雨に溺れた夜に支払った対価
二つのばらけた点と点がうっすらと繋がり始める
交わる線に死神が佇むとも知らず
「アクアは怖いと思った人に出会った事はある?」
いつだったか、マリンとしてフリルの付き人を始めて少しが経った頃、聞かれたことがあった。貴方は人を恐れた事はあるか、と。
「顔がおっかない人とか、腕っ節が凄い人とかじゃないよ。役者として、誰かに畏怖を感じた事はある?」
「…………どういう意味だ?」
「明らかに自分以上に優れた才能と出会った事はあるかって事」
「そんなの、幾らでもあるが」
アクアは自分の事を才能ある役者だと思った事はあまりない。音楽においても、演技においても自分より遥かに優れた才能の持ち主を見続けてきたから。
「…………そう、アクアはまだ出会ったことがないんだ。もしかしたら自分が一生敵わないかもしれないと、思わされた人に」
「フリルはあるのか?」
「勿論。でなきゃこんな話はしないよ」
この天才をビビらせる程の才能の持ち主なんて想像したくもねーな、と心中で息を吐く。その数少ない一人が自分であることなどまるで気づかずに。
「そっか。アクア、私今初めて気づいた」
「なにを?」
「貴方は星野アクアを実際に目にした事がないんだ」
「は?」
「そうだよね。貴方は絶対に触れられないんだよね。その全てを吸い寄せるようなオーラにも。真っ直ぐに向けられる瞳の光にも。鏡なんかで見る事はできても、直接触れる事はできない」
ジッとアクアを見つめる。少し憐れむような目だった。自分が彼と出会った時の感動、衝撃、歓喜、恐怖、そのどれもをこの男は感じることができない。少し羨ましく、少し哀れだ。私がその役割を果たせればよかったのだが、彼にそこまでの衝撃を与えられたとは思えない。
───けど、それでも……
「アクア、貴方も芸能界で役者として戦い続けるなら、『恐怖心』との戦いは、いつか必ず来るよ」
「…………『恐怖心』ね。そんなのオレが感じる日が来るとは思えないけどな」
ここに来るまでに何度となく失敗してきたし、実力不足も痛感してきた。今更才能の差なんかで凹む日が来るとは思えなかった。
「今はまだわからないかもしれない。でも覚えてて。聡明で優秀な人ほど持ってる感覚なの。『恐怖心』っていうセンサーは『見極める力』でもあるから」
「…………」
黙り込む。フリルの話はいつも為になった。経験に即し、事実に即し、説得力のある話ばかりだった。だが、そんなフリルの言葉が初めて信じられない。舞台に立つ時、恐怖は常に感じている。だがそれらを全て飲み下し、力に変え、胸を張らなければ板の上になんて立てないじゃないか。それができるから役者なんじゃないか。そんな事、オレなんかより遥かによくわかってるだろう。それなのに、なんでそんな話をする。
「アクア、貴方がその眼で何を見ているのかは知らない。知りたいけど、無理やり知ろうとは思わない。でもね、貴方の常に先を見据える姿勢は良いところでもあり、悪いところでもある。遠くばっか見てると足元掬われることもある。そんな事にはなってほしくないの。前にも言ったけど、貴方を活かすのも殺すのも私がいいから」
覚えておいて、アクア
「恐怖に足がすくんだ時は、貴方の過去を思い出して。自分が積み重ねてきた努力とその実績が貴方を支えてくれる。動けないと思った時は帰るべき場所や貴方が出会ってきた仲間、そして私のことを思い出して。これは感傷じゃないよ。帰るべき場所も、仲間も、私との関係も、紛れもなく貴方の努力の結果なんだから」
▼
ドラマのとある現場、滅多にNGを出さないフリルに一度だけ待ったがかかったことがあった。演じていた役は才能ある女性スポーツ選手。しかし今は実力が停滞しており、格下との試合で負けてしまった。唇を噛み締め、悔しさを滲ませながら毅然と立ち上がる。無様さと美しさを両立させた名演だった。
───流石に上手い。自分に求められているキャラクターと作品の登場人物。全て黄金比で調節されている。
