【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

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暗くて僅かに明るい日
少年少女達はひとつの区切りを迎える
星をなくした子は落陽の少女の手を取り、新たな舞台へ
道化を演じる淑女は偶像の世界へと


36th take 真実のみの偽り

 

 

 

 

 

 

 

「『今からガチ恋始めます』全収録終了です」

 

【お疲れ様でしたー!!】

 

本日貸切となった少し大きなバル。収録を終えたキャスト裏方諸々全員が集まり、手に持ったグラスを近くの人にぶつけ合う。今日をもって全てのロケを終えた『今ガチ』スタッフは慰労のパーティを開催していた。要するに打ち上げである。座席もあるが、基本的に立食パーティのような形で始まった打ち上げは皆一箇所には留まらず、思い思いに過ごしていた。

 

「お疲れー。いやぁ、何ヶ月かやってたはずだけど、思い返すと一瞬だったわー」

「ホントに色々あったけど……うん、楽しかった」

「あかねがそう言ってくれるなら大満足だな」

「オレはひたすら精神すり減らされた数ヶ月だった。軽く2年分は気苦労使い果たした気がする。芸能人は早く老けるっての、わかるなぁ」

 

皆が笑顔で過ごす中、星の瞳の少年だけは疲労感を露わに頬杖をついていた。

 

「あ、アッくん帰ってきた。プロデューサーから呼び出されてたけど、なんだった?」

「普通に説教。あの動画について。まるでオレ個人が作って流出したみたいに言われた。ったく、なんでオレだけ説教されなきゃいけねーんだ。アレはメンバー全員で作ったってのに」

「あはは。でも言い出しっぺと主演及び監督ぜんぶアクたんだもんねぇ。黒幕扱いされてもおかしくはないよぉ」

 

ケッ、と吐き捨て、飲み物を呷る。まあ、説教はおざなりなもので、本題はこのリアリティショーに出演したことの真の報酬。アイの裏話についての確約だったのだが、まあそれは言わなくていいことだ。

 

「それで、どうだったの?アクアくん、怒られたり、なんか」

「問題ない。ちょっと脅されはしたが、まあ穏便に済ませてくれたよ」

「ああ、よかった。もし私のせいでアクアくんの迷惑になったらどうしようかと…ごめんなさい」

 

いつのまにかアクアの隣に座っていたあかねがホッと胸を撫で下ろす。空いたグラスにあかねの手からシャンメリーが注ぎ込まれた。

 

「とにかくめちゃくちゃ疲れた。もう当分MCはやらねぇ」

「初っ端から不知火フリル参戦なんて爆弾背負わされて、あかねの炎上騒動。最後は三角関係で、番組内外のトラブルでアクアが関わってなかった事ってなかったもんね。いつも騒動の中心ってわけじゃなかったけど」

「ご、ごめんね」

「あかねが謝る事じゃないよ。半分以上はアクアが自分で首突っ込んだ事なんだし」

「その通りだけどフリルにソレ言われるのムカつくな」

 

間違いなく元凶の一人だ。フリルと行動を共にした事でメリットもあったが、やはり序盤のデメリットを水に流すことはできなかった。

 

「次の仕事とか決まってねぇけど、もうショーバラエティはゴメンだ。当分は俳優業に専念する」

「賛成!私もこれからは本業に集中したいと思ってた!今度は舞台でアクアくんと共演したい。ララライでアクアくんのこと話してみるね。ウチは劇団所属じゃなくても外部から人を呼ぶことも結構あるから。アクアくんなら何かの役で使ってもらえるかも」

「お、いいの?悪いな、頼めるか?」

「勿論!任せて!」

「あら。早速仲が良いね、お二人様?」

 

パーティが始まってから……いや、始まる前からずっとアクアの隣に侍っていたあかねに遂にツッコミが入る。誰もが聞きたくて、でもなんとなく聞きにくかったところにメスを入れたのは、やはり不知火フリルだった。

 

