【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

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昨日の敵は今日の友
今日の友は明日の敵
火を知らぬ少女は星をなくした子の味方
たとえ対立の立場に立ったとしても


42nd take ダブるダブル

 

 

 

 

 

 

 

 

「60点ってとこね。カントルのファーストライブは」

 

ライブハウスでの演奏が終わり、出演者達で打ち上げを開催していた折、いつのまにか参加してたレン先輩がジョッキ片手に評価を下した。

 

「えー、レンちゃん辛くなーい?」

「正当な評価よ」

「つかなんでレンが打ち上げ来てるの。ただの観客でしょ」

「まあまあナナさん。いいじゃないですか。レン先輩の意見は貴重ですし」

「前から思ってたけどアクアくんはレンに甘くない?ドラム教わった恩があるからってさ」

「レン先輩、60点の理由、教えてくれませんか?」

 

ナナさんのツッコミをはぐらかす。アクアにとってレンは色々な意味で初めての相手だ。感謝も恨みも敬意もある。身内以外では一番頭が上がらない人かもしれない。あまり強く出れないのは自覚していた。アクアの意図を察してか、一度頷くとレンは批評を始めた。

 

「個々としてまあまあだけど、バンドとしてはまだまだ若い。ハルは才能あるけど、うまぶって変に外すのやめた方がいいよ。分かる人には分かるしイラっとするから。もっと素直に歌いな。ナナも腕はあるけど、硬い。生真面目過ぎる。早くなると音の粒が揃わなくなる。全体練習よりベースそのもののレッスンを重ねたほうがいい。ジュニアは腕も足もよく動いてた。パッションもパワーもあるし、俯瞰で全体を見れてる。でもそのせいかな、賢過ぎ。演奏中にいろんな事に気を遣いすぎ。もっと自分本位にやっていいんだよ」

『………はい』

 

辛口だが、流石に全て正当な指摘。アクア達は身を小さくするほかない。

 

「でも、いい演奏だった。ちゃんと観客に向き合って、観客の目を見て、視線を感じて、声に応えてた。真心があった。貴方達がどんなバンドか、よくわかった。ステージの『本質』全てが詰まったライブだった。私も何か弾きたくなっちゃった。もう一度くらい、ライブしたいなぁ」

 

最後になってようやく少し褒めてくれた。そしてその一言は思ったより嬉しかった。気づいたらオレ達3人は音高くハイタッチを交わしていた。

 

「そうそう!悪くなかったよね!お客さんは盛り上がってたし、3人のグルーヴ感もバッチリだったし!やっぱライブって世界一楽しいなぁ!」

「レン先輩バンドやる気あるなら入ってくれませんか?やっぱリードギターあるほうが曲に厚みができますし」

「ジュニアにそう言われると迷っちゃうけど、ダメ。コレからはダンス一本で行くって決めたから。私の決心揺らがせないで」

「レンってアクアくんにナニしたの?ドラム教えたってだけじゃないんでしょ?白状しなさい」

 

全員未成年なのにジョッキ片手にどんちゃん騒ぎ。姦しくも楽しい時間。不安も現実もなく、ただ夢だけを見れたひととき。

家族も大事だし、ミヤコさんには感謝している。ルビーはオレが守らなきゃとも思う。

 

けど、中学生になりたてのオレは思春期のガキらしく、家族が煩わしいと思うことも多かった。

 

バンドがあって、才能ある人たちと仲間になれて、地元じゃ結構有名で、チヤホヤしてくれる人も多くて(マリンとしてだけど)。人肌が恋しくなった時はハルさんやナナさんに相手をしてもらえた。

 

面白いことも、楽しいことも、ムカつくことも、3人でやった。3人で笑った。

 

思えばこの時がアクアが心から笑えた最後の時間だったかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

───疲れた…

 

ドラムをバンのトランクの中へと片づけたアクアは疲労困憊の表情で車にもたれかかっていた。ドラム演奏は全身運動。身体への負担はギターやベースとは比べ物にならない。まして久々にステージの前で披露した。ミスができない状況。ほとんど合わせの練習はしていない状態。ハルさんとは違い、あまり上手いとは言えない歌手に合わせなければならない気苦労。体力的にも精神的にも疲労はかなり蓄積していた。

 

───ロックが楽しいだけじゃなくなったのって、いつからだったっけ…

 

