【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

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誰もが一度は持つ淡い想い
ほぼ実らず終わる物語
星をなくした子の魅力は多くの物語を紡いだだろう
そしてまた一つ、実らず終わる


57th take 実らず終わる物語

 

 

 

 

 

 

 

「「お揃いのピアスを着けよう?」」

 

中学時代。バンド活動をしていた時、楽器のチューニングをしていたオレ達にハルさんが唐突に提案してきた。

 

「そっ。そういうのあった方がチーム感でるし!仲間感のアピールはやっといて損ないし!」

「突然何を言い出すかと思えば……まあ今時はメンバー間でギスってるよりは仲良い方がウケますしね」

 

唐突な提案だったが、意図はよくわかる。基本バンドマンも恋愛関係については禁止ではないがシークレット。その代わりメンバー間の情報や実情は売りポイントにしていい時代だ。上手く立ち回ればファンも増やせる。その手の戦略に関してハルさんはSNSガン無視アーティストのオレなどよりはるかにエキスパートだろう。オレ的には特に否はなかった。ある事を除いて。

 

「そうそう!こういうの好きな人の方が大多数だから!グッズにもできてファンも推しメンとおそろにできるし!」

「実情はともかくね」

「えー、私達ちゃんと仲良いじゃん!」

「人のギターケースに虫仕込んどいてよく言うわね!」

「ホンモノじゃなくてオモチャじゃん」

「ホンモノだったら絶交してたわよ」

「でも面白かったよねぇ。ナナが『きゃー!』とかいうの久々に聞いたし。動画もそこそこバズったし」

「可愛かったですよ、ナナさん」

 

うぐ、と言わんばかりの表情で静止する。この天使と見紛う歳下の男の子に柔らかく微笑まれるとなんでも許してしまいそうになる。

 

「それにナナと私だって別に悪くないじゃん。10年来の付き合いだし。ある意味じゃ姉妹だし?」

 

星の瞳の少年が思わずむせる。ナナも顔を真っ赤にしていた。心当たりがありまくる2人は唐突なカミングアウトに思わず動揺を面に出してしまう。平然としていたのはこの手のことを仲間内では明け透けにしているハルさんだけだ。この時はアクアもまだ若かった。

 

「やっぱりヤッてたんだ。まあ良いと思うよ。一番感度良くて気持ちいい今の時分でセックスしなきゃいつするの?って私も思う。ましてこんなに可愛くて天才でいずれ別れるってわかってる子がそばにいて我慢できるわけないよねぇ。うんうん、ナナが襲っちゃうのも当然だよ」

「なんで私が襲ったって決めつけてるのよ」

「違うの?」

「ノーコメント」

「ちなみにアッくん。私とナナ、どっちが姉?」

「ノーコメントでお願いします」

 

雄弁な黙秘だった。変な空気になってるのを打破するため、一度大きく咳払いする。本題は別のことだったはずだ。

 

「まぁハルさんのアイデア自体は良いと思いますよ。でもピアスにする意味ありますか?イヤリングじゃ…」

「イヤリングはライブじゃ落ちるよ?ドラムは特に」

「全身運動だものね」

「うっ…」

 

ロックバンドはギターもベースもカッコつけてステージでジャンプしたりする。ドラムは流石にそんなことできないが、魅せる演奏として頭を振ったりすることは幾らでもある。確かにバンドマンのアクセサリーとしてイヤリングは適性がない。

 

「私とナナはもう開けてるからいいとして」

「バンドマンでピアスしてない人の方が少数派だものね」

「問題はアッくんだね」

「…………はぁ」

 

そう、受け入れ難い唯一の理由はアクアの耳はまだピアスを受け入れられる状態にないこと。確かに自分の怪我なら特にショック症状が起きることはないが、それでも自傷行為のような事をした経験は今のところない。それにピアスがバレればミヤコ辺りに何か言われ、ルビーが真似するかもしれない。そうなると説明が面倒だ。抵抗はあった。

 

