幸福の青い鳥は我が家にいた
星をなくした子が求めるもの
あるとするならそれはきっと
私は一度も言っていない。
不知火フリルが16歳に見えないとも、歳サバ読んでるとも言ってない。
星野アクアが人生二周目だとも、精神年齢アラサーとも言ったことはない。
けれど、それは直接口に出したことがないというだけだ。誰にも言わないけど、10代の少年少女としてはあまりに早熟なこの2人を見て、年齢相応と思うことはできない場面も多々あった。
「アクア、ここのテンポまだ早い。表現力が先行し過ぎてる。もう少し間をとって」
「わかった。ならフリルが入ってくるタイミングは……」
PCを覗き込みながら、撮影した動画の問題点を的確に指摘し、ブラッシュアップを繰り返し、Q&Aを提示する2人を見て、こう思わずにはいられなかった。
絶対この2人、私より歳上だろ、と。
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「みんなが映ってる映像や写真が欲しい?」
時は動画投稿より少し遡る。今ガチ収録前、MEMちょにアクアが珍しく頼み事をしていた。番組側が撮影している以外の素材を持っていないか、と。
「あるだろ?ユーチューバーなんて写真やV撮るのが仕事なんだから」
「そうは言ってもねぇ。勝手にアップとかはできないし、フリたんはいない時も多かったから、そんなにたくさんはないよ?せいぜい100枚いくかどうか」
「充分過ぎるわ」
「だってあの不知火フリルをタダで撮れるんだよ?本音を言えば5倍は欲しかったぁ……で?何に使うの?」
タダで渡してもいいけどやっぱり用途は気になった。あかねへの炎上対策に使うのであれば少し遅い。
「今回の騒動はあかねへの誤解と偏見から成り立っている。そこにたとえオレ達が違うと口だけで言ったところで信用なんて誰もしない。なら一番手っ取り早い証拠は写真か映像。この二つを使って大衆を説得することで日和見決め込んでる大多数に火をつける」
「───なるほど、アクたんは私たち目線の今ガチをやろうとしてるわけだ」
「というよりはあかね目線の、と言う方が正しい。無論オレらの目線も入れるけどな」
「…………それ、フリたんの入れ知恵?」
「まさか。自分で考えたんだよ。フリルはオレがこの件に首突っ込むの、どっちかっていうと反対してるから」
それは私も感じていた。フリたんはアクアにこれ以上危険なマネをして欲しくないと思っているに違いない。フリたんがアクたんの事を好きなのは間違いないだろう。芸能人としてその才覚に惚れたのか、男性として恋をしたのかはわからない。だが不知火フリルは明らかにこのリアリティショーで星野アクアを鍛えていた。
───私の目で見ても、アクたんの才能がフリたんに劣っているとは思わない
恐らくフリルも同じ考えだろう。しかし大衆はそうはいかない。男女の恋愛に関わらず、人間関係において、釣り合いというのは非常に大きなファクターの一つだ。
───フリたんは大衆にアクたんが自分と匹敵する才能の持ち主である事をこの今ガチで証明した。
フリたんが今ガチに参加した理由は表向き同年代の友達と、普通の放課後を送ってみたかったからということになっているが、真の目的は恐らくコレだろう。アクアを育て、その才能を引き出し、自分の隣に立てるだけの存在だと知らしめる。このリアリティショーが終われば、私たちの関係は一気に疎遠になる。けれどフリたんは番組が終わってもアクたんを自分の元から離さないために恩を売り、貸しを作った。
───そして今、大衆への意識、客観視を鍛えられたアクたんはその力であかねを救おうとしている
