【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

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蒼い惑星ひとりぼっち
空っぽを埋めるために蒼い惑星は光を求め
求められた星達は舞台という星座を作る
同じ星に惹かれた不協和音を伴いながら


51th take 現状把握のカルテット

 

 

 

 

 

才能のある人が好きだった。

 

演技でも、音楽でも、美術でも、ジャンルはなんでもいい。どの分野であろうと光るものを持っていて、それを磨いていて、オレが美しいと感じられる何かを作り出す人が好きだった。

 

そういう人は自分に自信を持っている。

 

もちろん才能ある人にも色々なタイプの人がいる。いつも明るくて和の中心にいる人。逆に普段は暗くてひっそりと影の花になっている人。普段は平凡な人とほとんど変わらない人。本当に色々だ。

 

しかしどの人も、自分のジャンルになると目の色が変わる。

 

この場の誰より自分が優れている。この場の誰より最高のものが作れる。私こそが一番だと、疑いもなく信じている目になる。

 

そういう人の目にはいつだって光がある。人を惹きつける何かがある。空っぽなオレにとって、その光はとても眩く、そして魅力的だった。そういう目をした人が好きだった。

 

いつからだろう。そうじゃなくなったのは。

 

いや、少し違う。今でもそういう目をした人は好きだ。だけどオレが一番好きな目はそういう目ではなくなった。

 

才能ある人が好きで、そんな人になりたくて、その人に近づき、言葉を重ね、手を重ね、身体を重ねた。重ね続けてきた。

 

そしてそれは唐突に訪れた。

 

才能ある人の目から、光が消えてしまう瞬間。

 

その状況は人によって様々だ。何気ない雑談をしている時。食事を共にしている時。デートしている時。セックスしている時。本当に唐突に。なんの前触れもなく訪れる。

 

自分が一番と思っている人が、そうでなくなる。そんなことどうでも良くなる。オレのことが一番になる。そんな瞬間に人は目から光を失った。消える瞬間に強く輝きを放ったりなどしない。消えるべくして消える。

 

けれどオレは、消える瞬間の、あんなに眩しかった、星のようだった光より。

まるで陽炎のように頼りない。けれど確かにまだ輝きが残るあの最後の一瞬が好きになった。

 

目の光が消えるのと、その人から才能や技術を大方吸収し終えるのがほぼ同時期だと気づいたのは、中学の半ばくらいの頃だった。

 

才能ある誰かの光を自分のモノにした時、オレの中の欠けた何かが満たされる。

 

それはまた時間と共に欠けていき、最後には無くなってしまうけれど、その瞬間だけはオレの心が熱くなる。

オレのために光を失い、オレのことがその人の一番になったと実感した時、空っぽなオレの中に価値が生まれた気がする。オレは生きていると、世界に存在すると感じられる。

 

人には言えない。オレにしかわからない、オレだけの充足。

 

才能ある人が好きだった。才能ある人にしかない光が好きだった。その光がオレのものになる瞬間が大好きだった。

 

そんなオレが嫌いだった。

 

こんな事でしか生きている実感を得られないオレが。こんな事で興奮を、高揚を、愉悦を、感じてしまう自分が、大嫌いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

陽東高校は日本に数少ない芸能科が存在する高校である。女優や俳優はもちろん、音楽家、声優、アイドル、果ては歌舞伎役者まで、多種多様な芸能人の卵たちが集う。この高校は規模の小さな芸能界といっても過言ではない。

 

しかし教育機関としては世間にいくらでもある普通の高校とほぼ変わらない。出席日数に多少融通がきく程度で、単位を落とせば普通に落第するし、カリキュラムに関してもほぼ差はない。

 

故に学校行事も普通に執り行われる。

 

むしろココは普通の学校より力を入れているくらいだ。芸能人の卵達が集う学校とはいえ、本格的に芸能活動をしている生徒など数えるほど。ほとんどの学生達は日の当たらない場所で下積みをこなしているのが現状だ。日の目に当たるところに出たくても出られないのがほとんどの生徒の事情。

