実在しない星の光は消えそうなくらい輝いてて
星の光は世界に知られはじめるだろう
独占しようとする悪魔たちが現れなければ
ディスプレイを見つめる目から無意識に涙がこぼれ落ちる。感動、歓喜、感謝、そしてそれらをはるかに超える悔しさが心の底から湧き出た結果、私の目から止めどなく熱い雫が溢れた。
女優である私の目から見ても、アクアのパフォーマンスは上手だった。
動画の後半に差し掛かるに至って芽生えるアクアとゆきへの羨望と嫉妬。それら全てを言葉もなく、身振り手振り、そして表情だけで全て完璧に表現し切るあかねを演じるアクア。視聴者はもちろん、主に撮影してるメムや裏方のノブやケンゴの目をも夢中にしていく。
メソッド演技
担当する役柄について徹底的なリサーチを行い、劇中で役柄に生じる感情や状況については、自身の経験や役柄がおかれた状況を擬似的に追体験する事によって、演技プランを練っていく。
役柄の内面に注目し、感情を追体験することなどによって、より自然でリアリステックな演技・表現を行う手法。
あのPVで覚醒した星野アクアの独自性。しかもあの時は指一本動かすことも許されなかった。表現できたのは表情とオーラだけ。あの時に比べれば星野アクアにとってこの舞台は憑依り込みやすく、難易度もあの時ほど高くはなかった。
───私も役者としてはアクアくんと同系統。だけどこんな人の目を吸い寄せるようなオーラは、私にはない。
キャラクターへの考察や演技技術だけならアクアくんと私に大きな差はない。だけど努力や技術で身につけられない天性に関しては、アクアくんの方が遥かに上。同じ役者として、星野アクアに賞賛と嫉妬心が湧き上がる。同時に申し訳なさも。
───わざとわかりやすいように演じてる
自然すぎる演技は素人には伝わりにくい。悲しみの演技なら涙を。怒りの演技なら激昂を見せなければ大衆には理解されない。故にアクアは本来ならしていない、バカにもわかる演技をしていた。
客に上手いと思わせる役者は二流。
上手いと思われるという事は、演技をしていると素人にもバレているという事だからだ。
一流は大衆に演技を感じさせない。上手いと思わせないほど自然に演じてみせる。メソッド演技の使い手なら、尚更。
アクアは少し前まで上手い役者だった。
『今日あま』で有馬かなと共演した時から、凄い役者になった。
不知火フリルと一緒に行動するようになって、もの凄い役者になった。
今のアクアなら本来一流の、演技を感じさせない演技ができる役者のはず。けれど今、彼は二流の演技をしていた。素人にもわかるように。大衆にわかるように。
私の、ために
謝罪の気持ちが涙と共に溢れてくる。不本意な演技をしなければ行けない役者の辛さは誰よりもわかっている。叶うなら今すぐ彼に土下座して謝りたい。動画を見ている最中、ずっとそう思っていた。
フリルが演じる星野アクアもまた圧巻だった。
アクアと交流するシーンは本人同士の撮影だったが、それ以外のアクアの登場シーンはほぼ全てフリルが演じた。
メンバー達と仲を深め、潤滑油役を務め、実質的なMCへと立ち回っていく。これ以上ないと言えるほど客観的かつリアルに星野アクアをやりきってみせた。この場にいなかったことも少なくなかったと言うのに。やろうと思えばフリルは自分以外のメンバー全員を演じることができるだろう。そう思えるほどの客観視。
主観の視点はアクアのメソッド演技が遺憾なく威力を発揮し、俯瞰の視点からはフリルの演技が視聴者に落ち着きをもたらす。
二人の化学反応はティックトッカーの動画レベルをはるかに超越し、まさに一つのドラマへと昇華させた。
───どうして私はあそこにいないんだろう
二人の掛け合いを見て悔しさと切なさが胸の中を満たす。確かにフリルが演じるアクアは完璧だ。自信家で、ドSで、スーパードライで、天才で、そして美しい。徹頭徹尾、非の打ち所がない。100点満点中100点だってつけられる。