「怖いのはわかるよ。誰だって初めては痛いし怖い。でも安心して。優しくシテあげるから。緊張しないで。まずは先っぽだけだから」

「ハル、言い方」

「それにアッくんだって色んな女の子の膜破ってきたでしょ?自分の番が来ただけだよ」

「ハルさん、品性」

 

───まあ、髪で隠してればいいか

 

エクステつけてる今はもちろん、普段のアクアのアシメヘアも耳が隠れる程度には長い。隠すことはできるだろう。少し抵抗は見せたが、色々な意味で弱みを握られてるアクアは断れず、ピアッサーで開けられることとなった。

 

「じゃあ右耳と左耳どっちがいい?」

「どっちがどうとかあるんですか?」

「男の子なら普通左耳だけど、マリンちゃんのことを考えれば右耳の方がいいかも」

「なんで?」

 

詳しく聞いたところ、片耳どちらかのピアスには意味があるらしい。男で左耳ならノーマル。右耳なら同性愛者。女の子の場合はその逆だそうだ。

 

「両方ならどっちでも問題ないんだけど」

「なら両方で」

「いいの?痛いよ?」

「自分が痛いのは別に」

 

痛みも苦労も惜しいと思ったことはなかった。むしろ追い詰められるほどホッとした。艱難辛苦こそオレの居場所だ。

 

「じゃあ両耳一気に行くね。ナナ、肩押さえてて」

「え?そんなに?身体押さえなきゃいけないほど痛いの?」

「痛みはそこそこだけど身体動いちゃうと危ないから。ジッとしててね。逃げたり避けたりしたら大惨事になりかねないよ」

「…………わかりました」

「じゃあ123でいくよー、いーちっ」

「うっ」

 

バチンと、意外と大きな音が耳元で鳴る。しかも1のタイミングで。

 

「…………2と3は?」

「知らないねぇそんな数字。バンドマンは1だけ知ってれば生きていけるのよ。それにこういうのは実際やられる時より待ち時間が怖いから、短いに越したことないし」

 

確かに痛みは多少あるが、耐えられないほどではない。それよりもピアッサーを耳に当てられた時の方が確かに恐怖だった。

 

「じゃあ穴が安定するまで二週間はそのままね。この間にピアスどんなのにするか決めちゃおう。私はねー、このフックタイプの色違いがいいと思うんだ。スタッドだとステージからじゃわかりにくいし」

 

ピアスカタログを広げると耳に引っ掛けて吊るすタイプのピアスを指差す。確かに普通に耳につけるだけなら観にくいし、ハルさんもナナさんもロングヘアだ。小さいのだと髪に隠れてしまう。アピールするならフックの方が良いだろう。デザインセンスも悪くない。星の形に模られたガラス玉は輝きというだけなら宝石よりも煌びやかだ。

 

「私は黄色にしよーっと。目立つし。ナナは?」

「なんでも良いわよ」

「じゃあ一番地味で無難な白ね。アッくんは?」

「そうだな、オレは──」

「…………へえ、意外。アッくんは青選ぶと思ってた」

「別にオレ青色特に好きじゃないですよ。水は好きですけどね」

 

二週間後、カントルはお揃いのピアスを着けてステージに立つこととなる。動画で告知していた事もあり、ハルさんの目論見通り、グッズは好調の売れ行きを見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はアクアさんのことを知っていた。

 

陽東学園に入学したときに知ったのではない。もっと前から。中学生の頃から、私はアクアさんのことを知っていた。

 

2年前、従姉妹のナナ姉さんはロックバンドをやっていた。幼少期からクラシックの世界でピアニストとして努力してて、私はナナ姉さんが天才だと疑いもなく信じてた。けど上には上がいて、ナナ姉さんすら凡人扱いされて、姉さんはクラシックで大成することを諦めた。

でも音楽に対する執着は捨てられず、クラシックからロックへと転身する。音楽の世界ではよくあることらしい。元々天稟のある人だ。ギターもベースも常人よりはるかに短いスパンで習得した。

 

新しい音楽にナナ姉さんはあっという間に馴染んだ。馴染んだゆえに良くないこともあった。ロックの世界は不良の世界と紙一重。ナナ姉さんの知り合いや友達にガラの悪い人が増えるのは当然だった。

