【本編完結】星をなくした子   作:フクブチョー

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星の言葉に焼かれた貴方は休息を強いられる
道半ばで出会う音が貴方を癒すだろう
癒しの力を求め過ぎてはいけない
今度は貴方の光がその人を焼いてしまうから


5th take 羽化のさなか、羽を休める

 

 

 

 

こういう場所に長くいると、わかる時がある。

不良や半グレと呼ばれるやつらは大抵がツッパることがかっこいいと勘違いして気取ってる人間だ。やることなす事中途半端で、自分を守ることが第一で、未来や保身のことを常に考えている。適度に社会に反抗して、適度に不良しているファッションアウトロー。

たまにいるのが本当のやけっぱち。未来のこととか考える頭とかない本物のバカ。破滅しようがどうなろうが構うかってヤツ。そういう人間とは関わらないようにしている。近づけば迷惑だが、距離をとっていれば、そう被害は被らないし、そういうやつはこの場でも長くはいられない。どこに行っても居場所を失うタイプだ。

 

だけど今日、その二つとも違う人間に初めて出会った。

 

不良仲間が連れてきた後輩の少年。金髪のアシメヘアで顔立ちは凄まじく整っている。ヤンキー界隈でたまに見かける雰囲気イケメンとは格が違う美少年。華奢で小柄で不良的要素はまるでない。喧嘩なら私にすら負けるんじゃないかとさえ思う。

しかし、彼を暴力的に支配しようとする者は誰もいなかった。彼も不良仲間がやるようなバカに付き合うことはあまりなかった。

けれど会話をすればするほど人の心の中に入り込み、自然に仲間として受け入れていた。普通に考えれば一番多いファッションアウトローの部類だと思うだろう。

 

でも、私にはわかる。瞳を見ればわかった。こういう人種、芸能の世界には、たまにいる。

 

人としての何かが欠落している人。

 

普通の人がブレーキをかける場面でむしろアクセルを踏める人。しかしそれはただの自暴自棄ではない。こういう人種にだけ見える成功の道というのがあるのだ。それに向かって冷静に命を懸けられる人。

 

自分のことをどうなっても良いと思っているわけではない。それをやることのリスクも承知している。正気を保ったままの、強靭な狂人。

 

こういう人と一緒にいると大成功するか、関わる人みんな巻き込んで諸共破滅するかのどちらか。強烈な毒は時に良薬になる。毒と薬は紙一重の代表例。しかし私の知る限り、この手の人種が大成功したところは見たことがなかった。

 

大怪我しないためには深く付き合わないのが最適解。そういう人たちと関わらないために、私はあの世界から逃げ出したのだから。

 

そう、頭の中ではわかっている。この人種と付き合ってはいけないと、わかっているのに。

 

人間なんて蛾と変わらない。強い光があれば誘われてしまう。その光はもしかしたら自分を焼き尽くすほど危険な光かもしれないというのに、本能に逆らえない。思わず落とした包丁を、素手で受け止めようとしてしまうように。

 

出会ってしまった。欠けているからこその美しさ。猛毒を含むかもしれない華を、綺麗と思ってしまった。

知りたくなってしまった。その華の甘さ。心地よさ。気持ちよさ。毒を得たことで得られる快楽。毒を飲んだことで感じる苦痛と恐怖。その全てを、知ってしまった。

 

「ね、アクア。この後、ご飯にでも行かない?その後、前のホテルで、どう?」

 

気がついたら、禁断の果実を誰にも渡したくなくなってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───…………化けたな

 

あの大騒ぎを起こしたロケから数日。稽古をするアクアを見て、五反田は戦慄する。明らかに昨日とは次元が違うクオリティになっている。たかが基本稽古でこれほどの違いが出るとは。超一流のプロ野球選手は、基礎中の基礎であるキャッチボールからして尋常じゃなく質が高いと言われる。これは野球に限らないだろう。ボクサーのシャドーボクシング。サッカー選手のトラップ。陸上選手のランニングなど、どの分野においてもトップレベルにいるもの、トップに行く素質を持っている者は、基礎からして常人とは異なる。今のアクアはそんな状態に近い。

 

