太陽のオーラを纏う少女を中心に、世界は廻る
ゆえに貴女は惹かれるのだろう
貴方の引力に惑わない青い星に
平日。学校の屋上。一応基本的に立ち入り禁止なのだが、そんなものはほとんど守られておらず、鍵も掛かっていない。芸能科のある高校である陽東高校の屋上は悩める芸能人が一人になりたくて使われる場所なことが多いからだ。故に昼休みや放課後にここへ一般科の生徒が来ると芸能科の生徒に出会える事もある。
しかし、今この時間は誰も来ないだろうと屋上に備え付けられたベンチでパックジュース片手に黄昏ている少年は油断していた。なぜなら今は授業中。学生の本分をサボってまでこんなところにくる生徒など、普通あり得ない。
そう、普通の生徒なら
鉄扉のラッチ音が僅かに響く。出来るだけ音を立てないようにゆっくりと開かれた扉から、微かな足音が聞こえた気がしたが、秋の訪れを思わせる風の音が掻き消す。星の瞳の少年が一つ大きなため息を吐く。振り返らなくても誰かが背後にいるのがわかった。
「今日はサボり?舞台俳優さん。不良だなぁ」
「お前もだろ、舞台女優」
ベンチに肘をかけ、少年の背中に体重を預けるのは音が鳴るのではと思えるほど美しい黒髪を秋風に靡かせ、妖艶に微笑む泣きぼくろの美少女。名前は不知火フリル。今や日本に知らないものの方が少ない推しも押されぬ大マルチタレント。
「やっぱりもう知ってたか」
「当然。てゆーか意外だ。お前はもっと早く知ってるものだと思ってた」
キャスティングは必然ランクの高い役者から通知されていく。不知火フリルともなれば間違いなく真っ先に知らせが来るだろう。それを今日まで匂わせる行動すらなかった。オレとほぼ同時というのは少し意外だった。
「で?こんなところでなんで一人で黄昏てるの?」
「うるせーな。どうでもいいだろ」
「やっぱり教室には居場所ない?」
「誰のせいだと思ってんだ、この核弾頭」
入学早々不知火フリルとのカップル疑惑が持ち上がり、今ガチで大炎上。その後も良くも悪くも騒動の中心におり、世間への認知が爆発的に広がった一般科所属の俳優。お近づきになりたいと願ってる人は多いかもしれない。けれどハードルが高すぎて。核爆発に自らが巻き込まれるのを恐れて遠巻きに見守る事しかできていない。まさに腫れ物扱いだった。
「そうなの?普通科でモテモテってみなみさん言ってたけど」
「そういう奴らは動物園のパンダ観てる連中と同じだ。安全な檻の外からかわいーかわいー言ってるだけで、直接は来ねえ」
「ならやっぱり芸能科に来ればよかったのに。ウチの女子でアクアに興味持ってる子、たくさんいるよ?」
「そいつらもほぼ打算だろ。うまくいけばワンチャン不知火フリルとコネ作れるもんな」
「捻くれてるなぁ、私のジョバンニは」
「カムパネルラに現実たくさん見せてもらったお陰様でな」
フリルの付き人をしていた際、それはもう沢山の打算人間を見てきたし、ヤリ目男もうんざりするほど見た。
芸能界が綺麗でないことなど、とっくの昔に重々承知だったが、改めて身をもって教えられていた。
「…………今回の件、お前の仕業か」
しばらく静寂が二人を包んでいたが、本題をアクアが口にする。なんのことを言っているか、こいつならこれだけで分かるだろう。事実、肩をすくめると泣きぼくろの美少女はヒラヒラと手を振った。
「今回のキャスティングに関して私は何もしてないよ。ホントホント」
「今回は?今回以外に何かしたのか」
「私だってアクアとの共演がこんな形で実現するなんて夢にも思ってなかった」
「おいはぐらかすな。今回以外で何したテメェ」
「貴方を活かすのも殺すのも私がいいけど、もうちょっと後にしたいと思ってたくらい。まさかこんなに早く貴方を殺す機会が回ってくるなんて、私としても不本意なんだよ」
「怖えよ。今回以外で何したんだよ」
「もう。時効だと思うから言うけど、今ガチで本来出るはずだった女の子に私の仕事ひとつ譲る代わりに出演代わってもらった」
