12時を過ぎたシンデレラが見た光
道化の淑女の遠い日の憧れ
星をなくした子が体現する
「…………貴方はスカウトマンとして雇うべきだったかもね」
今ガチの打ち上げが終わったその夜、アクアは連れを伴って苺プロ事務所に訪れていた。事前に電話で事情は伝えている。電話越しでは半信半疑といった感じだったが、こうして目の前に連れてきた以上、信じるしかないといった様子だ。
「人気ユーチューバーにしてインフルエンサー『MEM』を引っ張ってくるなんて。彼女がアイドルに興味あったとは意外だったわ」
「ま、オレが本気で口説けばこの程度は楽勝……と言いたいところだが思ったより簡単に釣れた」
「なんかすっごく引っかかるなぁ。私尻軽だと思われてる?こう見えて結構一途で尽くすタイプだよぉ」
「嘘で塗り固められた女ほど甘い
「…………落ち着け私。こういう言い方でしか好意を表現できない可哀想なツンデレなんだよ。フリたんもそう言ってたでしょぉ」
「誰が可哀想なツンデレだ年齢詐称」
「ちょっ!アクたん!社長の前でいきなり…」
慌てた様子でミヤコを見るが、特に驚きも不満も顔には見せていない。やっぱりね、と言わんばかりに口角を上げていた。
「気づいてたか」
「貴方が気づくことに私が気づかないわけないでしょ。そういう目に関しては貴方より上のつもりよ」
「…………私ってそんなにバレバレですか?」
現場を何度も共にしたアクアはともかく、今まで画面越しにしか見てなかったはずのミヤコにまでバレていた。不安を感じるのは無理ないことだろう。暗く沈んだ目と俯く陰を見て、流石に少し哀れに感じた。いつも朗らかで能天気な彼女に見慣れていたから、尚更だ。
「心配しなくていいわ。貴女はちゃんと幼く見えてるわよ。骨格とかも相応だし。玄人の目でない限りはバレないわ。安心なさい」
「そ、そうですか……それで、ですね」
「怯えなくていいわ。個人でやってる子が年齢いくつか若く言うなんてよくある事よ。私はそういうの気にする経営者じゃないから」
「本当、ですか……よかった」
ホッと胸を撫で下ろす。最大の懸念はアクアの言った通り問題なく解消された。
「だから言ったろ。大丈夫だって」
「うん、ありがとう」
「それよりメムってウチでアイドルできんの?他所との契約周りとか、そっちの方がオレは心配だが」
まあここまでついてきてるんだから、その辺りは問題ないんだろうが、それでも確認していない懸念事項のため、少し引っかかっていた。
「貴方、その辺確認しないで連れてきたの?」
「ま、勢いと思いつきで口説いたからな」
「あ、それは大丈夫です」
MEMは一応個人事業主として活動している。業務提携という形で事務所とは契約しているが、所属タレントというわけではないらしい。だから自分で仕事を取ってくるのもアリ。今回の場合は苺プロからMEMへアイドル業務を依頼するという形になる。
「人気ユーチューバーにB小町をやってもらえるなら、こちらとしては渡に船ね」
「バズるのはなんだかんだコラボが一番手っ取り早いもんな」
「ちなみに本当の歳は幾つ?」
事務所として避けられない質問を遂にぶつけられる。流石のメムも苦虫噛み潰した顔をしていたが、コレは仕方ない。タレントを守るためにも事務所としては真実を知らねばならないのだから。
「…………ガッツリ盛ったわね!!」
「申し訳ございませんーー!!」
「え?なに?そんなに?幾つ?幾つ盛ってた?教えて」
「急にワクワクするなこのドS王子!そのキラキラの眼をより一層キラキラさせるなぁ!」
格好のネタの匂いにアクアの嗜虐心が躍り上がる。ミヤコの元へ耳を寄せようとするアクアを成人を遥かに超えている少女風淑女が必死に止めた。
「貴方は幾つだと予想してたの?」
「まあ二十歳は超えてるだろうな、くらいは」
「まだまだ甘いわね」
「え、じゃあまさかみそ──」
「そこまでじゃないよぉ!25だよぉ!」
「───盛ったな、お前」
風評被害に思わず真実を口走ってしまう。その失言が狙いだったと気づいたのはアクアが虚空を見つめ、何かを数え始めてからだった。
