【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

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水面を泳ぐ白鳥はその足を他者には見せない
火を知らぬ少女は常に優位を譲らない
そのためなら水面下でどんな努力も厭わないだろう
星をなくした子の興が今は他にあったとしても


46th take 普通の努力

 

 

 

 

 

 

「あ、もしもし。お世話になっています。フリルです。明日は───」

 

不知火フリルが所属する事務所では珍しい光景が広がっていた。昨日から一日中我らが看板タレントは各所に電話などをしている。話している内容は端的に言えばスケジュール調整が主だったが、本来ならマネージャーの役目。それを本人自らが方々に掛け合っているという事は、結構無理矢理スケジュールに穴を作ろうとしているのだろう。

 

「はい、無理言って申し訳ありません。ありがとうございました」

 

電話を切る。すると一度大きく伸びをした。どうやら時間調整は終わったらしい。

 

「お疲れ様。明日オフにできた?」

「ありがとうございます社長。はい。今から完全オフです。携帯も仕事用のは切っちゃいますんで、会社で保管しておいてください。失礼します。白河さん、お願い」

 

手に持っていたスマホを社長に手渡すと軽く身支度を整え、白河に車を用意してもらう。大変そうだが、挙動にどこか楽しさというか嬉しさというか、そういうのが見え隠れした。

 

「社長、明日フリル何かあるんですか?」

「ん、星野アクアとデートみたいよ」

「デッ!?」

 

思わず絶句してしまう。星野アクアと不知火フリル、ついでに黒川あかねの三角関係といえば関係者にとっては周知の事実。とはいえリアリティショーが終わった今、ショーバラエティ上の演出は終わったと思っていた。が、それはどうやら違うらしい。

 

「あの子にとって星野アクアは未だ食い尽くせていない未知みたいね」

「…………まさか、ここ数日飛び回っていたのは──」

「明日まるまる一日オフにするためみたいよ」

「えぇ……」

 

そこまで知ってて黙認する社長に思わず呆れの目を向けてしまう。もし星野アクアと熱愛などすっぱ抜かれてはどうするつもりなのか。リアリティショーでの説得力があるとはいえ、それでも被害は甚大だろう。

 

「いいんですか。放っておいて」

「良いのよ。デートって言ってもララライの観劇に行くだけみたいだし。今度あの二人舞台で共演するのだから、マスゴミ連中が一緒にいるところ撮って、熱愛なんて言い出したら寧ろ逆に名誉毀損で訴えることも出来るわ」

「それはそうかもしれませんけど…」

 

マスコミはありとあらゆる手を使ってタレントのプライベートを暴き出す。その代わりと言ってはなんだが、基本的に決定的証拠がなければ安易な熱愛報道などできない。それにウチはその手の対策ガチガチにやってるし、相手が星野アクアであれば言い訳はいくらでも出来る。とはいえウチの事務所に波風が立つのは避けられないだろう。

星野アクアと関わり出してから、フリルは危ない橋を渡ることが多すぎる。あの男も大概ハイリスクハイリターンが信条と見える。付き合う男の影響で身持を崩す女性タレントなど幾らでもいる。星野アクアとの付き合いについて、事務所の人間の多くは賛成していなかった。

それでも社長だけはフリルの行動に関して常に鷹揚な態度を崩さなかった。

 

「あの子ね、この間私に聞いてきたの。普通の高校生って、どういうデートするんですかって」

「普通の、デート?」

「お弁当とか作って行ったほうがポイント高いのか、カフェするなら変に隠れ家なところより人の多い所の方がいいのか、この服なら変装してても可愛く見えるか。私もだけど、アクアもきっと普通の高校生のデートなんてしたことないから、楽しませてあげたいって」

「……………………」

 

唖然としてしまう。あの不知火フリルが男のために尽くしている。いや、尽くしているは言い過ぎかもしれないが、それでも相手のことを考えて行動している。フリルはいつだって思慮深い。コミュ力も高くて、人の気持ちがよくわかる、気遣いもできる子だ。