でもそれだけだ。
あの嵐の夜、私に見せてくれた怯えや弱さがフリルの演じるアクアからはまるで感じられない。役の心を呑み込み、理解し、演じることができていない。それも当然といえば当然。彼はあの時、自分の弱さを初めて人に話したと言っていた。その言葉に恐らく嘘はない。フリルはアクアのことを慎重さと大胆さを併せ持つ天才としか考えていないはずだ。
───私ならもっと上手くできるのに…
悔恨で視界が歪む。固く拳が握り締められていることに気づいたのは動画が終わってからだった。
そして、あの問題のシーンがくる。腕を押し退けられ、カッとなったあかねが振り払おうとし、アクアの頬を爪で切り裂いてしまうあのシーンが。
「…………っ」
声は出さない。けれどマイクが僅かに呼吸音を拾う。言葉にならないその音は動揺、後悔、懺悔、あらゆる負の感情が込められていた。
暗転。アクアがあかねに気にするなと言わんばかりにあかねらしき女子の頭を撫で、ゆきとあかねが抱き合う。定点カメラが撮影していた映像と照らし合わせて行われた一幕を演じ、動画は終了する。
終わった、と誰もが思った。あかねの事情、他のメンバーの感情。全てこれ以上なくわかりやすく、異論の挟みようがないほど克明に表現された動画だった。コレで勝手な憶測からあかねを誹謗中傷したり、ゆきやアクアの心情を決めつけてゆきが怒っているとか、アクアが可哀想とか言える機会もグッと減るだろう。
なくなると言わないのは炎上に完全な解決はありえないからだ。アクアの炎上だって下火になったと言うだけで言う奴はまだまだいる。勿論あかねも例外じゃない。事あるごとに蒸し返されて、批判が娯楽の暇人達の中には一生言い続ける奴もいるだろう。
しかし、完璧主義者の完全主義者であるアクアが、それを良しとするはずもない。
終わったと思われた動画だったが、まだ数分再生時間が残っていた。暗転からパッと明るくなる。あかねを除いた六人のメンバー全員がカメラの前に集まっていた。もちろんアクアも。メイクを解いて、いつもの格好で映っている。
『みなさん、ご視聴ありがとうございます。今ガチ総集編でしたー!いかがだったでしょうか!』
『いやぁ、この数ヶ月ホントに色々なことがあったなっ、て思い出させてくれる動画だったね』
『でも改めて見ると、この番組の美味しいところってほとんどアクたんとフリたんに持っていかれてたような気がするねぇ』
『ほんとほんと。二人とも狡いよねー』
『機を見るに敏と言って欲しいね』
『?どういう意味?』
『ざっくばらんにいうと、察しが良くて要領がいいってこと。機敏な人』
『さっすがフリたん。博識ぃ』
『アクアってワザと難しい言い方して人の事バカにするところあるよね。ちょっと自分が頭いいからってさー』
『そんなに良くねーよ。ウチの高校偏差値クソ低いぜ?』
しばらくメンバー達の雑談トークや動画撮影にあたっての苦労話が続く。主に恨み言やアクアとフリルへの苦情が多かった。
『でも、面白かったね』
フリルの一言で全員が止まる。何を?とは聞かない。聞けなかった。聞けば、決定的になってしまうから。
しかし、今ガチメンバーの中にはスタートからこの終盤まで、ただ一人、不知火フリルにも大衆にも遠慮しない人物が、一人いた。
『そうだな。総集編作るのも、今ガチやってた数ヶ月も、悪くなかった。ま、めんどくさいことも多かったけどな。特にオレは』
『大人の意志とか、台本とか関係なく番組を作るって私も初めてだった。自分で話を決めて、トークして、ゲーム考えて、自分たちで台本書いて、出演する。ドラマとか舞台とかにはない面白さだった』
ハッとアクアが笑う。肯定はしたくない。けれど否定もできない。そんな感情のこもった嘲笑だった。