ステージに立つのは楽しかった。レコーディング作業は自分の下手なところとか悪いところ丸出しにされるから恥ずかしかったけど、明確に課題も見つけられるから面白かった。意見の出し合いが口論になったり(特にハルさんとナナさんが)もしたけど、今となってはアレもいい思い出だ。

 

『ジュニアはドラム向いてるよ。俯瞰がよく出来てる』

 

レン先輩にドラムで初めて褒められた時は嬉しかった。

 

───メジャーの話が来てからだったかな、多分

 

ただ自分がやりたい音楽を。自分が表現したい世界を鳴らしているだけではいけなくなって、ハルさんとナナさんの口論の内容も変わってきて、いずれ辞めるオレは居心地悪くなって。多分あの頃辺りからロックが楽しいだけじゃなくなった。

 

───あいつらも、いつか…

 

今はステージに立てるだけで楽しいだろう。でもいずれ現実に向き合わなければいけない時が来る。売れるために、上に行くために、楽しくない事に手を出さなければいけない時が来る。アイドルには彼氏がいる子も多くて、異性と接さずに活動することの難しさを知る時がくる。その時、あいつらはどうするのだろうか。ルビーは今のままでいられるだろうか。一度頭を振る。考えてもわからなかった。

 

「…………お疲れ」

 

いつのまにかルビー達も戻ってきていたらしい。童顔の美少女がこちらと目を合わせず水の入ったペットボトルを目の前に差し出してくる。「サンキュ」と一言返し、受け取るとバンの中へと入った。

 

「お兄ちゃん、どうだった?私達のファーストライブ」

「…………50点。甘めで」

「えー、なにそれ辛くない?」

「辛くない。レンも言ってたろ。歌もダンスもギリギリなんとか観れるレベルだって」

 

声のハリ。歌のうまさ。ダンスのキレ。演者としての色気。はっきり言ってまだまだ。頂点(アイ)とは程遠い。パフォーマンスの仕上がりで言えば、今のB小町より上のグループなど、星の数ほどいるだろう。

 

「大体ファーストステージで高得点なんて有り得るわけねーだろ。アーティストにとって、初期作品は大抵黒歴史だ」

「アクたんも?」

「勿論。他人に見せるのなんて絶対ヤだね」

「うわぁ、なにそれ。逆に観たいねぇ。今度観賞会やろっ。社長、DVDとかあります?」

「あったんだけど、アクアに全部買い取られちゃって、今は無いわ」

「それはまた……アクたんらしいというか」

「ほっとけ」

 

そうでもしなければ渡そうとしなかったミヤコが悪い。まあ金であの黒歴史が買えるなら安いものだが。本音を言うなら世に出回ってる全てを回収したい。しかし流石にそれは無理だから金払って買い戻したのは身内だけだ。

 

「パフォーマンスはせいぜい及第点。だがお前達のライブにはちゃんとステージの『本質』があった。それさえ忘れなきゃパフォーマンスなんて回数重ねてりゃ勝手に良くなるさ」

「ステージの、本質?」

「観客に向き合っているか。ちゃんと観客の目を見て、視線を感じて、声に応えているか、ということ」

 

観客だって馬鹿じゃない。ステージ上のアイドル達が自分達を見ているかどうかくらいわかる。そういうアイドルはいくら歌やダンスのクオリティが高くとも、絶対にハネない。見た目が煌びやかな装飾で彩られただけのメッキアイドルはいつか必ず馬脚を表す。所詮ファンはその他大勢の一人としてしか見ていないことに気づく。練習は本番のように。本番は練習のように。アイドルに限らず、どの分野でも言われる鉄則。

しかし練習と本番は違う。本番と練習は違う。練習だからできるパフォーマンスがあるし、本番しか見せられない熱量もある。

観客に向き合わず、ただ鏡の前でだけ踊る練習のダンスを観客の前で披露しても、大衆には決して刺さらない。

 

新生B小町は完全なぽっとでグループ。メム目当てで人は来るだろうが、観客のほとんどはB小町そのものに興味はない。

そんな人たちの心を掴むにはどうすればいいか。

 

それは真心を捧げる他にはない。

 

視線を合わせ、生の感情を捧げ、心からの笑顔を向けることで初めて興味のない人の心を動かすことが出来る。結局相手の真心に届くのは真心だけだ。

 

