【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

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星をなくした子は歩き続ける
なくした星のカケラを拾いながら自らの星を削る修羅の道
火を知らぬ少女はその歩みを見守り、夕暮れの少女は共に歩む
死神に刈られるか、死神を狩るその時まで


56th take 生きる代償

 

 

 

 

 

 

 

 

不知火フリルの事務所が所有するマンションの一つ。中でも此処は緊急避難用のプライベートスペース。オレはこの部屋の合鍵をフリルから渡されている。だからこの部屋には幾度か来た。仕事の合間の休憩だったり、仮眠取ったり、セックスしたりと、この短期間で多岐にわたって利用してきたが、今初めての光景が目の前に広がっている。

 

マンション内に備え付けられたシステムキッチン。それをオレ以外が使用している。もちろん使っているのは不知火フリルではない。普段ならオレが着てるエプロンを纏い、髪を束ね、オタマを使ってスープの味見をするのは青みがかった黒髪の美少女。

 

黒川あかね。舞台東京ブレイドでアクアの相方を務める天才女優にして俳優星野アクアの公式彼女。ハイスペックなシステムキッチンを使用する彼女もまた、公的においても私的においても凄まじく高いスペックを誇っていた。

 

「うん、こんな感じかな」

 

一度頷くと、湯気の立つ数々の料理をテーブルに並べる。メニューは温泉卵をトッピングしたお粥がメイン。残りはスープとサラダ。病人用のメニューっぽいのが1人分。あかね達の分であろう2人前は普通の朝食だった。

 

「あ、起きたのアクアくん。おはよう。身体はどう?」

「ん。もう問題ない……今何時だ」

「7時」

「………夜の?」

「朝の」

 

カーテンを開く。同時に飛び込む眩い朝日。なんとアレから一晩中眠ってしまっていたようだ。そりゃ体調も良くなるはずだ。

 

「私も昨日は泊めさせてもらったの。30分くらい前に起きてね。お礼に朝ごはんでもって」

「フリルは?」

「朝シャン中」

 

廊下の奥から水音が聞こえてくる。同時に床に敷かれた敷布団も目に入った。

 

「床で寝たのかお前ら。起こせよ。ベッド替わったのに」

「病人床に寝かせられないでしょ。最初はフリルちゃんが添い寝しようとしてね。流石に彼女としてそれは許されなかったから。私が添い寝しようとしたら邪魔されたし。折衷案で3人で寝る事も考えたんだけど…」

 

この部屋に設られたベッドはシングルにしてはかなりデカいが、ダブルベッドというほどではない。2人ならともかく、3人で寝るには流石に狭い。ならもう2人は床で寝るしかなかった。

 

「───あ、アクア起きたのね。おはよう。身体大丈夫?」

 

簡易な服だけ纏い、バスタオルで頭を拭きながら泣きぼくろの美少女がリビングに現れる。ほてった肌と濡れた髪。フリルのそういう姿は何度か見ているが、何度見ても背筋が震えるほど艶っぽい。

 

「人を病人みたいに扱うなよ。これだけ寝たんだ。もう問題ない」

「お腹空いたでしょ。昨日から何も食べてなかったもんね。ご飯にしよう」

「あかねがコレ作ったのか」

「うん、簡単なものでね。アクアくんの口に合うと良いんだけど」

 

オレが起きた時、あかねはすでに料理を始めていた。どうやら寝ている間に買い物に行ってたらしい。買ってきた食材全部使ってテーブルには所狭しと料理が並べられていた。

 

「…………作ってもらっといて申し訳ないんですが……オレ今あんま食欲ないんですけど…」

「食べなきゃ治るものも治らないよ。大丈夫。胃に優しくてすぐパワーに変わる料理で揃えたから」

「そうそう。やっぱりゴハンは誰かに作ってもらったやつの方が美味しいよね」

「それは普段自分で作ってるやつだけが言っていいセリフだ」

 

付き人やってたからコイツの食生活は大体知ってるが、いつも弁当か気軽に食べられる軽食。オフでも大概ウーバー頼り。まあ料理なんてやってる時間ないのはわかるが、それでも付き人やってる間はしょっちゅう手料理せがまれた。

 

「フリルちゃん、まだ食べちゃダメ。アクアくん座ってないし、いただきますもしてないでしょ」

「えー、細かい」

「アクアくんも。せっかく作ったゴハン冷めちゃうよ。早く座って。食欲ないならちょっとずつでもいいから」

「お母さんか」

「アクア、あーん」

「あ!フリルちゃんずるい!そういうのは作った人の特権だよ!」

「2人ともやめろ気色悪い」

「ひどい!」

 