けれどプライベートにおいては、どちらかと言えばSな気性。何も言わなくても相手が勝手にフリルに尽くしていた。それが当たり前だった。なのに今はフリルが相手に尽くしている。信じ難いことだ。不知火フリルを尽くさせるだけの何かが星野アクアにはあるのだろうか。それとも星野アクアも結構尽くしてて、そのお礼というだけなのだろうか。どちらにしても驚愕だ。

 

「あの子が仕事以外で話すのは星野アクアの事ばかり。最近は妹さんの活動ばっかり優先してる。私が会いに行ってもつれない。堂山くんにご飯誘われたんだよ、とか煽ってみたけど全然刺さらない。本当に女子高生のグチみたいだったわ」

 

みたいじゃなく、まんまその通り女子高生なのだが、言わんとすることはよくわかった。

 

「楽しそうですね、社長」

「あの子が男に見せる服で悩む姿なんて一年前は想像もできなかったからね。私の知らない不知火フリルがどんどん出てくる。それは全てあの子の才能になって戻ってくるわ。今は一人の人間に夢中になる感覚をしっかり覚えて来てほしい。その後どうなるかは星野アクア次第ね」

「それじゃあ社長、辻倉さん。明日は電話しても出ないんで、よろしくです。お疲れ様でしたー」

 

最後に顔だけ見せて挨拶してくる。こちらの不安とは裏腹にどんどん可愛く、綺麗になっていくフリルを見て、辻倉も諦めの息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

演劇。カメラ演技との大きな違いは何か、と問われれば、それは撮り直しが効かないことだろう。勿論稽古はする。舞台で最高の演技をするために幾度も試行錯誤を重ね、役者同士で掛け合い、一つの作品を作る。そこはカメラ演技と同じだろう。

 

しかし、カメラ最大の利点は編集ができるということ。

 

ドラマの撮影において1話から10話まで順序よく撮影するとは限らない。撮影場所の確保。借りられる時間的制限。様々な事情が絡み合い、撮影するシーンが飛ぶことなどザラ。失敗してもやり直しができる。

だが演劇はそうはいかない。正真正銘、その日限りの一発勝負。一発で最高の演技をしなければいけない。

 

「それが演劇だよ」

 

以前から何度か使用している緊急避難用マンションの一室で、泣きぼくろの美少女から演劇の演技を説明される。帽子とメガネ、マスクのおかげでぱっと見誰かわからない。しかしぱっちりと開かれた大きな眼と綺麗な二重瞼だけで相当の美人であることは判別できる。佇まいには品があり、身体の中に一本芯が通っているようだ。

少女の名前は不知火フリル。日本国民なら知らぬ者はいないと言っても過言ではないマルチタレントだ。

 

「知ってるよ、それくらい」

「でも自分がその舞台に立つイメージをしたことはないんじゃない?」

 

少年が舌打ちする。こちらはマスクはしてない。けれど髪色は本来のものとは違い、艶やかな黒だった。

 

「演劇……一発勝負、か」

 

───カントルでライブは何度もした。スタジオで一発録りもやった。やり直しが効かないパフォーマンスの経験がないわけじゃない。だが…

 

ロックのライブは多少トチッても特に問題ない。玄人ならともかく、素人はまず気づかないし、大抵流される。ミスっても焦らず立て直しさえ出来ればそれでよかった。

 

しかし演劇となるとそうもいかないだろう。セリフのミスは勿論、身振り手振り、立ち位置さえミスったら取り返しがつかない。なるほど確かに未経験だ。一歩踏み間違えれば即死。崖と崖を繋ぐ鉄骨を渡るかのような舞台は。

 

「今日は観るべき部分と学ぶべきこと、私が解説してあげるけど本番はそうはいかない。板の上では私たち敵同士だからね」

「要らねぇ。観るべき部分も学ぶべきことも自分で気づかなきゃ意味ねぇからな」

 

