【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

44 / 132
生者が死を恐れるのは
生と死が異なるから
華が根を伸ばすのは
可能性を広げたいから


43rd take 華と根

 

 

 

 

 

『かんぱーい』

 

都内のとある居酒屋。今日もどこかでグラスを打ちつける音が鳴る夜。ここでも二人の女性が同じ儀式を行なっている。どこにでもあるありふれた風景だが、この二人はどこにでもいるありふれた人とは少し違った。一人は月間連載作家であり、名作『今日は甘口で』を生み出した、吉祥寺頼子先生。そしてもう一人は黒髪の癖っ毛に少し猫背気味な姿は見た目のかわいらしさも相まって、まさに警戒心の高い猫を連想させる女性。鮫島アビ子。かつて彼女の元で働いており、様々なことを学ばせてもらい、『東京ブレイド』で大成功を収めた作家だ。

 

一本生み出すのが奇跡と呼ばれる世界。成功する漫画家など一握り中のひとつまみ。そのひとつまみに位置する二人だった。

 

「精算お願いします」

「すみません、ご馳走になってしまって」

「こういうのは歳上が払うモノよ。まあそっちの方が圧倒的に稼いでいるのは分かってるけど、メンツを立ててちょうだい」

 

吉祥寺は鮫島アビ子の師匠でもある。弟子に追い抜かれたのは認めるが、それでも師として譲れない所はある。酒代くらいは気前良く払う姿は見せたいモノだ。

 

「それより貴女こそ大丈夫なの?結構お酒飲んでたけど。ちゃんと帰れる?」

「あ、ハイ。大丈夫です。迎えがきてくれるみたいなんで。すみませんけど、その間に歯磨きいいですか?私何か食べた後はすぐ磨かないと気持ち悪くて」

「ああ、そうだったわね」

 

化粧室へと向かう彼女の背を見ながら、吉祥寺は少し不安感を覚えてしまう。彼女からは何度か相談を受ける事があり、師匠としてどんな質問にも誠実に応えてきた。今日の相談内容はメディアミックスの不安についてだった。

 

───変人が多い漫画業界の中でも、アビ子先生は中々癖が強い方…

 

漫画は最悪一人でも描けるが、メディア化は数多くの人間が携わっている。どうしてもコミュ力が必要になってしまう。

人と関わることを煩わしく思い、現場に任せっきりにしてしまうとどのような悲劇を生み出すか、身をもって知っている。

 

───この子、いつか人間関係で大怪我するか、彼女の成功に目をつけた悪い男に騙されそう

 

東京ブレイドといえば、もはや日本国民なら知らない者の方が少ない大ヒット……いや、大ホームラン作。その作家ともなれば、善人悪人問わず才能と金に群がる人間は計り知れない。ある程度人間関係に免疫と耐性をつけておかなければ、身の破滅もあり得る。

 

───だから、あの地獄を救ってくれた、信頼できてコミュ力が高い。そしてあの子と年もちょっと離れてて、好みの対極に位置するあの人に、人との関わり方を教えてあげるよう頼んだわけだけど…

 

「先生、お待たせしました」

「ううん、全然。それじゃあ行きましょうか」

 

店の扉を開き、暖簾をくぐる。すると真っ先に目に入ったのは繁華街のライトに照らされ、輝く眩い黄金色。出た先には黒銀の単車が停まっており、その持ち主と見られる少年はガードレールに腰掛けている。吉祥寺と目が合うとポケットに入れていた手を出し、軽く会釈をした。

 

「アクアさんっ」

 

その日、吉祥寺は初めて見た。漫画では幾度となく見られる表現。自分も何度も描いてきた空想のシーン。

 

 

一瞬にして、目の色が変わる。

 

 

勿論物理的に何かが変わったわけではない。瞳の色はブラウンのままだ。

 

けれど、表情が変われば目の輝きは変えられる。

 

鮫島先生はせっかく可愛い顔をしているのに、普段からあまり表情を見せない人だ。いつも伏目がちだし、こちらを真っ直ぐ見つめるということもあまりしない。整った眉を困ったように歪ませることも、何かに怯えるように視線を泳がせることも多い。悪い言い方をして仕舞えば暗い表情が彼女のデフォルトだった。

