【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

28 / 132
黄昏の川に沈みゆく少女
正しさから外れた貴方は彼女の手を掴むだろう
しかし忘れてはいけない
掴んだその手は死神の手かもしれないということを


27th take DIVE DIE

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死に飛び込む。

 

夜の闇。大雨の中。凄まじい速度で暗がりに突っ込んでいく人生初のバイクは私にとってまさに死へ飛び込んでいくような感覚だった。

 

腹の底から突き上げるかのような振動が恐怖心を煽る。

 

風と雨をダイレクトに感じるからか、速度自体は車より遅いはずなのにとても速さをリアルに感じる。

 

怖い、危ない、死にそう

 

バイクが動き始めた時、私はそれしか考えられなかった。視界の悪いヘルメットの中、目を開ける余裕すらない。

 

───ヘルメット……

 

そう、私は今ヘルメットを被っている。少しサイズは大きく、メットのヒモをアクアさんに絞めてもらい、調節した。だから私の頭はこの安全防具で守られている。

 

でも、アクアくんは?

 

その事実に気づいた時、ようやく目を開く。深夜、雨、台風、バイク乗りがおよそ考えうる最悪の条件下。風に煽られ、雨ガッパのフードもハズレた星野アクアは雨晒しになっていた。整った眉にシワを寄せ、艶を感じさせる口元は真一文字に結び、煌めく蜂蜜色の髪はずぶ濡れになっている。

 

「あ、アクアくん!ヘルメット、ヘルメットして!私の外していいから!」

 

信号で止まった時、大声で必死に呼びかける。私は死んでもいいけど、この人を死なせるわけにはいかない。メットのヒモに手をかけようとした時、右手が強い力で握られた。

 

「いらねぇ。今貴重な経験してんだ。邪魔するな」

「貴重な、経験?」

「雨の中、ノーヘルでバイクに乗るとどうなるか。まあ今時ドラマでもこんなことやらせねーだろうけど、こんな最悪の視界は人生で初体験だ。やりきってみせたい。最悪をやりきった時の感情を知りたい」

 

眉間にシワを寄せながらも、その口元は妖しく歪み、星の瞳は夜の中で燦然と輝く。

こんな時でもこの人は全てを自分の養分にしている。非日常を楽しんで、役者として積み上げてる。

 

───天才っていうのは、こういう人の事を言うんだろうな

 

常人と感覚が違う。何気ない日常がこの人にとっては稽古の一環。才能とは結局努力の積み重ねでしかない。それはわかっている。だが常人は努力しようと思って練習したり稽古したりする。けれどこの人はただ外を歩くだけでも意味を見出し、上手くなる理由を見つけてしまう。日常が全て稽古なら、この人の積み重ねは一体どれほどの高みに達しているのだろう。想像もつかなかった。

 

「私は……」

「黙ってオレにしがみついて、おまわりに見つからないよう祈ってろ。あ、死んだらゴメンな」

 

軽い口調で重い冗談をあっさり言ってのける。信号が青になったのか、再びエンジン音が大きく響く。けれど私の脳には殆ど届かなかった。

 

───死んでもいい

 

ついさっき、歩道橋でも思ったこと。けれど同じ言葉でも、その意味はまるで違う。

 

この人と一緒に死ねるなら、死んでもいい。

 

身体の震えも、突き上げるような振動も、雨も風もほとんど何も感じない。

艶やかな金髪を濡らし、眼前の闇へ真っ直ぐに挑む星の瞳しか脳に響いてこない。

 

女友達が良く言っていた。危ない男や悪い男が魅力的だと。

 

初めて聞いた時は理解できなかった。彼氏にするなら優しくていい人が良いに決まってる。不良や怖い人なんか近づきたくもない。

 

けれど、今なら少しわかる。悪い男に惹かれてしまう女の子の気持ちが。

きっと、この人となら堕ちてもいいと思ってしまうのだ。

 

ああ。そうか

 

虜になるっていうのは、きっとこういうことを言うんだ。

 

さっきより優しく、けれど強くその背中に縋りつく。もう恐怖は感じなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、お母さん。うん、連絡遅れてごめん。今日は友達の家にいて、台風で出れなくなっちゃって……今夜はそっちで泊まるから……うん、うん、また明日」

 

電話を切って少しすると猛烈に罪悪感に襲われる。やってしまったことの後悔。もう後戻りできないことの絶望。それら全てが私を押し潰そうとしていた。

 

───生まれて初めて、お母さんに嘘をついて外泊しちゃった…

 

「あ、やっぱ無断外泊はヤバいから親に電話しとけよ。家出と思われて捜索願いとか出されたら面倒だろ」

 

アクアさんのアドバイスに従って殆ど無意識にコールを掛けた後、咄嗟に思いついた嘘をついてしまう。これでも一応役者。一度ウソをつくと決めるとスラスラ出来る。しかし、会話が終わり、正気に帰るともう罪悪感しか湧いてこない。

 

───世の中の不良少女達はコレを毎日してるの?メンタル強すぎない?!