アイドルがステージに立てることは当たり前のことじゃない。運営の許可を得て、事務所の許可を得て、そしてファンの許可を得なければならない。そのことを自覚し、ステージに立てることに感謝し、来てくれた人たち一人一人に向けて歌とダンスを捧げなければいけない。

ステージの上にも嘘はある。醜いところをメッキで固めていないアイドルなどいない。だからこそ本当の真心を届けなければいけない。

 

その他大勢でなく、目の前の一人を幸せにするためにステージに立つ。

 

それがきっと、アーティストが持つべきファンへの『(まごころ)』。それがきっと、ファンを愛するということ。

 

「オレが見ていたのはそこだった。そしてそれはちゃんとできてた……まあ有馬は途中まではなんか余計なこと考えてた感じだったけど」

「うっ…」

「だから、良かった。まだまだ荒削り。ステージにもライブにも慣れてない。けどこれから良くなるグループの音だった。50点。甘めでな」

 

───バンドの経験、生きてるわね

 

運転しながら会話を聞いていたミヤコが心中で感嘆の息を吐く。アクアは他人への興味が薄い男だ。名前も顔も知らない誰かがなにをしようがどうでもいいと思っていた。それは今も恐らく変わってないだろう。しかし、観客への意識を知った上でそれをするのと、知らないで大衆を無視するのとでは大きく違う。

一芸を極めることは百芸に通ずる。役者もバンドマンもアイドルも基本的には綺麗事を体現する仕事。心にもない事を言わなければいけないこともある。

しかし自分のためだけにそれをやっていてはパフォーマンスに真心は決して籠らない。

見ている人はいる。そのことに感謝もしている。けれどオレはオレだから。オレが納得できる仕事をする。その代わり全力で。ベストを尽くして。それでこそ心にもない綺麗事に、真心が宿る。

 

───どんどんアイに近づいていく

 

嘘は何よりの愛。かつての天才が言っていた言葉。アプローチの仕方は違うが、アクアもアイの哲学に、無意識のうちに近づいていた。

 

「ま、一肌脱いでやった甲斐はあったよ。今は批評なんて気にしないで、少し休めばいい。お疲れ様」

「…………あっそ」

 

車内に沈黙が訪れる。けれど少し前までの気まずい感じはない。穏やかな静けさだった。

 

「………やっとまともに話しする気になったみたいね」

「かなちゃんが一方的に避けてた感じでしたけどねぇ。仲良いのか悪いのかよくわからないですね。あの二人」

「そういうのとは少し違うわよ、きっと」

「?」

 

クエスチョンマークを浮かべているとミヤコさんがアクアへと目線を向けた。

 

「ねえアクア、『今ガチ』のあかねとは上手くいってるの?」

「ん……まあ悪くはない。お互い勉強になることも多いし」

「勉強?」

「特定の女性への感情の持ち方とか、今どきの女子高生がどういうこと考えてるか、とか。演技にフィードバック出来ることも多い」

「もっと恋愛的な要素はないの?」

「ゼロとまでは言わねぇが……今はまだお互い仕事相手感の方が強い。良くも悪くも、腹の底は見せ合ってない感じだ」

「………仕事」

 

アクアの答えの一部を有馬が呟き、視線を向ける。嘘をついてる様子はなかった。

 

「はん!そうよね!あの黒川あかねがアンタなんかに本気になるハズないもの!テレビショー上の演出ってやつね!あるある!芸能界じゃ良くあることよ!」

「………なんか他人に言われるとムカつくな」

「アンタも哀れねー!ダメよー、ああいうの本気にしちゃ!」

「うるせーな、ただビジネスってだけじゃねーよ。今度のオフ一緒に美術館行くことになってるし」

「それもアリバイデートってやつでしょ!建前は大事だものねー!わかるわかる」

「急にウゼェなこの女」

 

二人のやりとりを見てメムも大体の事情を察する。そしてアクアの勘違いも理解する。彼はまだあかねのことをビジネスとしか見てないかもしれないが、あかねは確実に違う。今は嘘の関係だけど、いずれ本当の彼氏彼女に。そうなりたいと思っているハズ。だけど何かしようとは思わない。あかねの応援も、有馬の応援もしない。

 

───私だって…

 

そう言いたくなるのを押さえつけるので精一杯だった。

 