レンゲで粥を掬ってこちらへと向けてくる。相手は不知火フリルと黒川あかね。一般人が見たら殺意を抱くほど羨ましい状況だろうが、人の優しさやおせっかいに慣れていないアクアにとっては違和感が半端じゃなかった。

 

「いただきます」

『…………いただきます』

 

あかねの無言の圧力に負け、フリルとアクアも手を合わせ、料理の前に頭を下げる。まずはスープから手に取り、一口含んだ。

 

「…………美味い」

「よかった」

 

彼氏から漏れでた感想にホッと胸を撫で下ろす。温かさが身体全体に染み渡る。なるほど、確かにメシとは他人に作ってもらったもののほうが美味い。

 

「うん、アクアのより美味しい」

「もう作ってやらん」

「挽回して欲しかったら次はもっと腕によりをかけて作って」

「作りません。調子乗んな」

「あー、アクア抱きかかえて給湯室まで行くの重かったぁー」

「………卑怯な」

 

わざとらしく肩を回す泣きぼくろの少女に怨嗟の視線を送る。オレが他人に貸しを作るのが嫌いなの知ってやがる。

 

「ねえ、アクアくん」

「ん?」

「アクアくんとフリルちゃんって、いつもこんな感じ?」

「?」

「なんでもない」

 

問われた意味がわからず、疑問符を浮かべているとあかねは諦めたように息を吐き、天井を見上げる。ファイト、と小さく呟いたのが聞こえた。

 

「あーあ、フリルちゃんいいなぁ。私もアクアくんの料理食べてみたいなぁ」

「あかねの方が美味しいよ?」

「関係ないよ。彼氏のだから、食べたいの」

「関係性の名前でご飯の味は変わらない」

「変わるよ。家族としたキスとアクアくんとのキスじゃ味は全然違ったもん。あ、フリルちゃんは知らないか」

 

食卓を挟んでなんかチクチクやり合ってる。お互い表情は穏やかだが圧を感じる。なんか昨日より敵対感が強い気がする。

 

───オレのせいか?オレが寝てる間に何があったんだこの2人

 

考えてもわからない。居心地の悪さを誤魔化す為に食事に没頭するふりをして知らんふりを決め込んだ。

 

「ホントに美味いな……普段からやってるのか?」

「えへへ、まあね。お母さんと料理教室行ったり、家でも時々」

「そっか……いいな、そういうの」

 

綺麗な笑顔の中に哀しみの色が宿る。母親の話をしたからだろうか、いつもより少し弱さを見せている。あかねは申し訳なく思うと同時に少し嬉しかった。

 

「アクアは誰に習ったの?」

「今時レシピなんざネットに溢れかえってる」

 

半分ウソである。小学生までは必要に駆られて覚えざるを得なかった料理だが、バンド時代ナナさんに習った事もあった。ハルさんは全くできない人だった。故にカントルの料理担当はアクアとナナさんで回していた。

 

「どうせ女に習ったんだろうけど」

「そう思ってるなら聞くな」

「アクアくんの女性歴知っときたいなぁ。どこでそんなに女の子引っ掛けてるの」

「引っ掛けてない。メシ食うほど関係があった女なんて数える程度だよ」

 

ウソではない。8人だろうが10人だろうが数えられるなら数える程度の範囲のはずだ。

 

「───で、本題に入ろうと思うんだけど」

 

一度食べ出したら意外と箸が進んだ。しばらく本当に食事に没頭するアクアを上機嫌であかねが眺めていたら、箸をすでに置いたフリルが口を開いた。2人の視線が泣きぼくろの美少女に注がれる。

 

「アクア、最後の刀鬼の演技、どうするの?」

 

あかねが息を呑む。いずれしなければいけない話ではあったが、どう切り出すべきか迷っていた。少なくともご飯の後でいいと思っていた。それをフリルから切り出された。今回の舞台であれば敵の、アクアの不調は好都合であるはずの彼女から。様子見をしていた自分が情けないと思うと同時に悔しかった。

 

「別にどうもしねーよ。今のままでいく」

「え!?」

「あれだけ生の感情引っ張ってこれたんだ。利用しない手はねぇ。今のままでいく」

 