人に教えられたものはいずれ消える。だが、自分で見て、発見して、理解して、実践して、自分のモノにした答えは一生消えない。演技もピアノもドラムもそうやって自分の血肉にしてきた。そのやり方を変えるつもりはない。

 

「ん、よし。できた」

 

全身が分かる大きな姿見を眺めながら、満足そうに一度頷く。映っているのは黒のフード付きパーカーに黒いパンツ。黒縁眼鏡に黒髪の少年。まさに黒ずくめ。いつもの煌びやかなアクアの姿はどこにもない。ここまで黒で統一すると逆に目立つのではと思えるほどの衣装。今から強盗しますと言われても納得してしまう出立ちだった。

 

「いいね。古参厄介ファンって感じで。今にも包丁取り出しそう」

「まったく、朝っぱらからTEL来て何事かと思えば……」

 

朝イチで呼び出されたアクアは今の今までコーデをフリルにいじくり回されていた。どんな服装にするか、迷ってたのでファッション自分で考えなくていいのは楽だったが……

 

「ここまで犯罪者チックにする必要あったか?」

「あるある。お互いもう有名人なんだし、これくらいはしなきゃ。ね?」

「今日あまの時もストーカー役だったが、ここまでではなかったぞ」

「言ってみて。その状態で『お前ならオレのカムパネルラになれるかな』って、言ってみて」

「お前ならオレのカムパネルラになれるかな」

「うわぁ、病んでるファン感すご……ハンパにイケメンが見えるから余計にキモい」

「ひでぇ言われようだ」

「ちなみにアクアって古参厄介ファンっていたことある?」

「あるよ。バンドやってた時に、何人か」

 

女性のみのthree-pieceバンドだったため、女の子のファンが基本的に多かったが、男のファンもいた。そして男女両方で厄介なファンはいた。

 

「女の子が持ってきた差し入れに髪の毛入ってたこともあったな」

「わかるなぁ。差し入れでナマモノはやめてほしいよね。何入ってるかわからないから」

「あとライブ会場の最寄駅で待ち構えてる人とか」

「約束もしてないのに待ってたよー、とか言って来る人ね。私は会場近くでが多いけど」

 

しばらく意味のない雑談が続いていたが、チラリとフリルが時計を見た時に会話が途切れる。約束の時間まで割と結構迫っていた。

 

「じゃ、後でね」

「もうここまで来れば一緒に行こうぜ。下にバイク停めてるし、そのほうが効率的だろ」

「ダメ。待ち合わせもデートの醍醐味なんだから。1秒でも遅れたら変装全部解いてアクアの名前スピーカーで呼び回りながら探すから」

「悪魔か」

「不知火フリルよ」

「知っとるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

というわけであの後バイク飛ばして、待ち合わせ時間15分前に到着したのだが…

 

「───早えな」

 

人が溢れる雑踏の中、ありふれた格好をしているはずなのに、なぜか一眼で待ち人がわかった。立っているだけでもこの女は美しさが香る。

 

「だって、早く来なきゃ遅れた時貴方のこと拡声器で探せないでしょ」

「本気だったのかよ」

「私は貴方にはいつだって本気だよ」

 

スルリと腕を取られる。少しムッとしたが、大きく息を吐いて溜飲を下げる。オレ以外で彼女が不知火フリルと気づいている者はいないだろう。これくらいなら勘弁してやろう。

 

「行こっか」

「ああ」

 

開演は午後からだ。まだ時間はある。チケット代の対価として、残りの数時間をフリルはアクアとのデートに要求した。

 

「私、渋谷歩くの久しぶり」

「オレはなんつーか……身体中に爆弾括り付けられて鉄骨渡りしてる気分」

 

もしくは隣に立つ女に常に脇腹にナイフを突き立てられているかのような気分だ。流石にコッチは口にしないが。もし機嫌悪くしてマスクでも取られようものなら一瞬で炎上する。

 

「今日は普通の学生みたいな、ベッタベタなデートしよう。まずはクレープからね」

「はいはい」

 

人でごった返す竹下通りでクレープを買い、食べ歩きしながら渋谷の各所を回る。まずは街を適当に歩き、写真を撮りまくった。

 