「そうそう!最後のキス!どういうつもりなの!?」

「やっぱりガチで付き合うの!?どうなの!?」

 

女性陣が一気に姦しく捲し立てる。問い詰められた二人はどちらからともなくお互いを見つめ合い、あかねは「あはは」と笑みを浮かべ、アクアは肩をすくめた。

 

「…………そのあたり、私も少し話がしたい。いいかな?」

「勿論。なんなりと」

「…………番組でああなった以上、しばらくは交際するしかないとは思うんだけど…」

 

ゴクッと一度あかねが唾を飲む。少し逡巡を見せたが、意を決して口を開いた。

 

「私達の交際って、仕事?それとも、本気のやつ?」

 

本題に切り込まれ、メンバー全員が黙ってアクアの答えを待つ。真剣な口調での問いかけに対し、アクアは意外と軽い調子で応えた。

 

「あかねはどう思ってる?」

「え……私は、それは……」

「──なんてな、質問を質問で返すのは卑怯か。ちゃんとオレから答えないとな」

 

───上手い……てかズルい

 

アクアの受け答えを見て、フリルとメムが心中で呟く。質問を質問で返すな、とはよく言われることだが、コレは本来理不尽な話だ。相手が質問してきてるというのにされる方だけはするな、なんて不公平だと言われても反論はできない。しかし、アクアはこの不公平を受け入れる、と宣言した。一度公平な立場へ上ろうとした後に、だ。コレはアクア側からの譲歩であると同時にあかねへ罪悪感を植え付ける。会話の主導権は本来質問した側にあるものだが、この一言でアクアはイニシアチブを取り戻したと言える。

 

「仕事、ていうのがどこまでの意味を指すのかで変わるな。金が発生する業務を仕事というなら違うし、芸の肥やしにするっていうなら、広い意味では仕事に含まれる、と思う」

「…………恋愛の勉強するためにあかねと付き合うってこと?」

「その意図がゼロかと言えば嘘になる。オレも今まで仕事一本でやってきて、まともな交際なんて一度もやってないし、彼女なんて作ったことなかったからな」

「それは、私もそうだからわからなくはないけど…」

「なんだか意外だねぇ。一番とっかえひっかえしてそうな二人が、彼氏彼女いない歴=年齢なんて」

 

少し眉間に皺を寄せるゆきと飄々とした様子のアクアを見て、MEMちょが率直な感想を述べる。二人とも異性に慣れてて、コミュ力も高い。実際アクアは交際経験はないが、女性経験自体は豊富だ。MEMの感想も言いがかりと言えるほどではない。

 

「モデル周りはそういう子そこそこいるけどね。高校生を対象にした交際経験の有無の比率は一般人と大きく変わらないんじゃないかな。5:5ってとこだと思う」

「おお、フリたんからそういう事言われると説得力すごいね」

「モデルも女優もみんながみんな恋愛禁止じゃないからね。アイドルじゃないんだから。読モなんて撮影現場に彼氏連れてくる人とかザラだし」

「高校生になったんだから、そろそろ彼氏彼女作りたいって思うのは当たり前かぁ」

 

少し不誠実に捉えられかけた、アクアの発言が少しずつ受け入れられ始める。実際交際するにあたって本気の相思相愛というケースの方が少ないだろう。相手にそこそこ好意があり、きっかけとタイミングが重なれば、試しに付き合ってみるというケースの方が遥かに多い。交際自体、お試し期間と考える人の方がスタンダードだ。

 

「でも、アクアくんって、私のこと、異性として見てくれてる?」

「ははっ、あかねは男性か?」

「そうじゃなくて!ちゃんと恋愛対象として私のこと見てくれてないでしょってこと!」

「そんなわけ──」

「変な気は使わなくて良いよ。演技してる私のことは良く思ってくれてるかもしれないけど、私そのものには興味ないでしょ?分かるよそれくらい」

 