 

「ナナ姉さん、ピアス開けたん?」

「ん、まあね。付き合いで」

 

少しずつ私生活が派手になり、ハルさんほどじゃないけれど、男遊びもするようになった。

 

そんな姉さんが嫌だった。あの人はいつも綺麗で、かっこよくて、才能があって、私の憧れだったから。あの人が堕ちていく姿なんて、見たくなかった。

 

でもある日、ナナ姉さんの男遊びがピッタリと止まった時があった。

 

今までバンドにサポートで入ったりすることが主だった姉さんが本格的にメンバーを集め、three-pieceバンドを作ったのだ。バンド名はcantor(カントル)。意味は音楽を楽しむ歌い手。カンタービレの語源だと言っていた。

 

3人のメンバーの内、1人は知っていた。ギターアンドボーカル鷲見はるか。姉さんと同じクラシック出身。分野は声楽でピアニストの姉さんとは少し畑が違ったけど、顔を合わせる機会は何度かあった。姉さんとは性格正反対で、お互い嫌ってるっぽいのに、何故かよく一緒にいた。あの2人の友情は私にはちょっとわからなかった。

 

そしてもう1人は知らない人だった。歳は私と同じくらい。けれどその容姿の良さは私なんか比較にならない。煌めく蜂蜜色の髪は肩近くまで伸びている。体格は華奢で小柄。けれど力強く情熱的なドラムス。

名前はマリン。名字は知らない。姉さんにも聞いたけど、秘密と言われた。

 

この3人で活動するようになってから、姉さんはまたかつてのように輝き始めた。

 

私もライブを観に行った。楽しそうにベースを弾き、3人で笑い合い、ステージに立っていた。憧れたあの人が戻ってきた。

 

カントルの活動はインディーズバンドとしてはかなり順調で、フォロワーも増え、グッズも売れるようになっていった。結成一年後には全国ツアーなんかも行っていた。

 

ある日、SNSに一つの動画がアップされた。

 

バンドメンバー全員でお揃いのピアスを着けようという内容のものだった。既にピアスホールを開けていたハルさんと姉さんは新しくピアスを作るだけだったが、まだ開けていないマリンは新しく開ける必要がある。メンバーがピアッサーを用意して、ちょっと嫌がるマリンを押さえつけながら両耳にピアスを開けていた。

 

そして穴が安定する二週間後、お揃いのピアスを着けた写真がアップされた。ハルさんは黄色。姉さんは白。そしてマリンちゃんは赤い星を模ったピアスだった。

界隈ではメンバーの仲の良さや結束感が話題になり、ちょっとバズった。

 

写真が投稿されてから少しが経った頃、地元のハコでカントルがライブをした。私はそのとき用事があって観に行けなかったのだが、帰り道に近くを通りかかった。

 

───あ…

 

裏通り。ホテル街へと続く道から人が出てくる。1組の男女だった。背丈はほぼ同じくらいか、少し女の方が高いくらい。自分とよく似た桃色がかった茶髪の女性と夜の闇の中にあってなお眩く輝く黄金色の髪の少年。2人ともしっかりと手を繋いでおり、どう見ても男女の関係に見える。

 

1人は寿ななみ。自分の従姉妹。もう1人は誰かわからなかった。だけど私には彼に見覚えがあり、そしてある特徴があった。

 

少年はマリンと同じ、右耳に紅い星を模ったフックピアスを着けていた。

 

───綺麗…

 

信じられないぐらい整った顔。発展途上の華奢な身体。煌めく蜂蜜色の髪。星の輝きを放つ、青い瞳。

 

なにより、私が憧れた姉さんが、私に見せたことのない顔で、彼に寄り添っていた。

 

───ナナ姉さんに、あんな顔をさせる人がいるなんて…

 

生まれて初めて、異性に強く興味を持った。カントルを追っかけていくうちに、マリンとあの人が同一人物であることも知った。気がつけばあの人に夢中になっていた。

 

───あ…

 

