一人は火を知らぬ少女、一人は沈みゆく落陽
星をなくした子の旅に同行する二人は気づかない
道標に落としていたパンのカケラが闇に呑まれていることに
幼い頃は、恋愛ってもっと素敵なものだと子供心に思っていた。
好きな人がいるっていうのはとても嬉しいことで、その人を見てるだけでドキドキして、心がふわふわして、毎日が楽しくなるものだと思っていた。
でも私はこの歳になるまで、本気の恋というものをしたことがなかった。
5歳の頃から芸能界にいて、一応は役者として10年以上活動していた。だからカッコいいな、と思う人は結構いた。そういう人と恋愛のシーンを演技することもあった。けど、だからだろうか。私は本当の恋がどんなものなのか、だんだんとわからなくなっていった。
生まれて初めて恋をした。
星野アクア。なんでもできるのにどこか不器用。自信家に見えて、実は自己評価が低い。他人の心理や感情を読み解くことはできるのに、自分のこととなると鈍い。美しさと醜さ、両方を持っている。神様みたいなのに、どこか私と似ている人。
魅了という言葉が心を奪われることを指すなら、私の心はこの人に奪われた。あの雨の夜に私はこの人に恋をした。
最初はとても楽しかった。
あの人のことを考えるだけでドキドキして、あの夜、私にしてくれたことを思い出すだけで笑みが溢れて、あんなに沈んでいた気持ちがふわふわと浮き上がって。
とても楽しかった。嬉しかった。
けれど、いつのまにか楽しいだけではなくなり始めた。
「だからなんでお前はいつもいつも───」
「そんなに怒らないでよ、私の
今ガチが始まってから今日に至るまで、二人の口論は何度も聞いた。大抵アクアくんがなんらかの被害を被って、フリルちゃんが言葉巧みな言い逃れして、不服そうにしながらもアクアくんが受け入れて打開策を考えるっていうのがいつものパターン。中にはアクアくんが本気で怒ってた時もあったと思う。
でも、二人はいつも楽しそうだった。
アクアくんは無茶振りされるのに慣れてるんだろうか。それとも難しい問題を解くのが好きなのだろうか。とにかくフリルちゃんがアクアに課すトラブルを、苛つきながらも楽しんでるように見えた。
フリルちゃんはきっとアクアくんを試してるんだと思う。自分がどこまでならわがままを言っても聞いてもらえるか。どれくらいの難易度ならアクアくんは解決できるか。ずっと課題やノルマを問われ続けた身である彼女が、今度は与える側に回る。アクアくんの能力で解決できるかどうかギリギリのトラブルを振り続けた。そしてアクアくんは今のところ全て見事に解決し、その度に役者としてだけでなく、マルチタレントとして成長を見せている。フリルちゃんにとってアクアくんは出来の良い弟子のようなモノなのかもしれない。
既に芸能界の遥か高みにいる不知火フリル。
いずれその高みまで昇り詰めるであろう星野アクア。
二人はきっと、運命に導かれた出会いで。とてもかけがえがないものなのだった。
二人の並び立つ姿は誰が見てもお似合いで。とても絵になるものだった。
きっと二人にとって二人は、誰かが変わることなどできない存在なのだろう。
───でも、私は?
