栄光か、破滅しか星をなくした子に選べる道はないだろう
夕暮れの名を冠する少女は貴方を心から愛するはずだ
貴方が真心を殺さない限り
時間は少し流れる。とある高級ホテルに若い男女が生まれたままの姿で一つのベッドで身体を重ねている。一人は背中まで伸ばした艶やかな黒髪に、白磁の肌。目元と口元に一点の墨を落としたような泣きぼくろが艶っぽい。スタイルもよく、細身に絞ったスレンダーな肢体を持つ美少女。名前は不知火フリル。日本人なら誰もが知るマルチタレント。
もう一人もルックスだけなら彼女に劣らない美少年。煌めく蜂蜜色の髪は暗闇の中にあっても輝き、青い瞳の中には眩い星の光を宿す。そしてルックスだけでなく、才能においても日本一のマルチタレントと遜色ないポテンシャルを持つ天才俳優、星野アクア。
あの嵐の夜以来、衝動的に行為に及んだ二人はお互いの時間が合う時、たまにこうして肌を重ねるようになった。もちろんなんの準備もなかったのは最初だけで、あれ以来お互い避妊に注意を払っている。今日はフリルの付き人マリンを勤めた最後の日。仕事の後、お疲れ様パーティとして二人でホテルのレストランで食事し、そのまま一晩過ごすことになった。
「アクア?帰るの?」
ベッドから起き上がり、服を着替え始めた時、背中から声がかかる。起こさないようにしたつもりだったんだが、流石に色々敏感だ。
「起こしたか、悪い」
「ううん。勝手に起きただけだから。それより帰るの?」
「ああ。家族には外で泊まるって言ってるから、その辺の漫喫で時間潰すよ」
今ガチでああなってしまった以上、もうフリルと二人でいるところを誰かに見られたら不味い。今日一夜を共にしたのはこの関係を精算するためでもあった。
黒のウィッグを被り、軽く化粧をして、アクアからマリンへと変貌を遂げる。コレでもうホテルから出てくるところを誰に撮られても問題ない。
「じゃあ私達の関係もしばらくはお預けね。私のマネージャー、お疲れ様。この数ヶ月、そこそこ時間あったのにすっごく短く感じた、濃密な時間だった。楽しかったよ。ありがとう」
「こちらこそ。マジで色々世話になった。オレがここまで上手くやれたのはフリルのおかげだ。ありがとう。感謝している」
差し出されたフリルの華奢で美しい手を握る。そのまま跪き、手の甲にキスをする。別れのキスではない。親友への親愛と敬愛のキスだった。
「アクア、目閉じて」
顎に手を添えられる。頬にでも口づけされるかと思ったら目に柔らかい感触が押しつけられる。どうやら閉じた瞼にキスをされたらしい。
「またね、アクア。あかねと仲良くね」
柔らかな笑みを浮かべるフリルからは悪意も皮肉も感じられなかった。その代わり、オレの考えや目的も見透かされている気がした。
「…………なあ、フリル。お前ならどうした?」
「どうって?」
「いつ爆発するかわからねぇ、一発で自分を頂点に吹き飛ばすか、破滅に導くかの爆弾が、目の前にあったとすれば、お前ならどうした?遠ざけたか?目の届く場所に置いたか?どっちが正解だと思う?」
「多分どっちでも一緒」
真剣な口調で問いかけたアクアだったが、フリルはとても軽い調子であっさりと答える。続いた。
「選択が正しいか間違ってるかなんて終わってみないとわからない。芸能界は選択に溢れてる。私達は常に選び続ける。でも正しい選択をするために私達の才能や努力は使っちゃいけない。選んだ道を正解にするために、使わなきゃいけない。正解にできなければ、それは選択が間違ってたんじゃなくて、私達の能力不足」
息を呑む。思わずフリルから目が離せなくなった。目から鱗が落ちるとはまさにこのことだった。
「ね?」
この数ヶ月、ルビーより遥かに長い時間を共に過ごし、それなりにフリルのことを理解したつもりだったが、まだまだ浅いと思い知らされた。コイツはオレなんかより遥かに難しく重い選択を繰り返し、ここまできたんだ。
「ありがとう、フリル」
もう一度、心から感謝を述べる。マリンを務め、フリルから巣立つ最後の夜が明けようとしていた。
▼
「で?マジな話って何よ」
時間は戻って現在。有馬かなと星野アクアはお互い軽く変装して学校をサボり、アミューズメントでデートしていた。今は一通りの遊びを終え、フードコートで食事する。しばらく雑談している時、有馬が切り出してくる。少し助かった。どのタイミングで話すべきか、少し迷っていたから。