 

「電話、終わった?」

 

頭をタオルで拭きながら元凶が現れる。ちょっとだけ恨みがましい視線を送ったが、パチンと一度頬を叩く。彼なら今日の体験を芸の肥やしにするはずだ。私も役者。今はまだ追いつけないけど、この非行を養分にする努力をしなければ行けない。恨むのではなく、感謝しなければ。

 

「どうだった?初めてバイクに乗ってみた感想は」

「なんというか……ウォータースプラッシュのジェットコースターに乗ったみたいな感じだった」

「そりゃ良かった」

「…………死んだらごめんって言ってたけど、やっぱり危ないの?」

「まあ四輪車よりはな。けどそんなにスピード出さなきゃ大丈夫だよ。死亡事故なんて滅多に聞かないし」

 

そのための免許と講習所だ。知識と技術と経験さえ積めば誰でも安全にバイクは乗れる。だがあのバイク独特の快感を強く感じようとすればするほどアクセルは大きく開く。そして速度を上げれば上げるほど僅かなミスで大きな事故に繋がる。

 

「まあ今日みたいな雨の日は別だが。タイヤは滑りやすいし、ブレーキ効きにくいし、キャブに水は入るし、いつエンスト起こしてもおかしくねーっていう」

「…………」

 

世の中知らない方がよかったと思うことは結構多い。そんな綱渡りな状況だったことを改めて知らされ、よく生きてここまでこれたなぁと息を吐いた。

 

「でもまぁ、あかねが思ったより大人しくて助かったよ。後ろで暴れられたらマジで事故ってたかもな」

 

───それは、アクアくんだからだよ

 

死んでもいいと思うことができていなかったらもっと恐怖で暴れていたかもしれない。この人以外目に入らなかったから、私はあそこまで安心してこの人に身を任せられたのだ。

 

両手が柔らかな暖かさに包まれる。いつの間にか、アクアはあかねの両手を取り、跪き、蕩けるような微笑を浮かべていた。

 

 

「オレに命を預けてくれて、ありがとう」

 

 

───…………あれ?

 

気がついた時、両目から熱い雫がいくつも流れ落ちていた。止めようとしたが止まらない。涙を流している事を自覚したからか、さっきよりもボロボロと滴り落ちるほどだ。慌ててアクアから手を解き、目元を拭う。

 

「違うの、違うんだよ。別に悲しいとか怖いとかそんなんじゃなくて……ただ──」

 

ありがとう、て言われたのが信じられなくて、感謝されたのなんて、久しぶりすぎて…

 

「アレ?ダメだ。私おかしい。涙腺壊れちゃったかな?」

「───壊れてないさ」

 

優しくあかねの頭を抱きしめる。雨で濡れたアクアの胸元があかねの涙でさらに重量を増す。

 

「頑張ったな、あかね。本当に、よく頑張った」

「…………私は…」

「でも、もう頑張らなくていいんだ。ここには大衆の目もカメラもない。オレとお前、2人きりの海の中。だからもう、頑張らなくていい。泣きたいなら泣け。恨み言を言いたいなら言え。オレに怒りたいなら怒れ。溜めたもの全部、吐き出してしまえ」

 

優しくあかねの頭を撫で続ける。しばらく続けていたが、十数えるほどが経つと、ドンと胸元に衝撃が来た。

 

「なんで私ばっかりこんな目に合わなきゃ行けないの!?確かにアクアくんとゆきには悪いことしたけど貴方達には何もしてないじゃない!死ねとかブスとかみてるだけのお前らに言われたくないよ!」

「そうだな、その通りだ。そう思ってんなら無視してりゃいいのに。僻んでる奴らなんてそれこそブスばっかりさ。あかねはかわいいよ。オレが保証する」

「アクアくんもアクアくんだよ!私がいない時にあんなに楽しそうに番組回さなくてもいいじゃない!怪我のこと面白おかしく扱ってさ!本当に私は今ガチには要らないのかななんて思っちゃうでしょ!」