「お前今ガチでは18って言ってたよな。てことは……うわぁ」
「指折り数えないでぇ!うわぁとか言わないでぇ!事情があったんだよぉ!山よりも高ーく海よりも深ーい事情がぁ!」
そして語られたのはアイドルを挫折した女の子?の話。母子家庭で下に二人の弟を持つ彼女はむこうみずに夢を追うにはその環境は厳しく、その性格は優しすぎた。母親は良い人だったらしく、娘の夢を応援していたのだが、三人の子供を育てるなど、両親が揃っていても大変なこと。片親だけでは限界が来るのは当然だった。
「ママが倒れて入院しちゃってからは夢を追うどころじゃなくて、お金も必要でさ…弟たちを大学に行かせたかったし。オーディション辞退して、高校も休学して、バイトしたりガールズバーで働いたりしてお金作って──」
そして弟たちを無事大学に進学させ、母親も元気になった。
「──でも、その時私は23になってた」
───凄いな
アクアの中でMEMの評価が爆上がりする。今や芸能界もロックの世界も中流家庭出身者が大多数。夢を追うには資金も環境も絶対に必要。母子家庭出身者や家が貧しい人間はスタートラインから不利。そういう意味ではナナさんやハルさんは恵まれていたと言える。二人とも実家は金持ちだったから。
しかし、いわゆる普通でない人間が集まるのが芸能界。アクアが知るだけでも、才能があるのに家庭の事情から夢を諦めざるを得ない人達は何人かいた。MEMもその一人だった。それだけならここまで凄いとはアクアも思わなかったかもしれない。けれど彼女は未成年のうちからしなくていい苦労をしてきた。社会人すら難しい人を育てるという難業をたった一人でやり遂げた。母親を恨んだことも、父親を憎んだことも、弟を妬んだこともあっただろう。当たり前だ。それでもやり遂げた。やり遂げて、今は笑顔を作ってユーチューバーをやっている。凄いことだ。アクアでは多分できなかった。ルビーの面倒をミヤコに丸投げしてたからこそ、自分はここまで好き勝手ができた。わかっていた。自覚していた。
───こいつ、凄い
初めてかもしれない。才能ではない。積み上げてきた足跡を、凄いと思ったのは。
「行き場を失った情熱で配信とかやってたんだけど、その時まだ一応高校休学中でさ。現役JK(笑)みたいな感じでやってたら、なんかウケて、登録者数とかめちゃくちゃ増えちゃって!」
「引っ込みつかなくなったか」
「その通りですぅ。それから2年くらいそのままで今に至ります……」
膝から崩れ落ちる。一度ついたウソが大事になって真実以上の力を持ってしまう。コレも芸能界ではよくあることだった。
「…………凄いじゃん」
全てをぶちまけたMEMの顔は諦めと少しの未練に染まっていた。改めて事実を口にして、やっぱり無理だ、と。無理かいけるか、口を出す権利はオレにはない。だからこそ、思ったことを言おうと思った。
「凄いよ、メム。公称18歳は神経の図太さオレ以上だと思ったけど」
「ゔっ」
「ここまで積み重ねてきた過程と結果は、本当に凄いと思う。お前の積み重ねは、アイドルを諦める理由にはならないとオレは思う」
「アクたん…」
「その通りだよ!」
いつの間に来ていたのか。なんかこうして直接顔を合わせたのは随分久しぶりな気がする我が妹が、メムの肩に手を添えていた。
「MEMちょだ!本物!かわい〜〜っ!!」
「話は聞かせてもらったわ」
「おお、有馬。いたのか……ってなんで号泣?」
壁に手をかけてカッコつけたポーズで入ってきた赤みがかった黒髪の少女はボロボロと大粒の雫を溢していた。
「私も年齢でウダウダ言われた側だから、ちょっとだけ気持ちわかるから…!」
「ちょっとじゃなさそうだが……ま、お前確か小学校高学年あたりからほぼセルフプロデュースだったもんな」
子役事務所なんて中学入学前にはお払い箱。アクアは軽々に人の気持ちがわかるとかいう人間が苦手だが、有馬の境遇を考えれば、充分に納得できた。
「さっきも言ったけど、私は反対しないわ。有馬さんも様子を見る限り大丈夫そうね。ルビーは?」
