【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

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星の瞳の魔法使いが偶像たちの元を訪れる
半身は天使で半身は悪魔
天使の祝福は微笑む相手を選ばない
悪魔の呪縛に魅入られるかは貴方次第



40th take メイクアップ

 

 

 

 

 

 

 

「路上ライブ、やろー!!」

 

スタジオの扉が勢いよく開かれると同時、ギターバックを背負った鷲見はるかがそんな言葉と共に勢いよく入室してくる。練習していた桃色髪のベーシストと青い瞳に星の輝きを宿す少女にしか見えない美男子は一瞬演奏の手が止まったが、二人はまるで聞こえなかったかのように再び演奏を始めた。

 

「…………路上ライブ、やろー!」

「ハルさん。来たんなら練習始めてください。もうフェスまであんま日がないんですから」

「路上ライブ!やろーよ!」

「挫けなさいよ。アクアくんのこんな能面みたいな無表情、私初めて見たわよ」

「いいじゃん、やろーよ路上ライブ。本番前に度胸つけるいい練習になるよー」

「前にその理由でやった時、オレとナナさんしこたま怒られたんですから」

 

そう、ファーストライブの直前。オレがいまいち自信がないとナナさんから聞いたハルさんは路上ライブをやろうと提案してきた。一理あると思ったオレはナナさんに「キツいよ」と忠告されながらも承諾したのだが、現実は思っていたより非情だった。目の前にいるのは知らない人ばかり。ライブハウスで演奏していたら起きないようなトラブルが目白押し。そして歩く人から注がれる冷たい視線。荒療治だが、確かに度胸をつけるには効果的だった。しかし……

 

「警察に厳重注意されるのはともかく、ヤーさんに事務所連れていかれそうになるのはもう懲り懲りです」

「アレはアッくんとナナが逃げるの遅いのが悪いんだよ」

「ハルさんは良いですけど、オレはドラムですよ。ギターやベースと違うんです。電子ドラムでもデカいし電源はあるしパッと片付けて逃げられるわけねーだろ」

 

それにアンプありでもなしでもバンドってなんだかんだドラムが一番うるさいから一番怒られる。

 

「オレだけ取り残されそうになった時は人生終わったと思いましたよ。ナナさんが残ってくれた時はマジで泣きそうでした」

 

あの時取り残されたオレを心配して、ナナさんだけはベース片手に残ってくれた。そこでようやくドラム見捨てて逃げる事を選択した。オレ一人ならまだいいが、女性のナナさんを巻き込むわけにはいかない。電子ドラム一台は高い代償だったが、ナナさんのためなら惜しくはなかった。

 

「…………わかった。ならちゃんと許可取って出来るところでやろう。アンプも使えるところ知ってるから、それで──」

「ホントに好きですね、路上ライブ。なんでですか?」

 

なお食い下がるハルを見て純粋に疑問が湧く。外でやるのは本当にキツい。通行人の視線は冷たいし、反応もない。野次られる方がまだマシと初めて思った。はっきり言ってやってて楽しくはない。それなのにどうしてこうもやりたがるのか、オレにはわからなかった。

 

「ストリートこそがロックの原点とか古臭いこと思ってるのよ、ハルは。典型的形から入るタイプだし」

「ちょっ、違うし!それだけじゃないし!私たちに興味のない冷たい人間達の視線浴びて、こんちくしょう!って気持ちで弦ガンガン鳴らして、叫ぶように歌って、そいつらの視線を熱いのに変えるのが快感なの!」

「ほら本性出した。アクアくんのためとか言っといて、結局自分の快感のためなんだから。だから貴方はセフレはたくさんいても本命がいないのよ」

 

うっ、と黙り込む。その様子をアクアはハラハラしながら見ていた。ハルさん相手にここまで言えるのは仲間で幼馴染で悪友のナナさんだけだろう。二人の友情を尊重すると同時に少し羨ましい。いろんな場所を移り変わり、広く浅い関係を心がけていたアクアにこんな友人はいなかった。