その言葉にはあかねも含めたメンバー全員が同調する。確かに、面白くはあった。計画を練り、準備し、本番の舞台に立つ。計画通りに行くこともあれば、全く予期せぬ展開に転がり込むこともあった。その度に常に適応を求められ、番組を導いていく。台本のない企画だからこその面白さが確かにあった。
自分達で動画を作成するというのも恐らくそうだろう。大人の権限やしがらみ、思惑から全て外れて、一つの作品を作り出す。番組ではできないことが出来る。
確かになかなか面白くはあった。それは事実だった。
『でも、それももうすぐ終わる』
▼
もうすぐ終わる。何気なくアクアが呟いた一言にこの場にいた全員が沈黙する。
そう、この動画も、そしてリアリティショーも、もう終わる。この世に終わらないものなどない。だから今が大事だし、大切なんだ。
チラッとアクアの視線が後ろに向く。フリルを除いた全員がそこにいた。鏑木P選抜メンバーなだけあって、全員顔が良い。だがそれだけではなかった。一人一人に特徴があり、クセがあり、独特の性格をしていた。面白い奴らだった。良くも悪くも退屈しない数ヶ月を送れたのはフリル一人のおかげではない。全員面白い奴らだったからこそ、アクアもMCを務めることができた。このメンバーだったからこそ、救われたことや助けられたことが幾つもある。自覚していた。
コイツらとも、もうすぐお別れなんだ。
「でも、このままじゃ、まだ終われない」
フリルの一言に誰もが頷きを見せる。そう、『ありがとうございました』も『お疲れ様』も『さようなら』も、まだできない。この場にはあと一人、役者が欠けている。
「一番休んでたお前が言うかぁ、とは思うがな」
「うるさいよなんちゃって
「そうそう、この動画、アッくんが作ろうって言い出したんだぜ。あかねへの誤解と偏見を解けるのは実際に傷つけられたオレしかいないって」
「今はいつも通りのすました綺麗な顔で写ってるけど、これ撮る直前まで冷えピタ貼って死んだように寝てたもんな」
「役者兼監督で一番動き回ってたもんねぇ。完璧主義者なのは知ってたけど、もうちょっといい意味で力抜くとか出来ないのぉ」
「うるせーな、できねーよ」
初めて一から十まで全て自分で動画を作った。技術や知識はあったが、完成させなければいけない動画制作など未経験だ。どこで手を抜いていいかなどわかるはずがない。
───ましてこの動画には人一人の芸能人生が懸かっている。手を抜けるはずがない
「オレにここまでさせたんだ。戻ってこいよ、あかね」
「あかね、このままじゃ終われないんだよ、私達。前にも言ったでしょ。今ガチは七人揃って初めて今ガチなんだから」
「他の誰かをINするって意味じゃないぜ!黒川あかねじゃなきゃ意味がねーんだ!」
「周りの雑音なんて気にしないでよぉ。少なくともここに6人、あかねの味方はちゃんといるんだから」
アクア、フリル、ノブ、メムがカメラの前で切実に訴えかける。
届け、と。
強く強くメッセージを発する。戻ってきていいんだ、と。世間の誰もが認めなくても、この六人だけはあかねを認めていると。お前の居場所はここにある、と訴え続ける。
「あかね」
そう、あの事件の根本の原因を作ってしまった……善意からとはいえ、あかねの爪を凶器にしてしまった
「帰ってきて」
鷲見ゆきが、誰よりも強く、高らかに叫んだ。
「せーのっ」
『待ってるよー!!』
六人六様、それぞれが大きく手を振る。ノブは朗らかに笑い、MEMちょは手をメガホンのような形にしていた。
ノブは大きく手を広げ、ブンブンと振り回し、ケンゴは少し控えめに手をヒラヒラと振った。
フリルはアクアの肩に手を掛け、妖艶に微笑む。腕組みして椅子に座るアクアは片手だけカメラに向け、大きく広げる。
そしてゆきはセンターで、祈るように手を組み、真っ直ぐにカメラを見つめていた。