心中で感心していたその時だった。
「フリルちゃん。そこはもっと大げさに悔しがって。初めての挫折が受け入れられないって感じで」
その指示を聞いた時、アクアはこの手のタイプか、と落胆した。映画やドラマにおいて、監督が登場人物のキャラクターを掴めていないという事は意外と多い。役者は自分の役を徹底的に分析している。そして、自分なりの理解の元、演じる。アドリブを求められる時もその分析に基づき、このキャラならすること、しない事を一瞬で取捨選択し、行動に移す。分析なしに板の上に立つという事は真っ当な役者ならあり得ない。
勿論この理解が間違っている時もある。だが、今回に関してはフリルの解釈とアクアの理解は一致していた。フリルが演じているのはプライドの高い早熟の天才。彼女なら人前で臆面もなく悔しがったりはしない。人前では毅然として敗北を受け入れたように見せ、悔しがるなら誰も見ていない場所。涙を流すなら人知れず、声を押し殺して、だ。オレがフリルでも同じように演じる。しかしこの監督はわかりやすい感情表現を求めた。初めての挫折に心折れる女性。確かに分かりやすさや大衆の理解を優先するならこっちだが、脚本と物語の不一致は後々のストーリーや展開に違和感を生じさせる。長い目で見るならこの演技は間違っている。
───どうする?説得するのか?それとも……
馴らされるのか。後者はあまり見たくない。実力、人気、才能、全てにおいて間違いなく芸能界若手トップ。その彼女でさえ馴らされてしまうというのなら、いつかオレも…
「わかりました」
この時、オレはフリルに少なからず失望した。オレが理解している事をフリルが理解していないはずはない。なのに苦情ひとつ入れない。気持ちはわかるが、オレとフリルでは立場が違う。監督にモノを言う力ぐらい余裕であるはずだ。将来的に困るの自分という事も。それなのに……
場が乱れるのを嫌った?監督との軋轢を避けたかった?どちらも真っ当な理由だが、それをお前が避けたら他の役者も従わざるを得なく───
ぞくり
思考が吹き飛ぶ。同時に背筋に寒気が走り、鳥肌が立った。
take2はフリルが負けたところから始まる。ドラマの中では試合後のため、息も絶え絶えになり、動くどころか立ち上がることさえ難しい状態。膝をついて荒い息を吐く。そこまでは理解の範疇。
顔を上げた時、フリルの全身から滝のような汗が滴り落ちていた。
このカットが始まる直前、勿論フリルは激しい運動などしていない。最後のポイントを取られ、膝をついたところから撮影は始まった。
なのに体温の調節機能が全力で彼女を冷却していた。
───イメージしたんだ……試合を終えた後の自分を。
唇を噛み締めると同時に流れる一筋の雫。汗と混ざって分かりにくいが、カメラが役者に寄り添ってくれるのがカメラ演技の良いところ。TVで見れば、確かに彼女の目からこぼれ落ちたとわかる。
見せたくない。けれど溢れてしまう屈辱と無念。高いプライドがあってこその涙を、1st takeでは見せなかった汗と共に表現する事で、監督の意図もキャラクターの本質も全て捨てずに見せた。
そして何より……
───不知火フリルらしさを消さずに演じきってみせやがった。
通常、俳優は役を演じる際、自己を排する。当然だ。彼らの仕事はいかに他者になりきるかという事だから。
しかし不知火フリルはそれをしない。彼女が演じる役は全てに不知火フリルらしさがある。
スポーツ選手ならスポーツが得意な不知火フリル。
凡人役なら自信のない不知火フリル。
どんな赤の他人でも自分との共通項はどこかに必ずある。そこをクローズアップし、役のキャラクターと自分のキャラクターを重ね合わせて役作りをする。それが不知火フリルの演技だ。
なぜなら、それが大衆から求められているから。
テレビの前にいる視聴者達は別人になりきった迫真の演技を見たいのではない。様々な表情や性格の不知火フリルが見たいのだ。