 

しかし学校行事は生徒であれば誰でも参加可能な舞台。一般にも門戸を開き、人の目に触れてもらえる貴重な機会。今時は誰でも撮影してネットに動画を上げられる時代。何がバズるかわからない。イベントに対する熱量が普通の高校より高くなるのは必然だった。

 

そして熱とは飛び火するもの。本来芸能科とは関係ない普通科の生徒達も、たまには芸能科の連中を見返してやると言わんばかりに気合いが入っていた。

 

もちろんアクアが所属するクラスも例外ではない。

 

陽東高校文化祭。舞台演劇やライブ。ファッションショーが学生レベルを遥かに超えるクオリティで執り行われるこの日は沢山の一般客でごった返し、訪れた人の多くは普通科が開いている飲食店や休憩室を利用している。

 

アクアのクラスも飲食店という括りになるだろう。接客する人間の衣装が少し特殊な事を除けば。

 

「おかえりなさいませ、お嬢様」

 

1-A執事喫茶。ホールを担当するのはクラス選抜のイケメン達。その中に星野アクアが入っていないはずもなく──

 

「おかえりなさいませ、お嬢さ──ま゛っ!?」

「いぇーい、お兄ちゃん。仕事してるー?」

「あはは……アクアさん、お邪魔します」

「へぇ、そういうのも似合うじゃない。私の親友(ジョバンニ)

 

ルビー達が彼の姿をからかいに来るのも必然の流れだった。

 

「おい、誰だあの子。可愛いー」

「芸能科の生徒だよね……アクアくんにソックリ」

「双子の妹さんがいるって聞いてはいたけど…」

「遺伝子強すぎない?」

「親の顔が見たい…」

「絶対美形」

「桃色髪の子って寿みなみだよな?」

「グラビアで見るよりキレー……あとデカい」

「スタイルがいいって言ってあげなよ……しかしデカい」

「もう1人は……なんか名前を出すのも烏滸がましいっていうか」

「名前を言ってはいけないあの人」

「不知火フリル」

「言ってんじゃん」

 

客、スタッフ問わずヒソヒソと囁く声が聞こえてくる。こういう時無駄に良い聴覚や嗅覚がイヤになる。世の中聞こえない方がいいことはあるし、嗅覚良くて良かったと思ったことなんて一度もない。いい匂いがすれば腹が減るし欲が湧く。イヤな匂いがすれば単純に不快になる。感覚が優れていて良かったと思ったことはこの眼の良さだけだ。

 

「お帰りやがりませ、お嬢様方」

「店長さーん。この執事、お嬢様に暴言吐きまーす」

「店の迷惑だから帰りやがりませお嬢様」

「授業参観みたいなものだよ。どうせお兄ちゃん普通科でボッチなんでしょ?」

「余計なお世話でございますからとっとと失せろでございます」

「まーまーアクアくん!良いじゃないか!可愛い妹さんを邪険にするものじゃないよ!ささ、ご案内して」

「あ、貴方がオーナーさんですか?私たちこの執事指名で」

「フリルお嬢様。ここはそういう店ではございません」

「どーぞどーぞ!煮るなり焼くなりご自由に!」

「川上、後で覚えてろよ───ご案内いたします。こちらへどうぞ」

「アクアくん、お嬢様方を外に誘導しようとしない。ちゃんとテーブルに案内して」

 

クラスメイト達の裏切りに遭い、渋々テーブル席へと誘導する。テーブルに備え付けられたメニュー表を広げた。

 

「ふーん、メニューはカップオムライスとコーヒー、紅茶だけなのか…まあ学生の喫茶店なんてそんなものね」

「でも、ソースは3種類から選べるんやね。ケチャップとホワイトソースとデミグラス」

「お兄ちゃん作れば良いのに。大抵のものは作れるでしょ?」

「ホールスタッフがキッチンまで手を回せるか。火を使わずレンジだけで調理やろうと思ったらこの程度が限界だ」

 