───今まではどこか表面的だった。心に響くような何かはなかった。

 

芸術においてこう評価される人種がいる。

 

『上手いが、上手いだけだ』

 

これといった特徴がない。武器がない。欠点もないが長所もないアーティストがこのように評されることが多い。演劇も極めれば芸術。今までのアクアは画家で例えるなら模写はめちゃくちゃ上手い贋作絵師のようなものだった。それが今は明らかに絵に魂が篭っている。今のアクアはレオナルド・ダ・ヴィンチやレンブラントのような往年の巨匠を思わせる。こと感情演技において、アクアはアイに並んだかもしれない。

 

しかし……

 

「ちょっと面倒なことになっちまったな」

 

 

 

 

───やばい。たいへんだ。エマージェンシーだ。このままではオレの事を使ってくれる監督はいなくなる。

 

監督が感じた問題について、アクアは自覚していた。あらゆる感情の源が『愛』だと知ってしまった。理解し、実践できるようになってしまった。今までだって手を抜いていたわけでは決してなかったが、それでもわかる。怒りも、悲しみも、喜びも、楽しさも、全て魂が篭る演技になってしまっている。真に迫る迫力が出てしまっている。

普通に考えたなら別に悪いことではないのだけれど、監督の立場から見れば致命的。正しく使えば素晴らしい良薬。しかし、用法容量を誤れば全てを破壊する劇薬になってしまう。今のオレはそんな存在。主役級以外の役ができない状態になってしまっている。今、オレはどんな脇役をやったとしても、たとえセリフも動きもないモブだとしても、その辺の主役級は喰い殺してしまう。

 

───オレ、今までどうやって脇役やってたっけ!?

 

あの時以来、ちょっと憑依るとオーラダダ漏れになってしまう。意識的にオフにすると可もなく不可もない普通すぎる演技になってしまう。以前はこうではなかった。自分に与えられた役割を理解し、適切に入り込み、良いと思われる演技ができていた。これまでは狙って80〜90点が取れていたのに、今は120点か50点しか取れない状態になってしまっている。他人への理解が完全に飛んでしまった。

 

───監督や演出の意図を理解するピッタリの演技。それには50点では足りない!かと言って120点の演技をしてしまうと監督のイメージを超えてしまう!

 

例えるなら、たかがアップのキャッチボールで160kmのストレート投げてる感じ。報道用のヘリコプターを破壊するためにゴジラが破壊光線使ってるようなもの。オーバーキルが過ぎている。

 

───ピーキーすぎる役者は2回以上使ってもらえない!やばい!大変!エマージェンシー!あの『声』なんて事してくれやがったんだ!

 

あのPVで鼓膜を震わせずに響いてきた『声』に心中で呪詛を吐く。確かにあの場で全員喰うためには最適解だったが、後々を考えればマイナスの方が多い。あの声の主は今この瞬間のために後先考えないタイプだったのだろう。刹那主義かつ完璧主義者。大抵が破滅する、もしくは稀に大成功するかの2パターンだ。

 

───アドバイス求めてもアレ以来聞こえてこねーし!何しに来たんだあの女!

 

「お前、しばらく演技から離れろ」

 

頭抱えて床に突っ伏していると空から声が降ってくる。この声はよく知ってる。役に立つようで立たないようでやっぱり立つこどおじ監督。求めていた声でないことに、ため息を止めることはできなかった。

 

「失礼だなクソガキ。まあ症状自覚してることについては安心したけどよ」

 

監督がイメージするピッタリの演技ができなくなっている。ピーキーな役者は使ってもらえない、と。しかしそれは少し違う。ここまで潜れる役者は貴重だ。これほどの才能なら欲しがる監督は必ずいる。だが使い勝手が悪いのも事実。無自覚に他人を振り回す役者は魅力と同じくらい弊害がある。使い分けができればベストなのだが、アクアはまだ覚醒したての若鷲(イーグル)。手加減が上手くない。

 

「打開策は見つかってねーんだろ?だから提案してやってんだろーが」

 

監督からの提案はアクアも考えていたことの一つだった。少し演技から離れて今の感覚を忘れることができれば、以前の感覚を思い出せるかもしれない。

 