「やっぱり今ガチのアレはごり押しだったのか…てゆーか全然時効じゃねぇよ。ほんの数ヶ月前の話だろ」
「数ヶ月前なんて大昔だよ。その頃は私、貴方に出会ってさえいなかったんだから」
その答えにアクアは何も言い返せない。体感時間の違い。象の1秒と鼠の1秒が違うように、年齢、人間関係、状況によって時間の過ぎる速度は大きく変わる。確かにフリルと出会ってから今日に至るまでの密度はここ数年を凝縮したような濃さだった。オレの存在をフリルに知られたPVを撮ったのは今年の春のことだが、それもオレにとっては記憶の彼方だ。
───ま、いいか
あのPVも今ガチも既に終わったことだ。今更蒸し返しても仕方がない。それよりも今はこれからのことを考えなければいけない。
フリルの仕業じゃないってことはダブルキャストは恐らく鮫島先生の提案だ。それを演出家かプロデューサーが面白いと思って採用したんだろう。しかしそうなると問題になってくるのが演じ方。フリルはともかく、アクアは姫川大輝の実力についてはよく知らない。まあ話を聞く限りは一流なのだろうが、アクアは基本的に自分の目で確かめるまでは信用しない主義だ。
───1度ララライの舞台観にいこうか……スケジュール見る限り東ブレは今年の冬くらいが千秋楽。時間はまだ充分にある
チケットはあかねのコネを使えば簡単に手に入るだろう。後は予定の調整をすれば──
「───っ?」
思考の海から引き上げられる。いつのまにか背後に立っていた黒髪の美少女はそのほっそりとした美麗な指を絡ませるようにオレの下顎に触れていた。そのまま優しく力を込められ、強制的に視線を上へと向けられる。全てを飲み込むような黒の瞳が至近距離でオレを捉えた。
「───ダブルキャストの件、私と違ってアクアは何か心当たりありそうだね」
ごくりと唾を呑んでしまう。その所作だけで今の言葉が図星であると、この妖怪にはバレた筈だ。口元が三日月の如き曲線を描き、微笑を作る。万人を魅了するはずの微笑みだが、アクアにとっては恫喝以外の何者でもなかった。
「答えて」
「…………嫌だと言ったら?」
「このままキスする」
「……あのな」
下手に誤魔化すとマジでヤられると悟ったアクアは今回の顛末を話す。『今日あま』繋がりで鮫島先生と知り合ったこと。何度か相談を持ちかけられるくらいの関係になったこと。その相談の一つに舞台化の脚本に関してがあった事。問題を解決するための方法を提示した事。嘘はつかず、面倒なことは教えず(気づかれてるだろうが)、説明した。オレの俳優としての立ち位置についても。
「先生の前で、オレが今できることはせいぜい主役の引き立て役か、かませ犬だと言った。考えすぎかもしれないが、今回のダブルキャストにこの事が関係している可能性はある、と思う」
オレの草の根運動について、フリルは一言も発さずに黙って聴き続けた。そして話は終わったと確認するためか、しばらくの間、無言を通した後、大きく息を吐いた。
「───なるほどね。私のシースのキャスティングが遅くなったのはそういうわけか。もしかしたら今回の東ブレ、本当ならダブルキャストなんて予定はなかったのかもね」
「………怒ってる?」
「なんで?怒られるような事したの?」
「いや──」
その笑顔が怖いんだよ、とは流石に言えなかった。
「別にアクアの営業努力について非難する気はないよ。私だってアクアが彼女作ろうが枕やろうが誰にも文句を言う資格はないって思ってる。一昔前ならもっと酷いのだってザラだったんだし。生まれ持った美貌も、培ってきたコミュ力も、使えるものはなんでも使うのが星野アクアのやり方だってのは知ってる」
「…………………」
「貴方の才能を妨げるならなんだって切り捨てるべき。逆に貴方の才能を伸ばすためならなんだってやるべき。もし私と貴方が正式に彼氏彼女だったとしても、貴方が美しくなるために必要な行為なのだとしたら、私は責めない」
