【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

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真実を騙る見世物小屋で輝く三連星(トライ・スター)
冤罪で有罪な星をなくした子に罰が下される
罪を重ねないよう気をつけなさい
重なる罰はいずれ刃となるかもしれないから


33rd take 見せ合える相手

 

 

 

 

 

 

 

ママが死んじゃって、周りの人たちは少なからず変わった。

 

苺プロのホントの社長はいなくなっちゃった。

社長にとってママは所属アイドルというだけでなく、自身の夢と希望と親愛を注ぎ込んだ、娘のような存在だったらしい。夢も希望も愛も無くした社長は妻も事務所も全て捨てて失踪した。悲しくはあったけど、仕方ないかとも思ってる。

 

ミヤコさんは私とお兄ちゃんにすごく優しくなった。

夫と別れ、まだ若く綺麗なあの人なら新しく恋人を作る事も再婚することだって難しくなかったはず。それなのに他人の双子を抱え込んで、一緒に生きると言ってくれた。私達を我が子同然に愛してくれた。ママがいなくなる前も決して邪険にされてたわけじゃないけれど、明らかに保護を受ける部分が多くなった。私もお兄ちゃんも凄く感謝してる。私にとって、先生とママとお兄ちゃんの次に恩のある人だ。

 

そして、お兄ちゃんは泣かなくなった。

 

元々感情丸出しで怒ったり、泣いたりする人じゃなかった。子供の頃すらあの人が臆面もなく涙した姿を見た覚えはない。まあ私と同じ転生者っぽいから当たり前っちゃ当たり前だけど。

 

それでもお兄ちゃんは思ってることが意外と顔に出る人だった。

 

怒る時は眉間に皺寄せて相手を睨んだり、昔子供だったロリ先輩に「殺しはしない」とか殺意バリバリの顔で言ったり、ママとお風呂に入るのを恥ずかしがったり、喜怒哀楽を表に出す人だった。何でもできる人なのに、意外と不器用だった。

 

けど、ママが死んじゃって、事件に巻き込まれて、病院で眠りから覚めたあの日から、お兄ちゃんは感情を顔に出さなくなった。

 

私と口喧嘩することはある。あ、今怒ってるな、と感じる事もある。一度パニック発作を起こして倒れたことすら。けど眉間に皺を寄せたり、顔を赤くしたり、パッと目で見て分かるような感情の出し方をしなくなった。喧嘩する時も、怒る時もいつもあの綺麗な澄まし顔を崩さなくなった。きっと私に心配かけないために。倒れた時、私が泣いてしまったのも理由の一つかもしれない。

 

「動揺を顔に出せば、そこにつけ込まれるからね」

 

以前ミヤコさんが言っていた。深夜アクアが疲れて帰ってきて、私に見つかりそうになった途端、それを隠した時、私は一度ミヤコさんに相談したことがある。お兄ちゃんが無理してる、と。

 

「どんなに優勢な人間でも思わぬ反撃を喰らうと顔が歪んでしまう。すると不利だったはずの人間が勢いづいて優勢と劣勢がひっくり返ってしまうことって、芸能界に限らずよくあるのよ。たとえ本当に辛いとしても隠すことで圧倒する。痛がるのは全てが終わってから。そういうスタンスの役者やアイドルは少なくないわ。アクアもきっとそうなのよ。多分無意識でね」

 

そう語るミヤコさんの顔は辛そうだった。普通、子供は辛いことがあれば親を頼る。怒り、涙し、不平不満を訴えかける。けれどアクアはそういうことは一切しなかった。全て自分の内に抱え込み、解決に奔走し、自分の手で決着をつける。幼少期から今までずっとそうしてきた。そのことがミヤコさんには悔しく、私には嬉しいと同時に悲しい。

 

───私にくらい泣いてくれてもいいのに

 

自分で言うのは悔しいが、私は何度もお兄ちゃんに頼ってきた。アイドルになるための相談も、なってからの活動も、仲間集めも。私の今を形作る要素にお兄ちゃんが関与していない事柄なんてほとんどない。そしてその事に不満一つ漏らした事もない。いつも背筋を伸ばし、その背中に私を守ってる。

 

ルビーを守れるのは、もうオレしかいないから

 

そう語る背中をこの12年で何度も見てきた。

動揺を見せず、隙を見せず、ママから受け継いだ才能を駆使して、強く美しくあり続けた。涙はおろか、感情すら才能(美しさ)で蓋をした。

 

どんどんママに似ていくお兄ちゃんを、羨ましく、妬ましく、愛しく思うと同時に、ひどく寂しかった。

 

貴方にとって、私はただ守られるだけの存在なの?