粥を口にしながら、なんでもないことのように今後の方針を口にする。確かにあの絶叫はすごかった。演技とは思えない迫力があった。一番近くで見たあかねは誰よりもわかっている。しかし──

 

「また発作が起きたら……!」

「起きるだろうな」

「じゃあやっぱりやめようよ!アクアくんならそこまで入り込むメソッド演技しなくても──」

「しなきゃフリルに勝てない」

 

その一言に、全てが凝縮されていた。アクアが今誰を一番脅威に思っているか。この舞台で誰が一番気になっているか、全てが伝わった。

 

───悔しいな…

 

恐らく私がフリルちゃんと同じ立場になったとしても、ここまで警戒はされないだろう。第一に姫川さん、次に私か、下手をすればかなちゃんが上がるかもしれない。悔しい。あの舞台でアクアくんの気を最も惹いているのは不知火フリルだと改めて認識させられた。

 

「発作は起こる。それ自体はいい。客には迫真の演技だと思ってもらえるだろう。問題はオレの意識まで昏倒してしまうこと。コレだけは避けねーとな。明日から本番まで、稽古の後、毎日あのクライマックスの自主練を重ねる。回数重ねれば慣れて気絶まではいかなくなるだろ」

 

最後の一掬いを飲み下す。アクアの膳に並べられた料理は全てカラになった。

 

「…………アクア」

「ん?」

「壊れないでね」

「…………へぇ」

 

少し驚いた。フリルはオレに無茶振りする事はしょっちゅうだ。殺されないでね、なんて脅される事も何度もあった。しかしこんなふうに真っ当に心配されたのは初めてだった。

 

「笑い事じゃなくて。そんな魂切り売りするような仕事ばっかりやってたらいつか壊れるよ」

「『私以外に殺されないで』じゃなかったのか」

「『私のせいで壊れて欲しい』とは、言ってない」

 

揺るがない目でじっと見つめられる。星野アクアという才能。『私以外に殺されないで』というセリフはあくまでハッパ。潰されず、才能を磨き、より強い輝きを放つ事で自分の隣にまで来てほしいという願望。『殺されないで』というのは言い換えれば『生きて欲しい』という意味の裏返しでもある。

 

壊れるとはまるで違う。

 

「…………傲慢だな、不知火フリル」

 

見つめられた視線を逸らしながら星の瞳の少年が息を吐く。続いた。

 

「オレがベストを尽くすのは確かにお前に負けない為だが、それ以前の大前提はオレ自身の為だ。オレはオレが一番目立つ為に最善を尽くす。お前に勝つというのはその過程の副次的な結果に過ぎない。この演技でもしオレが壊れたとしても、それはお前のせいなんかじゃない。オレのせいだよ」

 

失敗を誰かのせいにするというのはアクアが一番したくない事だった。今まで演技でもロックでも、失敗など数えきれないほどしてきたが、それを他人のせいにしたことなどない。成功も失敗も全部自分のせいだ。ミスを恐れて挑戦はできない。挑戦を成功させるのは誰よりもミスを経験した人間だった。

 

「別に舞台で死ぬわけじゃねーんだ。壊れたとしても生きてるならまた破片を集めて作り直す事はできる。まあその時はまた12年やり直しだろーがそれは自分の不得のいたすところ。誰かを責めるのはお門違いだ。お前の考えは傲慢だよ、フリル」

 

黙り込む。フリルにも言いたい事は沢山あった。そういうことを言ってるんじゃないとか、ビジネス上じゃなくて、貴方自身の心配をしてるんだ、とか、色々。けれどそのどれも口にしたとしてもこの男には響かないだろう。その程度には彼のことを理解している。他者の心配や愛情など、彼は理解しているようで理解していない。少なくとも自分に関して、その手の感情に対して非常に鈍く、緩慢だ。

 

「───っ」

 

スマホの振動音が沈黙の一室に響き渡る。3人とも自分の携帯を確認するが、鳴っていたのは1人の携帯だけだった。

 

「──もしもし……はい、不知火です。今はいつものマンションに………はい、わかりました。すぐに用意します。迎えは───はい、お願いします」

 

鳴ったのは案の定不知火フリルの携帯だった。毎日仕事が敷き詰められている彼女のスケジュールは多忙極まる。稽古後の夜のみとはいえ、スケジュールをポシャった。もうこれ以上の猶予は許されなかったのだろう。

 

「ごめん、仕事入った。行ってくるね。2人は好きな時間にでて行ってくれていいから。鍵はポストに入れておいて。あかね、ご飯ありがと。ご馳走様。それじゃ」

 