「有馬はさ、恋愛ってしたことある?」
「ぶっ」
スムージーがむせる。吹き出さず咳き込まなかった事を自分で褒めたいくらいだった。話題を振ったのは自分だったが、予想以上にぶっ飛んだ話をいきなりぶっ込んできた。
「そ、そりゃした事なくはないけど!」
「その時ってお前、その人のどういうところに恋をした?」
「こっ…」
口にするのも恥ずかしい事を平然と聞いてくる。思春期男女の会話らしいと言えばらしいが、この男から出てくると違和感しかない。
「アンタ、何か変なものでも食べたの?」
「いや、パンケーキプレート食べてる」
「知ってるわよ」
真面目なのかふざけてるのかよくわからない口調と態度だった。いや、多分真面目なんだろうけど。
───コイツ本人の前で言うのはちょっと勇気いるわね
悟られないように、かつ嘘をつかないように。そんな話を心掛けなければいけない。ちょっとプレッシャーだった。
「…………子供の頃からずっと芸能界にいて、今まで生きてきたけど、やっぱり私のことを見てる人は子役の頃の私しか見てなくて」
子役じゃない有馬かなに価値はない。そんなネットに溢れる批判を自虐のように口にし出したのはいつからだったろう。自分で自分を貶めるようになるのが当たり前になったのはいつからだったろう。
「でも、ある日、今の私の本気を見たいって言ってくれた人がいて……私はいつも関わってくれる人たちのために演技をしてきたけど、その一回だけはその人のためだけに演技をした。その人のことを思うと演技ができなかった」
あの何もかもが最低の現場。流した涙は演技ではなく、溢れた笑みは演技で、ラストカットは素顔だった。
「表面だけじゃない、今の私の良いところも悪いところも、本質を見てくれた人に、私は恋をしたんだと思う」
勢いのまま言い切って、恐る恐るアクアの顔を見る。自分のことを言われていると気づいているのか、それとも全く気づいていないのか。星の光を宿す真剣そのものの瞳から読むことは出来なかった。
「…………ちょっと。なんとか言いなさいよ」
「ああ、ごめん。そうだよな、普通そんな感じだよな」
納得したように何度か頷き、口元に笑みを浮かべる。そのままアイスコーヒーを口にした。
「今ガチの楽屋でさ。オレの好きなタイプを聞かれたんだけど」
「っ……」
ピクリと眉が動く。非常に興味深い話だった。出来るだけ動揺は見せず、けれど一字一句聞き逃さないように耳をそば立てた。
「容姿とか性格とか、時間や場合によって変わるものじゃなくて、本人が持つ美しさも醜さもそれを隠そうとする行為すら愛しいと思える相手ってオレは答えた」
有馬かなが述べた人を好きになった理由と重なる答えだったことに赤みがかった黒髪の少女はぎゅっと胸の前で手を握る。浅はかだとわかってはいるが、それでももしかしたら、と思ってしまう。
「オレは今のところ、そういう人に出会ったことはない。良くも悪くもオレはオレより歳も立場も上の人間と関わり過ぎた。大人は醜さを隠すし、歳下相手に弱さも隙もなかなか見せない。他人の全てを知るなんてこと、不可能だとはわかってるけど、それでもオレはやっぱり知りたい」
その人の本質を知ってから恋をしたい。今オレの中でそこに限りなく近いのは二人だろう。
この数ヶ月、ルビーを遥かに超える密度でベッタリで、公私において行動を共にし、言葉を重ね、手を重ね、肌を重ねた不知火フリル。
あの雨の夜、思いの丈を全て打ち明け、オレの胸の中で泣き、笑い、オレも彼女を演じるべく研究した、黒川あかね。
この二人の、どちらがオレは好きなんだろう。
この二人の、どちらがオレを好きなんだろう。
一人で考えても答えは出なかった。だから他人の恋愛観が聞きたくなった。アイツらと同じ、子供の頃から芸能界にいる、有馬と話をしたくなった。
お前はどうやって恋をする、と。
「…………私も、他人の事あまり言えないから、言いにくいんだけど」
少し迷った様子を見せ、少しずつ言葉を口にする。躊躇いながらも有馬はアクアのことを評した。
「高二病ね。仕方ないことだけど、出来るだけ早く卒業しなさいよ。世の中アンタが思うほど病んでないから」