「───相変わらず重くて軽いな。お前の想いは」
「ただし、やるなら私以外にバレないようにやってね。基本変装、顔隠しは必須。ご飯食べるなら個室。ホテル行くなら車で乗り入れ。バイクで動くなら人目のつかないところまでヘルメットは外さない。写真撮られるなんて論外。ある程度のことなら私がフォローしてあげるけど、庇いきれないことだってあるんだから」
「その辺は注意してますよ。ご心配なく」
「そうなったら、手遅れになる前に私が貴方を殺すから。覚悟しておいてね」
「───ほんと、おっかねぇなぁ、お前は。嫌いじゃないけど。ヒリヒリさせてくれる女」
ある意味独占欲より厄介だ。オレがフリルに並ぶ前に成長を止めたのなら、コイツはあっさりオレを切るだろう。だが自分の元へと追いつくためだというならどんな事でも許容する。束縛しているわけではないが、脅されている。芸能界という崖を登るためにオレが掴んでいるロープの先をコイツは握りしめている。
「それに貴方の行動の結果が今回の試練なわけだし。私が何かするまでもなく因果応報喰らってるから、いいかなって」
「───オレは自分で自分の首を絞めたってわけか。確かに自業自得と言えばそれまでだが」
「今回の東京ブレイド。アクアの立ち位置はすごい難しいね。でも自分で言ったようにかませが本命食うってのもなくはない話なんだし。チャンスだと思ってよ。上手くいけばこの一回で貴方は私に並ぶかもしれないんだから」
「他人事だと思いやがって……まあ今はそっちより心配な事が他にあるけどな」
プリントアウトしたキャストの一覧表を見る。ほとんどが知らない名前だが、二つだけ知った名前がある。一人は鳴嶋メルト。単純に演技力の心配。あの地獄を作り出した主犯だ。『悪夢再び』と思うことは避けられない。
───そしてもう一人は演技力の心配はしてないが……
一つ息を吐く。まさか自分の彼女が共演者とあんなに仲が悪いとは思わなかった。
「私の他に知ってる人いるの?」
「…………遅かれ早かれだし、相談する事もあると思うから言うが、実はな──」
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「───しかしまぁこんな事になるとは…」
時間は少し遡る。関係者にのみキャスティング発表があったあの日。送られてきたPDFを眺めながら嘆息する。ダブルキャストとは演劇の世界では珍しくないが、まさか自分にお鉢が回る日が来るとは夢にも思っていなかった。
「ダブルキャストなのは私たちだけで他は普通みたいだね」
「そりゃ全部が全部ダブルにはできねーだろうよ」
出演者の頭数だけでも単純計算で倍になるんだ。稽古時間やギャラ諸々考えたら倍じゃすまないだろう。4人でも多いくらいだ。
はあ、と一度大きくため息をつくと注文したクレープにかぶりつく。全く、甘いものでも食べなきゃやってられない。
「あ、アクアくん、ちょっと待って。動かないで。こっち向いて」
「?」
キョトンとしているとシャッター音が鳴る。あかねが携帯をいじっている隙に、頬についたクリームを指で舐めとった。
「じゃーん。見て見て。題して、『意外と甘党?星野アクア、素顔のひととき』」
「………なんか恥ずいな」
あかねのSNSに投稿されたのは二人でカフェで食事する風景と、頬にクリームがついた状態で小首を傾げている妙にあどけないオレの写真だった。
「アクアくんっていつもクールで澄ました王子様系だから、こういう可愛い写真って凄くウケると思う。こういうギャップを間近で見れるのは彼女の特権だね」
「くだらない事言ってないで仕事の話に戻るぞ……キャスト発表以外にも情報あるな」