フリルから見れば面白くないだろう。あの不知火フリルが尽くし、育てた逸材がその能力を他の女に使おうとしている。そりゃ反対したくもなるだろう。自分が食べるために美味しく育ててるA5ランクの霜降り牛肉。他人に掻っ攫われていい気分になるはずがない。アクアを責めるのは筋違いなのはわかってるから止めようとまではしないが、すすんで協力も絶対しない。
「アクたん、ホント見る目が広くなったねぇ。番組始まった当初は目に見える範囲の人間の心理くらいしか認識してなかったのに」
「どういう意味だ?」
「だって現状最も多い炎上派閥が、あかねを叩いてる正義マンでも庇ってる偽善者でもなく、
「…………」
黙り込む。アクたんはどうでもいい人相手なら嘘が上手だけど友達や仲間に嘘をつくのが苦手だ。冷静沈着、スーパードライな孤高の仮面を剥がすと案外ウェットな一面を見せてくる。根が善人の、なんちゃって悪役ツンデレ王子だ。
「一見あかねへの叩きが目立ってるけど、それは氷山の一角。全体の数%に過ぎない。殆どの客層は誰かに明確な答えを求めている指示待ち人間」
「そこに共感性の高いコンテンツをぶち込むことで大衆にそれが正義と思い込ませ、炎上マーケットをコントロールする。ネットの炎上の解決策として最も有効なのは水ではなく火を飲み込むガソリンだ」
「アクたんが作った動画なら公式アカウントでアップできるし、実質の公式発表に偽装する事もできるねぇ。いやあ、策士策士。ついこの間までSNSノータッチ芸能人だったとは思えない」
「…………数ヶ月、その手のことに関しては同世代最高の天才と仕事してたんだ。これくらいは身につく」
「いやぁ、天才なんて照れるなぁ」
「フリルのことだぞ。当たり前だけど。同世代っつったろ」
「うっ」
不服そうに鼻を鳴らす。どうやらネットマーケティングに関してもフリたんから相当しごかれたようだ。芸術家肌のアクたんには合わない勉強だったろうに。いつもの余裕顔に深くシワが寄っているのを見て、ざまあみろと可哀想にと両方の感情が湧き上がる。おかしくなって笑ってしまった。
「完成したらデータちょうだーい。UPしとくよ」
「他人事のように言ってんじゃねぇ。お前も手伝うんだよ」
「えぇ〜」
「えぇじゃない。下積み経験のおかげで動画編集の技術はそこそこあるつもりだが、SNSに関しては完全にメムのが畑だろう。投稿時間のゴールデンタイムとか導線の惹き方とか」
「まあ、それくらいなら…」
「あと動画制作も勿論付き合ってもらうぞ。今ガチメンバー全員で作ってるとアピールするのが一番大事なんだから」
「じゃあ共演者として聞かせてもらうけど、アクたんはどんな動画UPするつもりなのぉ?大衆の意見まるっと乗っ取るために必要なのはやっぱりクオリティだよぉ?」
星の瞳の美少年の口角が妖しく上がる。その質問を待ってましたと言わんばかりの笑顔だった。クイクイと指を曲げて近づいてこいと指示してくる。悪巧みの気配がして、少し躊躇ったが、好奇心が勝った。耳を寄せる。
「今ガチ総集編をドラマ仕立てに演じる。もちろん主役はあかね。リアリティショーの仕事を引き受けたところから焦って空回った理由とその行動の結果まで、全て演技で説明する。写真や動画は演技内容が嘘でない事を証明するために使う予定だ」
告げられた内容に唖然とする。確かに企画は面白いが、演者に全てかかっていると言っていい。
「…………主演は誰がやるのぉ?休止中のあかね引っ張ってくるわけにはいかないよぉ」
「当然オレだ。セリフ無しで作るつもりだから
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そして始まる撮影会。主演を張るのはもちろん星野アクア。あかねの学校のものとよく似た制服を纏い、眩い蜂蜜色の髪は青みがかった黒髪のウィッグで隠されている。メイクも入念に施され、遠目から見ればメンバー達にすらあかねに見えるクオリティ。ただ、星の輝きを放つ瞳だけは加工のないアクアのものだった。
「よし、こんなもんか」
