【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

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愛の海に沈んだ煌めき
それは貴方がなくした星のカケラ
なくした星の秘密を差し出すと良い
落陽の星が貴方の手に堕ちるから


55th take スティグマ

 

 

 

 

 

 

「ええ、その双子ならよく覚えていますよ。受け持ったのは一年ぽっちでしたが」

 

初老の女性がインタビューを受けている。彼女はとある幼稚園の園長先生を務めている人だった。

 

「ギフテッドというべきなのでしょうか。兄の方はいつも難しい本を読んでて、妹の方も小、中学生くらいの知性はあったと思いますよ。でも年長さんくらいの頃ですかね。お家の方で何かあったらしくて、転園してしまって…」

 

どうやらとある有名人の幼少期について取材しているようだ。有名人のルーツとは誰もが知りたくなるもの。この取材自体は特に珍しいものではなかった。

 

「あ、でも転園する直前。一度だけ園に来たことがあったんですけど。兄の子が一度倒れちゃいまして……いえ、病気とかではなかったんですけど、他の園児が怪我したのを見ちゃって、それで。あのぐらいの子なら当然と言えば当然なんですけど、血とか怪我とかをすごく怖がる子でしたね」

 

取材を受けている記者は特に疑問も持たず、記録を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

最初に異変に気づいたのは、やはり不知火フリルだった。

 

第二幕クライマックスの戦闘シーン。姫川とアクアはマスコットの刀を用いて打ち合わせ通りの殺陣を演じる。その時は特に違和感など感じなかった。

 

おや?と思ったのはそれからすぐ後。一騎打ちを繰り広げる中、ブレイド陣営の剣士がアクアへと切り掛かる。そこにあかねが割って入り、斬られ、アクアの腕の中へと倒れ込んだその時だった。

 

───あかねを、見てない?

 

星の瞳は明らかにあかねを認識していなかった。それだけなら憑依(トランス)中のトリップと判断したが、どうにも様子がおかしい。目を見開き、息を荒げ、端正な顔に冷や汗をびっしりと流している。迫真の演技に見えなくもなかったが、どうも違和感がある。

 

───アクア、貴方は一体、今何を見ているの?

 

『愛してる』

 

今際の際に漏れた、鞘姫のセリフ。絶望する刀鬼の頬に手を触れ、この言葉を口にした瞬間、アクアの中で何かが崩れた。

 

「あ、あぁ……あぁあアああアああ!!!?」

 

腹の底から絞り出されたような、聴く者に寒気すら感じさせる絶叫。この叫びを聞いた時、あかねも少し変だと思った。

 

───凄いけど……まだ通し稽古の段階でここまで憑依り込むなんて………え?

 

抱きかかえたアクアがフラッと虚空を眺めたと思うと、そのまま仰向けに倒れ込んだ。硬質な床に頭を打ちつける鈍い音がホールに響く。この時、はっきりと全員何かがおかしいと気づいた。

 

「アクア!」

「アクアくん!?」

 

横たわっていたあかねは飛び起きる。それとほぼ同時、フリルもアクアの側へ駆け寄っていた。

 

「えっ、なに?どうしたの?」

「アクア………アクア!?ちょっと!変な冗談やめなさいよ!何してんの!」

 

周りが騒然とする中、2人に遅れて有馬もアクアの元へと駆け寄る。形の良い眉は険しく歪んでおり、星の光を宿す青い瞳は焦点が合わず虚空を眺めていた。

 

「意識が……ない?」

「なんで……さっきまでなんともなかったのに」

 

誰もがまだ現状を理解しきれず、動揺している中、フリルの細い指がアクアの額に触れる。彼女だけは解決に向けて適切な行動を取っていた。

 

───熱はない……高熱による昏倒とかじゃないみたい

 

だとしたら。

 

「…………まさか、脳に何か…?」

 

最悪の事態が頭をよぎった瞬間、フリルはあかねへと険しい目を向けた。

 

「あかね!この間の雨の登山!アクアころんだりとかしてた!?」

「え……あ……え?」

「脳にダメージ負うような事なかったかって聞いてるの!答えて!」

「え、フリルちゃん、何言ってるの……いまそんな事、聞いてる場合じゃ……」

 