火器を使うとなると、いろいろ手続き面倒だが、電子レンジだけならあっさり許可が降りた。カップオムライスならレンジでできるし、コーヒーも紅茶もケトルで淹れられる。料理ができない生徒でもこれなら仕事が等分で負担できる。

 

「味は……可もなく不可もなくだね」

「電子レンジ製のオムライスに期待すんな」

「でも紅茶とコーヒーは執事さんが淹れてくれるんですね」

「一手間くらいは惜しみませんよ、お嬢様」

 

ジャンピング。カップとポットの距離を高く開き、上から注ぐ。茶葉に沸騰したお湯を勢いよく注ぎ込み、空気を混ぜ、撹拌によって味と香りを引き立たせる淹れ方。付き人時代、不知火フリル直伝である。

 

「なんかみなみちゃんと私たちの差、激しくなーい?」

「どーせみなみさんはこの傍若無人ワガママお嬢2人に連れて来させられたんだろーが。当然だ」

「ワガママお嬢様からお願い。執事さん。可もなく不可もないオムライスに美味しくなる魔法、お願いしても良い?」

「おい死くなーれ、ふわシネはーシネもえシネキュン」

「この執事こわーい。SNSにあげていい?」

「勝手にしろでございます」

 

ようやく接客から離れると外は人混みでごった返していた。それも当然。芸能科でまともに仕事があるみなみさんだけでも十分な宣伝だというのに、あの不知火フリルがいるのだ。人が集まらないはずがない。

 

「アクア!コッチヘルプ!」

「おかえりなさいませ、お嬢様」

「執事さん!写真一緒に良いですか!」

「あちらに写真館がございますので、整理券を取ってお待ちを。お待ちの間、どうぞお寛ぎください」

 

人をさばく方へのヘルプに入る。混雑は変わらなかったが、目に見えて喧騒が収まり、整然とした列へと変化していった。

 

「…………なんだ。ボッチかと思ったら、そうでもないじゃん」

 

クラスメイトに頼られ、協力しながらイベントに当たる兄を見て、妹が安堵の嘆息を吐く。普通科の中にも兄の居場所はありそうで安心した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ私たちそろそろ出るね」

 

しばらくオムライスと紅茶、そして雑談を楽しんだ後、ルビーとみなみさんの2人は店から出て行く。やっとか、と内心で喜んだが、少し違和感が残る。フリルはまだテーブルに残っていた。

 

「実は私とみなみちゃん、ファッションショーのモデルやってって頼まれちゃっててさー。ランウェイ歩くんだー。お兄ちゃんも暇なら見に来てよ。じゃあね」

「ご馳走様でしたお兄さん、また」

 

テーブルを立って教室から2人が出て行く。1人残されたフリルの空のカップにおかわりの紅茶を注ぎ込んだ。

 

「フリルは?」

「私はパス。そんなのに出ちゃったら会場の注目全部持ってっちゃうから」

「腹立つが事実だな」

「今日の芸能科は私や貴方が上がっていい舞台じゃないの」

 

言わんとすることはよくわかる。今日は一般客だけじゃない。パンピーに紛れてスカウトや芸能関係者も何人か訪れている。そういう人たちにアピールできるチャンスの場。そんな場所に不知火フリルが出てしまっては何もかも台無しだろう。彼女なりの気遣いを感じた。

 

「私たちが立っていい方の舞台さ、みんな面白いね」

 

2人きりになった途端、仕事の話を振られる。どうやらこの話をしたくてウチのクラスに来たらしい。

確かに今回の舞台、キャストは粒揃いだ。

 

周りの演技を綺麗に受ける有馬かな。

 

地力が高いララライの面々。

 

天才の評価に相応しい没入を魅せる黒川あかね。

 