鏡の前で格闘していたあかねらしき人物が立ち上がった。そこでようやく楽屋の時間が動き出す。星野アクアから黒川あかねへと変貌していく化粧という魔法に凍りついていた者たちがようやく現実に帰ってきた。
「いや凄いね。アクア化粧も出来るんだ。しかもメイキャップアーティストレベルで」
姉もネイリストという職に就いているからか、その凄さの一部がわかるゆきが感嘆の息を吐いた。
「一応役者だからな。一通りのことはできるさ」
「私のおかげだけどね」
「うるせーぞフリル。一々チャチャ入れんな」
唯一魔法にかかっていなかった……というか、アクアに化粧という魔法を教えた師であるフリルだけは彼の様子と腕前を見ても特に驚きを示さなかった。それも当然。この数ヶ月、フリルがアクアにマリンのメイクをしていたのは最初の数回のみ。あとは全てアクアが独力でやっているのを実際に目の当たりにしている。この程度のことは驚くに値しない。だが…
───こんなことさせるために教えたんじゃないんだけどなぁ
教えた技術をどう使うもアクアの自由。それはわかってる。だけどそう思わずにはいられなかった。
「わざわざアクアがあかねを演ることなくない?私が演ってもいいんだよ?」
「バカ、なら誰がフリル演るんだよ」
今ガチが七人でやっている限り、1人欠けてる今、誰かが二役をやらなければいけない。だが不知火フリルの代わりができる者など、この場はおろか、芸能界全てを見渡しても存在しない。アクアすらそれは不可能だ。
「お前があかねを演って、代わりにオレがフリルを演じたとしても、絶対に余計なバッシングを呼ぶ。オレの代わりはまだいくらでもいるけど、不知火フリルは不知火フリルにしかできねぇんだ。他のメンツは演技の基礎すらロクに学んでいない。なら二役ができるのはオレしかいねぇ」
アクアの主張は筋が通っている。現実的で、客観的だ。
「それに……」
───あの心の闇を知らない人間に、本当の黒川あかねを演じられるとは思えない
あの雨の夜、オレの胸を何度も叩きながらぶつけられた慟哭を思い出す。アレは客観視だけでは絶対に見えない。フリルについて勉強した今だからこそより強く思う。演技に外からどう見られているかの目を意識することは確かに必要だが、それでもやはり主観を捨て去ることはオレにはできない。俯瞰を意識しながらも憑依りこむことが今のオレの演技だ。
「それに、何?」
フリルが覗き込んでくる。相変わらず綺麗だ。美人は3日で飽きると言うのに。この数ヶ月、うんざりするほど一緒にいたが、飽きる気がしない。むしろ日を重ねる毎に美しさを増しているような気さえした。
「それにクソ多忙のお前じゃこの総集編の稽古時間も取れねぇだろ。時間的にも実力的にもオレしかいない」
「じゃああかねはアクアがやればいいとして、私達は何をすればいいの?」
首を傾げてゆきが問いかける。アクアがあかねを演じることも、写真や動画が必要な事もわかった。けれどアクア以外のメンバーは何をすればいいのだろう。舞台に立ったことのないメンバー達には台本が必要だった。
「基本は今までの今ガチにあったことの再現だ。無声動画にするつもりだし、特にセリフを覚えたりはしなくていい。ただシーン毎にメンバーの出番はあるからそこには出てもらうぜ。音がないからこそ身振り手振りはクオリティ求めるから覚悟してろよ」
「うっ…」
自分に厳しくするのは得意だが、他人に厳しくするのが苦手な男が、厳しくすると言った。自分と同等のクオリティを求めると宣言した。普段滅多に怒らない男が怒ったら怖いように、これはフリル以外のメンバーは相当しごかれるかもしれないと唾を飲んだ。
「ケンゴは楽曲提供やってもらう。声は出さない動画だからこそ、音響にはこだわる。頼りにしてるぜ?プロミュージシャン」
「おう、そういうのなら任せろ。エモい感じで泣かせりゃいいんだろ?得意得意」