「は?高二病?厨二病は知ってるけど高二病ってのは初耳だな。なにそれ」
「アクアって無償の善意とか、打算のない提案とか、苦手でしょ?」
「………まあ、何企んでるんだ、とは思うな」
芸能界は貸し借りで成り立っている。相手のメリットデメリットが明確であってくれた方が信用できる。逆に信じてくれとか、臆面もなくいう人間が最も信用できない。騙し騙されに慣れきってしまったアクアや有馬は人を疑ってかかることがスタンダードになってしまっている。
「理想や根拠のない自信とかを綺麗事やご都合主義って吐き捨てる。何にでも自分が納得できる理由求めて、他人に期待とかしないで、人間不信になったり、ストイックに走るヤツを、高二病って言うのよ」
「…………ふーん」
自分が病んでる自覚はあったが、病名があるとは思わなかった。なるほど、たしかに当てはまる部分はある。不服気にしながらも最後のパンケーキを口に運び、飲み下した。
「有馬も似たようなものだと思うが」
「そうね。でもアンタほど他人を信用してなくはないし、人間不信でもないわ。少なくとも私はルビーとミヤコさんは信じてる」
「オレは?」
「理由なく裏切ったりはしないでしょうけど、場合によっては私ぐらい切るでしょうね」
当たっている。ルビーと有馬を天秤にかけたら、オレは恐らくルビーを取るだろう。芸歴オレより長いだけはある。流石に鋭い。
「有馬のそういうとこ、嫌いじゃないよ」
「…………ちなみにアンタって歳上と歳下どっちが好き?」
「年齢近ければ特に選り好みする気はないが……どっちかというと歳上」
ロックの世界に居た時は歳下の女の子とも繋がりはあったが、どうも恋に恋していた子が多く、深い付き合いをする気にはなれなかった。
「歳下は思い詰めたら怖い行動することも多いからな。ある程度芸事に理解ある人となると大概は歳上になる」
「へー?ふーん?へー?」
「なんかイラつくなその言い方。言っとくけどあかねも歳上だからな」
「っ…ふんっ!わかってるわよ!」
残ったスムージーを一気に飲み干す。苦情を漏らしながら、アクアも最後の一口を呑み込んだ。
「さ、腹ごなしにキャッチボールでもやって帰るか」
「何よ、もう帰るの?早くない?」
「もうそこそこ夕方だ。放課後になると人や学生も集まってくる。お前だって一応仮にもアイドルだろ。身バレしたら面倒だ。行くぞ」
「でも私キャッチボールなんてやったことないわよ」
「またか」
今回のスポッチャ、有馬は殆どのスポーツが未経験だった。役者は体力勝負。身体が資本。オレも有馬も鍛えてるため、運動神経は悪くない。筋も良かったため、教えがいはあったし、面白かったが、全てを一から教えるのは面倒でもあった。
「しょうがないでしょ。普通の女の子が遊んでる時間、私はずっと芸能界に注ぎ込んでたんだから。アンタが遊びなれ過ぎなのよ」
「オレだって稽古の一環だ。俳優にはある程度運動神経も必要だからな」
「だから私、こんなふうに誰かと1日遊んだのなんて、アクアが初めて。一番最初」
「それは光栄」
備え付けられたグローブとボールを取り、その一つを有馬へと渡す。握ったボールを見せながら、投球のコツを教えた。
「握りはこう。キャッチボールだから腕に力は込めなくて良い。それより大事なのは下半身とスナップ。足は投げる方向にまっすぐ踏み出す。肩を中心に腕を大きく縦に回すことを意識して、最後に立てた手首を返す。こう。ホラ」
ボールを投げる。アクアから放たれた白い球体は有馬の胸元へまっすぐ飛んでいった。
「ちょっと!キツくない?」
「こんなもんだって。慣れてないなら取る時は両手で受けろ。右手をグローブに軽く添える感じ」
「両手なんてカッコ悪くない?」
「エラーする方がカッコ悪い」
「もう!」
「それに女の子の両手受けは可愛いぞ」
「そ、そう?」
「そうそう、っと!」
有馬から投げられたボールはすっぽ抜けて飛んでいく。頭上を遥かに越えていく軌道のボールをジャンプし、顔を伸ばした手の反対方向に向けることでキャッチに成功する。
「ご、ごめん」
「力まない。力を入れるのは投げる瞬間の一瞬。こう」
「こう?」
「腕が回ってない。人間の想像より身体は動いてないものだ。もっと大げさにイメージしろ」