「しないよ!アイドルをやるのに年齢は関係ない!だって憧れは止められない!」
俯くメムに大きく手を広げる。差し出した手になんの迷いも躊躇もなかった。
「『B小町』へようこそ!」
その能天気な顔が、夢と希望しか見てないその瞳が、アクアには少し嬉しかった。
「自分で集めといてなんだが……ホント癖のあるメンツしかいねぇグループだな。コレから苦労するぞ、有馬」
「うるさい気安く話しかけないで」
ゾッとするほど底冷えした声がぶつけられ、思いっきり睨まれる。流石にこの態度は想定外だったアクアは思わずたじろいだ。
「アンタは黒川あかねとよろしくやってなさいよ、このスケコマシ三太夫が」
「…………お前な」
「言われなくてもこのグループは私がなんとかする」
話は終わりと言わんばかりに背を向けられる。その後、新生メンバー達はご飯だお泊まりだと姦しく騒ぎながら部屋を後にした。
「───なんでアイツあんなキレ散らかしてんだ」
「貴方ならわかるでしょ」
「いやまぁ概ね想像つくけど」
もしこの想像通りなのだとしたら流石に理不尽だ。オレと有馬は交際はおろか、キスも手を繋ぐことさえしていない(一方的に握られることはあったが)。肉体的接触ゼロ。思わせぶりな態度もオレにしては控えている。勘違いさせるような言動もあまりしていない。むしろ結構ぞんざいに扱ってきた自覚さえある。オレに彼女ができようがどうしようが文句を言われる筋合いはないはずだ。
「1回デートしたくらいで勘違いするタイプだったか?」
だとしたらオレの分析が甘かったと言わざるを得ないが…
ハァと一つ大きく息を吐く。鏡に写る自身の顔は疲労感が濃いながらも、それ故に妖艶な美しさを誇っていた。
「カッコ良すぎて申し訳ない……罪深いな」
「バカなこと言ってないでとっととお風呂入って休みなさい。明日までバイトあるんでしょ?」
「あ、仕事の後送別会やってくれるらしいから多分泊まりになる」
「わかった。学校は?」
「一回は家に帰る。そこからいつも通りだな」
「お酒飲んじゃダメよ」
「言われなくても」
こうして一つの節目が終わり、バラバラの道を行くと思われた二名は意外と近くで活動を始めることとなる。
俳優星野アクアとアイドルグループB小町。いよいよ本格的に活動をスタートした。
▼
MEMちょが加入し、B小町の活動は俄に慌ただしくなり始めた。
今までアイドル業に乗り気でなかった有馬と夢しかなくて何から始めていいかわかってなかったルビー達ではその歩みが牛歩以下になるのは当たり前と言えば当たり前だった。
しかし、プロデュースの基本とノウハウを知るメムが加入したことにより、ネットマーケティングは大幅に活動内容が改善される。ユーチューブチャンネルは一気にアイドルのそれらしくなり、元々のメムファンの導線を引くことにより、一定の再生回数を確保。一通りの自己紹介動画がアップされ、いよいよ楽曲PVの撮影に取り掛かりはじめる。
「楽曲なんてまだできてないでしょ?」
「いやいや。私たちはB小町なんだから。過去曲いっぱいあるでしょ?」
「あ、そっか!昔の曲使っても私達なら問題ないんだ!」
「チッ、気づいたか」
「今からでもやれることはいっぱいある!チンタラやってたらあっという間にアラサーだから!」
「自虐〜」
笑顔の奥の迫力に逆らえず、結局有馬も巻き込んでアイドルの華であり、最も楽しく、最もしんどいダンスの振り入れにようやく入るのだった。
とはいえ、B小町はアイ死亡後もしばらくは活動を続けてたグループ。映像残ってる曲だけでも30曲はある。
───まさか、全部覚えろ、なんて言わないでしょうね…
休憩時間、汗だくになりながらも楽しそうに踊る二人を見て、黒髪の少女はゾッとする。根っからのドルオタであるルビーとメムはアイドル活動できることが楽しくて仕方ないが、アクアの口車に乗せられ、なし崩し的にアイドルをやってる有馬かなとしてはモチベーションが保たない。
「はぁ……なんでアイドルやるなんて言っちゃったんだろ」
「オレのせいだと責められても文句は言えないな」
