【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

40 / 132
偶像達の前夜祭、女子だけに許される秘密の会話
紅い原石の寝物語は星をなくした子に齟齬を齎すだろう
不明なことを不明のままにしてはいけない
死神を妨げる道を一つ減らしてしまうから


39th take 女子会は男子禁制

 

 

 

 

 

 

 

「アクアくん、まだ練習してたの?」

 

とあるスタジオの防音ルーム。練習のために借りていたその部屋で少女にしか見えない美少年が汗を流しながらドラムを叩いている。名前は星野アクア。ステージではマリンと名乗っている。艶やかな黄金色の髪はヘアゴムで纏められており、いつもと違う色気を放っている。可愛らしさと猛々しさを併せ持つその様相は寿ななみの心臓をどきりと跳ね上がらせた。

 

「…………ナナさんは帰っていいですよ。部屋のことはオレがやっときますから」

「貴方一人にしてたら何かあった時対処できないでしょ。明日はカントルのファーストライブなんだから、貴方に倒れられたら困るの」

 

そう、明日はいよいよバンドを組んで初めてのステージ。この日のためにレン先輩からドラムを教わり、ハルさんとナナさんとバンドを組んで、三人で練習してきた。そして遂に明日、本番を迎える。

 

「アクアくんは今でも充分上手いよ。本格的にドラム始めたのが一か月ちょっと前だなんて信じられないくらい。自信持っていいと思う」

「…………そう、ですかね」

 

努力が足りないとは正直思っていない。やれることは全てやった。練習も妥協なく取り組んだ。だけど……

 

「なんか……上手くなるほど下手になっていってる気がする、というか」

 

上手くなればなるほどアラが見つかる。練習すればするほど不安になる。競技者であれば誰もが一度は経験する現象。

 

「はは、あるよねそういうの。学べば学ぶほど足りてないことに気づくっていうの。でもソレは本当に実力がついてきてる証拠でもあるんだよ」

「実力が足りない証拠でもあります。オレだってこういう経験がないわけではありません」

 

アクアも演劇の世界でそれを経験したことはあった。しかし割り切れていた。なぜなら、あの時は成功も失敗も自分一人の責任だったから。

 

「オレが失敗したら今度はハルさんやナナさんにまで迷惑がかかる。そう思うと手を動かさずにはいられなくて…」

 

技術が足りない。センスが足りない。経験が足りない。工夫が足りない。理解が足りない。上手くなればなるほど明るみに出る欠点。コレらを埋めようとすれば練習しかない。その事も身をもって実感している。だから練習せずにはいられなかった。

 

「バンドマンなんて人に迷惑かけてナンボだよ。アクアくんが本番でトチっても、私もハルも何も言わないって」

「言ってくれた方がオレはありがたいんですが」

「それに、どんなに上手くなってもそのジレンマからは抜け出せないよ」

 

その一言に何も言い返せなくなる。そう、アクアだってそれはわかってる。演劇の世界でだってそうだった。今の自分がなんの欠点もないだなんて思ってない。まだまだ下手な事も、自分より上手い人が腐るほどいる事も嫌になる程わかってる。それでも仕事に挑むしかない。

 

「完成とは、諦めに限りなく近い」

 

足りてない事も、改善の余地がある事もわかっている。だが今の実力ではコレが限界と諦め、ピリオドを打つ。それが芸術家にとっての完成。心から何もかもに満足して筆を置ける人の方が遥かに少ないだろう。アクアも所詮、その他大勢の一人に過ぎないというだけの話だ。

 

「みんな一緒だよ。本気で何かを作ろうとしてる人はみんな同じことを考えると思う。私だってそう。ファーストライブでは緊張して、メンバーにいっぱい迷惑かけた。当たり前だよ」

「…………そう、ですかね」

「アクアくんは私たちに敬語で丁寧に話してくれるでしょ?それってなんで?」

「そりゃ歳下ですし、新参ですし、先輩に謙るのは当然で…」

「じゃあ先輩が後輩に優しくするのも当然だと思わない?」

 