バンドを結成して2年が経ち、マリンがバンドから脱けた。その時、ぽっかりと穴が空いたような気分になり、私のカントルへの興味も消え失せた。そのことに気づいた時、頬に静かに雫が伝った。

 

───そっか、私……

 

名前も知らない星の輝きを放つあの人に、恋をしていたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルビーちゃん、やっぱりやめようやぁ」

「大丈夫大丈夫」

 

みなみは今日、ルビーに半ば無理矢理連れられる形でララライスタジオ近くへと足を運んでいた。腕を引っ張りながらも前へと進む蜂蜜色の髪を背中まで伸ばした可愛い少女も、口では大丈夫と言いつつも、声色と動きから緊張感が伝わってくる。

そう、みなみはルビーに舞台東京ブレイドの稽古風景を見学しようと誘われていた。けれど業界人が許可もなく稽古風景を覗くのはNG。100歩譲ってルビーは主演男優の妹という事でギリ許されるかもしれないが、みなみは完全に部外者、無関係。バレたら絶対ドヤされる。ただでさえモデル事務所はそういうのに厳しいのに。

 

「だってね!最近お兄ちゃん帰ってくるのいっつも日付けが変わる頃なんだよ!帰ってきても洗面台でゲーゲーやってるし!日を追うごとにやつれてってるし!絶対現場で人間関係うまくいってなくて現場でイジメられてるんだよ!謂わばコレも授業参観!見学も家族の義務だと思うわけ!」

「お兄さん、帰んの遅いん?」

「それだけじゃないよ!最近私が朝とか起こしに行くんだけど、いっつもうなされてて。なんか悩んでるのは間違いない」

 

そう、毎日帰ってくるのは深夜。顔には疲労とそれ以外の何かがありありと浮かんでいる。まるで何かが取り憑いているかのように、どんどんやつれていっている。

 

───それなのに……疲れてるはずなのに…

 

昨日、帰ってきた兄を見た時、ゾクッとした。何かに苦しみ、悶えるアクアが、美しく見えた。ママのような、眩しさに目が焼かれるなオーラとは違う。けど恐らく種類は同じだと思う。見る者の視線を強制的に引き寄せる、魔性の闇。ママのオーラをスポットライトの光とするなら、アクアのオーラは深海の闇。どちらも生物を活かすと同時に死に引き寄せる。光り方が真逆なだけで、系統は同じだ。

 

───どんどん綺麗になっていく。どんどんママに近づいていく

 

羨ましいと思うと同時に心配だった。このままでは本当にあの人はママの全てを受け継いでしまう。良いところも悪いところも。あの人の行き着く先に何があるか、結末は12年前にすでに見ている。このままではアクアも同じ道を辿ってしまいそうで、心配だった。

 

「ルビーちゃん、お兄さん大好きやなぁ。気持ちは分からんでもないけど」

「は!?そんなんじゃないし!私がいないとあの人いつか霞になって消えちゃいそうだから面倒見てあげてるだけだし!まったくどっちが妹なんだか!」

「君ら、誰かの出待ち?」

 

ムキになってみなみの言葉を否定していると、後ろから声が掛けられる。振り返ると役者らしき男が肘を塀についていた。金髪だがアクアやルビーのような地毛でなく染めているのだろう。頭頂部は黒くなっている、いわゆるプリンヘアだ。

 

「んー、誰?」

「あっ、そういうのじゃなくて…」

「えー、じゃあ役者の子?2人とも可愛いもんね」

「えへへ、でしょー?」

「そんな、可愛いなんて…」

「どこの事務所の子?良かったら今度遊びに行かない?コレ俺のLINK」

「あー……」

 

まあ、役者さんだし、付き纏われても困るし、連絡先くらいいいか、と携帯を取り出そうとしたその時だった。

 

「すみません、鴨志田さん。この子オレの妹と友達なんです。そういうのは勘弁してもらえませんか」

 

スマホを取ったみなみの手を覆い、庇うように前に出る。染めた髪とは違う、自然な艶の蜂蜜色はまさに黄金と呼ぶにふさわしい。少年の名は星野アクアと言った。

 

