【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

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好意の反対は無関心
愛と憎悪は紙一重
窮地を好機と捉えるか
それは貴方の星次第


52nd take ノートの差

 

 

 

 

 

 

 

「よろしくお願いします」

 

アクアさんの手を借りて、ようやく完成した脚本家と原作者、プロデューサー等その他裏方対談の場。ネットワークカメラを使ってお互いの顔と声を聞きながら、保存されるテキストデータをクラウドで保存、共有する。通話しながら修正を重ねる共同制作の環境。プロデューサーが許可できるギリギリのラインを見極め、提案してもらった。

 

───渋々っぽかったけど、プロデューサーさんはOKをくれた

 

その報告をするとアクアさんは「でしょうね」と笑っていた。

 

「コレやると原作者と脚本家って仲良くなるか悪くなるかのどっちかなんですよ。揉めるレベルが爆上がりして企画そのものがポシャるなんて可能性も普通にあります。仲介屋としてはやりたくはないけど許可できなくもない最低ラインです。渋るのは当然でしょうね」

 

けれど、脚本が難航している現状、何らかのカンフル剤は不可欠。キャストもそろそろ稽古に入らなければいけない時期。この辺りで着地点を作らなければ本当にポシャる。

 

「それに、先生と脚本のGOAさんは相性悪くないと思いますよ」

 

大事なのは認識のズレを正すこと。なにを許せてなにを許せないか。そのラインが分かればきっと良い脚本が作れる、とアクアさんは言っていた。私も脚本の舞台は見た。ステアラを知らなかったというのも大きいが、それを差し引いても脚本センスが悪いとは思わなかった。

 

「ココとココはカットしていいです。その代わり刀鬼にこのセリフを足してください」

「それやると大分原作と展開離れませんか?」

「展開が変わるのは良いんです。大事なのはキャラクターなんで」

「…………なるほど。先生の許せるラインがわかってきました」

 

アクアさんの言った通りだった。それからディスカッションを重ねていったが、彼のセンスは悪くない。私がやりたいこと、書きたいことに理解を示してくれるし、舞台脚本家ならではの私にない引き出しも持っている。もっと喧嘩してしまうかと思った脚本作りだったが、最後の方はお互い笑っちゃうほど意気投合してしまった。

 

「ありがとうございます。皆さんの協力のおかげでかなり良い脚本が出来ました。役者さんが演じるシーンが目に浮かぶようです」

 

脚本は私から見てもかなり満足のいく作品に出来上がった。プロデューサーさんや関係者の人たちは青い顔してる。実際この脚本を演じるのは難しいことくらいは私にもわかる。だけどクリエイターの目で見たら間違いなく良い脚本だ。ココから先はまた別のプロの仕事。彼らと役者さん達次第だろう。作者としての仕事は終わった。

 

───だからこそ、ここからは私も私情の時間

 

「あの、この舞台のキャストって、私の希望を言っても良いですか?」

 

カメラ前で全員がぎょっと目を見開いたが、すぐに落ち着きを取り戻す。原作者からこの手の提案をされるのはよくある事。ファンの役者や声優を自分の作品に使いたくなるのは当たり前だ。プロデューサーの雷田さんは笑顔を取り戻した。

 

「ええ、勿論。先生の希望を言ってみてください」

「主演のブレイドを、やってほしい人がいるんです。私はブレイドを、ずっとその人をイメージして書いてきましたから」

「ブレイドを、ですか……役者さんの名前は?」

 

ギュッと目を瞑る。連載が決まった時、彼が私にプレゼントしてくれたペン。思い出が詰まったそれを握りしめ、口を開いた。

 

 

「星野アクア」

 

 

カメラの前でも全員が息を呑んだのが分かる。流石に芸能関係者。ここ数ヶ月で急速に売れ始めたこの名前は知っているのだろう。しかし全員が肯定的な顔はしていなかった。

 