舌打ちする。まだ頭の中グチャグチャで現状打開の方向にまで頭が回ってないらしい。まあ仕方ない。たとえあの登山が原因じゃなかったとしても、日常生活で脳にダメージを負う事だって普通にある。あかねが今の質問に答えようが答えまいが大きく影響はない。

 

───とにかく、脳だとすれば早く意識を取り戻させないと

 

「きゅ、救急車呼ぶ?」

「でも、一緒に警察とか来て問題があったら、舞台中止になるかも───」

「ど、どうすればいいのよ、不知火フリル」

「脳だとすれば下手に動かすのは危険!揺らすのもダメ!とにかく呼びかけて!ほら!あかねも!大きな声で!」

「わ、わかった。アクアくん!!目を覚まして!」

「アクア!起きなさい!起きないとキスするよ!周りが引くくらいのディープキスして写真撮って週刊誌に売り飛ばすよ!起きて!」

 

あのいつも飄々とした不知火フリルが血相を変えて怒鳴り込む。その必死さにつられ、あかねも有馬も自然と声が大きくなっていった。

 

「アクア!私の声聞こえる!?起きなさい!アンタが嫌いなピーマン口に突っ込むわよ!」

「アクア!」

「アクアくん!!」

 

3人の少女が大声でアクアへと呼びかけ続ける。舞台俳優とアイドルとマルチタレントの必死の声量は凄まじく、ホール内を強く反響させた。

 

「…………ぅ…………ぁ…………」

 

虚に彷徨っていた星の瞳が現実に戻ってくる。焦点が定まり、自分を見下ろす3人の少女をぐるりと見渡した。

 

「アクア!」

「アクアくん!」

「アクア!!」

「…………ぁクァ……?」

 

不思議そうに自分の名前を呟く。まだ完全に意識は現実に戻ってきてないようだ。

 

「なに寝ぼけてんのよ!しっかりしなさい!」

「……ぁくぁ……あくあ……アクア……オレの名前……星野アクア……ああ、オレだ。オレの、ままだ」

 

髪を掻きむしり、起き上がろうとするが、フリルの手がそれを留める。仰向けに倒れたまま、身体を動かせなかった。

 

「アクア。3+7は?」

「…………は?」

「足し算の計算。わかる?」

「───え?なぞなぞ?オレそういうの苦手」

「なんの捻りもないから。答えて。3+7は?」

「………10」

「うん、正解。5×9は?」

「45」

「アメリカの首都は?」

「ワシントン」

「貴方が今いる場所、わかる?」

「ララライスタジオ」

「私の指を顎で挟んで」

「顎?……こうか?」

 

首筋に添えられた指を顎で挟む。小学生でもわかる計算に常識問題。フリルとアクアが何をしているのか、理解している者は少なかった。

 

「うん、オッケー。強い呼びかけで開眼。見当識の保たれた会話。命令によって身体も動く。問題なさそう」

「グラスゴー・コーマ・スケールか?」

 

グラスゴー・コーマ・スケール。救急外来や集中治療室など、限られた場所で使用される意識障害を計るテスト。開眼を4段階。発語を5段階。運動を6段階に分けて評価する。点数が低いほど重症度・緊急度が高い。

 

「知ってたのね、流石。呼びかけで開眼したし、発語、運動も問題なし。15点満点中11点ってところね。まあ大丈夫でしょ」

「脳障害でも疑ってるのか?」

「急に倒れたのよ。疑うのが当然」

「大袈裟だな」

「バカ。突然死を甘く見ないで。日本ではこの数年間で10万人が突然死していると言われてる。前日までなんともなかった人が急逝するっていうのは誰にでもありうることなんだから」

 

ようやく許可が降り、身体を起こす。グラリと世界が揺れた。まだ気持ち悪い。吐きそうだ。

 

「星野、大丈夫なのか?」

「すみません。ちょっとまだ気持ち悪いです」

「わかった。今日はもう帰って休んでろ。誰か、付き添ってやれ」

「アクア、別室行こう。肩貸してあげる」

「悪いな」

「貸し一つだからね」

 

誰に言われるでもなく、率先してフリルがアクアの肩を抱きかかえる。ホールから出ていってから、しばらくキャスト達は騒然としていた。

 