その言葉に絶句する。言い返せないという意味ではない。アクアもこの業界に来て長い。いろんな人を見てきた。だが上の人間に出会えば出会うほど、下の扱いはぞんざいな人ばかりだった。上が下に優しくする。上が下を守る姿なんてものを見た事がなかった。そして、逆はたくさん見た。下に責任を押し付ける人。失敗を下のせいにする人。言ってもないことを言ったと言って、下を叱る人。うんざりするほど見てきた。

 

───こんな人も、いるんだ

 

驚愕と感動で言葉が出なかった。ナナさんがアクアの中で特別な友人になった瞬間だった。

 

「アクアくん、覚えておいて。貴方もいつかきっと追いかけられる立場になる。誰かに何かを教える人になる。その時は厳しさと優しさを備えた人になって。上の人にもらった恩は上の人に返すんじゃないの。先輩にもらった恩は後輩に返す。その後輩はまたその後輩に恩を渡す。そうして人は繋がっていく。それが本当の人脈を作るってことだと私は思う」

 

綺麗事だと思った。人脈とは貸し借りで、コネクションとは打算だ。それも変えられない事実であることは知っている。

けど、この言葉を、一生忘れないでおこうとも思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いよいよJIF本番は明日。現時点でやれることは全てやり、リズムも音程もダンスもなんとか見れるレベルにはなりました。今日は軽くおさらいをして、1日身体を休め、心身共に万全の状態へ持っていくことに努めてください。あとはレッスン通りの成果を発揮するだけ(コレが一番難しい)。つまり!」

 

腕組みをしてパイプ椅子に座るレンの目がカッと見開かれる。星の瞳は真っ直ぐに彼女らを見つめていたが、同時に呆れの色を宿していた。

 

「もう少し落ち着きなさい、貴方達」

 

青い顔をしてアワアワする二人を見て、大きく息を吐く。ステージ経験のないルビーはともかく、ユーチューブで活動しまくっているMEMちょまで、こんなに緊張するとは思わなかった。

 

「ぜっ、ぜぜぜぜんぜん全然緊張なんてしてないよ!うん!最初のターンってこっちだっけ?!」

「ババババババカだなぁ、るびー、最初のターンは右だよホラ。ところで右ってどっち!?」

「こっちだよこっち!」

「そっか天才!」

「何やってんの二人とも。あとそのターンはこっちよ」

 

あわあわドタバタやってる二人を有馬かなが落ち着かせる。流石に彼女は動揺していないらしい。まあ場数だけで言うならアクアすら遥かに超える。今更初舞台で緊張なんてしないのかもしれない。

 

───まぁ、本番直前になるまでわからねえけど

 

ライブの緊張とカメラの前での緊張はまた違う。ドラマは本番でミスってもカットが掛かってやり直しができるが、ライブはそうはいかない。逆に練習ではできなかった改心が本番で出来たりもする。

 

ラッキーも実力も現実も全部ごちゃ混ぜの大乱闘。それがライブのステージだ。

 

「あー!ダメだ!こういう時静かにしてると変なことばっかり考えちゃう!こうなったらアレしかない!」

「アレ?アレって何?」

「女子の女子による女子のための秘密の花園!悩める女子達でもこの言葉を聞けば否応なしにテンションが上がるアレをやろう!」

「…………それって、まさか──」

「突発開催!新生B小町お泊まりパジャマパーティ!またの名を、女子会!」

「おお〜!イイね!やろうやろう!」

「げっ」

「ちょ、先輩!げっ、はないでしょ!せっかく仲間内で親睦を深める大事な儀式なのに!」

「そういうのに良い思い出ないのよ、私は」

 

女子会。それは女同士の腹の探り合い、牽制の取り合いと言っても過言ではない。誰が敵で誰が味方か。誰が誰に同調するかで今後の方針が決まってしまう。まさに男には見せられない女の戦いの場なのだ。

有馬かなは仮にも全国に名を轟かせた元天才子役。そういう場に招かれること自体希少だったし、招かれたとしても数の暴力で邪険に扱われてきた。良い思い出がないのも当然と言える。

