家畜を立派に育てるのは食べるため
人が手を掛けて何かを育てる時
それは自己の欲求を満たすため
「アクアが動揺してた?」
あかねが番組を休んだ次の週。収録中の休憩時間でMEMちょが私に告げ口した。
「うん、炎上のことで心配してアクたんがあかねに電話したんだけどね。その時すっごい動揺してたんだぁ。目を見開いて、呼吸も荒くなって、冷や汗までかいちゃってさぁ」
ちょっと信じられない。この私と初めて相対した今ガチ初回収録の時でさえ、動揺などしていなかったのに。何度も顔を合わせて、会話もしてきて、実力も才能も芸能人としてハッキリとアクアより格下のはずのあかねとの会話で動揺?一体どんな会話をしたのか。とても気になった。
「やぶ蛇にあっちゃったのかなぁ、アクたんは」
「…………やぶ蛇?」
「フリたんなら気づいてるでしょ?アクたんの仮面。悪役かと思ったら良いやつで、スーパードライかと思ったら咄嗟の行動はウェット。人間二面性あって当たり前だけど、アクたんには本性がない……いや、あるんだろうけど、全然見えてこない」
「正論の理論武装でガチガチに固めてて、ホントに人間?て聞きたくなるほど合理的。でもいざという局面では積み上げた全てを捨てて場当たり的に動くこともある。合理主義なのか、刹那主義なのか、よくわからない。完璧主義なのは間違いないと思うけどね」
だが普通の人間は完璧のために合理的になるか、アドリブかますか、どちらかだ。どっちかぶれてしまっては完璧とは程遠い。けれどアクアはどちらでも結果を出す。得意不得意がないのだ。
「フリたんがいない時、あかねアクたんの真似してたことがあったんだよぉ。トークのやり方とか、会話のパターンとか、あの独特の雰囲気とかね。あかね、アクたんのこと相当研究したんじゃないかなぁ」
誰かをトレースするためにはその人を理解する必要がある。何が得意で何が苦手か。無意識に好み、無意識に嫌うパターンは何か。本人すら自覚していない思考や癖を読み解き、理解し、実践する。それが出来て初めて、学ぶための真似ぶとなる。
「あかねと何を話したのかは知らない。けど多分、あかねはアクたんの芯を噛んじゃったんだよ。誰にも見せてなかった仮面の下の一部を見抜かれた。だから動揺した。人に隠してるものを暴かれるってすごく怖いもんね。私も携帯の中身とか勝手に見られたらって考えるだけでゾッとするよ」
私が今なによりも興味のある星野アクアの仮面の下。それを一部とはいえ、あかねに噛みつかれた。そうだとしたら動揺するのも無理はない。私がアクアに食いつかれた時に、すごいと思ったように。あかねにとってのアクアはアクアにとっての私のようなものなのかもしれない。今は自分より格上だけど、同等になりうる可能性を持っている、好敵手。
───アクアも、追われる側になり始めてるのか
わかっていたことだ。いずれいろんな人が彼の背中を追うことになる。大衆の多くが彼の服装を真似し、髪型を真似し、キャラを真似する。大衆だけではない役者やモデルたちも彼を手本とし、自身を向上させる。日本中が彼の名前を知る。そんな存在になることはあのPVを見た時からわかっていた。
わかっていたが、少し複雑だった。
ただマネするだけならこんな事、思わなかっただろう。けれど、あの仮面の下を暴き、食らいつくそうとしている人間が、他にもいた。気持ちはわかる。あの素材、あの才能だ。私だって、この数ヶ月で何度背筋をゾクリとさせられたか、わからない。食べたらさぞかし美味しいだろう。
だけど……
───星野アクアは、私の獲物だ
あの未知を。神秘を。不気味さを。怖さを。美しさを。全て食らいつくす。その為にリアリティショーに参加し、ファンが減るのを覚悟でアクアとフラグを立て、身バレのリスク承知でマリンをマネージャーにした。
全ては最高の素材を最高の形で調理するための下準備。目論見通り……いや、それ以上の速さでアクアは成長し、私から色々なものを盗んでいった。観客の意識。視線。大衆の思想パターン。客観視。才能だけでやっていたアクアに