 

「…………多分、何度路上ライブやっても同じですよ」

 

スティックを手の中で回す。脳裏にはファーストライブの緊張がありありと蘇っていた。

 

「ミスできない状況。オレの迷惑がバンド全体の足を引っ張る恐怖。慣れて薄める事はできても、それらが払拭される事は絶対ない。今度のフェスもオレは絶対ビビってステージに立つ」

 

そう。次のライブはインディーズバンドがメインのフェスが行われる。中でもそこそこフォロワーが多いバンドか、デモCDで高評価を得たバンドのみが招待される。カントルは一応前者だが、念のためデモも渡すよう言われている。いわば当落選上ギリギリのバンドだ。ミスは絶対に許されない。

 

「そういう状況を耐えるために必要なのって、結局毎日の積み重ねなんですよ。練習してきた日々だけがバックボーンになって震える身体を支えてくれる。ライブの経験値ももちろん大切ですけど、そういうのも付け焼き刃じゃいけない」

 

路上ライブをやるにしても10回20回と回数を重ねなければ身にはならない。この土壇場でやったとしても大した武器にはならないだろう。

 

「ストリートも悪くないですけど、次の舞台はフェス。お客様ありきのステージです。こんな弱小three-pieceバンドを観に来てくれる人達のために、今は練習しましょう」

 

スティックを握り、クロスに組む。ナナさんも一度頷き、ベースを背負いなおした。二人の視線は我らがguitar &vocalへと注がれる。諦めたように肩をすくめると黒髪の美少女はケースからデコったレスポールを取り出し、スタジオの中心に立った。

 

「行きます」

 

スティックでシンバルをリズミカルに叩く。曲目は『始まりの超新星(ビック・バン)』。アクアが詞を書き、ナナが曲を付けた、カントル最初のデビュー曲。

 

三人同時に放たれた音が響き渡る。スタジオが、喝采に揺れた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さてさてやってきました!ジャパンアイドルフェス!』

 

遂に迎えた本番当日。緊張しながらもファーストステージの高揚感がルビーとメムを熱くしていた。が、ただ一人、この世の終わりのような顔とコンディションで会場へと歩いていた。

 

───どうしよう、一睡も出来なかった…

 

絶望の表情を浮かべているのは有馬かな。元天才子役にして、新米アイドル。何か違和感のあるレンの後を尾行してみたら、昨夜、知らなくて良い真実を知ってしまった。

 

───レンさんの正体がアクア?でも昨夜の女子会に来てたのは黒川あかね?入れ替わってた?なんで?

 

アクアがレンに化けた理由は何となくわかる。恐らく私たちに真面目にレッスンさせるためだ。身内の指導というのは気楽さと同時に緩さを生む。あの完璧主義の完全主義者がそれを許すはずもない。適度な緊張と厳しさを演出するための変装。

 

───そこまではわかる……でも、なんで…

 

 

なんで女子会の事を、黒川あかねに頼んだんだろう。

 

 

昨日の夜から今に至るまで頭の中を支配していたのはこの疑問だった。

 

───流石に女子会に男が出る事を遠慮した?でもなんで頼った先が黒川あかねなの?アイツには女装のことも全部話してた?私には何の相談もなかったのに?じゃあ女子会で言ってくれた励ましの言葉は全部ウソ?レッスンの時に言ってくれた言葉も?受け答えは元々決めてたの?それとも全部黒川あかねに任せてた?なんで?アンタはあかねのこと、どこまで信頼してるの?どうしてそこまで信じられるの?彼女だから?どうして?

 

 

どうして私には頼ってくれなかったの?

