【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

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綺麗は穢い穢いは綺麗
物語の主人公は悪役にとって憎むべき敵
貴方が正しい選択をする時
どこかで死神が生まれている


38th take 紙一重のビカレスク

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん、ジュニア。一回やめよう」

 

時はずいぶん遡る。そう、ハルさんやナナさんとバンドを組むよりさらに前。不良グループの中に入れてもらう際、アクアはジャズバーで知り合った中学のOGである先輩を頼っていた。名前は加賀美レン。バンドマンであると同時にダンサーでもあり、オレにダンスとロックのイロハを教えてくれた人。近々、日本でもダンスのプロリーグが発足することを知り、本格的にそちらの道へと進むことを決めた。しかし兼ねてからバンドメンバーに誘われていたレン先輩は自分の後釜としてオレを選んだ。

 

「今まではジュニアのセンスと可愛さに免じて、私の愛玩動物になることを条件に色々教えてあげてたけど、今日からは本格的なバンドマンとして仕上げるために訓練する。一ヶ月でどのバンドに出しても恥ずかしくないドラムスに育てるから、覚悟してね」

「はい、レン先輩」

 

そして始まった本格的な特訓。今までギター、ベース、ドラムとどれも基本的なことは教えてもらっていたが、これからはドラムのレッスンに専念することになる。ロックの世界において、ドラムは慢性的に不足している。手っ取り早くバンドに入れてもらうならドラムがいいというレン先輩の説明にアクアも異論はなかった。

 

一つの楽器に専念したおかげでアクアのドラムは目に見えて向上する。技術的にはもうどのバンドにいても恥ずかしくないレベルになっていた。

しかしそんなある日、レンがドラムを叩くアクアを止める。どこか間違っていたのか、いやそんな覚えはない。蜂蜜色の髪の少年は止められた事が不思議な顔をしてレンを見上げていた。

 

「ジュニアの歌もドラムも優等生過ぎるトコがあるんだよね。正解を当てにいってるっていうか、勉強のために勉強してる感じっていうか…月並みな言い方すると音を楽しめてない」

「だって、作曲者の意図した通りの音を出さないとダメでしょう?」

 

音楽に限らず、創作物には作者の意図が必ずある。何がテーマで、何を伝えたいか。どのような音で、色で、文で、テーマを伝えるか、明確な意図が存在する。創作者の意図を汲み取り、寄り添い、表現する。それが演者(プレイヤー)の役割のはずだ。

 

「ジュニアの言ってることは正しいよ。どんな曲にもテーマはあって、それを伝えたくて私たちは楽器を取る。でもそれは採点されるようなコンクールとか品評会での正解。ロックやダンスはそういうのと少し違う」

 

 

いい?ジュニア。覚えておいて

 

 

「音楽っていうのはね───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねー、あの人ってホントに誰か心当たりないの?」

「アクアの変装、かと一瞬思ったけど、前に見た時と違いすぎるのよね」

「この世にはそっくりな人が三人はいるっていうけど、ママのそっくりさんもいたってことかなぁ」

「もしアレがホントにアクたんなら、色んな意味で引くねぇ」

「…………絶対違うわよ。今のアイツが私のために、そこまでしてくれるとは思えない」

「今の?どういう──」

「お喋りできる余裕があるとは驚きですね。なら坂道ダッシュもう10本追加しますか」

『真面目に走りますーー!!!』

 

驚愕の臨時コーチ就任発表直後から、B小町には特別特訓が繰り広げられていた。

 

 

 

 

 

 

時間は少し遡る。トレーニングルームに集められた三人はレンの前で三角座りをして自分達で撮影したダンスを見ていた。

 

「おおー!なんかそれっぽーい!」

「うんうん、多少不恰好だけど、形にはなってるよね!」

「黙りなさい、ヘタウマとオンチ。そんなんだから私達はゆとりだのさとりだの言われるんです」

 

