【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

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火元は有象無象の色眼鏡と物語
鎮火に必要なのは水ではなく火を飲みこむ炎
黄昏に沈む太陽を救いなさい
星の真実を望むのであれば


28th take リアルチックショータイム

 

 

 

 

 

 

「…………またアクアいないの?」

 

ここ最近ですっかり溜まり場と化した苺プロ事務所。かつての天才子役と活動内容ユーチューブ一本のみの自称アイドルに仕事などなく、暇を持て余している有馬かなと星野ルビーはここでクダを巻くのが日常になってしまっている。今日もそんなありふれた日常の一コマだった。

 

「朝、不知火さんに呼び出しコール来て仕事行ったー。それから帰ってきてない」

「…………そう」

 

童顔の美少女から思わずため息が漏れる。アイツが不知火フリルの事務所でバイトしてるのは聞いた。理由も。確かにお互いにとってメリットのある契約だった。それに、アイツにとっても非常に有益だろう。芸能界のトップ達が集まる現場で仕事が見られるのだ。目の良いアイツなら盗めるもの、吸収できるものは多いはず。実際アイツは見て、盗んで、真似て、学び、成長している。最初から高かったトーク力にはますます磨きがかかり、視野の広さは現場を突き抜けてカメラの向こうにまで広がっている。見られていることへの意識。客観視が以前とは比べ物にならないほど向上していた。

 

「お兄ちゃん今ガチ始まってから毎日ホントに忙しそうだよねー。なんか最近私すらゆっくり話せてないし」

「…………そうね」

「でも、お兄ちゃん全然疲れた様子見せないんだよね。まあ、それは昔からなんだけど」

「疲れた様子を見せない?」

「そうそう。弱ってるところ家族にすら見せようとしないんだよ。ウチでくらい弱音吐いたっていいのに。私にグチすら聞かせたことないから」

 

少し不満そうに鼻を鳴らすルビーを見ながら、有馬はクスリと笑ってしまう。家族にも弱い所を見せない。その気持ちはよくわかる。一度でも人前で緩んでしまうともう一度引き締める事が難しくなる。いつでもどこでも誰にでも強がってみせる。その心情は痛いほど理解できた。

 

「でも変なの。お兄ちゃん昔より今の方が絶対しんどいはずなのに、どんどん綺麗になってる気がする」

 

その一言にズクッと胸が痛む。それはルビーの気のせいではない。リアリティショーを観るたびに、たまに顔を合わせるたびに、有馬も思っていたことだった。

 

メイクが上手くなってる。ファッションに流行だけでなく星野アクアならではのポイントが散りばめられるようになっている。そういったぱっと見の印象が変わった事もある。この辺りは恐らく不知火フリルの入れ知恵だろう。

 

しかし、アクアの変化はそういった表面的なことが主因ではない。

 

女子達と交流を深めたからか。不知火フリルと世代の離れた人間達と仕事をしたからか。言葉の端々や行動の一つ一つに今までにない艶が出ている。疲労は影のある色気を醸し出し、立ち姿からは儚さが漂い、微笑には蠱惑的な妖しさが香る。

 

全てを吸い込むようなあの魔性のオーラに媚薬の鱗粉のようなものが纏わりつくようになっていたことに気づいたのは、いつのことだっただろうか。この事務所に顔を出しに来た時だったことは覚えている。

 

『…………有馬か』

 

匂い立つ

 

たった一言、確認のような言葉を発しただけなのに、強烈に香った。それを何と呼ぶのか、どんな香りなのか。有馬かなにはわからない。甘いような気がするけど、絶対にそれだけではない。しっとりとした湿り気を帯び、鼻腔をくすぐるその瞬間に、紫か紅か、とにかく艶やかな色が、強制的に、そして鮮烈にイメージされる。華やかで、爽やかで、暗く、深い。一度その香りを匂うだけで引きずり込まれそうになった。

 

色の香りと書いて、色香。

 

まさに色が匂い立つ。赤みがかった黒髪の少女は生まれて初めて、本物の色香というものを感じ取った。

 

「異性と交流を深めることで身につく艶はある。年齢……というか、経験を重ねることで精神が変化することはある。見た目が大きく変わるわけではない。けれど心が変われば身に纏う何かが変わる。そういったものは鼻でなく肌に香る。敢えて言葉にするならフェロモンとでも言うのかしら。大衆を虜にするのはそういった五感以外の何かに働きかけてくる人間よ」