「…………先生、流石にそれは…」

「間違いなく才能ある役者さんです。それは皆さんもご存知のはずでしょう」

「ですが、その…!才能以外の大人の事情があってですね」

「私だって大人です。私は誰かに笑顔になってもらいたくて、私の作品を楽しんでもらいたくて、今の仕事をしています。作品のため、ファンのため、そして演じる役者さん達のために今回の舞台もあると思っています。その人達のために力を尽くすのが大人の事情だと思ってます。その理解の上で言ってます。ブレイドは星野アクアにやって欲しい、と」

 

才能と業の両方を背負い込み、芸能界という修羅の世界で戦うあの人。強くて、美しくて、誰が見てもキラキラと光っている人なのに、本当は陰がある。強さと弱さ。光と陰。それを他者に見せないプライド。全てブレイドとアクアに共通している事だった。

 

「私も最初は無名でした。いくら才能があっても誰もが初めは無名です。ですがチャンスの場をもらって、色んな人に支えられてなんとかここまでこれました。なら今度は私がチャンスを与える側に回りたい。もうすでに有名な人だけじゃなくて、才能も努力も実力も兼ね備えているのに日の目を見ない人のために。私の舞台をチャンスの場にしてあげたいんです。お願いします」

 

恩を返したい。私の舞台を踏み台にしてほしい。その想いを込めて頭を下げる。アクアのためなら惜しいとは思わなかった。

 

「………先生のお気持ちはわかりました」

 

口を開いたのは雷田さんではなく、別の人だった。名前は確か鏑木。キャスト陣のサポートをしているプロデューサーのはずだ。

 

「ですが最早国民的漫画といって差し支えない東京ブレイドの主演を、まだ売り出し中の役者1人に任せるのはあまりに重いとは思いませんか?」

「それは……」

 

どうなんだろう。あの人は仕事に関して弱音を吐く人ではないけれど、もしかしたら私がやっていることはただのありがた迷惑ではないのか。そんな不安がこの人の発言で頭をもたげた。

 

「とはいえ、プロモーター側としては先生の希望は出来るだけ通したいと思っています。原作者人格権には同一性保持権というものがあり、先生が許可できないものをこちらが押し通すことはできません。最悪企画全てがポシャります」

「鏑木さん、それは…!」

「そこで、一つ提案というか、折衷案があるのですが、いかがですか?」

「───折衷案、というと?」

「今回の脚本を見る限り、舞台東京ブレイドは第一幕、第二幕の前後編で区切られています。そこでですね……」

 

鏑木さんから提案がされる。それを聞いた時、私にある言葉が蘇った。

 

『今のオレにできるのは、敵役か、主演のかませでしょう』

 

主演のキャスティングが決まった。またもアクアさんの予言通りに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの会議のときから、ある程度はわかっていた。

 

原作者と脚本家のデータ共有による脚本制作。その最終盤になってアビ子先生が突然キャスティングについて希望を述べてきた。主演に星野アクアを起用してほしい、と。鏑木Pの推薦もあって、元々彼は使う予定だったが、割り振る役は準主役の敵キャラ【刀鬼】。これでもちょっと破格のキャスティングだったのだが、彼の出演作や今ガチの動画を見て、納得はした。確かに非凡な、それでいて口で説明できない何かを持った役者だと。鏑木ちゃんが推すのもわかる、と。

 

けれど流石に主演を張るにはまだ実績が足りない。不知火フリルがメインヒロインを務める相手役を演じるには、せめてあと半年は結果を出し続ける必要がある。

 

それは僕以外も同意見だったらしい。星野アクアの名前を出して、即座に納得した人間など、たった1人を除いていなかっただろう。

 

「折衷案があるのですが、いかがでしょうか」

 

そう、ダブルキャストを提案してきた、鏑木ちゃん以外は。

 

舞台演劇において、ダブルキャスト自体は珍しいことではない。

 

