間というモノだろう。この辺の切り替えはアクアも結構上手い方だが、やはり超一流は違う。

 

「あー、でも人生が沢山あったらなぁとは時々思う」

「そうなのか?」

「ええ。次の人生で私の意識があったら写真家になりたいな、と思うくらいにはね」

 

手の中にある超高級カメラをクルクルと回す。思わず体が前のめりになった。ホントに価値わかっとんのか、この女。

 

「初めてプロが撮った写真を見た時は感動したなぁ。私物心ついた時から可愛かったから色んな人が沢山写真撮ったし、アルバムもいっぱいあるけど──」

「自慢か」

「違うよ、客観的事実。話の腰折らないで……明らかに違った。目で見るより綺麗な写真を初めて見た」

 

似た経験はアクアにもある。ジャズバーに勤めていた時、練習でカクテルを作らせてもらったことがあった。同じ材料、同じ道具、同じレシピで作ったのに、オレが作ったカクテルにはまるで統一感がなく、バラバラの変な飲み物だった。だがマスターが作ったカクテルは全ての材料が調和し、一つの良くできた飲み物になっていた。

 

『要所要所で見えない小技があるのよ』

 

見よう見真似だけでは決して習得できない技術。経験を重ね、改良を続け、少しずつ向上してきた熟練の技が全体の味を決める。一つ一つは小さな差だが、総合し、調和させる事でコレほどの差が生まれる。プロとアマチュアの違いを肌で……いや、舌で学ばせてもらった場面の一つだった。

 

「今の私は撮られる側だけど、次は撮る側をやってみたい。私の手でスターを作ってみたい。そう思ってる」

「…………そうか」

「貴方はないの?もし2回目の人生があったら、やりたい事」

「2回目の人生、か」

 

ある意味オレはそうなのかもしれない。一度記憶を無くし、何かが欠落した今の星野アクアは記憶を失う前とは別人なのかもしれない。そしてオレは今二度目の人生を生きている。この生き方は欠落する前のオレが望んだ姿なのだろうか?答えはわからなかった。

 

「アクア?」

「…………生憎、オレは今を生きるので精一杯なんでな。そんな先のこと考えてる余裕はねぇよ」

「良いね、さすが私のジョバンニ。熱いね、若いね」

「同い年じゃねーか」

「そう思うならせめて私に追いつくまでは、死にたいなんて二度と考えないでね」

 

眉が少し引き攣る。えっ、と声が出そうになった。オレを見つめる目に不安と焦燥の色が宿っている。緊張と罪悪感で揺れている。

思ったより心配されていたのだろうか?確かに星野アクアは現在炎上真っ只中。心ない批判やコメントを目にしていれば、オレが死にたくなっているのでは、と考えるのも不思議はない。俺は見てないが、もしかしたらフリルはオレのエゴサをやっているのかもしれない。あの様子だと相当な事を書かれてそうだ。それこそ人生が終わったと錯覚するほどの。

 

───まあ、そういう風な仮面でオレに復讐心持たれないようにしているという可能性もゼロじゃないが…

 

どっちにしろ、いらぬ気遣いだ。この状況を後悔する事はあっても、フリルを憎む気持ちはカケラもない。こうなる可能性も考慮した上であの爆弾処理に挑んだのだから。まあ想定外の形で爆発されはしたが。それもこの待遇で貸し借りチャラだと少なくともアクアは思っている。

 

「気にするな。顔も名前も知らねぇ人のために芸能やってねーし」

「………そう、なら良かった。まあアクアが赤の他人の批判でどうこうなるとはあまり考えてないけどね。貴方はファンに対してそこまで真面目でもなければ誠実でもないから」

「おい」

「あーあ、人生が5回くらいあったら良いのになぁ」

 

安心したのか。椅子の背もたれに上半身の体重全てを預け、笑顔で大きく伸びをする。

 

「写真家にもなって世界中を旅してみたいし、子供好きだから保母さんとかにも興味あるし、化学者とかになって、薬効あり!とかもやってみたいし。あとお母さんにもなりたい。5回の人生で5回とも違う子を産んで、5回ともいっぱい愛してあげたい」

 

───可愛いとこあんじゃん

 

指折り数えながら空想を語る。その様子は『大衆の理想(うつくしさ)』とはかけ離れていたが、アクアには可愛らしく、好意的に映った。初めてフリルを可愛いと思った。

 

「そして、5回とも……」

 

一度目を瞑る。まぶたが開いた時、美しさがフリルの全身に宿る。吸い込まれるような黒い瞳は真っ直ぐに星の瞳を見つめていた。

 

「同じ人に恋をする」

 