だから敗北した不知火フリルも、悔しさに涙を滲ませる不知火フリルも見たい。けれど彼女とかけ離れすぎたキャラクターは見たくない。それが大衆の心理。
監督からの指示はそのらしさを消してしまいかねないモノだった。にも関わらずアイツは受け入れた。だからこそアクアは失望しかけた。求められている最大の武器を無視するつもりか、と。
しかし、そうではなかった。全て理解した上で、全てを食い尽くしやがった。
───学ぶ気が起きない
10年以上芸能界にいて、下積みをこなして、別分野の勉強もしてきた。真似て、学んで、モノにしてきた。ハルさんも、ナナさんも、有馬も、他のいろんな人も、全て糧にしてきた。
その過程で、無理だと気づいた事はあった。マネして、学んでみた結果、オレには向いてない。身につけられない。努力の方向を間違えた。時間を無駄にした、と感じる事は。そういう時は切り替えて別の道を探る。それでよかった。それが出来ていた。
けれど10年間で初めて思い知らされた。思わされた。学ぶ気が起きない、と。真似するまでもない。時間を無駄にしたと思わさせてもくれない。これを学ぶことなど不可能だと、アクアの脳が、身体が、血が、遺伝子が告げていた。
何を演じても───天才も凡人も、主役も脇役も全てこなした上で、不知火フリルであり続ける。
───コレが、不知火フリルの哲学……アイツの、本気
というより本質。しかし本質とは本気にならなければ他者には見えてこない。本気であり、本質。不知火フリルの核を見た気がした。
一生敵わないかもしれない
本気でそう思わされたのは二度目……いや、生で見せつけられたのは恐らく初めてだ。手が軽く震えているのに気づいたのは次のカットが掛かってからだった。
───何を今更ビビってんだ、オレは
誰に勝てるか、誰に負けるかなど、どうでもいい事だろう。そんな事の為に芸能界に来たのではない。オレはオレの目的のために戦うだけだ。
ルビーの為に嘘をつく。
ミヤコに恩を返す。
父親を見つける。場合によってはぶん殴って母の墓の前で土下座させる。
死んだ人のためじゃない。もちろんオレのためでもない。今生きているオレの大切な人のために。
「マリン」
名前を呼ばれる。椅子を立った時、もう震えは止まっていた。
目的のために常に前を向き、向上心や貪欲さを精神力にできる星野アクア。後ろ向きな思考を削り、自分を貫き続けることは彼の長所であると同時に…
『貴方の過去を思い出して』
削る作業は鋭さと同時に脆さを生むことに気づかない短所だった。
▼
「…………こんなところかな」
アイの資料を集め、プロファイリング作業を終えたあかねは背もたれに身体を預け、大きく伸びをする。部屋にはアイを分析したメモが数多く散りばめられていた。
ここは黒川あかねの自室。あまり他人には見せたくない考察と分析の場。図書館などで資料を集めた後、あかねは自室でアイの研究を行なっていた。
「今回の考察は結構楽だったな…」
過去も、性格も、思考パターンも分析するのにそんなに時間が掛からなかった。なんでだろ、と思い、メモ帳をパラパラとめくる。するとそこには直近のデータが収められていた。
「…………そっか、どこかで見覚えあると思ったら」
集められていたのは星野アクアのデータ。リアリティショーの最中、彼のトーク力とオーラを真似するために分析した数々。メモに書かれたアクアの性格や主義、理念、思考パターン、行動パターンがアイと似ているのである。勿論全く同じではない。似て非なるところもあるし、真逆な部分さえある。しかし、根っこの匂いというか、土台というか、そういうのが酷似していた。
───あのアクアくんがピカイチと認めるアイドル、か
アクアは才能に寛大だ。だからこそかなちゃんが出たドラマを現場無視してでも成功に導き、不知火フリルの無茶振りにも応え、今ガチの舵を取ってきた。しかしその代わり才能を見る目は厳しい。滅多に人を貶さない代わりに、滅多に褒めない。そのアクアがピカイチと称した。
───アクアくんが芸能界に来たのは、この人に憧れてかも知れないなぁ