「てゆーかアンタってドラムなんてできたのね!意外な特技持ってるじゃない!凄ーい!」

「あの程度大したことは……」

「そんなに私のこと助けたかったんだー!どれくらい練習してたの?ぶっつけ本番な訳ないわよね!走って踊って歌ってドラムの練習までやってたなんて、彼女そっちのけでどんだけ気にしてたんだか!もっと本業の方に力入れた方がいいわよー?」

「………別にお前の為って訳じゃなくてだな、お前らの初ライブがカスな結果だったらコネくれた鏑木Pの顔に泥を塗ることにもなって、オレの心象悪くなるから──」

「はいはい流石ね。便利な言い訳たくさん備えてるわねー!理論武装バッチリで感心するわー!」

「……………ミヤコ、下ろせ。オレはこっから歩いて帰る」

「お?逃げんの?逃げんの?私のために女装して、ドラムして、尽くしまくっちゃったことがバレて恥ずかしくて逃げんのー?」

「もういいよソレで。ミヤコ、停めて」

「流石にできないわよそんなこと。有馬さんも車内で煽るのやめて。続きは帰ってから事務所でお願い」

「望むところですけどー?」

 

───うっせえ爆発しろ

 

心の中で悪態をついて、メムは気怠い疲れに身を任せ、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界の有名絵画や壁画、石像などのありとあらゆるレプリカが飾れている都内の美術館にとある男女が訪れていた。帽子に眼鏡をかけた少女が化粧室から現れる。最近髪を伸ばし始めた彼女は以前よりグッと女性らしくなり、少し前までにはなかった艶を纏うようになり始めている。恋は女性を美しくするというのは本当らしい。

 

「アクアくん、お待たせ」

 

名前は黒川あかね。舞台劇界では天才と称されており、ネットバラエティを契機に、世間へと認知され始めている女優である。

 

「アクアくん?」

 

化粧室から出て、周囲を見渡すが、同行者の姿がない。流石に女子トイレの前で待っているわけにもいかなかったのか、少し離れたのだろう。なんとなく辺りを歩き回る。案の定大して時間もかからず、探し人は見つかった。

 

「アクアく──」

 

声をかけようとして、止まる。人違いをしたとかではなかった。ただ、圧倒され、息を呑んでしまったからだった。

 

彼が佇んでいたのは教会のような、宗教的なデザインの建物の中だった。黒と青を混ぜたような深い藍色で壁は彩られており、煌めく花紋が壁画中に散りばめられている。まるで美しい夜の星空を見ているかのよう。

 

そして夜空の真ん中を彩る、一等星(星野アクア)

 

夜空を想わせる玄室で一人。儚げな美少年がどこか愁いを帯びた表情で佇んでいるその姿は、部屋の神秘的な雰囲気も相まって、まるで絵画の世界そのもののようで。

フォトグラフィックからそのまま現れたかのような幻想的で美しい光景は、黒川あかねから言葉を奪った。

 

「あかね」

 

声をかけられて、ようやく現実に戻ってくる。ごめんなさいと一言謝り、彼のそばへと駆け寄った。

 

「お待たせ。ごめんね」

「全然待ってないよ。大丈夫」

「この部屋凄いね。青と黒が混ざった、夜空みたいな綺麗な青。これってなんで言うんだろう。藍色?」

「瑠璃色。天上界の夜空を描いたモノだ」

「部屋自体も神秘的って言うか、宗教的っていうか……なんだろうこの建物。教会?」

「霊廟だよ。お墓」

 

穏やかに応えるアクアの横顔に少し寒気がする。この人は死とか霊とか、そういうのが似合いすぎる。

 

「ビザンチン美術の一つ。イタリアのラヴェンナが西ローマ帝国の首都だった頃、皇女ガラ・プラキディアの霊廟内に描かれた静謐なモザイク壁画。生を終え、静かに、そして厳かに天に召される場に相応しい。オレも本物は見たことないが、レプリカでも充分に美しさは伝わるな」

「詳しいね」

 

美術館に入ってすぐ。音声ガイド機が借りられるのだが、アクアは見向きもしなかった。その理由が今わかった。

 

「この程度なら教養の範囲だ。逆にあかねは意外と無知だな。美術はいいぜ?多角的に歴史を覗ける。まさに世界を知る学問だ。役者にとっても非常に興味深い」

「それもどうせ女の人に教わったんでしょ?」

「ノーコメント」

「もう。これ以上はお互い不快になるから突っ込まないであげるけど。私、浮気は許さないタイプの女子だよ?」

「わかってる」

「今日はいろんな女の人に植え付けられた教養を私のためだけに使ってもらうから、覚悟してね」

 

