12時を過ぎたシンデレラは恋慕と憧憬
火を知らぬ偶像は情念と占有
夕暮れの演者は崇拝と依存
その日、私は眠れなかった。
クライマックスの稽古中、アクアが倒れた。その倒れ方は普通でなく、不知火フリルは脳の障害すら疑うような状態だった。
私達の強い呼びかけでアイツは意識は取り戻した。誰の呼びかけが一番効果的だったのか、知りたいところだったが、あの時はそれどころではなかった。私も、アイツも。
現実を正しく認識するために頭を動かしている間に不知火フリルに先手を打たれる。アクアの肩を抱えて別室へと行ってしまった。
少し遅れて、彼女だからという理由で黒川あかねもそのあとを追った。
強い声で呼びかけた3人の中で、私だけが、取り残された。
その後は散々だった。心ここに在らずな身の入らない演技でこなせるほど今回の脚本は甘くない。今回初めて監督に外れてろと言われ、その後稽古に戻してもらえることはなかった。
稽古後、すぐに苺プロへと向かった。事務所について、ルビーと社長と会ったけれど、いつもと変わらない平穏な様子だった。どうやらアクアが倒れたことは知らされてないらしい。アイツらしいな、と思う。余計な……いや、私は余計じゃないとは思うけれど、とにかくこの2人に心配をかけたくなかったのだろう。なんでもできるアイツはなんでも自分1人で抱え込んで、解決しようとしてしまう悪癖がある。なまじなんとかしてしまうから、タチが悪い。間違った成功体験は過ちを繰り返す言い訳になってしまう。
「おかえり先輩。お兄ちゃんは?一緒じゃないの?」
私の口から話そうかとも思ったが、アイツの意に沿わないことをして嫌われるのもイヤだったため、監督の指示で居残り稽古をやっていると説明しておいた。
その後は苺プロで泊まらせてもらった。晩御飯を食べ、お風呂に入り、何度か使わせてもらった仮眠室で一夜を過ごした。
どんな時もスマホを見えるところに置いていた。
ご飯を食べてる時はテーブルの上に。お風呂に入ってる時は防水対策をして手元に。眠る時は枕元に置いていた。
その間に何度もLINKでメッセージを送った。
今どこにいるの、とか。身体大丈夫なの、とか。今日は帰ってくるの、とか。思いつく限りの心配事を30分ごとにLINKした。携帯が振動するたび手に取った。そして送り主がアクアでないことに落胆し、項垂れる。その繰り返しだった。
アイツの連絡を今か今かと待ち構える。そんな精神状態で眠れるはずもなかった。
翌日の午後。ようやくアクアが苺プロに顔を出した。
「おかえりなさい。貴方昨日はどこで泊まったの?」
「ただいま。五反田スタジオで自主練してそのまま。連絡しなくて悪かった」
「自主練のことは有馬さんから聞いてたからそれはいいけど。お昼は?」
「ありがとう、貰う」
昨日と同じ服を着替えながら、努めて平静に振る舞うアクアを見て、少しイヤな気分になる。この人が息をするように嘘をつくところなんて、何度も見てきた。だけど家族同然の身内にまでここまで自然に振る舞えるのか。もしアクアが私にウソをついたとき、私は気づけるか、不安だった。
真っ直ぐにシャワールームへ向かい、10分ほど水音が鳴り響く。サッパリした様子で出てきたアクアはラフな格好で事務所内を彷徨いていた。
「悪いな有馬。助かった」
何について礼を言われてるのかはわかった。倒れたのを内緒にしたこと。外泊理由を稽古だと言ったこと。それらに関する感謝だ。
「なんで今の今まで連絡の一つもよこさなかったのよ!LINK見てなかったの?!」
小声で、けれど怒りを込めて囁く。湯気の立つ蜂蜜色の頭はペコリと下げられた。
「ごめん。あの後すぐ眠ってて携帯一切見てなかったんだ。気づいたのは帰路についてからだった」
「アンタ昨日はどこで泊まったの?」
「フリルのマンション」
「フリルのマンション!?」
息を呑む。なんと危険な橋を渡るのかこの男は。キッと強く睨みつけた。
「撮られたらどうすんのよ!この舞台直前の大事な時期にスキャンダルとか洒落にならないわよ!」