 

 

「有馬さん、そっちじゃないわよ」

 

心ここに在らず。頭の中ぐちゃぐちゃ状態でほぼ機械的に足を動かしていた有馬にストップがかかる。彼女が向かおうとしていた先はステージ側の楽屋。広さも限られていて使えるのは出番直前のグループのみ。この手のフェスの楽屋は……

 

 

 

 

 

 

 

───懐かしいな

 

一足先に前入りしていたアクアは目の前の光景を少し郷愁を持って眺めていた。ステージとは少し離れた多目的ホール。その大部屋に出演者達は詰め込まれていた。えぐい人口密度。出演者同士のトラブル。ありとあらゆる雑音がごった煮になっている。

 

そう、この手の大人数規模のフェスの楽屋は全グループ共有。出演者関係者が全部詰め込まれ、荷物の置き場もない。今回はアイドルフェスだからまだマシだが、ロックフェスの場合、楽器を置くことすら難しい。ましてドラムは最悪だった。直前までバンの中に詰め込んでおいて、出番になったら慌てて取り出し、会場へ向かう。まったく重労働もいいところだ。

 

───ま、地下アイドルやインディーズバンドの扱いなんてこんなもんだ

 

メインステージに呼ばれるようなバンドは別室が与えられていたが、カントルがそこまで辿り着くには1年以上の時間が必要だった。すしづめの楽屋に押し込まれ、出番までにメシだの諸々の用事を済ませ、本番直前に衣装を着替え、メイクし、ステージに上がる。良い待遇を受けたければ出世するしかない。

 

「アクア」

 

関係者共有スペースで壁に背中を預けていた黄金色の髪の美少年に声が掛かる。声主を確認し、一度頷くと、仕事道具を持ってスペースを出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あたりを取り巻く熱気。女同士で繰り広げられる陣地の奪い合い。廊下で屯している女子達は撮影会などを始め、それぞれで牽制し合う。誰もが必死で、良くも悪くもアゲているなか、一人気が滅入り続けている新人アイドルがいた。

 

───いけない、空気に気圧されてる

 

哺乳瓶咥えている頃から芸能界にいた有馬かなだったが、この熱気、この緊張感は初めてのことだった。こんなすし詰めの楽屋も、ザワザワガヤガヤ喧しい待ち時間も。仮にも天才子役として名前だけは売れていたあの時、楽屋はもっと静かだったし、周りの大人達も表面的には気を遣ってくれていた。

 

───私がコケたら、みんなコケる

 

幼い頃、女優業だけではやっていけなくなった時、歌やダンスに手を出したことがあった。最初の一つ、『ピーマン体操』は大成功した。作詞作曲をしてくれたのも日本でいまだトップを走るアーティストだったし、私のネームバリューも相まって、全国の児童があの曲とあのダンスを真似した。

 

でもそれ以外は全滅。

 

出す楽曲すべてコケ倒した。どんどん減っていくお客さん。失笑混じりのこんなもんか、という視線。サクラの私服スタッフが半数以上を占めるイベント。今でも鮮明に思い出せる。

 

───期待に応えられなかったタレントの苦しさは、なかなか言葉に出来ない

 

無くなっていく仕事。離れていく家族。子役として価値をなくしていく有馬かなというネームバリュー。晒されていく批判の数々。

 

『子役じゃなくなった私に価値なんてないのよ』

『成長しちゃった私にファンなんていないから』

 

ネットで呟かれている数多の書き込みを真実だと自ら認め、自虐のように口にし出したのはいつからだったろうか。

 

『B小町の核はお前だ』

『このグループは貴方に支えられていると言って過言じゃないでしょう』

 

アクアとレンが……いや、両方アクアが言っていたこと。そこに嘘はないだろう。わかっている。けれどなぜか響かない。悪口や批判ばかりが私の中に収まって、誉められる言葉だけが届いてこない。

 

───私なんかが…

 

「みんな、もう着替えたわね」

 

その一言で現実に戻ってくる。楽屋ホール。パーテーションで目隠しされた場所で有馬かなはいつのまにかアイドル衣装に着替えていた。気が滅入っていても体は勝手に動いていたらしい。

 