 

そう問いかけることさえも躊躇われるほどに。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー、第一回〜」

 

『アクアの二股を吊るしあげようの回〜〜』

 

「イェー!」

「やんややんや」

 

大量のお菓子やジュースが並べられたテーブルを中心に、今ガチメンバー全員が揃って座っている。一番大きなソファにはゆきとMEMちょがアクアの両隣を押さえ、両面のお誕生日席にはノブとケンゴが座し、アクアたちの正面真向かいに、フリルとあかねがいる。

 

「…………待て、異議あり」

「何かご不満?」

「当たり前だ。オレは二股どころか一股すらしてねぇ」

「被告人の異議を却下します」

「もうすでに被告扱いかよ」

「黙りなさい女の敵。貴方みたいな口が上手で頭の回転早い人はのらくらやってたら言いくるめられちゃうの。アクアに今許されてるのは私たちの質問に正直に答えることだけよ」

 

ゆきも他人のこと言えないとは思うが、言ってる事は概ね正しい。一対一で話をしてもお互い主観が入りすぎるため、公正な判断は難しい。こういうのは第三者交えてやった方がいいのは確かだ。

 

「まあまあ。そんなに警戒しないでよぉ。別にアクたんの事責めようなんて思ってないよ。あかねが救われたのは間違いなくアクたんの貢献が一番おっきいって、ここにいる全員が認めるところだし」

 

アクアの肩に手を回したMEMちょが笑う。その言葉を否定する人間は1人もいなかった。何日も徹夜し、動画編集に勤しみ、監督を務め、キャストとして出演もした。その行動と結果はあかねを除いた全員が直接見ている。アクアの献身に下心があったなどと、疑うものはいない。

 

「ただ、あそこまでやられちゃうと女の子は勘違いしちゃうの。だからハッキリさせるところはしときたいよねぇってだけだから。場合によっては私たちがアクたんのカバーに回るよぉ」

「信用できねぇ。恋バナの肴にして盛り上がりたいだけだろ」

「しないしない」

「するわけないじゃん」

 

───ウソだけどね!

 

ゆきとMEMちょの心の声が一致する。思春期女子……いや、年齢関わらず、他人の色恋は最高の娯楽の一つ。まして相手はここまで鉄壁完璧付け入るスキなしを貫き続けてきたアクア。からかう絶好のチャンス。特にここまでアクアとフリルにいじられまくってきたMEMちょは絶対に逃したくない千載一遇。

 

「じゃあ早速聞くけど、アクたんどっちが好きなの?」

 

何人かがゴクリと唾を飲む。のらくらやってたらこの男は言葉巧みに言い逃れる。それはこの場にいる誰もが理解してることだったが、流石に予想以上に切り込んできた。

 

「おお〜。さすがメッさん。ぶっこむねぇ」

「この小賢しツンデレ王子にはこれくらいしないとねぇ。で?どうなの?」

「どう、と言われても。どっちも嫌いじゃない、としか」

「出た」

「最低」

「アっくんひどーい」

「うるせーな、どっちも好きって言わなかっただけマシだろうが」

 

もうそう言ってしまおうかとさえ思ったくらいだったが、流石に心象悪いと思って言葉を選んだ。

 

「そういう好きを聞いてんじゃないってことくらい言わなくてもわかるでしょ?恋!LOVE!LIKEじゃないほう!どうなの!?」

 

メンバー全員が固唾を呑んでアクアを見る。恐らくカメラの向こうの視聴者達もほぼ同じ行動をとっているだろう。

一度大きく息を吐く。十数えるほど瞑目すると、ようやくアクアは重い口を開いた。

 