「お兄ちゃん」

「アクアさん…」

「えー、なに星野。お前もしかしてその子狙ってんの?彼女いるくせに。あかねちゃんにチクっちゃおうかなぁ」

「構いませんよ。あかねはそれくらいでどうこう言う女じゃないですから。それより身内の安全の方が大事です」

 

ほら、携帯しまって、と掴んでいたみなみの手をカバンへと突っ込む。そのまま駅の方向へ身体を向けさせた。

 

「ルビー、お前がなんでここに来てんのかは後で聞くから。今日はもう帰れ」

「えー!お兄ちゃんの稽古風景見学しに来たのにー!」

「今日はもう稽古終わってるよ。オレは自主練してただけ。ほら、帰った帰った」

「ならなんで最近帰ってくるの日付変わってからなのー!」

 

背中を押されながら手足をジタバタさせて抵抗する妹に兄が溜息を吐くと同時、「ハッ」と嘲笑する声が響いた。

 

「最近稽古は日が暮れる前には終わってんのにお前は朝帰りしてんのかよ。そういや帰る時お前と黒川、いつも一緒にいんな。黒川いない時は不知火さんと懇ろだし。はっ、お前も取っ替え引っ替えやる事やってんじゃん。なら俺だって文句言われる筋合いねぇと思うけど?」

「変な勘違いやめてください。自主練してるだけですから。フリルとも最近は全然話してませんよ」

「ねぇ、やることやってるって、何?」

 

アクアと鴨志田が口論している間にルビーがみなみに耳打ちする。やることの内容に察しがついている桃色髪の少女と違って、純真無垢な紅い瞳は本当になんの話か分かってない様子だった。

 

「…………ホンマかウソかはわからんけど、あの人が言うてんのは……えっちなことやろ」

「エッ!?」

 

聞かされた内容は思春期少年少女なら誰もが興味を持つ、しかしルビーにとっては色々トラウマがある部分だった。

 

「そんな……」

 

まるで崖から突き落とされたかのような絶望的表情を浮かべている。しかし従姉妹のこともあり、みなみにとって馴染みはゼロではない内容だったため、アクアを責める気にはならなかった。

 

「あんな綺麗な彼女おったらそりゃそういうコトになるのもしゃーないよ。アクアさんかて16歳の男の子なんやから。やつれるほど毎晩するのはどうかと思うけど」

「──しない」

「ルビー?」

「お兄ちゃんはそんな事しない!!」

 

一歩下がってヒソヒソ話していた場所から離れ、ズンズンと歩いていく。鴨志田とアクアの間に割って入った。

 

「お兄ちゃんは高校生相手に軽はずみに子供ができるような事しません!!兄の事何にも知らないのに適当な事言うのやめてください!!」

「は?なに急に。なんで突然この子キレてんの?え?もしかしてブラコン?キモ、せっかく可愛いのに」

「ブラコンじゃありません!信じてるんです!私はアクアのこと、世界で三番目に尊敬してて、世界で一番信じてるんです!」

「ルビー、わかった。わかったからもう帰れ。鴨志田さん、妹がすみません。オレも今日は帰ります。お疲れ様でした」

「あ、おい──」

「放してお兄ちゃん!私はまだこの人に言いたいことが──」

「一応同じ現場の俳優さんだから。これ以上ややこしくすんのはやめてくれ」

 

再び背中を押す。今度は駅前まで解放されなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんであんな事言われっぱなしにしておくの!」

 

駅前、怒り心頭のルビーを相手にアクアは宥めるようにスタバで購入したフラペチーノを手渡した。

 

「別に好きに言わせときゃいいだろう。真実はオレとあかねが知ってりゃいいんだし。あんなの一々噛みついてたらキリがねぇ」

「だからってさー!あんな風に言われるの私が気に入らない!」

「こういう現場来ると根も葉もない噂なんざ幾らでも入ってくるぞ。もっとスルースキル身につけろお前は。真面目に価値があるのは義務教育までだぜ」

 

もう一つのマキアートをみなみに手渡す。アクアも購入したコーヒーに口を付けた。

 