 

「大丈夫!世間一般の女子会とは違うんだし!一応参加者全員芸能人な訳だしさ!変な探り合いとか、誰が好きー、とか最初に宣言して他の女子牽制するとかもないって!楽しくお菓子食べて今度のステージの相談するだけ!ね?やろうよ先輩」

「…………それなら、まだいいか」

 

あまり男が聞きたくない女の裏事情の一部が聞こえてしまう。これ以上この場にいると色々崩壊しそうと判断したレンはその場から立ち上がった。

 

「モチベーションが上がるのならなんでもいいです。ですがやるなら日付が変わるまでですよ。今夜はしっかり休んで眠って体調を整えてもらわなければいけません。いいですね」

「?なんでレンさん出て行こうとしてるんですか?」

「私がいたら邪魔でしょう。三人で会議しなさい」

「いやいや。レンさんも参加に決まってるじゃないですか!」

「………はぁ?」

 

思わず地声が出かけた。軽く咳払いし、声の調子を整える。続いた。

 

「女子会絶対明日の本番の話になりますし、先生の意見も聞きたいですから」

「もうレンさんも仲間みたいなものでしょ?やりましょうよ女子会。楽しいですよ、きっと」

「私は明日オフではないんです。そんな悠長に夜更かしはできません」

「ならお仕事の都合のつく時間だけ!1時間だけでもいいですから!お願いします!」

「…………」

 

なんとかしろ、と言わんばかりに星の瞳が有馬かなを捉える。意図が伝わったのか、そうでないのか、わからないが出てきた言葉はレンの期待とは真逆のものだった。

 

「私も、レンさんとはお話ししたいです。お願いします。本当に1時間だけで構いませんから、参加してくれませんか」

 

ギブアップ。ゲームセット。3対1では勝ち目がない。レンは不参加の説得を諦めた。

 

「わかりました。1時間だけ、参加しましょう。着替えなどを取ってきますので少し離れます。いいですね?」

「そのままバックれたりしないでくださいよ!」

「しませんよ。一度した約束は守ります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それではみなさま、揃ったところで、特別コーチお疲れ様でしたー!!」

 

手にしたジュースを高く掲げ、ぶつけ合う。スタジオの少し広いブースに毛布やクッションを持ち込み、いつでも座ったり寝転んだりできる環境を整えた上で、色とりどりのお菓子やジュースが持ち込まれている。まさに女子会と言った雰囲気の中、ラフな格好をした4名の女子。事務所で普通に寝泊まりしているルビーと有馬かなはほとんどパジャマみたいな格好。メムもラフなTシャツとパンツ。レンも似たような服装だった。

 

「いやほんときちゅいトレーニングの日々だったわー!」

「でもさっき改めてV見たけど、明らかに良くなってたねぇ。最初ので出るつもりだったと思うと寒気がするよぉ」

「少しは努力の大切さがわかったかしら。コレだから顔の良さにかまけてのうのうと生きてきた連中は困るのよ」

「有馬さんのソレだけは最後まで直りませんでしたね。笑顔を作ることは出来てましたけど、心からダンスや音楽を楽しませることはできませんでした」

 

女子会ではしゃぐ二人に対し、本番でセンターを張る少女は結局最後まで仏頂面を崩さなかった。練習中やカメラを回している時は華やかな笑顔を見せていたが、一度オフになると瞬間笑顔が消える。アイドル業に気が進まないことは知っていたが、コレほど歌えて、コレほど踊れる人が楽しそうじゃないのは初めてだった。

 

「実際のところどうですか?私たちのパフォーマンス、良くなってますか?」

 

期待と若干の不安に揺れる瞳がレンを見つめる。輝く左眼が不安に曇るのをレンは初めて見た。

 

「言ったでしょう。ギリギリ、なんとか観れるレベルには仕上がった、と」

「そういうのじゃなくて!各々もっと具体的に褒めてくださいよぉ!これでもこの数日は本気で頑張ったんですから!」

「ならいちいち褒め言葉など必要ないでしょう。やり切ったという自負を胸にステージに立ちなさい」

「それでもやっぱりレンさんにだけは褒めて欲しいじゃないですか。可愛い教え子のためのと思って。お願いします!」

 