「それじゃあメイクするわよ。全員一列になって並んで」

「あ、ミヤコさんやってくれるの?」

「いいえ。流石に私じゃ素人に毛が生えた程度しか出来ないから。でも安心して。スタイリストじゃないけど、腕は一流の人を呼んできたから」

「それって、もしかして、レンさ──」

「おう、お前ら。さっさと座れ」

「お兄ちゃん!?」

「アクたん!?」

「っ……!?」

 

姿を見せたのは見慣れた蜂蜜色の髪に星の輝きを宿す瞳の美少年。化粧道具を片手にパーテーションから現れた。

 

「お兄ちゃんメイクなんて出来るの?」

「不知火フリル仕込みだ。このホールにいるアイドル連中よりは遥かに上手い自信がある。なあメム」

「そりゃアクたんの腕はあの動画撮った時に見せてもらったけどぉ。他人の肌事情と自分の肌事情は違うと思うよぉ」

「文句あるなら終わった後に受け付ける。まあ文句なんて言わせねえけど。時間あんまねぇんだ。ほらルビー、座れ」

 

渋々、というわけでもないが呼ばれた妹は少し抵抗を見せつつパイプ椅子に座った。化粧箱が開かれる。当然だが普通のメイク道具とは違う。コンシーラーだけでも数種類あるし、筆なんてこんなに細いの必要なのか、というのまである。肌の状態を確認すると、アクアは化粧水から取り出した。

 

「ルビー。目を閉じろ」

「うん」

「昨日はちゃんと眠れたか?」

「うん。女子会してたらいつのまにか眠くなっちゃって──」

 

会話をしながらも手は止まらない。流麗に、澱みなく、アクアの細く華奢な手はルビーを美しく彩っていく。

 

「…………いよいよだな」

「───うん。お兄ちゃんと比べて、ずいぶん出遅れたスタートだけど」

「早ければ良いってものでもない。それぞれに合ったペースを守っていればそれが一番だ。別にオレと比べる必要はねーさ」

「…………うん、そうだよね」

「緊張してるか?」

「───ものすごく。気を抜いたら泣いちゃいそうなくらい」

「そうか。それを聞けてホッとしたよ。小さいやつほど虚勢張って、無理して本番でやらかすからな。自分の現状ちゃんと把握してるみたいで安心した」

「お兄ちゃんはどうだった?初舞台の時は緊張した?」

「当然。普通にビビってたし、周りに迷惑かけまくったよ」

「嘘ばっかり。あのPVの時は全然だったじゃん」

「アレは初舞台じゃなかったから緊張はさほどな。けど周りには迷惑かけてたろ」

「あ、そっか。言われてみれば」

「緊張にはいずれ慣れる。でもどんだけ回数重ねてもミスはするし、迷惑はかけるものだ」

「──うん」

「これからお前は何度もステージには立つ。ミスだって数えきれないほどする。だがファーストライブはこれ一回限り。人生最初で最後のステージだ。楽しんでこい」

「うんっ!!」

 

緊張を緩和するべく会話を重ねる二人だったが、周りは言葉一つ発することも出来なかった。流麗に動くアクアの手。一筆描かれるごとに美しく変貌していくルビーの姿に驚きを隠すこともできなかった。化粧水で引き締められた肌は瑞々しく輝き、添えられるチークはルビーの頬に生気を吹き込む。アイシャドウが目の輪郭をより強く主張し、髪と同じ黄金色の眉は光沢を増していく。

 

───凄い

 

アクアの化粧の腕が、ではない。もちろんそれも凄いが、有馬かなが戦慄した点は他にあった。

 

ルビーの緊張を緩和すべく、明るく、軽い口調で話すアクア。

しかしその眉間には深い皺が刻まれていた。星の双眸からはいつもの余裕はまるで感じられず、険しく顰められている。額からは薄らと汗が滲み、袖で拭った時、血管が浮き出ているのを見て、筆を握る指が真っ白になってる事に気づいた。

 

───こんな真剣な顔のアクア、初めて見た

 

まさに鬼気迫るとはこの事。ワンミスも許されないと自分に言い聞かせつつ、声には出さず、作業する手にも見せない。迷いなく、油断なく、果断に、精緻に、大胆に、星野ルビーというキャンバスを彩っていく。彼女の緊張を解きながら。