「ん、おいし。こんな身体に悪いモノ食べるのも久しぶり」

「お前はもっと肉つけたほうが良いと思うがな」

 

主に胸周りに。

 

「…………痛いんだが?」

「変なこと考えてた罰」

「エスパーかお前」

 

組んでいた左腕に痛みが走る。傍目からはオレすらつねっていると気づかない。それほどまでに自然に、さりげなく人の腕にダメージを与えていた。

 

「私の身体で大発情したくせに」

「うるせーな、男の下半身は別人格なんだよ」

「可愛かったなぁ。必死に腰振るアクア」

「オレの下で泣いてるお前も結構可愛かったよ」

 

足を踏まれる。割とマジで痛かったのでこの辺にしておこう。次はヒール部分で踏まれそうだ。そうなったら流石に痛いで済まない。話題を変えることにした。

 

「今更だが、お前こんな事してていいのか?忙しい身だろう」

「ん、今は大丈夫。撮影の合間だから、結構休みあるよ。ご心配なく」

「マリンやってた時はめちゃくちゃなタイムスケジュールだったくせに」

「あの時は今ガチ出るために結構無茶したからね。その反動」

「…………オレってお前の無茶のとばっちりばっかり喰らってる気がする」

「私が無茶した原因はアクアなんだから、一緒に背負うべき責任だったと思う」

「理不尽すぎるだろ」

 

話を聞く限り、フリルがオレに興味を持ったのは、ドラマに出演したのをコイツが見たというのがきっかけらしい。オレから能動的にフリルに何かしたというならともかく、普通に仕事しただけでこの爆弾に巻き込まれたというのならもうどうしようもない。

 

「ブラブラするのも飽きたね。カラオケでもいこっか。アクアのストレス発散も兼ねて、今度はお互い手加減なしでやろう」

「のった」

 

今ガチで手加減していたのは知っている。そしてオレがセーブしてたことも気づいていたらしい。フリルの本気の歌唱も聞いてみたかったため、特に抵抗もなくカラオケに入った。

 

「いぇーい、私の勝ちー」

「くそっ、よく考えたらお前が歌で勝負は反則だろ」

「負け犬の遠吠え語は聞こえませーん。大体元バンドマンなんだからその手の言い訳は通用しないでしょ」

「オレはドラムだったんだってば。ボーカルならともかく、それ以外のバンドマンの歌唱力なんて、みんな素人に毛が生えた程度だよ」

 

一応仕事の一環としてボイトレもやった。歌でハネた作品なんていくらでもあるし、役者といえど、そういう機会が無いとは言い切れない。けど本職のディーヴァに比べればオレなんて足元にギリ及ぶかどうかと言ったところ。本当に上手いボーカルなんてモノ、ロックの世界でも結構少ない。ハルさんは数少ない本当に才能ある歌い手だった。

 

「なら次はゲーセンでは太鼓の鉄人で勝負する?それとも普通のシューティングとかにしとく?」

「…………その二択ならシューティング」

「負けたら言い訳できないもんね」

「うるせーな」

「よし、なら太鼓の鉄人で勝負ね。絶対勝つ」

「ホントいい性格してんなお前は」

 

最寄りのゲーセンに入り、勝負に明け暮れる。流石に太鼓は勝ったが、ギリギリだった。あと、シューティングも格ゲーもレースもやったが、どれも7:3くらいで負け越した。

 

「んー、たーのしかったぁ。やっぱりアクアとの勝負は面白いね。なんだかんだ負けん気強くて、どのジャンルでもコツ掴むのが早くてスジが良い。そして最後には私が勝つ。勝つから楽しい」

「お前なんでこんなに上手いんだよ」

「姉さんが結構ゲーマーだからね。付き合ってるうちに上手くなっちゃったの。私も基本何やってもセンスあるから」

「ムカつくが否定できないな」

「でもアクアもまあまあだよ。私には負けてるけど、ハイスコアには大体ランクされてる。結構経験値あったりする?」

「中学時代に一通りはやった」

「プリクラとかは?」

「その手の映像データが残るのはやらねぇようにしてたな」

「じゃあ、やろう」

 