けれど、実行しなかったのにも理由がある。

 

「今のも昔のも忘れたらどうしよう」

「その可能性はあるけど、今のままいくら練習しても疲弊するだけだ。それにもうすぐ高校受験本番だろ?まあ陽東は偏差値高くねーから大丈夫だとは思うがな。それにお前の役者としての本番も高校入ってからなんだ。少し学生に専念してもバチは当たらねーさ。休みも必要だ」

 

というわけで、しばらく役者は休業することになった。演劇や映画からは一切離れ、ポッカリできた空白の時間は勉強して、面接対策して、息抜きに費やすことにした。

 

 

 

 

 

 

アクアには趣味と呼べるものが二つある。一つは読書。本には他人の人生が詰まっている。そういったところから知識や実感を取り入れ、役に還元する。実益を兼ねた趣味。

そしてもう一つが音楽鑑賞。特に演奏を生で聴くのが好きだった。音楽家と役者には通じるものも多い。優れた競技者と話すことも勉強の一つだ。

 

「ご無沙汰してます」

「あら、ジュニア。久しぶりね」

 

監督のスタジオから出て、日が暮れてしばらくが経った頃、アクアはとあるバーを訪れていた。以前斉藤社長が訪れていたジャズバーで幼いアクアも幾度か来たことがある。店の雰囲気にそぐわない美少年はあっという間に店側に認知され、斎藤社長の息子として紹介された彼はいつの間にかジュニアと呼ばれるようになった。

あの事件の後もアクアは時々ここで遊んだり、ボーイのふりして働いたこともある。中学時代、少し良くない人達と関わっていた時、仲良くなった年上女性を連れてくるときも大体ここを使っていたため、オーナーは彼のことを良く知っている。

 

「珍しいわね。今日は一人?」

「今はもうあの頃ほど遊んじゃいませんよ、マスター」

「なら小遣い稼ぎ?ホール入る?ジュニアの服、まだあるわよ」

「それも悪くないけど、今日はやめときます。純粋に息抜きで来てますんで」

「前の、飲む?」

「だからもうそこまで遊んでないって。ペリエで」

「かしこま〜」

 

ドリンクを作りにマスターが奥へと引っ込む。入れ替わるようにドレス姿の女性がカウンターの奥から現れた。黒を基調としたタイトシルエットドレス。大胆に開いた胸元は底が見えない深い谷間を創り出している。女性にしては高身長でスリットから伸びる脚はスラリと長い。ブラウンのロングヘアが風に靡く。歳は少女と淑女の間といった頃だろう。

 

この美女をもちろんアクアは知っている。

 

「ナナさん」

 

寿ななみ。このジャズバーで働くホステスの一人で、ピアニスト。声を掛けると、一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに逸らされた。相変わらず素っ気ない。まあ本番前でピリピリしてるんだろう。自分にも覚えがあることだったから、特に不快にもならず、アクアは手を振った。

 

それから、しばらくは店の生演奏を楽しむ。このところ、なにかと張り詰めることが多かったため、こうして頭を空っぽにして演奏を愉しむ機会は貴重だった。

 

───いや、張り詰めてんのはいつもか

 

演技の稽古はもちろん、ルビーの前でも、ミヤコの前でもオレはいつも気を張っている。彼女達が自然と思うアクアを演じるため、そして彼女達が求めるアクアをこなすために。

あの頃からずっと夢を見ている。暗闇の中、一人スポットライトを浴び、周りには観客も演者もいない。喉が張り裂けるほど声を上げても返事どころか残響も残らない。それなのに誰かの視線は感じる。見られているとわかってしまう。その視線は誰なのか。オレが忘れた母なのか、それともかつての俺や僕なのかもわからない。

夢の中って意外と痛覚がある。張り裂けるほど叫んだ喉の痛みで目が覚めたら、冷や汗で身体中ぐっしょり。そんなことが一番長くて二ヶ月近く続いた。一時期、本当に眠るのが怖かった。

 

今でも夢はたまに見るし、眠るのが怖いと感じることはある。次に目が覚めた時、オレはオレのままでいられるだろうか。俺や僕が帰ってきたらオレは消えてしまうのではないか。