今ガチ公式アカウントに総集編と銘を打って投稿されたこの動画は24時間後、8万RTという驚異的な数値を達成。黒川あかねのイメージは完全に払拭され、『今ガチ』の人気を決定づけるものとなる。
そして男性でありながら黒川あかねを完璧に演じてみせた星野アクアの怪演を大衆に見せつける結果となり、リアリティショーでは本来評価されないはずの、役者としてのアクアの才能を世間に知らしめる結果となった。
▼
『今ガチメンバー仲ホントに良いね』
『ゆきもアクアも、きっとあかねへのバッシングは望んでなかったんだよ』
『まさか番組ぐるみであかねを守るとは思わなかった』
『動画見る限り、発案者はアクアっぽいね』
『やっぱりツンデレなんだね。ほぼほぼバレてたけど』
『てゆーか黒川あかね動画出てた?どうやって?活動休止中じゃなかったの?』
『メンバーの誰かが演じてたんでしょ。消去法で多分アクア』
『マジで!?』
『番組の貢献度に比べて、動画のアクアの出番極端に少なかったから、恐らく』
『暴行シーンであかねとアクア同時に映ってなかった?』
『不知火フリル以外のメンバー全員映ってたからフリルがアクアかあかね演ったんだと思う』
『だとしたら演技力ヤバくね?フリル様は知ってたけど、アクアってフリル様とタメ張れるレベルなの?』
『流石に不知火フリルは本気じゃないだろ。それでも凄いけど』
『でもそういえばアクアって役者だったわ』
『覚えててやれよウケるw』
『ツンデレとトーク力が過ぎて炎上系芸人だと思ってた』
『草』
「…………概ね高評価だが、オレを役者と忘れてる奴多すぎねーか?」
スマホの画面を見ながら金髪碧眼の少年が息を吐く。眉間に寄った皺は星野アクアの不満を言葉より遥かに雄弁に語っていた。
「私たちすらアクアが俳優ってこと、地味に忘れかけてた時あったしね」
「なんだと?」
「まあまあ、しょうがないよ。素を見せてるってのがリアリティショーの建前なんだし。毒舌クールキャラ演じてるなんて、現場の人間じゃないとわからないって」
「SNSの住人はゆきのこと健気で良い子って未だに信じてるもんねぇ」
「キャラのことMEMちょにだけは言われたくないなぁ」
「でもコレでアクたんの俳優としての能力も世間に知られることになった。バラエティだけじゃなくて、ドラマや演劇でアクたん使いたいって人も増えるだろうねぇ。コレはアクたん思わぬ収穫?それとも計算通り?」
「当然、後者だ」
あかねをオレが演じるメリット。もちろん現実的にやれるのがオレしかいないというのが最大の理由だったが、この打算がゼロだったかと言えば嘘になる。
世間的にオレがまともに出演したドラマは『今日あま』の一本のみ。後は名前もない端役ばかりだ。炎上の件でこの辺りも晒されはしたが、幼過ぎて今の仕事に反映されるようなものは無い。今日あまの件も玄人が見ればオレの影響はわかるだろうが、素人には絶対わからない。
その点、今回の動画はわかりやすい。誰に遠慮する必要もなくやらせてもらった。特にフリルとの掛け合いのシーンは本気も本気だった。言い方は悪いが、批判が趣味の暇人にもわかりやすいように演った。正直素人にも上手いとわからせる演技は役者の仕事としては二流なのだ。一流は演技を感じさせない。限りなくリアルに寄り添うのが本物。無論アクアはこちらの方が得意だ。心象表現がリアル過ぎると監督に言われた事もあるくらいだ。しかしあかねの風評被害を払拭するためには、二流の、わかりやすい演技が必要だった。
「アクたんってトラブルも呼び込むけどピンチをチャンスに変えるのが上手いねぇ」
「転んでもタダでは起きないっていうか、逆境を利用できるっていうか……神様と悪魔の両方に愛されてるって感じね」
「はっ」
思わず嘲笑が漏れる。アクアは基本神も悪魔も信じていないからだ。なぜなら…