「…………アクアくん、大丈夫かな?」

「貧血?二日酔い?」

「雷田さんじゃないんだから。彼はまだ未成年よ」

「クスリだったらやべーな」

「アクアくんは仕事には真面目で誠実です。舞台の最中にそんなバカな事はしません」

「信頼してるのね。流石彼女」

「はい」

「てゆーか一緒に付き添わなくてよかったの?彼女なんでしょ?」

「…………監督」

「心ここに在らずで稽古されても迷惑だ。行ってこい」

「っ、ありがとうございます!」

 

足早にスタジオから出ていく。自分もスタジオを飛び出してアイツの元へ行きたいという衝動を押し殺し、その背中を眺めることしか有馬かなにはできなかった。

 

「───親友と彼女、か」

 

脳裏に冷や汗を流し、必死に呼びかける不知火フリルの姿が蘇っていた。いつも泰然と美しかったあの不知火が、仮面をかなぐり捨て、血相を変えていた。今ガチからこっち、いろんな表情を見てきたが、あんな姿は初めて見た。黒川あかねもだ。子役の頃からなんだかんだ長い付き合いで、泣きべそかいてるのは見てきたけど、まるで親が倒れた姿を目の当たりにしたかのような、あんな絶望した顔は初めて見た。

 

「便利な設定だこと」

 

膝を抱えて座り込む。何も設定を持たない自分には、誰にも聞こえない皮肉を言うくらいしかできないことが腹立たしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、アクア。水飲んで」

「ありがとう」

 

給湯室。何本も用意されたミネラルウォーターを一口含む。倦怠感はあまり解消されなかったが、少しホッとする。ペットボトルを額に押し当て、深呼吸した。

 

「倒れた時の状況、わかる?」

「───ああ、なんとなく」

 

嘘だ。ハッキリと覚えている。見知らぬマンションの一室。刺された女。抱きかかえたオレ。血に染まるオレの手。全てリアルに、生々しく思い出せる。

 

「───っ!?」

 

喉元から熱いなにかが競り上がってくる。給湯室の洗面台へと顔を向け、苦い胃の内容物を吐き出した。

 

「───苦しいね。大丈夫。私以外誰もいないから。全部吐き出して」

「アクアくんっ!?」

 

フリルが優しい声で語りかけながら、背中をさすっていると、給湯室の扉が開く。フリルは振り返ることすらしなかった。ずいぶん遅れてきたものだと呆れたくらいだった。

 

「吐いちゃったの?」

「みたい。まだフラフラしてるっぽい。あかね、見てあげて。私もちょっとトイレ行ってくる。もらっちゃった」

 

少し青い顔してフリルも給湯室から出る。共感力の高い役者はこういうのもらっちゃうというのはよくある事だ。特に気にもせずフリルからアクアの介抱を受け継いだ。

 

「アクアくん大丈夫?全部吐けた?口の中すすぐ?はいお水」

「ありがとう……ごめん、スゲーみっともないな。オレお前に裸とかは見られても平気だけど、こういうの見られるのはめちゃくちゃ恥ずい」

「みっともなくなんかないよ。演技途中で役に入り込みすぎてパニック発作起こしちゃう役者ってそんなに珍しくないし。それだけアクアくんが仕事に真剣に向き合ってる証拠だよ」

「貧血とか、そういうありきたりな発作には見えなかったけどね」

 

トイレからフリルが戻ってくる。ただでさえ白い肌がさらに蒼白になっている。蝋人形のような美しさがあかねの背筋にゾッと寒気が走った。

 

「お前大丈夫か。顔色悪いぞ」

「今のアクアにだけは言われたくないなぁ」

「今日だけじゃない。ホテルでお前にキスされた時から思ってた。あの頃からお前ずっといつもより濃いファンデ使ってるだろ。最近ちゃんと食べてるのか。やつれてるとまでは言わないが、生気が薄い。前も屋上でエナジーバー数口齧ってただけだったし」

「言ったでしょ。体内時計狂ってて食欲ないの。あんまり食べたらもどしちゃうし。いつものことだから大丈夫。それにちょうどいいし」

「ちょうどいい?」

「シースも鞘姫も儚いお姫様系だから。ちょっと生気ないくらいの方がミステリアスで合ってるの」

「あんま身体張った役作りすんなよ……珍しい話でもないけど」

「それもアクアには言われたくないなぁ。昏倒するほど没入する役作りする人に」

 