「こう!?」
「お、腕の振りは今の感じ。だが下半身への注意が散漫になってる。踏み出す方向、意識しろ」
何球か投げ合い、その度にアドバイスをしていくとだんだんと胸元近くにボールが飛んでくるようになる。やっぱり飲み込み早いし、筋は良い。
「有馬」
「なによ」
「ナイスボール」
「っ、アンタこそ、ナイスキャッチ」
それからしばらく、二人はボールを投げ、ボールを受け、声を掛け合う。周囲に人が増えてきたことに気づいたのは有馬のミスショットがケージに激突してからだった。
▼
恋愛リアリティショー『今からガチ恋始めます』最終回直前の談話室。最終回の収録に関して相談はなく、今後の活動やこれからの仕事についての話が主だった。一つの仕事が終わろうとしているが、次の仕事が決まっている人間はこの場にはフリル以外存在しない。これからのことを話したくなるのは自然だろう。
「アクたんはいいよねぇ。今ガチが始まってから終わりまで、全部騒動の中心近くにいたから人気出まくりでしょぉ?もう次の仕事も決まってるんじゃないのぉ」
「ないない。もうオレの今ガチバブルは結構弾けてるよ。話題性といえば今は断然あかねだろう」
アイをトレースしたことであかねの立ち位置もキャラもハッキリし、不知火フリルの対抗として、急速に人気も出始めている。トータルで言えば知名度の上昇はアクアが上だが、旬という意味なら今はあかねだ。
「えぇっ、やだなぁ。そんなこと全然ないよ」
「またまた。俺の学校でも噂になってるぜ。あかね、復帰後垢抜けたって」
「そうそう、ゆきユキもいいけど、アクフリとアクあかがアツすぎるって」
「番組を通してずっと隣に居続けたアクアとフリルの時間か、炎上トラブルを二人で乗り越えたアクアとあかねの絆か、一体どっちが熱いのかってね」
数ヶ月通して近づき続けた親交の長さか、それとも突発救済イベントの強烈さか。恋愛において付き合いの長さと衝撃の出会いは常に比較対象にされる。三角関係の王道を行く三人。しかもドラマでも映画でもなく、台本のないリアリティショーで実現しているという奇跡。外野が騒ぐのも当然と言える。
「三人の関係如何で今後の芸能活動に影響出るかもなぁ。リアルと舞台の関係リンクさせることって結構あるし」
「勘弁してくれ。舞台上の設定汲み取って役作りするだけでも難しいのにリアル事情まで考慮しなきゃいけないなんて、考えただけでゾッとする」
ノブの何気ない一言にアクアが辟易した顔でヒラヒラと手を振る。物語と現実の共通項を板の上に上げるというのは大衆から見れば面白いかもしれないが、演じる側としてはたまったものではない。本来の関係と食い違いは絶対出てくるし、その辺りを完全無視して役を作ると観客は白ける。矛盾する場面をむりくり直そうとすると今度は脚本に違和感が出てしまう。二人の関係を知ってる人なら納得してくれるかもしれないが、観客全員がアクアの事情を知ってくれているはずがない。観客が役に持つ情報とは一律であってくれた方が刺さる役作りをしやすい。
「あかねもそうだろ?」
「うーん、私はそんなことないかなぁ。舞台は舞台。リアルはリアル。舞台上の設定と本来の関係なんて全然関係ないし、私なら脚本のことだけ考えて役作りすると思う」
「あかねも結構芸術家肌の役者だな」
アクアも本来そっち側だったが、不知火フリルと行動を共にし続けたことで客観視を身につけ過ぎてしまった。思考回路の中に大衆への意識が組み込まれたことで間違いなく成長はしたが、自分本位な演技は薄くなったかもしれない。
「みなさん、そろそろ本番です。準備してください」
ADさんが控え室に声をかけてくる。その瞬間、全員顔色が変わる。さっきまで学校の休み時間の学生そのものだったが、一気に仕事の顔になる。今ガチが始まった頃はこうではなかった。緊張と固さが顔に出ていた。この数ヶ月、成長したのはオレだけではないと思い知らされる。少し嬉しく、少しムカついた。
「行くか」
「うん」
隣を歩くあかねも良い顔をしている。恐らく演劇の舞台に上がる前のあかねはいつもこんな顔なんだろう。最初からこれができていればオレがあんな命懸けでバイク転がすこともなかっただろうな、と不満と感謝両方の感情が胸に湧いた。