星野アクアは前半の影打編。ブレイドが不利な状況でキャスティング。そして逆転し、大団円を迎える後半の真打編。いいところ全部持っていくブレイドを姫川大輝が務めるということで落とし所となった。

 

───しかし、アレだね。アクアくん

 

顔写真とプロフィールが載っているデータに目を落とす。原作者アビ子先生による突然のプッシュ。そして鏑木ちゃんのフォロー。星野アクアは少なくとも2名と強力なコネクションを築いている。

 

特にアビ子先生の方は邪推かもしれないが、ビジネス以外の何かを感じざるを得なかった。

驚きはしない。責めるようなことでもない。芸能界にいる人間なら大なり小なり誰もがやっていることだ。責めていたらキリがない。

 

現場に持ち込まなければ。

 

時間は戻って現在。舞台稽古の見学に来た鮫島先生がアクアを見た途端、表情が明るくなった。

そしてそれを見たアクアが「ヤバい」的な顔をして、さらに「ヤバい的な顔をしたオレがヤバい」的な顔をした。

そんな2人を見た黒川あかねと有馬かなの目つきが変わった。

 

───アクアくんもまだまだ青いなぁ。

 

年齢相応と言ってしまえばそれまでだし、ヤバい顔をしたことがヤバいと自省して即座に無表情に戻ったのも16歳という年齢を考えれば上出来だ。現に前情報のない一般キャストで彼の変化に気付いた者はいないだろう。

 

しかし、アクアに特別な感情があるだろうと察していた監督やプロデューサー。そしてアクアの性格や行動理念を知っている人間達にはわかってしまう。この2人は事前になんらかの直接的繋がりがあった、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アビ子先生、お久しぶりです。その折はお世話になりました」

「あ……その……え?」

 

はじめまして、から入ろうとした挨拶を切り替える。お互いあの反応をしてしまった後では、初対面のフリはできない。あかねにバレる。ならもう開き直るしかない。

 

「アクアくん、アビ子先生と知り合いだったんだ?」

 

いつのまにかあかねが背後に立っていた。振り返ると柔らかでいながらどこか頑なな笑顔でこちらを見上げている。

 

「ああ、以前吉祥寺先生が招いてくれたホームパーティでちょっとな。そうですよね、先生」

「え、あっ……そのっ…」

「そうそう!キャストさんをお招きしてご飯会みたいなのやりましてね!そこで!そうよね鮫島先生!」

「あっ…!───はい」

 

この手のウソに慣れていない鮫島先生の代わりに吉祥寺がフォローに入る。彼女がキャストを呼んでご飯会をやったのは事実だが、そこにアクアは呼ばれていない。羨ましそうに語っていたアビ子から話を聞いていただけだ。その事を瞬時に思い出し、事実を織り交ぜ、リアリティのある嘘を即興で創り出したことに吉祥寺は心中で感服すると同時に辟易する。『慣れてるんだろうな、修羅場(こういうの)』と思わずにはいられなかった。

 

「…………私呼ばれてないけど」

「有馬はあの頃アイドル活動だなんだと忙しそうだったからな。先生が気を遣ったんだろ」

「私も知らなかったなぁ。アクアくんがそんな会に呼ばれてたなんて」

「オレが何するかいちいちあかねに報告する必要あるか?」

「それはっ………そうかもだけど」

 

───絶対それだけじゃないくせに!

 

その言葉が喉元までせりあがり、激昂しかけたが、なんとか落ち着かせる。星野アクアの秘密主義は今に始まった事ではないし、束縛を嫌うタイプであることも知っている。これ以上追求すれば私のことを鬱陶しく思うかもしれない。その不安がもたげたあかねは大きく息を吸い込んで自分を止めた。けれど不満はあるので、思いっきり頬を膨らませ、精一杯抗議の態度を取ってアクアの肩を引っ張った。

 