アクアくんが私と付き合っているのは恋愛の勉強のためだ。彼の理想に自分が近かったというのもあるんだろうが、彼が私に恋をしているとは思えない。寧ろ無意識のうちに惹かれている相手はフリルちゃんか、若しくは───
『懲りないわね、黒川あかね』
かなちゃんが私達のデート中に会いにきたことを思い出す。私も女子だ。女の子が好きな人を見つめる目がどんなものかくらいわかる。
『アクたんのことは勿論好きだよ。人間としても、異性としても』
アクアくんに頼まれて参加した女子会でメムちゃんもハッキリと言っていた。
───彼氏がモテるっていうのは、彼女としては気分良いけど…
私の他に3人もガチ恋勢がいるなんて聞いてない。このことにアクアくんが気づいているかどうかはわからないけど、ただ恋愛の勉強するためだけに私と付き合ってるんだとしたら、相手なんてこの3人の中の誰かでもいいはず。私なんかいつ切り捨てられるかわからない。
───こんな事、冷静に考えてる自分も嫌になる
恋愛ってもっと素敵なものだと思っていた。
でも付き合いが長くなればなるほど、彼のことを知れば知るほど、嫌な感情が芽生えてくる。胸の奥がチクチクして、もやもやが溢れそうになる。
───これ以上、深入りする前に……
これ以上アクアくんを好きになってしまう前に、彼から距離を取るのも一つの……いや、それどころか最も正しい選択肢なのかもしれない。アクアくんは間違いなく天才だけど、才能とは呪縛に近い。大きくなればなるほどその呪いは強くなり、周囲を巻き込む。彼が平穏に、当たり前の幸せを掴むことなど、まずないだろう。周囲を巻き込んで破滅するか、大成し、全てを栄光で照らす太陽になることで周りの人間をも幸福にするか、そのどちらかだ。
私はそんな成功が欲しいとはあまり思わない。
もちろん女優として成功はしたい。お金だって欲しい。いろんな舞台に立って、いろんな役を演じてみたい。けれど私だっていつまでも女優ではいられない。
いずれは芸能界という美しくも醜い舞台から身を引く日が来る。
その時、身に持て余すほどの地位や名誉、財産に包まれていたいとは思わない。好きな人ができて、結婚して、子供を産んで、家族を作って、子や孫に見守られながら逝くことができれば、私はそれで満足だ。
でも星野アクアと付き合い続けていれば、おそらくそんな穏やかな幸せを掴むことはできないだろう。破滅か、栄光か、どちらかしか道はない。
───そうなる前に、私は…
「ごめんなさい。今日は一日付き合うって約束したのに」
「気にするな。不知火フリルと付き合ってんだ。この程度のトラブルは想定内だよ。気にしなくていいから、早く行ってこい」
都内某ホテルの一室、アフタヌーンティーを楽しんでいた私たちに一本の電話が入ってきた。鳴ったのはフリルちゃんの携帯で、どうやら今すぐきて欲しいという内容らしい。オフに仕事が舞い込むなど、芸能人やっていればよくある話。まして不知火フリルともなればもはや日常だろう。アクアくんもその認識に大きく違いはなかった。
「…………あっさり許されるのもシャクね。ちょっとくらい怒ってくれた方が私は嬉しいんだけど」
「怒らない怒らない。オレ怒るってキライなんだよ。基本的に非生産的なことにしかならねーからな」
「…………ホント、自分の危険に関しては結構鈍いよね、アクアは」
は?と思った時には遅かった。
おもむろに踵を返したと思ったら足早に駆け寄り、アクアくんの首に腕を回す。
私が驚きに思わず瞬きし、目を開いた時には、勢いにのけぞったアクアくんの口はフリルちゃんの唇で塞がれていた。
「そういうこと言われると、怒らせたくなる人間だってこと、貴方は知ってるくせに」
「───何しやがるこのクソアマぁああああ!!?!」
「あはは。じゃーね!この埋め合わせはいつかまた!」
「二度と戻ってくんなぁああああ!!」
柳眉を逆立て、激昂するアクアくんと、してやったりと笑って部屋を出ていくフリルちゃんを見て、私の心にビキリと音がした。