「では、不知火さんが来られるまでもう少しお待ちください。不知火さんが入られ次第、スタートします」
ビリついた空気が少し弛緩する。全員肩に力が入っていたというわけではなかったが、それでも張り詰めた空気が緩んだ。
「…………なあ、あかね」
「ん?なあに?」
もうキャラが変わっている。纏う空気は眩く、瞳の奥で光る星の輝きは気後れすら感じる。フリルの時ですら感じなかったことだ。アイツに知られたら殺されるな、と思わず苦笑が漏れてしまった。
「さっきの話の続きなんだけどさ。あかねってどうやって役作りしてるんだ?」
「?役作り?」
「オレは基本的に自分の経験と照らし合わせてやってる。それ以外はイメージだな。役の内面と設定分析して、この人ならどうするか、を取り込んで、憑依りこむ」
メソッド演技の初心者は最初自分以外にはなれない。だから芝居というより身体が勝手に動くという感覚に近い。しかしそれだけでは作品が破綻する。だからカメラから自分がどう映ってるのかをイメージする。そのために必要なのが客観視と
「…………アクアくんは、歪だね」
「歪?」
「役者はね、普通他人からどう見られてるかをまず一番に気にかける。私も最初は憧れの、人マネから入った。他人から見て、私がその人みたいって思ってもらえるように役作りをした」
「…………」
憧れから芸能界へと足を踏み出す。よくある話だ。オレのような義務感で戸を叩く人間の方が少ないだろう。
「アクアくんも、きっとそうだよ。貴方にも憧れの人はいる。目指す人がいて、その人のようになろうとしてる。でも、アクアくんにその自覚はない。自覚はないままに役作りして、『俯瞰の眼』を身につけてる。星野アクアという役の上に役を作ってる。すごく歪。不知火さんやMEMちゃんが貴方のことを不気味って言うのもわかるなぁ」
話を聞きながら背中に冷たい汗が流れる。この数ヶ月でフリルから俯瞰の視点を学んだことだけじゃない。オレの思考回路やルーツまで気づきかけてる。オレの研究をしたとは聞いてたが、ここまで正確にトレースされているとは。薄ら寒いモノを感じずにはいられなかった。
「話がそれちゃったね。私の役作りだっけ。そんな大層なモノじゃないんだけどね。役の事いっぱい調べてプロファイリングして、自分なりに解釈加えてるだけ。足りないところは勝手な設定とか色々盛り込んじゃったりしてね」
「設定?」
「そうそう、アクアくんが軽く人間不信なのはちっちゃい頃にPTSDを患った、とか。アイには隠し子がいる、とか」
息を呑む。感情を表に出さないために、口の端を食いしばった。
「アクアくんの完璧主義って5歳くらいの頃に急に強く見られるようになってるから。大人に完璧求められて、それが当たり前になっちゃった、とか。アイって所々破滅思考みたいなのがあったんだけど、思春期くらいに急に改善されて、そのまま再発もしてない。感情のラインに整合性が取れるし、不可解だった行動の数々…例えば急な一年近い休業にも説明つくし。何を考えて、どう行動するか、パズルみたいにわかってくるの」
心臓の鼓動がうるさい。脂汗を必死に押し込める。まるで殺人を犯した犯人が徐々に推理で追い詰められていくかのような感覚に陥ってしまう。膝から下が震えそうになる。腹の底にグッと力を入れた。そうしなければ本当に崩れ落ちてしまいそうだ。
「でもアイのトレースはいつもよりやりやすかったなぁ。アイとアクアくんって結構似てて、プロファイリングも難しくなかったし……まるで────」
あかねが発した最後の一言が、アクアの行動方針を決めてしまった。
「すみません、遅れました」
「不知火さん、入られます!用意出来次第本番です!皆さん、準備してください!」
芸能界には才能が集まる。
自由奔放で、嘘も戦略も纏っていながら、真心を忘れなかったアイ。
「鷲見ゆきさん!俺と付き合ってください!」
客観視を極限まで高め、自己を完全に排し、己の美しさを偶像崇拝レベルにまで昇華した不知火フリル。
「ごめんなさいノブ君!私、今は仕事に集中したくて!」
自分に足りない何かを埋めるかのように、さまざまな分野や人からあらゆるモノを吸収し、何にでも変化する星野アクア。
「ケンちゃん、慰めの音楽弾いてあげてぇ」