フッと少し息を吐く。考え込むように空を見つめる瞳から星の輝きが無くなっていることに気づく者はいなかった。

 

「ルビーさんのダンスは元々悪くありませんでした。長く、そして詳細にB小町を見てきたんでしょう。最大の課題は歌でしたが、腹式発声を覚えて、大幅に改善されてます。まあ基礎を修めてしまえば、10点を50点に上げることは難しいことではありませんが。しかしここから上に行くためには継続的な練習が必要ですよ。わかってますね?」

「はーい」

「メムさんも長くユーチューバーとしてダンスを投稿してるだけあって、地力はあります。視野も広いですし、立ち回りも器用です。アクアさんがバランサーとして貴方をスカウトしたのもわかります」

「えへへ、ありがとうございますぅ♪」

「有馬さんは元々の畑は違いますが、実直で飲み込みも早い。練習中もミスらしいミスはありませんでした。狙って合格点が取れるタイプですね。コーチや経営者としては計算できるアイドルほどありがたい存在はありません。B小町は貴方に支えられていると言っても過言ではないでしょう」

「あ、ありがとうございます」

 

思ったよりしっかりと、個人の良いところをよく見た上で褒めてくれた。基本叱られる事が多かった三人はようやく聞けた直截な褒め言葉に動揺と歓喜両方が渦巻いていた。

 

「レンさんって厳しさの中に優しさがありますね。どっかのアクアとは大違いです」

「そう?私はレンさんとアクたん、似てると思うけどねぇ」

「は?!どこが!あの顔の良さにかまけて女にだらしない皮肉屋毒舌ドS男が!」

「他人には厳しくて優しいけど、自分には厳しくて厳しい。人の長所と短所、どっちもよく見てて、それぞれに合わせて人を導いてくれるところ」

 

グッ、と黙り込む。その言葉に反論できる人間はこの場に誰一人存在しなかった。

 

「MEMちょって、お兄ちゃんのこと好きなの?」

「お、恋バナ?イイねぇ。女子会っぽくなってきたねぇ」

「だって今ガチでずっと共演してて、お兄ちゃんとの相性悪くなさそうに見えてたし。正直私はお兄ちゃんとくっつくなら不知火フリル以外ならMEMちょか鷲見ゆきだと思ってたから」

 

コレはルビーだけでなく、SNSでも一部騒がれていたことだ。あかねとアクアの急接近はあの炎上騒動を知った上でなら納得がいくが、今ガチスタートから視聴していた古参ファンから見れば、アクアのあかねへの献身はかなり意外なものだった。いつもクールで冷静でイベントの渦中にいながらも、トラブルからは極力距離を取る。リスクヘッジの上手さがアクアの長所と誰もが知っていた。それなのにアクアはあの時、火中の栗に手を突っ込んだ。アクアのことを知っていればいるほど、あの危険を顧みない爆弾処理は意外に映ったことだろう。

一時は不知火フリルとの関係はカムフラージュで、本命は庇ったゆきかいつもからかわれてるMEMちょとまで言われていた。ルビーの意見はあながち的外れではない。

 

「ルビーさん、今ガチ観てたんですか」

「そりゃ兄の恋愛事情は妹としても気になりますし」

「キスしてるところよく見れましたね」

「そりゃもう超複雑だったよ!兄妹モノのドラマのキスシーン流れた時の5倍くらい気まずかったですよ!でもやっぱり兄の彼女とか気になるじゃないですか!」

 

───それに、アクアのあかねに対する気持ちって、きっと……

 

言葉にはしない。できない。この世で私と兄だけの秘密。でもなんとなくわかっていた。あのキスは純粋な恋愛感情だけじゃないことに、他の誰が気づかなくても、私だけは分かる。けれど責められない。母の面影を追っているのは誰よりも私なんだから。

 

「…………で、どうなの?メムってアクアのこと好きなの?」

 