容赦のない言葉の刃が二人の胸にざくりと刺さる。しかし同時に反抗心も湧き上がった。名前も顔も知らない……いや、顔はすごく見覚えあるけど、歌手としてもダンサーとしても無名の見知らぬ人に言われても納得はできなかった。

 

「いいでしょう。まずは貴方たちの現状をハッキリと自覚してもらいましょうか」

 

ミヤコに目配せするとスタジオに音楽が流れる。何をする気かと思ったら、右手を高く天に上げ、足を広げ、スタンスを取る。そう、このフリはB小町のダンスの最初のポーズだった。

 

そこからのパフォーマンスは圧巻だった。

 

真っ直ぐに突き上げられる強い拳。

まるで心を込めて書いた手紙を読むかのような感情のこもった歌声。

全身の血が躍り上がるかのような、躍動感溢れるダンス。

 

そして何より、こちらの視線はおろか、心まで鷲掴みにするかのような、真っ直ぐな光を放つ瞳。

 

最後のステップが終わった時、声を上げられる人間は一人もいなかった。

 

全身を突き抜けるかのような歌唱力

 

強靭な体幹が生み出す、全身を使ったダイナミックなダンス

 

見ているものの心臓を握り締めるかのような、暴力的なほど魅力的なオーラ

 

───コレと比べたら、今の私たちなんて……

 

「ダンスも歌もハッキリ言ってお遊戯会レベルです」

 

三曲全て踊り終えた、汗はおろか、息一つ乱れていないレンから告げられた、残酷な真実。

声が揃っていない。発声もまだまだ。声に重みがない。ダンスに統一感がない。複数名によるグループダンスとはシンクロしていれば華やかだが、一人でも合わない動きをしたらとてつもなくみっともない。コレを人前で見せるつもりだったのかと思うと恥ずかしくなる。客観的な視点から自分達の惨状を見たルビーたちは身体を小さくして俯いていた。

 

「正直な話、お遊戯会レベルでステージに立つアイドルグループは数多くいます。別にこのまま出ても文句は言われないでしょう」

 

ホッと少し安心した顔でコーチを見上げる。しかし続く言葉は彼女達を再び小さくした。

 

「ですが、聴衆の耳と心に残ることも決してない。せっかくコネで掴んだチャンスをみすみす見逃し、貴方達も消えゆく数多のアイドルグループの一つになっておしまいです」

 

アイドルなんて一皮剥けばほとんどが一般市民。熾烈な競争を潜り抜け、スカウトを夢見て昼夜を問わず何年も練習してドラフト会議なんてモノが執り行われる選ばれしプロの世界とは違う。可愛い服を着て、メイクを施し、ステージに立ったのならば、それだけでもうアイドルと呼べる。本当に歌唱力やカリスマを兼ね備えた人間など、まずいない。

 

「コレは大手事務所所属のアイドルであろうと似たようなものです。彼らのダンスも歌もほとんど大して上手くはない。ミキサーやカメラワークのマジックを借りているおかげでなんとか聞けるレベルになっています」

 

そう、たまに番組のミスや企画的事情でテープなしの生歌を披露する時もあるが、お世辞にも上手いとは言えない場合がほとんど。実力を備えた本物の歌手とデュエットするときなど、あまりの差に聞いてるこっちが辛くなることさえある。

 

「それなのに彼女らが売れる理由。それは事務所の力とマンパワーに他なりません。大手事務所であればオーディションに応募する人間も多くなります。そして分母が大きければ、才能と実力を兼ね備えた本物が現れる可能性も高くなるのです」

 

そうした本物と抱き合わせで売り出すことで彼らは素人を騙せるだけのパフォーマンスを手に入れる。事務所の力で売り出し、バーターで他のアイドルも売り出し、公共の電波で名前を知ってもらう。今時の売れるアイドルはほとんどが大手の独占市場と言っていい。

 