 

最初はそれでいいと思っていた。けれどオレはもう10年以上オレなのだ。星野アクアの主人格はもうオレといってしまっていいのではないだろうか?でも今のオレはルビーやミヤコが知ってるであろうアクアを演じているに過ぎない。となるとやっぱりオレはいつか消えるべきなのか。

 

答えは、わからない。

 

わからないということはいつも怖い。次に目を覚ました時、オレが生きている保証はどこにもないのだ。オレに残された時間は一体どれくらいあるのか、考えれば考えるほど怖くなる。怖いからこそ、張り詰める。気の休まる時間など、もうどれくらい過ごしてないだろう。人の目ばかり気にしてる。一人でいる時すら、オレは俺の目を気にしている。久々に忘れられたのがあの憑依りこんだPVロケだったのだから皮肉だ。

 

───あー。なんかヤク中になる役者の気持ちが、わかった気がする

 

人の目を忘れたくて、張り詰め続けなければいけない自分を無理やり弛ませたくて、あーいうのに手を出してしまうのかもしれない。オレのような特殊な事情の人間は少ないだろうが、芸能人は大抵が人の目を気にして、誰かが理想とする自分を演じているもの。だから、心を病んで薬に走ったり、自ら命を絶ってしまったりするのだろう。

 

「アっくん?聞いてる?」

 

いつのまにか隣に座っていたウエイトレス。軽くウェーブがかかった艶やかな黒髪のロングヘアをバレッタで纏めた美女。レディーススーツの上にグレーのエプロンを腰に巻いている。ネームプレートに鷲見と書かれている。

 

「ハルさん、いつのまに」

「ついさっき。やっぱり気づいてなかった。こーんな美女が隣に座ってるのに失礼じゃない?」

「ごめんごめん。ちょっと考え事してまして」

 

鷲見はるか。2年ほど前から此処で働いているバーテンダー。ディーヴァの卵で、このジャズバーでは歌手兼バーテンダーとして働いている。

 

「私の妹も最近似たような顔してるなぁ。いっつも眉間に皺寄せて。これからどうしようってブツブツ言ってる」

「読モでしたっけ?ハルさんの妹」

「今は正式にファッションモデルとして事務所に雇われてるみたい。看板アイドルがビッグネーム過ぎてなかなか前に出れないみたいだけど」

「でも、そんなビッグネームがいる大手事務所に正式にスカウトされたんなら凄いじゃないですか」

「そうなの。私から見れば全然トントン拍子のくせに。今まで顔の良さでさして苦労してない人生送ってたせいか、逆境に弱いのよ」

 

ハルさんは典型的『上手いけど上手いだけ』と評されてしまうタイプの歌手だ。オレから見れば超上手いし、才能もあるのだけど、本人曰く、「私より上手い人なんてゴロゴロいる」世界らしい。

 

「そういう意味では多分アッくんの方が売れる見込みあると思うよ。不思議と耳に残るもんね、アッくんの声」

 

以前カラオケに付き合った時に言われたことで、ミヤコも似たようなことを言っていた。上手いだけじゃない何かがないとこの世界では上に上がれない、と。

ハルさん本人も、もう歌手として大成するのは半分諦めている。ただ歌は好きだし、ずっと音楽に関わって生きていきたいとは思っているそうだ。

 

「そ・れ・よ・り」

 

カウンターに置いていた手に指が絡みつく。グッと引き寄せられ、耳元で囁かれた。

 

「ね、アっくん、今日時間あるんでしょ?私もこの後一曲歌ったらもう上がるし、二人でご飯にでも行かない?その後、前のホテルで、どう?」

 

そして従業員一男遊びが激しい人として一部では有名。一ヶ月ごとに付き合う男変えると言われた女。

 

「相変わらずですね、ハルさん。誘い方が直球だ」

「あら、ムード欲しい?なら付き合っちゃう?歳上の彼女、欲しくない?」

「彼女ですか。今サンタさんが目の前に現れて、一番いらないモノ何かって聞かれたら、ソレを答えますね」

「ははっ。いいね、アッくんのそういうとこ、嫌いじゃないよ」

 