「その中心で一際眩しい異才を放つ、星野アクア」

「なんだそりゃ」

「貴方の光に照らされて才能ある星達も輝き、その輝きに照らされた貴方はさらに光る。影打編の主演組は今最高の循環の中にいる。その中心に座すのは間違いなく星野アクア」

「お前に言われても皮肉にしか聞こえないな。『太陽』不知火フリル」

「ヒネてるなぁ、私の親友(ジョバンニ)。心からの賞賛なのに」

「主演組なんて小さな枠じゃなく、舞台全体の中心がお前達だってことくらい、オレだってわかってる」

 

誰よりも美しくあり、燃え盛る熱を持つこの女に、オレが中心にいるなど嫌味もいいところ。実際確かに途中まではオレが中心だったと思う。しかしその座はあっという間に持っていかれた。姫川大輝と不知火フリル。この2人に。

まだ本読みと稽古を少しやっただけだが、それだけで充分解る。明らかに別格。上手いとか下手とか、そんな言葉で説明できない、怪物の存在。

 

『渇く』

 

姫川大輝の演技が脳裏に蘇る。無意識に人の視線を集める何かの持ち主。

 

『俺の中の渇きと飢えが、収まらない』

 

まだ本読み段階で鬼気迫るあの表現力。

 

『幾ら酒を飲んでも、姫を抱いても、返り血を浴びても、渇きが癒えない』

 

観客だけじゃない。共演者にすら、「俺を見ろ」と強制するかのような引力。

 

『姫の懐刀である事に不満はない。戦いに飽いてもいない。全てにおいて、俺はそこそこ満ちているはずなのに』

 

自信、覚悟、才能、狂気。それら全てがオレ達から境界線を奪う。観客席からでもあれだけ近く感じたのだ。共演ともなるともはや脅迫に近い。

 

『誰だ……俺の渇きと飢えを満たすのは』

 

コレが月9主演を務め、帝國演劇賞最優秀主演男優賞受賞。世代No. 1俳優、姫川大輝。

 

そしてその引力を付き従える刀鬼より上の存在。そう、刀鬼は懐刀。渋谷クラスタNo.2だ。No. 1は彼のオーラを超える人間でなければいけない。

 

姫川大輝相手にそんなことができるのはこの場では不知火フリルしかいない。

 

『新宿の連中を……皆殺しにしてやりなさい……!』

 

内気で気品があり、人を殺める事に葛藤を抱く慈悲深さと上に立つ者が果たすべき義務を知っている。優しさと帝王学を併せ持つ少女。少し暗い、だからこその威圧感を持つ。それが鞘姫というキャラクター。普段太陽に例えられることが多いフリルとは真逆と言える。しかし、だからこそ完璧に鞘姫を演じつつ、フリルらしさを匂わせる演技はオレの背筋を寒くした。

 

姫川大輝と不知火フリル。この2人の相乗効果が作り出す悪役(ヴィラン)特有の闇は、主役側(オレ達)の光を余裕で塗りつぶした。

 

「まだ本読み。誰もがまだキャラクターを掴み切ったとは言えない段階で、あの完成度。ここからまだまだ上がるのかと思うとゾッとする。このままじゃオレが殺されるな」

 

現段階で舞台演劇のクオリティとしては及第点程度は出来ていると思う。むしろ噛ませ役としては満点かもしれない。このまま舞台をやっても批判はされないだろう。

だが恐らく賞賛もされない。オレの出演など姫川に食い潰され、人々の記憶から消えてしまう。

 

「さてはて、どう戦うか……今のところ打開策は見つかってねーな」

「ふーん、そう。意外と弱気ね」

「怒った?」

「ううん。客観的に自分を見れてるみたいで安心した。本番までまだ1ヶ月以上あるんだし、焦らず急いで頑張って。間に合わなかったら介錯くらいはやってあげる」

 

ありがとよ、と一言ぼやき、カップの紅茶を奪って飲み干す。なんか文句くらい言われるかと思ったが、特に何も反応はなく、口元に笑みを浮かべていた。

 

「どの人にも特徴がある。今ガチとは違う意味でキャストに恵まれてるね」

「そうか?有馬とか今のところ結構つまらねぇだろ」

 