「ごめんな。オレなりの配慮だったんだ。お前が帰ってきた時に負い目感じないように場をあっためておこうって。あと怪我を茶化したのは気にしてない事を世間にアピールするためで」

「番組の人たちも酷い!私のこと悪者にするような編集ばっかりして!面白くするためなら私はどれだけ非難されてもいいと思ってる!」

「数字取ることだけが連中の正義だからな……学校の教師とかと一緒で、大人は子供を守ってくれねーのよ。学校って組織は生徒ではなく教師を守ってるから」

「学校の女子どももマジムカつく!芸能界で仕事してますアピール?マウント取ってくる?取ってねーよ!事実言ってるだけでしょ!それをマウントと取るのはそっちが勝手に僻んでるからじゃない!悔しかったら行動してオーディションの一つでも受けなよ!なんにもやってない人が現状嘆くな!」

「僻むことしかできねーんだよそいつらも。高嶺の花こそ落ちてきてほしいと願ってる連中だから」

「事務所の社長も嫌い!元はと言えば爪痕残せってあの人が私のマネージャーに怒鳴りつけてたからこんなことになったんじゃない!私リアリティショーなんて初めてなんだよ!アクアくんやフリルさんみたいな天才と比べないでよ!」

「フリルはともかく、オレは天才じゃねぇよ」

「天才を自覚してない天才が一番ムカつく!さっきから慰めてくれてるようで全然慰めになってないしぃいいい……」

「事実に即して己を律する。それがオレの行動理念だからな」

「アクアくんのスーパードライ!人生二周目!精神年齢アラサぁあああああ!!」

 

しばらく胸を叩かれながら恨み言をぶつけられ続ける。女の扱いに長けた俳優であれば黙らせることは容易だっただろうが、星野アクアはただ、彼女の闇を受け入れ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

泣き腫らした目元が赤い。同時に頬も。親にも見せたことのない駄々っ子のような一部始終を見せてしまった。恥ずかしくてしばらく顔を上げることはできなかった。

 

「…………落ち着いたか?」

「あの、アクアくん…」

「ん?何?」

「さっきのはその……忘れてもらえると…」

「そうしたいところだが……殴られた胸元のアザが消えるくらいまでは、多分覚えてるだろうな」

「ごごごごめんなさい!治療費とか掛かるようなら全部出すから!」

「いらねぇよ。取り分8:2の女優よりは多分金持ちだぜ、オレ」

 

下積み時代、年齢偽ってバイト紛いのことをしまくってたし、フリルの付き人もギャラはある。カントル時代も活動費はほとんどナナさんとハルさんに任せてたし、ドラムもレン先輩のお下がり使ってたからほとんどタダ。資産運用もしてるし、10年かけて恐らく500万くらいは貯まってる。

 

「…………もう一つ聞いていい?」

「なんなりと、姫殿下」

「───ここって、一体どこ?」

 

アクアのバイクの目的地は明らかに廃墟と化した建物だった。鍵は壊れており、出入り自由。そこかしこにお酒の空き缶やコンビニ弁当の箱などが転がっており、どこか生活感がある。

 

「───鍵とかはかかってなかったけど、勝手に入ったりしていいのかな?」

「何とかいう会社が倒産して工事が途中で中止になった廃ホテル。完成直前でベッドとかも積み込まれてる。流石に電気は通ってねぇけど一晩過ごすくらいなら普通にできる」

 

普段は不良や半グレ、その他ロックな若者の溜まり場になっている場所。流石に今日は誰も使っていないらしい。台風直撃は不幸中の幸いだったかもしれない。

 

「ま、ヤーさんとかがヤバい粉の取引とかで使う時もあるみたいだけど」

「え!?」

「大丈夫大丈夫。そういう時はオレらみたいな非行少年少女が入らないように見張り立ててる。ドラマみたいに鉢合わせることなんて普通はありえない。奴らもカタギとゴタゴタしたくないんだから」

「…………アクアくん、よくそんなことまで知ってるね」

「ワルい友達もそこそこ多いんでね」

 

ロックの世界にいた時、こういう場所に何度も足を運んだ。お陰で緊急避難場所には事欠かない。安全性はペケだが。

 

「あーあ、パンツまでグショグショだ。気持ち悪くて着てらんねーな」

 

私に背を向けたアクアさんも服を脱ぎ始めた。細い。鍛えてはあるけど筋骨隆々というわけではない。細身の絞った身体。うっすらと割れた腹筋。無駄な肉のない腕や腰。節制とトレーニングによって作られた、役者の肉体と分かる。