以前目を合わせた時は意図的に逃げなかった。ここで目を逸らせば負けだ、と。だが今は違った。目が離せない。美しさと可愛らしさと必死さが絶妙に混ざったその黒い瞳から、逃げられなかった。

フッと力が抜ける。唐突に自身から溢れた微笑がアクアにかかった金縛りを解いた。

 

「なら最低でも4回は不倫だな」

「もう、貴方はすぐそういうこと言う。わからないでしょ?一つ一つがパラレルワールドで、それぞれでちゃんと結婚してるかもしれないじゃない」

「そういうオカルト、オレあんま信じてないからなぁ」

 

目に見えないものは確かにこの世にはある。けれどそれは全て人の努力や行動の果てに存在する揺らぎで、オカルトではない。この世の全ての事象は人々の行動の結果であるとアクアは信じていた。

しかし、こういう空想話も悪くはない。こんな馬鹿みたいな話ができるのはフリルにとってはアクアだけだし、アクアにとってもフリルだけだった。

 

「貴方に会えてホントに良かった。嫌われたらどうしようなんて思ったの、人生で初めて。貴方と出会ってから、毎日ワクワクドキドキしっぱなし。トキメキは肌にいいってことも初めて知った。アクアは目にも肌にも潤いをくれるね」

「…………オレもお前に出会ってから毎日ドキドキしてるよ」

 

主にハラハラ方向でだが。しかしたまにドキッとさせられる。今まで色んな女性と色々な関係を持ってきたが、こんな事は初めてだった。

 

「期待してるよ、私のジョバンニ。コレからも私にいっぱい初めてを教えて。そしたら私は貴方の憧憬(カムパネルラ)であり続けてみせるから」

「期待してるよ、オレのカムパネルラ。喰らっても喰らってもなお、喰らい尽くせない憧憬である事を」

 

お互いを喰らい合う炎と水。それぞれを消滅させるエネルギーが爆発するのは、もう少し先の話。

 

 

 

 

 

 

「…………何やってんの」

 

その日、苺プロは異様な光景に支配されていた。

 

備え付けられた撮影用スタジオ。そこは複数人が運動しても問題ないほどのスペースが設けられている。所属タレントがダンスの特訓などをして、汗だくになっている事もかつての全盛時代にはあった事だ。

 

しかし、それを踏まえてなお、目の前の光景は異様と言わざるを得ない。体操のような、運動のような、奇怪な動きをするヒヨコ?のマスクを被った筋骨隆々パンイチの変態。ゼェゼェと荒い息を吐きながら動きを真似る2人は変態と同じマスクを被り、苺プロのクソダサいTシャツを着ている。スカート履いてることからおそらく女子と思われる。

 

「おかえりなさいアクア。今日は早かったのね」

「そんなことより何やってんの。ルビーと有馬だよな?ダンスの稽古?にしては随分面白いカッコでやってんな」

「違うわよ。アイドル活動」

 

改めて目の前の異様を眺めるとホント何してんのと言いたくなる光景。しかしコレは立派なアイドル活動。新人アイドルの仕事といえばビラ配りなどの草の根運動や小さなライブハウスの出演などが真っ先に連想されるが、それはもう一昔前の話。現代のアイドルカルチャーの主戦場はネット。草の根運動もわざわざビラを手作業で配るより遥かに効率的で、広範囲に届き、コスパも良い。まず誰でも気軽に見れるユーチューブで固定客を作り、ライブに人を呼ぶ。コレが今の新人アイドルのスタンダードだ。

 

「で、ぴえヨンとコラボってわけか。まあ登録者数増やすには確かにコラボが一番手っ取り早いわな」

 

ホワイトボードの企画案を見る。踊りきれなかったら顔出し無しという条件の下、コラボ動画の許可をもらったという設定らしい。面白いが、ヤラセや編集と思われるんじゃないか少し心配になる企画だった。

 

「貴方が不知火フリルにしてる事と一緒ね」

「一緒にするな。めちゃくちゃ大変なんだぞ」

 

フリルのマネージャーもどきを初めて少し経った。平日は学校以外全て仕事に割り振られている。事務所の迎えの車に乗り、車の中でマリンに着替え、細かい変装諸々は出先の化粧室で行い、フリルと合流。その後は付き人としてあらゆる現場に同行し、マネージャー業に従事していた。

 

「分刻みのスケジュールってヤツが実在するとは思わなかった。マジで殺人的。それをこなしながら疲れも何も見せず美しくあり続けてやがる。知ってたけどマジでバケモンだ、不知火フリル」

 

付き人には付き人の苦労があるが、疲労度だけで言えばフリルの方が上のはず。それなのに苛立ちも疲労も一切見せず、『大衆の理想(うつくしく)』であり続けている。どれほど作り込めば仮面はあの領域に至るのか、ちょっと想像がつかなかった。