 

 

まるで新しく命を吹き込むかのように

 

 

同じ人間でありながら、別人がルビーに取り憑いていくかのような、そんな神秘的でいて、どこか恐ろしい何かがパーテーションの中を支配していた。

 

「よし、終わり。目、開けていいぞ」

「うん……わ!凄い!私可愛すぎない!?最高すぎるんだが?!え!ヤバ!可愛い!私、可愛い!」

「誰がメイクしたと思ってる」

「お兄ちゃんのメイクが映えたのは私が可愛いおかげでもあるからね」

「言ってろ。次、メム」

「…………」

「メム?」

「あっ、ごめん。うん、座るよぉ」

 

カチューシャで髪を留めて、パイプ椅子に座り、目を閉じる。ルビーの時とは打って変わって、あまり会話はなかった。あの真剣な表情のまま、流麗に、一心不乱に手を動かしていく。

 

「私には何も言ってくれないのぉ?」

 

沈黙に耐えきれなくなったのか、それとも違う理由か。メムの方から口を開く。魔法使いの眉間によった皺が少し和らいだ。

 

「メムのことは心配してない。なにせ神経の太さはオレ以上だ」

「…………褒めてるの?」

「勿論。オレは大概の人間より優れている自負がある。そのオレ以上の素質を持ってるってのは凄い事だ。誇っていい」

「アクたんって、すんごい自信家だよねぇ。知ってたけど」

「日々の練習なんてなくても、アイドルを目指した時間の長さが。夢を諦めきれなかった情熱が。お前の神経を作って、お前を支えてる。今更メムにオレなんかの言葉は必要ねぇさ」

 

カァッと頬が熱くなる。思わず立ち上がってしまいそうになった。この緩急の使い方の上手さがアクアのトーク力の真骨頂。それをメムは知っていたはずだったが、それでも派手に動揺させられた。

 

「今日のB小町のステージ。閑古鳥が鳴いてても不思議じゃないが、そうはならない。メムが活動を続けてきた2年間で培った、メムのファン達が必ず来てくれるからだ。何年も行き場をなくして、彷徨い続けてた、でも捨てられなかった情熱を。これが生のMEMちょだってのを、そいつらにぶつけてこい。思いっきりぶつけた後はクールな頭と視野を取り戻せよ。B小町のバランスを取れるのはメムしかいないんだから」

 

───好きだ。私は、星野アクアが好きだ

 

きっと迫られたら断れないくらいに。身体だけの関係でもいいと思ってしまうほどに。顔も好みで、性格もなんだかんだ悪くなくて、天才で、口が上手で、女に甘い夢を見せてくれるこの人が、好きだ。

 

でも、この想いは口にはしない。形にもしない。この近くて遠い、夜空の星のような人は、私なんかの手にはとても負えないから。

 

「よし、出来た。次、有馬」

 

 

 

 

 

 

 

 

アイツの手で二人が別人に変貌していく姿を見て、私は歯軋りが抑えられなかった。別人に変わっていく理由は化粧ではない。いや、勿論それも一つの理由だが、最大の理由は違う。

 

───二人ともさっきまでと目の輝きがまるで違う

 

相手を叱咤する言葉を。奮い立たせる言葉を。相手が欲しい言葉を的確に、絶妙に選択し、鼓舞する事で、緊張をいい方向へと持っていった。この男は人の煽り方もわかってるが、それ以上に人のノセ方を心得ている。

まさにmake。誰かを美しく、力強く作り変える、人類最初にして最古の魔法。からかって、あおって、煽てて、ノせて。あらゆる手法を駆使して別人へと変貌させた。この男はmakeを自在に操る魔法使いだ。素直に凄いと思う。

だが…

 

───誰にでもするんだ、こういうこと

 

脳裏に蘇る魔法の時間。地獄の現場『今日あま』での奇跡。過去の私ではなく、今私が輝くためにアイツが魅せてくれたあの献身を今度はルビーとメムに尽くしていた。

 