黙り込む。それを言われては何も反論できない。震える膝を叩き、無理にでもなんとか立ち上がった。

 

「心配かけたな。もう大丈夫。稽古に戻ろう」

「何バカなこと言ってるの。座って」

「そうだよアクアくん!まだ顔色真っ青だよ。発汗も酷いし、稽古なんてできる状態じゃ──」

「うるさい」

 

心配してくれている相手にかける言葉ではないことぐらいはわかってる。でもやめて欲しかった。こんなに真摯に、真剣に、真っ当に労られたくなかった。

 

この12年間、ずっと虚勢を張って生きてきた。大丈夫じゃなくても大丈夫と言い、大丈夫じゃなくても大丈夫にしてきた。誰かに本気で心配などされたくない。思いやられたくない。誰かに何かしてもらうことなど、期待したことはない。そうやって生きてきた。1人の力で生きてきたとは思わないけど、他者に本気で心配されるような生き方をしてはこなかった。

 

「アクア、何があったの?」

 

うるさいなどと言われてもフリルは少しも不快そうな顔は見せなかった。隠してるんじゃない。本当になんとも思ってない。そういうのはわかる。誰よりも隠してきたから。あんなことを言われても、真摯に、誠実に、本気でオレを心配している。あかねも同じだった。

 

───お前達なら、話してもいいか

 

心中で舌打ちする。こういう気分になってしまうから本気で心配などされたくなかったんだ。誰かを籠絡するのも誰かに自分を信じ込ませるのも得意だけど、誰かを信じるのは苦手だった。

 

けどこの美しい妖怪と、自身の彼女は、このままだんまりを許してくれるほど、御し易い相手ではない。諦め、話す事にする。この天才2人の協力を得られるなら、悪いことばかりでもないはずだと無理やり言い聞かせた。

 

「オレ、昔から血とかスプラッタとか、異様に弱いんだよ」

「え?」

「幼稚園の頃なんて誰かが転んだりしただけでもダメでな。ケガしてんの見ただけでパニック発作起こしたり吐いたりしてた」

 

血や臓物など、グロ系が苦手というのは誰でもある普通なことだが、他人の小さなケガだけでダメというのは確かに少し顕著だ。

 

「でも、今ガチでは……」

 

あかねが何かを言いかけて、止まる。その続きはなんとなくわかる。こう言いたいのだろう。あかねが付け爪でオレを怪我させた時、頬を斬られても平気そうだったのに、と。

 

「ああ、自分のは大丈夫なんだよ。ダメなのはオレじゃない人の血」

 

自分がいくら傷ついても何とも思わない。動揺するのは他人から流れる血。誰かが傷つくのが嫌だから、今ガチでも咄嗟にゆきを庇った。あかねが自殺しようとしたのも止めた。

 

「それでも年取るごとにマシにはなってたんだがな」

 

───そういえば最後に他人の血を見たのっていつだっけ

 

多分あのPVだ。ストーカー撲滅のプロモーションビデオにマリンとして参加した。今思えばあのPVの時も、一種のパニック発作のようなものだったのかもしれない。あの『声』が聞こえるようになったのは、女学生役の子がストーカーにナイフで斬られ、血を流すシーンを見てからだった。

 

「…………あかねには話したけど、オレ、母親の記憶がないんだ。4歳の頃に死んだらしいから、当たり前っちゃ当たり前だけど」

「うん、聞いた」

「私は初耳……アクア、お母さんの死因、聞いていい?」

 

流石は妖怪。察しが良すぎる。この言い方から、ほとんど真実に辿り着いているのだろうが、言葉を選んで労った聞き方をしてくれた事に感謝した。

 

「殺された。包丁で刺されて」

 

あかねが口を両手で覆う。フリルも傷ましそうに眉を顰めた。

 

「オレはその現場にいたらしい。その現場にいて、倒れた母と一緒に昏倒した、そうだ」

「…………憶えてないの?」

「全然まったく。気がついた時、オレは病院のベッドの上だった。多分オレが物心ついた瞬間の記憶は、運び込まれたあの病室だ。憶えてないっていうより、失ったという方が正しいんだろう」