頭の上に何かが乗る。いつのまにかこの世界に私を引っ張り込んだ張本人がミネラルウォーター片手に隣に立っていた。
「よう、ちょっと前から見てた。おつかれ」
「…………ありがと」
「慌て者、誰がやると言った厚かましい。オレが2本飲むんだよ」
「っ!だったらこんなところに置くんじゃないわよ!」
「ウソ、お前の、やる」
頭の上に置いていたペットボトルをこちらへと差し出してくる。憤然と鼻を鳴らしながら取ろうとした時、あのキスシーンが頭をよぎった。
「いらない!あっち行ってよ!」
パァン
手を振り払おうとした時、同時に乾いた音が鳴る。ペットボトルに当てる気はなかった。
しかし目を閉じたまま無造作に振るわれた平手はアクアの手の甲を捉えてしまった。衝撃と痛みでアクアが取り落とす。重力に従って落下したペットボトルは廊下を転がった。
「あ──ご、ごめ……」
流石に謝ろうと視線を上げた時、有馬の背筋がゾッと冷える。
こちらを見下ろすアクアの目。いつもは星の輝きで眩いその青い瞳が、今は暗く、ドス黒く光っている。睨みつけているというわけではない。敵意はないし、理不尽な暴力への憎しみもない。
だが同時になんの感情もなかった。
怒りも、憎しみも、哀れみも、好意も、悪意もない。道端で足にぶつかった石ころを見下ろすような目。無機質で無感情な瞳を見た時、有馬は心臓をギュッと握りしめられたような感覚に陥る。
それと同時に、背筋が粟立つような、ゾクリとした快感に近い感覚も。
なんの感情も宿していない無機質な瞳に、震えがくるほどの色香が香った。
「そうか、わかった───よ、二人とも、やってるな」
「あ、お兄ちゃん。見て見てこのフリ!可愛くない?スカートがくるっと回っててね!」
「全体通して見ないと批評はしにくいな。ほら、練習もいいけど少しは水分摂れ」
「アクたんお水持ってきてくれたのぉ?ありがとぉ」
転がったペットボトルを拾い上げ、トレーニングルームを開く。姦しく騒ぐ二人にアクアは手にしていた二つのミネラルウォーターを手渡していた。
───なによ、何よ……そっちが先に…
そっちが先に、なんだというんだろう。アクアは私と付き合ってるわけじゃない。思わせぶりな態度もないわけじゃなかったけど、充分友達の範疇に収まる行動だった。二人で何か約束したわけでもない。アクアは悪くない。私が勝手に勘違いして、勝手に気まずくしてるだけだ。
───わかってる。わかってるけど……!
用事が終わったのか、部屋から出てくる。無言で廊下を横切るアクアは私に一瞥も寄越さなかった。
───アクアは、他人と線を引いてる
ヒトの事情は暴きたがるが、自分のことは滅多に語らない。弱みや本音を常に隠した、秘密主義者。芸能人なんて基本的にそんなものだ。人に言えない事情を抱えていない人間の方が少数派だろう。
しかし、ルビーや有馬には違った。
二人にも言ってないことはあるだろう。隠してることはあるだろう。でもいざ交流する時は遠慮や気遣いもない。暴言も吐けば接待もしない。ありのままの自分で接していた。
───でも、今私の前を横切ろうとするアクアは違う
テレビやスマホで見慣れたすまし顔。凛として、クールで、気品に溢れ、美しい。俳優星野アクアの仮面。今ガチでフリルから盗み、鍛え上げられた、鉄壁で完璧な、頭のてっぺんから爪先まで貶すところが一つもない姿で歩いていた。
それは、有馬かなを線の外側の人間に割り振った何よりの証拠。
「ア、アクア……ッ」
去りゆく背中に声を掛ける。このままでは一生元の関係に戻れない。そんな確信があった。
しかし蜂蜜色髪の少年はなんの反応も返すことなく、非常口の扉を閉めた。
▼
「ただいま」
「おかえりなさい」
深夜、といってもまだ日付が変わる前。アクアにしては早い時間の帰宅。誰もいないかと思っていたが、リビングにはミヤコがいた。風呂上がりなのか、少し紅潮した肌が艶っぽい。この人なら再婚相手いくらでもいるだろうに。いちご社長が羨ましいと同時に腹立たしい。こんな美人ほっぽって何やってんだ、あの人は。