「大丈夫だよ。マンションには別々に入ったし、万が一お前の言うように一緒にいるところ撮られたとしても今は舞台共演中だ。仕事の延長で言い訳はいくらでもできる」
「それはっ…!そうかもだけど!」
そういう問題じゃないと言いたいが、言えない。一応コイツへの私の恋心は隠しているつもりなのだ。これ以上文句を言ってしまうと勘のいいコイツは気づいてしまう。
「何もしてないんでしょうね!」
「してないしてない。あかねもいたし。流石に2対1で何かできるほど豪胆じゃねえよ」
「あ・か・ね・も・い・た・し?」
そっぽ向いて話していたのだが身体の向きが180°回転する。なんでもなさそうに虚空を見つめる星の瞳が苛立ちを掻き立てた。
「黒川あかねと不知火フリルの3人で一晩過ごしたの?」
「らしいな。オレはほとんど寝てたからあかねが泊まったこと知ったのは今朝だったが」
「その後は?」
「あかねが作った朝メシ3人で食べて今後の方針話し合って解散」
余談だが母親の記憶喪失について話したことやその後あかねと色々あったことについて、アクアは有馬に伏せる。余計な諍いを招くだけだし、もし誰かに愚痴られたら星野アクアの信用に関わると判断した。
「黒川あかね、料理できるの?」
「ああ、美味かったぜ。今時男女どっちが料理できてもいいとは思うが、やっぱメシは自分が作るより他人に作ってもらうほうが美味いな」
「ぐっ…」
有馬かなは料理の類はほとんど出来ない。そんなことに構ってられる時間も余裕もなかったし、子役時代に引くほど作った貯金にあかせて食事は大体ウーバーなどに頼ってきた。
───アクアが、そういう家庭的な女子がタイプって感じはしないけど……
アクアは交際相手に良くも悪くも対等であることを求める。故に女なら、とか女のくせに、的な発言を有馬にした事は一度もない。しかしそれはそれとして誰かに何かしてもらうということに関しては人並みに嬉しかったりするらしい。
「…………今後の方針について話し合ったって、どんな話したの?」
「内緒」
口元に人差し指を持っていき、こちらへウィンクする。
ずきりと心臓に痛みが走った。
この男は基本クールで澄ました顔がスタンダードだが、たまに柔らかく微笑んだり、アイドルが見せるような、キザな所作をする時がある。不意打ちのように時折顔を出すその笑みや仕草は、こちらの無防備な心にグサリと刺さる。自覚できるほど紅くなった顔を見せないためにアクアから顔を背けた。
「な、なによ!演技の話なら私だって混ぜてくれてもいいでしょ!」
「後半パートについての話だったからな。その辺有馬敵だし。余計な情報は与えねーよ」
「なら不知火フリルだってそうじゃない!」
「そうなんだけどな。今回は借りがあった」
借りがあった。その一言で納得してしまう自分が少しイヤだ。アクアが人に貸しを作るのが嫌いなことは知っている。フリルは今回アクアが倒れた時、誰よりも適切に対処し、介抱してくれた。そのことをアクアが借りと思うのは当然だ。借りを返すために敵に演技方針話すくらいのことはするだろう。
───でも、あかねは?
今回の騒動において、あかねはアクアに貸しというほどのことはしていない。大体今ガチであれだけ足を引っ張ったのだ。貸し借りで言えばアクアの持ち出しが圧倒的に多い。それなのにアクアはあかねには演技方針を話した。
もちろん今回あかねはアクアの相棒ポジで、恋人ポジだ。貸し借りなど気兼ねなく話をしても、なんらおかしい間柄ではない。
───私は?
確かに後半、アクアと私は敵方だ。でも刀鬼とつるぎにはカップリング要素もあり、完璧な敵対関係とは言い難い。アクアの演技方針について、私的な意味だけでなく聞いてみたい願望はある。
だけど、アクアは話してくれなかった。内緒と唇を真一文字に結び、キザな所作を重ねることで誤魔化された。
星野アクアにとって、有馬かなは貸し借り抜きで話ができる相手ではない、と言われたも同然だった。
───貴方にとって、私ってなんなの?