 

「裏方の苦労が少しはわかったかしら?ざまぁみなさい」

「フリルに比べたらオレなんて可愛いモンだよ」

 

相手がオレだからか、それとも付き人には全員やらせてるのか、肩揉んでだの、ご飯作ってだの、食べさせてだの、好き放題やってくる。ミヤコに苦労をかけている自覚はあるが、身の回りの世話までやらせた事はない。それに加えてあの破天荒。アイツのマネージャーはある意味不知火フリル本人より心労がキツいかもしれない。

 

「でも、辞めないんでしょ?」

「辞めねぇよ、お互いの身の安全が掛かっている」

 

星野アクアの炎上。不知火フリルの爆弾発言。どれもが比喩抜きで命に関わる事態に発展する可能性は大いにある。大衆の憎しみはオレに向いてる。今オレは変装なしで街を歩く事はできない。一方で表面上はなんともないが、フリルも決して楽観視できる状況ではない。狂信的なファンやストーカーはアイドルのああいった発言を裏切りと取ることもある。そしてファンの暴走は男より女に向くケースが遥かに多い。女は男より弱いから。物理的にも、精神的にも。

オレが関わったことでアイツに死なれては寝覚が悪い。少なくともリアリティショーが終わるまではこの仕事を続けるつもりだった。

 

「それだけじゃないわよね?」

「…………」

「あの不知火フリルの現場が見られるんだもの。勉強になるでしょ?」

「勉強になるかだと?はっ、めちゃめちゃ勉強になりますがなにか?」

 

一歩引いた視点からだからこそ、よく視えた。立ち振る舞い、話し方、視線、あらゆる現場で最適に適応させていた。大衆の理想である事には変わりないが、そこで自分が何を求められているか、どんな受け答えがベストか。現場現場で全て違っていた。何一つとして同じモノや使い回しがなかった。そのパターンの豊富さはオレにはない引き出しだった。独学では得られない、彼女が今まで培ってきたノウハウの一部を見せてもらった。これだけでも付き人を引き受けた価値は充分にある。

 

───良い傾向ね、アクアはせっかく良い眼持ってるのに、使い方が良くなかったから。手本がいれば吸収も早いでしょう

 

仕方ないことではある。鳥瞰視点、バード・アイの持ち主は希少だ。持っていないものを教えられるわけがない。不知火フリルとてアクアに手取り足取り教えることはできないだろう。感覚というのは十人十色だ。下手に自分の感覚を教えて仕舞えば、変なクセになり、逆に遠回りになりかねない。だが、見る者が見れば、違う視点から観察できれば、見えるものがある。同じ眼を持つ者にしか見えない気づきがある。

 

見て、感じて、発見し、理解し、実践し、実行する。学びとはコレの繰り返し。今までアクアは映像でしかそれをしてこなかった。これなかった。しかし今は最高の手本を生で観れる。これ以上勉強になる機会はないだろう。

 

「トップとの差に自信を無くさないかだけが心配だったけど、この様子だとそれはなさそうね」

「ははは」

 

笑って誤魔化すが、このミヤコの心配、実は少し当たっていた。確かに同系統の眼を持つ者として、フリルから学ぶべきところは多かったが、だからこそ絶望した事もあった。

 

「でも解せないわよね」

 

三人の奇怪な踊りを眺めながらミヤコが疑問を口にする。

 

「貴方が不知火フリルの付き人するのはこれ以上ないメリットがあるけど、アチラには何の利益もないじゃない。わざわざ他の事務所の俳優育てるようなマネして、しかも給料とセキュリティまで使ってくれてる。なんでアッチがそこまでするのかしら」

 

そこはアクアも疑問に思っていたことだった。いくら看板中の看板である不知火フリルの頼みだからって、なぜオレを雇ってまで守る?なぜオレを育てるような真似をする?付き人やってるくらいじゃ学べないと舐められてるのか?女優でなく、男優なら敵にはなり得ないと思っているのか?だとしたら危機管理意識が低すぎる。オレがアイツから技術を盗む可能性はゼロじゃないんだ。実際色々盗んでる。そんな可能性に思い至らないほどあの社長は鈍ではないだろう。

 

「………………いざというとき、盾に使うためじゃねーの」

「そんなの、貴方じゃなくてももっと適任いるでしょう。そんな細い身体じゃ肉壁にも心許ないわよ」

「うるせーな、敢えて絞って作ってるんだ」

「…………移籍とか、誘われてる?」

「軽く」

「移りたかったら遠慮しないで移っていいのよ?この業界、売れる芸能人殆どが大手の独占市場なんだし」

「そんな普通なの、つまんねーだろ」

 