「私、本物に会ったことないけどさ、アクアくん見てるとこう思うよ」

「?」

「歌舞伎町No. 1ホストってアクアくんみたいな人なんだろうなって」

「なんで?」

「金髪アシメのシャー芯脚。生まれ持った顔の良さ活かして女の子沢山たぶらかして貢がせてるところ」

「誰1人貢がせた記憶ありませんけど」

「お金を才能って置き換えてもいいね」

 

その一言で絶句してしまう。今まで両手の指で数えられるくらいの女達と関係を持ってきたが、どれも容姿に優れているだけではなく、何か強烈な特技を持っている人たちだった。その才能をオレのために使わせたことがない人など1人もいなかった。

 

「ならアクアのエースは私だね」

「エース?」

「担当ホストに一番お金使う人のこと」

 

気がついたら最近のアクアのトラブルの元凶の大半を担う美しい疫病神が左腕を取ってピースしていた。そしてその言葉は間違っていない。この半年、誰よりも密に行動を共にし、誰よりも技術を吸収させてもらった。まだまだし尽くしてはいないだろうが、今のアクアのスキルで最も貢献度が高いのは不知火フリルだ。

 

「じ、時間使わせてるって意味なら私がダントツでエースでしょ!なにせこの中の誰よりも長い付き合いだし?そりゃもう―ちっっっっちゃい頃からの知り合いだし?」

「ちゃんと再会したの今年の初めだし実際に関係してた時間の長さで言えばトントンだろ」

「公式で本営してる私がエースだよ!」

「本営?」

「本気営業。ホストが本気で彼女として扱う営業のこと」

「なんでお前らそんなにホスト用語詳しいの?」

「ホストが出てくる少女漫画多いからねー」

 

わかりやすくイケメンアピール出来るし、表向き見える仕事としては華やかだ。確かに女の子の憧れとしてフィクションとしてなら使いやすいだろう。表向きは。

 

「この舞台でアクアが主演張れるほど知名度上がったのは誰のおかげかな?」

「べっ、別に特定の誰かのおかげってわけじゃないでしょ!色々な要素が絡み合った結果よ!」

「私の炎上で『今ガチ』が世間の注目集めたからだよ!……ごふッ」

「アピールしながら自傷する人初めて見た」

「バズる土台作ったのは私とアクアだよね?」

「…………ア、アクアさんを主演に抜擢したのは───」

「わー!先生!わー!!!」

 

何かを言いかけた鮫島先生を吉祥寺が慌てて口を塞ぐ。助かった。ただでさえもう泥沼なのにアビ子先生まで加わられてはフォロー不可能だ。

 

「お前らいい加減にしろ。もう公演まで1ヶ月しかねーんだぞ。これ以上部外者の前で醜態晒すな。言いたいことあるなら稽古後に幾らでも聞いてやるから」

 

本気のトーンで語られた正論に全員が黙る。この辺りは流石のプロ意識。理論で攻めれば黙ってくれるのは本当に助かる。

 

「わかった。これ以上は聞かない。でもこれだけは教えて」

「内容次第だが、どうぞ」

「アビ子先生と関係を持ったのは私と付き合う前?後?」

「前だよ。正真正銘『今日あま』がきっかけだ」

「…………なら許す」

 

しばらく目をじっと見つめられた後、台本へと戻る。どうやら嘘ではないことはわかったらしい。実際嘘ではないのだが。

 

───洞察力ある女の相手は大変だ

 

そしてこの関係者だらけの現場に辟易する。芸能界という集落は底辺は広大だが、上がってくると極端に狭くなる。これから1ヶ月、こんな事が繰り返されんのかと思うとゾッとした。

 

「自業自得だ。俺もあんま人の事言えないけど、女と遊ぶ時は後腐れないやつとだけにしとけよ」

 

こちらを一瞥もせず肩を叩いたのはこの舞台の本当の主演だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ」

 

前半の出番が終わり、スタジオの隅で休憩に入る。主演といえど出ずっぱりではないし、まして今は稽古の時間。遅れている人間や演技指導に時間が割かれる事もある。優等生組のアクアは監督の指導から外れる空き時間も多かった。