コレで大体の配役は決まった。後は行動あるのみ。
「さあ劇団『今ガチ』スタートだ。バズらせに行こうぜ」
『おぉ!!』
「…………え、俺の仕事は?」
1人何の指示も受けず、ポツンと残されたノブは慌てて立ち上がり、みんなの後を追いかけた。
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そしてしばらくが経ち、今ガチ公式アカウントに投稿された動画。『今ガチ総集編、紅ver.』が公開となった。
───真っ暗
再生画面は闇のまま、静寂の時間が支配する。あまりに長い暗闇に視聴者達が訝しみ始めたその時…
カツン
カツン
イヤホンで視聴しているとわかる。右、左、足音が別方向から響いてくる。それも近づいてくるような形ではない。遠くから、近くから、あらゆる距離から反響し、距離感が掴めない。
───闇の演出……アクアの十八番になりつつあるわね
人は見えないことに恐怖する。闇というのは人の想像をいたずらに掻き立てる。この仕掛け人が誰かはわかるものなら誰もがわかった。
───人の興味の惹き方をわかってるのよ、アイツは
自分のことを顔も名前も知らない人間への印象の残す方法。興味の惹き方、観客への魅せ方。あらゆるステージで見て、学び、自らもステージに立ち、実践してきた。
淡い光が画面を照らす。人影のシルエットがようやく見えた。
カツン
カツン
近づいてくる。逆光で顔は見えない……いや、それ以前に仮面のようなもので顔を隠していた。青みがかった黒髪を肩まで伸ばしたショートボブ。高校の女子制服に身を包んでいることから視聴者達はこの人物が誰なのか、大体の予想をつけ始める。けれど誰一人画面から目を離す事はできなかった。
───見えない、見れないというのはそれだけで人の興味を誘う。人はやるなと言われるとやりたくなる。見えなくさせられると見たくなる……意地の悪い演出ね
これほど大衆を意識した演出は以前のアクアにはなかった。この辺りは恐らく不知火フリルの影響だろう。彼女から学んだ客観視がアクアの魅せ方に磨きをかけた。
遂に外れる。仮面の下から現れたのは怒りとは裏腹に妖艶に微笑む美少女。しかしなぜか迫力があり、文字の刃を投げつけようとした人間の手を止めた。
笑顔は時に言葉より多くを語る。
満面の喜びを表す笑顔
悲しみを誘う寂しげな笑顔
そして、怒りの笑顔
腹の底から煮えくりかえる激情に薄皮一枚でフタをする、圧殺の顔が星の瞳を彩った。
『今ガチ総集編、紅ver.』静寂と激情の、スタート。
▼
暗転から始まり、視聴者を引き込んだ先から現れたのは黒川あかねに扮した星野アクアだと気づくことができたのは星野アクアの関係者だけだった。話題に釣られて誘導されたサイレントマジョリティ達はその人物の正体など気づくことなく動画が再生されていく。
まずはスタート。舞台役者として日々を懸命に生きるあかねをアクアが演じる。板の上、1人の観客もいない中、暗闇に向かって身振り手振りだけで懸命に演じるアクア。
───凄い
声もない。観客も、共演者すらいない。たった1人闇の中に立つアクアから、演劇が見える。観客に語りかけ、共演者と掛け合う姿を感じる。
パントマイム。何もない空間にジェスチャーだけで観客にイメージを見せつける技術。役者にとって基本であり、やろうと思えば誰でもできる稽古。しかし、だからこそこれほど熟練と素人の差が出るモノもないだろう。
リアリティショーが始まり、フリルの付き人を務め、磨きがかかった星野アクアのオーラ。
周囲全てを引き込む魔性の闇が一層の魅力と色香。多彩な表現力がより鮮やかに、そして妖しく視聴者を取り込んでいく。
───コレが、今のアクアの本気
動画を見ていた有馬かなが唸る。