「あ。ありがとうございます」

「いいよ。こちらこそ愚妹と仲良くしてくれて本当に感謝している。色々ワガママ言うだろうが、見離さないでやってくれるとありがたい」

「あははは…」

「そんな事よりお前、女の連絡先とかガツガツ聞いてくる相手に軽率に情報与えるなよ?そういう2.5役者はたいていエグい。火傷じゃ済まなくなる。会おうとかDM来ても絶対乗るな。ルビー、そういう相手いるなら今のうちに教えとけ。ブロックしてやるから」

「それは偏見じゃない?」

「自分以外全員敵くらいに思っててちょうど良いんだよ、芸能界は」

 

コーヒーを呑みくだす。この手のことに関して、それなりに良い思いも痛い思いも両方してきたが故の、重い説得力のある言葉だった。

 

「…………お兄ちゃん」

「ん?」

「最近帰り遅いの、自主練してるだけなんだよね?」

「ああ。あかねも一緒なのは共演するシーンが多いから。それ以外に理由はない」

「ほんとにほんと?」

「ほんとにほんと」

「ほんとにほんとにほんと?」

「くどい」

 

顔の造形ほぼ同じ2人がしばらくじっと見つめ合う。妹の疑いの視線を兄は真正面から受け切った。

 

「わかった。信じる」

「最初からそう言ってりゃ良いんだ。大体お前オレへの尊敬世界で三番ってなに。一番は母さんだとして、二番誰だよ。ミヤコ?」

「ナイショ。私の初恋だもん」

「へぇ、お前そんなのしてたのか」

「ショック?」

「全然。寧ろ安心した。お前アイドルへの憧ればっかでその手の経験皆無そうだったから。恋愛は免疫つけとかねーと後が酷いからな」

 

一つの恋愛に夢中になって、溺れすぎて、壊れてしまった人間も何人か見てきた。出会いと別れは人の営みの中に必ず存在する必然。出会いの嬉しさも、別れの悲しさも、人生を変える大きな要素となりうる。免疫をつけていなければならない。

 

「ちなみに相手は?」

「言っても無駄だよ。お兄ちゃんの知らない人だもん」

「お前が知っててオレが知らない人とかいるのか?芸能科の生徒?」

「ううん、もっと大人の人」

 

ますます分からない。学校の先生とかだろうか。でも小中と同じ学校に通ってて、オレが知らない先生がいるとは思えなかった。

 

───ま、いっか

 

考えてもわからないことは考えない。ルビーが言ってるだけで、オレが知ってる人の可能性だって普通にあるし。それにこれ以上この話題を続けて、オレの女性関係について突っ込まれるのは嫌だった。無責任に子供できるようなマネはしてないつもりだが、妹に話せるような事もしていない。全て赤裸々に明かせば絶対軽蔑される。それは嫌だった。

 

「ちょっとトイレ借りてくる。お兄ちゃんはこの後どうするの?」

「自主練。先に帰ってろ。帰りは夜になるから、飯はいらないってミヤコに伝えといてくれ」

「お兄ちゃん、いつも自主練ってどこでやってるの?」

「五反田スタジオ。もしくは公民館のホール」

「監督のところだけじゃなくてホール?お金は?」

「あの手のホール、借りるのめちゃくちゃ安いんだよ。2時間で200円」

「200円!?意味わからんほど安くない!?」

「こういう時のために高い税金払ってんだ。利用しないとな」

 

疑問が解消されてスッキリしたのか、紅い瞳に星の輝きを左目に宿す少女は朗らかな顔でコーヒー店の店の中へと入っていく。フウと息を吐き、壁にもたれかかった。

 

「ホンマにお疲れみたいですね」

 

心配そうに覗き込んでくるのは良く知るあの人の面影を強く残す女の子。従姉妹というのは血縁としては薄い部類に入ると思うのだが、みなみちゃんとナナさんはよく似ていた。

 

「あの、ありがとうございました。助けてくれて…」

「別にお礼を言われるほどのことはしてない。でも寿さんももっと警戒心持った方がいい。さっきも言ったけど、ああいう2.5役者はたいていエグいから」

「───なら、正体隠してるバンドマンは、エグいですか?」

 