 

しかし、今この瞬間は違った。

 

顰められていた眉は一瞬にして解放された。瞳は歓喜に見開かれ、満面の笑みが溢れ、頬が紅潮する。私の存在など、忘れてしまったかのように彼の元へと駆け寄った。

 

「こんばんは、吉祥寺先生。直接お会いするのは久しぶりですね。鮫島先生も」

「迎えに来てくれてありがとうございます。忙しくなかったですか?」

「先生の頼みとあらばいつでも馳せ参じますとも。どうせならご飯もご一緒させて欲しかったですけどね」

「もー、私だってそんなに何度もご馳走しませんよ」

「オレの二千倍稼いでらっしゃるのに?」

「プライドの問題です」

 

笑顔を見せ合い、楽しそうに語り合う二人を見て、私はその光景をただ微笑ましく眺めることはできなかった。

 

───免疫をつけるには、強すぎる毒だったのかもしれない。

 

星野アクアという、魅惑の華は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「原作者とは仲良くしておけ」

 

昔、五反田監督に言われた言葉だった。

 

「なんで?」

「作家先生ってのは縦のつながりも横のつながりも強いんだよ。名作を描く漫画家の弟子ってのは将来有望な人間も多いし、同期の作家ってのはライバルであると同時に同じ悩みを分かち合う理解者でもある」

 

そういう人にこの役者は信頼できる。頼りになるという印象を与えておくと、それは上から下へ、横から横へと繋がる草の根になりうる。

 

「メディア化っていうのは多くの作家の夢だ。そして、いざ夢が実現するとなったら大抵の人間は不安になる。今までは成功も失敗も全部自分のせいにできたが、メディア化はそうはいかねーからな。そして、人間ってのは不安になったらどうすると思う?」

 

人によって不安への対処は様々だが、多くの人間が真っ先に思い浮かぶのは、まず誰かに相談するということだろう。

 

「そう、不安になったらたいていは先にメディア化した作家仲間に相談するんだよ。自分がどこまで口出していいのか、とかな。その時、あの役者を起用して良かった、とか。監督をあの人にして正解だった、とかの話になる可能性は高い」

 

 

だから作家先生とは仲良くしておけ。

 

 

そう監督から言われた。そしてそれはある程度守った。と言ってもオレにとって明確に関わりがあって、お互い名前を覚えてもらった作家なんて一人しかいなかった。あの地獄のネットドラマ『今日は甘口で』原作者、吉祥寺頼子先生。あのパーティで連絡先を交換し、以来繋がりを保ち続けた。

 

直接会ったことも何度かあったが、会話はほぼ全てLINKを通してのものだった。

 

漫画家と役者。立場は違えどクリエイター。お互い独特の悩みもあれば、共通する苦難もある。ましてアクアは元作詞家。物語を作りだした経験もあるし、役者とは役のストーリーを自身で作り出す作家でもある。有益な情報交換をできる機会は多かった。

 

男女の関係ではない。ビジネスの会話もあまりしない。愚痴が言えて悩みを話せて相談できる、お互いの協力者という関係を保ち続けた。

 

しかし、いつだったか。今ガチが始まるよりも前。こんな相談をされたことがあった。

 

『私のアシをやってくれてた子なんだけど、人や異性との関わり方が下手な子なんです。あの子の練習に付き合ってくれませんか?』

 

役者が華ならコネとは根。根とはできるだけ長く遠くまで広げる必要がある。特に断る理由も当時はなかったため、吉祥寺先生からの紹介という名目の元、鮫島先生と連絡を取る。といってもいきなり会ったりはしなかった。人となりを聞く限り、あまりコミュ力の高い人ではなさそうだ。まずはハードルを低く。顔を合わせないで済む会話から入るべきというアクアの判断は正しかった。

しばらくはメッセージでのみの会話となる。師匠である吉祥寺先生からの紹介ということもあり、鮫島先生から邪険にはされなかった。顔を見せないトークというのは遠慮も発生しにくい。軽い話から連載に至るまでのエグい苦労話まで結構なんでも話し合った。