あのPVで見せた圧倒的なオーラは変わっていない。寧ろ磨きがかかっているくらいだ。しかし、暴力的ではない。見る人を引き込み、演者と共鳴し、観客にわかりやすい演じ方になっている。
そうこうしている間に動画は進む。暗闇の中、ただ1人スポットライトの下で立っていたあかねに一枚の手紙がひらひらと舞い落ちてくる。中身は『今ガチ』への招待状だった。
葛藤の末、引き受ける事を決めた彼女は人生初のリアリティショーへと身を投じていく。
しかし、慣れない環境、SNSの声、思うように結果が出せない現状に戸惑い、焦り、行動が空回っていく。その様子を実際に撮影された写真や動画を背景に、わかりやすく鮮明に描写される。
セリフは一切ない。身振り手振りオンリー。それにメムが撮ってた動画や写真が添えられ、ケンゴのBGMが彩る。演劇と呼ぶには色々と要素が欠けている。だが鮮やかに変化する表情。動きに合わせて迸る感情の発露。この手の舞台は星野アクアが得意とするメソッド演技の独壇場。あのPVで周囲丸ごと食い殺したオーラが、今度は主演として遺憾なく発揮され、見る者を虜にしていった。
そしてついにあのシーンがやってくる。焦り、苛立ち、空回った結果、手を上げてしまった、今回の炎上事件の根幹。
ゆきが男と腕を組んで映像に登場する。ゆきの隣に立つのは鮮やかな金髪の美少年。スマホの小さな画面からは星野アクアに見える。しかし、注意して見ると、いつものアクアより少し背は低く、瞳からも星の輝きは感じられない。その代わり、美しさと色香が香る。歩く姿、動作の一つ一つが美麗だ。頭のてっぺんから爪先まで貶すところが一つもない。客観視を身につけ始めたアクアでもまだこの境地には達していない。
───これは……この星野アクアは…
「不知火フリルか」
▼
「でもあのシーンはどうするの?ホラ、あかねがアクアの頬を、その……」
そう、総集編を作るのならあのシーンは絶対欠かせない。この事件の発端にして、最も説明が必要なシーン。しかしあかねをアクアが演じるなら、ゆきを庇うアクアが居なくなる。
「あの後私があかねを優しく抱きしめるところは絶対欲しいよねぇ」
「メム、あのシーンは撮ってるか?」
「いやぁ、流石にそこまでは……そんな余裕も時間もなかったしぃ」
「チッ、使えねーな最年長」
「ぬぁんだとぉ!?じゃあ聞くけどアクたん何曜日の何時に動画アップするのが一番RT稼げて、何文字程度の投稿が一番インプレッション高くなるのか知ってるんですかぁ!?バズらせのプロの力が必要じゃないのぉ?ネットマーケティングとセルフプロモーションだけで、ここまで来た私が使えないぃ?言えるもんならもう一度言ってみろぉ!」
「その辺の知識はフリルがいたら充分だろ」
「うん、知ってるよ。教えてあげる。時間はね──」
「フリたんごめぇん!私のアイデンティティに関わるから知らないフリを通してぇ!」
「じゃあ私に自分は使えない最年長ですって言って。メス顔で」
「自分は使えない最年長ですぅ!」
「三人とも、ドSコントやってないで本題に戻って。あのシーン誰がやるの?」
咽び泣くMEMちょと愉悦顔で見下ろすフリルが会話に戻ってくる。確かに今は遊んでいる場合ではない。
「ま、あの場にいなかった人間がやるしかねぇだろ」
「というと…」
「頼むぜ、
「でっかい貸しだよ、
ハイタッチを交わす。演者は決まった。問題は映像と写真。
「それなら大丈夫。きっと番組サイドが持ってるよ」
「…………定点カメラか」
「そうそう、さすが。気づいてたね」
「え、なに?わかんね。どういう事?」
現状を飲み込めていないノブに視線が集まる。といっても別に責められる事ではない。そういうのを意識してないのがノブの良いところなのだから。
「つまりゆきはあかねを慰めるとき、カメラ写りのいい位置を意識してたって事」
「定点カメラはいきなり止められるものじゃないからね。プロモデルなら気にしてて当然。ちゃんと一番気持ち良く写るポジでやってました」