 

記憶喪失。解離性障害。母が殺された時の心情と、あまりに酷似した状況をイメージする事で無意識のうちに蓋をした記憶が揺り起こされたのかもしれなかった。

 

「解離性障害は幼い頃のショックで引き起こされると聞いたことがある。耐え難い苦痛から逃れるために、脳が記憶をシャットアウトするの。アクアのお母さんの記憶がないのはそういう事だろうね」

 

目の前で母親が殺される。大の大人でも立ち直れないほどショッキングな場面だ。4歳の子供のキャパなど遥かに超えている。脳が防衛本能で記憶を切り捨てる判断をしたとしてもなんら不思議はない。

 

「刀鬼のクライマックス。鞘姫が刀鬼を庇って斬られて倒れる。血の海の中で体温を失っていく姿が、オレの中の何かと強烈にデジャヴした」

「倒れた原因はきっとそれね。自己催眠に近い没入によって、無意識に沈めてたPTSDが呼び起こされ、防衛本能がアクアの意識をシャットダウンさせた」

「PTSD……前私がプロファイルした、アクアくんの心的外傷……ホントにあったんだ」

「カウンセリングも受けてたが、記憶ないから平気なフリするのは簡単だった。家族、特に妹に心配かけたくなかったし」

「その事件の犯人って、捕まったの?」

「ああ、実行犯はな」

「………………」

 

含みのある言い方をしてしまった。そう、実行犯は捕まっている。世間的には終わった事件。だがおそらくあの事件は終わっていない。アイは芸能人だ。その住居やプライベートは隠されてる。売れっ子になってたし、苺プロなりにガチガチに守ってきただろう。

 

なのにあの男が、ストーカー如きが、アイの住居をピンポイントに突き止められたのはおかしい。

 

───リークした人間がいるんだ。アイがあそこに住んでいると。男作って、子供作って暮らしている、と。

 

今まで深く考えないようにしていた。しかし記憶が揺り起こされたおかげでアクアの聡明な頭脳はたどり着いてしまった。まだあの事件は終わっていない、と。

 

「アクア?」

「…………なんでもない」

 

───話せるのはここまでだな

 

ここまでだ。これ以上を知ってしまえばコイツらもヤバい。情報とは持っているだけで危険に晒されることもある。なんでもやたらめったら話せばいいというものではない。

 

「───っと」

 

フラつく。まだ完全には回復していないらしい。

 

「ごめん、話させすぎちゃったね。今日はもう帰ろうか。ウチの人に連絡する?」

「やめてくれ。社長も妹も一度オレが倒れたのを見てる。余計な心配させたくない」

 

あの時もミヤコはともかく、ルビーの方は見ていられなかった。倒れたことを申し訳なく思うほど取り乱していた。もうあんな姿は見たくない。

 

「じゃあ私のマンション行こう。タクシー呼ぶからちょっと待ってて」

「え?マンション?フリルちゃんの?」

「ダメ?」

「寧ろ良いの?アクアくんとはいえ、男の人連れ込むなんて、事務所が……」

「大丈夫。ちゃんとタクシー2台呼んでバラバラに入るから」

「そういう問題じゃなくて!」

「アクアがウチ来るなんて今更だし。大丈夫よ」

 

その一言に絶句する。この2人、私が知らないところで会ってるだろうなくらいは予想していたが、一体どこまでいっているのか。最悪の予想まで過ぎったが、考えるのをやめる。不快になるだけだ。

 

「じゃ、あかねとアクアは同じタクシー乗って。コレ鍵。アクアをそこまで送ってあげて。公式カップルの2人なら一緒にマンション入ってるところ撮られても問題ないでしょ。一時間後に私も入るから、鍵は開けておいてね」

 

決定事項のようにカードキーを渡される。言いたいことは山ほどあったが、今はアクアくんの介抱が最優先。黙って鍵を受け取り、アクアくんの手を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あかね、どう思う?」

 

フリルちゃんのマンション。最低限の家具と生活用品しかない簡素な部屋で、アクアくんが寝息を立て始め、ようやくホッと息を吐く。

アクアくんが眠ったのを確認したからか、フリルちゃんが口を開いた。

 

「どう思うって?」

「アクアの話。隠してること、全部教えてくれたと思う?」

 