「そんな大手の独占状態のアイドル市場。JIFという舞台。通常であれば何年も掛けなければ辿り着けないステージに、貴方たちは立つ。しかもコレがファーストステージ。結局のところ、経験に勝る力はありません。貴方達は今、何もかもが足りない状態です。現状、貴方達以下のグループはおそらくJIFにはいないでしょう」

 

わかっていたつもりだった。でもわかっていなかった。並べ立てられた現実は大きなステージを前にして浮かれていた二人を一気に沈み込ませる。しかしそれでもルビーだけはレンから目を逸らすことはしなかった。

 

「貴方達の現在位置は飲み込めましたか?貴方達は大手所属のアイドルでもなければ、実力No. 1のグループでもない。むしろワーストワンと言っても過言ではない。そんな貴方達は、今のままで、この映像でいいと、本当に思いますか?」

「いいえ!」

「一人でもやる気は無くしていないようで結構。金も業界のパイプも権力もない貴方達はそれ以外の全てを手に入れる必要があります。心の準備が出来たところで、まずは体力作りから始めましょう。本番の緊張は練習の何倍もスタミナと余裕を削り取ります。コレからは身体をいじめ抜きます。坂道ダッシュ10本。私も付き合いますので、張り切っていきましょう」

「はい!」

 

勢いよく返事をしたのはルビーとメムだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして始まったJIF出演に向けた特訓。ジャージに着替え、坂道登り降り往復10本。3本毎に1分休憩。そして最後の一本が終わった後、休憩なしで発声練習。

 

「喉じゃなく下腹部に力を入れて声を出す。音の出る方向をイメージする。頭のてっぺん突き抜けるように」

「ダッシュ終わった後じゃなくても……」

「練習とは疲れてる時にやらなければ意味がないのです。有馬さん。辛そうな顔をしない。いつもどんな時も笑顔。常に見られていることを自覚しなさい」

「…………はい」

 

練習はキツかったが、内容は常に理にかなっており、そしてレンの実力は凄まじかった。ルビー達と同じ特訓、同じ発声をして、そのクオリティの差は嫌でも理解させられた。あの有馬かなでさえ、レンに逆らうことは一切なくなっていた。

 

ダッシュしても軽く息を弾ませる程度。声を出せば向こうの山にまで届くのではないかと思えるほどの声量。それでいて怒鳴り声ではない。透き通った美しい声をどんな時でも一定に放っていた。

 

「あの、レンコーチ。歌とかダンスの練習とかは…」

「まだそのレベルではありません。曲を歌うなどもってのほか。アイドルの基礎の基礎。体力、発声、腹式呼吸、コレらを条件反射レベルで叩き込みます。ダンスもですがそれ以上にそこのヘタウマとオンチの歌がひどい。ですがオンチは治ります。腹式発声。まずはコレを徹底です。わかりましたか?」

「はい!」

「よろしい。ではもう一度ランニング」

 

こうしてしばらくは本当に基礎の基礎。ランニングと発声のレッスンのみを繰り返した。食事メニューも栄養バランスや喉への影響を考えたものに変更。一通りの下地作りが終わると、ようやくダンスや歌のレッスンへと入る。

 

「腹式発声を忘れないで。身体を動かしながら歌うというのは思っている以上に声に変化が出ます。歌う調子は常に一定を保つように」

「ルビーさん、歌声に感情を込めない。貴方はまだ抑揚やメリハリをつけられるレベルの歌い手ではありません。トーンは一定に。けれど表情は豊かに」

「メムさん、ステップを端折らない。グループダンスというのは揃っていれば美しいですが、一人が少しでも変な動きをすればとても不恰好です。多少のミスはかまいませんが、全体の調和は意識してください」

「有馬さん、走り過ぎです。二人がついてきていません。全体の音を聞いて、合わせるように歌って。アンサンブルを心がけてください」

 