 

「お疲れ様です」

「──吉祥寺先生……ありがとうございます」

 

飲み物を片手に吉祥寺が隣に立っていた。鮫島先生はいいのかと思ったが、雷田さんと稽古風景を懸命に見つめている。創作モードに入っているあの人なら当面付き添いはいらないだろう。素直にペットボトルを受け取った。

 

「凄いですね」

「何がです?」

「アクアさんの本気の演技を初めて見ました。鬼気迫るというか、人格ごと別人になっているっていうか。素人の私でも凄いってわかりましたよ。あんなストーカー役をさせてしまったのが申し訳ないと思うくらいでした」

「ははは。どんなに才能あっても駆け出し役者の仕事なんてあんなモノですよ。名前ありの役がもらえただけでも『今日あま』には感謝しています。先生が引け目を感じる事ではありません」

「聞きましたよ。今回の脚本、アクアさんがディスカッションの場を作ってくださったそうで」

「特別なことは何もしてませんよ。ネット環境少し整えただけで、そこから先は先生達の力です」

 

メディアミックスにあたって脚本家と原作者が揉めるというのはよくある事。その根本原因はなんだかんだコミュニケーション不足。話し合いの場を設けても余計拗れるなんてしょっちゅう。しかしアビ子先生は今回そうならなかった。それはオレの功績でなく彼女自身の努力だ。事実オレは何もしてないと思ってる。

 

「でもアビ子先生を説得するのは大変だったでしょう。ちょっとその……こだわりの強い人ですから」

「芸術家で社会性欠けてる人なんてザラですよ。特別な事ではありません。オレの苦労なんて脚本家の人に比べたら塵芥も同然です」

 

メディアミックスの脚本家とは本当に板挟みの弱い立場。つまらなかったら戦犯扱いされるしヒットしても基本原作の手柄。プロデューサーや原作者の趣味を捩じ込まれ、大手事務所からは所属タレントのでじろを増やすように圧力がかかる。それでも作品として成立させるために起承転結を創り出さなければいけない。一応作詞という形で創作に関わったこともあるアクアからすれば考えただけで吐きそうだ。脚本家の先生には頭が下がる。

 

「……………いい舞台になりそうですか?」

「やってみなければわかりませんが、脚本は面白いと思います。残りはオレ達次第ですね」

 

コレは本音だ。設定もストーリーも原作とは違う部分も多い。演出全振りのトガッた脚本だが、創作物としては面白い。コレをうまくできないのならそれは裏方のせいではなく、役者の技量不足だ。

 

「今回若手のキャストが多いですが、ララライの役者は上手い人ばかりです。外部も不知火フリルを始め、面白い連中が揃ってます。きっと良い舞台になりますよ」

「…………上手い人ばかり、ですか」

 

否定的な声音と共に吉祥寺が見つめるのはアクアと同じように離れたところから稽古風景を見て、台本とにらめっこしている少年。といっても彼が稽古場に立っていないのはアクアとは全く違う理由。まだ指導するレベルに到達していないが故の見学だった。

 

「…………ごめんなさい。必要以上に厳しい目で見ているってのはわかってるんですけど」

「当然でしょう。先生の立場ならオレでも好印象は持ちません」

「他の人は私みたいな素人でも上手だとわかります。だからこそ彼が目立つ」

 

あの時はヘタだらけの中で有馬だけがマトモに演技と呼べるレベルの仕事をしていた。それでも彼らに合わせてヘタな演技をしていた。だから彼のヘタは目立たなかった。しかし今回は逆だ。

 

「このままじゃ今度は有馬さんだけじゃなくて、キャスト全員が彼に合わせなければいけなくなる。そうなればまたあの時の悪夢が甦るんじゃありませんか」

「実に鋭いご指摘です。正直そうなる可能性もあるでしょう」

 

