貴方の正しさは多数の人を救うことができるだろう
しかし忘れてはならない
多数は全てではないということを
「アクたんってさ、結局どっちなの?」
収録終わり、あかねへの励ましもあり、久々に開催された今ガチ食事会。対面に座ったMEMちょが本人に向かってズバリと切り込んだ。
「なんだ唐突に」
「番組も終盤に差し掛かって、みんなの性格とか個性とか、色々見えてきてるけどさ。アクたんだけはキャラ全然見えてこないよねぇ」
「MEMにだけは言われたくねぇな。キャラ付けしすぎだぞお前は。オレが気づいてるだけでも一つ、お前はデカいウソをついている」
「ウッ」
───ユーチューバーなんてそんなもんと言われればそれまでだけど
今や完全にレッドオーシャンと化したユーチューバー市場。キャラが強くなければステージにすら上がれない。メムの取ってる戦略は正しい。文句を言う気はないし、オレが気づいてるこのウソを暴露する気もない。
だが、お前にだけは言われたくないと思うことは避けられなかった。
「ま、まぁ公共の電波に映る以上、売れてる人はみんなキャラ設定はしてるよね!私は天然おバカ。ゆきは小悪魔系。そしてアクたんは毒舌クール」
今ガチにおいてキャラ設定がしっかりできているのはこの3人。番組の中心を支えているのもこの3人だ。不知火フリルは言うまでもない、というやつだろう。
「アクたん番組始まった当初は光属性の陽キャイケメンって感じだったけど、フリルちゃんの爆弾発言で方針を転換した。でもその後の悪役系王子様キャラがあまりにハマってたから、ああ、こっちが素に近いんだな、と思ってた。今日の収録までは」
あかねの感情の発露による暴走。咄嗟の行動にも関わらず身を挺して庇ったあの動きにキャラがついているとはメムには思えなかった。
「陽キャかと思ったら闇系もできて、スーパードライかと思ったら咄嗟の行動はウェット。どっちがホントのキャラなのか。こんなに長く一緒に番組やってるのに、貴方の奥底が私には見えない」
「………………」
流石は養殖天然。バカではない。寧ろ鋭い。いつも軽やかな調子で、饒舌で、騒がしい奴だが、見るべきところはちゃんと見ている。メムの奥底には鋭い観察眼と思索力の持ち主が住んでいる。驚きはしない。とっくに気づいていた。
「フリルちゃんもキャラ使い分けてるけどねぇ。表のキャラは
大衆が不知火フリルに何を求めているか。それのみを考え続け、研究し続けてきた彼女はもはや無意識に、自動的に不知火フリルの最適行動をとる。それを壊すことができたのがアクアだった。だから彼女は星の瞳の少年に強く興味を持った。
「誤解しないでね。別に責めてるんじゃないんだよぉ。人間なんて二面性あって当たり前なんだし。でも二面って事は表と裏があるって事。表が裏かはわからないけど、精神は本質に近い方に強く傾いてる。だからフリルちゃんの二面性はわかるんだよ。でもアクたんは表も裏も右も左も全部同じ比重なの。まるでその場その場で色を変えるカメレオンみたい。だから本当の色が見えない。星野アクアという人間がどうやって精神のバランスを保っているのかが、わからない」
星野アクアという人間が破綻しているとは思わない。でなければ不知火フリルという爆弾を加えた、あまりに不均衡な今ガチのバランスを保てるはずがない。支点となる人間が揺らいでいて全体の均衡を保つことなど不可能だ。
だからこそ、わからない。コレほどバランスに優れた人間の精神の奥底が見えてこない。もう何ヶ月も一緒にいるのに。MEMちょにとって、こんな事は初めてだった。
「………無理にキャラ付けしているつもりないが」
「だからこそ余計不気味なんだよ。無理してるわけじゃない。本人は多分素を見せてるつもり。でも違う。器用さと多才さで誤魔化されてるけど、貴方の奥にはそれだけじゃない何かがある」
見透かしたような物言い。少し気に入らないが、反論はできなかった。当たらずとも遠からずだ。