 

───綺麗

 

役者としての勉強ばかりしてきたあかねに男性経験はない。けれどわかる。見られることを意識し、見られるために作り上げた星野アクアの身体。10年間の努力の結晶、その一部を見た時、あかねは濡れそぼった美少年に尊敬と親愛を感じた。

役者の世界にいるのだ。見た目がいい人間には何人も出会った。カッコいいと思った人もいた。だけど初めてだった。異性を綺麗と思ったことは。

 

「…………なに?」

 

見られていることに気付いたのか、ちょっと不快そうに視線だけを向ける。慌てて手を振って、なんでもないと告げた。

 

「ほら、お前も早く脱げよ。風邪ひくぞ」

「え、その……でも…」

「恥ずかしいならコレにくるまってろ。流石に着替えはねーけどタオルとかシーツなら山程あるから」

 

白い大きな布が渡される。思っていたよりはキレイだ。屯ってる人が持ち込んでるんだろう。

 

大きなタオルとシーツを置くと、アクアは部屋から出て、扉を閉める。視線がなくなった事を確認すると、私も服を脱ぎ、身体を拭いて、シーツにくるまった。

 

「アクアくん、いる?」

「いるよ」

「…………その、どんな格好してる?」

「多分あかねとほぼ同じ。裸の上にシーツ一枚」

「…………入ってきてくれる?」

「いいのか?」

「1人でいるの、何か怖くて……お願いします」

 

ドアが開く。私と同じように、シーツを肩から羽織り、下半身は隠している。

私を安心させるためか、それとも呆れたのか、アクアさんはフッと微笑を漏らし、私の隣に腰掛け、緊張で震える私の手を優しく包み込んだ。手つきにいやらしさは感じない。私を安心させるためだとわかってる。けれど彼の優しさは今の私には逆効果にしかならなかった。

 

「あっ、あのっ、アクア、く──さんっ」

「びびんなくて大丈夫だよ。流石にこんな状況でセックスしようなんてオレも思ってねーから」

「セッ……!?」

 

唐突に口にされた言葉は的確に私の心と思考を射抜く。羞恥と動揺で顔が赤くなっているのが自覚できる。

 

「慣れるまでこうしていよう。震えが止まったらすぐ寝ようぜ」

「…………はい」

 

それからしばらく静寂の時間が部屋を支配した。何もしない時間など、彼にとって退屈でしかないだろうに、私の震えが止まるまで、ずっと付き合ってくれた。

 

 

 

 

 

 

「…………何も、聞かないの?」

 

沈黙に耐えきれず、口を開いてしまう。そっとしておいてくれる時間がありがたかったのに、自分からそれを壊してしまった。

 

「聞かねぇよ。てゆーかさっき大体聞いたし」

「…………そう、だよね」

「だからあかねが言いたくなるまで待つよ。口にする事で楽になるってのもあるけど、心の傷を改めて言葉にするってのも辛いだろうからさ」

「……………………」

 

アクアさんは凄い。私が欲しい言葉、考えてることが全部わかっているみたいだ。演技も上手。演技に関する事ならわかる。私が唯一取り柄と断言できる事だから。

オーバーにならない、リアリティショーに映える自然な範囲で孤高の王子を演じている。斜に構えた俳優なんて炎上対象になっていてもおかしくないが、アクアさんはいい意味で悪役をこなしている。エゴサした時に、アクアさんの評判も見た。アンチも何人かいるが、それを遥かに超える支持者がいる。

細かいテクや気遣いが丁寧で、作品や企画に寄り添っている。長く役者をやっている人特有の努力と才能を垣間見ていた。

 

「聞いてほしいなら聞くけど?」

「…………」

 

それもどうなんだろう。言いたいのか、言いたくないのか、自分でもよくわからなかった。けど、確かなことがあるとすれば、聞いてもらうならこの人しかいないということだけだ。

 

「なら質問しようか。あかね、なんでリアリティショー出ようと思った?」

 

性格的に向いてないことくらいわかってたはずだ。まあ理解が甘かったのは事実だろうが、それでも苦手分野に踏み込んだ。まずはその理由からだ。

 

「…誰にも言わないでね」

「安心しろ、口は固い方だ」

「…………私は、ある役者さんに憧れて芸能界に入った。その人はだんだん売れなくなって、仕事も選ばなくなって、役者なのかピエロなのか分からなくなっていった」

 

ポツポツと自分のルーツを話し始める。なぜ私が芸能界に来たのか。

 