前半はオレとの共演が多いからわかる。確かに上手い。特に受けに関してはオレ以上。一緒に演ってるとやりやすいし、オレがより引き立つ演じ方をしてくれている。だが……

 

「テメェを安く見積もりすぎだ。もっと自分本位に演ってもいいだろうに」

「でもああいう人って舞台に1人いるとすごく助かるから。狙って泥臭い演技できる人は色んな人が使いたくなる。これから彼女は上がってくると思う。私にはもう出来ないタイプの女優さん」

「…………泥臭い役者、か」

 

演劇といってもヒーローのかっこいいシーンばかりではない。脇役や敵役、憎まれ役のシーンは必ずある。そういう所に使える役者を目指す、というなら悪くはないが……

 

───お前はそういうタイプじゃねーだろ

 

アイツがどんな時に一番輝くのか、知っているからこそ自分を安く見積もる有馬に苛立ちが募る。オレはお前に照らして貰わなきゃいけねーほど脆弱な光かと怒鳴りたくなる。

 

「みんな面白い。有馬さんも、有馬さんに敵愾心メラメラのあかねも、もちろん姫川さんやアクアも。この仕事引き受けてよかった」

「鳴滝もか?」

「あははっ。ある意味彼が一番面白いよね。みんな上手なのに1人飛び抜けてヘタ。私の共演者であんなヘタな人久しぶり。かえって珍しくて、笑っちゃいそう」

 

酷い言いようだが、あながち的外れとも言えないのが痛い所だ。

 

「自覚がなかったらまだ気楽なんだろうけど、彼の場合自分がヘタなのわかってるから、より背伸びしようとして、出来ないことまでやろうとしちゃって、空回る。見てて懐かしい。私にもあんな時期があったなぁ」

「あったのか、お前にもあんな時期」

「勿論。誰だって最初はヘタだよ。ヘタを自覚してからが芸達者への第一歩。アクアだってわかるでしょ?」

 

勿論、痛いほどわかる。ここに来るまででオレは10年以上かかっているのだから。ダーニングクルーガー効果で言えばオレの位置は10年の経験を経て少しずつ自信とプライドを持ち始めているくらいの頃合い。鳴滝は短慮による根拠のないプライドが崩れ、自信を失い始めた状態。フリルは真の実力を得て実力に相応しいプライドを備えている状態といったところだろう。

 

「ね、文化祭の仕事、何時まで?」

「昼には上がらせてもらうつもりだ」

「なら今日は一緒に稽古行こう。待っててあげる」

「いいけど、仕事上がってももう少しオレは学校残るぞ」

「なんで?」

「ルビーのファッションショー観ていくから」

「…………シスコン」

「ほっとけ」

「ルビーも大概ブラコンだけどね」

 

立ち上がる。喫茶店内の写真館へ入っていくと常備しているらしい簡易な変装道具で顔を隠して出てきた。

 

「しょうがないから私も付き合ってあげる。久々に観る側に回るのも楽しそうだし。その代わりアクアは執事の格好のままでいてね」

「なんで」

「お忍びのお嬢様と専属バトラーって感じがするじゃない」

 

手を差し伸べてくる。蜂蜜色の髪の執事は一度諦めたように嘆息すると、恭しく帽子を目深に被った黒髪の令嬢の手を取った。

 

「ショーの会場までエスコート、お願いね」

「As your wish, my lady」

 

喫茶を出た後、2人でショーの観客席へと向かう。芸能科の生徒には特別席が用意されていた。まして来たのは不知火フリル。どこであろうと顔パスだろう。同行していたオレも特別席に座ることを許された。

しばらくしてショーが始まる。流石は芸能科のファッションショー。衣装のレベルも高いし、モデルもほぼプロと言っても過言でない生徒達。

寧ろルビーはモデルウォークとか練習してないのバレバレで浮いてて、身内として観てて少し恥ずかしかった。

 

「ルビーにTGCはまだ早そうね」

「アイドルすら半人前だよ、アイツは」

 

ルビー以外学生とは思えぬクオリティで執り行われたショー。概ね盛況の末、拍手喝采で幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