コーヒーをむせそうになる。思わず指に力が入った。

 

「やっぱりマリンちゃんやったんですね、アクアさん」

「…………ナナさんが喋ったのか?」

「いいえ。でも気づいたきっかけはナナ姉さんです。ドラマとか興味ない姉さんが、夢中になってネットドラマ見てたから」

 

ネットドラマ『今日あま』。演技素人のモデルばかりが集められ、早々に駄作の烙印を押されたドラマ。なんの話題にもなっていなかったソレをあの人は最終回だけ何度も見ていた。きっかけには充分だった。

 

「それだけで?」

「カントルのみんなでお揃いのピアスつけて活動してた時期、あったやないですか」

 

あった。広報活動の一環で、同じデザインで色違いのピアスをつけていた時期がカントルにはあった。

 

「あの時、マリンちゃんがつけてるのと同じピアスしてる男の子が姉さんと仲良く歩いてんの偶然見て……気になって後つけたら、その…」

 

その先は口にしなかった。そしてしなくてもなんとなくわかる。あの頃はオレもハルさんもナナさんも時間があればホテル行ってセックスしてた。人生で一番動物だった時期だ。おおかた2人でホテル入るところでも見られたんだろう。

 

「…………多分、姉さんは今でもアクアさんのこと、好きなんやと思います」

「オレもナナさんのことは今でも好きだよ」

「アクアさん、今でも姉さんと関係続けてるんですか?黒川あかねと付き合いながら?そうなんやとしたら──」

「だとしたらどうする?あかねやルビーにバラす?世間に公表する?」

「…………………」

 

口元に笑みを浮かべながら、穏やかに話す。しかしその穏やかさがみなみには怖かった。疲労でやつれた顔。身に纏う視線を吸い込むオーラ。不気味でありながら背筋が粟立つほど美しい。こういう人は自身の滅びを何も恐れない。そして保身を考えない天才の末路は他を圧倒する栄光か、周囲丸ごと巻き込む破滅か、どちらかだということ寿みなみは知っていた。

 

フウとアクアがもう一度息を吐く。それと同時に空気が一気に弛緩する。身の毛がよだつようなオーラが消え失せた。

 

「安心しろ。オレとナナさんはもうそういう関係じゃない。相談する事とかはあるけどな。今は気の置けない友人だよ」

「でも、今でも好きって……」

「好きな女友達がいるのも罪か?」

 

そう言われると何も言い返せなかった。少なくともアクアは好きの種類がラブではなくライクだと宣言した。

 

「オレがキスできるのも、彼女と呼べるのも、今はあかねだけだよ。その事にオレは一切まったく不満はない」

 

壁に寄りかかっていた背中が離れる。店のトイレから出てきたルビーと合流していた。

 

「残念やったね。あれはビジネスだけちゃう。ホンマもんやわ」

 

この場にいない、未だあの人に恋をしている姉に語りかける。

 

そして、自分にも。

 

「さよなら、私の初恋」

 

走り寄る。ショーウィンドウ前で「ケーキ奢って」と兄にねだり、「調子乗んな」と軽く喧嘩している兄妹の間に、割って入った。

 

 

 

 




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
というわけでみなみちゃんとルビーをナンパの魔の手から救ったのはアクアでした。ルビーの反論を聞いてる時、アクアは内心冷や汗かいてます。でも避妊は心がけてるからセーフだよね、て感じです。本日アニメ放送開始!震えて待ちましょう!

以下本誌ネタバレ



フリル様演じ方判明しました。何を演じても不知火フリルらしさが香るというのは外連味と言い換えることも出来なくはないのでまるきり解釈違いではなかったかな、と思います。思わず注視してしまうってところは特に。けどプライドや目的のためなら暗黙のルールとか破っちゃう性格(キャラクター)ほど解釈一致はしなかったなぁ。もう書いちゃったものはしょうがないですが、あまり本誌と乖離しすぎないよう心がけるつもりです。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければモチベーション爆上がりです。時間がかかっても感想には必ず返信します。
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