 

『相談したいことがあるんです。一度直接お会いしませんか?』

 

このメッセが来たのは、連絡先を交換してから一ヶ月近くが経った時だった。

 

「鮫島先生ですか?はじめまして。星野アクアです」

「えっ、あっ、えっ!?」

 

オレと初めて会った時、鮫島先生は明らかに動揺していた。吉祥寺先生からオレが役者なことは聞いていたはずだが、物書きとしてのやり取りが多かったからか。実際オレもメッセで作詞家だったことは話していたから、すっかり同業者とやり取りしている気分になっていたらしい。

 

「ご、ごめんなさい。私、イケメンの人とかと交流してきたような人生じゃなくって。アクアさんみたいな人とは、その、目を見るだけでテンパるっていうか…」

 

───ああ、このタイプか

 

ロックの世界やカントルのファンにもいた。自分になんらかのコンプレックスを持っていて、キラキラした存在が苦手な人。自分とは別世界の生き物のようで、恐れ多くて、遠くから応援するだけならいいが、いざ近づくとなるとテンパってしまうタイプ。才能ある人間にしては珍しいが、作家には変人も多い。こういうこともあるだろう。

 

そして当然、こういう相手の対処法もアクアはしっかりと心得ている。

 

「想像よりチャラそうって思いましたか?」

「っ、あ、いえ。その…!」

「気にしないでください。よく言われるんですよ。容姿と中身が違いすぎるって。この髪とかも地毛なんですけど、こうも派手だと中身も派手みたいに思われて……」

「いえ、そんなこと……アクアさんが軽い人だなんて思ったこと、一度も無いです。メッセの感じから陰がある人だっていうのは伝わってましたし。作詞も、その、暗いなって感じたこと多かったですから」

「そうなんですよ。こう見えて根はけっこう陰キャなんです。他人から自分がどう見られてるかとか、変わりたいのに変われないとか、そんなことばっかり考えてるんです……才能ある漫画家で、プロとしての誇りも既に持ってる鮫島先生にはわからないかもしれないですが」

「いえっ、わかりますよ。すごくっ」

「ありがとうございます」

 

お礼と共に鮫島先生の手を取る。指先は硬く、タコのような感触が伝わってきた。

 

「鮫島先生はやっぱりメッセージから伝わる通りの人でした。物事の本質と向き合い、自分と向き合い、真実を見つめてくれる人。外見なんかで人を判断しない。クリエイターとして、心から尊敬出来る人です」

「ありがとう、ございます」

 

手を取らせてくれた時点で心の壁を突破したと確信する。こういう手合いは自分と他人を別の生き物として認識している。だから怖い。人が猛獣やお化けを怖がるのはその対象が自分とは違いすぎるからだ。

 

オレは怖くないですよ

 

貴方と同じ生き物ですよ

 

と、教えてあげれば、心の壁は薄くなる。安心と自信。積極性を増幅させ、コントロールできれば、後はこちらのペースへ持ち込める。時間の問題だ。

 

この予想は大きく外れはしなかった。吉祥寺先生の元を卒業し、新連載に持ち込むにあたっての相談を皮切りに、彼女に編集がつくまではストーリーの手伝いや漫画の手伝いもやった。公私共に彼女がオレを頼ってくるようになるのに時間は掛からなかった。

 

「アクアさんは絵も上手ですね」

「ありがとうございます」

 

絵の描き方はかつて一度だけ逢瀬を交わし、肌を重ねた女から教わった。人生なにが役に立つかわからないものだ。身につけて無駄になる技術など、この世にないと言っていたナナさんの言葉は正しかった。

 

そしてある日、ついに新連載を勝ち取ったという報告があった。

 

「おめでとうございます」

「ありがとうございます!アクアさんのおかげです!本当にありがとう!」

 

彼女のアパートに招かれ、開かれた小さなパーティ。気が大きくなってたのだろう。彼女にしては珍しく飲酒の量も多かった。

 

 

「アクアさん……好きです」

 

 