驚きはしない。よくある話だ。テレビの中、光り輝く彼らを見て、自分もそうなりたいと願い、この狂気の世界に踏み込んでくる。ありふれすぎるほどありふれた話。あかねだって初期衝動は憧れだった。同年の天才子役、有馬かなへの。
───私にとってのかなちゃんが、アクアくんにとってはアイなのかもしれない
賭けてもいいが、アクアくんは憑依型の役者だ。プロファイリング能力、人読み能力が優れている。役の内面を読み解き、理解し、浸透させる。集中し、目を開いたら別人が取り憑いている。そういうことができるタイプの役者。
ならば憧れ、目指した人間の模倣をしていたとしても何ら不思議はない。4歳までの幼児期にアクアくんはアイに直接会ったこともあるらしい。流石に幼少期から出来ていたとは思わないが、子供心に『ああなりたい』と思った人物を真似て、学び、無意識のうちに今の人格が形成されたとしたのなら、充分理解の範疇。アクアとアイに共通項が多くても頷ける。
───っと、いけないいけない
変な方向に思考が向いてしまったことを自覚し、一度軽く頬を叩く。まだプロファイリングが終わっただけだ。このデータを元に思考パターンや行動パターンを考察し、キャラクターの内面を構築し、役作りを行わなければならない。大変なのはこれからだ。過去を辿り、行動を調べ、どんな時にどんな考えのもと、どんな決断を下してきたかを調べなければ。
「もう一踏ん張り。亡くなったのは……12年前か。私が初めてオーディション受けた時とほとんど同じ時期だなぁ。破滅的行動に改善が見られたのはそれから更に4〜5年前、思春期の頃に性交渉を経験したと考えられるため、おそらく異性の影響。それ以降破滅願望の再発は見られないところから男性との関係は良好だったと考え、いや違うか、アイは事件に巻き込まれる20直前まで異性関係は囁かれなかった、それに一度一年近く休業してる。病気ってことになってるけどこの間に妊娠、出産していたとしたなら、不可解だった数々の行動に整合性が取れる……いや、流石に突飛すぎるか、でもいいよね、あくまで設定だし、でもだとしたら恐らく隠し子の年齢は今頃15〜6歳ってところかな、3、4歳で母親をなくしてるなら子供も凄く大変だね。まだ物心つくかどうかって頃だろうに母親の顔すらろくに……」
この時、あかねの中でチラッと何かが引っかかった。そう、最近聞いた、あの嵐の夜に彼が私にだけ語ってくれた話だ。忘れられるはずがない。子供の頃、母親を亡くしたと言っていた。あの時アクアくんはたしか……
『オレには母親の記憶がない。と言っても、4歳の頃に死んだらしいから、当たり前っちゃ当たり前だけど』
ゾクっと背筋に寒気が走る。嫌な想像が脳裏をよぎってしまった。一度頭を振る。少しドラマチックに考えすぎだ。幼い頃に親を亡くした子なんていくらもいる。たまたま時系列の符号が合致しただけだ。そういう偶然もあるだろう。根拠とするには薄すぎる。
「───さっ、続き続き」
怖い妄想を頭の中から振り払うため、もう一度大きく頭を横に振った。意外とあっさり怖い妄想は頭の中から消えてくれた。
▼
芸能界に来て12年。良くも悪くもいろんな人に出会ってきた。その中でオレより遥かに優れた人間には数多く出会った。ハルさんやナナさんもその一人だろう。
しかし、この12年で、恐ろしいと思えるほど、オレより遥かに優れた才能と出会ったのはたった2人。
1人は星野アイ。眩いばかりのオーラとカリスマを持った、超一流のアイドル。もし彼女と同世代だったならと思うとゾッとする。
もう1人は不知火フリル。有象無象を焼き尽くす強烈な熱を持った大炎。リアリティショーが始まってから今に至るまで、家族以上に密な時間を過ごしてきた。オレとは少しタイプが違うけれど、それでもこいつには一生敵わないかもしれないと思わされた。
この2人に並ぶ恐怖を感じる事はないだろうと思っていた。
しかし今日、もう1人出会ってしまった。オレを遥かに超える、しかもオレとほぼ同系統の才能に。