アクアくんが眠った。フリルちゃんと2人きりの時間ができてしまう。お互い考えるのはやはりさっきアクアくんがしてくれた話。

 

───アクアくんはなんで役者やってるんだろう。

 

思い出す。あの嵐の夜に語ってくれたこと。私の秘密を知った代わりに自分の秘密を教えてくれた。役者をやる理由は母親との約束だ、と。

今日は多分、あの時の続きを、さらに深く話してくれたとは思う。だけど───

 

「まだ何か隠してはいるんだろうな」

 

母親との約束。それは役者を志すきっかけではあったのだろう。しかし今や星野アクアは才気あふれる一人前の役者だ。もう約束は果たされている。約束だけが理由なら、もう役者を続ける理由はないはずだ。

 

───ただでさえ、アクアくんは演技のこと、好きじゃなさそうなのに

 

あれほどの才能を持っていながら、アクアが演技を楽しむ姿をあかねは見たことがなかった。いつも感情を押し込め、他人には結構甘く、自分にはめちゃくちゃ厳しい。ストイックな姿しか、見たことがなかった。

 

「社長さんは、今のアクアをどう思ってるんだろう」

「社長さん?」

「今のアクアくんの保護者。斎藤ミヤコさん」

 

苺プロ社長。斎藤ミヤコ。アクアの今の保護者。あかねも運び込まれた病院で一度会った。 

 

「ホントの母親誰なんだろうね」

 

あの話を聞いて仕舞えば、当たり前に浮かび上がる疑問。あかねも同じことを考えていた。

 

「───隠すってことはやっぱり芸能人かな。アクアが4歳の頃に亡くなったっていうなら事件自体は12年前か……12年前に殺された芸能人で調べれば結構絞れそう……」

 

改めて条件を口にされたことにより、あかねの頭の中でキーワードが浮かび上がる。

 

苺プロ。

12年前の殺人事件。

PTSD。

カウンセリング。

芸能人。

 

とっ散らかっていた点と点が、うっすらと線になって繋がっていく。

 

───この感覚、前に…

 

そう、アイのプロファイルをやっていたときに、私の中で引っかかった、あの時の感覚。

 

あの時は推理するには材料が足りなかった。けれど今は揃っている。揃ってしまった。あかねの明晰な頭脳は望まずとも的確に、そして正確に真実へと辿り着いてしまう。

 

「アイ」

「アイ?聞いたことある名前ね……確か昔亡くなったアイドル…」

 

倒れたばかりのアクアは少し緩んでいたのかもしれない。この2人の優秀さを知っていながら、あそこまでヒントを与えてしまった。

 

「アクアくんがPTSDを患ったのは、12年前」

 

「…………そしてアイが殺されたのも、12年前」

 

「アイはアクアくんと同じ事務所」

 

「アイドル活動をしている妹はB小町を襲名、復活させた」

 

「兄妹共にアイに強い執着。事務所の先輩後輩以上の繋がりがある可能性は高い」

 

「殺人事件の実行犯は逮捕されている」

 

「でもそれ以外がいそうな、少なくともアクアくんはいると思っている口ぶり」

 

「複数犯の可能性」

 

「里親制度で斎藤ミヤコに引き取られているにも関わらず、兄妹は星野性を使い続けている」

 

「アクアから記憶のない母親の話は聞くけど、記憶があるはずの父親については話どころか影すら見えてこない」

 

「アイの名字は公表されていない」

 

『アイには隠し子がいる、とか』

 

脳裏によぎる、プロファイルの穴を埋めるため、黒川あかねが創り出した、勝手な設定。

 

『アイとアクアくんって結構似てて、まるで親子みたいだなって』

 

思い出す。アイとアクアのプロファイルを比較した時、思わず漏れた、この感想。

 

───辻褄は綺麗に合う。合ってしまう

 

もちろん勝手な推理だ。こじつけに近い部分もある。アクアの母親が芸能人じゃない可能性だって普通にあるし、シングルマザーなんてこの世に幾らでもいる。

 

───でも、それでも……そうだとしたら……

 

一体どれほどの絶望と苦悩。誰にも話せず、誰にも頼れず、芸能界という伏魔殿で生きてきた。12年。人生の四分の三の時間を、本当に誰にも頼らず、ただ自身の才覚と努力だけを頼りに、生きてきた。