イケメンが苦手という人はチラホラいる。けれどそれは心の底から嫌悪しているわけではなく、あまりに自分と違いすぎて、一緒にいるとコンプレックスを見せつけられるような気になるからというのが殆どの理由。

しかしそうでないと教え込まれて仕舞えば、容姿の優れた人間を嫌う者など、まずいない。

 

「先生、可愛い」

 

抱き寄せた手に、抵抗は一切無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここで、終わっていれば美しい思い出のままだったのかもしれない。

 

星野アクア。吉祥寺先生から紹介された俳優。彼のことは知っていた。まあ酷かったネットドラマ『今日あま』を最終回で観れるドラマにしてくれた役者さん。私が大好きで、心から尊敬している先生の作品を救ってくれた人。印象は最初から悪くなかった。

けれど、初めてアクアさんに会った時、私はハッキリと気後れした。すぐに帰ろうとすら思った。だってこの人はあまりに綺麗だった。容姿も、立ち振る舞いも、紡ぐ詩も。何よりも瞳の輝きが美しすぎた。ドラマで見せた、私がシンパシーを感じた暗さや醜さはカケラもなかった。

 

「根は陰キャなんです」

 

この言葉を聞いた時、心底驚いた。こんな綺麗な人に、私と同じようなコンプレックスがあるなんて思いもしなかった。

 

この時、私が作っていた心の壁に隙ができたのだろう。僅かに開いた空間にアクアさんはあっさりと踏み込み、私の心の中へ住み込んだ。

 

アクアさんはどんな相談も真摯に向き合ってくれた。人によってはそんなこと、と思われるような内容でも決してバカになどせず、こちらの想いに寄り添ってくれた。

 

───あ

 

ある日、横顔を至近距離でじっくり見てしまう。まつ毛が長い。目が大きい。鼻筋が通っている。顔が小さい。一つ一つの動作に品と艶がある。

 

───綺麗

 

まるで本当に漫画の中から出てきたみたいに、完璧で、綺麗な人だった。

 

「アクアさん、好きです」

 

大手週刊誌で連載を勝ち取ったその日、お酒の勢いに任せて言ってしまった。そこからはあまり覚えていない。気が付いたらシングルベッドの上でアクアさんの胸に頭を預けていた。

 

「先生?泣いてる?」

 

あの時、初めて異性の前で産まれたままの姿を見せた。生まれて初めて自分が女だと実感できた。実感させられた。

 

あの時の感動を、羞恥を、歓喜を、私は多分一生忘れない。

 

「ごめんなさい。アクアさんは役者だって知ってたのに。こんなこと、一番気をつけなきゃいけない人だってわかってるのに、私、大変な事を…」

「先生…」

「今日のことは一生の思い出にします。だから無かったことに…本当にごめんな──」

 

涙ながらに謝罪する私の言葉を遮り、細く美麗な指が、私の顎に添えられた。至近距離にあの顔が迫る。私が今まで見てきた中で……物語や漫画などを含めても間違いなく最も美しいと断言できる人が、甘く、優しく、私の耳元で囁いた。

 

「本当に?無かったことにしたい?」

 

まさに悪魔の囁きだった。

 

「アクアさん、好きです」

「ありがとうございます。オレも好きですよ。でも、これは多分恋愛感情じゃありません。だからオレは先生と付き合うとかは出来ませんけど、いいですか?」

 

そんなこと、わかっている。わかっていた。だから別に構わなかった

 

「私に恋してるアクアさんなんて解釈違いですから」

 

それからも何度か会う機会はあり、一夜を過ごすこともあった。セックスするだけじゃなく、今後の連載をどうするか、二人で一晩中話し合ったことも。

そしてアクアさんの言う通りにして、間違っていたことなんて一度もなかった。今や私たちが作り上げた『東京ブレイド』は日本を代表するコミックの一つとなった。

 

アクアさんって、神様みたい

 

半ば本気でそう思いはじめた、ある日のことだった。

 

「黒川あかねと、交際?」

「はい。色々考慮した結果、お互いにメリットのある関係だろうって。だからコレからはこうして会うのは難しいですね」

 