「目に見えない力ってのは確かに存在する。だがトラブルもラッキーもチャンスも、結局のところ、人の行動と意志の累積結果だ。オレが巻き起こしたトラブルも、掴んだチャンスも、すべてオレの積み重ねによるもの。あまり神とか悪魔とかわけわかんねーモノのおかげとか言われるのは不快だな」
ゔっとメムもゆきも黙り込む。アクアは滅多に怒らない。大抵のことは流すし、皮肉を言い返されて終わる。今も決して怒っているわけではなかったが、不快だと直接口に出したのは初めてだった。
───才能ある人ほどこういう表現嫌うんだよなぁ。忘れてた
アクアが才能だけの人間だなどと思っている人間はメンバー内で一人もいない。努力と、それに見合った実力と度胸を持っていると誰もが思っている。しかし、常人にはない何かを持っている事も事実だ。だからこそ失念してしまった。
「…………しかし遅いな、アイツ。今日は来るんだろ?」
変な空気になってしまったことを察したのか。軽い調子で口を開いたのはアクアだった。そう、今日は収録前にあかねが顔を見せることになっている。炎上もひとまずの落ち着きを見せたため、来週から撮影に復帰すると、報告と挨拶に来ると聞いていた。
「まだ約束の時間まであるじゃん。大丈夫、あのあかねが遅刻なんて──」
しない、とメムが言いかけた時、扉が開く。現れたのはニット帽に眼鏡を掛けたぱっと見顔の印象が分かりにくい少女。秋めいてきたとはいえ、服装は少し厚手。けれど体型のラインも出にくく、シルエットでは誰だかハッキリと分かりにくい。総じて地味な装いと言ったところだろう。印象の残らない、街のどこにでもいる女の子。
それも当然。今、彼女が素顔を晒して歩いたなら、比喩抜きで命に関わるかもしれないのだから。
「…………来たか」
扉を開けた少女の名は黒川あかねと言った。
▼
ズキン
心臓の鼓動と胸の痛みがほぼ同時に身体の中で響き渡る。顔が火照っているのが自覚できる。今日来る事は伝えてあるけれど、この扉を開くことにはとても勇気が必要だった。
───この奥に、彼がいる。
あの雨の夜から一度も出会わなかった。声を聞く事もできなかった。それも当然だ。あんなに頑張って、あんなに高いクオリティの動画を作っていたんだ。それも自身の仕事を疎かにすることなく。動画をアップするまでの一週間は本当に寝る間もなかったはずだ。私に電話なんて出来るはずがない。
ずっと会いたかった。会って話がしたかった。感謝を、感動を、伝えたかった。
けど、それでも。
扉を開けようとして、開けられない。心臓が痛い。鼓動が落ち着かない。まるで、初めて舞台に立った子供の頃に戻ったかのようだ。
───やっぱり、ディレクターさんにことわって、今日は帰らせてもらって…
遅いな、アイツ
扉越しに、僅かに声が聞こえる。誰のことを言っているのかは、わからない。けれど自分の事を言っている可能性はある。
───アクアくんが待ってる
彼が私を待ってる。私をここに呼びもどすために、雨の中を溺れに来てくれて、動画を作って、私の居場所を守ってくれた。ここで足を背けては、彼の献身を全て無駄にしてしまう。何に恥じることがあっても、それだけはしてはいけない。
意を決して扉を開く。こんなにドアノブが重く感じた事はコレまでの人生で一度もなかった。扉の先がこんなに眩しかった事も。あまりの白さに目を瞑る。光を取り戻し始めた時、碧の視線がこちらへ向いた。
「…………来たか」
星の瞳が、真っ直ぐにこちらを捉える。威圧的でも、感情的でもない。けれど何より力強い輝きが目を眩む光の源だった。くらりと視界が歪む。同時に思い出される、あの匂い。彼の胸の中で、汗と雄の獣性が混ざり合い、脳を満たした、あのトリップが今度は視線だけで再現された。
───へたり込まなかった自分を、褒めてあげたい。