手を引っ張られ、筐体に連れ込まれる。パッと見ただけで中学の頃より随分色々機能が増えているとわかった。

 

「ほら、メガネ取って。ウィッグも外して。いつもの私のアクアに戻って」

「誰がお前のだ。人の事自分のものみたいに言うの──ちょ、わかったからやめろ。雑に外すな。色々傷む」

「私もマスク取ろっと」

 

筐体の画面にはいつもの美しさを取り戻した二人が映っている。フリルにされるがまま、指示通りのポーズをとって、複数回撮影した。

 

「負け越しジョバンニって書いていい?」

「好きにしろ」

 

楽しそうに画面を覗き込み、色々いじる姿は、不覚にも可愛いと思ってしまった。

 

 

 

 

一通りのデートが終わった頃にはいい時間だった。バイクのタンデムにフリルを乗せて、劇場へと向かう。この強盗一歩手前の格好をしたカップルが不知火フリルと星野アクアだと気づく者はいなかった。

 

「…………思ったより広いな」

 

会場に着いて、第一に思ったことがこれだった。あってもせいぜい映画館程度の広さだと思っていたのだが、想像以上に客席の数は多い。

 

「客席数は約3000。並みの映画館は余裕で超える。ましてこの舞台はステアラ使ってるし」

「ステアラ……」

 

ステージアラウンド。360°全てモニターが覆っており、劇に映像演出を使うことを可能とする。客席も回転するし、場面転換も素早くシームレスに行える。劇の課題といえば大袈裟な演技や場面転換のたびに幕が下りて一々止まるテンポの悪さだったが、この発明によって劇的に改善された。

 

「アクアってステアラの舞台観るの初めて?」

「知識として知ってはいたがな。それにオレはどっちかっていうと映画派だし」

「カメラ演技の役者にとっても勉強になるよ、演劇は」

 

警告音が鳴り響く。始まるようだ。二人とも口を閉じる。『演劇とは客も含めて完成する作品である』と呼ばれるほどの体験型コンテンツ。故に観客は守るべきマナーが幾つかある。その最たるは静かにする事だ。

 

 

───え

 

 

しかしそのマナーを破りそうになってしまった。口から言葉が漏れそうだった。それほどまでに今目の前にいる役者は圧巻だった。

 

───近い

 

関係者用のVIP席とはいえ、距離はある。なのに映像で見ているかのような───いや、それ以上の至近的距離感を感じた。叫んでいるわけではない。主役は冷静沈着なスパイ。動揺を見せず、ミッションを遂行することが信条。

 

ステージアラウンドの舞台装置が動く。風が、音響が、熱が、肌に触れる。客席が動く。演劇の欠陥を物理的に克服しているというだけではない。客席が回転するというのは演出の妙にも一役買っている。演出が刺さるから演技にも乗れる。

 

なるほどコレがステージアラウンド。確かに観ると聞くとでは大違いだ。

 

しかしそんな大違いが気にならないほど、目の前の役者の演技にオレは目が離せなかった。

 

───コレが、現在一流と呼ばれる俳優、ララライの看板(トップ)。姫川大輝

 

実力派若手俳優といえば、まず第一に上がる名前。でも実際に見たのは初めてだった。

 

「私と貴方を足して二で割ったって感じね。姫川さんは」

 

舞台が終わった後、しばらく客席から動けなかったオレにフリルが声を掛ける。その評価に否はない。一言で表すならそんな感じだ。

 

「才能の系統としてはアクアと同タイプだと思う。憑依して、入り込むメソッド演技。でも彼はそれを心だけじゃなくて身体全部使って表現する術を心得ている。俯瞰と没入。深さと伝わりやすさを両立させてる。貴方の進化の先に私はいないと思うけど、彼はきっと貴方の先にいる人ね」

「オレの、先に………」

 