アクアさんが今ガチに出演していたのは知っていた。不知火フリルと共に一気に知名度が上がったのも。けれど、どこか他人事のように感じていた。だってこの人が…

 

「意外、ですね……アクアさんが、特定の彼女を作る、なんて」

「ええ。オレも初めてのことですが……まあ半分ビジネスみたいなものなので」

 

その後のアクアさんの言葉は耳に入ってこなかった。

 

───うわ、私、何動揺してるんだろう

 

わかってたつもりだった。

 

全然わかってなかった。

 

私がこんなに欲張りだったなんて知りもしなかった。

 

気まぐれに触れてくれるだけでいいって、

 

そうおもってたのに。

 

黒川あかねのインスタを見るたびに。

公然とアクアの彼女と名乗る彼女を見るたびに、心がドス黒くて汚い感情にまみれていった。

 

「勿論先生との関係を完全に断とうなんて思ってませんよ。コレからもお互い良き相談相手として…」 

 

気が付いたら、あの人を胸の中に抱きしめてしまっていた。

 

「アクアさんの邪魔はしません。黒川あかねとの関係も応援します。でも、ストレスが溜まったら、私で発散してくれて良いですからね」

 

───星野アクアにとって、都合のいい女になろう。それが私に出来る唯一の戦い方。

 

そこからのアクアとの関係は本当に誠実なものだった。食事することはあっても、泊まりになることはなく、相談することはあっても、異性関係に踏み込むことはなかった。

 

今日もそうだ。迎えに来てくれるかと半ばダメ元で送ったLINK。数分後、いいですよ。と帰ってきた時は躍り上がりたくなるほど嬉しかった。

 

「あの、上がっていきませんか?お礼もしたいですし」

「ありがとうございます。でも遠慮しておきますよ。今日は結構急だったからあまり準備もしてませんし」

 

ヘルメットを外さないまま、こちらにだけわかるように笑顔を向けてくれる。確かに今日のアクアさんはすっぴんだ。メガネも、ウィッグすら着けてない。もう公式に彼女がいる俳優として、今はスキャンダルに一層気を払う必要があるというのは理解できる。ここでしつこく食い下がっては彼の心象を悪くする。残念だけど大人しく引き下がろう。

 

「では先生。おやすみなさい」

「あっ、待って、待ってください。一つ相談したいことがあって」

 

バイクのエンジンをかけようとしたアクアさんを止める。相談があるのは本当だった。

 

「あの、東京ブレイドが今度舞台化するんですけど…」

「ええ、存じています。おめでとうございます」

「ありがとうございます。それで、脚本が送られてきたんですけど、このキャラはこんな事言わない、とかこんな事しないってのばっかりで……どうもコレ書いた人って私のキャラのこと、わかってないと感じること多くて……」

「残念ながらある事ですね。監督や脚本家がキャラクターを把握できていないという事」

「展開を変えるのはいいんです。舞台の中で完結させなきゃいけないんですから、構成上やむを得ないこともあるでしょう。でもキャラは変える必要なくないですか?ウチの子達はあんなにバカじゃない!」

「脚本に目を通してないからなんとも言い難いですが、仰ることはよくわかります」

「脚本家さんとは何度かやりとりして、修正して欲しいところは言ったんですけど、どれだけ言っても直らなくて……余計にキモくなる事ばかり……どうすればいいですか?やっぱり私が全部描き下ろさなきゃいけないんでしょうか。でもどこまで口出ししていいのかわからないですし……」

 

メディアミックスにあたって、原作者と脚本家の間で揉めるというのはよくある事だ。プロデューサーと演出家の間で第一稿が作られ、二稿、三稿とブラッシュアップ。原作者には完成した脚本が渡される。

 

「先生はきっと修正指示を何度も出したんでしょう。けれどメディアミックスでは多くの大人が介在します。先生からのリライティングの伝わり方は殆ど伝言ゲームです。まして先生はロジックでなく感性で創作するタイプです。何人もの大人の意思が仲介しては伝わり方がおかしくなるのも無理ないでしょう」

 