聞きたい。尋ねたい。喉元まで競り上がったそのセリフを呑み込む。そんなことを聞いてしまってはバレる。もう今更バレバレなんだとしても、自分から負けを認めるようなマネはできなかった。
───負けってなによ…
心の中で自嘲する。負けってなんなのだろう。この場合私は誰に負けることになるのだろう。不知火フリル?星野アクア?それとも、黒川あかね?
頭を掻きむしる。誰だとしてもイヤだった。絶対に認めたくなかった。
▼
それから少し、時間が流れる。その日の午後から、舞台稽古に入った。公開までもう半月を切っている。小道具やステージを利用した、本番に近い状態で稽古を重ねていく。
「アクアくん」
稽古中も、そうでない時も、常にアクアの側に青みがかった黒髪の少女が侍っていた。隣を歩き、腕に絡みつき、他人には聞こえないように口元を耳に寄せる。あまりベタベタされることを嫌うはずのアクアも、特に不快そうな態度はとらなかった。あかねにはパーソナルスペースに踏み込むことを許していた。昨日と今日で明らかに距離感が違う。
「──何かあったのかな、あの2人」
「もしかして遂に───」
「えっ、そうなの!?この間まであかねまだキス止まりって言ってたのに───」
「逆に不知火さんは2人から距離取ってない?流石に諦めたのかな?」
「まあ役柄的にあの2人とは敵対関係なんだし、普通と言えば普通だけど。今までが近すぎたのよ」
3人の態度の変化に、女性キャスト陣はあることないことコソコソと話し合う。恋バナは女子の華。その声は当然有馬の耳にも届いていた。
───アイツはビジネス彼女にそんなことしないわよ
そう言い聞かせながらも不安はある。足元がおぼつかない。まるで断崖絶壁に立たされているかのような、一歩間違えれば奈落に落ちるかのような、そんな錯覚に陥ってしまう。
あの2人はどこまで行ってるんだろう。もう恋人としてやること全てやっているのだろうか。アクアは責任オバケだ。手を出すとすればそれだけの覚悟を決めてしているはず。あかねもウブな分、そういう相手には重い感情をぶつけるタイプだろう。既成事実が出来たのなら、もういくところまで行く決意をしててもなんら不思議ではない。
「貴方にとって、私ってなんなのよ」
アイツには絶対聞こえない声量で呟いた。
「黒川のこと、そんなに嫌いか?」
声が降ってくる。いつのまにか隣に立っていたのは今回の主演俳優。黒髪にメガネ。ある意味アクアと対照的で、パッとみただけでは俳優とは気づけないかもしれない。名前は姫川大輝。今一流と呼ばれる舞台役者だ。
「別に、そんなんじゃ──」
「まあ同期でお互い子役からやってんだから、確執はあるとは思うけど」
一冊の本が手渡される。結構前の雑誌だ。タイトルは演劇時代。この頃はまだ私もアイツも子役と呼べる時期だろう。
「黒川はお前のこと、悪くは思ってねーと思うから、少しは仲良くやれよ」
眼鏡を外す。模造刀を構えた彼は俳優へと変貌していた。
▼
「アクアくん」
台本を読み込んでいると、声がかけられる。視線を向けなくても、誰が来ているかわかった。
顔を上げる。台本片手にすり寄ってくるのは青みがかった黒髪を背中近くまで伸ばした少女。
黒川あかね。今回の舞台東京ブレイドの共演者。中でも常に隣にいるパートナーの役を務めている。本番まであと僅か。相談する事柄が尽きることはない時期だが──
───明らかに、距離が近くなった。
今までも仲が悪かったというわけではない。寧ろ良好。世間一般が理想とする彼氏彼女をやれていたと思う。
しかし理想とする彼氏彼女をお互い演じていたとも言える。
リアリティショーでくっついたビジネスカップル。アクアもあかねも仕事の延長という意識は多かれ少なかれあり、腹の底は見せ合っていないと自覚していた。
しかし、あの倒れた夜から。オレの彼女を務めるあかねの覚悟を聞いた時から、空気が変わった。
───ビジネスを超え始めてるのかもしれない。あかねも、オレも。
今まで身内以外誰にも話したことのない話をしてしまった。母親の記憶がない事についてはルビーにすら話していない。そんな秘密を共有してしまった。もうとっくにビジネスの一線は越えている。