「…………最初の方にゆきには言ったけど、オレは、恋愛ってのがよくわからない」

 

これは詭弁ではなく、アクアの本音だった。好きな人はいた。セックスした相手もいた。でもそれらが恋だったかと言われると、わからない。いや、多分違う。特定の誰かに心を奪われることを恋と呼ぶなら、アクアはまだ恋を経験した事はない。

 

「この期に及んでまだそんな……」

「待ってMEMちょ。コレは多分ホントだよ。少なくとも私に同じこと言ったのは事実だから」

「───言われてみると、アッくんって頭も回るし、察しもいいのに、他人からの好意にけっこう鈍感だよな」

「確かに。フリルさんの時もあそこまで言わないと気づかなかったし」

「…………言い訳をさせてもらえるなら、3歳の頃から芸能界にいたせいで、良くも悪くも人間のいろんなもの見すぎたってのは根底にあると思う」

 

記憶があるだけでも4歳から芸能界にいた。闇の部分は嫌でも目に入った。

 

「好意もないのにメリットだけ求めて近づいてくる人間。価値が無くなればあっという間に手のひらを返すヒト。本当にたくさん見てきた。軽く人間不信なのかもしれねぇ。オレだって今は人と付き合う時、リスクリターン考えてないと言えば嘘になる」

 

鏑木Pに近づいたのだって打算だし、あかねを助けた時だってオレのメリットを考えた上で動画を撮った。芸能界にいて、得るものは多かったが、同じくらい失った物も多い。

 

「これでも役者だからな。恋愛要素はどんな作品にもある。だから恋愛について勉強もしたし、実際に演りもしたが……いや、だからこそ余計にわからなくなったかもしれない」

「…………それは、わかるなぁ」

 

アクアの独白に同業者のあかねが同調する。さっきまでの口調と少し違う。素のあかねに近い声だった。

 

「どういうところが好きとか、好きになった理由とか、物語ではハッキリしてるから、なりきって演じる事はできるけど、現実ではそうもいかないもんね……」

「打算ありきで考えちゃうのもわかるな。私だって最初アクアに近づいたのは貴方の才能に興味持ったからだしね」

 

あかねもフリルも子供と言える歳の頃から大人達と交渉ゲームや裏のあるオーディションなど、闇の部分は多く見てきた。アクアが軽く人間不信だとしても責める事はできなかった。

 

「───てことはアクたん、その、初恋、とかは?」

「多分まだだな」

『きゃーー!!』

 

アクアの両隣から黄色い声が上がる。興奮そのままにアクアの頬をつついたり、髪を撫でくりまわされた。

 

「まだだってぇ!えー!?嘘でしょそんな女慣れしまくってるくせしてー!」

「ひゅー!マジかよこいつぅ!てことはあかね、初恋でカップル成立かもよー!」

「いい加減なこと言うな。あかねがオレのこと好きってのもお前らの勝手な推測だろ」

「…………えぇ、アクたん、それ、本気で言ってる?」

「違うのか?」

「あのねぇ、なんとも思ってない男のために、その男の子の理想になろうと努力する女の子なんてこの世にいるわけないでしょぉ」

「ちょっ、メム!やめてー!」

 

真っ赤になってメムを止めようと手を伸ばす。その様子をゆきとメムはきゃいきゃい言いながら笑っていたが、フリルをはじめ、男子2人はキョトンとした顔でアクアを見る。視線が合わないよう、目をそっと伏せたことにゆきが気づいた。

 

「カミングアウトしてしまいますが、この間の収録後、アクアが恋人にしたい理想の女性像を語ってくれました」

「語らせたんだろーが」

「それでそれで?」

「顔は自分と同等以上、何かしら才能があって、自信持ってて、瞳に力がある女の子だそうです」

「私じゃん」

「フリルさんは怖いからヤだそうです」

「えー、なんで?私はこんなにアクアに優しくしてるのに」

「同じくらい脅かしてくるだろーが」

「ああ、ソレでか。あかねが雰囲気変わったのは」

「もー!やめてよノブくん!別にそれだけってわけじゃないよー!」

「でもソレもあるんでしょ?」

「…………まぁ、その…」

『きゃーーー!』

『ヒューーー!」

 