───ああ、そっか。私、もうとっくに……
もうとっくに、離れられなくなるくらい、この人に恋をしていたんだ。
▼
───どうしてこうなった…
オレはただ、観劇して、姫川大輝の実力と役者としてのタイプを見られればそれでいいはずだった。本当なら今頃どこかでランチして、過去の姫川大輝の出演作でも観て、傾向と対策を練るはずだったのに。
都内の某ホテル。個室四人席に3人の男女が腰掛ける。普段なら優雅な淑女達がアフタヌーンティーを楽しむ穏やかな空間のはずなのだが、その一室だけはピリピリとした緊張感が漂っていた。
「…………椅子とってこよ──」
「アクアくん、私の隣が空いてるよ?」
「…………」
「空いてるよ」
「ハイ」
ポンポンと手で叩いた場所に座る。紅茶を口にするが、味など楽しめる状況ではない。背筋を伸ばし、少しでも粗相がないように細心の注意を払う。
唯我独尊、とまでは言わないが、あまり他人に気をつかうことをしないこの男の謙虚な態度の原因は関係者が見れば一目瞭然。
隣に座るのはベレー帽を被り、紅茶を口にする少女。最近青みがかった黒髪を伸ばし始め、グッと艶を増し、少女から女性へと羽化を遂げようとしている。アクアとは一つ歳上だが、芸歴で言えば後輩にあたる舞台女優。名前は黒川あかね。仕事上がりだからか、いつもより大人びて見える。美人に知り合いの多いアクアでも、この人以上に綺麗な人はなかなかいないと言えるほどの女子だ。
そして対面に座るのがその数少ないあかね以上の美しさを持つ女。この状況にありながら紅茶片手に呑気にスコーンを口にする。流石は不知火フリル。凄まじい神経の図太さだ。
「…………あかね、出てきていいのか?まだ公演期間だろう」
「今更稽古したところで大して変わらないよ。ここからは本番積み重ねて昨日より良くしていくしかない。少なくとも明日の夕方まではオフだから、安心して」
「…………そうか」
「嬉しくない?」
「嬉しいよ、もちろん」
自然に笑うことはできていたと思う多分。そしてあかねもこれ以上なく綺麗に微笑んでいた。だからこそ怖かった。時間稼ぎにカップを手にするが、中身がカラなことに持ち上げるまで気づかなかった。
「───新しい紅茶淹れてくる」
「私がやるから、座ってて」
「いや、別に──」
「アクアくんは言い訳でも考えてて」
「…………はい」
笑顔の迫力に圧殺される。というか、言い訳ってなんだよ。別にあかねに責められるような事は……してなくもないが、少なくとも今日は友人同士の遊びで済む範疇のことしかしてない。それなのに何故オレはこんな糾弾されるような位置に立たされているのか。少し理不尽だった。
「このスコーン美味しい。さすがホテルオーカワのパティシエ」
───コイツは相変わらずだし。
泣きぼくろの美少女はケーキスタンドに飾られている色とりどりのスイーツを楽しみながら、呑気に、美しく笑っていた。
「じゃあ大事なことから確認するけど、なんで二人は今日デートしてたの?」
「別にデートしてたってつもりはねぇんだが。姫川大輝の演技見にきただけで。フリルがついてきたのはチケット持ってたからってだけで」
「そうそう。渋谷で待ち合わせして、クレープ食べて、カラオケ行って、ゲーセンで遊んでから劇場に来ただけで、全然デートなんかじゃないよ」
両肩がズシっと重くなる。チリチリと火がついていた雰囲気が灼熱に変わった気がした。もし空気に力があるとすれば、手にしたカップにヒビが入っていただろう。余計なことを言い出しやがった核弾頭を睨みつけたが、まるで刺さっている感じはしなかった。
「姫川さんの演技見るのが第一なんだ……私じゃなくて」
「え?そこ?地雷そこなの?」
「私にとっては一番大事なことだから」
役者らしいといえばそれまでだが、やはりあかねも普通の女子とは違う感性の持ち主らしい。