そういう意味ではあかねがオレとの付き合いにマジになってくれるのはこちらとしてはありがたい話だった。
致命的なところは話していないつもりだが、コイツの優秀さならいつか自力で、オレよりも早く真実に辿り着いてしまうかもしれない。その時オレとの仲が良好でなければ、あかねから答えを聞けないし、あかねを守るという点でもやりにくくなる。彼女を手元から離すわけにはいかなくなった。
───だから、あかねの変化はまだいい。問題なのは……
チラと横目で見る。視線の先にいる泣きぼくろの美少女は姫川大輝と何やら話し込んでいる様子。
そう、気になるのは彼女。オレの秘密を共有してしまったもう1人、不知火フリルだった。
「アクアくん?聴いてる?」
「ああ。この時の入りはあかね中心に。オレも引き立つ動きに徹する。問題があるとすればこの時の戦いに刀を無くしたシースにもスポットを当てなければいけないってところなんだが…」
もう一度。今度は堂々と不知火フリルへと目を向ける。視線を感じたのか、それとも違う理由か。アクアと目が合った彼女は自然に、けれど少し露骨に、フイと目を逸らした。
「…………オレ、なんか避けられてる?」
そう、あの日から、フリルはオレのことを避けるように、は言い過ぎかもしれないが、明らかに距離を取るようになった。今までは用事がなくともオレをからかったりオレで遊んだりしていたのだが、そういうのを全くしなくなった。もちろん会話自体を避けているというわけではない。用事があれば話はするし、邪険な対応をされるというわけでもない。けれど、何やら壁を感じるようになった。
「フリルちゃんは距離を取る選択をしたのかもね。アクアくんが私に 《別れよう》って言った時みたいに」
その可能性は高いと正直思っていた。アイツなら複数犯の可能性にも気付き、オレと関わりが深くなれば自分にも危害が及ぶと推測したとしてもなんら不思議ではない。だとしたら責めはしない。オレから距離を取るというのは実に正しい選択だ。流石は不知火フリルと称賛さえするだろう。
───けど、らしくねぇな
らしさの押し付けなど、アクアが最も嫌う事だが、それでも思ってしまう。らしくない。アイツは自分のプライドと主義を守るためなら大抵のことはする。自分の納得こそが最も大切と思っているからだ。だから暗黙のルールを破ってでも今ガチにも出ていた。もしかしたら東京ブレイドもそうかもしれない。舞台の拘束時間は結構長い。フリルほど多忙なタレントが受けるのは少し不自然だ。
「その程度の想いだったんだよ、フリルちゃんは」
違和感を感じ、黙り込むアクアを尻目に、冷たい口調であかねは言い放った。
「…………だとしたら、なんか変だな」
アクアのことを親友と呼んでいた。実際そこそこウマも合い、幾度も現場を共にし、家族以上に密な時間を過ごしてきた。アイツはアイツで結構ヤバい橋を渡ってここまで来た。まだ出資した分の回収はできてないだろう。それなのにこんなにも早く損切りするのかと思ってしまうのは、オレの願望ありきの解釈だろうか。
色々厄介ごとを押し付けられもしたが、トータルで言えばオレはアイツに恩も借りもある。このままサヨナラは出来ればしたくなかった。
「アクアくん。典型的な押してダメなら引いてみろに引っかかってるよ」
「やっぱり?」
「そういう戦略なんだとしたら、その程度の想いっていうのは訂正しなきゃだけどね」
「ちょっと。何アンタ達さっきからコソコソ話してんのよ」
あかねの目つきが一気に剣呑になる。会話を邪魔されたからか、それとも話しかけてきた相手が有馬かなだからか。とにかくオレには向けたことのないような目でベレー帽の少女を見下ろしていた。
「なに睨んでるのよ」
「睨んでないですけど」
「ウソつきなさい。いつも眠そうな目が私の時だけ異様にキッとしてるでしょ」
「誰に対してもこうですけど?」
「ならさっきまで台本読んでるアクアの横顔見てた時の目と比べてあげましょうか」
カァっと赤くなる。突っかかりそうになったあかねをアクアの手が止めた。
「有馬。喧嘩売りに来たなら帰れ」