ドレスルームへと向かい、軽く化粧を済ませ、服を着替えると部屋から出ていく。さっきまでの情念はどこへやら。完璧に仕事モードの美しさへと変貌していた。この辺りの切り替えは流石超一流。まだまだ彼女から見習う事は多い。

 

「──どうする?私達」

「あかね、仕事は?」

「今日は特に。稽古まではオフだよ」

「なら午前中はここで休ませてもらおう。部屋使わせてもらう礼に洗い物と掃除くらいはやっといてやるか」

「アクアくんは休んでていいよ。私がやるから」

「このくらい大丈夫だって。少しは借り返させろ」

「貸し借りいうなら私の方がまだまだ返済真っ最中だよ。アクアくんはゆっくりしてて。亭主関白得意でしょ?」

 

お互い仕事を奪い合いながら雑務の家事を片付けていく。意外と衝突は少なく、久々に穏やかな時間を過ごせた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

片付けが終わって、時間ができた頃、アクアはベランダへと出ていた。あまりフリルのマンションで顔を晒すようなマネはしない方がいいのだが、まあ部屋の特定されたわけでもないし、今は午前中。パパラッチもマスゴミ共も活動休止の時間帯だろう。一応見える限りで見渡したが、それらしい車が停まってもいない。肉眼ではわからない望遠カメラで万が一撮られたとしてもオレ1人ならどうということもない。少し太陽の光を浴び、外の空気を吸いたかった。

 

「良い風だね」

 

部屋の掃除を終えたあかねがベランダへと出てくる。流石に少し咎めの視線を向けた。

 

「お前まで出てきたら……」

「大丈夫だよ。公式カップルなんだから、撮られたって問題ないって」

 

それを言われては反論できない。一度息を吐くと、爽やかな秋の風に身を任せた。

 

「…………アクアくん、ピアス開けてるんだ」

 

風で蜂蜜色の金糸が捲り上がる。普段は髪で隠している右耳。そこにはピアスホールの穴が開いている。

 

「中学の頃に開けられた。バンド仲間にな」

「アクアくんバンドやってたの?」

「2年くらいな。ドラムだった」

「キーボードじゃないんだ」

「three-pieceバンドだったからな。ロックにマストな楽器しか許されなかったよ」

 

バンドの結束感を上げる演出でナナさんとハルさんと3人でお揃いのピアスを着けて活動していた時期がある。仲間同士の仲の良さはアピールしておいた方が良かったし、メンバーのキャラや関係性は売りにして良い時代だ。

だからSNSで仲良し写真あげたり、ギターケースに虫のおもちゃ仕込んだドッキリ動画を上げたりもしていた。このピアスもその一環だった。提案者はハルさん。この手の活動の中心にはいつもあの人がいた。

 

「そのバンド、なんて名前?」

「内緒」

「なんで?」

「一部黒歴史だから」

 

あかねはオレの女装に関して、少し知ってる。レンに化けた時、身代わり頼んで、オレの変装姿を見せている。

 

『…………綺麗すぎてヘコむ』

 

これに化けてくれと頼んで写真を見せた時、力無く座り込んでこのセリフを呟いていた。

 

だがマリンに関してあかねは全く知らない。自力でたどり着いたフリルと、過去を知る有馬以外でマリンについて知っている人はいないし、話すつもりもなかった。

 

「私、アクアくんのこと、まだ全然知らないんだな」

 

少し唇を尖らせながらベランダの手摺りにもたれかかる。風に靡く青みがかった黒髪はアクアの目から見ても美しく映った。

 

「…………知らねえ方がいいことも沢山あるだろ」

 

遠くを眺めるアクアの目に迷いのようなモノが見える。倒れてから一晩が経って、冷静に振り返ってみると、明らかに喋りすぎた。昔のトラウマ揺り起こされて、気が動転して、介抱してもらって、完全に気が緩んでいた。話さなくていいことまで話してしまった。

 

遠くを見つめていた目を閉じ、一度深呼吸する。今からあかねに切り出す提案はアクアとしても惜しいものがあった。葛藤を消す事はできない。けれど仕方ない。命より優先することなど、ないはずだ。

 

「あかね」

「アクアくん?」

「別れようか、オレたち」

 

なんでもないことのように。動揺も未練も一切表に出さず、端的に告げる。しばらく沈黙が2人を支配していたが、フッとあかねが笑った。

 