PDFをスクロールする。台本はまだだが、大まかな構成と宣伝の謳い文句は送られてきた。今回舞台となるのは東京ブレイド渋谷編。序盤、劣勢な主人公達が努力し、仲間と友情を重ね、徐々に困難を跳ね除けていき、逆転に持っていく。少年漫画の王道を行く展開。アクア達が演じるブレイドとシースは劣勢の前半部分。フリル達が演じるのは逆転していく後半部分。
宣材ポスターは大きく縦に二分割されている。そのうちの左半分。アクアとあかねが中心となるポスター。舞台の前半部分──
『東京ブレイド・影打』
右半分の姫川とフリルが中心のポスター。舞台の後半部分──
『東京ブレイド・真打』
と、大々的に銘が打たれている。前半が影打。後半が真打。まさに刀を題材にした演劇にはもってこいの前後編のテーマと言える。
「神社への奉納、主人への献上等、特に大事な刀剣製作の依頼を受けた際、刀工は複数の刀を打つ。真打とはその中で最も出来の良い刀のこと。そして影打とは真打以外の習作───まさに引き立て役だな。演るの相当難しいぞ」
引き立て役が本命より目立ってはいけない。だが仮にも主役とヒロイン。影が薄すぎては話にならない。無論姫川とフリル次第だが。
「東京ブレイド渋谷編の前半はブレイドがまだ精神的に未熟な時から始まる。観る人によってはイライラするような時期。そこを演じなきゃいけないんだもんね」
「踏み台にされることは避けられない。ま、今一流と言われている姫川大輝に乗っかれるのは悪いことばかりじゃねぇがな」
オレのことを知らなくても姫川大輝を知っていると言う人間など、この国にはまだゴマンといる。今回そういう人たちの目にオレは触れる。触れられる。どんな才能も知ってもらわなければ無意味だ。その点ではメリットは高い。
「───すごいね、アクアくんは」
「?まだ何もしてねーけど?」
「姫川さんと真っ向勝負しなきゃいけないって時にそんな事まで考えられるなんて……私なんてフリルさんとのダブルなんてどうすればいいかしか頭に浮かばないよ」
先ほどまでのデート気分はどこへやら。ずっと隣で笑っていたあかねの美貌は不安と焦燥で歪んでいる。それも無理ないことだ。あかねの相手は同世代では間違いなくNo.1。踏み台どころか、台ごと踏み潰されたとしてもなんらおかしくない怪物。挑むより萎縮が先に来てしまうのも当然だろう。あかねが情けないとは思わない。寧ろ悪くない。変に虚勢を張る奴よりよっぽど安心できる。
ビビるというのは弱気からくる感情ではない。むしろ逆。闘争本能から来る感情だ。人間戦わない相手には恐れることすらない。あかねはフリルとちゃんと戦う気がある。真っ向からやる覚悟がある。だから恐怖を感じるし、だから焦っている。プレッシャーを感じていると言い換えても良い。悪くない。プレッシャーとは相手に勝ちたいと思うから生まれるし、感じられる。勝つ気があることに安心した。
「───だが、ちょっと熱くなりすぎてるな」
「え?」
「対する相手が巨大すぎて、役者が第一にやらなければいけない事が失念している」
「第一に、やらなきゃいけないこと……」
「相手を知るより、まずは役について知らねーとな」
アッ、と声を上げるとほぼ同時、さっきとは違う意味で暗い表情を見せる。恥辱と自責に苛まれているのだろう。こんな基本中の基本を普段のあかねが忘れるはずはない。熱くなりすぎてる。ある意味やる気が空回ってる。
「今はダブルキャストとか姫川大輝とかより演じるキャラそのものについてを知らなきゃな。あかねもフリルなんつー爆弾と戦わなきゃいけねー気苦労は察するが、あまり対決ばっか意識しすぎて熱くなるなよ」
───ま、その辺はオレちょっとズルしてるけど
東京ブレイドのキャラクターについて、オレは他の俳優陣より遥かに詳しい。それも当然。彼らの設定やストーリーの構築にはオレも少なからず関わった。ブレイドも刀鬼も
「ブレイドも厄介だが、それ以上に刀鬼は面倒だな」
「鞘姫の他にもカップリングあるもんね。つるぎ」