自然な動作で太腿の上に手を添えられる。声が出そうで出ないギリギリの力加減。くすぐるというより、撫で回す。揶揄うというより、感じさせる愛撫。

 

 

演奏が終わる。次は歌唱曲。ハルさんの出番だ。演奏者が入れ替わる。

 

「じゃ、後でね」

 

エプロンを解きながら席を立つ。ディーヴァの衣装に着替えに行くんだろう。返事の意味も兼ねて手を振った。

 

こういうのは楽でいい。ミヤコやルビーと違って、この人とは一生付き合いがあるわけではない。人生という長い時の中で触れ合う時間はほんの僅かだろう。だからこそ演じる必要も気を張る必要もない。お互い本気じゃないとわかっているから楽だし、本気じゃなくても身体は気持ちいい。得るものも失うものもないから、楽でい──

 

「───っ!?」

 

カウンターの上にあったグラスが跳ねる。思わずビクッと震えるほどデカい音がテーブルの上で鳴った。音源にはすらりと伸びた指が美しい手。まさにピアニストの手という感じだ。目一杯開かれた状態で叩きつけられている。

 

「───アクアくん」

「…………ナナ、さん?」

「あんなクソビッ○とヤるくらいなら私とシなさい。足腰もあそこも立たなくなるくらい犯してあげるから」

「…………はっ?」

 

 

 

 

 

 

舞台の上からでもはっきり見えた。あの超絶尻軽女がグラス片手にアクアの隣に座ったところが。何やら談笑している。流石に演奏中には聞こえないが、話してる内容の想像はつく。4〜5年前からこの店に来たことがあるアクアは従業員にとってはアイドル的存在で、大きくなったら絶対イケメンになると騒がれていた。そして今、あどけなさを残してはいるが、絶世の美少年に成長した。あの女が手を出さないはずがない。

 

運指の速度が上がる。曲が崩壊しない範囲で出来るだけテンポを早めた。最後の1小節までが嫌になるほど長い。

 

演奏が終わり、聞いていた人たちが拍手してくれたが、どうでもよかった。サッサと舞台袖に引っ込み、カウンターへと向かう。

 

「───っ」

 

カウンターからはわからないだろうが、サイドテーブルから見れば丸見え。アクアが太腿の付け根に近い部分を撫で回されている。愛撫されてる本人は少し困った顔をして、笑っていた。

 

もの凄くムカッと来た。

 

気がついたらアクアの元へと歩いていた。近づかない方がいいとさえ思っていた相手だというのに。我に返ったら、苛立ちのままカウンターを思いっきり叩いていた。グラスが跳ね、アクア自身もビクッと跳ねる。驚きと戸惑いの目でこちらを見上げていた。

 

───もう、2年近く会ってなかったのに

 

私の意志のなんと弱いことか。あの目を見ただけで、消えかけていた火があっという間に燃え上がった。

 

「───アクアくん」

「…………ナナ、さん?」

 

ああ、変わらない。

 

この瞳。星の輝きが溢れる強い瞳。かつて私が求め、憧れた自身の才能と実力に絶対の自信を持つ者特有の光。

 

この瞳を恐れ、欲し、逃げ出し、引き込まれ、恋をした。

 

「あんなクソビッ○とヤるくらいなら私とシなさい。足腰もあそこも立たなくなるくらい犯してあげるから」

「…………はっ?」

 

───言ってしまった…

 

羞恥で顔が赤くなるのが自分でわかる。ここまで言うつもりじゃなかったのに。はるかのせいで、余計なことまで口走ってしまった。

 

───でも、困惑してるアクアくん、ちょっと可愛い

 

この顔が見れたのだから、まあいいかと思ってしまった私は、既にもうだいぶコイツの毒にイカれてるなと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの爆弾発言の後、我に返ったのか。ナナさんは顔を真っ赤にはしたが、オレの手は離さなかった。

 

「行くよ」

「えっ、ちょっ!待ってナナさん!会計!」

「奢ったげるから!マスターすみません!上がります!」

 

舞台ドレスのままポシェット片手にオレを引っ張り、大通りに出て、タクシーに乗り込んだ。その間もずっと腕を絡めたまま離してくれなかった。まるで結婚式場から花嫁攫った間男になったみたいな錯覚に陥ってしまう。