それでも恐らくまだ完熟には至っていない。伸び代はまだまだ残っている。当然だ。アクアはドラマに一度出演しただけ。経験値という点において、自分とは比べ物にならない。数ヶ月、自分の傍らにおき、仕事を見せ、学習はさせたが、やはり実際に立つと外から見るとでは学ぶものが違う。
───今はまだ私が大切に育てている最中なんだから
彼はいずれ私に並ぶ。私と並び称され、比較され、誰もが追いかける存在になる。
それまで誰にも喰わせはしない。
私以外の誰かに追いつかれるのも許さない。私から離れることも許さない。まだしばらくはアクアを吸収し、成長する私の背中を追わせ続ける。その足を緩めることも、私以外に目を向けることも許さない。
その為なら、私はなんでもする。女の武器も、身体を使うことも、躊躇いはしない。
───まだ、しばらくは私に溺れなさい
「───はぁっ」
動きに合わせ、腰をくねらせると、熱棒がコツンと何かにあたり、勝手に体がえび反りになって痙攣する。嬌声を挙げながら、自身の胸へ彼の頭を抱きしめる。灼熱が身体の中で弾け、身体の震えは最高潮に達した。
次第に快楽の波が引いていき、天にも昇ってしまいそうだった身体に、倦怠感と疲労感が押し寄せる。反った肢体を維持できなくなり、力なくアクアの上に倒れ込んだ。しばらくお互いの温もりを全身で味わいながら二人とも荒い息を吐く。呼吸が整い始めた時、視線の合った二人はどちらからともなく、唇を合わせ、お互いを貪りあった。
▼
───やってしまった……
雨音が立ち込める薄暗い部屋の中、ベッドから上半身だけ起こした蜂蜜色の髪の少年は後悔と自責で息を吐いていた。
見下ろす先には生まれたままの姿で眠る黒髪の美少女。10年に1人と言われる天才。不知火フリルが穏やかな息遣いで目を閉じていた。
───挑発されたのは事実だが、オレってこんなにカッとなりやすかったか?
そんな事はないつもりだった。沸点は高い方だし、滅多に怒ることもしない。あの能天気妹のイタズラやアホ行動にも、大抵笑って済ませてきた。あの世界にいた時だって、口喧嘩はあっても、殴り合いの喧嘩なんてしたことは一度もなかった。
───あかねとのアレ以来、なんか下手だな、オレ
つい最近まで、カッとなって頭が真っ白になるなんてこと一度もなかった。内にある感情を隠す術も押し殺す方法も、とっくに知っている。羞恥も落胆も怒りも喜びもそう簡単に晒したりしなかった。ニセモノの笑顔で隠し、ニセモノの怒りで覆い、自分を制御し続けてきた。
それが最近、どうも上手くいかない。
あかねのあの声を聞いてからだ。あの声を聞いた時、オレの中で何かが目覚めた。ずっと蓋をしていた何かをこじ開けられた。
───焦ってるのか、怯えているのか、オレがオレでいられる時間は、もうあまり残っていないのかもしれない、と。
それでいいと思っていた。無くした記憶を取り戻した結果、オレがいなくなっても良いと思っていた。いや、今も思っている。だってそれが正しい本来の星野アクアのはずなのだから。正しい持ち主にあるべき姿を返す。オレはそれまでの仮初。できるだけ良い形で本来に返す。そのための繋ぎ役だと思っている。間違ってないはずだ。なのに……
───やっぱり怖いな、死ぬのって…
死にたくなったことなんて何度もある。けれど実行した事は一度もない。当たり前だ。それは生きる覚悟なんてかっこいいものではなく、ただ死への恐怖が生きる恐怖を上回っているだけに過ぎないと、改めて思い知らされた。
「───アクア?泣いてるの?」
隣で横向きに眠っていた少女が、オレに視線を合わせるために、ゆっくりと寝返りを打ち、仰向けになる。いつも丁寧に整えられた艶やかな黒髪は乱れ、寝ぼけ眼で半開きになったその表情。暗闇の中、わずかな光に照らし出される不知火フリルのありのままの姿は、先ほどまではなかった蠱惑的な美しさがあり、思わず息を呑んだ。
「───起こしたか。悪い」
「ううん。起きたくて起きただけ。それより貴方の方が心配。泣いてたの?後悔してる?」
「泣いてはねぇが、後悔はしてる。もうめちゃくちゃ」
「ごめんね、言い過ぎたね。でもあれくらい言わなきゃ、貴方の仮面は壊れそうになかったから」
「そっちはあまり気にしてねぇけど」