「で?結局どっちなの?ドライ?ウェット?いい奴?冷酷?どっち?」
「………それがわかってれば、多分オレは芸能界なんて正気じゃねえ世界には来てねえよ」
明確な正解もなければ、終わりもない。明日自分が立ってる場所の保証もない。まったく狂気の沙汰だ。こんな世界に自ら足を踏み入れる奴の気がしれない。少なくともオレは絶対ゴメンだ。
「………不気味だなぁ。その多才さで抑えきれない不気味さがアクたんの魔性のオーラと吸い込まれるような強い瞳を作ってるんだろうね。フリルちゃんがゾッコンになるのもわかるよ。その事を番組が始まる前から気づいてたんだろうから」
「気持ちがわかる、ね」
あまり好きではない言い回しだ。きっとフリルも好きじゃないだろう。あいつの気持ちをわかってやれる奴などおそらくこの世に一人もいない。多分それをオレに期待してるに違いない。でも悪いが、本人が隠している事をわざわざ暴く気はオレにはない。興味ないと言えばウソだが。
「でもコレからはある程度キャラ決めておきなよ。私やフリルちゃんみたいに、アクたんの不気味さを面白いと思ってくれる人は少ないよぉ。キャラが決まってる方が話振りやすいし、振られやすいから」
「わかってるよ」
「でも、嬉しいな。ようやく今日、貴方の素が垣間見えた気がしたよ。私も本気になっちゃおっかなぁ」
「オレ、歳上は4つ上までって決めてるから」
言葉の矢がメムの心にグサリと突き刺さり、ニヤけた口元から吐血する。コイツ、18歳以上な事はなんとなく気づいてたが、二十歳超えてんのか。
「お前もたいがい面白いよ。本当に今ガチはメンツに恵まれてる。退屈しないな」
今ガチが始まってから今日まで、予想外の連続で良くも悪くも退屈しない。普通の学校生活を送っていればこうはいかなかっただろう。芸能界自体は狂気の世界だが、集まる人間は面白い。それだけは確かな事だった。
「あ、MEMちょとアクア、また内緒話してる。私知ってるのよ。二人がよくバンの中とかでコソコソ話してるの」
「え?なに?アッくんマジで浮気?フリルさんにチクっちゃおっかなぁ」
「うるせえ、そんなんじゃない。あとフリルには黙っててください」
二人で話していることに気づかれる。ここまでだな、と自嘲した。こんな話ができるのはフリルを除けば有馬くらいだったので、もう少し続けたかったのだが、仕方ない。もうしばらくは、死に向かって旅を続けるとしよう。
座席を変える。あかねの隣へと座ろうと思った。気にするな、と伝えるために。多分今を逃せば、オレの言葉が届く機会は当分失われるとわかっていたから。
意図がわかったのか、隣に座っていたゆきが席を開けてくれる。一度ウィンクを返し、あかねの隣に座った。
「………あのぉ」
「ん?」
「アクたんが気づいてる私のウソって、誰かに…」
「言ってねぇよ、めんどくせぇから」
「………そうだよね、アクたんは言いふらす人じゃないよね。よかった」
「まあフリルは気づいてそうだけどな」
「え゛」
安堵から一転、不安が感情全てを支配する。なるほど、たしかに可愛い。フリルが虐めたくなるのもわかる気がした。
▼
都内の高校。とある朝。女子高生たちが今話題になっている流行についての話をしているというありふれた何気ない風景。芸能人が通うこの学校も例外ではなかった。
「ねえねえ『今ガチ』見た?」
「見た見た!アクアくんちょーカッコよかったよね!ゆきのこと庇ってさ!」
「不知火フリルとのアレのせいでアクアくんって憎まれ役というか、そういうイメージついちゃってたけど、一気に見方変わったなぁ」
「普段の正論で殴るクール毒舌キャラって後付けだったんだろうね。咄嗟の行動って本性でちゃうものだから。きっとアレが素なのよ」
「今までちょっと斜に構えた感じで偽悪ぶってたけど、根はいい人、みたいな?」
「なにそれアクアくん可愛い」
「アクゆき、実はもう付き合ってんじゃないの?」