そして、高い観察力と洞察力、深い考察によってそれらを演技へと還元する天性のセンスの持ち主、黒川あかね。
「あ、ああ。ノブ、元気出せよ」
今ガチという小さな番組の中ですら、三つの巨大な才能が集まった。芸能界全体を見渡せば、それこそ大小幾つもの才能があるだろう。普通に生きていれば、埋もれてしまうような、原石が。
アクアも10年以上芸能界にいた。才能もいくつかみてきた。けれど、この10年で初めて出会った。妖しく、危うく、近くにいたら己を滅ぼしかねない大炎。それも二人同時に。
「…………アクア?」
普通に考えれば、逃げるべきなんだろう。どれだけデカい炎だったとしても対岸の火事ならこちらに飛び火することはない。
「アクたん?」
でも、この炎をうまく乗りこなせれば、一気に近づけるかもしれない。オレの目的の一つに。
「アっくん?」
あかねの洞察力は半端じゃない。オレが12年以上隠している秘密に既に辿り着きかけている。近くにいたら、全てを暴かれる可能性は高い。もしあかねに全てがバレて、世間に暴露されたら、オレの人生は終わる。
「アクア?」
諸刃の剣。キレすぎる刃は持ち主すら傷つけるかもしれない。そうなれば芸能界での成功は勿論、人並みの幸せすら……
───人並みの、幸せ?
思わず自嘲が漏れる。自分の甘さに吐き気がする。今まで利用できるものは全て利用してきた。どんな手を使ってものし上がる。そのためにロックの世界にもいた。危ない橋も渡った。色んなところで人脈を伸ばし、コネを作り、他人の好意を利用し、ここまで来た。そんなオレが、今更人並みの、穏やかな幸せを求めるなんて、都合が良すぎる。オレに許されている道は大成か、破滅か、どちらかしかない。
───全ては今を生きる大切な人のために…
そのためにできる事ならなんでもする。今までも、これからも多分そうだ。なら足を止める理由はない。それに、いつ爆発するかわからない爆弾を自分の目の届かないところに置くのも怖い。番組が終わればオレ達の関係は一気に疎遠になるだろう。ここで失うのは惜しい。
「アクア、くん」
無言で、ゆっくり、一歩ずつ、ベンチに腰掛けるあかねの元へと歩く星の瞳の少年の名前をメンバーたちが呟く。彼の歩みに、瞳に、寒気がするほどの覚悟が伝わっていた。
『まるで、親子みたいだなって』
あかねに言われた一言が脳裏をよぎる。バレるかもしれない。彼女をそばに置くことは、オレを破滅に導くかもしれない。けれど、そうなったとしても構いはしない。使えるモノはなんでも使う。どんな手を使っても目的にたどり着く。最悪、オレ一人が消えれば済むだけのこと。元々いつ消えるかわからないオレだ。今更破滅を恐れても仕方ない。人並みの幸せなんて、とっくの昔に捨てている。リスクを無視すれば、あかねはオレの目的へと一気に近づく推進剤となりうる。
「黒川あかねさん」
逃す手はない
「オレと、付き合ってください」
「…………はいっ」
あかねから星の輝きが消え、うっすらと涙が浮かぶ。あかねの頬に添えられたアクアの指が、その滴を吸い取った。
───嘘には真心があるべき。それは変わらない、オレの持論
だからあかねとの付き合いには誠実でいよう。しばらくはビジネスカップルだろうが、カップルしている間はちゃんとしよう。ナナさんやハルさん、フリルとの付き合いも精算し、必要に応じて、彼氏を演じよう。できるだけ、あかねを優先しよう。真心を持ってあかねを大切にする。
その代わり、オレの心は死んで良い
どちらともなく、目を閉じる。二人の唇の距離がゼロになった時、周囲から拍手が巻き起こる。それは祝福か、それとも呪縛か、今は誰にもわからなかった。
「あーあ……マジ最悪。死んじゃえばーか」
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
遂に今ガチ最終回を迎えました。長かった。色々書きたい事ありすぎて寄り道しすぎましたね。次回でようやく今ガチ編完結。そしてマリン無双編突入(大げさ)予定です。ご期待ください。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。時間がかかっても感想には必ず返信します。