初めての情事としては、結構乱雑に扱われたというのに、フリルに不快な様子は微塵もない。身体を起こし、アクアを労わるように頬に手を添えた。
「でも、やっと見れた。貴方の仮面の下の顔を。よかった。私ばっかり見せてて不公平だとずっと思ってたから」
蒼白な顔で笑う美女。今度はしっかりとフリルに見えた。
「貴方は強くて弱い優秀な役者。何かを失うことを恐れる、誰かの理想を演じる影法師。それが貴方の仮面の下の素顔の一部」
「…………がっかりしたか?」
「まさか。とても綺麗で、とても不気味。強く、弱く、賢く、愚か。逞しく、儚く、美しく、脆い。ダイヤモンドの砂粒でできた砂上の楼閣のよう。ますます貴方の全てを私のものにしたくなった」
「砂上の楼閣、か」
的を射ている。オレが10年かけて積み上げたものは指先一つで崩される。どれくらい突けば崩れるか、フリルには知られてしまった。そしてオレも知ってしまった。オレは常に負けない勝負しかしていない卑怯者だと言うことを。
「別に気にしなくていいでしょう?それが一番賢い戦い方。貴方は泥くささが似合う役者じゃない。私と同じで、ね」
気にしてはいない。卑怯だとも実はあまり思っていない。そう立ち回れない者が愚かなんだ。感情に引っ張られ、振り回され、全体を俯瞰することもできず、当たって砕けて、消えていく。そんな生き方、オレにはできないし、したいとも思わない。
ルビーや有馬のような生き方は、オレにはできない。
「消えろ 消えろ 束の間の灯火 人生は歩く影法師 哀れな役者だ」
「マクベスね。第五章第五場。マクベスが妻の死を知らされた直後……破滅へと向かう男の科白」
「知ってたか。さすがだな」
「シェイクスピアは一通り勉強したもの。悲劇に突き進む色男の話は好きだしね」
成功を積み上げてきたフリルにも、自身の賢く狡猾な仮面を無意識に嫌うアクアにも、破滅的行動が見られる時がある。銀河鉄道は死へと旅する物語。その乗員である2人の出会いは破滅願望を改善させるはずもなく、むしろ蒸気機関にさらなる石炭を焚べていた。二人の情事は死の星へと向かう速度をさらに速めた気がする。
───あかねは、どうなんだろう
ふと、もう一人の影法師のことが脳裏によぎる。星野アクアを探究し、取り込み、理解を深めることで闇の中に迷い込んでしまった、あの少女は。
───失うには惜しい才能なんだが……
電話だけで、声だけでオレの中の何かをあそこまで揺さぶった。誰にでもできることでは絶対にない。このまま消えていくにはあまりに惜しい。
「ね、アクア。もう一回しない?」
「…………元気だなお前。体調悪いんじゃなかったのか?」
「ん、なんか軽くなった気がする。いい感じに血が抜けたからかな?」
「今日はもうしない。こんなことになるなんて思ってなかったから、なんの準備もしてなかったし」
「えー、今日は大丈夫な日だから問題ないって。一晩中退廃的に過ごしてみない?」
「女の大丈夫は真に受けないことにしてる」
「じゃあゴム買いに行く?」
「この台風直撃クソ雨の中出歩けるか。比喩抜きで命に関わる」
「でも今から何するの?寝ちゃったから眠くないし」
そう、雨の日で暇なら寝るという手段があるが、昼過ぎから延々とドロドロしつつ、22時すぎの今まで寝てた。だから眠気はあまりない。メシでも作ろうかとも思ったが、ろくな材料もないし、流石にこの時間帯にモノは食べられない。
「発展途上国とか、貧乏家庭とかで子供の出生率が高い理由がわかるよね。セックス以外に娯楽がないんだよ」
「この家はゲーム機あったろ。アレやろうぜ。ソフトは……お、大乱あるじゃん」
「大乱交した後に大乱闘…」
「いちいちうるせーな。乱交はしてねーだろ、意味わかって言ってんのか」
「あとピンクの悪魔がトラックとかほおばるのもあるよ。姉さんに勧められて新しいやつ買ったはいいけど全然できてないんだよね」
ヴー
ゲームを物色していると、テーブルに置いていた携帯が震える。そういえばさっきからずっと放置していた。まあ気にしてる余裕なんてなかったので当然といえば当然だ。一度人差し指を立て、静かにしてろよとフリルにジェスチャーする。指で丸を作ったのを確認すると通話をタップした。