───………コレだ

 

この男の行動原理にはコレが多い。どう見てもそっちの方が効率的で楽な道なのに、つまらないという理由だけで平気で蹴る。記憶がなくても……いや、ないからこそ性格とは遺伝するものなのだろうか?アイもつまらないならどれだけ合理的なことでもやらない主義だった。

 

「ま、問題児から解放されたいというミヤコの考えもわからなくはねえけど」

「そんなつもりは…!」

「───悪いが、もう暫くは付き合ってくれ。オレの死出の旅に」

 

ゾクリと背中が泡立つ。こういう時がこの子には稀にある。いつもは星と見紛う眩い光を放つ瞳が、全てを吸い込む暗い星の瞬きになることが。全身から放たれる魔性のオーラに引き摺り込まれそうになる時が。アイが持っていたモノとは似て非なる。だが、人によってはアイより惹き込まれるだろう。それこそ精神ごと、中毒になるほどに。

不知火フリルの手によってより美しく洗練された今のマリンはアイの美しさとアクアのオーラが融合した、まるで悪魔に取り憑かれ、蘇った星野アイを見ているかのようだった。魅力という力が人の心を奪う様を指すのなら、今のアクアはある意味、アイを超えている。

 

「…………アクア、貴方死にたいとか思ってないでしょうね」

 

才能ある役者が、そう心の中で思う事は多い。はたから見れば順風満帆。才能や実力が正しく世間に評価されている俳優でも、薬物に走ったり、自ら命を絶ってしまう事は知られているだけでもいくらでも前例がある。世間に公表されてないモノも含めれば、それこそ数えきれないだろう。そして死に取り憑かれた俳優は独特のオーラを持つ事もある。今のアクアはそんな危うさと美しさを併せ持っていた。

 

「ははは。まさか。全然思ってねぇよ。やりたい事まだまだあるし。オレはまだ死ねない」

「死ねない?」

「この世界がオレはまだどうでもよくないから」

 

グッと心臓を掴むように拳を握る。胸元に僅かに残った傷。コレを世界に晒す気はオレにはまだ起きない。この傷が完璧に消えるまで、オレはまだ死ねない。

 

───爪痕を残す、か

 

ふと、今自分が出演している番組の参加者に想いを馳せる。オレは今、あのリアリティショーの実質的なMC、バランサーを務めている。故にチャンスは出演者達に平等に割り振る必要があり、全員にスポットライトが当たるように調整しなければいけない。だが、MCができる事には限界がある。目立っていない人間が誰か気づいていても、特別扱いはできないからだ。

現在、今ガチには好かれても嫌われてもいない状態のやつが2人いる。この状態は芸能界的には嫌われるより良くない状態だ。嫌われるということは嫌いになる程度にはその人物のことを注視しているということ。しかし好きでも嫌いでもないということは視聴者の印象に残っていないということ。真っ当なマネージャーや事務所であれば、この状態の不味さはわかるだろうし、爪痕を残せと言われるだろう。

 

しかし、爪痕とは一方的につける傷ではない。柔肌に突き立てたハズの爪が思わぬ抵抗に遭い、爪の方が剥がれてしまうという事もある。双方が傷つきかねない傷なのだ。

 

───その辺、わかってるのかな。アイツは

 

「いちごぷろしょぞく……ほしのるびー、自称アイドルです」

 

スタジオからそんな声がマイクを通じて伝わってくると同時、意識が思考の海から戻ってくる。スタジオの中で横ピースをキメる我が妹の痴態。息もたえだえで、顔も真っ赤だ。まあろくにトレーニングもやってないど素人のアイツには1時間ガチるのはキツいだろう。元が良いため、バテてる姿も可愛いが、あまりアイドルが見せていい顔はしていなかった。

 

「てきとーに編集して貰えばいいのに」

「出来るだけ嘘はつきたくないんでしょ。あの子らしいわ」

「……嘘つかずにこの世界で生きていけるわけねーだろうに」

 

オレや有馬はもちろん、アイやフリルでさえ嘘を避ける事はできなかった。あいつもいずれどこかで必ず嘘をつく。だが、その時まで…

 

「通してみせろよ、その綺麗事。そうじゃなきゃ面白くねーから。お前から可能性感じなくなったら、オレもお前にウソつくのやめるぞ」

 

アイの顔をした男が嗜虐的に笑う。これはこれで需要ありそうだな、とミヤコは思った。

 

 

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。フリルに付いての修行。学ぶことは多くあり、アクアは着実にレベルアップしてますが、劣等感に絶望している時もあります。その辺りの詳しい話はまた後日。それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。
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