「え、じゃあノブくんとフリルさんは?」
「あの2人はそれぞれカムフラージュでホントは裏でこっそり、とか?」
「なにそれオモロ!」
「頭良いアクアくんならそれくらいやりそうだよね!」
「終盤に差し掛かってドンドン面白くなってくね!『今ガチ』!」
「………おはよう」
姦しく騒いでいた生徒達が静まり返る。同時に溢れ出す醜いものでも見るかのような眼差し。黒川あかねの登校で、教室は一気に負の空気で支配された。
「………黒川さん、学校来たんだ」
「よく来れるよね、あんな事やっておいて」
「アクアくん大丈夫かな。よりによって顔なんて…」
「あのご尊顔が傷ついたのを見た時は……正直ゾクッとしたけど」
「わかる。この表紙もめっちゃカッコいいし。王子様が戦士になった、みたいな」
生徒の1人が雑誌を開く。見開きに映っているのは煌めく蜂蜜色の髪を手でかきあげた姿の美少年。彼は結局モデルの仕事を断らなかったらしい。大胆に胸元は開いており、その口元は不敵に笑う。首筋から腹筋にかけてまで半開きになったワイシャツから覗く肢体はうっすらと筋肉で割れている。右目の下に出来た傷は美少年の野生味を引き立てていた。
「王子系だと思ってたけど、ワイルドもいけるねアクアくん」
「イケメンは基本なんでも似合うのよ」
「その上心までイケメンだし」
「それに比べてあかねは……」
「まあいつかやると思ってたけど」
「仕事ある〜とか芸能人ぶってさ、いちいちマウント取らねーと気が済まないのかって」
「マジ性格悪いし」
聞こえそうで聞こえなさそうでやっぱり聞こえる声量で囁かれる悪口。けど、コレにどんな反応を返しても私が悪者にされるだけ。ならこちらは聞こえてないフリをし続けるしかない。
───私が悪いんだから…
わかってる。私が悪いことをしたからいけなかったんだ。私だって逆の立場なら暴力を振るった人が悪いと思う。
わかってるけど、それでも…
───なんで私とアクアさんはこんなに違うんだろう
スマホの中のSNSを覗く。そこには自分への悪口とアクアへの賞賛が溢れていた。
▼
『手を上げようとしたあかねからゆきを守ったアクア。あかねは……』
───悪意ある次回予告だな
収録日、教室の隅でアクアは前回の放送を見ていた。その内容は明らかにあかねを悪役に仕立てる意図が見られる。確かにそうした方が番組的には面白いだろう。だが、コレでは根も葉もないあかねへの悪口を番組が認めたも同然。バッシングがあかねに向くのは避けられない。
「なに見てるの?」
「ん……別に」
スマホの画面をオフにする。別に隠すことではないが、説明するのは面倒だ。
「じゃあこっち来て。傷、手当てしてあげるから」
「え、いや、いい。病院で診てもらったし」
「ちゃんとガーゼ毎日変えてるの?交換する時毎回消毒してる?」
「それは…」
「ホラ、やってない。貴方は他人を見ることは得意だけど、自分に無頓着すぎ。事務所からちょっと良い救急箱持ってきてあげたから。そこ座って」
「………道具貸してくれたら自分で──」
「それ以上抵抗するならキスするよ」
「………」
黙ってフリルの前に椅子をひき、腰掛ける。その様子を見た黒髪の美少女は不服そうに鼻を鳴らした。
「そこで大人しく座られるのもなんかシャクね。嫌なのか?私とのキスは嫌なのか?」
「イヤだよ」
「………………」
「無言で手を伸ばすな、怖いだろ……いったっ、もっと優しく……ちょ、まだカサブタも張ってねえんだから……痛い痛いマジで痛い」
「フリルさん、私にもやらせて。私を庇って出来た怪我なんだし」
「私も手伝うよぉ。ウヒヒ。日頃のイジリの恨み、今こそはらす時……めっちゃ沁みるヤツ持ってきてあげたからねぇ」
「ノブ先生、ケン先生。このクラスにイジメが発生してます」
「バカなことを言うんじゃないよアクアくん。ウチにイジメなんてあるわけないじゃないか」
「まあコレは半分以上アクアの自業自得だな」