そう、刀鬼にはカップリング要素が複数ある。一人は恋人の鞘姫。そしてもう一人がバトル要素においての相棒役つるぎ。ヒロインキャラと相棒キャラ。愛情か友情か、どっちが結ばれるかで毎週論争になっている。いわゆる三角関係。
「………またトライアングル演じなきゃいけねーのか」
「あはは。でも今度はちゃんと台本あるんだし、今ガチの時よりは楽なんじゃない?」
「それも相手次第だがな……えーっと、つるぎ役は──」
「私よ」
スマホのPDFを見直そうとしたとき、背中から声がかかる。一瞬何が起こったか分からなかった。幻聴か、と本気で思った。慌てて振り返ると立っていたのは黒のサマーニットにワンピース。いかにも女優の街歩きといった服装の小柄な少女。かつて天才子役と呼ばれたアイドル見習い。有馬かな。
「お前、なんで──」
此処にいるんだよ、と言おうとして、やめる。もし尾行されてたとか言われたらコイツの見方がめちゃくちゃ変わる。世の中知らない方がいい真実もあることをアクアはこの歳で充分すぎるほど知っていた。
しかし、この心配は一応杞憂に終わる。解釈しようによってはあまり変わらないのだが。
おもむろに鞄からスマホを取り出し、画面をこちらへ見せる。表示されているSNSにはオレとあかねの美術館デートの風景。そしてこのカフェで撮った写真。そして頬にクリームのついたオレが大写しになっていた。
「リアルタイムの投稿はやめなさい。こういう投稿から悪質なファンに追いかけられてストーカー被害に遭う事もある」
「今まさにその状況じゃねーか」
「うるさいわよアクア、話の腰折らないで。外での写真は全て予約投稿。こんなの基本中の基本よ。SNSの揉め事は周囲を巻き込むことは身をもって学んだはずでしょ?懲りないわね、黒川あかね」
有馬の視線があかねへと向く。有馬にしては随分気やすい接し方だが、知り合いなのだろうか?この二人。まあ二人とも長く子役をやっているのだから意外というほどでもないが。
しかし、少し沈黙していたあかねの態度はかなり意外だった。
「………かなちゃんがつるぎ役かぁ。共演は何年振り?てっきり役者辞めたんだと思ってた。今はア・イ・ド・ルだもんねぇ?」
貼り付けたような笑み。笑っていない目。少し乱れた髪。役者にとって表情とは商売道具であると同時に武器でもある。今あかねが浮かべているのは明らかに威嚇の笑顔。こんな顔、今ガチの数ヶ月でも、あの雨の夜でも見た事なかった。
───コレが黒川あかねの、本気の敵意
対して有馬の皮肉な顔は対して珍しくない。オレも幾度となく向けられた。しかしそれでも、背すじをゾクリとさせられる。この底冷えするような声のトーンは初めて聞いた。
「ずっと板上に引きこもっててお金にならない仕事してても仕方なくない?あっそういえば最近リアリティショー出てたっけ?私生活切り売りして人気出たらしいじゃない。よ・かっ・た・わ・ね?」
「やめろお前ら。周りに迷惑だ。あとクレープ不味くなる」
睨み合う二人の間に入って、皿の上にクレープを置く。胸焼けが過ぎてもう食う気になれなかった。
「………近く通りかかったから注意しにきただけよ。お仕事デートの続きは場所を変えなさい。じゃ」
カラカラとチャイムが鳴り、店を出ていく。フッと一つ息を吐くと同時に椅子がガタリと揺れる。先ほどまでピンと伸ばしていたあかねの背筋は曲がり、小刻みに震えていた。
「───知り合いだったか。ま、この業界狭いし驚きはしねーが」
「同い年でお互い子役の時はこの業界にいるから……それはもう」
直接の面識も、耳に飛び込んでくる機会も嫌というほどあっただろう。オレはちょっとロックに浮気してた時期もあったからそんな相手はいないが、心中察してあまりある。
「仲良く、は出来なさそうか?」
「無理だよ」
オレの言葉を真っ向から否定する。あかねにしては珍しい事だ。それだけ恨みが深いのか。
「アクアくんの同期にはいないの?この人さえ居なきゃ、もっと楽しく役者やれたのにって人」