雄弁な沈黙に男女とも歓声を返す。先ほどまでキラキラしていたあかねだったが、今は羞恥で真っ赤になり、ソファの上で縮こまってしまった。

 

「で?どうなのアクア」

「好きなんか?こういうあかねが好きなんか?」

「あかねのことは元々好きだよ」

「うわ、出たよ。好きとか言い慣れてるの丸わかり」

「でも自分のために努力してくれる女の子って嬉しいでしょ?」

「…………」

 

黙り込む。確かに今まで付き合いのあった女性は良くも悪くも素のまま接してくれることが多かった。ハルさんもナナさんも自然体で、綺麗になる努力を惜しむ人たちではなかったが、それはオレ1人の為の努力ではなかっただろう。もちろんあかねだってオレのためだけにキャラ付けしたわけではない。けれどオレの影響がここまで大きい努力を見たのは初めてかもしれない。

 

「ね。どうなの?」

「…………まぁ、そりゃ、多少…いや結構、その…」

「え?え?!え!!なになに!?なんだーー!!」

「え、マジ?ガチ!?アクアが照れているーー!」

 

頬をかき、ソッポを向くアクアの態度。この数ヶ月一度も見たことのない紅潮したアクアに女子達が一気に色めきたった。

 

「できるじゃん!そういう反応!」

「綺麗すぎてホントに人形かロボットみたいって密かに心配してたけど!感情死んでなかったんだね!」

「よっ!思春期!高校生!」

「帰る」

「えー!やだやだ待ってよぉ!やっと面白くなってきたのにぃ」

「冷やかしの肴にすんなら帰るっつったろーが」

「ごめんごめん。もうからかわないから。ほら、お菓子食べよ?ジュースもあるよ?」

「グラスに注いであげる。殿下、どうかご機嫌をお直しください」

 

ゆきとメムに宥められ、ようやく席へと座る。しばらくワーキャーしてる間にフリルとあかねは距離を詰めていた。

 

「アクア、しばらく肴にされるだろうね」

「………ちょっと申し訳ないな。私のせいみたいなものだし」

「気にしなくていいから。今まで散々人をからかって弄んできてるんだし。少しくらいお灸据えといてあげないとね」

 

その一言に笑いを返すと同時に少しムッとする。まるで貴方より私の方がアクアのことを理解してますよ、と煽られたような気分になった。

 

「で?あかね。どうなの?アクアのこと、好き?」

「え……」

「私は好きだよもちろん。親友としても、役者としても、男性としても。一見完璧に見えて、色々欠けてるあの人に、私は興味が尽きない。長く芸能界にいるけどあんな人、ホントに初めて出会ったから」

 

容姿端麗。運動神経も良く、才能は特級。性格も多少ひねてるが、悪くはなく、オーラに関しては筆舌に尽くし難い。人によっては恐らく中毒になる程引き込まれるだろう。人としても役者としても男性としてもアクアは魅力的だ。

だけど、人として何かが欠けている。具体的に何か、と説明することはできないが、少なくとも本人はそう思っている。だからあれ程の才能と実力を持っていながら、劣等感を隠しきれず、不完全を自覚しているから異様なほど完全で完璧主義者。

矛盾とそれを隠す仮面。仮面の下にある相反する二つの魂に、フリルは興味が尽きない。惹かれずにいられない。番組をこなし、この数ヶ月家族よりずっと一緒にいてもアクアとの時間は飽きる気がしなかった。

 

「あかねは?アクアのこと、好き?」

 

優しい口調で問いかける。しかし、言葉に熱と圧があった。半端に言い逃れるなら焼き尽くす。そんな怖さが優しさの裏に潜んでいることに、あかねは気づいた。

 

「好き、だよ」

 

マイクが拾わないくらいの小さな声で、フリルにだけ聞こえるように呟く。

 

「強くあろうと背筋を伸ばす姿が好き。どんな人やモノからでも学ぼうとするプロとしての姿勢が好き。不安やコンプレックスを隠そうとする努力が好き。綺麗なところも、醜いところも、ソレを隠そうとする行為すらも、全て『愛しい』。私にこの感情を教えてくれた、神様みたいなのにどこか私と似ている……あの人が、好きです」