「ほら、諦めて治療されなさい」
「やめろ逆に傷口開くわ」
アクアとフリルが教室の隅でドタバタとやり取りをしている間、ゆきとMEMちょも加わってくる。笑ったり怒ったり揶揄ったり揶揄われたり。いつも通りの『今ガチ』だった。
黒川あかねがこの場にいないことを除いて。
▼
あの一件から数日。当初SNSの反応は意外と穏やかなものだった。
真っ先にフォーカスされたのはアクアの献身。そして新たに沸きたったゆきとアクアのカップリングについて。
咄嗟にゆきを守ったアクアの行動は今までの悪役イメージやクールキャラを吹っ飛ばした。仲間のために身体を張れる。傷つけたあかねにもまるで怒りや憎しみを見せなかった。視聴者達のアクアへの好感度はマイナスから徐々にプラスへと変化しつつあったところにこの起爆剤が打ち込まれたことにより、一気にジャンプアップ。不知火フリルとの件で第一印象が悪かったことが逆に功を奏したと言えるだろう。まさにジャイアン映画版現象である。
撮影のオファーを出した雑誌も、傷を理由に断ろうとしたのだが…
「顔の傷?大丈夫!それぐらいならむしろカッコいいくらいだよ。今しかない特徴を全面に押し出していこう!是非モデルを引き受けてくれ!」
と言われ、結局断りきれず、引き受けてしまった。当初はスーツとかタキシードとかの衣装でキメるつもりだったらしいが、この傷を活かすため、軍服や迷彩服といったワイルド系と、少ない衣服で露出を増やすセクシー系メインの撮影となる。
「いい?アクア。モデルの撮影するとき基本目線は少し上。視線をカメラに移すのはカメラマンさんが視線をこっちにくださいって言った時だけでいいから」
モデル撮影のコツと基礎をフリルから教わり、挑んだ現場。撮影は滞りなく進んだ。
「いいよアクアくん!もっと睨んで!頬の傷を強調するように!あー、いいね!その感じ!」
そして雑誌が出版される。賛否両論覚悟していたが、傷に関する悪評価はほとんど無く、アクアの新しい一面に概ね好評を博すこととなった。
───やっぱり大衆ってのはストーリーが好きなんだよな…
クールでドライなキャラが本当は熱かった。アクアが子役あがりな事は今ガチ視聴者なら誰もが知っている。子供の頃から芸能界にいた少年は社会の荒波に揉まれ、大人達の悪意に晒され続け、クールでドライにならざるを得なかった。けど芯のところで、まだ熱い何かが残っている。SNSの意見を総合するとこんなところで、星野アクアはあっという間に悲劇のヒーローに仕立て上げられる。
そして一度フィルターがかかれば今までの全てが美談に見えるのが大衆。リアリティショーでは積極的に人と絡んで、憎まれ口叩いて、悪者になって、不知火フリルという爆弾抱えたまま、今ガチのバランスを保ち続けた。MCという最も危険な役回りも自ら買って出た。
根も葉もない虚構で溢れかえるSNS。しかし無数の噂話の中には真実を捉えているものもあった。アクアが今までうまく隠してきた悪役の裏の顔は白日のもとに晒される事となる。
しかし、アクアの幸い中の不幸はコレだけではなかった。言うまでもなく今ガチのテーマは恋愛。誰が誰とくっつくか、恋の鞘当てを安全圏から楽しむ番組。
番組を見た視聴者達は誰と誰がくっつくか。誰が気がありそうかなと、大いに語り合う。友達や家族と直接話すこともあれば、掲示板で不特定多数と遠慮のない抗争に発展することもある。
そして今回、SNSではこんな見出しが飾られる場面があった。
【速報】アクア、三股説
アクア、遂にツンデレがバレる
あかねの凶刃からゆきを守る
クールでドライに見えて実は熱くてウェット
薄々そうじゃないかと思ってましたー
小学生の頃好きな子いじめてたタイプ
なにそれ可愛い
アクゆき、もしかしてデキてる?
あり得る。ノブとフリルはカムフラージュで本命は、みたいな?
アクアって結局誰が好きなの?
普通にフリル様じゃない?