 

───そう、かつてのアイのように…

 

星野アクアの変化を当然斎藤ミヤコも感じ取っていた。元々目を引くオーラを放っていたアクアだけれど、今はそれだけでない何かがある。アイドルで言うのなら『釣り師』と呼ばれる人種がそれを持っていると言われることが多い。もちろんアイも不知火フリルもこのカテゴリに含まれる。誰からでも様々なことを学び、盗んできたアクアはそういった天性まで身につけ始めている。

 

───記憶はなくとも、血は争えないってやつなのかしらね

 

元々母親とよく似た少年だった。けれど、フリルによって作られたマリンを見てから……いや、恐らくもっと前。あのPV以降、眠っていた才能が覚醒を始めてからだ。まるでアイ本人を見ているかのような錯覚に陥る事がある。マリンになっている時は尚更。10年に一度と呼ばれた才能に星野アクアは追いつきつつある。

 

───そりゃ、評価も覆るわけよね

 

スマホの中に踊るのはアクアへの賞賛。不知火フリルの相手役として一時大炎上したSNSに、アクアへの誹謗中傷を書き込む人間は今や殆どいない。下手な言い訳はせず、火元から少しずつ鎮火し、才能と実力で周囲を黙らせ、そして鷲見ゆきを黒川あかねから守ったあの行動で、大衆の憎悪は完全に裏返った。

 

「それに引き換え、黒川あかねは大変そうね」

 

他人事のように呟くが、決して対岸の火事ではない。何の気なしの独り言が芸能界人生を絶つこの時代、どんな芸能人だろうと炎上には細心の注意を払う必要がある。

 

「リアリティショーはいまや世界中で行われてるけど、年間50人近い自殺者も出してる。出演者にカウンセリングを義務付けている国もあるくらいよ」

「50人死んでるって事は軽くその10倍は死にたい思いをしてギリギリで留まってる人がいるでしょうね」

「お兄ちゃん、大丈夫かなぁ?」

「気をつけても無駄よ。日常生活の些細な行動でも燃えうるのが今のネット社会。燃える要因ってのは誰でも持ってる。ああいう他人に弱味見せないタイプはフラストレーション全部自分の中に貯めこんでるしね。いつかパンクして信じられない行動に出ることも──」

 

震動音が部屋に響く。三人全員が携帯を確認した。コールがかかったのは斎藤ミヤコ。

 

「はい、もしもし苺プロダクションです…… って、なんだアクアか。どうしたの?昨日帰ってこなかったみたいだけど。今どこ……え?ちょっと、何したの!?何があったの!?怪我でもした?!大丈夫なんでしょうね!………わかった、着替え持っていくわ。バイクのレッカー?嫌よ、自分でやりなさい。罰よ……なんの?母親の心臓止めるようなこと言った罰。それじゃ」

 

電話を切る。かけてきた相手が誰かはなんとなくわかった。しかし内容が不穏だった。

 

「お兄ちゃん?なんて?」

「黒川あかねが病院に運び込まれたみたい。アクアも救急車に乗ったらしいわ。迎えにいってくる」

「は!?病院!?救急車!?なに!どうしたのあいつ!黒川あかねに逆恨みされて怪我でもしたんじゃないでしょうね!?」

 

恐れていたパターンの一つだった。怪我をしたことで人気が爆上がりしたアクア。堕ちていく自分と裏腹に上へと駆け上がる彼を恨むことは本来なら筋違い。だが人間は時としてその暴挙に出てしまう。

 

「大丈夫。そういうのはないみたい。アクアには怪我一つないって。とにかく行ってくるわ。あまり穏やかな状況でもなさそうだから」

 

軽くメイクをし、服を着替えるとバッグを片手に飛び出していく。なんの不平不満を漏らさず、黙ってアクアを迎えにいくその背中を見て、私にもこんな母親が欲しかったな、と思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───ま、こんなところか

 

時は少し遡る。起こさないようにそっと立ち上がる。伸びをすると身体がギシギシと悲鳴を上げた。いくらシーツがあるといっても、床で寝るのは身体に悪い。ベッドのないところで眠ったのは結構久々だった。たまになら面白いが、毎日はキツイなと、ストレッチをしながら漠然と思う。