「同期にはいねぇな。上にはいるけど」
「同期にいるともう最悪だよ。欲しい役は片っ端から持っていかれる。まして相手は有馬かな。想像できる?あの天才子役と同い年に生まれちゃった役者の気持ちを」
一人の大天才の陰に隠れてしまった不遇の天才。芸能界に限らず、ある話だ。どんな世界も頂点に立てるのは一人。たった一人が輝くために切り捨てられた才能はこの世にいくつもあるのだろう。あかねもその一人だった。
「いいんじゃねーの?」
アイスコーヒーを口にしながら、なんでもないかのように宣う。流石に意外だったのか、俯いて何かを睨んでいたあかねが思わず顔を上げてしまった。
「………仲良くしろ、とか言わないの?」
「言わない言わない。合わねえ相手ってのは誰にでもいるんだし。無理して仲良いフリする方が面倒だ」
「でも、舞台にリアル持ち込んで、ギクシャクしたら……」
「別にいいじゃん、ギクシャクしたって」
流石に絶句する。このコミュ力の化け物、あかねが知る限り、誰とでも仲良くなれる男No. 1がこんなことを言い出すとは思わなかった。
「オレ達は曲がりなりにも一応プロだ。板の上に立って、チケット売って、金払ってもらって仕事する以上、年齢は言い訳にできねぇ。舞台をやる以上、金に見合った仕事はしなきゃいけない。けどそれは役者同士で衝突するなって意味じゃない。寧ろ衝突のない舞台なんてつまらない。現代日本は周りに気を遣いすぎだ」
役者は芸術家。そして芸術家とは基本的に負けず嫌いのエゴイスト。エゴがぶつかる事だってあって当たり前。
「大事なのは、仕切り直すことがちゃんとできるかどうか。仕切り直して、お互いの主張を理解して、衝突を化学反応に昇華できるかどうかだ」
そのためなら多少の衝突は全然アリだと思う。PHが低いもの同士が混ざっても大した反応は起きないし、摩擦なくしてエンジンは動かない。問題なのは発生するエネルギーを良い方向へ持っていけるかどうか。譲れる部分、譲れない部分を理解し合い、同じ目的へ向かえるかどうか。全てを譲らないなんてのはエゴイストではなくただのガキだ。プロである以上、ガキであることは許されない。年齢は関係ない。役者とは目的へ向かって挑戦を切り替えられるエゴイストでなければいけない。
「登場人物全員仲良しこよしなんて物語の上ですらあり得ねーんだし。まして二人は三角関係の恋敵。軋轢あるくらいで丁度いいだろ」
「……………そっか。そうだね」
眉間によっていた皺がなくなる。憎悪を良い方向に向けることはできたようだ。やっと口にしたクレープに甘さが戻ってきた。
「それに、一年遅く生まれるよりは良かったんじゃねえの?オレとタメだったらフリルが同期だったんだから」
「あはは。それは確かに。フリルさんは何でもできて、全て自分の糧にしてきた。でもかなちゃんはピーマン体操とかふざけた曲とか出してる割に何も糧に出来てない。私が今回直接対決するのはフリルさんなんだ。かなちゃんばっかりに構ってられない」
───ん?なんか変な方向に向かってるような…
「演技も、恋愛も、絶対負けない……積年の恨みも、恋敵との決着も、全部纏めて果たしてみせる……負けないぞ……!」
ふふふふふ、と笑い続けるあかねを見て、変なスイッチ押しちゃったかな、と若干後悔する。口にしたクレープが再び苦くなった気がした。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
重曹ちゃん……強くなったね。ネタバレになるからこれ以上は言いませんが。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければモチベーション爆上がりです。時間がかかっても感想には必ず返信します。年末になって公私共に超忙しくなってきてるので、年内に次話を投稿できるかはわかりませんが、頑張ります。皆様、メリークリスマス。良いお年を。