 

「…………別に逃げたりしませんよ?」

「こうでもしておかないと、貴方はすぐどっか行っちゃうから」

 

いつもの顰めっ面が少し可愛くなった状態でホールドされ続ける。ホテルにでも連れ込まれるかと思ったら、行き先はマンション。まさかのお家お持ち帰り。

 

「え、いいんですか」

「財布も携帯も店のロッカーの中なの!この格好で察して!」

 

確かに舞台ドレスそのままでポシェット一つしか持ってない。場当たり的すぎる。タクシー代どうすんのかと思ったら震えながらごめんなさいと謝られた。いや、全然いいんですけどね。謝るナナさん可愛いし。タクシー代くらいには余裕でなる。

 

家の鍵だけはポシェットに入っていたらしい。カードキーを取り出し、オートロックが開く。前に一度だけ来たことがあるが、相変わらず立派なマンションだ。ナナさんは家がそこそこ金持ちらしい。でなければピアノの英才教育など受けられないが。

 

「今日は何時までいられるの?」

「…………監督のとこに行くって言ってあるから朝まで大丈夫です」

 

部屋の扉を閉じ、鍵をかけた瞬間、オレとほぼ変わらない……いや、ヒール履いてるからオレより少し高い位置で頬を掴まれ、濃厚なキスをされる。エレベーターに乗り込んだ時点でもう完全にスイッチが入っていた。無造作に靴を脱ぎ散らかし、ベルトを外される。

 

「シャワーは?」

「あと」

「ご飯は?」

「全部あと。まずは私を抱いて。話はそれから」

 

寝室へと手を引かれる。そのままもつれあうように二人はベッドに倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───思ったより情熱的だな、この人

 

ベッドの上。生まれたままの姿で眠るナナさんの胸の中で少し鼻を動かす。みじろぎしたオレが気になったのか、頭を抱きかかえる彼女の手が少し強くなった。

 

───後先考えないっていうか、クールなのに結構気性激しいっていうか。まあピアニストならそんなものか

 

音楽も演技も極めれば芸術。ピアニストとは芸術家だ。常人とは異なる気性を持っていなければやれないだろう。

 

「…………起きた?」

「おはようございます、ナナさん。起こしましたかね?」

「私は貴方の少し前から起きてたから」

 

ギュッと抱きしめられたあと、頭を解放される。時計は5時を刻んでいた。

 

「良く寝てたね。あんまり眠れてなかったの?」

「最近夢見が悪くて。久しぶりに寝覚め良いです。やっぱり温もりがあると違いますね」

 

あの夢も見なかった。我ながら現金だなと自嘲する。

 

「シャワー浴びる?」

「ナナさんからどうぞ」

「いいわよ、私が誘ったんだし。アクアくん、先に使いなさい」

「…………」

「悩みもあるんでしょ?顔見ればわかるわ。身体あっためて、思考回路整理してくると良いわ」

「では、お言葉に甘えて」

 

シャワールームへと案内される。服は昨日のと同じのを着るしかなかった。

 

「あ、ナナさん」

「何?」

「頭に血が昇っても、あー言うこと人前で言わない方がいいですよ。人間関係大事にしなきゃ。あの店広くないんですからさ」

「あーいう…………?」

「あんなクソビッ○とするくらいなら──」

「わーっ!わーっ!」

「足腰もあそこもたたなくなるくらい──」

「よく一字一句覚えてるね!凄いね役者さん!」

 

枕を投げつける。ハハハと笑いながら軽く受け止めた。

 

「ナナさんもっとクールな人だと思ってたから。ちょっとビックリした」

「私が一番驚いたし」

「やっちゃってからビビる事ってありますよね。でもオレ今誰とも付き合う気とかないんですけど、大丈夫ですか?」

 

下積みだった頃はともかく、これから本気で芸能界に挑戦するならスキャンダル的な不安要素は無くしておきたい。今まで異性関係は軽い付き合いしかしてなかったのだが、本気にさせてたなら申し訳ない。

 

「わかってるよ、それくらい」

 