「遅かったわね。不知火フリルのところでのバイトはもう終わったんでしょ?何してたの?」
「営業」
テーブルに資料を置く。資料に目を通すと数ページで概要は伝わった。
「JIF!?貴方こんなのどこから引っ張って──」
「鏑木Pからもらった」
ジャパンアイドルフェス。通称JIF。アイドルイベントとしてはかなり大きなステージに入る。通常なら何年も必死に活動してなんとか立てるかどうかという舞台。飛び入りの参加などコネだのなんだの叩かれるだろうが、またとないビッグチャンスには違いない。
「興味あるならねじ込んでくれるってよ」
「…………悪いわね、本当なら私の仕事なのに」
「気にするな、オレの売り込みのついでだ。さしたる労力でもない」
本当を言えばアイの裏話のついでだが。色々と聞かせてもらった。田舎から出てきた無気力な娘がララライのワークショップを通していきなり女の子に変貌したこと。あかねと繋がりを持つべきと下した判断はやはり間違ってなかった。
「でも、ホントは貴方の売り込みだって、私の──」
「仕方ないさ。やっと正式にメンバーも決まって一番デリケートな時期だ。今はあいつらを見てやれ。ルビーはオレと違って純朴な分、世渡りがヘタだ」
ミヤコは自覚していた。アクアとルビーでは、はっきりいってアクアに負担をかけている部分がかなり大きい。あの雪の夜、目が覚めてから、アクアは少し変わった。元々早熟ではあったけど、少し年相応になり、そして兄としての自覚が強くなった。
勉強する姿勢が貪欲になった。自分が強くなるために、必要以上に人と関わるようになり、必要以上に自立心を身につけ始めた。ルビーに弱ってる姿を見せないように。誰にも弱みを見せないように。
強くあろうと、立派な兄であろうと願い続けた12年はアクアを本当に強くした。知識、技術、お金、コネ。この世界で必要になる全てを自分の努力が届く範囲で揃え、使えるもの全て使って、才能と美しさを磨き続けた。人によっては卑怯だズルだと言われるかもしれないが、少なくともミヤコは全く思っていない。金もコネも何もせずに得られるはずがない。培ってきた全てを使って少しずつ広げていった努力の根。それを使うことが一体なんの卑怯があるか。アクアが作り上げてきたものはこれからのアクアを作るために本人が得た努力の結晶。それを自分のために使うことに不平を言われる筋合いはない。
そう、アクアは強くなってしまったのだ。誰の庇護も得ず、たった一人で。
『オレはいいから、ルビーを見てあげて』
『オレのことより、ルビーをなんとかしてあげて』
この12年でこのセリフを一体何度聞いたことだろう。このセリフに何度甘えてしまったことだろう。実際アクアは自分のことは自分でなんとかしてしまった。初仕事のPVも、今日あまも、今ガチも、全てアクアのコネが元で、アクア自身が拾ってきた。私がしたことなんて、あの子が持ってきた仕事に許可の判子を押すだけ。
───母親だなんて、思ってもらえないはずよね
テーブルに置いた資料とはまた別のデータをタブレットで見る義息子の姿が、誇らしいと同時に腹立たしい。全く、この子は私のことをなんだと思っているのだろうか。感謝はしてくれてるだろう。この子なりの気遣いも感じる。でも可愛げは全く感じられなかった。
「なら遠慮なく言わせてもらうわ。有馬さん、なんとかしなさい」
タブレットをタップする手が止まる。ほんのわずかだが目に不本意な光が混ざった。珍しい。目に感情が宿る程度には有馬さんのことは気にかけていたようだ。
「なんとかって言われてもなぁ」
「あの子思ってることと逆のことばっかり言っちゃうでしょ?まあルビーもメムさんもいい意味で鈍感だから多少毒吐かれても全然気にしてないけど、あの子自体はすごく敏感。自分が吐いた毒に自分がやられちゃってる。このままアイドル続けてたらあの子は良くない方向に行ってしまいそう」
そういう人間は芸能界には何人もいる。理想と現実のギャップ。やりたいことと出来ることの違い。それらを無理やり押し込め続けていては、いずれ破裂してしまう。あの子がアイドルをやれる、義務感以外のポジティブな理由が必要だった。