「もちろんフリルちゃんと二人でデートしてたことも充分地雷だけどね」
静かだが迫力のある声で付け足される。あかねの方を見る勇気は流石のアクアもなかった。
「あかね、アクアを怒らないであげて」
「…………」
「アクアは今回悪くない。私が誘ったんだ。うちの事務所のツテで今日の演劇のチケットが手に入ったから。ダブルキャストの相手の演技ならアクアは絶対見たいと思って」
「なら私に言ってくれれば、チケットくらい用意したのに」
「そこはあかねも悪いと思う。私はアクアに何も言われてないけど、用意したよ?」
ビキって音がした。振動ではない。鼓膜を震わせるモノではなかったけど、確実に何かがひび割れた音がした。
「ダブルキャストのこと、あかねも勿論知ってるよね。ならアクアが姫川さんの演技がどんなものか、知りたいってなるのは必然。アクアのためを考えれば、これぐらいのことは言われなくても思いつくべきだと思う」
「…………私はいま公演してて、他のことを考える余裕なんて──」
「うん、だからあかねを責めてる訳じゃない。真面目で仕事に真摯なのはあかねの良いところ。アクアはそういうのに理解ある人だし。でも、だからこそ仕事に集中させてあげるために、出演中のあかねに余計な頼みはしづらかったっていうのは、理解してあげて」
───スゲェ
偏見と詭弁、そして正論を混じえて捩じ伏せた。オレも口は上手い方だと自負していたが、この美しき鬼女と比べてはまだまだだと実感させられた。
そしてようやくピリついた空気が緩和された今を逃すわけにはいかない。
「フリル、もういい。お前達が言い争う必要ねぇ。言うまでもなく、誤解させるようなことしたオレが悪いんだ。ごめん、あかね。姫川さんの演技見たかったのも、あかねに余計な情報入れたくなかったのも本当だった。けど、一言くらいことわっておくべきだった。ごめん」
「───私も、甘えてた。普段のアリバイデートも、電話やLINKも、いつも私に合わせてくれてて、それが当たり前になっちゃってた。自分のことばっかりで、アクアくんの事考えるの、忘れてた。俳優の彼女失格だね。本当に、ごめんなさい」
二人が頭を下げ合う。しばらくお互いその姿勢から動けなかったが、パンと乾いた音が鳴り、反射的に二人とも音源を向く。すると手を叩いた状態で静止したフリルが笑っていた。
「はい、仲直り終わり。ここからはあかねもアフタヌーンティーを楽しもう。もちろん、アクアの奢りで」
「…………参った。完全に降伏する。好きなの飲んで、好きなの食べろ」
「やった。降伏するって。あかね、この二股男の財布カラになるまで二人でめっちゃ高いの端から端まで頼んじゃおう」
「よーしっ。じゃありんごのシブーストとシェフ特製焼き立てスフレと季節のフルーツコンポート──」
「パパ❤︎私は苺とリコッタチーズのショートケーキにベリーシトロン。あとキャラメリゼのアップルショコラ──」
「なに頼んでも良いからパパはやめろ」
スラスラとメニューに記載されたスイーツの名前を口にする二人を見て、ほんとにサイフカラにされるかも、と内心で汗を掻くが、この場を和やかに収められるならオレのサイフくらいは安いものだと諦め、紅茶を口にする。今度はちゃんと味がした。
▼
「それにしても、姫川さんの演技は凄かったね」
しばらくアフタヌーンティーを楽しみ、当たり障りのない雑談をしていたが、やはり役者が3人集まれば、いずれは仕事の話になる。何気なく口にしたフリルの感想に二人とも食いついた。
「舞台劇の弱点の一つに、演技が大袈裟すぎて客がシラケるってのがある。それも当然。舞台において、役者と客は物理的に距離がある。表現を伝えるにはどうしても大げさな演技が必要になる。姫川大輝の演技もちゃんと大袈裟だった」
「けど、あの人の演技は大袈裟なのにリアルが伝わってくるでしょ?」
そう、大袈裟なのにリアル。動作の一つ一つから感情がダイレクトに伝わってくる。だから距離が近く感じる。映像で見ているのと大差ない……いや、それ以上の近さを感じた。