一生敵わないかもしれない。
しかも今度は自分と酷似した才能。オレの完全上位互換。恐怖という点だけならフリルを超える衝撃かもしれない。
───関係ねぇ
一度頭を振ると、もう恐怖心は消えていた。ビビるだけ無駄。あかねがどんな天才だろうが関係ない。オレはただ、オレの仕事をするだけ、と余計な思考を削り取った。
「アクアっ⭐︎久しぶりっ」
「ああ、待ってたぞ。あかね」
「あかねお帰りー!」
いつのまにか、自然とあかねを中心に輪ができる。手を合わせたり、肘でつつかれたり、しばらくスキンシップの時間が続いていたが…
「…………あかね、大丈夫なの?」
「えっ、なにが?……あー、炎上のこと?」
「それもあるけど…」
少し遠巻きに見守っていたフリルが切り出す。普通に考えれば炎上のことを指しての心配と取られるだろうが、違う事はアクアにはわかっていた。トんでしまった芸能人が心を病むのはよくあること。確かにこの豹変ぶりはなんらかの精神的異常を見出してもおかしくない。
「やっちゃったなぁとは思うけど、あれくらいよくある話でしょ?私は全然っ⭐︎」
「はっ、よく言うぜ。ちょっと前まで死にそうなツラしてたくせに」
「あー!アクアなんでそれ言っちゃうかなぁ!心配かけたくないから私たち2人だけの秘密だよって約束したのにー!」
「してねぇだろ、そんな約束」
「しましたー。あの雨の夜にお願いしましたー」
はしゃぐようにアクアの腕に縋りつく。それからもあかねはアクアの傍にべったりと張り付き続けた。キャストも、スタッフも、フリルですら、呆気に取られ、視線を吸い寄せられてしまった。
「ベタベタすんなよ、暑苦しい」
唯一違和感などなかったかのように接することができていたのはアクアだけだった。まるで以前からあかねがこんな性格をしていることを知っていたかのように、自然に、円滑に、今まで通りの会話をしている。それが自分に求められる役割だとわかっていたから。
「えー、別に暑くないでしょ?もう秋なんだし。人肌恋しくなる季節じゃない?」
「暑苦しいってか、鬱陶しい」
「そんなスーパードライなこと言わないでよ。お礼のつもりなんだから」
「お礼?」
「聞いたよ、あの動画、アクアが作ってくれたんでしょ?」
「言い出しっぺだったってだけだ。作ったのは皆でだよ」
「それでも、貴方がいてくれなければ私は溺れて死んじゃってたかもしれない。私がこの場に帰ってこられたのはみんなのお陰だけど、その源になってくれたのはアクア。ホントに感謝してる。ありがとう」
「……………」
───なんか、今のあかねにマトモに礼とか言われると怖いな
眩しさに目が眩む。瞳の輝きに押し潰されそうになる。フリルの時とは似て非なる感覚。アイツはオーラの強弱も自在に操れたから、焼くか焼かれないかギリギリの火加減がされていたが、今のあかねはダダ漏れ。常に全開状態だ。制御できないのではない。演技なのだからコントロール出来るはずだ。今のあかねはオーラを制御できないのではなく、する気がない。ある意味フリルより厄介だ。感謝の言葉を口にされながら、アクアの背筋から冷たいモノが消える事はなかった。
「感謝はもうわかったから、離れろ」
「ええ?なんで?男の子的には嬉しくないの?」
「オレ、ベタッと絡みついてくる感じは苦手なの」
「またまた。この間はそんなこと言ってなかったじゃない」
「この間?」
「ほら、雨の中私迎えにきてくれて、そのまま一緒に眠っ──」
「余計なこと言うなマジで」
「え?なになに?なんの話ぃ?」
「アクアやらし」
「きゃー!なになに?やらしい話?傷心のあかねにつけ込んでやらしいことしたのアクア!」
「なにもしてねぇ」
「思春期男女が一晩一緒に寝たってだけで充分だよねっ⭐︎」
「お前マジ調子乗んなよ」
「ふーん、否定しないって事はホントなんだ」
『きゃーー!!』