『あ、やっと繋がった!アクたん!携帯見てないでしょ!?何やってんの!』
「メムか。どうしたこんな時間に。そりゃ見てねーけど別にいいだろ。オフなんだし」
今の時代、携帯と仕事はワンセットと言っても過言ではない。オフの期間、そういったデジタルから完全に切り離して過ごすデジタルデトックスも芸能界では珍しくない。責められることでは本来ないのだが、現状は少し普通とは違った。
『グループLINK見て!今すぐ!』
メムの切羽詰まった様子から、素直にLINKを開く。すると未読メッセージにあかねを心配するメッセが幾つかと……
「───は?正気か?」
ご飯買ってくるなどという、ありふれた、けれど台風が直撃している今は自殺行為に等しいメッセが書かれていた。
『そうなの!この嵐の中外に出たみたいで!みんなでやめろって呼びかけたんだけどそのLINK以降なんの返事もないの!アクたんも探すの手伝って!』
「手伝うのはやぶさかじゃねぇが……LINKじゃなくて直電しろよ」
『してるよ!でも全然出てくれないの!だから住所知ってる私が探しに出てるんだけど、どこに行ったかもわからないし…』
「───まて、メムお前今外か?」
『う、うん。そうだけど』
「今すぐタクシー拾って帰れ。二次災害が起きたらシャレにならねぇ」
『でも!でも…』
「足のあるオレが探してやるから。それまで待機してろ」
『アクたん一人じゃ……』
「なら何でオレに電話した?口ぶりからして他の奴らは外に探しに出てはいねぇんだろ?オレなら見つけられると思ったんじゃないのか」
返事は来ない。雄弁な沈黙だ。会話を続けながら服を着て、雨具を身につける。
「いいからお前は安全なところで待機してろ。見つけたら連絡する。いつでも連絡取れるよう携帯は握りしめてろよ」
『アクたん』
「なに?」
『私がアクたんに電話したのは、アクたんなら見つけてくれるって思ったからだけじゃないよ』
「まだるっこしい。時間がないんだ。結論を言え」
『多分あかねが電話出てくれる相手がいるとすれば、貴方しかいないって思ったからだよ。多分今、あかねが一番感謝してて、でも一番憎んでる、貴方しか』
怪我をさせた。ゆきを自分から守った。その事は何度謝っても足りない。けれど、落ちていく自分とは裏腹に、怪我をしたおかげで人気が爆上がりしたアクアに、妬みを感じるのは人間であれば無理もない。理不尽とわかっていても抑えられないのが感情なのだから。
『お願い。あかねを助けて。深淵を覗き込んで、洞穴に転がり落ちて、闇に堕ちようとしているあの子を助けられるのは、ゆきでも、フリルでもなく、貴方しかいない』
「言われなくても助ける。あかねの住所だけメッセで送れ。重ねて言うが携帯握りしめてろよ。電話したらワンコールで出ろ」
通話を切る。もう外に出る準備万端整っていた。ベッドの上、毛布一枚で身体を隠すフリルへと向き合う。
「悪い、そういう事だ。ちょっと出る。お前はここにいろよ」
「この台風直撃クソ雨の中、バイクで探す気?危ないよ?」
「わかってるけど、タクシー待ってる余裕はない。一刻を争う状況だ。多少のリスクは背負わねえと間に合わない」
「警察に連絡すれば?」
「それは最後の手段だ。話がややこしくなるし、アイツのためにもあまり大事にはしたくない。出来れば身内だけで片付けたい」
「気をつけてね」
「わかってる」
頬に軽くキスをする。バイクのキーを取り、部屋を後にした。
「───貴方らしくないね」
誰もいなくなった部屋で黒髪の美少女は一人ごちる。
「いつもの貴方なら多少時間がかかってもタクシー呼んで、探しに行ったはず。リスクは最小限に、最大の結果を。それが星野アクアのスタンスのはずなのに」
こんな危険行動に出るのを見たのは今日が初めて。私が散々挑発して、侮辱して、身体まで使って、ようやく出来たことを、あかねは台風の中外に出かけるというだけで、やってのけた。
「───貴方は何を失うことを恐れてるの?誰かが死ぬことがそんなに怖い?それとも……」
───相手があかねだからそこまでするの?会話だけで貴方の仮面を壊しかけた、あの子だから?