誰もが聞こうとして聞けなかったところに本人が切り込む。確かにアクアの態度はあかねの復帰後を境に変わった。今までの素のあかねでは何もなかったのに、演技をし始めた途端に接し方が変われば、本当のあかねを見てくれてないと思ってしまうのもわかる。

どう答えるか、と誰もが固唾を飲んで見守る中、アクアは柔らかくあかねに微笑を返した。

 

「分析能力が高いのも考えものだな。過学習状態になってしまってる。まあオレも覚えあるけど」

「過学習?」

「深読みして設定自分で作り過ぎてるってこと。色々誤解あるみたいだから、一つずつ解いていこうか。オレはあかねに凄い興味あるよ。女優としても、勿論異性としても」

 

疑心暗鬼に囚われ、不安を見せる少女を安心させる柔らかな笑顔。この場にいる誰もがアクアの微笑みをそう捉えていたが、対面に座すフリルと間近にいるあかねだけはアクアのよくできた作り物の笑顔を見抜き、そこに僅かに滲む微細な本音を感じ取った。

 

───仮面に気づかれるのは想定内。今までもオレの嘘を疑ってかかる女はいた。嘘つきの本領はここからだ

 

ここで心にもない美辞麗句を言うのは論外。あかねにはほぼ100%見抜かれる。真実のみで偽りを見せられてこそ、役者(やくしゃ)は一流。

 

「オレ、前に言ったろ?理想の女性像。顔はオレと同等以上で、何かしらの才能があって、醜さを隠そうとする行為も愛しいと思える相手って。その要件全部満たしてるあかねに、異性として興味ないわけがねーだろ」

 

過去に言った本音と行動の結果を現状にミックスし、相手に都合のいいストーリーを組み立てること。言葉だけではない、行動の過去を交えて、相手の脳を騙すことが本気で人を欺く嘘だ。

 

「あかねは演技してる自分と素の自分は違うって考えてるのかもしれないけど、少なくともオレはそうは思わない。演技してるのがあかねなんだったら、それは紛れもなくあかねの一部だ。だって演じてるのは黒川あかねなんだから。だから演技してるあかねに興味を持ったって事は少なからずあかね本人にも興味を持ってるってことなんだよ」

 

出演したドラマや映画をきっかけに女優や俳優のファンになるなんてこと、世の中には溢れかえっている。そして好きになった俳優の出演作が気になり、本人のことを知りたくなっていく。コレを本人に興味を持っていないと言わず、なんと言うのか。少なくともアクアには他の言葉で説明はできなかった。

 

「あかねは演技で自分の醜い部分を隠し、カメラの前で立ち振る舞った。そのことをオレは凄いと思ったし、懸命さを愛しいと感じた。だから好意を持った。コレはマジだ」

「アクアくん……」

「でも、あかねが言ったことも半分あってる。この興味が女優黒川あかねに対するものなのか、一人の異性であるあかねに対するものなのか、オレにもよくわかってねぇんだ」

 

相手の意見を完璧に否定しない。君が不安に思う理由もわかるとアピールすることで、オレの嘘に現実感を持たせる。全て理想で塗り潰すより、こちらの方が相手も安堵する。

 

「コレも前に言ったけど、オレは恋愛感情がよくわからん。この興味が今までのものとは違うってのはわかるけど、ガチの恋か、て言われると自信がない」

「確かにどこまでが好意で、どっからが恋愛か、なんて言われても説明は難しいよな。結婚とかならともかく、高校生の交際でそこまで深く考えてる奴の方が少数派じゃねぇ?」

「結婚の方が多分打算多いと思うよぉ。結婚って恋愛感情の延長じゃなくて、家同士の契約に近いからねぇ」

 

今までのアクアの答弁が誠実に聞こえたから、ノブとMEMがフォローに回る。そこまで難しく考えなくて良いよ、と遠回しにあかねに伝えてくれた。

 

「だから、まだあかねと離れたくない。もう少し、今度は仕事仲間から一歩進んだ関係で、一緒にいたい。初めて知ったこの感情の名前を知るまで。そう思ったからオレはキスした。この興味が不誠実だってあかねが思うなら、オレもすっぱり諦める。でも、そうでないなら、もう少しオレと一緒にいてほしい」