「アクアくんにしてはつまらない冗談だね」

「冗談じゃないからな」

 

そう、冗談じゃない。あかねと付き合っているのはアイの性格やキャラクターを限りなく本物として再現できる彼女からアイの情報を得るため。オレが忘れてしまったアイの情報を補完するため。どんな男が好きで、どんな男に惹かれて、どんな男となら子供まで作ってしまうかを知り、オレたちの父親像を掴む為。それらの目的はまだ何一つ達成できていない。この段階で別れを切り出すのはアクアとしても実に惜しい。だが……

 

「…………実は後悔してる。お前らに母の話をしたこと」

 

母が誰か、明確に特定されるような情報は出さなかったつもりだが、それでもあかねとフリルの優秀さならいずれ真実に辿り着いてしまうかもしれない。そしてそうなった場合、オレの最悪の推理通りなら、オレだけでなく2人にもきっと…

 

「フリルには言わなかったが……母の殺人事件、多分まだ終わっていない。実行犯は捕まったが、その奥に恐らく殺害を教唆した人間──黒幕とでも呼ぶべき相手がいる、とオレは見てる」

「黒幕……」

「推理において、一番考えなければならないのはwhy done it(ホワイダニット)。動機こそが最も重要だとオレは思う」

 

殺人教唆などをする人間の動機は大きく分けて2種類。恨みか、口封じかだ。

恐らく母はその黒幕にとって、知られては不都合な事実を知っていた。だから口封じのために消した。己の手は汚さず。

 

「そして息子であるオレも、自覚はないがその情報を握っている可能性は高い。今オレが無事なのはまだ疑いの段階で、核心にも確信にも至っていないからだと思う」

 

まだ確定ではない。だから泳がせる。人間1人殺すなんてのは大変だし、非常に手間だ。やらずに済むならやらない方がいい。だが疑いが確信に変わったらその黒幕は躊躇いなくやるだろう。

 

「窮地を逃れる手段に犯罪を使い、成功した人間は、また同じ窮地が訪れた時、必ず繰り返す」

 

人間一度経験した成功体験は正しいと思い込んでしまう。無意識のうちにその体験をなぞり、今回も大丈夫と思ってしまう。『いざとなれば』と。

 

「オレは芸能界で上に上がっていくことがその核心に近づく唯一の手段だと思っている。だが近づけば近づくほど、オレの命の危険も増すだろう。そしてオレに近しい人間の危険度も」

 

やっと本題に入れる。オレにしては随分回りくどい事をしたと自覚している。けれど仕方ない。オレらしくなくてもあかねには理詰めで外堀埋めて説得しなければ納得してもらえないとわかっていた。

 

「オレはいい。いつ死んでもいいように、悔いのないように生きてきた。だけどあかね、お前は違う。今ならまだ引き返せる。オレから聞いた話なんて忘れて、ただの仕事仲間に戻れば、お前の危険度は───」

「それは無理だよ」

 

遮られる。短く、けれど力強く、あかねの言葉はアクアの多弁を止めた。

 

「もう遅いよ」

「そんな事はない。今ならまだ──」

「だってアクアくん、実際もう喋っちゃったじゃない。私とフリルちゃんに」

 

その事実はアクアの雄弁を止めるには充分すぎた。

 

「私たちはまだビジネス上の彼氏彼女で、フリルちゃんだって公式にはアクアくんの親友。側から見ればそこまで深い関係じゃない。だけど、そんな立場であっても、アクアくんは喋っちゃった。この事実は動かせない」

「……………」

「この動かせない事実がある以上、黒幕さんだって同じ事考えるよ。星野アクアはすでに不知火フリルと黒川あかねに話してしまっているんじゃないかって。なら少なくともこの2人は消しておくべきじゃないかって。この可能性をゼロにはもうできない。だって事実だから」

 

だからもう遅い、とあかねは言う。正論だ。完璧な正論だ。あの星野アクアをもってして、まるで反論できない。

 

「誤解しないでね。アクアくんを責めてるんじゃないんだよ。寧ろ逆。話してくれて嬉しかった。フリルちゃんも同じ気持ちだと思う。でもアクアくんは私を舐めてる。いつまでも貴方に守られるだけの黒川あかねじゃないんだから」

「…………」

「私はもう覚悟してる。覚悟してた。この人と一緒にいる以上、その先に待つのは栄光か破滅のどちらかだって。人並みの幸せなんてきっと手に入れられないって。覚悟した上で貴方の彼女でいると決めた」