「──それにあの子たち三人自体もまだまだJIFに立てるようなレベルじゃない。このままじゃ大怪我するわ」
「…………ちなみにあいつらの歌唱力ってどんなもんなの?」
返事の代わりに渡されたのはデモテープ。それぞれの名前が割り振られている。一つ一つに耳を通す。そして1分持たずにスイッチをオフにした。
「どう?」
「…………大甘に採点して」
メム、ヘタウマ
ルビー、オンチ
有馬、アイドルレベルなら言うことなし
「ヤバい、コレで出たらあいつらマジで叩かれる。ツラの良さにあぐらかいて努力怠ってのうのうと生きてきたのが歌に滲み出てる……」
アクアはコネで舞台に立つのを悪くもズルだともまったく思わない。結果を出せるだけの実力が伴っていれば。しかしこの体たらくで、コネを使うのは悪だしズルだ。鏑木Pの顔に泥を塗ることに等しい。
「だから努力の方向間違ってるっつったんだあの頭お花畑愚妹が」
「歌唱力とダンス。二つを指導してくれる人間が必要なの。でもよそから引っ張ってくるお金も権力もうちには無い。お願い、アクア。力を貸して。コーチとしてなら有馬さんも話を聞いてくれると思うから」
「オレの指導をちゃんと聞くかぁ?特にルビー。やると決めたらオレは妥協許さねーよ?」
どんな素晴らしい指導者や教育者を揃えても生徒の耳が聴こうとしなくてはなんの意味もない。人とは何を言ったかではなく、誰が言ったかが重要なのだ。役者としてならともかく、アイドル経験のないアクアのコーチを奴らがまともに聴くとは思えなかった。
「ならピエヨンの被り物でもする?うちの稼ぎ頭だし、上下関係的にも言うこと聞いてくれると思うわよ」
「それはやだ。呼吸しんどそうだし、オレの美意識が許さん」
「ならどうするのよ」
▼
JIFの参加が決まり、ルビーのオンチとメムのヘタウマが有馬かなにバレた事で、チームのセンターが決まった。ようやく新生B小町も形になり、スタートラインに立った時、ミヤコが三人の前に現れた。
「JIFまでそんなに日がないわ。これから追い込みを掛けるためにも、臨時コーチを呼びました。みんな、この人の言う事、ちゃんと聞くように」
「コーチ?」
「………それって、アク──」
ミヤコの手招きを受け、部屋の中へと入る。まず真っ先に目に入ったのは艶やかな黒髪。風に靡き、流れる糸はサラサラと音が鳴るかのような美しさ。
次に印象に残ったのはスタイルの良さ。スラリと長い足はタイトパンツに覆われ、スレンダーな肢体は黄金比の美しさで保たれている。
そして何より、三人を見つめる黒い瞳は星の輝きを放っていた。
この女性に二人は見覚えがあった。一人はスマホの写真で。そしてもう一人は肉眼で。
しかし二人とも脳裏によぎった人物と同一とは思えなかった。確かにパーツは似ている。けれどあの時とあまりに美しさが、そして纏うオーラが違いすぎた。
「…………マ、マ?」
「誰がママですか。貴方のような大きな子供を持つ歳ではありませんよ」
背中まで伸ばした艶やかな黒髪。均整の取れたスタイルに誰もが目を引く美貌。そして星の光を宿す瞳を持つ美少女。その姿はまさに伝説のアイドル『アイ』と瓜二つだった。
「今日から貴方たちの臨時コーチを務めます。レンです。安心してください。貴方たちの足がもげようと喉が潰れようと私は決して貴方たちを投げ出しません。アイドルの基礎の基礎。体力、表情、覚悟、全てを身体に叩き込みます。甘えた性根ごと叩き直しますので、よろしく」
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
今ガチ編に時間かけた分、JIF編はさくさく行きます。臨時コーチレン爆誕!これがやりたかったがためにマリンをフリルにバージョンアップさせたまである。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。時間がかかっても感想には必ず返信します。