泣き疲れたのか、意外と穏やかに眠るあかねを見やると、心中で息を吐く。

 

人を支配し、コントロールする方法は大きく分けて2通り。

 

依存先を見つけ、盲信させるか

自らが誰かの依存先になり、他者の命を背負い込むか

 

自らに劣等感のある者は前者でコントロールしやすく、自らに自信がある場合、後者で支配しやすい。

自らに劣等感のある者は誰かに答えを求めたがる。自分で導き出した答えに自信がないからだ。その誰かは自分の理解者であり、その人だけは自分を肯定してくれる人であれば尚良い。自分に憧れてくれる人ほど操りやすいものは無い。

能力に自負のある者は頼られることに弱く、人に何かを与えることで充足感を得る者が多い。充足感を与えるため、そのプライドを上手くくすぐれば、逆に相手の行動を予想し、縛るのは難しくない。

 

今回、あかねには両方のパターンを取った。強さと弱さをあえて両方見せた。

正確に言えば前者よりの方法だが、役者としての弱さをあえて見せ、共感と理解を深めることで依存しやすい距離感を保った。

完全無欠の印象を植え付けることも出来なくはなかったが、あまり神聖視されるとギャップを見せた時、一気に心が離れる可能性がある。自分よりはるか格上の、憧れの存在でありつつも、人間らしさ、天才に似つかわしくない未熟な部分を残す。理想と現実を上手い具合に混ぜ合わせることであかねの中の星野アクアの偶像にリアルを持たせた。

同様の理由でセックスはしなかった。人との距離感というのは身体を重ねると良くも悪くも近くなる。初めての時は肌を見せるのも恥じらうのに、回数を重ねるごとに躊躇わなくなっていく。早々にセックスに及んでしまってはオレへの偶像視も薄くなる。少なくとも今ガチが放送している間はしない方が都合が良い。

 

今、あかねが公私両面から頼ることができる人間はオレしかいない。そしてあかねもオレを理解しているのは自分しかいないと思っている。これでオレの許可なく死ぬことはしないはずだ。当面の危機は脱したと考えていいだろう。

 

アクアの考えは概ね正しい。一つ誤算があるとすれば……

 

 

ヴー

 

 

「…………フリルか」

 

人をコントロールする方法を心得ている人間は自分だけではないということ。

 

「もしもし……ああ……あんまり大丈夫じゃねーな。取り敢えず自殺は思いとどまらせたとは思うが……オレ?オレはもっと大丈夫じゃねーよ。バイクもメンテ出さなきゃ行けねーだろうし、余計な出費が……身体?まあ今のところ元気だが……そう。わかった。取り敢えず一度集まろう。あかねには説明責任果たしてもらわなきゃいけねーし……ああ、そうだな。病院で。体調崩してたら面倒だし……着替え?ああ、ウチの社長に頼むよ。ご心配なく。それじゃ」

 

電話を切る。さて、救急車呼ぶか。それとも警察にするか……いや、その前にまずバイクまともに動くかどうか試さねーと。明日になったら…

 

なんとなく外を見る。台風が過ぎた東京は雲一つない空になっている。

 

───もう今日か

 

ビル群の向こうからまだ目に優しい光の星が東の空に登り始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

台風の夜から一夜が明け、あかねは近くの総合病院で診察を受けていた。一応アクアも。健康体であることを確認するとアクアは入院着を纏い、カウンセリングルームの前で座っていた。

 

「病院に呼ばれた時は遂に刺されたかと思ったけど……」

 

いつのまにか背後に立っていた人影に直前まで気づかなかった。この人、オレの背後からいきなり声をかけることが好きなのか?隣に腰掛けた妙齢の美女、斎藤ミヤコは微笑みと共にアクアの頭に手を添えた。

 

「よくやったわ、アクア。誇らしいわよ」

「ミヤコに真っ当に褒められる日が来るとは。明日は台風だな」

「茶化さないで。本当に嬉しいのよ。貴方は他人と線を引いてるところがあったから。ちゃんと見てたのね」

「生憎MCなんでね。見ることが仕事と言っても過言じゃない。オレの唯一の武器でもある。オレも役者だ。人を見ることからも見られることからも逃げられねーさ」

「バイクは?」

「案の定キャブに水入ってエンストしたからディーラーに頼んでレッカー移動してもらった。修理費絶対請求してやる」

「ケチね」

「命助けてこの程度で済ませてやってんだ。むしろ太っ腹だろうが」

 