「あら。流石はビジネス彼氏。随分優しいじゃない。けど安心して。ちょっと世間話しに来ただけだから」
「世間話?」
「そ。例えば、役者をはじめたキッカケについて、とかね」
役者をはじめたキッカケ。俳優やってれば一度はインタビューで聞かれる質問。役者同士でも何度も話題に上がる事柄だ。確かに世間話と呼ぶに相応しい。しかし、この何気ない世間話はあかねにとって鬼門らしい。唇は真一文字に結ばれ、冷や汗が頬を伝った。
「天才役者と名高い黒川あかねさんが役者をはじめたキッカケってなんだったんですかー?」
「な、なんだっていいじゃ──」
「なになにー?子役の時のインタビュー雑誌があるってー?へー、憧れの役者さんがいたんだー。誰なんだろーねー?きっとすごい役者さんなんだろうなー」
棒読みと共に取り出されたのは一冊の本。『演劇の時代、子供劇団特集』と銘打たれている。
「なにあの本」
「ちょっ!それっ!どこでっ」
「あら?あらあら?あらあらあらー?憧れの人って私!?あかねちゃん私に憧れて演劇始めたのー?」
あかねの取材ページを大開きにして目前に迫る。確かにインタビューには有馬かなへのまっすぐな憧れが記載されている。
「やだもー!私が大好きならそう言ってくれればいいのにー!ごめんね?私は貴方のこと大嫌いで!一方通行の思いでごめんねー!」
「お前この雑誌どこで手に入れたの。10年以上前のじゃん」
「ララライの誰かが保管してたやつに決まってる!誰!?誰が教えたの!」
「すまん」
「姫川さん…」
髪を振り乱して怒るあかねを前に、あっさりと自首したのはララライ看板俳優、姫川大輝。フリルを除いたこの場にいる全員が強くは出れない相手に、あかねは怒りの矛先を下すほかなくなった。
「ライバルなのは知ってたつもりだったが……反転アンチだったか」
「そんなんじゃないよ!アクアくん雑誌じっくり読まないで!」
有馬から受け取っていた雑誌を取り上げられる。そのままゴミ箱へと叩きつけられた。
「…………そりゃ、昔はそうだった。同い年でテレビに出てて大人気のかなちゃんを見て、憧れの気持ちで劇団に入った」
「けど現実は?」
「見ての通りコレよコレ!そりゃ100年の愛も冷めるでしょ!態度大きくて失礼で!人のことこんなふうにバカにして!」
わざわざゴミ箱から雑誌拾って再びページを開いてケラケラ笑う有馬かなに指を指す。確かに性格の悪さは弁護のしようがなかった。
「マルチタレント気取りでアイドルとかやって!ユーチューブでメムちょに乗っかってお金稼いでるくせに!」
「ちょっとスタッフさーん?稽古場に素人厄介ファンが紛れ込んでてて怖いんですけどー?」
「誰が素人厄介ファン──」
「やめとけあかね。根が善人のお前じゃ有馬にレスバでは勝てない」
「そんなことない!代表作ピーマン体操の人なんかに負けない!」
結構いいパンチが有馬のボディにグサリと刺さる。高笑いが消え、膝から崩れ落ちた。
「そっちだって代表作は恋愛リアリティショーでしょうが!マルチタレントはどっちよ!」
「おっ。これはいいカウンター」
「やっぱ有馬レスバ強いな」
「…………今のはちょっとオレにも効いた」
噛み締められたあかねの唇から血が滲む。アクアも心臓を抑えて蹲った。
「まあ有馬の口の悪さは今に始まったことじゃねーけど」
「ああ。そういやアクアも子役の頃有馬と共演してたんだっけ」
「あの頃から酷かったなぁ。オレなんてコネ扱いされて……いやまあ実際コネだったわけだが。大御所気取りで自分の六倍以上歳上のADさん使い走りにして、オレにも『遊びに来たなら帰れ』的なこと言ってきてなぁ」
「うわぁ…」
「まあその後しっかり演技でわからせてやったわけですが」
「そうなの!?」
鳴嶋にだけ話してたつもりだったのだが、聞いてたらしいあかねが食いつく。
「ああ。オレの演技見た後、私の方が全然ダメだったーって大泣きしてなぁ。自分からリテイク頼み込んで、でも結局納得いく仕事はできなかったみたいで、そのままバラシ」
「えらい!さっすがアクアくん!天才!私の自慢の彼氏!」
嬉しそうに手を叩く。喜色満面の笑みを浮かべ、腕に抱きついてきた。