「色々台無しなんだけど」
「ゆき、それ絶対あかねに言うなよ。アレに救われてる部分も絶対あったはずだから」
呆れと感心、両方の意味で息を吐く。流石はハルさんの妹。強かだ。嫌いじゃないけど。そういう人。
「でも映像データは持ち出し厳禁がルール。頼んでもきっと出してはくれないよ?」
「そこは心配いらないと思うよ。詭弁については私以上の達人だと思うから。ね?女たらしのアクアさん?」
「失礼だな、オレは嘘ついて女と付き合ったことは一度もねーぞ」
ハルさんにもナナさんにもフリルにも隠し事はしても、嘘をついた事はない。本気で向き合ってくれる人には本気で返す。それがアクアの流儀だった。
「それに、いくら口が上手かろーと、大人は基本16のガキの頼みなんざ聞いてはくれねーよ。前にも言ったろ。何を言うかじゃなく、誰が言うかが大切なんだ」
「…………じゃあ誰に言わせる気?言っとくけど私はやだよ?あかねの為にDに頭下げる気までにはなれない」
ただでさえ今回のアクアの行動は気にいるものじゃない。それでも彼がやりたいならと黙認した。しかし私から能動的に何かをする気にまではなれなかった。
「そんな事はさせねーさ。オレだってお前が誰かに頭下げるところなんて見たかねーし。巻き込むならちゃんと然るべきところを巻き込むよ」
通話ボタンをタップする。3コールで通話相手は電話を取った。
「もしもし、あかねのマネージャーさんですか?先日はどうも、星野アクアです」
▼
ディレクターとの交渉はあかねのマネージャーを巻き込んで行われた。流石にDも最初は渋った。当然だ。映像データの持ち出しは厳禁。業界の鉄則。破ろうとするはずがない。
「使って欲しくないならNGを出せば良かった。そうしなかったのはあかねの意思だよね」
「あの時のあかねにそんな思考が出来たとホントに思ってるんですか。やってしまったことへの後悔と罪悪感でいっぱいだったはずです。そんなことくらい、ずっと一緒に仕事してきたDならご存じのはずでしょう」
「アクア君、それでも何も言われなければ放送するのが僕らの仕事だ。あかねも僕もプロとしての責任と義務がある」
「なら私にもプロとしてあかねを守る義務と責任があるんです!」
アクアとDの会話にマネージャーが割って入る。続いた。
「あかねは責任感の強い子です。プロとしての自覚も誇りも持っています。けれどあの子はまだ17歳なんです。失敗も間違いもして当たり前でしょう。未来ある若い才能達を守ることも我々の責任ではないのですか」
この言葉が決定的だった。Dは何一つ反論しなかった。
「安心してください。決してあかねへのバッシングが番組に向くような動画にはしませんよ。責任はオレが取ります。信じてみてくれませんか?」
「自惚れるな、悪ガキ。君程度が取れる責任なんてたかがしれてる。君一人では番組から映像一つ引っ張れないことを忘れるな」
ペロッと舌を出す。思わぬ反撃だったが、確かにその通りだ。オレ一人で出来ることなど少ない。だからあかねのマネージャーを巻き込んだ。
「君達には才能があり、君たちにしか出来ないことがある。けれど大人には大人にしか出来ないこともあるんだ。責任を取るのは僕の仕事だ。君如きが取ろうとするな」
「失言、謝罪します」
頭を下げる。屈辱ではなかった。寧ろ感心したくらいだった。この人がこちら側に立てる度量があるとは思わなかった。
「アクア君」
「はい」
「ありがとう」
初老の男性がアクアの手を握り、頭を下げる。自分の子供ほどに歳下の少年に頭を下げることにこの人はなんの躊躇もなかった。簡単そうに見えて難しいことだ。この人もすごい人だと思った。
「あかねのこと、よろしく頼みます」
「全力を尽くします」