とおもーじゃん?だがあの咄嗟の行動は本音にしか見えない
アクフリの仲の良さが演技とも思えないけど
仲の良さと恋愛はイコールじゃないでしょ。男女の友情は成立するよ
お互い親友って言ってるしね
じゃあやっぱりゆきかな。
忘れるなおまいら。アクアは好きな子いじめちゃうタイプだ
アクアにいじられ率最高は──つまりそういうことだ
えっ、MEMちょも候補なの?
もう3人同時攻略してんじゃね?
アクア三股説
それだ
もげろ
ねじきれろ
灰になれ
とまあ、このように、真っ先にクローズアップされたのはアクアの本性と、フリル、ゆき、MEMちょとの恋愛関係についてで、吊し上げられたのは主にアクアだった。フリルの件で一度炎上してるアクアは吊し上げやすかったのだろう。
あくまで、表向きは。
メジャーなSNSではあかねを責めるよりアクアの正体を暴く方がメインだった。あかねがゆきを傷つけていたのなら違ったのだろうが、多少の傷なら男には勲章。ふとしたきっかけでカッとなるのも人間にはままある事。表面的にあかねを責める空気は流れなかった。
しかしサイトや掲示板には無数のジャンルがある。単純に感想を述べるところ。番組や出演者の評価をするところ。
そして他者を批判するためだけのサイトも当然存在する。
急な暴力とヒステリーで怪我をさせられたアクア。庇っていなければゆきが怪我をしていただろうという事実。しかも、この空想話はゆきにどのような重傷を負わせる事もできる。
『アクアが庇ってなきゃ、ゆきどうなってたか』
『顔に傷は確実。下手すりゃ失明』
『あかね最低』
アングラなSNSにおいての炎上。それはさながら煮えたぎるマグマ溜まりのような状態だった。
そして噴火のきっかけになってしまったのがあかねの謝罪文の投稿。
まだ予告の段階で本放送はしていないため、具体的な説明はなかったが、言える範囲のことを全て言ってしまった。それも自分が悪いと認める方向で。
SNSという気軽に暇が潰せるコンテンツ。そこにこんな餌を与えて仕舞えば食い尽くされて燃料にされるのはあまりに必然。まして投稿前から水面下で破裂寸前の状態だった。そこに自らから切ってしまった火蓋。アクアの炎上など呑み込んでしまうのに時間は掛からなかった。
「人は謝ってる人に群がるんだよ」
収録合間の休憩時間、スマホでSNSを見ていたアクアの後ろに立つMEMちょが独り言のように呟く。
「謝ってるってことは悪いことをしたって認めたってことでしょ?」
「ましてあかねは自分が悪かったと完全に認める書き方をしている。潔いといえば聞こえはいいが……」
文字通り煮るなり焼くなり好きにしろ、と言っているように聞こえるだろう。批判という娯楽に飢えた暇人達には。
「謝罪って道徳的には正しいけど、炎上対策としては下の下」
「オレの時を見てなかったのか、あかねは」
番組当初、炎上したのはアクアだった。無論アクアは暴行などの行為を自らやったわけではない。謝罪する要素がないというのも確かにあった。
けれど、本当に自分が何かをして、あの状況を呼び込んだとしても、謝罪するようなことはしなかっただろう。見ざる言わざる聞かざる。三猿を貫き通すことで、批判の意見などまるで意に解さなかった。
「アクたんはファンとか視聴者に対して、いい意味で真面目じゃないからねぇ。賞賛も罵倒も好きにすれば?その代わりオレも好きにする、みたいなスタンスだから」
「悪いか」
「ううん。悪くない。寧ろ正しい。アクたんの一番優秀な才能は最速で最善に辿り着くIQの高さだと私は思ってる。でもね…」
人とはそんな合理的な人間ばかりではない。
「あかねはアクたんほどズルくもなければ、強くもない。真面目で素直ないい子。良心の呵責に耐えかねて、少しでも心を軽くしたくて、謝っちゃった。謝罪って自分を守るための手段でもあるしね。批判の意見なんて見なきゃいいのに、真面目な子ほどダメージでかいんだよ。全部の意見を、真摯に真正面から受け止めようとするから」
そしてその結果がこの大炎上。一部に目を通しただけだが、当人でもない自分が胸糞悪くなる言葉がズラリと並べられている。よくもまあ無責任にこんな言葉を吐けるものだと、ある意味感心してしまう。