その時の様子をフリルはメムから聞いていた。あかねに電話した時、アクアの様子が明らかにおかしかった。動揺は顕著に見られ、汗を流し、呼吸も乱れていたそうだ。私がようやく見れた仮面の下をあかねは私より先に引き出していた。
「私が同じことをしたら、貴方は飛び出してくれる?雨の中でも、火事の中でも、ナイフを握る狂信的なファンが、私を血の海に沈めようとしていても」
問いかけた言葉に返事は来ない。ベッドの上に倒れ込む。まだ異物感の残る下腹部をほっそりとした美しい指で優しく愛撫した。
▼
「あの、アクアさん」
手を引かれて歩道橋を降りる最中、沈黙に耐えきれずあかねが口を開く。振り返りはしなかったが、構わずあかねは続けた。
「…………どう、して…」
「別に。散歩中に通りかかっただけだよ」
「この、嵐の中を」
「文句あるか」
あからさまな嘘。その一言にあかねから涙が溢れる。世界全てから否定されたと思っていた。でも違った。救いの手を差し伸べてくれる人がいた。私の為に愛のある嘘をついてくれる人がいたんだ。
「…………お前の人生だから」
しばらく雨音とあかねの嗚咽しか鼓膜を震わせない時間が続いたが、耐えられなくなったのか、今度はアクアが口を開く。
「生きるも死ぬもお前の自由にすればいいとは思う。けどオレと共演してる時はやめろよ。寝覚め悪いだろ」
「っ……ごめん、なさい」
「別にオレに謝る必要はねえって。言ったろ?散歩中に通りがかっただけだから」
「───ハハ」
この期に及んでまだその嘘を続けるのか。おかしくなってようやく少し笑えた。
『確保』
グループチャットにその一言を書く。良かったとか安心したとかのメッセが飛び交う。迎えにいこうかなどというのもあった。バイクがあるからいいとだけ返信する。
「お前、これからどうしたい?」
「…………どうって?」
「溺れようとは言ったけど、あかねがしたいことが最優先だ。家に帰りたいなら送ってくし、保護してほしいなら警察呼ぶし。どうする?」
「やだっ!待って!」
本当に帰ろうとしたわけでもないのに、縋りついてくる。
「家には、帰りたくない。今こんな状態で帰ったら心配される」
「…………こんな時くらい心配かけていいとは思うが」
まるで捨てられた子犬だな、と思う。中学の頃、家出した女の子と一晩過ごした事がある。あの子も似たような顔をしていた。
「じゃあとりあえず雨露しのげる場所行くぞ。このままじゃ風邪ひいちまう。バイク下に停めてあるから。乗ってけ」
「…………散歩なのにバイク乗ってきたの?」
「オレはバイク使って散歩すんだよ。悪いか」
「ご、ごめんなさい」
「ったく、余計なことに頭回るようになったんなら大丈夫そうだな。ほら、行くぞ」
手を掴んで引っ張り、歩道橋を下りる。スタンドも立てず、無惨に横倒しになったバイクは雨に濡れてるせいか、傍目から見ても少し哀れだった。
「…………起こすか」
「て、手伝う」
200キロの鉄の塊を二人がかりでなんとか立たせる。キーを回し、キックすると問題なくエンジンはかかった。乱雑に扱ったが、特に故障もせずいてくれたらしい
───となると問題なのはこれからどうするかだ。もう夜の11時前。こんな時間にチェックインできる宿なんて……
思いつく宿泊施設はラブホテルだが、ここからは少し遠い。この雨の中二人乗りで長距離走るのはだるい。それにフリルと散々やった後だ。今はそんな気分になれなかった。
───しょうがない。久々にあそこ使うか。ここからならすぐだし
目的地を頭の中で決めるとハンドルを回そうとする。しかしそこでようやくタンデムシートに誰も乗っていないことに気づいた。見上げてみると何かを躊躇っているかのように、あかねが立ち尽くしている。
「なに?乗らねーの?人の目気にして空気ばっか読んできたお嬢さんに男と無断外泊はハードル高かったか?まぁオレとしてもそっちの方がありがたいが」
雨ガッパのフードを深く被り直し、挑発するような口調で問いかける。以前優等生と言われたことへの意趣返しがこんなところで出来るとは思わなかった。
流石にムッとしたのか、それとも図星をつかれたことの焦りか。差し伸べたアクアの手を強く掴み、タンデムシートに座る。大雨の中、小さなライトのみで夜をかける二輪車は、深海の中を進む、沈みかけの船のようだった。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
フリル様の焦りの理由はアクアに迫るあかねの足音が聞こえたからでした。フリルはアクアのことが好きですが、恋愛というより独占欲の方が今は強めです。自分がさらに美しくなるために。
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