舞台の稽古期間は1ヶ月と少し。昼集合で夜解散の大体7〜8時間。掛け持ちしている人も多いため、なかなか全員は集まらない。

 

アクアは今回のメンツの中ではまだ時間に融通がきく方だったが、例外ではない。雑誌の撮影やCMの録りで離れることもある。しかし今日だけは何としても頭から稽古に出ることを優先している。なぜなら───

 

「今日は原作の先生来るんだよね。楽しみだなぁ。どんな人なんだろ」

 

そう、今日は鮫島先生が稽古の様子を見学に来られる日。事前にスケジュールを聞き、いつならオレが頭から最後まで出れる日か確認されている。

 

『先生。お会いするのは楽しみにしていますが、オレとは他人のフリでお願いします』

 

キャスティングに関してコネがあったと知るのはプロデューサー等を除けばオレとフリルだけ。しかし此処で親しげな態度をキャスト陣に見られて仕舞えば、ダブルキャストの裏に気づく者が出てくるかもしれない。

勿論バレたとしても実力と結果で黙らせる自信はある。だけど面倒な諍いが起きるのもごめんだ。ただでさえフリルと姫川に追い詰められている現状。これ以上マイナスファクターを作るわけにはいかない。

 

「アクアくん?聞いてる?」

「聞いてる聞いてる。鮫島先生来るって話だろ?綺麗な人だって噂だけどな」

「作品だけじゃなくて本人のファンだって人もいるくらいだしね。でも私は作家として尊敬してるよ。こんな面白い作品描いてる人だもん」

「才能ある作家なのは間違いないだろう」

「…………アクアくん、気になる?」

「なにが?」

「だってアクアくんの好きなタイプでしょ?美人で才能ある人」

 

当たっている。流石の分析能力だ。ここで変に否定するのは愚の骨頂。微笑を浮かべ、軽く頷いた。

 

「そうだな。オレにとって魅力的な興味対象であることは否定しない」

「…………そこはウソでも違うって言って欲しかったな。一応私、貴方の彼女なんだけど」

「ウソなんてつかねーよ、特にあかねにはな。ついたってすぐバレるだろ」

 

分析能力だけでいえばオレは勿論、フリルすら超えるかもしれない。あかね相手に下手なウソは逆効果だ。

 

だから、真実だけで偽る。

 

「でも、今のオレの彼女はあかねだけだ。そこは胸を張って断言できる」

「…………私の彼氏も、アクアくんだけだよ」

「ありがとう」

「こちらこそ」

 

一瞬だけ手を握り合う。監督と現場責任者がスタジオに入ってきたのを確認したからだった。

それでも目敏く2人の仕草を見ていた人間は二名ほどいたが。

 

「今日はスペシャルゲストがお越しでーす!」

「あ……えと……こんにちは」

 

雷田の後ろから身体を小さくした人影が現れる。首筋まで伸ばした少し癖のある黒髪。自信なさげに揺れる黒の瞳。俯き加減の表情はせっかくの整った顔立ちを暗く落としている。

 

鮫島アビ子。東京ブレイドの原作者にして、売れっ子作家だ。

 

「私は付き添いの吉祥寺と申します」

 

一緒来ていた吉祥寺先生が鮫島先生の紹介をする。こういう挨拶が苦手な人だということはオレなんかよりあの人の方が遥かによく知っているだろう。鮫島先生から吉祥寺先生に付き添いを頼んだのかもしれない。なんだかんだあの人も弟子に甘い方だ。

 

「吉祥寺先生!お久しぶりです!」

「有馬さん!『今日あま』の打ち上げ以来ですね!お会いしたかったです!」

 

手を合わせ、2人とも嬉しそうに再会を祝う。多少歳の差はあるが、この辺りは流石女子同士といったところだろう。きゃっきゃうふふする姿は見ていて微笑ましい。

 

「アクアさんも。またお会いできて嬉しいです」

「ご無沙汰しておりました、吉祥寺先生。光栄です」

 