レンのコーチは常に容赦なく、厳しく、冷徹で、的確だった。その完璧主義ぶりはとある誰かを思い起こさせたが、本人からすれば、まだ手加減してやってるレベルである。アクアがレンからコーチを受けていた頃はこんなものではなかった。

 

───変な感じだな

 

あの時、オレに音楽やダンスを叩き込んでくれた先輩と同じ名前を使って、今度はオレが妹達を指導している。あの時のレッスンが何年も経ってから活かされるなんて思ってもいなかった。妙な因果というか、言葉にできない縁のようなモノを感じずにはいられなかった。

 

───特に、コイツには

 

「はい、一回ストップ」

 

スタジオでのレッスン途中。特に大きなミスはなかったと思うが、レンからストップが入った。

 

「有馬さん」

 

指摘された人物に三人とも驚く。十中八九ルビーかメムだと思っていたが、最も能力の高い人が本格的なレッスンが始まって一番に注意された。

 

「声が小さくまとまり過ぎてます。貴方はアイドルレベルならちゃんと上手いんですから、もっと大きく歌っていいんですよ」

「や、そんな……私なんて、向いてないの、自覚してますから」

「向いてない?」

「ホントはセンターなんてやりたくないんです」

「なぜですか?能力は貴方が三人の中で一番ですよ。自信を持っていいと思いますが」

「私がグループの顔になんてなったら、失敗しそうで…」

 

いろんな分野に手を出してみたものの、結果は伴わなかった。歌も何曲か出したけど、最初の一曲以外は全滅。唯一成功したその一曲はクオリティという意味において最悪。他の曲の方が絶対に内容はいい。けれど売れなかった。最も下手な子供がお遊戯で歌った歌だけが売れた。

 

「結局私の価値は子役というブランドにしかなかったんです」

「随分卑屈ですね。役者にしては珍しい。基本自信家が多い職種ですのに」

「わかります。私のお兄ちゃんもめちゃくちゃ自信家です。そりゃ才能あるのは認めますけど、ホント唯我独尊というか、エゴイストというか」

「演者はエゴイストくらいで丁度いいんです。私が誰より可愛い。私が誰より上手い。たとえ事実でなくとも、そう思える人間が結局一番強いんですから」

「…………だから私には向いてないんです」

 

私が可愛くないことなんて、誰より私が知っている。私が面倒でひねくれてることなんて、私が誰より自覚してる。だからアイツも私じゃなくて、あの子を選んだ。

 

「なるほど、確かに貴方はアイドルに向いていない」

 

軽い口調で重い一言が紡がれる。何気なく放たれた一言は有馬かなの肩をズンと重くした。

 

「ルビーさんもメムさんも貴方よりハッキリ下手です。ですが二人に見込みがないとは思いません。二人とも個性的で、魅力があります。これから頑張ろう。夢に向かって進もうという想いが歌にこもっています。だから聞き手も耳を傾ける。気持ちが伝わる。これはアイドルにとって上手い下手より遥かに重要なことです」

 

アクアは自分の能力の高さについては、大いに自負がある。歌もダンスも演技も数値化して競うのなら大抵の人間に負けない自信がある。それでも自分には才能がないと思っている。アイやルビーが持っている何か。フリルやあかねが持っている何かが自分にはない。

 

「有馬さんは自分に自信がないわけではない。ただ、過去の自分と今の自分を切り離せない。本当の自分を見てほしいと思ってるのに、見てくれる人なんていないと、勝手に諦めている」

 

有馬かなの深いところに何かが突き刺さる。お前なんかに何がわかると言いたいけど、言い返せない。言い返すにはあまりに真実を捉えていた。

 

「…………なんでそんなことまでわかるんですか」

「パフォーマンスを見れば大抵のことはわかります。創作物とは作者の心を映し出しますから。アイドルで言えば、ダンスと歌。ダンサーは物語の演者であり、音楽は世界なのです」

 