 

───私、なんて甘っちょろい世界で生きてたんだろう

 

頼る家族もいて、6人だけだけど芸能界で友達も出来て。いろんな人に甘えて、泣いて、縋って、そして……

 

───この人に救われた

 

どん底に沈んだ自分に生きていいと言ってくれた。

一緒に海の底に溺れてくれた。

そのお返しに私もあの雨の山の中で一晩を過ごした。この人の背負った辛さの百分の一くらいは一緒に背負えたと思っていた。

 

なんて甘い想定だったのだろう。

 

───凄すぎるよ、アクアくん

 

貴方は凄い。貴方は強い。強すぎる。強すぎるから、みんな貴方を頼って、貴方なら大丈夫って勝手に思って、アクアくんを同じ人間として見てこなかった。神様みたいだって、思ってた。思って、背負わせて、そして今日、ついに決壊してしまった。

 

「…………あかね、涙を見せるのはアクアに対する侮辱だよ」

 

フリルちゃんの言っていることはよくわかる。この最悪の想像がすべて事実だったとして、アクアくんは私に憐れまれるなんてカケラも望んでないだろう。同じ強さを背負う彼女は、多分私よりずっと彼に近いのかもしれない。

 

───だけど…

 

「フリルちゃん」

「なに?」

「私は何があっても、アクアくんの味方だよ」

 

涙に濡れる頬を拭いながら、強く不知火フリルを見つめる。敵意ではない。悪意でもない。けれど強い光を宿した瞳で、真っ直ぐに見据え続けた。

 

「フリルちゃんがアクアくんとどういう関係なのかは知らない。聞き出そうとも思わない。だけど、コレだけ覚えておいて。貴方がアクアくんを害するっていうなら私は貴方の敵になる」

 

不知火フリルと星野アクアの関係は独特だ。お互い親友であると認めていながら、いざ戦うとなるとどちらも遠慮も容赦もない。

不知火フリルは不知火フリルの目的で星野アクアを利用しており、星野アクアも星野アクアの目的で不知火フリルを利用している。

 

故にこの2人は同じ道を共に歩く可能性も、不倶戴天の敵になる可能性も、両方持っているだろう。

 

だからフリルの想いは重くて軽い。

 

「私は、違う」

 

私は決して彼の敵にはならない。口が裂けても、『私以外に殺されないで』なんて言わない。上がる時はその背を支え、共に上がろう。堕ちる時は、貴方の手を取り、共に堕ちよう。いつか貴方の真実が世間に洩れ、貴方の周りから人が離れ、世間がどのようなバッシングを浴びせようと、私だけは貴方のそばに居続ける。貴方を守り続ける。

 

たとえ世界全てを敵に回しても、私だけは、貴方の味方でい続ける。

 

実際にアクアくんに向けて口にすることは多分生涯ないだろう。そんなことを望む人ではない事はよく知っている。だからせめて、この人にだけは伝える。彼にとって、最も高く聳え立つであろう壁はきっとこの人だから。

 

「この人を支え続ける。多分、一生」

 

重い愛と覚悟を両目に宿した、星の光。この目を見た時、フリルは思い出していた。

 

『お前を脅かすのは、きっと……』

 

あの時、アクアが誰のことを言おうとしていたかはわからない。だけど、それができるとすれば、現時点で最も近いのは、黒川あかねかもしれないと思った。

 

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
なくした星の正体があかねとフリルにバレました。あかねはともかく、フリルにバレたことで兄妹の運命はどう転がっていくのか…筆者すらまだわかってません。
あと全然関係ないけどWBC日本世界一おめでとう!
全試合全部熱かった!日本代表全員凄いけど大谷翔平さんかっこよすぎ。準決最終回のあのミートに徹するバッティングでツーベース。決勝最終回ラストバッターがトラウト。ストレートで押しまくり、最後は2009年ダルビッシュ雄投手と同じウイニングショットのスライダー。漫画か!?とリアルに叫んでました。事実は小説よりも奇なりをマジで見れる日が来るとは思わなかった。
おほん、それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければモチベーション爆上がりです。時間がかかっても感想には必ず返信します。
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