アビ子先生はいつも自信なさげな態度だが、漫画に関しては熱くて多弁な人だ。リライティングの指示も怒りに近かっただろう。伝え方や言い方を変えてたこともあったはずだ。まして仲介者は全員が創作に関して知識と経験があるわけではない。作家の意志を上手く翻訳できない人も必ずいる。まして相手は天才鮫島アビ子。自分の才覚には絶対の自信を持ってて、世のクリエイター殆どが三流に見えてしまう。例外はオレが知る限り吉祥寺先生くらいのものだろう。

 

「でもね先生。脚本家や演出家はプロです。まして天下の東京ブレイドを舞台にしようという人達です。センスや才能がない人がやるはずがない。先生の意思を理解出来る人たちのハズです」

「でも、実際に……」

「最近の舞台は学校の劇みたいなものじゃないんですよ。幕はモニターですし、客席そのものが動くこともある。まさに客も参加する体験型コンテンツ。そう言った事情をご存知ですか?」

「それは……」

 

知らないだろう。漫画に関しては誰よりも情熱がある人だが、それ以外にはかなり関心の薄い人だ。

 

「先生の意思を向こうも理解し切れてはいない。けれど先生も舞台の事情に関してはよく知らない。双方の主張がぶつかり合うのは当然です。コレを解決するにはコミュニケーションしかない」

「コミュニケーション…」

「先生の苦手分野ですよね。わかります。けれど作品を良くするためには欠かせない事なんです。一度プロデューサーさんや脚本家さんと腹を割って話をしてみてください。彼らもクリエイターです。お互いが納得できる妥協点を見つけ出してくれますよ」

「………」

「それに、ただでさえ週刊連載なんて常人には不可能な仕事をなさっているんです。アニメだのなんだの重なりまくってる先生がこれ以上仕事を増やしたら本当に死にますよ。具体的に言うなら、鬱病リタイアコース。オレは先生にそんな事になってほしくありません。作品のため、そして何より先生のためと思って、苦手な事に踏み込んでくれませんか?もちろんオレも出来る限りの協力はします」

「…………わかりました」

 

あまり知らない人と接するのは苦手だが、作品をダメにされる事と比べれば百万倍マシだろう。

 

「ありがとうございます。アクアさんとの話は本当にいつも有意義です。私、この世の9割のクリエイターは三流だと思ってますけど、アクアさんは例外の1割です」

「先生にそう言っていただけるのは素直に嬉しいですね」

「…………だからこそ、私情抜きで、ブレイドはアクアさんにやって欲しいんですが」

「光栄ですが、流石にそれは無理です。今のオレでは圧倒的に格が足りない」

 

今のオレなら実力が足りないわけではない、と過信ではなく思う。けれど、この世界は実力よりも重視されるものがある。地位、名声、ステータス。周りを納得させるだけの風評。すなわち役者としての格が足りない。貫禄が足りない。こればかりは一朝一夕では手に入らない。幾つかの作品に出演し、成功を積み重ねなければならない。

 

「オレにできるのはせいぜい今一流と呼ばれる人の引き立て役か、咬ませ犬ぐらいでしょう」

「咬ませ犬……アクアさんが」

「ま。咬ませが本命食うってのも稀にですけど芸能界じゃある話です。今のオレが狙える大穴はそんなところですね」

 

今ガチでは不知火フリルの名声に乗っからせてもらった。お陰で通常では考えられない速度で知名度は得た。当然リスクもデカかったが。しかしあんなの、そうそうある事じゃないし、できることでもないし、あまりやりたくもない。

 

「ここからはコツコツ行きますよ。あと三年……いや二年か一年で何とかしてやります。それでは、お疲れ様でした。先生、良い夢を」

 

今度こそバイクをスタートさせる。この時、アビ子先生が何かを考えている様子だったことには気づかなかった。

 

 

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
とまあコレがダブルキャスト抜擢の真相でした。重曹ちゃんはギリギリで回避しましたが、アクアならまあ枕くらいやってるよね。と言ってもコレはあかねと付き合う前で今ガチ最終回以降はやってません。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければモチベーション爆上がりです。時間がかかっても感想には必ず返信します。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。