作曲とは創作者の心が訴えかけるテーマを形にしたものの一つ。その曲を通して、作者は何を問いかけたいか。何を表現したいのかを表している。題材は様々だ。愛や希望がテーマの作品もあれば、悲しみや絶望がテーマの作品もある。しかし、言葉にできない、言葉だけでは表現しきれないモノを現実に映し出す手法が芸術。どんな天才でも凡人でもこの大原則は変わらない。演者の心はパフォーマンスに投影される。有馬かなの歌とダンスは培ってきた能力。間違えられない怯え。現状の不満が表面化することで、自分自身を小さく纏めていた。言うなれば、及第点を探しているかのような演技だった。

 

───かつての、オレのように

 

「現状に不満を持つこと自体は悪いことではありません。ですが、偶像(アイドル)がそれを諦めてしまっているのは悪いことです。今が不満だ、気に入らない。だから変えてやる。私の歌で。私のダンスで。そういう気概を持っているから、ルビーとメムさんのパフォーマンスには下手でも見込みがある。たとえ幻想でも、見ている人に夢を見せるのが私たちの仕事なんですから」

 

二人のダンスと歌には希望がある。夢に向かって突き進む情熱が表されている。それが今の二人の、心の世界。そう、世界とは人それぞれだ。誰かのマネではいけない。自分が持つ本当の夢を表現しなければいけない。

 

「有馬さん。今の貴方を見ている人は必ずいます。貴方も気づいているはずです。過去の貴方のためじゃない。今の貴方が輝くために力を尽くしてくれた人が貴方にもいたでしょう?」

 

その一言で脳裏にあの時の衝撃が蘇る。全てが暗闇の地獄の現場。しかしその中で見た、一筋の輝き。私を輝かせるために放たれた、星の光。

 

星野アクアの、献身を。

 

「私だってその一人です。貴方の過去などどうでもいい。今の貴方が輝くために、私は貴方のコーチをしているんです。そして、それは貴方の仲間たちも。元天才子役とではない。新人アイドル有馬かなとユニットを組んでいるんですよ」

「そうだよ先輩。確かに先輩は素直じゃなくて捻くれてて、ああ言えばこう言うめんどくさい女だけど」

「喧嘩売ってんのか」

「それでもよく手入れされた髪が艶々で、あどけなさの抜けない童顔が可愛くて、コッテリしたオタの人気をめちゃくちゃ稼ぐ女の子と思ったからスカウトしたんだから!」

「やっぱ喧嘩売ってんだろコラ」

 

褒めてるか、そうでないのか、よくわからない。それでもルビーの評価は子役の有馬かなではない、今の有馬かなを表したモノだった。

 

「私は何かどうこう言えるほど昔のかなちゃんもいまのかなちゃんも知らないからねぇ。でも、これから知りたいって思ってるのは今のかなちゃんだよぉ。コレはホント」

「そうそう。先輩の過去を気にしてる人なんて先輩が思ってるよりずっと少ないって!自意識過剰!ある意味傲慢!」

「悲劇系ナルシスト」

「おいなんつった誰が言った今」

 

ぼそっと誰かが呟いたその一言はあまりに無感情で、男か女かさえもわからないほど中性的な声だった。

 

「その怒りを、不満を、貴方に抱かせた誰かさんにぶつけてやりましょう。私の魅力で土下座させてやるぐらいのつもりで。そう考えれば痛快じゃないですか」

 

脳裏にある顔が浮かぶ。星野アクアが私のステージに見惚れている姿。私の一挙手一投足に視線を注ぎ、私しか見えなくなる。そんな姿、はっきり言って想像できない。けれど、だからこそ見たい。だってアイツは見ているはずだ。私がアイツの一挙手一投足に注視していた目も。アイツしか見えなくなった顔も。アイツに見惚れた姿も。私だけが見ていない。皮肉屋で、ドSで、常に余裕があって、美しい。そんな誰もが知るアイツしか知らない。

 