こうして、暫くはあかねとアクアを中心に姦しく番組は盛り上がりを見せる。いつも通りに回すアクアが緩衝材の役割を果たし、黒川あかねは休業していたとは思えないほど自然に『今ガチ』へ溶け込んでいった。
「化けたね、あかね。何かアドバイスしたの?」
質問攻めからようやく抜け出し、壁にもたれかかったアクアの隣にいつの間にかフリルが立っていた。未だあかねを中心にワイワイやっている様子を眺めながら、2人同時に息を吐く。
「アドバイス、と言うほどのものはしてねーよ。化けた、とは少し違うんだろう」
アイツは元々化けられる能力は持ってて、自分もそのことを知っていた。でもリアリティショーで使っていいか、わからなかった。そこでオレが使っていいよ、と許可を出した。
「その結果がコレだ。能ある鷹が隠していた爪を見せたってのが近そうだ」
「それならやっぱりアクアのせいだね」
「あっ、また2人でコソコソ話してるーっ」
少し肩が震える。あかね以外の全員が少したじろいだ。
このリアリティショーでフリルとアクアのツーショットは何度も見られたが、2人の間に割って入ろうとする者はいなかった。アクアとフリルのカップリングはほぼ序盤から確定していたし、あの不知火フリルを敵に回そうとする者はメンバーの中にはいなかった。
それをあかねはアッサリと踏み込んできた。逆の立場なら恐らくアクアすら出来ないことだ。たじろぐのも当然と言えるだろう。
「アクアってさー。いつもスーパードライなクセに、フリルさんにだけは随分優しくない?差別はんたーい」
「そんなんじゃねぇ」
「………あかね、あんまり言いたくないけど、あんまりアクアにそういう絡み方しないであげて。苦手なの。嫌がってるでしょ?」
「アクア、嫌?それとも迷惑?」
「──まぁ、迷惑、とまでは」
少し考え込む。あかねこのキャラ、発端は自分だ。お手並み拝見と言った手前、あまり強くやめろとも言いづらい。
「アクア、ここで変に優しさ見せたら自分の首絞めるよ」
「…………なんでお前まで寄ってくる」
「アクアの優しさは変じゃないよ。ちょっと性格悪くて、臆病だからわかりにくいだけ。ホントは誰より優しい人。私だけはわかってるから」
「私だけってどういう意味?あかねってもしかして私よりアクアのこと理解してるつもりだったりする?」
「?だったら何か問題ある?」
「お前ら喧嘩するなら出てけ」
『アクアがハッキリしないからじゃない(でしょ)!』
「…………ならオレが出てく」
本当に教室から出ていこうとするアクアに2人がついていく。他のメンバーたちはその様子を唖然とした表情で見つめることしかできなかった。
「…………仕上げてきたなぁ、あかね」
「グイグイ行ってるねぇ。まあ失う物もう無いし、アクたん相手なら今までの恩返しってので大衆納得させる理由としては充分だからねぇ」
「持っていかれたね。視線も、リアリティショーの中心も、何もかも」
フリルについては覚悟していた。アクアに関してはこの数ヶ月で思い知らされた。
そして今日、初めて気づいた。あかねもアクアやフリルと同類なのだと。
芸能界に限らず、プロの世界において、一流と呼ばれる者、一流へと辿り着く者には独特のオーラがある。体から出るというより、人の目を引き寄せる引力とでも呼ぶべき力。
このリアリティショーにおいて、オーラをすでに纏っている者は三名。
不知火フリル
星野アクア
黒川あかね
最終盤に差し掛かった恋愛リアリティショー『今からガチ恋始めます』。
メンバー全員が揃ったリスタートは強烈な引力を持つ三名による三角関係から、始まった。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
大三角関係勃発。アクアのトレースをしているせいであかねは真実に近づく速度が増しています。次回、女好きのタラシが吊し上げに合います。果たして無事に収拾がつくのか。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。時間がかかっても感想には必ず返信します。