「その人みたいになりたくて、けどその人みたいになりたくなくて、私はずっと演技を頑張ってきた。そのおかげでララライに入れたし、最近では大きな役もやらせてもらえるようになった」

 

でも板の上に立っているだけでは限界がある。もっと有名な女優になって、これからもずっと演技を続けて行くために今回のリアリティショーに出る事を決意した。

 

「でもソレしか頑張ってこなかった私なんかじゃ、うまくいかないのは当たり前だよね」

 

現状に至る全てを少しずつ、ポツポツと話す。炎上の内容。その全てに目を通してきたこと。炎上してからどういう精神状態だったか。その全てを。アクアは相槌を打つことすらせず、聞き役に徹していた。

 

「…………アクアくんは、どうしてそんなに立ち回りが上手なの?」

 

私と同じ、長く演技の勉強をしていた人。なのに私と違って、リアリティショーでも人気を得て活躍している。私だって作品や企画に寄り添って頑張っているつもりなのに、ここまで差がつくのは不思議だった。

 

「んー……そんなに立ち回り上手いってつもりはないんだけど」

「上手だよ。少なくとも、私よりは」

「…………それでもあかねからオレがそう見えてるんなら、多分、リアルを意識してないからだと思う」

「リアルを、意識していない?」

 

リアリティショーなのに?私たちの素を撮ることこそが、あの企画の本筋じゃないの?そう思ったから……最初にディレクターがそう言ってたから私は普段通りに振る舞うのを心がけてたのに。

 

「あかねは真面目だからさ、リアリティショーはタイトルそのままリアルを見せることが大事だって思ってたんじゃないかな」

「だって、それが前提の番組のはずじゃ…」

「言い方悪いかもだけど、そんなのは建前でしかないんだよ。視聴者達はカメラの向こうの人間のリアルじゃなく、リアルっぽいモノを見たいだけなんだ」

 

恋愛リアリティショーにおいて最も重要なのは番組の意志ではなく視聴者の意思。視聴者が見たい擬似恋愛の肝は駆け引き。想い人の意識を引くため、演技している部分とそうでない素の部分をギャップさせて見せることでリアル感を出す。それがリアリティショーで出演者に求められるムーブ。

 

「あかねは嘘つかないままユキからノブを奪う悪女をやってた。でもあかねは根が善人だから素のままでそれをやるのは難しい。どこかで絶対ムリが生まれる。その結果があの事故に繋がったんじゃないかって、オレは思ってる」

「……………………」

 

凄い

 

本当に凄い。私は番組でどうやって役に立てるか、ディレクターが何を求めてるかしか考えられなかった。でもアクアさんはカメラの向こうの人の意志や感情まで考えた上で立ち回っていた。しかも共演している人間の内面をここまで正確に捉えてる。一人一人をしっかり見ていないと出来ないことだ。私は自分の事しか考えられてなかった。アクアさんは私と同じと考えていた自分が恥ずかしい。差が出て当たり前だ。

 

「なーんて言ったら戦略的でカッコよさげだけどな」

 

口調が変わる。今までも決して暗くはなかったが、真剣だった。それがおどけと少しの緊張が声に入ったことにあかねは気づいた。

 

「ホントは臆病なだけなんだよ、オレは。自分にキャラ付けして、自分を守ってるだけなんだ」

 

驚く。横顔には本当に怯えが出ていた。長いまつ毛が軽く震え、強い光を宿した瞳は小刻みに揺れている。

 

「オレってホント全然自分に自信ないんだ。ありのままのオレじゃ絶対売れない。センスも才能もないから経験していないことはできない。理論武装しないと人と接することすら怖い。オレより上手い人なんていっくらでもいるんだから」

「アクアさん……」

 

すごく良くわかる。芸能界でこの不安を抱えていない人なんてまずいないだろう。でもそれを見せないようにする。少なくともアクアさんはしてきた。私さえ気づかなかった。あんなに堂々と孤高の王子をやれているアクアさんが私と同じ不安を抱えているなんて。

 

「周りの人間はオレの事結構過大評価するけど、それは多分オレが人よりいろんなことを広く浅くやってるおかげなんだよ。結局経験に勝る武器はない。だから戦略を考える。テーマを理解し、いろんな視点から世界を見て、演出する。オレの戦略はコンプレックスの裏返しなだけなんだよ」

「そんな、そんな事……」

「ない、と思ってくれてるなら成功だけどさ。あるんだよ。勉強すればするほど、上手くなればなるほど、オレは臆病になっていく」

 