「ちょっとアクア!古い話するんじゃないわよ!てゆーかよく覚えてるわね!」
「まあ三つ子の魂なんとやらで、基本的な性格は変わってねーけど、コレでも子供の頃に比べればだいぶマシになった」
「コレってなによ!別に私アンタには……その、最初だけでしょ!」
「そうなの!性格終わってたの!アクアくん知ってるならもっと味方してよ!」
「下手に味方したら口喧嘩に巻き込まれるだろう。オレも根が善人だから多分勝てない」
「根が善人?誰が?どこが?」
「うるせーぞフリル。ここぞとばかりにチャチャ入れんな。一切関わってこなかったくせに。人のこと責められるポイントは逃さねーなこのドS」
「アクアくんは善人だよ。すぐ偽悪ぶるし、普段はクールで澄ました正論マシーンだけど、クールの向こうに熱がある。ほんとにピンチの時は手を差し伸べてくれる。なんちゃってヒールツンデレ王子だもんね」
「ありがとう、あかね。そう言ってくれるのはお前だけだよ……ところどころディスられてる気がするのは置いておこう」
あかねの肩に肘をかける。少し体重を預け、フリルと有馬を正面から見据えた。
「オレもあかねも口喧嘩じゃ勝てない。だから演技で負かす。あの時のように。できるさ、オレとお前ならな」
「っ!!うんっ!」
稽古で使う小道具を持ってステージ裏へと向かう。その背中に縋り付くように、あかねも着いていった。
▼
「───っとに、ムカつく」
舞台袖へと向かった2人の背中を見据えながら、小声で呟く。聞こえていたのか、少し心配そうに鳴嶋くんがこちらを覗き込んできた。
「なんでそんなに黒川に突っかかるわけ?仮にも同じ事務所のアクアの彼女なんだしさ、仲良くした方が───」
「ビ・ジ・ネ・ス・上・の・ね?」
心の底を震え上がらせる声で忘れてはいけない冠を付け足す。瞳は闇で塗りつぶされていた。
「───まあ、理由は色々あるけど…」
平たく言って仕舞えば、アクアのせいだ。
黒川あかねと自分では演技の向き合い方も違うし、役柄に対するアプローチも違う。良いと評価する演技すら食い違っている。演じ方も正反対。だからか、それとも違う理由か、共演のたびに揉めてきた。
───お互い演技に対しては譲らなかった。譲らないまま、ここまで来た。
そして結果が今だ。黒川あかねは今天才と評され、スターダムを駆け上がろうとしている。対して自分は完全落ち目の女優。アイドルとかユーチューブとか、カンフル剤を入れて少し上がっては来ているが立ち位置の差は歴然。このままでは自分が間違っていて、彼女が正しかったと認めることになってしまう。この世界は結果が全てだ。
───それでも、たとえ現状立ち位置で負けていたとしても、私はあの子に演技で負けてるなんて思ったことは一度もない……それなのに。
負けてるなんて思わない。コレは意地じゃない。客観的事実だ。アプローチの仕方は違うし、演技に対する哲学も正反対だけど、負けたなんて思ったことは一度もない。それなのに───
人生で初めて、そして唯一負けたと思わされた俳優が、あかねの味方をしている。私に敗北を教えた男が、あかねを守っている。今ガチの時から、今日に至るまで、ずっと。気に入らない。ムカつく。なんでアイツが私の敵に回っているのか。出会ったのは私の方が先だった。役者として惚れたのも、男の人として好きになったのも私が先だった。それなのに…
「ムカつくよね。わかるよ。私もそんな感じだから」
そっと肩に手を添えられる。同じ方向を向いてステージに立つアクアとあかねを見つめていたのは艶やかな黒髪を背中まで伸ばした泣きぼくろの美少女だった。
「見つけたのも、先に出会ったのも、育てたのも私なのに、彼の隣に立つのは私じゃない。私が求め、私が欲したものを全て持っていかれる。ムカつく。でもあかねが悪いわけじゃない。アクアは悪いと思うけど、責めることはできない」
「………意外ね。不知火さんが黒川あかねにそこまでコンプレックス持ってるなんて」
「あかね見てると思わされるのよ。『アクアのことを誰よりも理解してるのは私です』『貴方は違う』ってね」