「今のオレには、多分出来ない」
役者にもタイプがある。オレやあかね、姫川は憑依型。フリルや有馬は俯瞰型。憑依型は感情の掘り下げに優れ、俯瞰型は表現力に優れている。どちらがどうと言うわけではないが、演劇においては恐らく俯瞰型の方が向いているだろう。
「私もララライで長くあの人と仕事してるけど、あの領域にはまだまだ辿り着いてないなぁ。私ってキャラの考察とかイメージが台本に沿ってればそこそこ良い演技できてると思うけど、脚本と原作でキャラに差があるなんてよくある事。そういう時、私は100%の演技ができてるとは思えない」
「オレは恐らくあかね以上だ。カメラ演技の経験しかねぇからな」
カメラだったら口元や眉の動きだけで感情表現できるが、演劇はそうはいかない。感情が動けば身体も動くものだが、アクアの心象表現はリアル過ぎて舞台では伝わらないだろう。掘り下げた感情を全身で表現する技術に欠けている。
「感情の掘り下げっていうのは役者なら誰もがやってる。けどアクアは内面に深く潜りすぎて、いざ演技となると表面に浮かび上がってくるのはせいぜい首から上まで。全身浮かび上がるどころか数メートルジャンプするくらいじゃないと演劇じゃ通用しない。衝動的で大胆な感情表現させれば天下一品なんだろうけどね」
「その点、フリルちゃんはアクアくんとは真逆だね。フリルちゃんはどんなキャラを演じてもどこかにフリルちゃんらしさが香る。自分の魅せ方を誰よりもわかってるからこそ誰よりも美しい。表現力極振りの演技。そりゃ売れるわけだよ。千年に一人の美少女って言われるのも頷ける」
「監督や演出家さんなんかからはつまんないってよく言われるけどね」
「ま、媚びた演技に見えなくもねーからな。精度高すぎてパンピーにはわからねーけど」
「私の
「でも、最近はそうでもない」
アクアの脳裏に衝撃を与えたあの時の演技が蘇る。何不自由なく育った天才が初めて敗れたシーン。滝のような汗の中に一筋の涙を紛れ込ませた、あの怪演を。
「アレは感情の掘り下げをやってなきゃ出来ない演技だ。初めて見た時、正直ビビった。一生敵わないかもしれないと思わされた。フリルはもうただ美しいだけじゃないよ」
「アクアくん、よく知ってるね……それってかなり最近放送されたヤツなのに。フリルさんの出演作、チェックしてるんだ」
「強要されてただけだ」
嘘ではない。付き人として帯同させられたら嫌でも目に入る。強要と言い換えても、こじつけではあるまい。
流石に怒るかと思い視線だけをフリルに向ける。意外なことに怒ってはなかった。笑ってもなかった。何かを見つけたように、目を見開いてオレを見ていた。美しさというフリルの仮面。それが完全に剥がれ落ちていた。
「───フリル?」
「驚いた」
「何が?」
「貴方はこんなにも早く、私の
「───ちゃんと聞いてたか?オレはまだお前には遥か及ばないって話をしてたんだが──」
話が中断される。電子音が部屋中に響き渡った。どうやら誰かの携帯が鳴ってるらしい。
───って、あれ?この曲……
「『
カントル最初の曲。オレが初めて詩をつけて、ナナさんが曲をつけた、オレ達のためだけの曲。コレがまさか他人から、しかもフリルの携帯から聞けるとは思わなかった。
「着メロ何使ってんだよ……よく音源手に入れられたな」
確かにネットにも上げたし、インディーズバンドのCD売ってる店行けばカントルの曲ならまだ手に入るだろうが…
「私は私が良いと思ったものならなんでも使うよ。メジャーもインディーズも関係ない。コレは良い曲。特に詞が良い。私的にお気に入りなのは一番から三番までの詩全てで一つの物語になってるところが───」
「解説しなくて良いからさっさと出ろ」
自分が作った詞を解説されるのって結構恥ずかしい。ああいうのはリズムや音に乗ってるから言えることであって、何もなしだとただのポエムだ。
───ん?