 

改めての告白。聞きようによってはキープ宣言にも聞こえるが、アクアは後ろ暗い部分も全て晒した。テーブルに置かれていたあかねの手に細くふしくれだった無骨な手を重ねる。その手つきにいやらしさはまったくなかった。

 

「…………アクアくんが思ってるより、私は醜いよ。炎上の時だって鏡の中の自分が自分でもブスだと思えるほど酷かった」

「凹んでる時は誰だってそうさ。オレだって凄いぞ。昔一度倒れた時はそれはもうグロかった」

「アクアくんが思ってるより、私は普通の人だよ。すぐ落ち込んで、すぐ死にたいとか思っちゃう。ずっと演技の勉強してたから隠すのだけは上手くなって、役者っぽく振る舞えるだけで…」

「だからこそ凄いんじゃないか。演技(ソレ)はあかねが子供の頃から積み重ねてきた、お前だけの誰にも負けない技術(スキル)だろう?もっと自信持っていいことだ」

「アクアくん……」

「だから、もう少しオレと一緒にいてくれ。今度は仕事仲間としてだけじゃなく、星野アクアの彼女として。お願いします」

「…………私で、良ければ」

 

あかねが真っ赤になって頷くとほぼ同時、周囲から拍手が起こる。番組の時ほど派手ではなかったが、アクアの誠意が伝わったからか、みんな少し気恥ずかしそうにしていた。

 

「いやあ、聞いてるこっちが少し恥ずかしくなっちゃったねぇ」

「うん、アクアが告った理由が思ったよりガチだった。ビジネス面でも恋愛面でも。もっとクズいかと思ってたのに」

「お前ら人のことなんだと思ってたんだ」

「女好きのタラシ男」

「前世結婚詐欺師」

「あのなぁ」

「ま、冗談はこの辺にしておいて」

「冗談ですますかどうかはオレが決めることだからな?」

「アクたんの想いは分かったけど、フリたんの事はどうするの?」

 

あっ、とあかねから思わず声が出る。メンバーの視線が一気にフリルへと向かった。実は最後の収録以来、フリルとまともに絡む事は誰もが避けていた。番組的に決定的なシーンは撮影しなかったが、結果だけ見ればフリルはアクアに振られた形になっている。下手にその辺りをつつくと炎上しかねないため、誰もが避けていたことだったのだが、カメラが止まり、オフの状態になって初めて、MEMが切り込んだ。

 

恐る恐るあかねもフリルへと目を向ける。しかし、本人はなんでもない様子で飲み物を口にしていた。

 

「別に、私のことは気にしなくていいよ。アクアはアクアがやりたいようにやってほしいっていつも思ってる。私がアクアの才能の妨げになるっていうなら私から離れるつもりだったし」

「なんというか、お前の想いはいつも重くて軽いな」

 

こうと決めたらフリルの熱量は凄まじい。リアリティショーにも出るし、オレを女装までさせてマネージャーとしてそばに置くこともする。だが離れるとなるとすっぱりあっさりだ。この業界、見切りと切り替えの早さはなによりも重要だ。ならば芸能界トップ中のトップである彼女が、コレらの能力が低いはずはない。

 

「それに、アクアの親友までやめるつもりはないしね。あかねもそれくらいなら許してくれるでしょ?」

「えっ、あっ。そのっ」

「許してくれるよね?」

「そんな、アクアくんの交友関係にまで口を出す気は……」

「許してくれるんだよね?」

「…………はい」

 

しっかりとした言質を取るまで同じ質問を繰り返したフリルに根負けする。軽い口調だったが、明らかに迫力(きょうはく)の意図があった。

 