『うわぁああああああ!!』

 

ドア越しから声が聞こえてくる。語尾は震え、音からは湿り気が感じられる。流石は舞台役者。大した声量だ。

 

「アクア!」

 

早歩きで若い男女4〜5名が近づいてくる。先頭を歩くのは長い黒髪に前髪を姫カットにした美少女。名前は鷲見ゆき。ファッションモデルにして、恋愛リアリティショー『今ガチ』の現エース。

メンバー達が来たからか、黙ってオレから距離を取る。オレも椅子から立ち上がった。

 

「来たか」

「あかねは!?」

「母親と一緒にカウンセリング中。五体満足だからその辺は安心しろ」

 

ほーっとメンバー全員から安堵の息が漏れる。何も解決してはいないが、取り敢えず一安心というところだろう。

 

しばらく話し声のようなものが続いていたが、カウンセリングルームの扉がゆっくりと開く。泣き腫らした黒川あかねの表情は申し訳なさと少しの爽快感が滲み出ていた。

 

真っ先に鷲見ゆきが駆け寄り、その頬に音高く平手を打ち付ける。赤くなった頬をあかねが手で押さえた時、ゆきの目からは涙がこぼれ落ちていた。

 

「このっ、ばっ……!なんで、こ……んっ!……心配させて…!なんでもぉ!相談してよぉ!」

 

女の友情を確かめ合う2人を少し引いたところで眺めていると、肩に手をかけられる。昨夜日付が変わる2時間ほど前までずっと一緒にいた女が隣に立っていた。

 

「昨夜はお楽しみでしたね?」

「お楽しみじゃねーよ。何もしてねーってマジで。流石にあの状況で手ェ出すほど見境なしじゃねーさ。てかお前が言うなよフリル」

「でも慰めのキスくらいはしたんでしょ?」

「ノーコメント」

「アクア、そういう手段ばっか使って人間操ってると、いつかホントに刺されるよ。愛と憎悪は表裏一体なんだから」

「わかってる」

「どーだか。初めて奪った女をその日の夜に放置して、他の女助けに行く男が。私だからいいけど、普通の女なら刃傷沙汰だよ?」

「うるせーな、お前でなければしてねーよ。オレだって選んでやってる。人を見る目はそれなりにあるつもりだ」

 

重い女相手に軽はずみなことはしていない。有馬もあかねもやろうと思えばできたが、していない。2人とも既成事実作ったら面倒そうだから。

 

「私って軽そうに見える?」

「男の事情に理解がある方には見えてる」

 

これ以上この話をするのは嫌だったのか。不知火フリルの隣を離れ、あかねの方へと足をすすめる。

 

「なあ、あかね」

 

女子だけで話していた三人の視線が一斉にこちらへ向く。邪魔をしたわけではないが、少したじろいだ。

 

「お前、これからどうする?」

「どうって……」

「別に辞めてもいいんだぜ?」

「でも、契約とか……」

「ことここに至ってそんな悠長なこと言ってる場合か。あかねは未成年なんだ。その辺はどうにでもなる」

 

ただでさえあかねは芸名でなく本名で活動している。引き際を誤れば比喩抜きで今後の人生を左右する。

 

「あかね」

 

星の瞳が真っ直ぐに青みがかった黒髪の少女を捉える。威圧的ではない。むしろ優しさを感じる光だ。けれど逃げることも許さない。そんな目だった。

 

「本当の幸いってなんだろう」

 

厳しい目とは裏腹に、口調はとても甘く、優しいものだった。

 

「本当の……幸い?」

「宮沢賢治最後の遺作。死の直前に投げかけた題目だ。オレの旅の目的でもある」

 

アクアの発した言葉の意味を正しく理解できたのは泣きぼくろの美少女だけだった。

 

「楽な道を、選んだっていいんだぞ」

 

そっと頬に手を添える。揺れてもいい。惑ってもいい。逃げてもいい。けれど選べ。自分で道を選べと、星の瞳の少年は言った。

 

「いくら演技が得意で、ずっと好きで、長くやってても、それがツラくなったんなら選ばなくったっていいんだ。オレがお前に、頑張らなきゃできないことなんてするなって何回も言うのはな。自分に無理のない頑張らない選択をするって、険しい道を選ぶことと同じくらい勇気がいる、難しいことだからだ」