手を引かれる。再びベッドに引き込まれた。

 

「ナナさん?怒った?」

「怒ってない。いいから寝てて」

 

唇が合わさる。下腹部に柔らかい感触が押し当てられた。

 

「私の方がおっぱい大きいしスタイル良いから私にしとけってこと。お互い気持ち良くなるに越した事ないでしょ!それだけ!」

「…………そっか」

 

流石に嘘だとわかる。気づいて欲しいなら気づいてあげる。でも気づいて欲しくないなら気づかない。それが女とうまくやるコツだ。覆いかぶさる豊満な美女の後ろに手を回した。

 

 

 

 

 

 

───私のバカーー!シラフだーー!全部覚えてるー!!!

 

行為が終わり、今度こそアクアがシャワーを浴びている傍ら、ななみは激しい自己嫌悪に陥っていた。

 

───結局身体から入っちゃってるしー!セフレ軽蔑とかしてたの誰よー!はるかのこと言えないしー!

 

男を取っ替え引っ替えするはるかを心から軽蔑していた。そういうことはちゃんと好き同士がやるべきだと今でも思っている。それなのに今の自分ときたら完全に都合のいい女になっている。

 

───アクアくんが引き返すチャンスくれたのに強がって、自分から二軍女になっちゃってるし!でもアクアくん上手かったなぁ。セックスがというか、いやそれも上手だったけど、何より気遣いが上手かった。

 

頭をぶつけないように手で守ってくれたり、ギュッと手を握ってくれたり、大丈夫?と何度も声をかけてくれたり、常にこちらを気遣ってくれていた。止まって欲しい時に止まってくれて、動いて欲しい時に動いてくれた。私が気持ち良くなることを第一に考えた動きだった。

こちらが慣れてきた頃には激しく動いてくれた。いつも優しいんじゃなくて、優しさと荒々しさをちょうど良いタイミングで使い分けてくれた。女は優しくされるだけじゃなく、時に乱暴に扱って欲しい時もある。その方がその人の特別になれたような気がするから。アクアくんのように基本的に誰にでも優しい人には尚更だ。

感情が変われば、感覚も大きく変わる。久々に心も身体も満たされるセックスだった。やはり男女とは身体の相性も大事だが、心の相性はもっと大事だ。

 

───でも、私だけが好きってバレちゃったら。私以外としないでって言ったら、きっとこうして会いに来てもくれなくなるから……

 

悟られないように努めなければいけない。その代わり、私だけが彼の羽を休める場所になれるように。

 

「シャワー、頂きましたー。次どーぞー」

「服、洗って乾燥機かけといたから。多分もう乾いてるよ。それ着てね」

「ありがとうございます」

 

悟られないように。悟られないように。

 

バスタオルを持っていく。鍛えてはあるけれど、華奢で細身で、未発達。けれど見られることを意識して作り上げられたアクアの身体は未完成ゆえの美しさがあった。蛹から蝶になりかけているまさに進化の狭間。最も神秘的かつ美しい瞬間を私は見ているのかもしれない。

 

───ああ、やっぱり好きだなぁ

 

シャワーのコックを捻る。羞恥と情欲で沸き立った頭を冷水が冷やした。

 

 

 

 

 




最後まで読んで頂きありがとうございます。アクアの父親部分。女性関係パートでした。いかがだったでしょうか?求められてないかもしれないけど、物語の都合上どうしても書きたかった。

ちょっと見ない間にお気に入り数が300超えてる…ランキングにも入ってる。
重曹ちゃんが凄いのか、アクタージュが求められてるのか。
期待に応えたいところですが今回はアクア遊び人パート。
今までは母親の遺伝子強めでしたが、少しは父方も発揮していきたいと思います
ちなみに今回登場したオリキャラの鷲見はるかはリアリティショー共演者鷲見ゆきの姉。寿ななみはルビーの陽東高校クラスメイト寿みなみの従姉妹という設定です。世間は狭いですね。容姿も二人を大人っぽくした感じでイメージしてます。待望の重曹ちゃんの出番は次話で。
それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂けたら幸いです。時間はかかるかもですが、感想には必ず返事をします!
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