「アクアと関係続けられるなら、私は彼女でも親友でもどっちでもこだわらないよ。彼氏にするとしたら、今はアクアしか考えられなかったってだけ」

「…………」

「それにこの手の番組でくっついたカップルって基本的に続かないしね。半年保てば長い方じゃない?」

「…………え、なにそれ。全然諦めてないじゃん」

「?当然でしょ?諦めるなんて一度も言ってない」

 

怖っ、と全員の心の声が一致した。アクアもそうだが、フリルの恋愛観も結構歪そうだ。

 

「これからはあかねとも長い付き合いになりそう。よろしくね、恋敵(しんゆう)

「…………こちらこそ!」

 

二人のグラスがかち合う。その乾杯を見たメンバー達は、あかねもえらい二人に巻き込まれちゃったなぁ、と少し同情した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあお疲れ様でしたー!」

「あかね、送ってこうか?」

「ありがとう、大丈夫。みんなとタクシー使うから」

「気をつけろよ」

「アクアくんも。バイク、飛ばしすぎちゃダメだよ」

「アクア、私の心配は?」

「お前は白河さんが迎えに来てるだろーが」

「アクアさん、お疲れ様でした」

「はい、白河さんもお気をつけて」

「私には?」

「…………またな」

「うん、また。今度は舞台の上で」

 

パーティもお開きとなり、それぞれの帰路に着く。アクアも近くの駐車場に停めたバイクを拾うべく、キーを取り出した。

 

「………メムは歩きか?」

「うん。この辺住みだから。アクたんはバイク?」

「歩きで帰れなくもないが……まあ足があるとついな」

「一度楽覚えちゃうとねぇ」

 

グーッと両手を広げ、伸びをする。人もまばらな夜の街は、開放感と同時に寂寥感が呼び起こされた。

 

「コレでみんなとも一気に疎遠になるだろうね」

「元々分野はバラバラな奴らも多かった。オレやあかね、フリルはともかく、他のメンツとはなかなか直接顔を合わす機会はほとんどないだろうな。まあ番組が終わるってのはそういうことだ」

 

芸能界は規模の大きな学校。番組の終わりは一つの卒業に近い。中学を卒業した後は進学先の人間との交流が最優先になり、中学時代の友人とは一気に疎遠になる。例えるなら、あの状態に近かった。

 

「でもノブとゆきは違うだろうけど。あの二人こないだから付き合い始めたらしいし」

「らしいな。まあ、特に驚きはしないが。番組ではちゃんと振って裏で付き合う、か。ある意味正攻法(ノーマル)な芸能人やってるな」

「テクニカルだよねぇ。お陰で寂しいのは私とケンだけになっちゃったよぉ」

 

よよよ、と泣きまねをした後、大きく深呼吸する。見開いた目からはいつものおちゃらけた様子は見えなかった。

 

「…………寂しいな。私、この現場が大好きだった」

 

真っ直ぐに虚空を見つめる瞳はアクアから見ても、美しかった。

 

「二度目だな」

「2度目?」

「お前の心からの言葉を聞いたのは、多分二度目だ」

 

一度目は嵐の中の電話。オレにしかあかねを救えないと言った時、MEMからいつもの作っているキャラはなく、本人の心からの声だった。二度目は今。カメラも、オレの存在すら忘れて、メムは言葉を放っていた。

 

「…………ホント、顔は好みだし、性格もなんだかんだ悪くないし、能力はプラチナレベルだけど、君は手に負えないね」

 

人間、自分と不相応な相手に恋愛感情は抱きにくい。尊敬は畏怖となり、畏怖は弱気になり、相手から離れることを選んでしまう。才能とは炎に似ている。人は巨大な炎と相対した時、接し方は大きく分けてふた通り。火の明るさと強さに引き寄せられるか、自分が燃えないように距離を取るか。メムの場合は後者だった。

 

「そういう意味ではあかねも相当だと思うがな」

「ね。本気出せばあそこまでアイのことをトレース出来るとは思ってなかったよねぇ」

「ああ、流石に少し驚かされた。芸能界に来て、才能にはいくつか出会ってきたが、アレほどのはなかなかお目にかかれない……ていうか、メムも結構アイのこと詳しいな。世代じゃないだろうに」