こうした危うい交渉の末、手に入れた数多の映像データ。流石にMEMちょ一人で撮ったものとは量も質も比べ物にならない。当然あのシーンのデータもあった。
「コレならMEMちょのデータ要らなかったな」
「なんでそういう事言うかなぁ!私の方が使える写真だってあるじゃん!ほらコレとかいいでしょ?!」
「いつの間に撮られてたんだってのも結構あるね。バンの中で寝てる写真とか…」
「…………ふーん。アクア、私がいないところでMEMちょとこんな事してたんだぁ」
フリルが手に取っていたのはバンの中で怒りながらも楽しそうに肩を叩くMEMちょと身体を震わせて笑うアクアのツーショット。確かにどう見ても二人でいちゃついてるようにしか見えない。
「コレ撮られてたのぉ!?」
「…………いや待てフリル、違うんだよ。コレはな、いつも通りメムをからかってた時のでだなぁ」
「別に何も言ってないよ。ただ私とアクアって殴り合いの喧嘩した事なかったなぁって。親友なのに」
「しねーぞ絶対。オレがボコされるだけじゃねーか」
「それが目的だしね」
「…………性格わりーなフリル。知ってたけど」
「お、やっぱり殴られとく?」
「ごめんなさい」
このようなやりとりの中、写真や動画が厳選され、使える素材に合わせ、アクアのエチュードの内容も詰められていく。
「それじゃあ撮るよ。あかねがアクアの頬を爪で切るシーン。二人とも、準備して」
髪を纏め、金髪のウィッグを被ったフリルが化粧を手伝ったゆきと共に現れる。流石に上手い。ぱっと見ではオレにしか見えない。シークレットシューズのおかげでいつもより背も高い。これなら出来るだろう。
「まさか、こんなに早く貴方と共演する日が来るとはね」
「こんなホームビデオレベルの自作動画で共演なんて言えるかよ。こんなの共演なんてオレは言いたくねーぞ」
そう、こんなところじゃないはずだ。オレ達の旅の終点は。まだ母との約束も、オレがなくした記憶も、父親も見つけられてない。オレ達が立つべき場所はこんなしょぼい場所じゃないはずだ。
「なら、どこだと思う?」
オレの姿形をした別人に覗き込まれる。変な気分だ。コイツの洞察力には今更もう驚かないが、オレがオレを見透かしたような事を言ってくるのがちょっとおかしくて笑ってしまった。
「さあ、どこだろうな」
それが分かれば苦労はない。芸能界という前も後ろも真っ暗な世界。自分がどこに向かって歩いているかなんて、わかっている人の方が少ないだろう。
───でも、歩みを止めるわけには、いかないから。
「行こうぜ、もっと遠い場所に」
「ホームビデオレベルでも手加減しないでね。コレがその場所への最初の一歩なんだから」
「当然」
二人ほぼ同時に足を踏み出す。チラッと外を見ると夕暮れがはじまりかけていた。逢魔時だ。世界がアイツの色に染まっている。
───なあ、あかね。お前今どこにいる?自分の家か?お前には今世界がどんなふうに見えてる?
「おーい!撮るぞー!二人とも早く来いってー」
「ああ」
カメラが待ってる。板の上に立てる。そのことが嬉しい。アイが立っていた場所に比べれば遥かに低いステージだけど、それでも自分の力で掴み取り、作り上げた場所だ。それは変わらない。10年以上、立ちたくても立てなかった場所だ。
早く出て来い、あかね。部屋の扉を開けて、外に出て、お前もここに立て。
「よーい、アクション!」
オレ達が求めるものは、ここにしかないはずだから。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。あかねのポジティブキャンペーンは役者ならではの手段でした。動画や写真をDから引っ張る方法に大人を巻き込んだのは前世の記憶が無いからこその発想です。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。時間がかかっても感想には必ず返信します。