ディスプレイを見て眉を顰めるフリルに、違和感というか、珍しいものを見た気になる。トラブルもチャンスもなんでも楽しむこの女が不快そうな顔をしたところをオレは初めて見たかもしれない。少なくとも、美しさはまるで感じなかった。
「はい、フリルです。社長、今日は私電話出ないって言いましたよね───そういうの、今日は断ってくださいって頼んだはずですけど───随分動き早いですね。相手もさすがといったところですか。わかりました。戻ります。迎えは……はい、ホテルオーカワです。お願いします。それでは」
通話を切る。そしてまたも珍しいものを見た。所在なさげに、申し訳なさそうな顔でオレを見つめてきた。こんな弱気なこいつは初めて見た。
「───会話の内容で大体分かったと思うけど…」
「仕事だろ?いいよ、行ってこい」
オフの日に呼び出されるなんてオレすらよくあること。不知火フリルであればほぼ日常だろう。同情こそすれ、怒りはまるで湧いてこない。
「ごめんなさい。今日は一日付き合うって約束したのに」
「気にするな。不知火フリルと付き合ってんだ。この程度のトラブルは想定内だよ」
「せめてアフタヌーンティー代だけでも置いてくよ」
「野暮天。男が一度奢ると言ったものを撤回できるか。いいから行け」
オレとていつ同じ立場になるかわからない。そして同じ立場になった時、面倒くさくさせないためにもこういう時にちゃんと貸しを作っておいた方がいい。フリルはこの手の貸し借りに関してはシビアだ。
流石にホテルの外までは無理だが部屋を出るところまでは見送ろうと立ち上がる。フリルも既に扉の前まで移動していた。でも何故かそこで立ち止まっている。まだ後ろめたいのかな、と少し心配していると躊躇いがちに口を開いた。
「…………約束破った方がこんなこと言うの気が引けるけど、あっさり許されるのもシャクね。ちょっとくらい怒ってくれた方が私は嬉しいよ?」
「怒らない怒らない。オレ怒るってキライなんだよ。基本的に非生産的なことにしかならねーからな」
「…………ホント、自分の危険に関しては結構鈍いよね、アクアは」
「?」
どういう意味か、問い詰めようとしたその時、急に振り返りこちらへと走ってくる。なんだ殴られるのか、と身構えた時には遅かった。ダイブするような勢いでオレへと飛びつき、倒れまいと踏ん張った時には何ヶ月見ていても飽きる気がしない美しい顔面が焦点の定らないほど至近距離に迫り、声を上げようとした時には自分のそれとは比べ物にならないほど潤いと弾力のある唇でオレの声を塞いでいた。
「そういうこと言われると、怒らせたくなる人間だってこと、貴方は知ってるくせに」
「───何しやがるこのクソアマぁああああ!!?!」
「あはは。じゃーね!この埋め合わせはいつかまた!」
「二度と戻ってくんなぁああああ!!」
怒声から逃げるように扉を閉める。フンと大きく息を吐くと椅子に座り込み、グジグジと口元を服で拭った。
───気のせいかな。アイツ、いつもより……
ゾクリと背筋に寒気が走る。先程己が発した怒気など比べ物にならない怒りと殺意が背中から立ち昇っているのがわかる。恐る恐る後ろを向くと、これ以上ない満面の笑みで佇むあかねの姿があった。
怒りってやつは通り過ぎると笑いしか出てこないとは言うが、どうやらフリルだけでなく、あかねもそのタイプらしい。
「…………今のに関してはオレ悪くないだろう。不意打ちじゃねーか」
「え?なにが?何か悪いことしたの?私別に何も怒ってないよ?」
「…………なら、良いんだけどよ」
「ところでアクアくん、相談があるんだけど、この後って時間ある?」
「今日は何時でも付き合いますよ、あかねさん」
「良かった。それならコレから少し私に付き合って」
荷物を纏め始める。まだケーキスタンドにスイーツは残っていたが、もう食べる気はないらしい。オレも黙ってあかねに従った。
「…………ちなみにどこ行くつもりだ?」
「アクアくんの感情演技のレッスン。ビシバシ行くから覚悟してね」
───あ、コイツ稽古にかこつけてオレをいじめるつもりだ
前を歩く青みがかった黒髪の美少女の魂胆に薄々気づきながらも、アクアはただ付き従うことしかできなかった。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
最新話ヤバいですね。ネタバレになるからあまり多くは書きませんがアクア重曹ちゃん好きすぎだろ。もはやアイ超えてんじゃねーか?
原作であんな爆弾落としていいならこっちも負けてられない気になりますね。ちょっとコレはやり過ぎかな、と思ってた話、やっちゃおうと思うほどの衝撃でした。どんなストーリーかは今後をお楽しみに。やるかどうかはわかりませんが。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければモチベーション爆上がりです。質問等も大歓迎です。本編には載せてない設定とかもありますので。時間がかかっても感想には必ず返信します。