表現力極振りのキラーパス台本で下手に合わせた演技をして仕舞えばこの舞台は成り立たなくなる。そうなればせっかくの面白い脚本も台無し。舞台東京ブレイドは失敗の烙印を押され、オレや有馬などの上がり始めたばかりの役者達は芸能界という舞台から消えるだろう。

 

───そうなってはオレも困るから…

 

「あと一ヶ月あります。たった1人を化けさせるだけなら充分な時間とメンツです。先生はどうぞ世界一厳しい目を彼に向け続けてあげてください。今の鳴嶋もきっとそれを望んでいます」

「───いいんですか?」

「役者にとって批判の目はありがたいくらいですよ。ひっくり返せた時、その人は高確率でファンになってくれますから。好意と憎悪は紙一重です。どうかオレにも厳しい目を向けてください、先生」

 

立ち上がり、恭しく一礼する。稽古場へと向かう彼の背中を見て、この人に憎悪を抱くのは難しいだろうな、と笑ってしまう。人間一度好意を持ってしまうとそう簡単に嫌いにはなれないモノだ。

 

───あ

 

一冊の本が落ちている。ブレイド役と書かれているから、恐らくアクアさんの台本だ。稽古場ではまだ台本片手に稽古している人もいるが、何も持っていない人も何人かいる。アクアさんもその1人らしい。手ぶらのまま、稽古に入っていた。

 

好奇心で少し台本を覗いてみる。すると凄まじい書き込みがされていた。と言っても文章量が凄いとかではない。とても綺麗に整頓されている書き込みだった。理路整然として、読む者に優しく、美しい。文字を追うだけで鮮烈に頭の中でイメージが湧き上がるようだった。

そして記載内容は自分のセリフだけではなかった。掛け合う相手のパターンなども細分化されており、気の強い演じ方の場合はa1(からかうように)、とかここで間をとってくるようならb2(一歩迫る)など、具体的かつ計画的にスケジュールされている。

 

───凄いなぁ

 

アクアさんは凄いと思う。誰にでも好かれる人だし、何をしても何を言っても絵になる人だ。俳優よりアイドルとかの方が向いてるんじゃないかと思う。いつも和の中心でキラキラと輝いている。

 

同時にだからこそ分からないことも多いんだろうな、とも思った。

 

『どうか厳しい目を向けてください』

 

───そのセリフを言えるのは、貴方が天才だからだと思いますよ。アクアさん

 

天才だから。しかもここまで来るのに10年以上の時をかけて挫折と失敗を繰り返し、本当の実力を手に入れてきた。たとえ一時批判されても覆せると自分の才覚を信じている。だからそのセリフが言える。そのセリフが様になる。

 

───だけど彼は……

 

恐らくロクに挫折もせず売れてしまったんだろう。自分が絶対だと信じているんだろう。漫画家も似たようなモノだ。売れた作家のメンタルケアも編集の仕事になる。ある程度わがまま言われても受け入れなくてはいけなくなる。すると増長して忙しさを言い訳に破綻する。根拠のない自信を手に入れてしまう。

 

───アクアさんの言い分が、間違っているとまでは思わないけど…

 

少なくともたった一ヶ月。未だに台本になんのマークも書き込みもしておらず、「こんなの出来る気しねえ」とかぼやいてる彼がこの舞台が終わるまでにどうこうなるとは思えなかった。

 

 

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
なんとか修羅場収束。台本トラブルがない分、人間トラブルどんどん起こしていきたいと思います。
ココから最新話ネタバレ注意

ついに、ついに来てしまった。不知火フリル共演。いつかくるだろうとわかってましたがついに……今まで出てこなかったからって筆者の妄想膨らまして好き勝手しまくった分ガクブルです。絶対原作と齟齬が出ると思いますが、パラレルワールドと思って温かく見守ってください。しかし十五年の嘘想定キャストすげえな。厨パーが過ぎる。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければモチベーション爆上がりです。時間がかかっても感想には必ず返信します。
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