有馬の中の負けず嫌いに火が灯される。そうだ、恋愛とは惚れた方が負け。現状、私はアクアに負けてるんだろう。でもコレからどうなるかなんて、誰にも分からない。恋愛なんてきっかけ一つで立場は容易に変わる。不知火フリルも、黒川あかねも、他の誰でも、目に入らないくらいアイツを夢中にさせてみせる。

 

 

そのためなら、アイドルだってやってやる

 

 

「いい目になりましたね。そう、幸せは歩いてこないんです。だから歩いて行かなければね。貴方も、もちろん私も」

 

惰性や義務感だけの目ではなくなった。自分から進んでやる気になれる、ポジティブな動機が有馬かなの中で芽生えたことを確認すると、レンは一度大きく手を叩いた。

 

「それではもう一度頭から。モチベーションは常に忘れずに。精神論をバカにしてはいけませんよ。メンタルはパフォーマンスに大きく影響しますから」

『はい!!』

 

今度は新生B小町全員から、勢いよく返事があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………お疲れ」

 

レッスンが終わり、深夜。変装を解き、メイクを落とし、汗を流したアクアにスポーツドリンクが渡される。レンの正体を唯一知る斎藤ミヤコが、労いの言葉をかけた。

 

「サンキュ」

「見せてもらったわ。貴方の人心掌握術」

「…………見てたのか」

「当然。あの子達の面倒を貴方一人に丸投げするわけにはいかないもの」

 

アクアの歌もダンスもハイクオリティだ。指導能力だって高い。それは認める。けれどアクアだってアイドルは未経験。バンドマンとしてステージに立ったことはある。バンドとアイドルなんて似たようなものかもしれない。だからライブの核はわかってる。何が大事で、何を重視すべきかは経験している。けれど細かいところの差はどうしても出る。その差を埋めることがミヤコの役割だ。

 

「相手が何を欲しているか。何が不満で、どんな言葉をかけてほしいかを見極め、相手に応じて対処を変える。いつもああやって女の子口説いてるわけね」

「別にナンパのためだけに使ってるわけじゃねぇけどな」

 

やる気のない共演者をノせる時や、同じステージに立ってほしい相手を誘う時にも使う。人を動かすには感情をくすぐる必要がある。そのために必要なのは言葉の魔術。人とは結局感情の動物。心が動けば身体も動く。

 

「友情も愛も好意も基本的には後付けだ。人間なんて所詮みんな自分が一番可愛い。己の欲望や欲求をより多く満たしてくれる相手を好きになる。コレを知ってれば相手の脳を騙すことは難しいことじゃない」

「…………程々にしないと、ほんっとーに刺されるわよ貴方。一人で歩く時は背中に気をつけなさい」

「かもな」

 

そんなヘマはしない、と言いたいところだが、その可能性は常にある。実際アイはその可能性に殺された。オレがそうならない保証はない。

 

だからこそあらゆる可能性を想定する。

 

人間ミスはする。間違えることはある。重要なのは、そのミスが取り返しのつくミスかどうかということ。

 

本当に怖いのは想定外のミス。目に見えない裏切り。理不尽な暴力。コレだけは絶対に避けなければいけない。コレさえ間違えなければ、他のミスは取り返しがつく。

 

常に最悪の可能性を考え、そうならないために段取りし、計画を立て、実行する。それが決定的なミスを避ける、道を間違えない唯一の方法だ。

 

───オレは間違えない

 

常に正しく、冷静で、有能で、最善を最速で選択する星野アクア。しかし、たった一つ抜け落ちていた。

 

どんなに優秀で、優等生でも、誰かの物語では悪役になってしまう。自分にとって正しい選択とは、誰かにとっては最悪の選択かもしれないということを。

 

 

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
常に正しい拙作のアクア
間違っていることを自覚する本誌のアクア
果たして破滅に近づいているのはどちらなのか
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。時間がかかっても感想には必ず返信します。
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