笑顔ではあったが、有馬に向けていたものより真剣な目つきで挨拶される。この人とは良き知人としての関係を構築しているが、それ故に一定の警戒もされているようだ。

 

「先生、おひさっす」

「……………………………あ、ども」

 

───塩いなぁ、無理ないことだが

 

話しかけてきた相手が鳴嶋と認識するとオレの比ではないほど一気に笑ってない目になった。

 

「わかっちゃいるけど……やっぱり塩対応だな」

「作家にとって作品は我が子同然だ。自分の子供のバラバラ猟奇殺人事件実行犯の1人相手に神対応はできねーだろうさ。ちゃんと挨拶返してくれるあたり、先生はまだ人間できてる」

「…………そう、だよな」

「先生、はじめまして」

 

あかね達が挨拶しようとすると、サッと吉祥寺先生の後ろに隠れる。吉祥寺は鮫島に挨拶を促すが、「イケメンと美少女は目を合わせただけでテンパる」と呟き、挨拶を拒んだ。

 

───美形苦手の根本は変わってないか

 

心中で笑みが漏れる。かつてアクアも同じ扱いをされた身だったから特に不快には思わなかった。それはララライキャスト陣も同じらしい。まあ作家でコミュ力欠けてるのは役者内ではあるあるだ。

 

───オレも挨拶しないわけにはいかないな

 

鮫島先生に言葉だけでも届けるために近づく。すると偶然か、それとも探していたのか、左右に彷徨っていた目線が合う。

 

───あっ、ヤバ

 

その日、初めてアクアに動揺が走る。自分が何かやらかしたというわけではない。だからこそ先生に起こった変化に動揺した。

 

一瞬にして、目の色が変わる。

 

引っ込み思案を絵に描いたようにオドオドしていた態度が、行き場なく泳いでいた目が、たった1人を認識したことで一変する。表情はパッと明るくなり、瞳が一気に輝きを増す。目は口ほどに物を言うとはまさにこのこと。

 

───そしてオレもまずった。ヤバいって顔しちまった

 

頬を軽く叩く。アクアの動揺も後悔も刹那のうちに消えたが、この変化の意味を理解してしまう者が、吉祥寺とフリルの他に三名いた。

 

───えっ、アビ子先生とアクアって知り合いなの?

 

先ほどまで吉祥寺のそばにいて、その変化を誰よりも近くで見た有馬かな。

 

───アクアくん……知り合い、なんてレベルじゃなさそうだね

 

人の感情の変化の察知。分析能力に優れ、誰よりも深い人読みをする黒川あかね。

 

才能ある人が好きだった。才能ある人にしかない光が、その光がオレのものになる瞬間が大好きだった。

 

けれどその瞬間を人生で初めて見逃した。同じ顔に三つも囲まれては全てを認識するのは不可能だった。

 

「───絶望しかねぇよ」

 

一番後ろで眺め、3名の空気が変わった事に気づいた姫川大輝は、大きく息を吐いた。

 

 

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
今回の四行詩は勿論ぼっち・ざ・ろっくからの引用です。
筆者、流行り物には逆らいたくなる嫌な性格をしているのですが、友人に勧められて視聴しました。神曲だらけで感動しました。『星座になれたら』と『ギターと孤独と蒼い星』を聴きまくってます。特に『ギターと孤独と蒼い星』
ぼっちちゃんの心の叫びを歌にした曲だと分かっていますが、めちゃ拙作のアクアと重なるところが多くてビビりました。だから友人が勧めてくれたのですが。ぼざろで二次創作書きたくなったなぁ。ウチのマリンぶっ込んで。でも難しそうだなぁ。ぼざろ二次創作既にいっぱいあるし。わざわざ筆者が書く必要はないかなぁ。ちなみに今話冒頭は最新話との対比。アクアはあそこまでイッてないけど受け継いでるところはあるって感じです。半身は天使で半身は悪魔。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければモチベーション爆上がりです。時間がかかっても感想には必ず返信します。
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