 

楽な選択をするというのは、意外と難しい。自分も他人もその他大勢も、みんな一途が好きだからだ。目標を持つ人が好き。努力する自分に安心する。汗を流し、涙を流し、泥に塗れ、成長していく。そんな姿を誰もが無意識のうちに求めている。役者となれば尚更だ。その才能を正しく育て、結果を残し、感動したと褒めてもらい、励まされたと手を叩く。

 

そして何もしないものにはそれら全てが批判へと繋がっていく。楽な道を選ぶ者。無為に時を過ごし、何も生み出さない者への嫌悪や軽蔑の刃となる。これらの刃を全て受けることはとても辛い事だ。あかねは身をもって知っているだろう。ここで逃げることも、残ることも、どちらにしろ茨の道。道はある。歩くことはできる。けど傷つくことからは逃げられない。そんな悪路をアクアは選べと言った。未来永劫続く怠惰の刃か。芸能界という獣道に敷き詰められた針の筵を登るか。二つに一つだ。

 

「だが、険しい道に本当の幸いがあるとは限らない。楽な道の先にだって本当の幸いはあるかもしれないんだ。でもどちらにあるにせよ、幸せは歩いてこない。だから歩いて行かなきゃな」

 

座して待つだけでは何も得られない。した事も、しなかった事も、最後には全て平等に自分に返ってくる。

 

「どんな道を選んでも人は幸せを探さなきゃいけないし、その幸せだけは嘘をついちゃいけないんだ。みんな気づいてないけど、オレ達にだって心も人生もあるんだから」

 

偶像は偶像であることを求められる。彼らにも感情があり、心があり、人生があることを大衆は知ろうとしてくれない。わかってる。そんなこと百も承知の上でこの世界に来た。だからこそ、オレ達だけはそこから目を背けてはいけない。オレ達だけは、本当の幸いに向き合い続けなければいけないんだ。

 

「───アクアくんは」

 

しばらくの沈黙の後、青みがかった黒髪の少女が口を開く。俯いたまま、けれどハッキリと問いかけた。

 

「今ガチが始まって、炎上した時、辞めようって思った?」

「…………」

 

そう、今回真っ先に炎上したのはアクアだった。燃え広がり方だけで言えば、あかねの時とは比べ物にならない。なにせあの不知火フリル関連だ。まだ人間性もあまり知られていたかった頃、アクアはそれはもうクズ男orヒモ男扱いされた。殺害予告すらあったくらいだ。あの時、ビビって逃げていてもおかしくない……いや、逃げているのが当たり前なくらいだった。

 

「アクアくんは、なんで留まったの?」

「…………オレは、あかねほどエゴサしてなかったってのもあるが…」

 

あまり人前で言いたくない事だったが、仕方ない。テキトーな嘘で誤魔化す事は、なんとなくすべきじゃないと判断した。

 

「多分エゴサしてても辞めなかったと思う。本当の幸いがどこにあるか、オレにもわからないが、少なくともオレが今探しているモノは芸能界(ココ)にしかないと思うから」

 

母親との約束。失った記憶。父親。その全てを解き明かす鍵は芸能界にある。選ぶことが難しい楽な道には存在しない。それだけは確かだ。だからオレはまだ此処で戦う。なくした全てを取り戻すか、星の光に焼き尽くされて灰になるまで。

 

「怖く、ないの?」

「怖いよ。でも仕方ねぇ。それ以外にオレに許される道はない」

「…………なら、私だけが逃げ出すわけにはいかないよ」

 

ほとんど聞こえない小さな声で呟かれる。俯いたままだった顔が上を向く。真っ直ぐにアクアの星の瞳を見据えた。

 

「私も、このまま終わりたくない」

「………分かった」

 

大きく息を吐く。決意表明は聞いた。とりあえず自殺はもうしないだろう。が、だからこそ大変なのはこれからだ。このマイナス振り切った状況でどうあかねのポジティブキャンペーンを展開していくか。オレはもちろん、フリルすら今何を言ったところで連中は聞く耳持たないだろう。中々に難題だ。

 

「で?どうするつもり?」

 

あかねから離れた時を見計らってか、いつのまにかフリルが隣にいた。まあ丁度いい。コイツにも手伝ってもらうつもりだった。

 