黙り込んだルビーの代わりに有馬が重い口を開く。少し沈んだ様子の有馬かなとは打って変わって、髪飾りをつけた淑女は軽い調子で応えた。

 

「アクたんの事は好きだよ。人間としても。もちろん異性としても。顔は好みだし、性格もドSで捻ててツンデレだけど、なんだかんだイイやつで、才能は芸能界でも特級。話をしても面白いし、一緒にいて楽しい。魅力的な人だと思う。そんな人と数ヶ月恋愛ごっこして、好きにならないわけがないよ。アクたんに本気で迫られたら、私は多分断れないと思う」

 

軽い調子で紡がれたのは本気の言葉。思ったよりガチでアクアへの好意を示したメムに全員の意識が集中した。

 

「でも、アクたんって凄く遠いんだよね。隣に座っても距離があるというか、私を見てても、その瞳は遥か遠くを見つめてる」

 

数ヶ月、一緒にいた。いろんなイベントを一緒にこなして、アクアにオチに使われて、彼の肩を叩いたりもした。けどアクアの芯を噛めた事は一度もなかったと思う。フリルやあかねのように、アクアを動揺させることなんて一度もできなかった。動揺させられるのはいつも私で、アイツは私のはるか先でケラケラと笑っていた。

 

「アクたんと付き合える人はあの人と同じモノが見えて、あの人と同じ速さで歩ける人だけ。そう思ったから私はアクたんと距離を取った。いい友達でいられる距離に落ち着いた。ゆきが早々にアクア攻略をやめたのも似たような理由だと思う。だから安心して有馬ちゃん。私がアクたんとどうこうなるなんて事、まずないから」

「……あ、安心してってなによ!あんな男、好きになる要素なんて一つもないんだから!」

「アレ?有馬ちゃんアクたんの事嫌いなの?私はてっきり…」

「嫌いに決まってるでしょ!デリカシーと常識ないし!クールぶってるけどただのムッツリ!口ばっかり達者な女タラシのすけこまし!兄妹揃って歳上への態度がヤバいし!敬語とか一度も使われた事ない!私の方が芸歴先輩なのに!才能があれば何してもいいと思ってる!一度頭を打つ前にガツンと言ってやらなきゃダメよアイツは!」

 

お前がソレいう?とは誰もが思った。特に子役の時の、クソ生意気なガキ時代を知るルビーとレンは。でも口にすると100倍になって帰ってくるか、黒歴史でメンタル落としそうなのでやめといた。

 

「あーあ。子供の頃はまだ可愛げあったのにね」

「あれ?付き合い長いんだ?」

「そうよ小さい頃現場でね!私とアクアがまだ3つとか4つの頃!あんなやつ一度会ったら忘れられないじゃない!?」

「う、うーん……わからなくはないけど」

 

あの不知火フリルと張り合える才能だ。確かにインパクトとしては一生残るレベルと言っても言い過ぎではないだろう。しかし…

 

「子供の頃からずっとアイツが脳裏にいたのよ!あの頃は天使みたいだったのに!才能の片鱗は当時から見せてたけど、あの輝きと正比例するみたいに憎たらしく育っちゃって!私の思い出汚さないで欲しいんだけど!!」

「ん……ん〜〜?」

 

メムの中で疑問符が浮かぶ。嫌っているにしてはずいぶん湿度の高い評価だった。

 

「…………ルビーさんはいないんですか?好きな人とか」

 

盛り上がる有馬とメムの傍ら。いつのまにか隣に来ていたレンがルビーに話しかける。少しもじついたが、ゆっくりと話し始めた。

 

「──いますよ。初恋の人が。多分今も大好きです」

「へぇ。どんな人です?」

「ドルオタの先生です。私のことを家族よりも親身になって、色々面倒を見てくれました。私がアイドルに憧れたのはあの人のおかげなんです」

 

どこか遠くを見つめながらはにかむ蜂蜜色の髪の美少女は、僅かに頬を朱に染め、言葉を一つ一つ噛み締めるように話し続けた。

 