「…………そっか」

 

息を吐くと同時に頬杖をつく。視線の先には美少女二人に接待され、眉間に皺を寄せながらもまんざらではない星の瞳の少年がいた。

 

「ねぇ、アクア」

「…………なに」

「あかねがもしガチだったらガチで返すの?」

「お前まで…」

「揶揄うとかじゃなく真面目に聞いてる。答えて」

 

真面目に聞いてるというフリルの言葉に嘘はない。熱を持った熱い瞳が碧眼を真っ直ぐに捉えていた。

 

「マジで付き合うルート、ある?」

「…………ありかなしで言うなら、まあ、ある」

『きゃーーー!!』

「チッ、いちいちキャーキャーうるせーなそこの二人。猿か」

「そっか」

 

アクアの答えに満足そうに頷くと泣きぼくろの美少女はおもむろにソファから立ち上がる。

 

「私、今ガチに参加してよかった」

 

眩い、けれどあかねとは違う。見ているものを熱くするような笑顔でフリルは大きな声で宣った。

 

「前も後ろも真っ暗で、右も左も敵しかいない芸能界で、親友(アクア)に出会えた。こんなにたくさん同世代の友達も出来た。そして何より…」

 

隣に座るあかねを見下ろす。

 

「敵よりもとても面倒で、厄介で、タチが悪くて、でも悩みを分かち合える、恋敵(ライバル)に出会えた」

 

笑顔は崩していない。それなのに威圧感がある。笑いとは本来威嚇の意味を持つという言葉をあかねは思い出していた。

 

「あかねって言いたいことがあっても遠慮や我慢しちゃうし、出来ちゃうでしょ?でも炎上騒ぎも落ち着きを見せて、あかねも堂々とできるようになった。おかげでやっと同じ目線で話せるよ。残り時間は少ないけど、勝負は勝負。負けないからね」

「それは私だって!」

『きゃーー!!』

 

いつのまにか、あかねも立ち上がっていた。向かい合う二人をアクアは唖然とした表情で見上げ、女子二人は手を握り合って立ち上がった。

 

「女の友情を確かめると同時に恨みっこなしの勝負勃発!」

「残り時間は僅かの短期決戦!(アクア)を手にする勝者はどっちだー!!?」

 

『面白くなってきたーー!!』

 

 

【面白くない】

 

 

収録から少し時間が流れ、場は変わり苺プロ事務所。関係者のみしか入れないブースで赤みがかった黒髪の美少女と星の瞳の少年は同じ部屋で同じ言葉を呟いていた。

 

「そもそも人の恋愛安全圏から眺めるなんてコンセプトが悪趣味なのよね誰と誰の掛け合わせがいいとかなんなの?馬主なの?三冠狙えるUMA娘を作りたいの?シンデレラグレ○なの?はーやだやだホント悪趣味」

「人の事わかったよーなツラして好き勝手言いやがって散々オモチャにしてくれてオレは人をオモチャにするのは好きだがされるのはだいっきらいなんだよキャーキャーキャーキャー発情期の猿かアイツら女って男の事すぐ猿扱いするけど女も変わんねーよな恩を仇で返しやがってマジふざけんな」

 

携帯をソファに放り投げながら番組批判する有馬かなと、床に突っ伏して寝転ぶ星野アクア。二人の愚痴は絶妙なバランスで組み合わさり、呪詛となって部屋を支配していた。

 

「───先輩とお兄ちゃんがあんなに意気投合してるの、初めて見たかも」

「人を団結させるのは共通の敵なのよ」

 

その様子を呆れ半分、心配半分で眺めていたのは星野ルビーと斎藤ミヤコ。アクアの妹と養母だ。二人とも系統は違うが容姿は凄まじく整っている。ルビーはアクアとよく似た顔立ちで、違いは瞳と髪の長さくらいだろう。赤い瞳に左眼から星の輝きが見られる。

ミヤコももう三十後半に差し掛かる歳だろうが、ちっともそんな風には見えない。ちゃんと化粧をして形を整えればまだ余裕で二十代で通るだろう。いつまで経っても老けない美しさを持った苦労人だ。