「乗りかかった船だ。何とかしてやるさ」

「貴方がそこまでする必要ある?命助けただけで充分じゃない?」

「…………」

 

確かに、いつものオレならもう手を引いていたかもしれない。深入りして火傷するのはごめんだ、とか何とか言って。だがオレは今火中の栗に自ら手を突っ込もうとしている。らしくないと言われても仕方ない。らしくなさを何よりも恐れるこのオレが、だ。わかってる。

けれどなぜか手を引く気にはなれなかった。あかねの炎上内容に目を通した時から……いや、多分もっと前から、オレの中で芽生えた初めての感情が燻り続けている。これを晴らさない限り、あかねから手を引く気にはなれない。

 

「アクア?」

「………今回の件は、責任の一端がオレにもある。オレは今ガチのMC。番組のバランスを取るのがオレの役目。なのにオレはそれを全うできなかった」

「それは……」

「しかもオレはあかねが無理してるのに気づいてた。らしくない行動を取ってる事も知っていた。それなのにああなるまで積極的には止めなかった。当たり障りのない忠告で止まった」

 

この事態を招いた人間の1人はオレだ。このままではオレも煽った番組や好き勝手言うネット連中と同じカテゴリになってしまう。それは嫌だ。

 

「それに……お礼をしてやんなきゃいけねぇしな」

「お礼?」

「生まれて初めて、はらわたが煮え繰り返るって感情を教えてくれた番組サイドと批判が趣味の暇人どもに」

 

 

その後、あかねの自殺未遂のネットニュースが流れ、界隈ではさまざまな議論が巻き起こる。それで炎上から手を引く者もいたが、新たな火種に中傷者も加速。SNSの闇を叩く偽善者とあかねの行動をメンヘラ女の構ってちゃんと罵る正義マンの、争いが勃発した。

 

「…………やったわね貴方。褒めた私がバカだったわ」

 

久々に自宅へ帰り、シャワーを浴びた義息子にミヤコは呆れと咎め両方の視線を向ける。突き刺さるような目を向けられながらも雨で傷んだ金髪に艶やかな輝きを取り戻した美少年はフフンと得意げな笑みを浮かべた。

 

「やろうとしてることは分かるわ。注目度は確かに上がるし、擁護者も出るでしょう。偽善者はどこにでも湧くから。けれど中傷者も増えてプラマイゼロ。炎上対策としてはあまり良い手じゃないのよ。わかってる?」

「あんだけマイナス振り切った状況だったんだ。プラマイゼロなら上出来上出来」

 

これで大衆どもが聞く耳を持つステージは整った。あとはどう演出するか。

 

「勝手な子。こんなに話大きくして。責任取れるの?」

「責任なんて取るわけねぇだろ。オレは勝算のない賭けはしねぇよ。まぁ見てなって」

 

着地点は考えてる。つまりはあかねへの誤解と偏見がことの発端。せっかくのリアリティショーなんだ。ちゃんとリアルを見せてやればいい。

 

「ただし、役者(オレ)のやり方でな」

 

羽織っていた無地のワイシャツが、地面に落ちた。

 

 

 

 

 

 

数日後、SNSにとある動画が投稿される。タイトルは『今ガチ総集編。紅ver.』。再生ボタンをクリックすると、しばらくは暗転。真っ暗な画面が続く。

 

 

コツン

 

 

闇の中で足音が響く。ゆっくりと、けれど確かに近づいてくる。視聴者達は息を呑み、いつのまにか画面に釘付けになっていた。

 

「───黒川あかね?」

 

闇の中から見え始めるシルエット。青みがかった黒髪を肩近くで切り揃えたショートボブ。学校の女子制服に均整の取れたスタイル。スマホの小さな画面から現れた少女は確かに黒川あかねらしき姿に見える。

 

だが、関係者は気づいた。黒川あかねにしては身長が高いこと。そして、少女が星の輝きを放つ瞳を持っていることに。

 

これって……

 

まさか……

 

 

『───アクア!?』

 

 

本当の、リアリティ・ショーが、始まる。

 

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
本作のアクア、何かあったらすぐ女装するな。でも一応理由はあります。やりたくてやってるのではなく仕方なくです。ちなみに今回のクオリティは鬼高。アクアの瞳を知らない人なら全員が騙されるレベルです。詳しくは次回以降。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。時間がかかっても感想には必ず返信します。
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