「私は昔、ずーーっと部屋の外に出られない生活してて、未来に希望も何もなくて、このまま静かに、ドキドキもワクワクもしないまま死んでいくんだろうなって思ってました。だけど、ドルオタになってからは毎日が楽しくて、好きな人と同じモノを好きになれた事が嬉しくて、たくさんの好きで胸の中がいっぱいになった」

 

かつて少女が憧れた人と限りなく近い容姿をした少女は、静かに教え子の独白に耳を傾け続けた。

 

「そしていつか、先生に言われたの。私がアイドルになったら推してくれるって。その時からずっと、アイドルを夢見てた」

 

黙って話を聞いていたのはレンだけではなかった。いつのまにか有馬もメムもルビーの独白を静聴していた。

 

「…………先生、今どこにいるんだろ。あの病院には今いないみたいだし……どうせ女性トラブルだろうけど。でもまだドルオタは絶対やってるだろうし……アイドルで売れていけば、きっと……」

 

疲れのピークが来たのか。夢現に紡いでいた言の葉が途切れ、レンの膝へと倒れ込む。そのまま静かに寝息を立て始めた。

 

「…………この辺でお開きにしましょうか」

「そうですね。二人も早く休んだ方がいいです。睡眠の重要性を舐めてはいけませんよ」

「はい」

 

ルビーを起こさないように膝から持ち上げ、枕の上へと頭を乗せる。有馬とメムはそのまま就寝準備に。レンは外着に着替えた。

 

「それでは明日本番、頑張ってください。重ねて言いますが、やれる事は全てやりました。あとは実力を発揮するだけ。練習は本番のように。本番は練習のように。この鉄則を忘れないでください」

「はい」

「それでは、皆さん今日までお疲れ様でした。私は明日観にいけませんが、貴方達なら大丈夫と信じていますよ」

 

レンが部屋から出ていく。そのまま二人とも休むこととなり、女子会は終わった。

 

 

 

 

 

 

「なんか、立ち上がった時、レンさんいつもより小さくなかった?」

「そう?よくわからなかったねぇ。有馬ちゃんの気のせいじゃない?」

「…………そっか、そうよね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、アクアくん。うん、終わったよ。迎えに来てくれる?───うん、特に問題なし。私と入れ替わってるってのはバレなかったと思う……うん、アクアくんは出なくて正解だったよ。結構アクアくん絡みでヘビーな話もあったし───別に。私の彼氏はモテモテで、彼女は大変だなぁ、って改めて思い知らされただけ───ううん、気にしてないよ。彼氏がモテるってのは彼女としては結構気分良いし───それにアクアくんも苦労してるんだなって知れたから。明るそうな妹さんなのに引きこもってたなんて…って、コレを言っちゃうのは流石にダメか。うん、なんでもない。最寄り駅までは歩くからそこでピックアップして。待ってる。じゃあね」

 

 

───…………アイツが引きこもり?なんの話だ?

 

 

ここでアクアの少し良くないところが出てしまった。考えてわからない事はサッサと切り替えて次に向かう。切り替えの早さはアクアの長所であると同時に短所でもある。切り替えるという事は忘れるということに近い。記憶喪失である、アクアは忘れてしまったことに大切なことがあることを知っているはずなのに。母の記憶がないことがもはや当たり前になってしまった今、忘却に関して軽んじている節があった。

駅近くのネカフェで時間を潰していたアクアは違和感を感じながらもバイクのエンジンをスタートさせる。夜の街を走り始めた時、もう違和感のことは頭の中から消えてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………え。なに?どういうこと。レンさんはアクアだった?でも今のレンは黒川あかね?入れ替わってた?なんで?」

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
我ながらよくもまぁこんな重曹ちゃん曇らせる展開思いつくな、っていう。筆者はSではないつもりなのですが、アクアがドSなので酷いことしちゃいますね。ちなみにレンの背格好がいつもと違うことに気づいた重曹ちゃんがちょっと後を尾けてみたら電話してる所にぶつかっちゃったって感じです。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。時間がかかっても感想には必ず返信します。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。