アクアくんの左腕を抱き締める。彼が利き手側の自由を奪われることを嫌うのは知っている。腕を組む私に少し息を吐いたが、特に抵抗はなく、されるがままを受け入れてくれた。

 

今は私だけが許されるこの神席で、今日は1日を過ごすと決めた。

 

順路に沿って美術館の中を歩く。流石に全て解説できるというわけではなかったが、アクアくんの知識量は一般人のそれとは比べ物にならなかった。ゴシック様式、ロマネスク様式、バロック様式にロマン主義。丁寧に、わかりやすく私に解説してくれた。

 

「………」

 

解説がない時、アクアくんは作品を静かに、ジッと見つめている。時折口の端に笑みがのぼる事もあった。作品一つ一つに込められた物語。作者の意図。時代背景。それら全てに丁寧に想いを馳せ、喜び、怒り、哀しみ、楽しむ。まさに鑑賞と呼ぶにふさわしい態度だった。

 

───冥利に尽きるだろうなぁ

 

こんな目で。こんな感情で作品を見てくれる。クリエイター冥利に尽きるだろう。こういう人のためにモノづくりをしていると言っても過言ではないはずだ。

 

───ああ、私……

 

私の演技を見ている貴方を見たい。

 

私の一挙手一投足に注目して、それら全ての意図を理解し、想いを馳せ、喜怒哀楽を見せる貴方を見たい。

 

───アクアくんは元々映像の人だけど…

 

私の演技で、私の舞台で、演劇を好きになってくれたら。そしてララライで一緒に活動できたら、こんなに嬉しい事はないだろう。

 

「んふふふ……んふふふっふ」

「あかね、笑い方キモい」

「酷い!」

「いい時間だな、そろそろ昼食にするか」

「あ。待って。SNSにファン向けの投稿する写真撮りたいから」

「はいはい」

 

自撮り棒で写真を撮る。背景はバルーンで作られた大きなハートマークが特徴的なベンチだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で?」

 

美術館を出て、少し歩いたところ。いかにもフォトジェニックを狙った今風のカフェでパスタを口にしつつ、アクアは尋ねた。

 

「なに?」

「なんか話があるから呼んだんだろ?」

「やだなぁ。純粋にデートを楽しみたかったっていうのも本音だよ」

「ま、想像つくけど。東京ブレイドの件だろ?」

「あ。やっぱりアクアくんにも話いってたんだ」

 

東京ブレイド。雑誌連載時から知名度はそこそこあったが、アニメ、映画で爆発的な大ヒット。主題歌も数ヶ月連続でオリコン一位を取っている、今や週ジャンの大看板。累計発行部数五千万部突破の怪物作品。その舞台化が、ララライ中心となって執り行われることが決定している。そして外部から呼ばれる役者のうちの一人に星野アクアが選ばれていた。

 

「アクアくん、この話、受けるよね?」

「勿論。待ち望んだ演技の仕事だ。断る理由がない」

「やった!」

 

嬉しそうに手を叩く。こう無邪気な反応をされると、ララライのことを調べるために引き受けた、が一番の理由である事に少し後ろめたさを感じた。

 

「『今ガチ』ではトンデモお世話になったから、今度は私がアクアくんの助けになるね!舞台は私の本業だし!」

「流石一流役者しかいないと言われる劇団ララライの若きエース様。自信満々だな」

「そんなんじゃなくて!ただアクアくんと一緒に舞台に立てるのが嬉しいってだけだから!」

「でも出番が一緒になるかどうかはまだわかんねーぞ。出演してほしいって話が来ただけでオレのキャスティングまだ決まってないし。あかねは?」

「実は私もまだ……話したかったのはその事でね。私達、一体なんの役が振られると思う?」

「そんなのわかるわけねーだろ。役作り的にはできるだけ早く決まってほしいが」

「私の予想ではね、アクアくんは刀鬼で、私は鞘姫」

 

刀鬼と鞘姫。二人は恋人でアクアとあかねのリアルとリンクしている。刀鬼は主人公の敵キャラだけど男女共に人気のあるいわゆる敵のメインキャラ。今のアクアが主演を張るのは俳優としての知名度的に難しいだろうが、対抗くらいならば『今ガチ』での活躍によるドラが乗ってギリ許されるだろう。