「あかね……」

「罪を背負うなら一緒に背負う。罰を受けるなら私も受ける。あの雨の日、一緒に溺れてくれたあの時から、そう決めてた。私だけはありのままのアクアくんを受け入れる。受け入れて、良いことも悪いことも2人で分け合いたい。その上であなたを守りたい」

 

貴方と、この世界で、生きていたい。

 

迷いなく、惑いない瞳で真っ直ぐに見つめられる。嘘も誤魔化しも、阿諛も追従もなかった。全て剥き出しのあかねの本音だった。

 

「───オレが殺されることになってもか」

「その時は一緒に殺されてあげる。本当ならあの夜になくしてた命だもん。貴方のためなら惜しくない。死ぬ時は一緒に死のう」

「…………お前もオレやフリルとは違ったベクトルでイカれてるな」

「あら嬉しい。私のこと、マトモだと思ってくれてたんだ」

「演技以外じゃ普通の、真面目ないい子だと思ってたよ。じゃなきゃ炎上で心病んだりしねぇからな」

「私だってあの頃とは変わってるよ。変えたのはアクアくんなんだから、責任とってよね」

 

───変えたのはオレ、か

 

一つ大きく嘆息する。あの黒川あかねがまさか対人関係においてここまで重くヤんだ感情を持つとは思いもしなかった。ちょっと脅せば自分から離れていくとまで考えてた。まったくなんという勘違い。表面だけ見て理解した気になるのはオレの悪い癖だ。なまじその分析が正確だからこそタチが悪い。

 

「オレもあかねのこと、何にも知らねーんだな」

「だからこそ私は貴方を知りたいよ。アクアくんは?」

「…………そうだな。女優黒川あかねじゃなく、生身の黒川あかねを、知りたくなった」

「なら私も貴方も死ねないね」

「死ねない、か」

 

少し不思議な感覚だった。オレは仮初で、いつ消えてもいいと思って、後悔のないよう生きてきた。

 

───死にたくないも死にたいも、結構思ってきたけど、死ねないは初めてだな

 

死にたくない。死ねない。字面は似てるが、内容はまるで違う。前者は願望。後者は義務。願望に乗っかっているのは自分だけだが、義務には自分以外の何かも伴う。今回ならあかね。オレの命にはもうあかねの命も乗っかっている。

 

「アクアくん」

「わかってる」

 

もういつ死んでもいいなんて言わない。もうオレの命はオレ1人のものではない。今までは罪も罰も1人で背負ってきた。全てをオレ1人で片付けるつもりで生きてきた。だがもうそれはできない。少なくともオレには2人、背負うべき命ができてしまった。

 

「貴方は私が守る。だから貴方は私を守って。貴方が生きてくれなきゃ私が死んで、私が死んだら、貴方も死ぬ」

「あかね…」

「だからね、アクアくん」

 

柔らかく、慈愛すら感じる瞳で星の瞳を見つめる。けれどその優しい目の奥に強い咎めと頑なな光を感じた。

 

「生きて」

 

逃げないで。他者の好意から。自分の幸せから。私の愛から。逃げないで、向き合って、求めて。貴方にだって幸せになる権利がある事を思い出して。自己犠牲という美徳に逃げるのをやめて。

 

貴方にはその責任と義務がある。

 

生きて

 

万感の想いを込めて紡いだ三文字だったが、何かを探すように秋の青空を眺める星の光のような少年に届いたかどうかはわからなかった。

 

「ああ、わかった。守るよ、あかね。オレが、必ず」

 

冬の前触れを感じさせる冷たさを伴った風が吹く。枯れた葉が宙を舞う中で、二人はそっと唇を合わせた。

 

 

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
2人は幸せなキスをして…その後はご想像にお任せします。

以下本誌ネタバレ

フリル様ぁあああ!かっこえー!ネタバレになるからあまり多くは言えませんが「駄目だけどやろ?」とか拙作のフリル様もめっちゃ言いそう!今のところ超解釈一致!未だヴェールに包まれたその実力が明らかになる日も近そうです。コメントでも好きなように書いていいと言って貰えていますが、キャラ考察はかなり重きを置いて執筆してますのでやはり気になります。どうか演じ方も解釈一致であってくれ!あとこどおじ監督可愛いなぐへへ。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければモチベーション爆上がりです。時間がかかっても感想には必ず返信します。
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