───アクアが、誰にでもいい顔するような奴だとは思ってない。

 

むしろ他者への関心は薄い方だろう。今ガチで炎上しようがアクア本人は全くのノーダメージだった。顔も名前も知らない人間のためには1秒の時間も割かない男だ。

けれど、一度でも身内になると、そこまでやるのかと言いたくなるほどの献身を見せる時がある。

 

「アクアって才能に甘いのよ」

 

以前ミヤコさんが言っていた。アクアは基本人を貶すこともしないが、褒めることも滅多にしない。その代わり認めた才能には甘くなる。自分のためより誰かのための方が力を発揮するタイプだと。それはそれで素晴らしい形だと心から思う。だけど、それでも。

 

───私だけが、特別なんじゃなかった

 

そう考えずにはいられなかった。私達は恋人じゃない。友達とも言い難い。昔も、今も。

けれど特別な仲間だと思ってた。同じ逆境で戦ってきた同志だと思っていた。昔も、今も。

 

 

それなのに。私にとってアンタは特別なのに。

 

 

「有馬?早く座れよ」

 

薄らと浮いた汗を拭いながら、こちらに座るよう促してくる。その態度はルビーやメムに見せていたものと何一つ変わらない。その不変が格好良くて、ムカついた。

 

「ルビー、メム。先に行ってて。ちょっとコイツに話があるから」

「え?なに先輩。私たちが聞いちゃダメなの?」

「ちょっとマジな話したいの。悪いけど、お願い」

「えー、気になるなぁ。先輩のマジな話、私も聞きたい」

「ほらほらルビー、先行ってよ。もう時間ないんだからさ」

 

一度視線が合うとメムはルビーの背中を押してパーテーションの向こうへと移動していく。まだブーブー言ってる声が遠くなったのを確認すると、ようやく有馬はパイプ椅子へと座った。

 

「…………どうした。マジな話、しねーのか?」

 

化粧水を適量手に吹きつけながらアクアが問いかける。恐らく何か言い返しても、黙り込んでも、この魔法使いの手のひらの上なのだろう。それでもまだ話をする気にはなれなかった。

 

「流石の有馬かなも緊張してるか?批判なんか気にしないみたいに自虐するけど、実はメンタル繊細だもんな。わかるぜ。今回の失敗は自分だけの責任には出来ない。自分がコケたらルビーやメムにも迷惑がかかる。アイツらに自分と同じ思いはさせたくない。そう思ってるんだろ?でもそれは臆病とかじゃない。有馬の優しさだ。その思いを誇ることはあっても、恥じる必要なんて───」

「うるさい!!」

 

叫び声がパーテーションを通り越して周囲に響く。喧騒の音が一瞬鳴り止む程の怒声だった。

 

「アンタに私の何がわかるのよ!そうやって適当なこと言って適当に煽てれば私みたいなチョロい女は落ちるって思ってんでしょ!」

 

違う、そんなこと思ってない。アクアは才能には誠実だ。さっきのルビーやメムへの言葉に相手をノせる意図はあっただろうけど、それぞれをずっと見てきた上での本心の言葉だった。それくらいはわかってる。

 

「そりゃそうよね!実際私はアンタに煽てられて、勘違いして、アイドルなんてやっちゃって、こんなところにまで来ちゃってるんだもんね!不知火フリルや黒川あかね落として、メムからも好意持たれてて!口八丁手八丁でモテまくりのアンタから見たら私なんてチョロいでしょうよ!でもチョロい女にもプライドはあるのよ!他の女チヤホヤ褒めてる口で適当なこと言われても何にも響くわけないでしょ!」

 

違う。アクアの言葉はいつだって私の芯を捉えてる。いつもちゃんと響いてる。今日あまの時から……いや、12年前のあの時からずっとアクアとの出会いと言葉を支えにしてここまで来た。そんなアクアの言葉が響かないはずがないのに。