その気持ちは痛いほどよくわかった。長く何かに取り組んでいると、いくら上手くなっても足りないような時期がある。やればやるほど不安になる時が来る。アクアほどの天才でもそれは例外ではなかったんだ。

 

「オレな、母親の記憶がねぇんだ」

「……………………え?」

「まぁオレが4歳の頃に死んだらしいから憶えてないのも別に不思議ではないんだけど」

 

ちょうど物心がつくかどうかという歳の頃。高校生に4歳頃の記憶があるかと問えば、殆どがNOと答えるだろう。

 

「でもルビー……あ、オレの妹ね。そいつは母親のことを鮮明に憶えてるみたいでな。オレは昔、母親と約束したらしい。いつか役者になるって」

 

子供なら誰でも経験のある、母親との約束。大抵がたわいない事柄で、守られなくても誰一人気にしないような小さな誓い。

 

───幼い頃に患ったと考えられる心的外傷……

 

以前アクアくんを研究して時に予想したPTSD。恐らくはこの件が発端だろう。約束は呪いとなり、呪いは才能を育て、アクアくんを天才にしてしまった。

 

「自信も、センスも、才能もないオレが未だに役者をやってるのは、この約束を守るため。コレさえ忘れてしまったら、オレと母の繋がりが、何一つなくなってしまうような気がするから」

 

握った手から震えが伝わってくる。押し込めていた彼の恐怖が、言葉にする事で吹き出してしまった。

 

───私の、せいだ

 

私が彼の心の一番弱いところを剥き出しにさせてしまった。私なんかを慰めるために、彼は自分も私と同じなんだよと証明させてしまった。穴があったら入りたい。この人はなんて強く、優しいんだろう。

 

「初めて人に話した。誰にも言わないでくれるとありがたい」

「ごめん、なさい」

「謝らなくていい。内緒話ってのは共有するのが一番安全だ。あかねだけ話させてオレだけノーリスクなんて不公平だろ?」

「それでも……ごめんなさい」

「はは、情けないな。励ますつもりがオレが慰められてる」

「ちがっ!違うよ!」

「頼まれてもいないのに自分語りして、わかってた事なのに震えて、マジ恥ずい」

 

繋いでいた手を解く。温もりが消えたその瞬間、あかねはアクアを抱きしめていた。

 

「情けなくなんてない!アクアくんは凄いよ!自分が強くない事わかってて、でも強くあろうと努力して、ちゃんと結果出して!アクアくんは立派だよ!本当に立派だから!」

「…………」

 

涙でうるむ目で彼を見つめる。いつも強い輝きを秘めたその瞳が揺れていた。私の涙でではない。彼の心で揺れていた。けれど引き込まれる。揺らぐ光に引力を感じた。

星の瞳は揺れながらも私を見つめている。彼は私の目に何を感じているのだろう。少なくとも彼のように魅力的には写っていないはずだ。けど視線を外さないでいてくれた。目を背けない程度には私のことを見てくれている。その事が嬉しかった。

頬を引き寄せる。柔らかな感触が唇から伝わった。

 

「いいのか?」

「──アクアさん?」

「さっきはああ言ったけど、オレも意識してなかったって言えば嘘になるぜ」

「───あはは」

 

笑ってしまう。彼も緊張してたのか。

 

───神様みたいだって思ったけど…

 

違った。この人は神様みたいな人間だった。強さだけじゃない。弱さもちゃんと持ってる人だった。少し心が軽くなる。アクアくんはあまりに完璧すぎて、私なんかが独り占めしちゃいけない人だと思ってたから。

 

───この人を守りたい

 

彼の美しさは弱さを隠すことで成り立っている。誰にも弱みを見せず、毅然と振る舞い、完璧を演じ続けてきた。でもいつまでも完璧でいられるはずはない。だってこの人は人間なんだから。この人が唯一秘密を話してくれた私が、この人の安らげる場所になりたい。

 

「安心した」

「安心?」

「意識してるの、私だけじゃなかったんだ」

 

再び唇が重なる。体重を預けられ、身体が沈む。私は彼の全てを受け入れた。彼が私の全てを認めてくれたように。

 

 

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
廃ホテルで一夜を明かした2人ですがエッチなことはしていません。キスしてほとんど裸の状態で同じシーツにくるまって一晩過ごしただけです(充分だよ!)メンゴはしてません。炎上解決編は次回以降。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。時間がかかっても感想には必ず返信します。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。