 

「名前が世間に認知され始めてるアクアくんの現在地的にもピッタリだと思う。どう?」

「どうって言われても……オレは与えられた役を全力でやるだけだよ。あまり今のうちから先入観は持ちたくねぇな」

「もう。優等生だなぁ、アクアくんは。言ってることは正しいけど、こういう空想話できるのは今だけなんだよ?アクアくんはやりたいキャラとかないの?」

「そりゃもちろんやるからには主役のブレイドが演りてーけどな」

「あはは。アクアくんのそういうところ、私好きだけど、流石にそれはね。仮にもララライ主体の舞台だし、多分うちの看板……姫川さんが演る事になると思う」

「その理屈で言えばヒロインもララライの役者だろ。あかねはブレイドの同門で女従者のシースなんじゃね?」

「私がシースなんて恐れ多いよ!あの東京ブレイドのメインヒロインなんだから!多分外から有名どころ引っ張ってくるんじゃないかな。あんまりララライの役者ばっかりがおいしい役独占しても心象良くないし」

 

二人の予想はどちらも当たらずとも遠からずだった。そう、どちらも。二人の聡明な頭脳とキャラクターへの考察。大人の事情を配慮した現実的な推理は概ね真実を捉えていた。

 

そう、二人とも

 

一見矛盾している状況だが、ある一つの条件が加わればこの矛盾は解決する。

 

携帯が振動する。仕事用のスマホだった。この業界、返信が早い人はそれだけでありがたい。仕事の連絡が来た時は何を差し置いてもこれを優先することを二人とも決めていた。

 

───噂をすれば……

 

メールの内容は東京ブレイドのキャスティング決定について。添付されたファイルを開くと役の横に個人の名前が書かれていた。

 

───ん?

 

違和感。沢山の名前が表記がされているPDFだったが、自分の名前は真っ先に目に飛び込んでくる。だからすぐに気づいた。自分の名前が、星野アクアという名前が二つ書かれている事に。

 

「これって……」

 

携帯を見ていたあかねが呟く。よく見ると黒川あかねも二つ表記されている。

 

一人二役ということ?間違っていないが、付け加える必要がある。星野アクアの上にもう一つ名前が書かれているということだ。そして黒川あかねの上にも、もう一つ名前が書かれている。

 

アクアの上には姫川大輝。

 

あかねの上には不知火フリル。

 

あかねにはどちらも馴染み深い。そしてアクアにとってもある意味繋がりのある二名であることは、この時は知る由もなかった。

 

「ブレイド役をオレと姫川大輝……」

「シース役を私とフリルさん……」

「そして刀鬼役もオレと姫川」

「鞘姫役も私と不知火フリル……アクアくん!コレって!」

 

携帯を見つめていた視線をオレへと上げる。この表記が意味するところ。オレもようやく理解が追いついた。映像演技ではまず見ない。だが演劇では珍しくない編成。コレはつまり……

 

「ダブルキャスト」

 

あるところまでを一人が演じ、あるところからキャストが交代する演出。

 

「えぐい事やるな、プロデューサー」

 

───それとも先生がアレを真に受けたのか?

 

「どっちにしろ大変だぞコレは」

 

すでに今、一流と呼ばれている天才『姫川大輝』と『不知火フリル』

これから来ると目されている才能『星野アクア』と『黒川あかね』

 

「今回の、舞台『東京ブレイド』は同世代の若手同士。剥き出しの才能の、真っ向勝負だ」

 

新たな舞台の、幕が上がろうとしていた。

 

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
東京ブレイド舞台編スタート。いかがだったでしょうか?メインヒロイン『シース』はオリキャラです。普通に鞘を英語に変えただけです。フリル様ぶっこむためだけのキャラです。同じ師匠に剣を習った間柄でブレイドの従者というくらいしか設定作ってません。
ちなみに今回出てきた美術館のモデルは大塚美術館。あまり印象に残ったレプリカなかったですけど、あのモザイク壁画は素晴らしかった。
次回はアクア、ダブルキャストとはいえ主役に抜擢された裏事情。驚異の営業についてです。クズです。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければモチベーション爆上がりです。時間がかかっても感想には必ず返信します。
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