「いやいや、B小町はアイドル目指してた女の子にとっては誰もが憧れたグループなんだよ!」

「…………アイドル目指してたのか?」

 

キュッとメムの口が閉じる。ちょっと言いすぎてしまったと後悔している顔だったが、十数えるほど経つと、諦めたように目を閉じ、語り始めた。

 

「ここだけの話だよ?」

「安心しろ、口は固い方だ」

「…………私、元々アイドル志望だったんだぁ」

 

諦めと挫折、そして未練が声音から感じ取られた。

 

「でも色々あって挫折しちゃってね!今は元気にユーチューバーやってます!まあよくある話だよ!」

「そうだな。よくある話だ」

「───そう、よくある、話」

 

今の時代、誰でもネットに動画をアップできて、アイドルもどきをやることができる。動画上げること自体はタダだし、もしバズれば金にもなる。リスクと人生賭けてアイドルやろうなんて人間の方が今や少数派だ。アイドルになれなかったユーチューバー、ティックトッカーなんて溢れかえっている。よくある話だ。

 

「そして夢が追える環境が整った時、もう一度再チャレンジするのもな」

「…………へ?」

「オレは自分に才能がないことを自覚してる。だからと言ってはなんだが、才能を見る目に関しては、結構優秀なつもりだ」

 

惑うメムの目を星の瞳が真っ直ぐに見つめる。その目に冗談も嘘もなく、本気の光しかなかった。

 

「苺プロは先日アイドル部門を本格的に復活させてな。今新規にアイドル事業を始めようとしてる。けれどメンバーはまだ二人しかいない」

 

そして新メンバーの募集も難航しているそうだ。それも当然。実力のある可愛い子は大手のオーディションを受ける。わざわざ苺プロのような小さな事務所を受けようとはしない。

 

「一人はオレの妹。素質はいいもの持ってるんだが、頭の中には夢しかないような世間知らず。もう一人は実力はあるのに、栄光と挫折を経験してるせいで色々拗らせちゃってるめんどくせー女」

 

二人とも光る物はある。素材としては悪くない。だがそれぞれに難とクセがあり、あの二人だけではユニットを作ることは難しい。あの二人を繋ぎ合わせ、化学反応を起こさせる触媒となりうる人材が少なくとも一人、必要だ。

 

「メム。お前なら出来ると思う。夢を追って、挫折して、それでもまだこの世界で戦ってるお前なら」

「アクア……でも、私は──」

「多少の嘘は構わねえさ。今時個人でやってるヤツがプロフィールサバ読んでるなんてザラだし。少なくともルビー……あ、オレの妹ね、やウチの社長は気にしねーよ。問題児には寛容な事務所だ。心配しなくていい。なんせオレをアーティストとして雇ってんだから」

「あはは。確かに、そうかもね」

「なんだと?」

「あ、ごめん」

 

笑うメムに対し、眉を顰めるアクアだったが、フッと口の端に笑みを浮かべる。そのまま手を差し出した。

 

「メム、新生『B小町』にはお前みたいなヤツが必要なんだ。夢と現実、両方知ってて明るい方向に意識を向けられるムードメーカーが。やってみねーか?もしお前がまだ夢を諦めてなくて、夢にチャレンジしたい想いが僅かでもあるなら、ウチに来てほしい。頼む」

 

人を口説く時のコツ。情熱と冷静、理想と現実をうまく混ぜ合わせ、熱さに乗せる。今、ここで人生を変えてやる、という熱に。

アクアの熱に浮かされ、希望を持ってしまったメムの煌びやかな目と顔は、アクアから見ても可愛らしく、少し愚かに映る。

 

残暑がまだ残る夜。三日月が僅かに明るい日、新たな偶像(スター)が夜空に上がろうとしていた。

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
次回からJIF編スタートです。よろしくお願いします。あと最新話怖。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。時間がかかっても感想には必ず返信します
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