人は死ねとかゴミとか人の心に永遠に傷を残すようなことを平気で言う。まあ自分も覚えがないとは言わない。友人に殺すぞとか言った事も言われたこともある。だがこれは……
「単純に口で言われるより心にくるな」
「批判ってさ。口で言われるより目で見るほうがキツいんだよね。人間ってほとんどの情報を視覚で処理してるから」
そう、言葉で殺すぞなどと言われても、シチュエーションでは冗談の延長だとわかる。だが文字ではわからない。冗談なのか、本気で殺意を込めているのか。なら冗談だと思い込めばいいものを、あかねは真面目ゆえに全部本気だと思ってしまう。
「でも、フリルさんの時は…謝罪で結構収まったのに」
「不知火フリルと黒川あかねでは立場と使える権力が違いすぎる。フリルは言い回しも上手かったしな」
オレに非がないとは言ったが、自分に非があるとは言わなかった。私を非難することは構わないとも言った。日本人とは逆説的で、自己犠牲を尊ぶ風潮がある。そういう言い方をされたら非難より先に同情や遠慮が生まれる。まして相手は不知火フリル。健気に振る舞う彼女に、石を投げようものなら張本人が袋叩きにされる。人は何を言ったかでは態度を変えない。誰が言ったかが重要なのだ。
「やっちゃったねぇ」
「だから言ったろ?四角以上は難しいって」
あかねなりにリスクリターン考えて行動していたのだろうが、想定内の失敗など、最も悪いとは程遠い。最悪とは想定外の事象だから最悪なんだ。
───あいつ、大丈夫かな
今日の収録、あかねは来なかった。この炎上騒ぎがある程度下火になるまでしばらく休養した方がいいという判断。賢明だ。今は普段通りに振る舞っても、反省を顕に殊勝な態度を取っても、燃料にしかならない。ヘタな事をするより、出ない方がいい。それはオレとしても同感なのだが……
───あかねは1人にしてると悪い方へ考え込むタイプだからな……
しかもこのアングラなSNS全部目を通していれば、それこそ鬱になっても、なんら不思議ではない。役者はただでさえ精神を病みやすい職業なのに。
「電話するのぉ?」
携帯を取り出したアクアを見て、メムが確認の質問をする。一度頷いて肯定の意思を示した。
「やめといたほうがいいかもよぉ?今は知り合いに何かされることを求めてないと思うから」
そう、あかねが今、求めているのは顔も名前も知らない人たちからの肯定。オレが幾ら元気出せとか、SNSなんて見るなとか言ったところで意味があるとは到底思えない。
しかし……
「生きてるか、確認するだけだ。耐性のない10代少女が浴びせられる批判の集中砲火は、余裕で『人生が終わった』と錯覚させる力がある」
オレだって少し前、誰かの視線を気にし続けることが嫌になって、薬物中毒になる芸能人や自殺したくなる役者の気持ちに共感してしまった。今のあかねはあの時のオレより遥かに追い詰められた状況にある。自殺を図ってリストカットしたと言われてもオレは驚かないだろう。
「絶対『SNS見るな』とか正論言っちゃダメだよぉ。あかねだってそれくらいのこと、頭の中ではわかってる。それでも心が言うこと聞かないから大変なんだから。SNSの闇は」
「わかってる」
少し迷ったが、LINKのアカウントを開く。無料通話のボタンをタップした。
───特別な事を言うつもりはないが……
何を言えばいいか、わからない。気にするな、なんて言葉が届くはずがない。元気出せよ、で出るはずがない。励ましも叱咤も今のあかねには届かないだろう。それでも、声だけでいいから聞きたかった。声が聞ければ、精神状態のおおよそは掴める自信があったから。
『───もしもし』
数コールの後、あかねが電話をとってくれたことに安堵する。思ったより元気そうな声だった。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。次回は良かれと思って行った電話で……あかねの闇が露わになります。
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