つまりオレの完全上位互換。今すぐ真っ向勝負するなら100回やって100回負ける。そんな相手とオレは数ヶ月後、同じ舞台に立つ。同じ役を演じて、同じ役を演じられて、比較される。今のままでは虐殺必至の相手。

 

「見に来てよかった」

「その言葉が聞けてちょっと安心した。殺されないでね。貴方を活かすのも殺すのも私がいいから」

「わかってる」

 

客席から立ち上がる。もう用はない。姫川の才能の系統も、演じ方もなんとなくわかった。これからはどうやって奴を喰うか。前半のブレイドはオレが演る。姫川の役作りに沿った上でどうやってオレが主役だとアピールするかだ。

 

───つってもコレは台本上がらねーとどうしようもねーんだけど

 

「…………帰るか。有意義な時間だった」

「姫川さんに会っていかないの?関係者用ブース行けば挨拶くらいできるよ」

「いいよ。いずれいやでも顔は合わせるんだ。別に今日じゃなくていい。どっかで茶でもしばこう。礼だ。奢ってやる」

「じゃあホテルオーカワのアフタヌーンティーを──」

「あ、姫川さん!待って!」

 

二人の会話を遮るような声が響く。ほぼ無意識に視線を音源へと向けると、ラフなパーカー姿でこちらへと近づいてくる男がいた。

 

───まさか…

 

「待ってください姫川さん!まだ取材とかあるんですから!戻ってもらわないと───って、あれ?ひょっとして……アクアくん!?え、なんて格好してるの!変装?強盗でもするの?」

「あかね…」

「てゆーか観に来てくれたんだ!言ってくれれば私がチケット用意したのに!どうだった!?私の演技?良かった?ダメだった?」

 

捲し立てるあかねの言葉はほとんど耳に入ってこなかった。アクアの星の瞳はただ一人に向けられている。

 

───この人が……

 

「君、誰?」

 

あかねの静止がなくなったからか。グッとこちらに顔を近づけてくる。流石に顔立ちは整っている。だが近眼なのだろうか?焦点の合わない視線。こちらを見ているかどうかよくわからない眼の動き。生気の感じない表情に、猫背でシャキッとしない立ち姿。舞台の上とはまるで別人。あんなにエネルギッシュな演技ができる人とはとても思えない。舞台と素でギャップがある人なんて役者の世界じゃ珍しくないが、ここまで落差がある人は少ないだろう。

 

「舞台の上からでも、君のことが気になった。客席で君達二人は明らかに目を引く存在だった。一人はここに来て納得した。不知火フリルだ。目を引かれないなら俺の目が節穴だったことになる」

「…………え、フリルさん?───観に来てたんだ……アクアと二人で」

「直接お会いするのは久しぶりですね、姫川さん。あかねも。挨拶に行こうと思ってたところです。わざわざ来ていただいてありがとうございます」

「でも君はわからない。一体誰?」

 

フリルの言葉も、あかねの葛藤も、全て無視して姫川はオレに来る。光栄だと思うと同時にムカついた。ダブルキャストの相手も知らねーのか、この人は。

 

───いや、違うな

 

眼中にないだけ。オレを見てないわけじゃない。ただ目標を見ているだけ。違うのは意識の置いている場所。

 

───その意識の置き場所にオレが入ってきた。今はそれだけでいい。

 

柔らかく手を差し出す。これ以上なく友好的に、そして攻撃の意思を込めて、口角を吊り上げた。

 

「初めまして。姫川大輝さん。東京ブレイドで貴方と共演することになりました。星野アクアです。どうぞよろしく」

 

 

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
あけおめです(大遅刻)。新年第一話いかがだったでしょうか。今回はフリル健気シーン。スペック高い女子って意外と尽くしてくれる子多いですよね。頼られることに慣れてるからでしょうか。
あかねにデートバレしました。出来れば修羅場まで書きたかったのですが、長くなったため分割。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければモチベーション爆上がりです。時間がかかっても感想には必ず返信します。
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