 

「レンに化けてコーチやってたのは私への当てつけ?私達に真面目にレッスンさせる為の仮面?あんたの指導を私達がマトモに聴くと思わなかった?ええそうかもね。身内のコーチは気楽さと同時に緩さも生むわ。ルビーあたりには必要な工夫だったかもね。でもなんで私にまで黙ってたの?私はアンタの指導ならちゃんと真面目に聞いたわ。ミヤコさんから特別コーチ雇ったって聞いた時、アンタが出てくるのかなと思ったくらい。それなのにアンタは正体隠して、ウソついて私たちの前に立った!ウソをつくってのはね、思いやりであると同時に相手を嘗めてる証拠でもあるのよ!あそこまでしなきゃ私が本気にならないってアンタは思った!」

 

それだって事の発端は私のせいだ。何も悪くないアクアの手を事故とはいえ叩いてしまった。その前からずっとアクアを避けるような態度を取り続けていた。だからアクアもああせざるを得なかったんだ。わかってる。全部わかってるのに。

 

「そのくせ黒川あかねには本当の事伝えて身代わりなんてやってもらうんだ!出会ってたった数ヶ月で随分な信頼関係ね?私とは大違い。やっぱり一緒にトラブル乗り越えた絆は強いのかしら?彼女とその他大勢の扱いにちゃんと差をつけてて偉いじゃない!やろうと思えば立派な彼氏もできるのね?でもこんなふうに女にメイクしてるなんてことまでは知らないんじゃない?私が教えてあげましょうか?それが嫌なら変に優しいふりなんかしないで、サッサと──」

 

 

パァン

 

 

破裂音が鳴り響く。私が引っ叩かれたのかと思ったが、頬にもどこにも痛みはない。恐る恐る目を開くと、アクアは私の目の前で大きく柏手をした状態で止まっていた。

 

「静かにしろ。化粧(まほう)崩れ(とけ)る」

 

押し込まれる。

 

まだ言いたいことは山ほどあった。しかし、声が出せなかった。真っ直ぐに見つめてくる青い星の瞳。その輝きは暗く、引力を放つほどの重さがあり、そして無感情だった。無言の圧力が私の身体を竦ませ、冷たいほどの暗い光が私を凍り付かせる。

 

静かになったのを確認したからか。止まっていた手が動き出す。コットンで頬を彩り、コンシーラーで睫毛を艶めかせ、眉を描き、筆で唇を塗る。先ほどまでと同じように、淀みなく、流麗に、大胆に有馬かなを色づかせる。

 

「終わった」

 

無機質に終了を告げると、無表情に化粧品をバックの中に片付けていく。怒っている様子も焦る様子もなく、いつも通りの平坦な顔つきだ。だからこそ怖かった。あの廊下でアクアの手を叩いてしまった時と同じ顔だ。諦めたような、見捨てたような、どうでもいいものを見つめる無表情。さっきまであんなに溢れていた怒りが縮こまる。怒鳴り返してくれた方がまだマシだった。

 

「…………今のお前に、何言っても無駄だと思うが」

 

背を向けたまま、冷淡な声でアクアは続けた。

 

「夢を見せろよ、12時を過ぎたシンデレラ。魔法はちゃんとかけておいてやる」

 

一度手を振るとパーテーションの外へと出て行く。取り残された私は手袋などの小道具を身につけ、最終チェックに入る。髪の乱れはないか、不恰好な点はないか。微に入り細を穿ち、欠点を少しでも少なくする。

 

 

───あ…

 

 

鏡の中の私はいつもよりずっと綺麗に彩られていた。

 

 

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。アクアの魔法はまだ終わってません。本番はステージです。
ちょっ、重曹ちゃんおま……重曹!!やっちまったなぁ最新話!ホント先生重曹ちゃん曇らせるの好きだなぁ!私も大好きですが!
それでは励みになりますので感想、評価よろしくお願いします!面白かったの一言でもいただければ幸いです。時間がかかっても感想には必ず返信します!
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