足元がおぼつかない。膝から下は恐らく震えている。
逃げ出したい。跪いてしまいたい。
だけど、止まらない。震える足が勝手に動いて、あの人の元へと近づいてしまう。
まるで、星の引力だ。
「おかえり、あかね」
何の感慨もこもっていない。こちらを責める色も、恩を着せるような色もない。少し散歩していた友人が帰ってきたかのような自然体のまま、その言葉を口にする。特別な感情のない「おかえり」が、こんなに嬉しいモノだなんて、初めて知った。
───私に一体何が出来るだろう
この恩を、感謝を、想いを、どうすれば伝えられるだろう。私なんかが、この人にどうやってお返しできるだろう。
神様のようなこの人に、私は一体何の役に立てるだろう。
「ホラ、待ってるぜ」
いつのまにか立ち上がっていたアクアくんは私の背中を軽く押す。すると目の前にはゆきとメムがいた。
「───ごめんなさい」
「バカ、なに謝ってるのよ」
思わずこぼれてしまっていた。アクアくんに気を取られすぎて、二人が見えていなかったことに対する謝罪だったが、二人はそう取らなかった。
「おかえり、あかね。待ってたよ」
「頑張ったね。本当によく来てくれたよぉ」
俯く私を優しく抱きしめてくれる。メムとゆきの優しさが嬉しかった。だけど、二人に抱きしめられながらも、私の目はあの人に囚われたまま、離せなかった。
私を二人の元へと引き渡した後、アクアくんはずっと外を眺めていた。秋と呼んで差し支えない季節である今は日の入りの時間が早くなりつつある。ガラスの向こうは夕焼けに染まっていた。あかね色だ。世界が私の名前の色で染まってる。遠くを見つめるアクアくんの目は少し虚で、妖しく、美しく、寂しげだった。
あの夜から……いや、もっと前から多分知っていた。アクアくんは人と関わっているようで関わっていない。他人といつも一定の線を引いていて、近くにいてもどこか遠い。目の前で話をしていてもその目は違うモノを見てて、遠い何かと繋がっている。あの夜に語ってくれたことに嘘はないだろうけど、隠してる全てを話してくれたわけではない。気づいていた。
───ねぇ、教えて
貴方から見える世界は一体どんな色なの?貴方のその綺麗な目には一体なにが写ってるの?貴方は一体何を探してるの?不知火フリル?忘れちゃったお母さん?それとも……
答えは出ない。いくら手を伸ばしても、彼の事をプロファイリングしても、真の部分は、わからない。
中学の頃、自由研究で作ったプラネタリウムを思い出す。部屋の中いっぱいに埋め尽くされた星はどれも美しく、煌めいていた。いたずら心で一つだけ、実在しない星を勝手に作った。その星はどんな星より強い光を放っているように見えた。
手を伸ばすとその星に触れる事はできた。でも何も触れる事はできなかった。そこにあるのに、本当はない。私が作り出した、ただの幻想。
アクアくんはその幻想の星に似ている。確かにそこにある。触る事もできる。けれどその光には触れる事もできず、その輝きは消えてもくれない。
───でも、いつか……
貴方が秘密にしている事を全て打ち明けてくれるくらい、私に依存してほしい。貴方が私を救ってくれたように、今度は私が貴方を守りたい。その寂しげな横顔を心からの笑顔にしてみせる。そしてできれば、その笑顔を私だけのものに。
この祈りが、遠く輝く幻想の星に届いて欲しいと、強く願った。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
メンバー達の仲の良さをアピールする事で炎上を封殺する作戦でした。アクアの完璧主義がさらに顕著に出る動画となっています。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。時間がかかっても感想には必ず返信します。良い盆休みを!