 

「不知火フリルを別格とすれば、今ガチで一番伸びたのはお兄ちゃんだけど、どこまでが仕込みでどこまでがアドリブなんだろう」

「今回に関してはほとんどアドリブだと思うわよ。アクアって計画的に見えて実は行き当たりばったりだから」

 

その結果、トラブル続きでこっちの胃は痛くなるばっかりだけど、なんだかんだで良い方向に転がるから厄介なのよね、とミヤコさんは独り言のように呟く。眉間に皺を寄せながらも、アクアを見つめる眼は優しげだった。

 

───お兄ちゃんは、ママが死んじゃってから、少し変わった

 

以前は意外と私に愚痴とか言うことはあったし、ズケズケと遠慮のない物言いをすることもあった。今も私に遠慮してるとかは思わないし、口喧嘩する事だってある。

 

けれど弱いところを見せなくなった。

 

憔悴した表情や態度を見せる事も疲労に溜息を吐く事すらなかった。いつも毅然として胸を張り、誰より強くあり続けていた。ママがいなくなった代わりに自分が家族を守る。そう背中が語っているかのような生き方だった。

それなのに今はまるで無防備だ。床に突っ伏して寝転び、延々とグチを言い続けている。16年この人の妹やってるけど、こんなの初めて見た。

ついにストレスがキャパくなったのか、それとも……

 

───先輩といる時は結構昔のお兄ちゃんみたいなんだよね

 

感情的に怒ったり泣いたりはしない。けれど喜怒哀楽を顔や態度に出す。先輩といる時、お兄ちゃんはママが死んじゃう前のようになる。いつものすました綺麗なお兄ちゃんもいいけど、こっちの方が本当のお兄ちゃんっぽくて私は好きだった。

 

そんな事を思っていると拍手の音がルビーを現実に引き戻す。ミヤコが手を叩いていた。

 

「はいはい二人とも。グチるのはかまわないけど明日は学校でしょ。仕事もないんだし、そろそろ休みなさい」

「明日はオレフケる。悪いけど、学校にテキトーに連絡しといてくれ」

「…………は?本気?」

 

アクアの美点の一つに真面目というところがある。仕事や業務に対してはいつも誠実で、真摯に向き合い、責任感を持って取り組んできた。事仕事に関して、サボるどころか、妥協したところすらミヤコは見たことがない。それなのに、今、アクアは堂々とサボると宣言した。

 

「一般生徒たちの遠巻きからの視線にはもう慣れたが、あの収録以来、フリルのやつ学校ですら一層付き纏うようになりやがって。明日あたりアイツにちょっかいかけられたらオレはフリルを殴るかもしれねぇ。最悪の事態を回避するために明日はフケる」

「…………ま、それで心が落ち着くなら、構わないけど。貴方なら1日くらい休んでも問題ないだろうし」

「明日は久々にストレス発散させてもらう。おい有馬、お前も付き合え」

「そう、付き合うってのはそんな打算だけじゃいけないのよ人間と競走馬は違うんだから馬と違って人間は感情がないと………はっ!?なんて?!」

 

まだ愚痴ってて意識が現実に帰ってきてなかった有馬かなは唐突なアクアからの誘いに思わず生返事を返してしまっていた。

 

「聞いてなかったのか?お前も学校サボってパーっと遊びに行こうって言ってんだよ。いいだろ?」

「…………うんっ、いく」

 

先程まで眉間に皺寄せて反吐でも吐きそうな顔をしていたかつての天才子役が高揚と期待で一気に明るくなる。イライラしてその様子に気づかなかったアクアと一瞬で顔つきが変わった有馬を見て、ミヤコは大きく息を吐いた。

 

───この子がいつかアイの二の舞にならないように、私がしっかりしないと。

 

眉を顰めたまま、自室へと向かう義息子の背中に刃物が突き立てられることがないよう、ミヤコは思いを新たにした。

 

 

 

 

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
次回重曹ちゃんとデート。上げて落とされる前段階です。前回ここまで書きたかったのですが、長くなったので二分割。ただでさえ拙作の文字数多めですからね。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。時間がかかっても感想には必ず返信します。
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