あのPVを見て。あの美しい仮面と、その下の秘密を知りたくて、あの人に会いに行った。あの人をそばに置いた。それなのにあの仮面の下を最も早く見たのはあかねだった。私が身体まで使ってようやく見れたものを、あかねは電話一本で暴いて見せた。アクアが隠していた真実に先に辿り着いたのもあかねだった。自分はあかねからのヒントがなければ辿り着けなかった。
「もちろん私だってあかねが知らないアクアを知ってる。あかねが持ってない、アクアからの贈り物を、私は持ってる。けど、そういう問題じゃないんだよね」
あかねとアクアが付き合い始めてしばらくが経つ。合わなければそろそろ別れてもおかしくない時期だ。しかしその傾向は全くない。2人の彼氏彼女の関係は良好だ。あの夜を経て、さらに深くなったかもしれない。それはあかねのアクアへの理解が間違ってない証拠だった。
「だから勝つ。勝って証明する。あの人の隣に立つのは、私だってことを」
「勝つのは私よ」
小道具の刀を抜き放ち、スポットライトの下へと向かう。出番のまだ先な鳴嶋はその背中を見つめながら、素朴な疑問を口にした。
「姫川さんから見て、アクアと黒川。有馬と不知火。どっちが優勢なんです?」
「4人とも才能あるし、4人とも上手い。演劇の良し悪しなんてメシみたいなもんだから、一定のレベル超えれば優劣つける方がヤボだと思うけど?」
「そこをあえていうなら」
「…………黒川は異質な演技をする。天才と呼ばれるだけの非凡さを持ってる。有馬はこれといった非凡さはないけれど、演技というものへの執着は誰より深い。不知火は演技の上手さを数値化するならあの中で一番低い。でも不知火の長所は上手い下手じゃない。不知火フリルにしか出せない味。何を演じても香る、不知火フリルらしさ。大衆が思わず目を寄せてしまう何かを持っている」
「…………つまり、誰が有利なんですか?」
「演劇という舞台において、最も刺さる長所を持っているのは不知火。監督やディレクターとかが高得点をつけやすいのが有馬。大衆が凄いと思わされるのがあかね。それぞれに長所が違うから、3人のうち誰が勝ってもおかしくない。後は本番の仕上がりと外部の要因次第だろ」
「外部の、要因?」
「俺と星野。同系統の才能で、役柄という内面に俺より深く潜るアイツか、演劇という表面化する世界、舞台で魅せ方を心得てる俺か。どちらが相手の長所をよりうまく引き出せるかに掛かってる」
メガネを外し、刀を片手にステージへ向かう。あの時、客席から自分を見ていた少年はハッキリと格下だった。しかし稽古が始まり、あかねと同等の位置まで来て、この終盤、戦い方次第では負けかねないと認めるところまで上がってきた男に、姫川は作り物の刀を突きつけた。
───そう、長所は3人とも異なる。だけど3人とも共通していることがある。
星野アクアへの、強い執着
有馬かなは恋慕と憧憬
不知火フリルは情念と占有
黒川あかねは崇拝と依存
それぞれ似て非なる執着を抱えて、舞台に臨んでいる。星の瞳の少年が彼女らの想いを理解しているのか、そうでないのかはわからない。しかしもし理解していないのであれば、この舞台、有利なのは自分だと考えている。
役者の衝動の元をわかってるのとそうでないのとでは、生の感情の引っ張りやすさが違うからだ。
───その辺、分かってんのか?兄弟
姫川大輝が振るった刃を真っ向から受け止める。至近距離にあるその眼は美しく輝きながらも、初日より随分やつれていた。
二週間後、ついに舞台の幕があがる。
星をなくした子を中心に。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
アニメ見た衝動のまま連続投稿。第一話やばかったですね。いや展開知ってるんですけど映像と声が入るとまた……情緒がぐちゃぐちゃになりました。凄まじかったです。
拙作はようやく稽古が終了。次回から舞台東京ブレイド公開です。さてはて、どうなるのか。筆者すらまだよく分かってません。でも確実に荒れそう。楽しみです。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければモチベーション爆上がりです。時間がかかっても感想には必ず返信します。